売上向上策開始
『市場で剣や防具、その他金物を売ってます! そこらでは見られない、ちょっとした業物もありますよ! 是非見るだけでも、立ち寄ってみてください!』
この宣伝文句を、お兄さんは今頃村の入り口で言いまわっていることでしょう。
お兄さんの言っていた“策”というのは、この宣伝のことなんだそうです。
はっきり言って、私は現状、完全に信用はできていません。
様々な情報を加味した上で、いくつもある策の中からあえてそれを選んだのは、間違いないようではあります。
でも、私からしてみれば鵜呑みにできるわけがないんです。
考えなしではない……くらいには信用していますが、さすがにお兄さんの言うことなら何でも信じられるほど、まだ付き合いは長くないですからね。
それなら信用できるまで、説明してもらえばいい。それはわかっているんですけど……。
「マリー、ただいま!」
「ああ、お兄さん」
人の出入りが多い時間帯を終えて、お兄さんは戻ってきました。
今日も悩みなんてなさそうな顔で、暢気ににこにこ笑っています。
私はどうにも胡散臭くて、つい懐疑的な視線を向けてしまいました。
「そんな面白くなさそうな顔しないでよ。スマイルスマイル」
それでも全然、嫌な顔一つしないんですよね。
失礼なことをしてしまったと思うんですが……反省です。
……でも、これはさすがに聞いておきますか。
「それ、先日の勉強会の時も言ってましたけど、必要なんですか? 何もないのに笑っている人が店をやっていたら、正直怖いと思うんですけど」
「そ、そんなことないってば。笑顔を向けられれば、心が温まるし、いい気分になれば商品を買おうかという気もしてくる。それになにより、お客さんのためになるしね」
「それですよ!」
またしても一番理解できない部分を言われ、私はお兄さんに詰め寄りました。
「お兄さん、そのお客さんのためにって、何なんですか?」
お客さんのために。
質の良い商品を、自信をもって提供する。
そういうことであればわかりますし、同意できるんです。
「そりゃあ、お父さんの武器を喜んでもらえるのは、私だって嬉しいです。でも、これは商売です。生きるためにやってるんですよ。わかってます?」
でもお兄さんからの説明は、どうにも要領を得ない時があります。
まるで店側であるこちらが、奉仕者かなにかであるみたいな……。
「もちろんわかってるよ。だからこそ、売りを伸ばすために、今日から新しいことも始めたじゃない?」
「それについても、正直、買ってくれるかもしれない人は、最初から市場に立ち寄りますし、意味が無いと思ったりもしてますが……聞いてて怖い時があるんです。基本は理由や筋道がしっかりしていて、聞いていてわかりやすいのに、唐突に全く利益にならないようなことを、当たり前のように話す時があるんですよ」
信じてみると決めたものの、やっぱり我慢できなくて。私は一気に問い詰めてしまいました。
「い、いやいや、接客についてしかまだ教えてないし、そりゃあまだ理由がわからないこともあるかもしれないけど。お客さんのために何かをするのは、全部意味があるし、巡りまわってこちらの利益にも結び付くんだよ」
それでもお兄さんは、何かの確信があるようにこう言います。
どれだけ知識があっても、ここでの商売は素人のはずなのに。
……そんなに、どこでも変わらないはずの、根本的な話なんでしょうか。
「本当ですかー?」
そうは思いつつも、やっぱり私は追求を続けます。
当然です。お兄さんの言う通りの策を試しているといっても、店の責任者はあくまで私。本来なら、全てを把握していなければなりません。
だからせめてこれくらいは……というか、おかしいです。
なぜ今度は、すぐに返事がないのでしょう。
なんでお兄さんは、遠い目をして固まってるんでしょうか!?
目の前で手を振っても、顔を近づけても、何の反応もありません。
「お兄さん! お兄さん!?」
「うお、びっくりした!」
身体を物理的に揺さぶって、お兄さんはやっと現実に戻ってきました。
「びっくりしたのはこっちですよ……。急に死んだような目になって、反応しなくなるんですもん」
「ごめんごめん。えっと、何の話だっけ?」
止めてくださいよ本当に……。
こっちはまだ、半信半疑なんですから。
「……とりあえず聞きたいのは、お兄さんがやっていたことの意味ですよ。今日だって、特にお客さんが増えたりとかは無かったですよ?」
さっきお兄さんに言った通り、お客さんは、買いたいものがあるから市場に来るんです。
呼び込みをしようとしまいと、来る人は来るし、来ない人は来ません。
少なくともこの村では、そんなことをしている店は過去にありませんでした。
「まあ、そんなもんだとは思うよ」
だから不安だったというのに……。
お兄さんは、成果が出なかったことをなんら気にした様子がありません。
「えっ……じゃあなんで、そんな目立つことしてきたんですか……」
「まあまあ、きっと効果も出てくるからさ。そうしたら納得できるって。あ、もちろん説明もするよ。なんだったら今晩」
「もう夜通しの勉強会はしないって、私言いましたよね?」
「はい」
私が全てを把握しないまま、お兄さんの策を試し始めてしまった理由がこれです。
お兄さんの持つ知識は本当に膨大で……。
商売に関することだけで、ここまで様々な知識が存在したのかと。私は驚嘆せざるを得ない状況です。
で、も、で、す、よ?
あの夜通し勉強会はもうご免です。
いくら学ぶことが多いといってもです。
一人の女として、人として、あんな隙ができすぎる状態に、何度もなってはいられません。
私の言外に潜ませた意思を、感じ取ってくれたのでしょうか。
お兄さんは少々控えめになった態度で、再び口を開き始めます。
「まあ、少しずつ教えていくよ。気になるところがあったら聞いて。そこから教えるからさ」
「そうしてください」
一刻も早く、お兄さんの持つ知識を、覚えていったほうがいい。
それはわかっているんです。
でも、私にとってはまるで御伽噺のような、実際に異世界に当たる場所の商売の話……。
前提となる背景の把握からとなれば、一筋縄にはいきません。
これは一つの世界を、まるごと覚えるようなものとも言えます。
そういう話し方を、お兄さんはするんです。
だから、睡眠だけは確保した上で……大変ですが頑張るとしましょう。
後になってから気づいたことですが、この時の私はどうかしていました。
命が掛かっている状況。
それはもちろんわかっていて、お兄さんにも、自分で言っていたはずなのに……。




