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予兆はあった

 辺境で、交通の便も悪い山の中。

 わざわざこんな村にまで来て、ご苦労なことです。

 それとも、騎士隊が駐屯していないから、あえて狙ってきたのでしょうか。


「ほら、みろよこのザマを!」

「……」

「やっぱり安物はダメだよなあ! おら、金返しな。こんな鉄くず売りつけやがって!」


 今、私の目の前では、ガラの悪い男がなにやら喚いています。

 この安売りを始めてから、まだそこまで経っていないというのに、どこで聞きつけてきたのでしょう。

 変なことをしているのですから、変な人が湧くのものも、仕方の無いことですか。

 とはいえ、なんにしても馬鹿ですね。


「剣を確認させていただいても?」

「あ? ほら、さっさとしな。というかこの前、買っていたばかりじゃねえか。覚えてねえのか? はっ!」


 ああ本当に馬鹿です。

 大方、さぞ賑やかな町でも拠点にしていた冒険者崩れでしょう。

 ここの市場に、いったいどれほどお客が来ると思っているんでしょうか。

 最近来たのお客の顔を、覚えていないなんてありえません。あなたなんて見たことありませんよ。

 私が休んでいたあの日も、お客さんは居なかったと聞いていますし……そもそもそれ以前の問題なんですよね。

 村から出たことすらない私よりも、物を知らない。


 私は内心でため息を吐きながら、突き出された剣を解体します。


 それにしてもひどい造りですね……。お父さんの剣とは大違いです。


 少々手間取りつつ、私は作業を終えて相手を見据えました。


「これは、うちの商品じゃないですね」

「あ? ふざけんな! こんなもん売りつけて、金だけふんだくろうってのかこの詐欺師が! いいから金を寄越せ!」


 証明もできないのに、脅せばお金を出すとでも思っているのでしょうか。

 この人まさか、ここが騎士隊の居ない村だって意味もわかってないのでは?

 もしかしたら、余所の国から来た人なのかもしれませんね……。


 とはいえ、話を進めるしかありません。


「うちの商品は、すべてうちで打った物です。余所の物は一つたりとも置いていません。そしてうちの商品には、すべてこの(いん)が入っています。お引き取り下さい」


 私は商品の一つを解体しながら、そう相手に説明しました。

 うちの商品であれば、こんな解体くらいこれだけ素早くできるんです。


「あ? 知るか! いいから金寄越せってんだよ!」


 ……まさか脅し文句を繰り返すだけとは。


 その上、私に手を出そうとしてきています。

 この人がいくら物知らずだとしても、やはり国外出身なんでしょうね。


 ここでそんなことをすると、どうなるのかってことを知らない。

 ……ご愁傷様です。


「ふん!」


 ガラの悪い男は……声も上げずに倒れ伏しました。


「ソウさん、すみません。お手数おかけして」

「いいんだよ、マリーちゃん。にしても、ここまであからさまな奴は、久しく見なかったけどねえ」


 何が起きたのかというと、ソウさんが男の頭を殴り潰しました。


 資産を扱う商人は、自衛できるだけの力と権限を持っている。ここでは常識なんですよ。

 そんなことを、驚いた顔で固まるお兄さんに向けて、心の中で呟きました。

 お兄さんは、今度は慌てた様子で駆け寄ってきます。


「マリー、大丈夫だった?」

「はい、大丈夫です。お兄さんも心配しないでください」


 ちょうど戻ってきたのには気づいていたんです。

 でもあまりに心配そうな顔をしていたので、あれくらいどうということはないと、証明してみせました。

 剣のことをわからない以上、お兄さんが首を突っ込んだところでどうしようもありませんからね。あそこで割り込んでこなかった辺り、やっぱりお兄さんはわかっています。


 ……本当は、さすがに少し怖かったですが。


「マリーちゃん、多くは言わないけどね。しばらくは気をつけなよ。わかってるだろ?」

「……そう、ですよね。気を付けます。ソウさん、本当にありがとう」

「……んじゃあ、あたしは行くからね」


 忠告はもっともです。少し注意しないといけませんね。


 私は反省しつつ、男を引きずっていくソウさんを見送り、お兄さんに向き直ります。


「ああいうのって、結構あるの?」

「いえ、そんなに多くないですよ。ほら、良くも悪くも、ここは閑散としていますから、トラブルなんかも少なめなんです」

「そうか、運が無かったね」


 運?

 まあそうも言えますか。


「そうですね……。ところで、アンシアさんのところで何か作っているみたいでしたけど、もう大丈夫なんですか?」

「うん、もう終わったよ」

「何作っていたんです?」

「ぬいぐるみ……あ、人形ね。まんまるなネコを作った。プレゼントしたら、喜んでくれたよ」


 へぇ……。

 私を放って店を離れて。

 やけにアンシアさんのところにだけ居座り。

 いったい何をしているのかと思えば……。


「そーですか。ふーん?」

「ところでさ、マリー」


 ああ、ところでさときました。


 何も気にしてませんねこれは……。

 お兄さんのお世話をしているのはこの私で。その私には、プレゼントなんて、してくれたことないと思うのですが?


「ああいうふうに、お父さんの剣が悪く言われることが起こるの、やっぱり嫌でしょう? ただのいちゃもんだったとしてもさ」


 追求したい気持ちもありつつ……話が変わったことを察し、私は頭を切り替えます。

 こちらの話の方が、当然私にとっては大事です。


「そりゃあそうですよ。それで?」

「うん。だからね、そろそろ……次の段階に行こうと思うんだ」


 現在の半額売りはただの準備。

 その次の段階ということは……。


 いよいよお兄さんの策を、試す時が来たみたいです。

 でも…………本当に、大丈夫なんでしょうか。

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