変化2
とまあ、そんなことがあったのが、昨日の話というわけですね。
ちなみに、今日は交代でお兄さんが休みです。というより、私が無理やりそうさせました。
だって、どうも負けたような気がして……振り回されたままは嫌だったんですよ。
そもそも、昨日の朝の出来事は本当に問題ありです。
あんな……勝手にだっこされて、あまつさえ眠ってしまうまで押さえつけられたんですよ?
もし、お兄さんが変な気でも起こしていたら……。
不覚です。色々と危なすぎます。気が緩んでいたと言わざるを得ませんっ。
……そんなことしそうにないですし、実際しなかったみたいですけどね。
妙にドキドキと脈打つ心臓を沈めながら、私はしばらくぶりに一人で村へと向かいます。
すると村に近づくにつれ、別の理由で鼓動が速くなり始めました。
きっと、行くのが一日ぶりだからでしょう。
ほんの一日行かなかっただけなのに、少し緊張してしまいます。
……主に、お兄さんが変なことをしなかったかが心配で。
「……あ、ソウさん、おはようございますっ」
「ん? ああ……おはよう」
私は市場に着くが否や、店も広げずソウさんに話しかけます。
「あの、昨日は……その……」
「ああいいよ。ニイちゃんから話は聞いてるから。特に何もなかったしね」
「あ……そう……ですか」
それきり、ソウさんは店の準備へと戻ってしまい……話は終わりとなりました。
あれ……少し、機嫌でも悪いんでしょうか。
私はソウさんの反応に、そんな感想を抱きました。
お兄さんとの仲について、少しぐらい勘ぐりを入れられるかと思っていたからです。
でも考えてみて……私は自分のそんな考えを否定しました。
これはたぶん、気のせいですね。
お兄さんがあんなだから、ソウさんの反応をそっけなく感じてしまったんでしょう。
きっと、私の感覚がおかしくなっているんです。
そもそも、この市場は本当に静かで、挨拶すら必要なければ交わさない場所だったはず。
お兄さんのあの騒がしさを、当たり前に思ってはいけません。
私は気を取り直して、久しぶりに静かにしていようと決めました。
静か……静かに……。
ただ座って、お客さんを待ち続けます。
これまでと違うのは、お兄さんの作り上げた売場があるということ。
どうお客さんに説明するのか、慌てないように頭の中で復習をします。
……こんなにも長かったでしょうか。
十年も続けてきたはずのことなのに。
お兄さんと会ってから、まだひと月も経っていないはずなのに。
今の私には、この静けさが少しつらいです。
どうして……でしょうね。
この、急に自分の周りが静かになった感じ。
これが、昔お母さんが死んだ時に似ているからかもしれません。
……いやいやお兄さん死んでませんし。
そんなよくわからないツッコミを、心の中で自分に入れていた時でした。
「…………」
えっ?
ふと周りを見回すと、アンシアさんと目が合いました。
いえ……そんな気がしました。
彼女は前髪がとても長く、目元を窺うことができません。
それでも、見られているような気がしたんです。
「えっと……あ」
しかし戸惑っているうちに、アンシアさんは顔を背けてしまいました。
いったいなんだったんでしょう……。
これまでこんなことあったでしょうか。
アンシアさんとは歳が近いですが、これといった機会もなく、ほとんど話したことはありません。
思い返してみても、人一倍物静かで人見知りな彼女が、こっちを見ていたことなんて……と、ここまで考えてピンと来ました。
ああ、お兄さんですか。
なんてことはありません。
アンシアさんは、きっとお兄さんが居ないことが気になって、こっちを見ていたのでしょう。
ほんの数日で、随分と仲良くなっていたみたいですからね。ええ、本当に。
……さて、そろそろ撤収してもいい時間ですか。
私は、家に戻る準備を始めました。
少し早い気もしますが、決して寂しいからではありません。
……ありませんよ?




