現状打開作戦4
いくら策を講じたところで、お客さんがいきなり増えるはずもなく……。
いつも通りのただ待つ時間に、もう少し説明を受けました。
お兄さん曰く、うちの店は今、普通の状態ではないそうです。
極端に『資本金』なる扱いのお金が少なく、通常営業で盛り返そうとする段階ではないんだとか。
だから、それを正常に戻すためには、今売れるものだけあればいい。売れる可能性の少ないものは、諦める必要がある。
お兄さんは、またかなり気を使って話していましたが……要するに売れそうにないものは、切って捨てる必要があるということですね。
要らない物は処分だと。
半額売りは、商売ではなく仕切り直しのための処分だと。
本当に、バッサリです。
私の懸念を悟ってか、この投げ売りは普通のことではないのだと、重ねて教えてくれたみたいですね。
お兄さんが当たり前のように使う単語には、聞き覚えのないものが多すぎます。そのせいで、やたらと理解していくのに時間がかかるんですよね。
あと、変に気を使いすぎです。
……私の態度のせいもありそうなので、それは仕方ないですが。
とにかく、そんな気遣いのおかげもあって、少し冷静になれました。
こうなったら、接客の腕なるものを見せてもらうことにしましょう。
そして……いよいよその時がやってきました。
「いらっしゃいませ!」
「うわっ……あ、ああ」
あの、大丈夫ですよね?
いきなりお客さんを驚かせてますけど大丈夫ですよね?
幸いにも、お客さんは立ち去ることなく物色を始めてくれました。
一方お兄さんはといえば、接客がどうのと言っていたにもかかわらず、最初の挨拶以降は黙ったままです。
これでは私と変わりません。
本当に大丈夫ですよねさっきのでやってしまったーとか思って動揺していたりしませんよね大丈夫ですよね?
そのままどうすることもできず見守っていると、大して時間も経たないうちに、お客さんの視線がとある辺りへ吸い寄せられました。
その場所はもちろん、例の装飾された売場です。
それはそうでしょう。
これほど目立っていればそうでしょう。
案の定、お客さんは不思議そうな顔をしています。
そんなお客さんの視線が、スッと上がった時でした。
「どうですか? そちらは今だけのサービス品なんですよ」
目が合うと同時に、タイミングよくお兄さんが話しかけました。
きっと狙っていたのでしょう。
そのおかげか、会話がスムーズに始まります。
「うーん、これとか結構いい物に見えるのに、ずいぶん安いな。盗品とかじゃないだろうね?」
「いやあ、まっさか! もしそうなら、もっと高く売りさばきますよ。お客さんの見立て通り、結構いいものですからね」
「でもなあ、そうなるとますます理由がわからないな。値引きされていない物と、遜色ないように見えるよ?」
ここで、私は少し迷いました。
自分だったら、どう答えるでしょうか。
やっぱりこんなのは不審なんです。
お客さんに、ここまで理由を怪しまれてしまって……。
「お客さんのおっしゃる通り、こちらの安い商品も、他と変わらず良い物ですよ。ここに並んでるのは、悪い物じゃなく、古い物になりますね」
「ふうん……」
「えっ」
そんな疑問は、驚きと共に解消されました。
思わず声を出してしまったほどです。私は慌てて口元を押さえました。
そんなことをしている間にも、お兄さんの接客は進んでいます。
「でも見て下さい。この、ご覧になっていた剣とかどうです? 全然劣化していないでしょう?」
「まあ、そうだな。特に錆びているようにも見えないし、汚れなんかも見当たらん」
「そうですよね。でもこの剣は、作ってから2年は経っているんです。それでこの状態を保っているんですよ」
「2年、か……」
「はい。それもあって、今回限定で何本かだけ、この値段で売っているんです」
「これからも、ずっとこの値段ではないのか?」
「ええ、具体的には秘密ですが、目標分を売ったら、この値段での提供は、おしまいにさせていただきます」
「うーん……」
「ちょうど今日から始めたことでして、お客さんは運がいいですよ」
「お、そうなのか?」
「はい」
「うん、まあ仮に早くぶっ壊れたとして、それでもいい買い物か。兄さん、これ買ってやるよ」
「まいどありがとうございます!」
「はっはっ! 無駄に元気な兄ちゃんだなあ」
「いやあ、そうですかね? あ、ついでにこちらの新作もどうです?」
「おいおい、俺は今買ったばかりだぞ?」
「それもそうですね。じゃあ買っていただいた剣が、お眼鏡に叶ったら、是非次もうちでお願いしますよ」
「ちゃっかりしてんなあ兄ちゃん!」
……怒涛の勢いの会話でした。
いつの間にか、お兄さんとお客さんは豪快に笑い合っていて。
そんなやり取りの流れのまま、お客さんは剣を一つ買っていました。
「盛り上がってるね。掘り出し物でもあるのかな」
「いらっしゃいませ!」
その上、さらに驚くことが起きました。
うちに寄ることなく市場を去ろうとしていた人が、そんな様子に引き寄せられてきたんです。
こんな……ことは……。
もしかしたら、なんら珍しいことではないのかもしれません。
実は異世界がどうとかではなく、ここではないあらゆる町では普通のことなのかもしれません。
お客さんの様子からしても、そんな可能性は高く感じます。
それほどに自然なやり取りでした。お客さんも慣れているように見えたんです。
でも。
それでもここ……この村しか知らない私にとっては、初めての光景でした。
この村の市場における接客というのは、まず店に居続けること。
そして、欲しいと言われた商品と硬貨を交換すること。
ただそれだけを指していて、私だけじゃなく全員がそうだったんです。
だから……こんなことは知りませんでした。
こんなふうにお客さんと会話することがあるってことも。
それから、そうしてもいいということも……とにかく何も知らなかったんです。




