現状打開作戦3
程なくして、お兄さんは戻ってきました。
どこへ行くかと思えばアンシアさんのところへ行き、いつも通りなぜかアンシアさんとだけは長めにおしゃべりして、それから戻ってきました。
いえ、アンシアさんだって、見た目が幼いとはいえもう結婚を考えていい歳です。そして私は、お兄さんをそういう対象に見れそうにないんですから……いいんですけどね。
ただ、そうなると年下のアンシアさんに先を……私は当てもないままのに……。
……って、そんなことはいいんですよ。
それよりも気にしなければならないことがあるんでした。
寝不足に加え、さっきの問答で、少し気疲れしていたせいかもしれません。気持ちを切り替えましょう。
「何に使うのかと思えば、そんな物を買ってきて……どう使うんですそれ」
私に土下座までしてお兄さんが買ってきたのは、布と糸でした。
こんな物で、何をするっていうのでしょうか。これで大した意味もなかったら、私は押し切られたことを心底悔い続けなければなりません。
「うーん……簡単に言うと、特別な、売り場を作るんだよ」
お兄さんは、チクチクと針を動かしながら答えます。
意外と様になっていますね…………ではなくですよ。
また思考が横に逸れています。
徹夜すると、ここまで頭が回らなくなるとは思っていませんでした。私は気合を入れなおし、再び思考を本題に戻します。
「特別な売り場ですか」
「そう。例えば、今作っているのは値札なんだけど、そこに今までの値段を黒、今日売る値段を赤の糸で刺繍してるんだ」
「……値札なら、そこらの木に炭で書いたものがあるじゃないですか。それ、お金をかけてまでやる意味があるんですか?」
ああ、ああ……っ。
気づいてみれば、雲行きがとても怪しいです。
自分の言葉にも、棘が出てしまっているのがわかります。
でも止められません。止められるはずがありません。
これで立て直せなければ、いよいよ店を畳むしかない状況なんです。
「何か赤い文字が書ける物があれば、それでもよかったんだけど、見つからなかったんだ。それに、できるだけ大きい方がよかった。そうなると、木で作ったら持ち運びに不便だしね」
話を聞きつつ意図を考えていた私は、ここで一つ思い当たりました。
「お兄さん、たぶんですけどそれって、元の値段も見せておくことで、この値段は特別だって、わかってもらうためですよね」
「そうそう。さすがだね、マリー」
何がさすがですか適当を言って……。
ここは、当たってほしくなかったところなんですよ。
「でもそれって、意味ないと思います。結局安い値段で売ることに変わりはないですし、むしろこんなに大幅に値が下がっているのがわかったら、不審過ぎて私なら絶対買いません」
さあ、どう説明してくれるんですか?
私はそんな思いを乗せ、お兄さんをじっと見つめて待ちました。
緊張の一瞬。そして返ってきた答えは……。
「そこは、接客の腕の見せ所だよ」
…………。
ああ、今の私はひどい視線を向けていることでしょう。
疑いの眼差しとも言います。
だって接客って……。
専用の武具作成でも請け負うならともかく、ただ物を売るだけなのに、何ができるというんですか。
しかし、ここで止めたところで事態は良くなりません。
どうこう考えたところで、私に代案があるわけじゃない。対して、お兄さんに確かな案があるのは事実です。
こうしている間にも、お兄さんは準備を進めています。
「もうここまで来たら、仕方ないと思って見守ってましたけど……。わざわざこんなふうに旗まで立てるなんて、私見たことないですよ……」
お兄さんがやっているのは、言うなれば売り場への装飾です。
これに何の意味があるのか、私にはさっぱりわかりません。
「大丈夫だよ。確かにここでは見たことが無いかもしれないけど、ちゃんと効果も実証されてることだからさ」
でもお兄さんは自信満々な様子で、やっぱり笑っています。
少なくとも、私を陥れようとなんてしていない。そう感じられる毒気のない無邪気な表情。
「……一応、期待してますからね」
「おう!」
お兄さんは、素人考えでやっているわけではありません。
確かに、その知識が使われていた世界はここではないです。でも徹夜してまで、私からこの世界のことを聞きだしていました。
それを踏まえた上で、今こうしているんです。
どの道このままじゃ、明日の食事もままならなくなります。こうなったらもう……。
信じていいんですよね、お兄さん?




