上木翔という名の男
あなたは、他人にどんな自分を求められているだろうか――
科学が発展したとある世界。
そこにある一軒の大きなお店。
ここでは、今日も汗水流して従業員たちが働いて……。
「それでねえ! もう本当おかしいと思うでしょ店長!」
「なるほどねえ……」
「もうびしっと言ってやってよびしーっと! あんなふうにされたんじゃ真面目にやってる私たち馬鹿みたいじゃない?」
「田中さん、よくわかりました。俺も急いで対応を……」
ここでこの物語の主人公――上木 翔は、適度に間を空けてから言葉を続けた。
「うおおやばい! 加藤さん15時ですよ!」
「うっそまじで!? 私まだ作業残ってるんだわあ! もう行くわねっ」
「わかりました。お願いします!」
話をしていた熟年の女性は、駆け足で持ち場へと戻っていく。
それを翔は、笑顔で見送った。
先の出来事から、数分後――。
「なるほどぉ……話はわかりましたよ加藤さん」
「でっしょお!? 田中さんっていっつもそうなんだからさあ!」
「加藤さん、じゃあこうしましょう。こちらとしては――」
働き手。
従業員。
店員。
呼び方は何でもいい。
重要なのは、どんな呼び方をしたとしても、その労働者たちは人間であるということだった。
人間だから、自我を持っている。
各々が考えて行動できるから、臨機応変に上手くやれる。
例として、売り場に出れば、お客さんの対応をすることになる。その他の仕事はほぼ確実に、予定通りには進まない。
そんな時に、考える頭が必要になるのだ。
ただし、ここで一つ言っておかなければならない。
突発的で、予定には優しくないことだとしても、お客さんの対応は立派な仕事の一つ。決して、したくないものではないということだ。
当然、それを想定した上で予定も組まれている。計画を立てる上司がしっかりしていれば、無茶な仕事量に追われることにはならない。
……というのが、理想のあり方の話だ。
人間は、自我を持っている。
それは、勤務中でも変わらない。
働くことで、賃金を得る。仕事をしなければならない時間。
理性をもって、それに当たるべき時間……。
「ねえちょっと店長どう思うー!? 佐藤さんなんだけどさあ……」
しかし、そんな会社の視点から見た理屈で動いている従業員など、ほとんど居ない。
居るが、ほとんどの職場においては少数派だ。
特に、パートやアルバイトの従業員が多数派となる小売業界においては。
それも当然だ。
人間には自我があり、感情がある。
自分から見た世界がある。
だから、会社の都合など知ったことではない。
勤務中であっても、仲の悪い同僚の告げ口をしたりもする。
(これが“報告”であれば、何も問題は無いんだけどね……)
明確に、端的にまとめて話す。
そうであれば、翔が困ることなど無かった。
むしろ職場環境の改善に活かすことこそが、彼の仕事と言えた。
しかしその実、この告げ口は……延々と続くことが多い。
これはもはや、業務ではなく愚痴だった。
それでも、翔は嫌な顔一つせずに向き合う。
(これが一昔前なら、強く言って、無理やりにでも仕事に戻ってもらったりしたのかな……)
昨今、一部の大手企業において、店長に求められる対応やスキル。
それらは、大きく形を変えていた。