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もう一人の女の子2

 わたしはあれから、毎日翔さんを目で追った。

 自分の前髪の隙間から、ばれないようにこっそりと。

 でも最初の日以来、市場は静けさを取り戻してて。

 あれだけ大きな声だった翔さんは、黙ったままずっとマリーさんの横に座ってる。それがちょっと意外だった。

 でも、そんな数日掛けた心の準備のおかげかも。


「じゃあ、じゃないよ!? このまま撤収したら――――」


 あ、やっぱり大きい声……。


 わたしは記憶にある中で初めて、大きな声を落ち着いて聞けた。

 ……距離は結構あったけれど。



 そして今日も、わたしは見てる。


「はあー……。これが竜かあ……!」


 翔さんは今日も笑ってる。

 何がそんなに楽しいんだろう。


 今日は騎竜便の日で、村には地竜さんに乗った運び屋さんが来てる。

 翔さんは、行者さんが離れた後、その地竜さんを見てるみたい。


「触っても平気かな……」


 あ、それは――。


「はいっすみません!」


 ……。


 心の中では思っても、やっぱり声に出すのは無理で。

 翔さんは地竜さんを怒らせてしまった。


 威嚇されちゃってた。

 わたしがしっかりしてないから、そのせいで翔さんが怖い思いを……え?


 驚くことに、翔さんはまたすぐに笑っていた。

 地竜さんに触るのはさすがに諦めたのか、マリーさんのところへ戻っていく。


「マリー、仕入れはどう?」

「ああ、お兄さん。今終わったところです」


 仕入れ……わたしは、今回はいいかな。

 また少し、在庫を減らしたいから。


「ただ、また少し物価が上がってしまいました。仕方ないとわかっていますが、なかなか厳しいです」

「いくらくらいかかったの?」


 内々の事情は、こっそり聞いちゃうべきじゃない。

 わたしはそう思って、少しの間、気を逸らす。

 どこも厳しいのは変わらないみたい。


 わたしは……どうすればいいんだろう。

 何もわからないまま、おばあちゃんのお店を続けてるだけ。

 でもお店なんて、売れる時は売れるし、欲しい人が来なければ売れない。

 それだけ、だから……わたしにとってはありがたい。


「……よしっ」


 そんな、気合を入れるような翔さんの声を聞いて、わたしは考えるのを止める。

 そして、またこっそり様子を見る。


「ん? どうしたんですか?」

「マリー、色々聞きたいことがあるんだけどいいかな!」


 っ!


 大きな声。

 気にしていなかったら、また頭が真っ白になっていたかもしれない。

 そんなよく通る声でのお話は、まだまだ始まったばかりだった。


「は、はい。どうぞ?」

「じゃあまず、ストスさんの剣って、適正価格はどのくらいなの?」

「ええと……さすがに物によるので一概には言えな」

「あと、この村ってどんな立地なのか詳しく知りたい。周辺にどんな所があるかも知りたいし、そういえばメインの客層ってどんな人たちなのかわかる? お客さんには普通に男性も多いよね?」

「ちょ、ちょっと待ってください! なんです急に。一つずつ順番に」

「マリー、期待してて」

「は、はい?」

「そろそろ勝手もわかってきた。このまま、世話になりっぱなしにはなりたくない。だから、少しの間だけ、そうだな……次の騎竜便の日! それまで、俺に店を任せてみてくれないか?」

「気持ちは嬉しいですけれど、それは……」

「いきなり店を勝手させろなんて、失礼なのはわかってる。でも俺が言えた立場じゃないけど、このままじゃまずいでしょう?」

「そう……ですね」

「何をするのかはきちんと説明するし、マリーの了解を得てから実行するよ。それで、どうかな?」


 ……すごい。


 あまりの勢いに、驚くことしかできなかった。

 わたしだけじゃなく、目の前のマリーさんもついていけてないみたい。それでもマリーさんは、しばらく考えてちゃんと答えを返した。


「わかりました。確かに、お兄さんとこうして知り合ったのも、何かしらの縁です。おまかせ、してみますね」

「まかせて! マリーが丸々太っちゃうほど食べられるくらい、稼げるよう頑張るから!」

「ええー、お兄さんそれ失礼じゃないですかー?」

「え、ご、ごめんね」


 あ、あれ?


 わたしはまた驚いた。

 だって、マリーさんが楽しそうだったから。


 こんなマリーさん……初めて見た。


 よく知らない人が、よくわからないことをしようとしてるみたいなのに、なぜか怖くなかった。

 翔さんと、マリーさん。

 二人の様子を見ていると、むしろ何かに期待しちゃいそうで。


「まあいいです。そういうことなら、私がわかる範囲でなんでも答えます。どうぞ?」

「本当? じゃあとりあえず、さっきのとは別に十、二十くらい気になってることがあって、それぞれの内容について細かく聞きたいんだけど……」

「え゛、ちょっと待ってください。いくらなんでも多すぎでは……どれだけ時間がかかるかわかりません」


 ……あ、あれ?

 気づくといつの間にか、雲行きが怪しいような……。


「俺は売上を上げるための知識ならそれなりに持っているけど、現状に対して使えるのはごく一部だと思う。失敗できないし、市場や地域の知識は可能な限り必要なんだよ」

「や、やっぱりさっきの」

「マリー」

「は、はいっ!」

「今夜は、寝かさないから……」

「……え、えええええええええええええ!?」


 翔さん。

 突然村にやってきた不思議な人。

 やっぱりこの人は、何かを変えてしまう気がする。

 それは、良い方に? それとも悪い方?

 わたしはたぶん、見てることしかできないけど……とりあえず今はこう思う。


 えっと、マリーさん、大丈夫かな?

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