表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/69

もう一人の女の子

 この名も無き村には、マリーの他に、たったもう一人だけ、翔より年下の者が居る。

 その子の名前は、アンシア。

 時は少しだけ遡る。翔が初めて村に来て、挨拶回りをしていた時だ。



 わたしは、この村が嫌いじゃない。

 なぜかって、それはとにかく静かだから。

 争いはない。

 厳しいことも言われない。

 いつも変わらない。

 だからそれでよかった。

 家に帰って、おばあちゃんとお話しさえできれば。

 他に、何もなくていい……。


「おはよう! はじめまして! 俺は、翔。君くらいの子も居たんだね。お手伝い? いいこだね!」


 それはある日、突然だった。

 静かだったこの場所を一人で変えてしまった。

 さっきから当然聞こえていたけど、頭が真っ白になって震えている間に、その人はとうとうわたしの前へやってきた。


「あ、の……あ……」


 ああ、わたしはいつもこう。

 ううん、いつもよりひどいよ。

 だって、もうわからない。

 わたしはだめな人間なんだって、それしか頭に浮かばない。

 でも大きな声を聞くと、嫌でもそんな自分を思い出しちゃう。


「えっと……」

「あ、の……」


 だめ……きっとまた大きな声でっ。


 きっとそうなると思った。

 昔、耐えられなかったあの時みたいに。


「ごめんねー……。これから、よろしくねー……!」

「……え」


 でも、次にその人が出した声は、わたしと同じくらい小さな声だった。


 なんで?


 考えてもまるでわからない。

 だって、悪いのはわたし。

 やれることをやれない、意気地なしのわたし。

 みんな頑張ってるのに、逃げたままの……わたし……。


 戸惑っている間に、その人はもう隣の店に行ってしまった。

 わたしがだめだったのに、これっぽっちも怒ったりせずに。


 ……なんて考えてたら、こっちに戻ってきた!


「ねー……えー……!」

「……え、あ」


 わたしの口は、またまともな返事を返せない。

 それでも、向こうはなぜか笑顔のままだった。

 最初に視界に入れた時から、ずっとそう。


「……よかったら、今日は名前だけでも教えて? さっき聞き忘れたよ」

「あ……」


 名前?

 名前……お返事しないと。


 そう思っても、頭のほどんどはやっぱり白くて。

 その上、すぐには身体に伝わらない。


 もうどれだけ待たせたんだろう。

 今度こそ、今度こそだめ。わたしはそんなことを思った。


 でも……その人はまだ笑って待ってた。


「アン……シア……」

「お。アンシア……で、あってる?」

「は、い……」

「そっか。じゃあ今日は驚かせちゃってるし、また明日話そう。またねアンシアっ」

「あ……」

「……」

「はい……」

「うん」


 わたしの返事を聞き終えてから、その人は今度こそ挨拶回りに戻っていった。


 だめ。

 わたしだってもう大人で。

 お店もやってて。

 ずっと静かな市場で、お客さんとやりとりするだけなら、なんとか頑張れるようになってきてた。

 でもさっきはだめだったのに。

 普通のことすらできなかったのに。

 とてもとても待たせてたのに。

 だめなわたしに、合わせてくれた……?



 ――翔のやったことは、元の世界なら至る所でされている子どもとの向き合い。

 しかしこの世界の現状において、そうした優しさや甘やかしは基本的に許されない。そのままでは、文字通り生きていけないことにだってなるからだ。

 それ故に、アンシアから見た翔は、理解しがたいものだった。



 たしか……翔、さん。

 翔さんは、いったい何者なんだろう。


 初めは大声で怖がっていたはずの人なのに。

 わたしはいつの間にか、その人に興味を持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ