お兄さんを引率して5
と、そんな覚悟をしていた私ですが、翔さんもさすがに大人は大人のようで。
じっと静かに店番を続けて、帰る時間まで特に何もありませんでした。
……その間もずっと笑顔を絶やさないのは、なんとも不気味でしたが。
「では、今日はそろそろ帰りましょうか」
「え!?」
「そろそろ日も落ち始めます。暗くなる前に帰らないといけません」
「で、でもまだ一つも売れてないと思うんだけど……」
「こういう日もあります」
「そ、そうなんだ……」
これまた、どこか反応が大げさですね。
きっとお兄さんの居た世界とは色々違うんでしょうが……ここでは私に従ってもらいますよ。
黙って待つ。
余計なことをせずに、ただ店の中に座って、お客が来るまで。
ここではみんながそうしていて、それを乱してはいけない。
ただ、今を崩さないように……。
時折そわそわし始めるお兄さんを諌めながら、変わらぬ数日が過ぎた頃でした。
「じゃあ、そろそろ片付け始めましょうか」
「じゃあ、じゃないよ!? このまま撤収したら、もう5日も連続で何も売れてないじゃない!?」
ああ、とうとうお兄さんが爆発しました。
ここでは騒がないようにしてくださいとあれほど……。
「ねえマリー、今日はもう少し粘ってみない?」
「仕方がないですよ。たまにある事です。……確かに今回は少しまずいですけど」
ギリギリの状況から、足が出つつあります。
だからってこれ以上切り詰めることなんて……。
「ほら、お客さんとは一期一会、ほんの少し長くいるだけで買ってくれる人がいるかもしれないよ?」
「そうは言ってもですね……」
少し粘ったところで、ここへ寄るお客が多い時間なんて決まっていますからね。
私の家だけが遠い分、他のみんなより早く撤収しているのも事実ですが……。
「あれ、マリーちゃん今日はゆっくりなんだね」
そんなやり取りをしていると、本当に偶然にも、時間外れの声が掛かりました。
「あ、いつもありがとうございます。お久しぶりです」
「マリー、この人は?」
「常連さんです。そ」
「いらっしゃいませえ!」
「あ、ああ……」
それから……と続けようとした台詞は、裏返った大きな声に遮られました。
これもハンスさんじゃなかったら、どうなってたかもう……。
いくら久々のお客さんでも、気合が入りすぎです。
「お兄さん少し下がっててください……」
私は速やかに、お兄さんを後方へ退場させました。
ハンスさんも、気を取り直した様子でいつも通り話を始めてくれます。お兄さんのことをスルーしてくれたのは、正直ありがたいですね。
でも、これって……。
「最近はよりきつくなってきてね。なかなか抜けてこられなかったんだ」
「そうですか……。また、厳しくなってきているんですね……」
ああ、やっぱり余裕がないということだったようです。
「さて……ああ、このあたりが新作だね」
「はい。今回はどんなものを?」
「小柄な奴だから、軽めの剣で一本見繕うよ」
今度の新人さんは、若い方なんですかね。
前線に配属されるなんて珍しい。
「では、こちらとか」
「ああ、いいね。いつも通り良い剣だ」
「ありがとうございます」
「……こちらはいつもありがたいけど、本当に銀貨90でいいのかい?」
「そう言っていただけるのはとてもありがたいですけど、そちらの方が、もっと大変でしょうから……」
「そうかい……。ではその分は戦果で返せるよう努めるとするよ」
「はい。勝利をお祈りしていますね」
どれだけ生活が苦しくても、ハンスさんに甘えるわけにはいきません。
だって、この苦しさの原因を無くす為に、日々命を懸けている人なんですから。
……今は、こうして商品が売れただけでも大助かり。
そのハンスさんは、そのままいつも通り、宿屋へと歩いていきました。
きっと早朝には、前線へと引き返していくんでしょう。
もう少しくらい、あの子と一緒に居てあげても……なんて思うのは、やっぱり子どものわがままなんでしょうね。
「よかった! マリー、売れたよ!」
「そりゃあ売れる時もあります。お兄さん一体どう思っていたんですか」
「なんにしても、よかった。これでとりあえず、少しは余裕ができたのかな?」
「そうですね。今回は運が良かったです。ギリギリで間に合いました」
「……間に合う?」
「はい。明日は、半月に一度の、騎竜便の日です」
他人のことを考えている場合じゃありませんね。
今回は間に合っても、次は……。
先の見えない不安に押しつぶされないよう、私は必死に自分を強く持ち続けるしかありませんでした。




