新しい家族
男性は、『上木 翔』という名前だそうです。最初に言っていたのがそうだったんですね。
ひとまず悪い人ではない。そう評価を落ち着けた私は、お父さんに許可をもらって、この人を家に置くことにしました。
理由はまあ、色々あります。
一つは最初に話をした時にも思った通り、この人がこの世界の救世主なのかもしれないってこと。
それから、単純に最初に見つけたのが私だということ。
それにこの人……本当に行くあてがないみたいですし。私が見捨てたら、路頭に迷ってしまいます。
とにかく、当面の間くらいは面倒を見ることに決めたんです。
「……というわけなので、報告した方がいいと思って」
私はこの事情を、ひとまず村のソウさんにだけは、包み隠さず報告しました。
ソウさんは、小さい頃から何かとお世話になってきた方です。私は、あの事件でお母さんを失っていましたから……。
何かあった時、ソウさんが知っていてくれれば安心です。
「あー、まあわかったけどねえ。……大丈夫なのかい?」
「あ、はい。本当に悪い人ではないと……」
「いや、それもそうだけどさ。ほら、家計の方だよ」
「う、そ、それは……」
「……あんたももう大人だ。ああしろこうしろとは言わないし、好きにすればいいけどね」
「……はい」
「わるいけど、あたしにも余裕はない。代わりに……とは言えないからね」
「それはもちろんです。わかっていて、自分でそうしたんですから」
……と、ソウさんとそんなやり取りをしたのも、もう数日前の話。
今日も私は仕事を終えて、村から山奥の我が家へと歩きます。
この数日で、翔さんの人となりも少しずつわかってきました。
いつも笑顔で、明るくて、とても話しやすい人。それに体調が回復してきてからは、積極的に家事を手伝ってくれています。
……まあ、いいんじゃないですか。
ああ、いえ。べつにいいと言っても、好きだとかじゃありません。今のところ、好きになるような理由もないですし。
ただ……若い男性と近くで生活するというのは、今のこの国ではほぼないことです。
だから、そういう対象の候補としてすら見ない……なんてこともまた、ないわけでして。
近くどころか一緒に住んでいる以上、意識はしてしまいます。
そんな気にはなる男性が、視界の中に入ってきました。
もう夕方だというのに、家の外でなぜか突っ立っています。
「何……してるんでしょう」
何かをぶつぶつと言いながら、集中しているみたい。
これは……少し様子を見ましょうか。
わかってきたと言っても、それは私と接している時のこの人だけ。実は裏で……なんてことも。
そんな唐突な緊張の時間は……すぐに終わりとなりました。
「これが、歩法の極意……」
……は?
その呟きの直後、大きく一歩、それなりに鋭く踏み出しました。
……気にはなっていた男性が。
そんな過去形になった男性と目が合ったので、思わず言ってしまいました。
「これが、ほほうのごくい……?」
翔さんの顔が、赤く染まっていきます。
あ、一応今のを見られて恥ずかしいって感覚はあるんだ。
でも今のはないです。なんですか。勇者に憧れる子どもですか。
この歳でこれは……ちょっと。
隠れて悪いことをしてるかも……なんて。ちょっと警戒した私の労力を返してほしい。
はぁ……嫌な時代です。
もう私もいい歳なんですが、そうそう良い出会いもありませんね。
私は、もっと何もかも見通してるような、冷静な人の方が好みですね。お父さんが物静かな人だからでしょうか。
こうして私の翔さんへの評価は、また一つ更新されました。




