0
世界は、無数に存在する。
例え、一つ一つの世界から、他の世界が観測できなくても……。
それは、確かに存在している。
今、一つの世界が危機に瀕していた。その危機がもたらす悪循環により、自力で立ち直ることができないほどに……。
とある一つの世界。
そこに、別の世界を観測できる特別な存在が居た。
「うむ……。やはり、こやつしかおるまい」
(この世界を救う為、協力して貰うぞ)
それは、俗に神と呼ばれる存在。
一口に神と言っても、その在り様は多岐に渡る。
この世界においては……象徴たる神を指す。世界に事象が繁栄することで生まれ、その事象に対して加護をもたらす。ますますの発展が叶えば、神もまた力を増す。
相互に影響を与え、双方が成長していく。
この世界の神は、そういう仕組みでできていた。
(それにこやつは……、何という星の元に生まれたんじゃ。このままではあまりに不憫すぎる。いっ
そ苦労があろうとも、こちらへ呼んでやった方が、救われるというものだ。……もっとも、我の勝手な都合に過ぎぬのは、百も承知だが)
人間を模し、中性的な容姿を持ったその神は、苦い表情で見つめていた。
(いずれにせよ、もう他を探す猶予は無い)
いくつかの世界同士には、繋がりが近づく周期が存在している。
それはこの神であっても抗えない。その神自身が存在を置く世界の大前提。
(力は有限……。ただでさえ、現実へ干渉するのは大変なのだ。今を逃せば、我の力で手が出せるのは、また何年後になるか……)
神は、映し出す先を自らの世界、その未来の情景へと切り替える。
そこに映るのは、絶対なる世界からの、抗いようのない災い。
(こちらへ呼ぶのが遅くなれば、この未来を変えるのも難しくなる。近づけば近づくほど、変化が入り込む余地は減り、この世界の消滅が確定してしまう)
神であろうと、一つの個を持つ存在。
迷いもあった。しかし、これはこの世界で、神々が話し合い決めた。間違いなく必要なことだった。
……そんな迷いが、一つの歯車を狂わせる。
(そう、この世界のためだ……)
再び視界を切り替え、自らの世界……そこにある自らの象徴から見える景色を映し出す。
それを見つめ、緑豊かなこの世界を守るためにと、覚悟を決めるつもりだった。
(また来ておったのか。参拝などしても、何も……な……)
そこに映ったのは、この世界において、普通に起こり得るものだった。
ただしそれは……時に酷く、残酷な場合もある。
(仕方の無いことだ。これは……)
ここで起きた凄惨な出来事も、まぎれも無い現実として享受され、この世界はまだ続いていく……はずだった。
『――――――あ゛う゛え゛ぇえ!!』
(――っ!)
それはもはや言葉では無く、ただの叫びと化していた。
しかしそれでも……この上なく、強い意味を孕んだ叫び。
助けを求める慟哭――。
(ああ、我は……我はなんということを)
神が思う嘆きは、目の前の悲惨な現実を、見て見ぬ振りしたことへの無力……。
そうでなければならなかった。
(わかっていたことだ。この世界であろうと、あやつが居る世界であろうと……。現実に干渉するのに、多大な力が要るということは。これでは、呼ぶどころか加護すらも……)
神は、自らの行いを悔いた。その短絡的な行いが招く事態を、痛いほどわかっていた。
(意識が落ちる。今は回復のためにも、眠るしかない。……皆……すまない)
映し出している光景では、小さな女の子が、父親に寄り添いながら泣いている。
(半端なことをして、これまでの準備も全て……)
父親の身体からは血が噴き出し、そこには片腕が無かった。助かるかは、この世界においてもわからなかった。
何が、神様じゃ――。
とある世界。
ここには、豊かな自然と不思議な力があった。
それをこの世界の人々は、魔力と呼んだ。
歩き、走り、言語を使い……そして、魔術を使う。そんな当たり前のものとして、魔術が生活に根付いていた。
そんな世界にある辺境の村に、両親と娘一人の家族が居た。
「んぅー、わかんない。どうしてお母さんは、お父さんのかんがえてることわかるの?」
「ふふ。確かに、この人は無口だもんね。でもね……うーん」
「なんでー……?」
「そうね……。マリーにも、将来気になる人ができたらわかるわよ」
「……やっぱりわかんない」
「……」
仲の良い三人家族。
無口な父親と、それを補って余りあるほど明るく、朗らかな母親。そして、娘のマリー。
まだまだ無垢で、世界が違えば、幼稚園に通っている年頃の女の子。しかし、この世界では違った。
近い年齢の子と交流する機会も少なく、マリーにとっての世界は、ほぼ両親が全てだった。
しかし、そんな狭い世界であっても、マリーは間違いなく幸せに暮らしていた。
時は戦時下で、決して裕福な暮らしでは無い。この世界の平均と比べても、不便と言える暮らし。それでも愛情を注がれ、元気に育っていた。
そんな家族には、一つの習慣があった。
それは、神樹を見守る事。今も、そこへ向かう最中だった。
山奥で確かな存在感を放ち、佇む……。いつからか、神が住まうとされた一本の大樹。
マリーの家族は、それを見守る役目を継いでいた。もっとも、かつて成された神事などは風化し、役目と言っても、本当に見るだけとなっている。伝統ではなく、習慣的な参拝だった。
やがて三人は神樹の元へたどり着き、その様子を確認していく。
「きょうも、きれい」
「そうねえ」
微かな光を放つ新樹は、神秘的な空間を演出していた。
マリーにとって、自分の住む小さな家以外で、唯一知るステキな場所……。
――そこに、何の前触れもなく影が落ちた。
「……え?」
それは、初めて見る生き物だった。
目立つのは、翼と同化した腕。人間より二回りは大きい体躯。威圧感を放つ暗い色。
この世界で、魔物と呼ばれる生物――。
「マリーー!」
「っ!!?」
魔物が空から降り立った時、一番近くに居たのがマリーだった。それを庇う為、両親が間に割って入る。
しかしそれは、一瞬の出来事すぎた。
「え……」
先程は、まだ疑問に思っただけだった。
しかしたった今マリーが発した声は、呆然自失なままこぼれ出たもので――
「っあ゛……!?」
それは、父親の呻き声。マリーがそれを聞いた時には、何もかもが起きた後だった。
魔物の腕が、マリーへ振り下ろされた。
庇った父親の片腕が、吹き飛んでいた。
そしてそこに、もう母親と呼べるものは無かった。残ったのは、少し前まで人間だったもの……。
「……」
「マ、リー……」
「あ……ぇぁ……」
マリーは、何が起きたのか理解などできていなかった。
でも、さっきまで見つめていた綺麗な樹も、母親も目の前には無い。見えているのは、止まることなく血を流し続ける父親と、見たことも無い生き物だけ。自分の倍以上に大きい……重たく、暗い色――。
「っぁ……ぁぁあ゛えあ゛あ゛う゛え゛ぇえ!!」
マリーは訳も分からず叫んでいた。それでも本能によるものか、恐怖心から助けを求めた。
誰か助けて――。
しかし、ここは森の奥。魔物に対抗できる“人間”で、間に合う者はどこにも居なかった。
この小さな幸せを築いていた家族は、ここで息絶える。そんなつらい現実があるはずだった。
――光が、その場を包んだ。
マリーの視界を埋め尽くしていた闇は、それによって打ち消されていく。
その突然の光が徐々に薄れ、消えた時……。
「おとう゛さん゛……ね゛え……」
そこに残ったのは気を失い、地面に倒れ伏す父親。無くなった腕の断面からは、今も血が流れ出ている。
「う゛……ぇ――」
そして、泣き叫ぶマリーと……光を失った神樹があった。
……。
…………。
……我は、どれほど眠っていた?
とにかく、状況の把握……。
……。
これは……何という……。
可能な限り早く回復するためとはいえ、意識を完全に断ったのは失敗だったのか?
……いや、じゃが呼ぶしかない。力はまだ足りぬ。しかしあやつの居る世界が近づく機会はもう無い。ここで再び意識が飛ぼうと、やるしかないんじゃ。
新しい勇者を探す時間も無い。
こやつは……随分と、歪んでしもうておる。これも、我のせいか……。
……いくぞ。
……やはり、力が。これでは存在を引きこめても、この世界に適した肉体へ変化することも、力を授けることもできぬではないか。
このまま、同じ形を取る他ない……。
それでも、こやつなら。
これほどの才覚、魂を持って生まれたこやつなら。
抱える歪みも、この世界も、もしかしたら……。
無理を押し付けて、すまない。
しかしこやつは、元の世界に居ても幸せにはなれまい。
ならばせめて、可能性だけは残るこの世界で――。
無数に存在する世界。
本来、この世界同士が交わることは無い。
しかしそれが、時に何かの意志を持って繋がることがある。
これは、世界を越えた繋がりの話――。
この小説はhttps://ncode.syosetu.com/n3237eb/
この作品と同一の世界で起きた出来事の別の視点、別ルート的なものです。それにより、前作の謎が解明されるなど、相乗的に楽しくなる読み物にしたいと思っています。
開いてくださった方は、両方読んでくだされば嬉しいですし、片方でも楽しめるものにしていこうと思います。
こちらの作品の続きは、しばらく間を頂いてから連載していきます。
その際は是非とも応援をお願いいたします。