不便の発明家(短編版)
一時間企画約十分オーバー作品です
僕は曽倉 甲斐。この学園に通う普通の高校生である。唯一変わった部分と言えば、所属している部活の先輩が変という事だけである。なんの部活に所属してるかって? それはまあ、後で話すさ。
で、いつもの時間に部室である、とある小部屋にやってきたわけだが、慎重に中に入る。この教室の上には発明部というプレートがかけられている。そう、僕は発明部に所属している。発明部と言っても発明しているのは先輩だけで、僕はその被害者というわけだ。この前はしゃべる言葉が『し』と『て』と『あ』と『る』と……あと何だったか、ああ、『い』だ。とにかくその五つの文字しかしゃべれなくなる薬を飲まされた。教室に入ったら何が起きるかわからないから、身長に入っているというわけだ。
そーっとドアを開ける。中には人影が見えない。おかしいな、この時間にはすでにあの先輩がいい笑顔で待ち受けているはずなのに……と思って中に入ると後ろから
ガチャン!
と大きな音がした。なんだと振り返るといい笑顔をした先輩がドアを思いっきり閉めていた。取っ手に謎の機械を取り付けている。うわぁ、やられた、と思いながら僕は先輩に声をかける。
「今日は何を発明したんですか。発芽先輩」
「エヘヘー、知りたい?」
僕の言葉に振り返り、子供のような笑顔で言う少し背の低い先輩。この先輩こそが僕の特殊な部分。発芽 愛 先輩だ。すごい能力を持っていていろいろな発明をしている先輩だ。だが、その能力を不便にすることに利用しているので大体の人の評価は変人である。前回の喋れる言葉が制限されたときもすごく不便だった。今回もどんな不便がボクに襲い掛かってくるのか全く予測できない。
「何か、鍵に特殊なことをしたみたいですけど……」
「ふふふ、これは最近はやりのえーっと何かしないと出れない部屋? から考えたものなのだ!」
何かの部分で少し赤くなりながらも胸を張って先輩は言う。今回の不便を。
「これは体温が一定以上にならないと開かない鍵だよ!」
僕は正直、違うといいなぁと思いながらも質問を重ねた。
「誰の体温ですか?」
「私!」
発芽先輩の元気で端的な一言は僕を沼に突き落とした。
「で、発芽先輩の体温を上げないと出れないわけですが、どうやって先輩の体温を上げるんですか?」
「……考えてなかった。まあ、何とかなるって。この不便を楽しもうよ!」
「うわぁ」
何とかしないとこの部屋から出れないってことじゃないですか……どうすればいいのか。
「とりあえず、先輩何とか体温を上げる方法を考えてください」
「うーん。どうしよっか」
「まさかの無計画。前の薬みたいに解毒薬があったりとかはしないんですか」
「しないねー、どうしよっか」
どうしよっかじゃないんですよ。男女二人きりという状況に不安を持ってください。僕も結構我慢してることがあるんですよ。
「あ、後輩君! くっついたら体温上がると思う!」
「え、えええ! ちょっと発芽先輩それはちょっと」
「いやなの?」
先輩は僕より少し背が低い。だから見上げるように僕の顔を見てくる。そのうえで『いやなの?』なんて聞かれてみろ……
「嫌じゃないですし、むしろうれしい、です」
断れるわけないじゃないか。
結局この日は、それから三十分間、発芽先輩を膝の上にのせて読書していた。理性との戦いだったとだけ言っておこう。確かに先輩の体温も上がって赤くなってたし。僕も体温が上がった。鍵が開いた瞬間、
「う、うう、上手くいったみたいだね。じゃ、じゃああ後輩君! また明日!」
といって赤いまま帰ってしまった。温かさが無くなって少し寂しかったのは内緒である。
次の日。僕は今日も発明部の部室に向かう。今日は何が待ち受けているのか。少しワクワクしつつ扉を開く。もちろん扉の裏に発芽先輩が隠れていないことは確認済みである。
「後輩君! 待ってたよ。のどかわいたでしょ。何か買ってみてよ」
そう言って扉を開いた僕にこの部屋に昨日までなかったはずのものを指さしてくる。
「これは……自動販売機ですか?」
「そうだよ! しかもただの自動販売機じゃない、十円玉専用自動販売機なんだ!」
「地味に不便! 発芽先輩の事だから何かしらひねってきていると思ってたけど、これは確かに地味に不便!」
「まあまあ、不便を楽しもうよ」
「いや、まあ、確かにのどは乾いているんでお茶でも買いますか」
「私はイチゴオレー」
僕は財布の中を確認して……うん、今日に限ってなぜか十円玉が結構ある。無事買えそうかな?
チャリーン、チャリーン
あ、妖怪イチタリナイが出た。
「発芽先輩。十円玉が足りないです」
「ん、今回の私は準備してきてるから大丈夫。十円玉明日に返してね」
「ありがとうございます」
チャリーン
確かに不便だけど先輩とやり取りすることが出来たので、人とのコミュニケーションをとることのできる不便だと思い、イチゴオレを飲む先輩をふと見ると先輩も同じことを思っていたのかこっちを見てて、目があったのでなんとなく笑ってしまった。
次の日。発明部に入ると発芽先輩がいつになく真剣な顔をしていた。
「後輩君! これ飲んでみて」
「発芽先輩……今日は薬系ですか。前みたいなのは嫌ですよ」
そう言いつつ渡されたものを飲むことを受け入れるくらいには先輩の行動に慣れ過ぎた僕だった。それはいいとして、今回は何が起きるのだろうか。
「愛、今回はどんな発明をしたんですか?」
ん、あれおかしいな。僕は発芽先輩と呼びかけようとしたはずなのに。発芽先輩は僕の唐突な名前呼び捨てに顔を真っ赤に染めて言う。
「これは破壊力あるぅ……じゃないや。今回は呼びなれた呼び方が言えなくなる薬だよ!」
今回はかなりヤバイ。耳を赤くさせながら僕はそう思うのだった。
「えーっと、愛。かなり恥ずかしいんですが」
「私もすごく照れる……慣れないね、新鮮」
「いや不便なんですけど! 愛!」
「きゃー、ちょっと、まって、連呼しないで。照れて溶けちゃう」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
これこっちも向こうも尋常じゃないダメージ受けてないか? 特に心臓に!
「あーやばい決意揺らぐ……嬉し照れる……ってダメダメ! これで言うって決めたんだから」
発芽先輩が赤くなって首を振ってる何か可愛い。じゃなくて。これどうするんだ。どうすればいいんだ?
「うん! 効果もしっかり出るみたいだし、女は度胸!」
「それを言うなら愛嬌じゃ……って何してるんですか、愛」
「ちょっと、ふいうちは吹きそうになるから辞めて甲斐君」
「甲斐君……って」
どっちが不意打ちですか……先輩も薬飲んじゃったのか。これどうするんだ。
僕がどうするのか悩んでいると顔を真っ赤にした先輩が声をかけてきた。
「甲斐君。私はいつも私の発明に付き合ってくれて、不便を一緒に楽しんでくれる、あなたの事が好きです。これからも付き合ってください」
「愛……」
そんなの僕だって、ありきたりな毎日を変えてくれた不思議でかわいい先輩の事が、ずっと好きだったのに。わざわざ勇気を出すために発明をしてまで告白してくれた先輩に、ちゃんと真摯に返事をしないと。
「愛、僕もあなたの事が好きです。きっとこの部活に誘ってくれた時から。だから……これからも、不便を楽しませてください。あなたの隣で」
「喜んで!」
こうして、僕は先輩と付き合うことになった。これからも振り回されるんだろうけど、それはまた別の話。
甘いね。
テーマは『発明』でした。