与えられた運命
「どうぞ、お乗りください」
中世の馬車の馬車が待機しており、まるで貴族にでもなったかのうよに馬車に乗り込む。
地面は一部を除いてはアスファルト舗装されておらず、馬の脚を痛めることもなく慣れた土を踏む音が聞こえてきた。
「はー・・・」
窓から流れる景色は木漏れ日が差し込むと故郷を思い出す。
てっきり大きなビル群に住むのではと覚悟してきたのに、案外拍子抜けをした。
「人、いないですね・・こんなに大きな島なのに」
「この島もミーレスが創ったもので、その方が全てを管理しているのですよ」
「しっ・・島をまるごと管理!!!??」
天音と同じクレアーレが島を創って、森林や気候などを管理していると知り
本当にクレアーレは凄いのだと改めて実感、多量のアルカナを使用し数年かけて作り上げたものとか。
「そんなに驚くことはないのではありませんよ、天音さんも武器を創造できるじゃないですか?
鉱物や物を創れるクレアーレはいましたけど、武器を創れる方はこれまでお見かけしたことはございません」
武器ぐらい別に普通の人間だって作れるわけで、それに比べれば天音の力など天と地の差。
己の未熟さを実際に創られた島の上を進みつつ痛感していると、木のない一本道に豪華な門が見えると自動的に開いていく。
「うわぁ・・・」
窓から頭を出すと見えてきたのはまるでヴェルサイユ宮殿のような豪華な城で本部の名はエリゼ。
白亜の壁には外観は西洋の宮廷で、外国に来た感じがようやくしてきた。
「此処がアンタらのアジトってわけか」
守は近代的な建物はないかと辺りを見渡すが、まるで景観を意識してかそれらしきものは今のところ見当たらない。
中世にタイムスリップしてきたかのように、生活を維持できる機械製品は見当たらない。
「ええ、この奥です。それと・・念のために」
薔薇は天音と守に名前の掘られた金色のプレートと鍵がセットになっているものを渡された。
それは島のあらゆる施設を利用するのに使う鍵と、IDの書かれたプレート。
「この島に対しては現在の技術の最高水準ではありますのが、それでも念のためです。
決して無くさないように」
「わかりました」
プレートにはローマ字でそれぞれの名前が掘ってある。
鍵はマスターキーとなっていて、この鍵で開けられるところならどこでも使っていいと銀子に教えられた。
「・・人の気配がないな、俺らの他に誰もいないのか?」
建物に入れば、誰かいるかと思っていたが城も人の住んでいる気配はない。
メイドか警備の人間やらいると予想していたが、城らしき場所に入っても人はいなかった。
「他のクレアーレ・ミーレスは任務中なのよ、結構多忙でもう一年も帰ってきていない人もいるぐらいだからね」
銀子が歩くと廊下にはヒールの靴音が良く響いた。
普段、こんな寂しいところに薔薇とシルベストだけでいると聞かされた。
最初見た時は豪華で綺麗な場所だったが、それを聞いた後だと何だか冷たくて人恋しくなりそう。
大きな客間に案内をされると、会社の入社と同じくオリエンテーションのようなものが開始された。
特に守は彼らに対して不信感を当初から抱いているため、契約書に対しても読みこぼしがないかとかなり真剣にチェックをしている。
最後に本人のサインがあり、保護者記入欄も見当たらず
一人前の大人としての扱いに緊張しながら、サインと持ってきた印鑑を押した。
説明を受けているうちに、陽は落ち初めて終わったのは夕食前辺りの時間となった。
その時刻になると荷物も当日配達コース並みに早く到着し、守は与えられた部屋で荷ほどきをしていた。
「こんなに広いと・・使い道に迷うな」
教科書類も念のため持ってきたが、基本的な学力は中学時代ですでに身に着けているため
高校も中学の予習のような形で本音を言えば通っていたが、此処ではミーレスとしての己の職種を伸ばすための知識と訓練を受ける予定だ。
天音もクレアーレとして、守とは別方向の技術の勉強をすると聞いた。
どういうことを学ぶのかとぼんやり考えていると、ドアをノックする音がした。
「誰だ?」
「私・・・天音だよ」
入ってきたのは夜によって肌寒くなってきたのか、荷物の中から引っ張り出した手直しをした赤いちゃんちゃんこ姿の天音。
警備の観点から、天音はこの階の角部屋で腹は立つがカレンも守の二つ隣の部屋だ。
「どうした?荷ほどきは終わったのか?」
「うん・・ただ、自分で決めたのにさ混乱しちゃって・・まだ私子供のつもりでいたのかな?」
社会的に16歳はまだ子供、成人は20歳だけど政府の政策により18歳から選挙権も与えられ
煙草だって吸えるしお酒も数年すれば飲んでも許される歳、それが早まっただけなのに自分の名前を書いてサインをするだけで
一人の人間として責任と契約をしたのだと、今更ながら実感をした。
もう二度とありふれた紺色のセーラ服にも袖を通すこともないと、一足先に大人にならざるを得なかったと。
大人になるということはもっと遠い先、未来の事のように普段感じて過ごしてきたのだと契約書に目を通したり痛感した。
「別に中卒で働いてる奴だっているだろうが、俺らは親が行けっていうから行ってるようなもんだ」
農業の仕事の関係で人手が足りなくて、高校を中退した同級生もいる。
高校に進めば将来でも困らないし、神主になるための資格も必要だったが守は未練は特にないように語っていた。
「お前のところは・・・いろいろと親のこともあるんだろう?」
「・・・・うん、高校進学の時に・・本当はもっと上に行くべきだって先生にも言われた。
でも・・今更戻る気はなかったな」
どの高校・大学に進むかは将来において、出世や進路にも左右する。
その学校に通っているだけでも立派な人間に見えてしまうような錯覚だって起きてしまう。
「自分で決めろって言われたんだろ」
「うん・・それと、何時でも帰ってきていいって・・・」
祖父母が渡してくれたのは銀色に鈍く輝く自宅の鍵。
いつもほぼ玄関が開いているので鍵なんて必要かとツッコミを入れたくなるが、形のあるものを持っているだけで戻れるところがちゃんとあると実感ができる。
「なら、もう腹くくるしかねーんじゃね?それにまだ何も始まってないんだ。これからだ・・」
「そうだね・・」
他愛もない話をし、天音は自分の部屋に戻る。
部屋は余っているともう一つ角部屋の向かい右の部屋もくれた。
そこは勉強部屋にする予定だ、これからクレアーレとして学ばなければいけないことが山のようにある、まずは。
「武器をちゃんと実体化できるようにしないと」
まずはそれが第一の目標だった。
洋食の豪華な朝食を食べ終えると、一人分には広すぎる電子黒板が大きく壁に貼られた部屋へと案内されると待っていたのは天音の講師役のシルベスト。
「シルベストさんが私の講師なんですか?どういう種類のクレアーレで・・」
「この島を創ったのが私なんですよ」
口をパコと開けて固まった。
誰が創ったのかと気にはなっていたが、こんな近くに作った本人がいたなんて。
「す・・凄いですね、こんな島を創っちゃうなんて!」
「いいえ、私一人の力ではありませんよ。こんな大規模なものを創るのは並大抵のことではありません、これを使いました」
耳を隠していた髪を軽く上げると、そこには透明なダイヤモンドのように輝く結晶が輝いていた。
一見ただのおしゃれのようにも見えたが、これこそが大規模な練成の種明かし。
「これは第一原質〈マテリア・プリマ〉いう空気中のアルカナを精製した石です」
特別な工具を使用し結晶化させられ、アルカナは常に空気中に存在しているわけではない。
密室や地下、場所によってはないところもあるためにクレアーレは身に着けていることが多い。
学校に逃げ込んだ時、密室で創ろうとしたためにできなかったのだとあとになってわかった。
「へえー・・でも凄い綺麗です」
「天音さんも創れるようにしてください、それがまず一人前のクレアーレの第一歩です。
どんな形がいいか考えておいてくださいね・・ではまずは・・
セレマ!」
指を軽く鳴らすと、イヤリングが輝くと空気が収束して集まっていくとシルベストの手には小さな島が出来上がった。
それは盆栽にも似た、小さな木が生えているとっても可愛い島というか・・やっぱり盆栽。
「凄い・・!これが創成・・」
思わず拍手を送りつつ、盆栽は教壇の上にちょこんと置かれる。
天音も武器を強く頭に思い浮かべ、念じて手を翳すが何も起こらない。
「おかしいな・・あの時は確かにできたのに」
「簡単にはできませんよ、何度も創り上げて感覚を掴んでいくしかありません」
微笑みながらシルベストは鍛錬あるのみとアドバイス、そしてもう一つ同じクレアーレとしての教えるべき最初の教えを言われる。
「貴方は戦う武器を創れるクレアーレです、それは親や友人も天音様を利用してこないとも限らないということを忘れないでください」
重すぎて心臓が止まったかのように青ざめる、シルベストの目は経験者だ。
今話したことが我が身で起こったかのように語り出す。
「で・・でも武器なんて別にその気になれば作れることだって」
「クレアーレの創り出したアルカナの物を壊せるのは同じクレアーレの作ったものだけです。
何十億という資金を費やすより、一人の人間によって数分で生み出す方がどれほど利益になると考えますか」
詳しくはわからないがシルベストの言う通り、一人の人間が生産できる方がはるかに効率が良い。
ミーレスが戦うためのクレアーレとして天音が武器を創る、信じていた人に裏切られると怯えながら。
天音の不安を感じ取ったのか、シルベストは軽く天音の肩を安心させるように優しく手を置く。
「すいません・・、いきなり厳しすぎましたね。
今日はこれぐらいにして何か美味しい物でも食べましょうか?」
平均身長ほどの体格でコックの服装をしつつ、跳ねた髪型の茶髪の男が運んできたのはバニラアイスの乗っている和風あんみつと抹茶だ。
日本を離れて、すぐに和食と再会できるとは思ってもおらず暗い空気が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「彼はオーギュストと言って、この島のコックとしても欠かせないお方です」
「燈ノ本 天音と言います。宜しくお願い致します」
オーギュストに挨拶をすると、彼は守と同じクールなようで軽く頭を下げて部屋を後にする。
重い話ではあったが一時だけでも、黒蜜と餡子のおかげで少しだけ解放された気がした。