旅立ちの日
「私、どうしたらいいかわからないんだ・・正しいのはどっちなのか」
「難しいね、でも天音が決めて良いんだよ。私達のことは心配しなくていいから」
「そっちの方が難しいよ、どうすればわからないのに決めろだなんて」
「答えはもう出ているんだろう?天音は賢い娘だからね。
だったらその道を進みなさい・・でも本当に辛くなってどうしようもなくなったらいつでも戻ってきていいんだよ」
「今、それが正しい道だとしても正解だってわかるのは未来だけですもの。
もしも過ちで、自分ではどうしようもなくて次にどう進めばわからなくなったら原点の此処に戻ってくればいい」
祖母が手を掴むと、天音の手の平の上に置くと祖母は自分の手を使って天音の手を握らせた。
決して無くさないように、この言葉を忘れないように。
それは固くて、とても大切なものだった。
守に相談する前から、天音の答えは出ていた。
彼らについていくことを、もしも天音が彼らにとって有益な人物ならあの男達のように拉致をすればいい。
力についての説明なんてしなければいいのに、完全に信用しているわけではないが彼らを信じてみようと思う。
それに此処にいたら、誰かが傷ついてしまう。
警察署のことも後から聞いてゾッとした、人殺しも平気な連中が村に押し寄せてきたら皆殺される。
彼らの言う安全なところに行くのは、自分のためであり皆のためだ。
守は最後まで反対をしていたが父親に諌められ渋々納得してくれた。
「うん・・私は平気。お母さんも体に気を付けて・・いいよ・・仕事忙しいんでしょ?おばあちゃん達もいるから私は大丈夫」
スマホでやり取りをしているのは遠くで暮らす母。
力についての説明は身内とはいえ、伏せられているらしく天音はテロリストに狙われているという理由でこの町を、日本を離れることになった。
突然の転校にお別れ会もできなくて、友人達は天音の手を強く握って別れを惜しんだ。
部屋には段ボールが詰まれているが荷造りは慣れているため、案外早く終わった。
通話を終えると、置いていく予定の足踏みミシンに修理にいつか使えると取っておいたネジbox。
仕立て直し途中の浴衣、近くに住む老人が孫に自分の浴衣を仕立て直してほしいと頼んできたものだが最後までやり遂げようと
蛍光灯ライプスタンドのスイッチを入れると、ミシンを動かし始める。
まるで本職の仕立て職人のように、天音はすぐに浴衣を仕立て直した。
「できた・・」
風呂敷で丁寧に包むと、天音は小さく息を吐いた。
これでやり残したと事はない、明日には迎えが来るのでそのまま彼らの本部があるという海外へ行く。
(あれから・・一度も創れないな・・本当にできるのかな?)
誰もいないのを良いことに、子供アニメのヒーローがや必殺技ポーズをして槍でも剣でも出て来いと念じてみたが何も出てこない。
「アルカナっていうのが足りないのかな・・そもそも見えないって聞いてたし」
ウィルス菌ぐらいかなとよく発見できたものだと感心しつつ、まだ寝ていないことを祖父に怒られて天音はやっと部屋の明かりを消した。
少し離れた小高い場所に、一人の少年がいた。
カサンドラだ、天音には黙ってはいたがあれからずっと銀子と交代で警護をしていたが
天音に知られないようにと警護のことは黙っていた、同じ体制で明かりが無くても気配は察しできる。
後ろに誰かが来ていることも。
「何の用だ、東郷 守」
制服姿の守は暗闇にも溶け込めるようにと全身黒い騎士服のカサンドラ。
天音宅から目線は反らさない彼に、舐められているような気がして守は余計に腹が立った。
「お前こそ、ストーカーみたいな真似しやがって・・何企んでやがる」
「これは必要なことだ、彼女はすでに目をつけられている。誰かが彼女を守らなければならない・・君では無理だ」
剣道で日本一で負け知らずの守でも無理だと言われ、さらに頭に血が上る。
いつもの守なら、この場でカサンドラと感情任せに戦うのだが父親との会話で怒りの焼石に冷や水がかけられた。
『いかなる時も冷静で、感情は時に力をくれるが自分を見失いかねない危ういものだ。
本気で天音君を守りたいのであれば、心は地に根を張り決して揺らぎ、倒木するな』
守も決めたのだ、天音を一人にはできないとついていくことを。
提案したのは銀子だ、知り合いが誰もいないところに一人で行くなんて心細く守には才能もあり
上司に掛け合ってくれた上に渋るカサンドラを口で丸めこんで実現できた。
感情的になってカサンドラと戦ったら、その話も台無しになって天音を一人にしてしまう。
自分にそう言い聞かせて守は木刀を収め、カサンドラに背を向けてその場を去った。
敦は目の前の現実に茫然としていた。
新品のバイクを守にカツアゲされて奪われて廃車にされたのにどこかのあしながあじさんから
有名ブランドバイトが届けられ運が良いと喜ぶべきなのに、昨日今日の出来事に精神がついていけずにバイクの前にずっと立っていたという。
「天ちゃん、急に引っ越しだなんて寂しいな」
「また連絡してね」
友人には単なる転校だと伝え、LINEにいつでも愚痴を零していいからと別れを惜しむようにさよならをした。
守も剣道部や学校の数少ない友人と別れを告げて、神社前で落ち合うと銀子の運転する車が到着し中にはカサンドラもいる。
「おまたせ、荷物はあとで輸送するから乗って」
黒塗りの普通車に乗り込み、守は窓から家族が手を振る姿を目を細めてちょっとだけ寂しそうに手を振る家族に手を振り返すこともなく瞳で見送った。
国道に出るとバックミラーには住んでいた町が映り、こんな形で町を離れることになって微妙な気持ちになる。
ずっと昔に作られたトンネルを通過し、耳が痛くなる。
「あの・・これから行くところって・・どういうところなんですか?」
トンネルを抜けて、国道に入ると安全なところと聞いていたが、具体的な国や場所も聞いていない。
「国には所属していないの。融通を利かせられないしいろいろとね、一言で言うのなら
島ね」
車は近くのヘリポートに到着、そのまま近くの空港に飛ぶとさらに再び乗り換えて
今度は大型輸送ヘリに乗って、海へと一直線に向かっていく。
数時間、青い海ばかりの風景が続いてうたた寝をしてしまったが、カサンドラに「着きましたよ」と声をかけられて目を開けて窓から海ではなく
本当に島があった。
「何て言う・・島だ」
ずっと無言だった守が銀子に尋ねる。
「エリュシオン島、此処が私達のアジトね」
空から見る集落のようなエリアもあり島の中心の山頂にはまだ雪も残っている。
上空からからでも森林部分が多く、まるで無人島だ。
いざ着陸をすると、整備されたヘリポートに着陸。
ドアをカサンドラが開けて、天音を騎士のようにエスコートして手を差し出してくれた。
「あ・・ありがとう・・カサンドラさん」
「カサンドラでいいですよ」
天音相手にだけは英国騎士のように振る舞う姿に、ぶりっ子を見ているようだと胸糞悪そうに舌打ちをする守。
「それじゃ、えーと・・カレンさんでもいいですか?カサンドラさんだと長くて・・・」
まだ付き合いも浅いのにいきなりフルネームでは呼べないし、彼は一つ年上だからたとえ守ってくれる騎士でも礼儀は必要だ。
「わかりました、ではカレンとお呼びください」
「良いんじゃないの?確かにカサンドラは長くて言いづらいから」
銀子は微笑みながら、私もそう呼ぼうと話をしながら進むとヘリポートで待っていたのは二人の男性。
「お待ちしておりました」
「ようこそ、我が騎士団へ」
20歳ぐらいの黒髪が垂直の髪型で後ろで結んでいる男と、もう一人淡いクリーム色の髪をショートカットに整えている小さな少年が立っていた。
もしかして天音と同じようにクレアーレなのかと駆け寄ると、銀子とカレンは頭を下げる。
「ただいま戻りました、薔薇聖団長」
「貴方が団長?」
一番背の高い男性を見たが、自分は秘書の身でありそんな大層な身分ではないと首を横に振る。
彼でないとしたら、残るは・・・。
「おっ・・・お前みたいに子供が・・・ボス??」
「口を慎め!!」
カレンが聖団長に対する無礼だと、殺気を込めて睨むが薔薇は制止する。
「予想を裏切らない反応の仕方ですね。
実際わたくしは子供に見えるのですからごく普通の反応です。
わたくしは聖十字 薔薇、こちらは秘書のシルベスト・グレゴリウス・ファミリア」
丁寧に軽く頭を下げる男は頭を下げ、天音も慌てて頭を下げ返す。
本当に小さな子供のように笑う彼だがパッと見、普通の子供なのだけど妙な違和感のようなものを天音も守も感じる。
(こいつ・・ただもんじゃねぇ・・)
守は確かにボスと言われるだけの器はあるとし、間合いを開けるが薔薇は動かない。
「ようこそCRC本部エリュシオン島へ、歓迎いたしますよ、日本の侍さんとお姫様」