乙女の仕事場
人がこの町の名前を聞いても、きっと何処にあるかもわからない。
そんな町からまさかのちに世界の誰もが欲しいのと望む少女がいるなどと、誰が思うだろうか。
収穫前の田園を照らす、朝日の光。
此処には高層ビルも、Wi-Fiもない線路も手前の町が終点で届いてはいないのどかな村だ。
日本の中国地方と近畿の中間に位置いる恵多町。
最近やっとコンビニ(個人商店)がオープンしたぐらいの昭和臭漂う村
ではなく町と主張したのはささやかな見栄から来ているとか。
そんな山の影に佇む一軒家に彼女は祖父母と住んでいた。
台所で高齢の女性が朝食の準備をし、夫であろう初老の男は新聞を読むなどしているテレビからは違う目覚ましの轟音が聞こえてくる。
「・・また夜更かしをしたな」
仕事人のような道具箱や機械部品の棚の数々が仕舞われた引き出しや、工具に囲まれた部屋の中で
事務員が使う様な灰色の机に俯せていたのは
チョコレート色のショートボブに毛先が内側にかけて丸くなっている桃色の瞳が美味しそうな色をしている今年で16歳の高校生・燈ノ本 天音。
「ごめん、つい夢中になってて・・できるだけ早く直してって頼まれちゃって」
深夜二時までは記憶があったが、それ以降の記憶がなく大あくびをしながらいただきますすると、卵をかきまぜて卵かけごはんを食べる。
修理を依頼されていたのは、草刈り機で一部の部品が摩耗してしまっていて替えになりそうなのがあったので夢中になって直していたら寝落ちしてしまった。
「頼まれたから断れなくて・・」
天音は頼まれたら断れないタイプで、それを良い事に修理をいろんな人に頼まれてそのうち燈ノ本工具店の看板でも掲げそうだ。
「・・天音、まだ16歳なのにホントに高校生なの?」
流行に超鈍感で大抵のものは直して使うようにしていて、部屋はまるで工場化。
家で着る物は自分で手直したどてらなんてもの着て、平成生まれなのに昭和というか下手すると
大正時代の衣服を着ていて祖母の方がもっとお金をかければいいのにと心配するレベル。
「お祖父ちゃん、これ直ったからって返しておいて。行ってくるから」
使える部品で直した自転車のペダルに足をかけると、天音は学校へと向かう。
築80年ほどの昭和臭漂う古い二階建ての広さだけはある家に、祖父母と二人で住んでいる。
人一人通れる道から、車が通れそうな道に合流すると並んで歩く友人二人を見つけた。
「おはよう、朝子。花子」
「あまちゃん、おはよう!」
ちょっと前に流行ったドラマを元に最近付けられたニックネームだ。
自転車から降りて押して歩くと平行に並んで登校する。
気の強そうなショートカット運動系女子が広岡朝子。
長めの天然パーマは村岡葉奈子の友人と並んで登校。
他愛もない話をしていると、前を歩いている背の高い同級生を発見。
周りには女子生徒達がピンクの目線を送っていると、天音は臆することもなく自転車を押すと彼と並んだ。
ラストサムライと言われている東郷 守に。
「おはよう、守!」
「・・・・ああ・・」
フンッと守はいつものようにクールな返事をしてきた。
学ランは第二ボタンまで外されていて、カバンは背に預けて艶やかで
一点の濁りもない黒髪に繊細な顔立ちにルビーに似た赤い瞳は朝日に照らされ輝いている。
天音はどうして普通に声を掛けられるのか、我が高校の七不思議の一つである。
もっとも不思議なのは下の名前で呼び合う仲なのに、付き合ってない衝撃の事実。
「おい、髪の毛がアホ毛みたいに跳ねてるぞ」
「えっ!朝子、櫛持って・・・!」
振り向いた瞬間に守が天音の頭をくしゃくしゃにして、アホ毛をわからなくさせた。
守の大きな手に撫でられたことに天音は驚きのあまり、すぐに反応ができない。
「これでわからないだろう」
守は天音に子供っぽく笑いからかい終えると、黒い学生カバンに背負いさっさと歩いて行ってしまう。
ボサボサにされて変にされていないか天音は友人達に聞こうとしたが、朝子達は怒濤の質問攻めが待っていた。
「どうして天音って守君と話せるのよ!!」
「しかも、下の名前で呼び合ってあの絡み合いで付き合ってないとか信じらんない!!」
「べ・・別に変なことかな???」
剣道の大会で連続個人優勝をしていて、推薦で剣道の有名校か都会に出てしまうのではなないかと囁かれていたが
まさかの地元進学で半分は安心、半分は落胆の反応をしている代わりに女子の進学率が増えたとかで
守目当てに近隣から近くでアパートを借りたり、電車を何時間も乗り継いでくる女子もいるとかでまさかにアイドルのような存在。
付けられたあだ名が『ラストサムライ』に『現代最後の剣士』。
「でも、守って都心の空気が合わないとか言ってたし、都会に行かないのもその辺かもよ」
都会の空気が身体に合わないことや、人ごみが苦手という理由もあるが
こんな田舎では働く場所も限られていて、高校に進学した人間も多くが天音の友人も県外に進学して行った。
カッコイイとか言われているが実はスマホが苦手で、未だにガラケー使用中だとか。
「でも退屈よね、何か起きないかしら」
朝子は警官も大あくびをしているのを見て、平和なのか退屈なのかわからなくなった中で
学校についた途端、事件は起きていたのだ。
「この地区に強盗犯が逃げ込んだという目撃情報がありました。今日は寄り道せずにまっすぐに帰るように」
「強盗って!!何盗んだんですか!」
「金だろ!金!!」
「遠藤さんの育ててる高級メロンだろ!!」
「バーカ!あれはただのメロンだ!!」
「静かにしろーーー!!いいか、犯人は警官に対して危害も加えている!!見つけたらすぐに通報しろ!絶対に近づくんじゃないぞーー!!」
ハゲ頭の教師が強盗犯と聞いてテンションの上がるクラスメイト達を落ち着かせる。
くだなそうに聞いている守は溜息を吐き、天音の反応は乏しく一つ思い出したことといえば。
「・・・あ・・・今日からおじいちゃん達いないんだ・・」
バス旅行に申し込んだとかで夫婦揃って出雲大社にお参りに行くとかで二泊三日の旅行でいないのだ。
つまりは今家には鶏数羽と天音一人、しかも天音の家は山を背にして他の家からの離れて拡声器で大声出しても聞こえないレベル。
「・・どうしよう・・」
「うちに泊まる?」
帰り際になって葉奈子達に漏らすとスマホを取り出して、家に泊めてあげように家に連絡してあげようとすると。
「天音、うちに来いよ」
「えっ・・いいの?」
誘ってきたのは守、ちょっと恥ずかしそうにしながら荷物を纏めたら家に来いというだけで彼は去っていく。
それを目撃した友人二人に何故か首を絞められるわ、前後に揺さぶられた。
「天音ーーーーーーー!!なんて羨ましい!!青春まっさかりじゃないのよ!!」
「何あの甘酸っぱい感じ!できるなら代わりなさいよーーーーー!!」
「えっ・・えええええ????」
二人にこってりと絞られた後、ようやく解放された時にはすでに夕暮れ時だった。
祖父母がいないのは守のところと一緒のツアーを申し込んだと言っていて、守の実家は神社でとって広い
いざとなったらラストサムライもいるので安心という、ただそれだけの理由だというのに。
「なんで羨ましいんだろう・・」
小さな村で知らない仲ではないはずなのに、そもそも二人っきりでもない。
守の両親と妹もいるので男女うんぬんはないのにと、旅行用のカバンに着替えを詰めると前かごに押し込むとちょっと重たくなったペダルを扱ぐ。
(すっかり暗くなっちゃったなー・・)
ライトを点灯して、少ない外灯の道を整備されていないのでかなり激しく揺られながら神社へと急ぐ。
見えてきた御影石で作られた鳥居が見えると、その下に腕を組んで守が鳥居に寄りかかる形で立っていた。
「守?」
「・・・・遅いぞ、何処でちんたらしてたんだ」
何処か安心したかのように溜息を吐くと、前かごに入れていた荷物を有無を言わさずに持つと
自転車を引きずりながら何処の止めようかと、押していると
本殿の方から、物音が聞こえてきた。
「・・・今、何か聞こえなかった」
「・・・静かしろ。・・・天音」
まるで守るように、天音の前に出ると近くに置いてあった練習用の木刀を握り締める。
両親は父の運転する車で買い物に母と出かけて、妹は留守、今神内にいるのは天音と守だけ。
「ど・・泥棒?」
「だが本殿には錆びた神刀しかないはずだ」
価値があるかはわからないが、留守を任された身として盗ませるわけにはいかない。
近くの茂みに天音に身を隠すように指示をすると、天音が身を隠すのを確認すると旅行用のカバンを置いて足音を殺して本殿へ入っていく。
中はロウソクの明かりが最低限灯っている程度の明かりしかない。
息を殺し木刀をいつでも振れるように、慎重に木の沈む音で気づかれないようにして進んでいると背後に息遣いが聞こえた。
「!!」
振り返る暇もなく、守は外へと吹き飛ばされた。
「守!!」
「来るな!!天音!!」
警察に連絡済ではあったが、こんな田舎では駆けつけるのに時間もかかってしまう。
本殿の奥から現れたのは装飾も黒く錆びている神刀、守はすぐに起き上がると木刀の先端を相手に向ける。
「・・ケッ、なんだよこのボンコツ・・ただのゴミじゃねーか神刀と聞いて騙されたぜ」
都会的で見るからにガラの悪そうな男は興味を失ったのか、放り投げると天音の近くに偶然にも落ちると小さく悲鳴を上げる。
神刀を馬鹿にされた守は目を吊り上がらせ、相当怒っている様子だ。
「てめえ・・言いたいことはそれだけか!!」
木刀で一撃食らわれしてやろうとしたが、男は隠し持っていた折り畳み式のこん棒を手にして全国大会で無敵を誇った守の一太刀を受け止める。
「やるじゃねーか・・小僧」
「誰が小僧だ!」
(やべぇ・・こいつの持ってる金属製のやつだ)
銀色に光るこん棒に木製の木刀が勝てるわけがない、それでも僅かな隙を狙えばと目を細めるが戦いに慣れているのか守の鳩羽に大きく蹴りを食らわせる。
「守!」
思わず神刀を掴むと、強く握り締める。
守は大木に叩き付けられるが、なんとか起き上がろうとするが男のこん棒の方が早い。
(守が・・・殺される!!武器・・・何か武器があれば!!)
江戸時代のサムライが持っているような日本刀、こんな田舎にそんな大層なものなどない。
それでも欲しい、守があいつと互角に戦える武器が
何処からか金色の光の粒子が少しずつ、神刀に集まっていく。
蹴りのダメージが強く起き上がれない守に男は近づいていきトドメを、息の根を止めようと迫る。
「・・残念だったな、小僧」
「守!!」
金色の光が強く輝いて、天音の持つ神刀が金色の光に包まれる。
「なんだ!!」
「・・・あ・・天音?」
「うっ・・・・!!・・・あれ・・・こんなに綺麗だったっけ?」
光が収まると手にしていたお世辞にも綺麗とは言えなかった神刀が、新品のように輝いている。
男は茂みにいた天音に向かってくる、怯える天音に。
「投げろ!!」
守の一声に、彼に向かって神刀を投げると守はそれを受け取ると鞘を抜いた。
確かに錆びついていたはずの刀が、銀色に輝いている。
「一体何が起こったんだ!」
「俺もわかんねーが・・これで互角に戦える!!」
こん棒を受け止められると勢いづいた守が果敢に男と斬り合う、戦い慣れている男だが摩訶不思議な光景の動揺からか動きが鈍い。
「隙あり!!」
真っ二つにこん棒を斬ると男に腹部に鳩羽を喰らわせて男は失神しその場に倒れ込む。
決着がついたところでパトカーのサイレンが近づいてくる、天音が呼んだ警察だろう。
これで一安心・・---などではない。
何故神刀は新品になったのか、確かに男も使えないと捨てたはずなのに天音が持ったことで変化した。
「お前・・・・何やったんだ・・・」
「わかるわけ・・・ないよ・・・・」
本人も、守もわからないまま警官は到着し神社は騒然となった。