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森の子供たち

魔女の息子

作者: 中崎実

Twitterタグ #魔女集会で会いましょう をネタにしたものです

「魔女狩り?」


 その言葉を聞いた瞬間、端正な青年武官から、ぶわりと殺気が溢れ出した。

「ひ、ひぃっ!」

 悪しき者を打ちのめす様を想像し、狂気の悦楽に頬を染めていた異端審問官が、一気に青ざめ、引きつった声を上げる。

「抑えたまえ、百騎長」

 冷たい声は、思わず後ずさった神官の背後から聞こえた。

「これはこれは大司教様。なにか問題でもありましたかな」

 対する武官の声も冷え切っていた。


 青年武官の視線の先には、半ば以上白くなった髪の、しかし未だ美丈夫を呼べる威風堂々たる神官が一人、枯れ枝のような老神官を従えて立っていた。


「何も問題はない。しかし、異端審問にかけるべき者を、むやみに脅すのもどうかな」

「大司教様、そのとおりです!異端審問にかけるべきなのです、魔女を!」

 神官の叫びに、武官と大司教の視線が同じ人物に向けられた。

「……阿呆か?」

 青年武官の辛辣な言葉に、

「阿呆でなければ、異端審問官なぞ勤まらぬわ」

 鼻で笑った大司教の視線を受けて、神官がぽかりと口をあけた。

「魔女を拷問するのをご許可いただけるのでありましょう」


「我は貴殿が無辜(むこ)の民を痛めつけ、無実の罪に陥れたと言っておる」


 大司教が片手を挙げると、扉から白服の者たちが入ってきた。

 神官用の扉からも、二人。

「この者らを牢に入れよ。すでに裁きはなされておる!」

 大司教の鋭い声に、白服の者達は低く応じ、騒ぎ立てる神官3人を取り押さえ、連れ去った。

 その場に残されたのは、武官と大司教、そして供の老神官だけだった。

「……母御の安全は確認してある」

 そう青年武官に言った大司教の言葉は、温度を持ったそれに変わっていた。

「そりゃ助かった」

 武官の言葉も、年相応のそれに変わっている。


 鍛え上げた肉体を飾り気のない衣服に包んだ背の高い青年は、目元を和らげただけだったが、たったそれだけで青年を包む鋭い空気は失せていた。


「この時代に本気で魔女狩りすると言うなら、全員斬って出奔するところだったぞ」

「早まらんでくれ。それにこの件、貴殿の母御からの申し出も頂いておったのだ」

「は?魔女のばあさん、なんかまたやらかす気だったのか」

「養母を魔女とは、貴殿も口が悪いぞ」

 大司教は呆れたような色を隠さない。

「母御が悪しき者と誤解されるではないか」

 古い言葉では、魔女は妖術師と同じ、悪魔に身を売ったものを意味する。だから大司教の若いころはまだ、魔女といえば石もて追われるべき存在と見做(みな)されることも多かった。


 最近ではすっかりその意味も薄れつつあるから、若い武官にとって魔女とは世の人々の大半と同様、魔法使いの意味でしかないのだろう。

 異端審問を声高に主張する者らは、そうは受け取らないが。


 しかし

「白い魔法が得意なばあさんを、それ以外になんと呼べと」

 そう、青年武官はわずかに肩をすくめて見せた。

「たまには母上と呼んで差し上げろ」

「あれが俺の母親に見えるのか?」


 青年がふてくされた声を出すのに、そばにいた年老いた神官がふぉっふぉ、と気の抜けた笑い声を上げた。


「森の『魔女』殿は若さを保つ(すべ)に長けておられますからな。せいぜい、姉上にしか見えますまい」

「だから嫌なんだよ」

 老いた神官はまた笑い声を上げただけで、何も言わなかった。

「で、ばあさん何を企んでたんです?」

「異端審問官を捕らえるなら、ぜひ自分を囮にしてくれと仰せだった」

 大司教がわずかに厳しい口調になる。

「無茶な!」

 青年武官が少し大きな声を出した。

「慌てるな、こちらで手を打たせていただいた。癒しの技を持つ女性(にょしょう)は、聖典にも記されている善き者であるからな。異端審問なぞとほざいた者を、罰するのが筋というものだ」

「……大司教、貴方がいてくれて助かった。欠席裁判で弁護してくださったのだろう?」

「うむ。もっとも、被告は先の3人で、母御でも母御の姉妹でもないがな」

「それでも、森の善き魔法使いのために弁を振るってくださった。御礼申し上げる」

 ため息をついた後、青年はきちっと踵をそろえると、大司教に向かって一礼した。

「なに、礼には及ばぬ。我らは異端審問の名を借りて悪魔の所業を行うものを、許さぬ。それだけのことよ」

 壮年の大司教は、厳しい口ぶりで言い、直後に寂しげな笑みを浮かべた。

「母御に伝言を頼みたいが、良いかね」

「どうぞ?」


「西の『魔女』の息子がよろしく言っていたと」


「……は?」

 青年武官は一瞬、あっけにとられた様子で大司教の顔を見た。


 『魔女』の息子とは、森に隠棲する魔法使いに育てられた男児のことだ。若き青年武官は迫害も減った時代に育っているが、大司教の子供時代は善き魔法使いも迫害されていた時代で、『魔女』の息子が神官になるなどとは考えられないはずだった。


「私も貴殿同様、森に捨てられたのを魔女に育ててもらったのだよ。残念ながら、私の母は狩られた」

「え……っと」

 目をぱちぱちしながら大司教と老神官の間に視線をさまよわせる青年武官に、老神官が黙って笑みを浮かべていた。

「貴殿の母御は、私の母と親しかった御様子でな。母が狩られた時に私をかくまってくださったのだ」

「はあ……」

「そして復讐を望む私に、異端審問官の行いを正す方法は一つではないと、そう仰られたのだ。だから私は神殿に入り、神の法を学んだ」

「……そんな『従兄』がいたなんて、ばあさんから聞いてないぞ」

 森の姉妹が育てた子供たちは、互いの顔を知らないことも多い。

 しかし子供たちを巣立たせる時に森の外にいる『従兄姉』について教え、力を借りるよう促すのも、善き魔法使いのしきたりだった。

「教えぬようにとお願いしたからな。では、伝言を頼むぞ」

「はあ」


 大司教が白い衣を翻し、老神官が会釈とともに去った後、青年武官も一つ肩をすくめてその場を辞した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんでん返しが素晴らしいです。 しかも魔女本人は全く登場していないのに、大司教の行動で全て暗示させるという手法に脱帽です。 しかも大司教がおじいちゃんという……ど真ん中ストライクに好きな話…
[一言] 物語の記述はこなれてますが導入に失敗してる気がします。そのため構成が不足してる。よってオチが弱い。もっと訴えたいものを主軸に書いたほうがいいと思われ。
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