音楽と疑問
わたくしやローゼマイン様の側にいた者達が一斉に振り返り、コリンツダウムの上級貴族を見つめました。情報収集のために周囲で聞き耳を立てている者がいることは決して珍しくありません。けれど、聞きつけた内容をあからさまに口にする者は非常に少ないものです。
何だか嫌な気分になったわたくしがわずかに眉を寄せるのと、少し離れたところからこちらの様子を見守っていたらしいラザンタルクがツカツカと近付いてくるのはほぼ同時でした。
「僭越ながらアウブ・コリンツダウムに報告するには少々情報が足りないのではございませんか? その情報だけをもたらされては、ハンネローレ様への求婚が認められたように受け取られるかもしれません」
ラザンタルクが全く目の笑っていない笑顔を浮かべながらコリンツダウムの上級貴族を見据えます。獲物を見つけて栗色の目がギラリと光るのがわかりました。
「ハンネローレ様の父親であるアウブ・ダンケルフェルガーが定めた婚約者候補に、他領の者の名はございません。ハンネローレ様の婚約者候補は二人だけ。それ以外の者がハンネローレ様を奪いたいならば、嫁盗りディッターでダンケルフェルガーを納得させてからの話になります」
「ラザンタルク、お止めなさい」
いきなりコリンツダウムの上級貴族に対して嫁盗りディッターを宣言しそうなラザンタルクを制止しました。講義前に余計な騒ぎを起こされては困ります。
「コリンツダウムは元王族のジギスヴァルト様が治める上位領地ですもの。そのように念押ししなくても、アウブ・ダンケルフェルガーの定めた婚約者候補以外の者がわたくしに求婚する方法について、ジギスヴァルト様はよくご存じでしょう」
わたくしが釘を刺すと、コリンツダウムの上級貴族がバツの悪そうな顔でそそくさと離れていきます。これで本当にジギスヴァルト様が求婚してきた場合は、お父様がディッターに飢えたダンケルフェルガーの騎士達を率いてコリンツダウムへ向かうことになるかもしれません。
……余計なことをしないでいてくださることを祈るしかありませんね。
「ラザンタルク、もう大丈夫ですから、これまで通りに友人達と過ごしていてもよろしくてよ」
少し離れて控えているように指示を出しましたが、何故かラザンタルクはわたくしの護衛騎士見習いであるハイルリーゼの隣に控えました。
「ラザンタルク……」
「また同じようなことが起こる可能性は高いので、ご一緒させてください。婚約者候補として前に出なければならない時以外は上級貴族として分を弁えますから。ここで下がってはコルドゥラやケントリプスから婚約者候補失格だと叱られます」
ニコリと笑うラザンタルクの警戒が今度はオルトヴィーン様とその近くにいるヴィルフリート様に向かっているのがわかります。ドレヴァンヒェル相手でも嫁盗りディッターを主張しそうで、「婚約者候補として」引かない姿勢を見せているラザンタルクをどうしたものかと考えていると、不意にクスクスとローゼマイン様が笑いました。
「コリンツダウムやオルトヴィーン様から正面から守ろうとしてくれるのですから、ハンネローレ様は婚約者候補の方に大事にされていらっしゃるのですね。アウブ・ダンケルフェルガーの定めた婚約者候補がどのような方なのか、少し心配でしたが、安心いたしました」
ローゼマイン様の言葉にハッとして、わたくしは改めてラザンタルクを見上げます。ラザンタルクはディッター目当てで結婚を申し込んできたのだと思っていましたが、そうではありませんでした。今日も領主候補生同士が挨拶や会話をしている場面では少し下がって控えてくれていました。コリンツダウムの上級貴族やオルトヴィーン様が髪飾りについて口にしなければ、このように警戒心を強めてわたくしの側に立つことはなかったでしょう。
……多少わたくしの望みからずれている部分があるとはいえ、気遣いがないわけではないのです。
ラザンタルクやケントリプスの気持ちや望みを今まであまりきちんと考えていませんでした。ですが、ラザンタルクは婚約者候補としてわたくしを守ろうとしてくれています。わたくしも二人と向き合う必要があるのではないでしょうか。
「……そうですね。大事に、されていると思います」
自分の言動を振り返り、わたくしは二人が気遣ってくれているほど二人を気遣っていない自分に気付きました。他領の貴族を相手に「婚約者候補」の立場でどこまで踏み込んで良いものか距離を測ってくれていることに感謝しなければなりません。
「ハンネローレ様がそのようにおっしゃるということは……私がローゼマイン様に髪飾りの注文をしても良いということでは?」
「ラザンタルク、領主候補生の会話に入ってくるのはダメですよ」
自省とほのかな感動は一瞬で霧散しました。わたくしがニコリと微笑み、ラザンタルクを見上げて手を上げると、「少し独り言が大きかったようです」と反射的にラザンタルクが一歩後ろに下がりました。
「今年の音楽は様々な楽器を持った者がいますね」
ローゼマイン様がおっしゃる通り、教室内にはフェシュピールだけではなく、笛や打楽器などを持ち込んでいる学生が半分ほどいます。
「卒業式の奉納音楽を見据えてのことでしょう。フェシュピール以外の楽器が得意な者は、その楽器で選出されるように先生の目に留まろうとしているのです。卒業式で剣舞にも奉納舞にも選出されない学生は、全員が演奏か歌に分けられて、五年生である今年から練習が始まりますから」
「そう言われると卒業が近付いていることを実感しますね。……わたくし、四年生の大半を始まりの庭で過ごしたせいで、どうにも五年生という意識が薄いのです」
……ローゼマイン様はアウブに就任していらっしゃいますから、まず、学生という意識が薄いのではないでしょうか? 貴族院の期間中も半分ほどは帰還されていらっしゃいますし……。
口には出しませんけれど、ダンケルフェルガーを率いて本物のディッターを起こし、アウブに就任したローゼマイン様は学生という意識や未成年であるという自覚が薄いと思います。
「今となっては姿形が成長していてよかったと思えますけれど、あの時は本当に神々をお恨みしたい気持ちでいっぱいでした」
溜息混じりに呟きながらローゼマイン様は視線をついっと少し上に向けました。何となくその視線の先に神々がいらっしゃるような気がして、わたくしはつい背筋を伸ばしてしまいます。
「卒業式といえば、ローゼマイン様は奉納舞でどの女神の役どころを行うのでしょうね?」
ローゼマイン様の視線の先を変えたくて奉納舞の話題を出すと、オルトヴィーン様やヴィルフリート様にも聞こえていたのか、近付いてきました。
「奉納舞の配置は私も気になっていたことです」
「領地の順位から考えるとハンネローレ様が光の女神ですが、ローゼマイン様はアウブですからね」
騎士コースの中から剣舞が選出されるように、領主候補生も奉納舞に選出されます。誰がどの神の役どころで舞うのか、領主候補生にとっては最も気になるところです。皆の視線を受けたローゼマイン様は頬に手を当てて、困ったように微笑みました。
「……わたくし、奉納舞には参加いたしません。卒業式には音楽で参加することになると思います」
「え?」
わたくしだけではなく、その周辺にいた上級貴族達も含めて目が丸くなりました。あまりにも想定外ではありませんか。一年生の頃から群を抜いて美しかった舞が卒業式で見られないとは誰も考えていなかったでしょう。
「何故ですか?」
「わたくしはすでにツェントの継承の儀式で舞って、神々に舞の奉納は終えました。それに、わたくしが舞うと始まりの庭への道が開く可能性が高いので、恙なく卒業式を終えるためには舞わない方が良いのです。神々の関与が起こると、事態の収拾に奔走するフェルディナンドやツェントが大変なことになりますから」
……卒業式の心配事が、神々の関与ですか……。
ローゼマイン様は言葉を濁し、笑顔で何となく誤魔化していらっしゃいますが、奉納舞を辞退する理由の規模が違いすぎて、咄嗟にはどのように反応して良いのかわかりません。どの神の役どころで舞うのかという自分達の心配事があまりにもちっぽけに感じられます。
呆然としつつ、表情だけは取り繕って言葉を探すわたくしやオルトヴィーン様と違い、ローゼマイン様の規格外さに慣れているらしいヴィルフリート様はむぅっと眉を寄せて首を傾げました。
「其方は音楽でも祝福を撒き散らしているが、そちらに参加するのは大丈夫なの、ですか?」
ヴィルフリート様はハッとしたように最後を取り繕いましたが、言葉遣いよりもその内容にわたくしとオルトヴィーン様と周囲の側近達はビクッとしました。確かに講義中にもローゼマイン様がフェシュピールを奏でて歌えば、美しい祝福の光が溢れています。舞でも音楽でも神々に奉納するということでは変わりはないのです。どちらに参加しても結果は同じではないでしょうか。
「奉納舞を行う舞台の上にある魔法陣や、祭壇の神像に魔力を流す儀式用の敷物の上に立たなければ大丈夫だと思うので、わたくしは魔法陣から外れる隅の方で演奏させてもらうつもりです。祝福の光は溢れるでしょうが、光の柱が立つくらいで収まると思いますよ」
……あの、当たり前のようにおっしゃいますが、光の柱が立つのは何人分もの魔力が集まった時だけなのですけれど……。
ダンケルフェルガーの寮で光の柱が立つ時はディッター前後の儀式の時だけで、十人以上は人数がいなければ光の柱は立ちません。それをローゼマイン様は比較的小規模な事象として考えているのですから、神々からグルトリスハイトを授けられ、女神の化身と皆から呼ばれるのも納得です。
「ローゼマイン様。お言葉ですが、アウブ・アレキサンドリアを舞台の隅に配するなど、あり得ないと思うのですが……」
「でも、オルトヴィーン様。真ん中では危険ですからフェルディナンドが許可しないと思います。一人だけ舞台に上がらず、豪華な椅子でも準備してもらえば特別扱いに見えるでしょうか?」
ローゼマイン様は真剣に舞台の真ん中へ出ずに済む方法を考えていらっしゃいます。音楽の演奏を「危険」と判断する者は少ないでしょう。周囲を言いくるめるのが大変な気がしてきました。
「どちらにせよ、わたくし、卒業式では裏方に徹するつもりなのです。祝福の光や光の柱が立つくらいならば演出の範囲でしょう?」
……規格外にも程があります、ローゼマイン様!
演出の範囲が大きすぎて眩暈がしそうになりました。どう考えても領主候補生が奉納舞を舞う時に、一人だけ音楽を奏でて祝福の光を講堂内に溢れさせる学生アウブを裏方とは呼ばないと思います。ディートリンデ様が奉納舞で光を放っていた時よりずっと観客の注目を集めるでしょう。裏方に徹しようと張り切れば張り切るほど、全ての視線がローゼマイン様に集まるのが今から目に見えるようです。
「演出の範囲に収まるかどうかはともかく、叔父上がすでに対策を講じているならば何とかなるのでしょう。私達が考えることではありませんね」
「何とかなるようにツェントと話し合うそうですよ。わたくし達の卒業式までにはまだ一年ありますから何とかなるでしょう」
ヴィルフリート様とローゼマイン様がよくわかりあっている者同士の空気を醸し出しています。ローゼマイン様との婚約が解消されて、口さがない者達に色々と言われているようですけれど、こうしてローゼマイン様のことを案じていらっしゃるなんて本当にヴィルフリート様はお優しいです。
「さぁ、皆様。今年の課題曲は卒業式で演奏する奉納音楽で、自由曲は自分の楽師と共に作った曲を演奏していただきます。新しい曲がたくさん聴けることが、わたくしの毎年の楽しみなのです。皆様はどのような曲を作ってくださるのでしょうね?」
パウリーネ先生がニコリと微笑んで課題を発表しました。あまり短い曲ではやり直しになるそうですが、どの神様に捧げる曲でも構わないそうです。
「学生の人数分、毎年新しい曲ができるということでしょうか?」
「作曲が課題になるのは上級貴族と領主候補生のコースだけですよ、ローゼマイン様」
中級貴族や下級貴族は卒業式のために猛練習が始まるため、作曲に時間を使うことはないはずです。音楽に触れる時間が短い者も多いため、個々の技量を見極めながら少しでも慣れたフェシュピールをさせる方が良いのか、他の楽器をさせる方が良いのか、どの楽器が向いているのかを考える先生方も毎年苦労されているようです。ルーフェン先生がそのようなことを毎年言いながら、楽器の振り分けを発表しています。
「ダンケルフェルガーではそうなのですか。エーレンフェストの寮監は滅多に寮へ立ち入ることがないヒルシュール先生ですから、わたくし、実は先生方の苦労についてはあまり詳しくないのです。今年からは寮に寮監がいるので不思議な気分です」
フラウレルム先生の代わりに女性の寮監がアレキサンドリアからいらっしゃったようですけれど、わたくしは文官コースを取っていないので直接の面識はございません。ランツェナーヴェ戦で夫を亡くした方だとケントリプスから聞いています。
「わたくしとしては、寮監が寮にいないという事態が想像もつきません」
「それは普通なのでしょうね」
講義に対する要望や再試験の申し込み、ディッターの要請が出た時はどのように対処するのでしょうか。もしかしたらオルドナンツで連絡して、ヒルシュール先生に対応してもらうのでしょうか。
寮監がいない状況がどのようなものか考えていると、ローゼマイン様が「パウリーネ先生、質問です」と挙手していました。
「楽師と共に作曲した曲であれば、これから作曲するのではなく、今までに作曲した物でも構いませんか?」
今までに何曲も新しい曲を発表しているローゼマイン様の質問に、パウリーネ先生が少し考え込みました。冬の間に曲が完成するかどうか、できた曲を合格するレベルで演奏できるかどうかわからないので、例年であれば許可されています。わたくしもお兄様から五年生の音楽の課題を聞いていたので作曲自体は終わっています。これは決して珍しいことではありません。
けれど、ローゼマイン様が今までに楽師と作った曲では少し範囲が広すぎますし、すでに公開されている曲が何曲もあります。パウリーネ先生はローゼマイン様の新しい曲を心待ちにしているのでしょう。「……今までに発表されていない曲であれば構いませんよ」とおっしゃいました。
「今までに発表されていない曲……。どの曲が良いかしら?」
うーん、と考え込むローゼマイン様を見て、わたくしは目を逸らしたくなりました。そのように考え込まなければならないくらいの曲数があるのでしょう。わたくしは今年の課題のために他の勉強をしながら合間を見て一曲を何とか作っただけなのです。もう少し楽師と良い曲になるように考えるつもりですが、何曲も作ることはできません。
「なぁ、ローゼマイン」
こそこそと小声でヴィルフリート様が尋ねると、ローゼマイン様も周囲を気にするように声を潜めて答えます。
「何ですか、ヴィルフリート兄様?」
「叔父上と作った曲ではなく楽師と作った曲だぞ? あるのか?」
「当然ありますよ。ロジーナが新しい曲を欲しがりますから、フェルディナンド様の不在時期にもいくつか作りましたもの。わたくしが曲を作るのは、フェルディナンド様の交換条件のためだけではないのです」
すぐ側でひそひそと交わされる会話に、わたくしはオルトヴィーン様と視線を交わし合いました。お互いが同じ疑問を抱いていることが何となく察せられます。
「ローゼマイン様はいつもフェルディナンド様とご一緒に曲を作られるのですか? その、エーレンフェストにいらっしゃった時から……?」
おずおずとした様子で質問するオルトヴィーン様にローゼマイン様は当たり前の顔で頷きました。
「一緒に作るというか……。わたくしが思いついた主旋律を歌うと、フェルディナンドがフェシュピールで演奏しやすいように編曲したり、歌詞をつけてくださったりするのです。大半がフェルディナンドの手によるものなのですよ。すごいのはフェルディナンドなのです」
フェルディナンド様のすごさを強調して微笑む表情から察するに、今まで貴族院で発表された恋歌などもフェルディナンド様と作られたということなのでしょう。
「あの、ローゼマイン様がヴィルフリート様と一緒に作られた曲にはどのようなものがあるのですか?」
わたくしが尋ねると、ローゼマイン様はキョトンとした顔でわたくしを見ました。
「ありませんよ。新しい曲が欲しいとねだられたこともございませんし……。ねぇ、ヴィルフリート兄様?」
「まぁ、そうだな。私に新しい曲が必要なのは今だ」
「さすがに今はこっそり横流しするのも難しいですから、ご自分の楽師と作ってくださいませ」
一曲くらいならばまだしも、何曲もの恋歌を婚約者以外の殿方と二人で作るのは少しおかしいのではないか、と指摘したかったのですが、全く質問の意図が通じていません。わたくしにはヴィルフリート様と一曲も作っていないということが不思議でならないのです。
……フェルディナンド様が不在の期間も楽師と作曲自体はしていたようですのに、ヴィルフリート様とは全く作っていないだなんて……。
もしかして婚約者であった頃からヴィルフリート様は、ローゼマイン様から何の悪気もなく無邪気な笑顔で蔑ろにされてきたのでしょうか。そんな考えが思い浮かんで、何だか胸がざわざわしました。フェルディナンド様とローゼマイン様が相思相愛になり、婚約されたことは非常におめでたくて嬉しいことなのですけれど、あまりにも元婚約者であるヴィルフリート様への配慮が感じられない気がします。
「先生の手が空いたようですから、わたくし、試験を受けて参りますね」
朗らかな微笑みを浮かべ、ローゼマイン様は例年通りに一度で講義を終えるため、フェシュピールを持ってパウリーネ先生のところへ向かいました。課題曲である奉納音楽から始めるように、と指示する先生の声が聞こえます。
ローゼマイン様がフェシュピールを構えると、個々で練習していた音が途切れて、皆がそちらに集中します。他の者が試験を受ける時とは違う雰囲気になるのは例年通りですが、今年はローゼマイン様が見目麗しく成長されていて、これまでとは全く違うお姿になっているため、フェシュピールを構えただけでも目を奪われました。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
ローゼマイン様が神々への祈りと感謝を口にしながら奉納音楽を奏でると、白くて細い指を飾る青い指輪から祝福の光が溢れ始めました。高く澄んだ子供の声とはまた違う、高いけれど柔らかな女性の声で神々への賛歌が響きます。その美しい光景に感嘆の溜息があちらこちらから漏れるのがわかりました。
「お体が急成長されて、大人用のフェシュピールに苦労していらっしゃると伺いましたけれど、見事な演奏でした。次は自由曲をお願いいたします」
「かしこまりました。自由曲は最高神に捧げる曲です」
ローゼマイン様が奏で始めた最高神に捧げる曲は、結ばれた相手と永久に共にあることを誓う歌でした。ローゼマイン様がフェルディナンド様と婚約された過程は、領主会議で発表されているので、どの領地でもわかっていることです。まるで恋物語のような波乱を乗り越えて、自分の愛しい方と婚約した喜びを奏でているようにしか聞こえません。
「ローゼマイン様は水の女神に守られ、火の神に導かれ始めた頃から、ずっとラッフェルの実りを心待ちにしていらっしゃったのですね」
「ラッフェルが収穫の女神 フォルスエルンテの手に落ちたようで、わたくしも安心いたしました。いつかこのお話をエラントゥーラ様の本として読んでみたいものです」
「わかります。今年の恋物語も楽しみですもの」
現実に起こった恋物語に目を輝かせる女子生徒達が口元を押さえて、小声でひそひそと会話している様子が見られますが、わたくしは何だが心がざわざわとして落ち着かなくなりました。
……ローゼマイン様はこの曲をフェルディナンド様がご不在の時に作られたのですよね?
ならば、曲が完成した時はヴィルフリート様と永久にいることを誓うおつもりだったのでしょうか? それとも、ジギスヴァルト様へ嫁ぐことが内定している時期で、ジギスヴァルト様への想いを歌った曲だったのでしょうか? 全てを放り出す勢いでフェルディナンド様を助けに向かったのです。どちらもあり得ません。
永久の想いを歌い、そこに最高神の貴色の光が舞うのですから、ローゼマイン様とフェルディナンド様お二人の前途が輝かしいことは誰の目にも明らかに思えます。その輝かしさの分だけ、婚約解消を余儀なくされたヴィルフリート様の境遇が浮き彫りになっている気がしました。
ちらりとヴィルフリート様に視線を向けます。けれど、俯きがちで目が少し伏せられていて、どのような気持ちでローゼマイン様の演奏を聴いているのかわかりません。
……ローゼマイン様はヴィルフリート様の今の境遇をどのように考えていらっしゃるのでしょう? ヴィルフリート様がこれ以上の不利益を被らないように、わたくしが協力できることはないでしょうか?
光と闇が舞う幻想的な演奏風景を見つめながら、わたくしはグッと拳を握りました。一人で考えていてもどうしようもありませんし、お友達に対する漠然とした不満を抱えたまま生活したくありません。勝手な憶測で動いて迷惑をかけないためにも、直接ローゼマイン様のお考えやエーレンフェストの現状を伺ってみるしかないでしょう。
「ローゼマイン様、折り入ってご相談したいことがございます。大変急なのですけれど、明後日の土の日にお時間をいただけませんか? お茶の準備はこちらで整えますから……」
意を決し、わたくしはローゼマイン様をお茶に招待しました。
「フェルディナンドに許可を得てからになりますが、ハンネローレ様との社交については反対しないでしょう。せっかくですから、ハンネローレ様にわたくしの新しい側近達も披露したいと思っていたのです。とても可愛らしいのですよ」
ふふっと笑ってローゼマイン様は急すぎるわたくしの申し出を受け入れてくださいました。
コリンツダウムの上級貴族を蹴散らすついでに、オルトヴィーンも牽制するラザンタルク。
卒業式では裏方に徹するつもりのローゼマイン。
何となくモヤモヤしているハンネローレ。
ダンケルフェルガーらしく、ドーンとぶつかる決意をしました。
次は、相談です。