講義中の情報交換
親睦会の後は寮の会議室に最終学年の六年生、領主候補生、お兄様も含んだ領主一族の側近が集まって、それぞれが得た情報をやり取りします。階級で分けられて親睦会が行われており、交わされる噂話にも違いがあるため、ここで情報を共有しておくことは今後の社交において非常に大事です。
「ハンネローレ様、親睦会の様子はいかがでしたか?」
「そうですね。進級式で感じた様子よりも、元王族の領地代表者は落ち着いて話ができるように思えました。それから、リンデンタール、ベルシュマンなどの下位領地は、隣接していた中央領地がドレヴァンヒェルやブルーメフェルトに分けられたことに不満を持っているようです。それ以外は領主会議の報告とあまり変わりません」
彼等の口から出ていた言葉は「本当に驚きました」という感想でしたが、ほとんど何の取り決めもないままに境界線が引き直されていたことに対する不満が感じられました。わたくしの言葉を肯定するようにルイポルトが頷き、更に気付いた点を付け加えます。
「中央と取引することが容易だった地の利点が失われたわけですから、多少の不満があるのは当然だと思われます。ノイエハウゼンやレームブルックの中領地も同じことを感じているでしょう。貴族院だけが中央と定められたことが他領に対してどのように影響してくるのか、数年は推移を見守る形になると思われます」
ルイポルトの報告を頷きながら聞いていたケントリプスが灰色の瞳をわたくしに向けました。
「ハンネローレ様、アウブ・アレキサンドリアの様子をお聞かせください。あの方の動向は今年最も注目しておかなければなりませんから」
本物のディッターで礎を奪い、外国勢力から中央を守って、グルトリスハイトをエグランティーヌ様にもたらした未成年アウブ。そう並べてみると、戦いの一部に同行したわたくしでも、どうしてそうなったのかわからない流れが多いです。他領の方には全くわからないでしょう。
ローゼマイン様にどのように接するのが正しいのか、それはとても重要な情報でしょう。
ツェント夫妻とアウブが一緒に並んで挨拶を受けていたこと、目を剥くような大量のお守りを身につけていたこと、他領の方は遠巻きに探っていたことなどを伝えます。
「あと、ローゼマイン様はレティーツィア様をとても可愛がっているようでした。図書委員に加えるそうですし、旧アーレンスバッハの貴族を新しく側近に取り立てていた事から考えても、彼等が理不尽な目に遭わないようにローゼマイン様が目を光らせていると思います」
親睦会におけるローゼマイン様の様子を思い出しながら答えると、ケントリプスが「では、エーレンフェストとローゼマイン様の関係性はいかがでしたか?」と更に質問してきました。
「シャルロッテ様にレティーツィア様を紹介してお茶会のお約束もしていらっしゃいましたし、以前とそれほど変わらないように思えましたけれど……。そちらでは何かあったのですか?」
ケントリプスやラザンタルク達上級貴族の顔付きが少し険しいように思えて、わたくしは首を傾げました。
「エーレンフェスト内で色々な変更が起こったようです。ヴィルフリート様が領地内でずいぶんとお立場をなくされたようですが、そちらではお話がでませんでしたか?……さすがに御本人の前では出ませんか」
上級貴族達が顔を見合わせつつ教えてくれたのは「女神の化身であるローゼマイン様をフェルディナンド様に奪われた」「婚約者だった女神の化身に逃げられた」「エーレンフェストの次期アウブの座も弟君に奪われたらしい」「エーレンフェストの次期アウブは継承式に神殿長服で出席していた」などの噂が流れているということでした。
「無責任で卑怯な男には相応の罰ではありませんか。嫁盗りディッ……ぐっ」
「嫁盗りディッターのことでヴィルフリート様のことを悪し様に言おうとするから、相応の罰が下ったのですよ、ラオフェレーグ」
ダンケルフェルガーでは父親を始めとする親族から結婚の許可を得るために行うのが嫁盗りディッターです。お兄様はローゼマイン様を第一夫人に望んでディッターを申し込みました。それに対してエーレンフェストはわたくしをヴィルフリート様の第二夫人に望んだのです。娶れるか、求婚を完全に諦めるかの最後の勝負である嫁盗りディッターで勝利したのはエーレンフェストでした。
けれど、エーレンフェストはわたくしを娶ることを拒みました。婚姻を望んでいないならば、最初からわたくしの婚姻を勝利した時の条件に挙げるべきではありませんでしたが、わたくし達もヴィルフリート様達もそれぞれの常識がどの程度違うのか最初に確認しませんでした。子供ばかりで決めてしまったからこそ起きた行き違いです。
エーレンフェストにも色々と政治的な事情がありましたし、契約書自体が無効だったのですが、ダンケルフェルガーでは終わったディッターを開始前に戻すことはできません。神聖なるディッターの結果を汚すのは神々への誓いを破ることに等しいのです。
そのため、ヴィルフリート様は求婚して勝利しておきながら娶ることを拒んだ無責任な男とか、武術ではなく甘言で勝敗を決めたにもかかわらずわたくしを捨てた卑怯な男と言われています。
ちなみに、わたくしはヴィルフリート様の甘言に惑わされて味方を裏切った恥知らずで、婚約解消されて捨てられた女のように見られていました。
「わたくしが本物のディッターで恥を雪いだのですから、エーレンフェスト側で本物のディッターに参加して礎を守ったヴィルフリート様も汚名を返上したと見做すべきではありませんか」
ダンケルフェルガーの騎士達から活躍が見えたわけではありませんが、ヴィルフリート様は領主一族としてエーレンフェストの礎を守っていたと聞いています。
「先程の噂の件もそうです。わたくしはエーレンフェストの祝勝会に参加いたしましたが、ローゼマイン様とジギスヴァルト様の婚約が内定していたことで、領地内ではとっくにお二人の婚約解消が認知されていらっしゃいました。それに、フェルディナンド様を助けに行くように、とローゼマイン様の背を押したのはヴィルフリート様だそうです。奪われたとか、逃げられたという噂は正しくありません」
わたくしは祝勝会に招かれてエーレンフェストに滞在した時のことを思い出します。あの時はジギスヴァルト様にローゼマイン様が嫁ぐことが内定したことを祝う雰囲気でした。求愛の魔術具の鎖が壊れたというのに、ジギスヴァルト様と魔力の釣り合いが取れていないことをわかっていないような貴族達にも、色合わせも行わずに婚姻を決めたアウブ・エーレンフェストにも腹を立てたものです。
「ローゼマイン様が中央へ行くことが内定し、メルヒオール様が神殿長の地位に就いたようですけれど、ヴィルフリート様は今でも次期アウブだと思います。少なくとも変化があったという話はエーレンフェストでは耳にしませんでした」
「ハンネローレ様、少し落ち着いてください。お気持ちはわかりますが、領主会議の後、エーレンフェスト内で何か変化があったとしても不思議ではありません」
ラザンタルクが軽く手を挙げて、領主会議の後にお父様とお兄様が神殿へ向かった時の話をしました。
「神殿へ同行した護衛騎士達も話し合いの場には同席させてもらえませんでした。領主会議で重大な発表があったことは確実です。正確な情報を入手することを最優先にしましょう」
「ラザンタルクの言う通りですね」
エーレンフェストの祝勝会の時に自分で見聞きし、わたくしが考えていたよりもヴィルフリート様を取り巻く情勢はずいぶんと厳しいようです。
……嫁盗りディッターではわたくしに選択肢を与えてくださったり、ローゼマイン様の後押しをして差し上げたりするヴィルフリート様がこのように言われることをローゼマイン様はどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
親睦会が終わると、翌日からは講義が始まります。高学年は全コース共通の座学が非常に少なくなるため、学年全てが一堂に会することはありません。共通の座学もコースごとに分かれることになります。
低学年の学生達には座学を頑張るように声をかけて寮を出ましたが、わたくしも領主候補生コースのお部屋へ入る前にケントリプスから情報収集について念を押されてしまいました。
「ハンネローレ様、周囲の者達へどのように声をかければ良いのかわからずに右往左往しただけで終わるということがないようにお気を付けください」
「ケントリプス、わたくし、もう五年生です。新入生だった時と同じ注意は必要ありません」
確かに、新入生の時は他の方に声をかける時機を見計らうことが難しくて右往左往しただけで一日が終わってしまったこともありますが、今はそのようなことはありません。「失礼ですよ」と怒ってみせると、ケントリプスだけではなくラザンタルクも笑いました。
「レスティラウト様とハンネローレ様が一緒に寮を出ていたことが新入生の時しかなかったので、実は私もケントリプスと同じ事を思い出していました」
ラザンタルクにそう言われて気付きました。お兄様の側近である二人はお兄様の講義室まで同行していたため、今まで一緒に講義へ向かう機会がなかったのです。
「それでも、新入生だった時と同じ注意は失礼でしょう。わたくしも成長しているのですから」
「では、成長したハンネローレ様の手腕に期待しましょう。レスティラウト様に報告できるような新しい情報があると嬉しく思います」
ケントリプスが灰色の瞳を細めて楽しそうに笑いました。わたくしは思わず一歩後ろに下がりました。あまり情報を得られなければ、二人から報告を受けたお兄様に先々まで色々と言われそうです。
「……有益な情報がなくてもお兄様には内緒にしてくださいませ、二人とも」
わたくしが少々品位に欠けるお願いを二人にしていると、少し離れたところから「あら、ハンネローレ様。ごきげんよう」というローゼマイン様の声が聞こえました。みっともない姿を見られてしまったかもしれません。
息を呑んで振り返ると、ローゼマイン様は月のような金色の瞳をキラキラに輝かせ、今にも祝福を行いそうな軽い足取りで近付いてきていました。エーレンフェストで髪飾りの注文をしていた時に、図書館都市の構想について熱く語っていた時と同じ雰囲気です。
……図書館か本について何か考えているようですね。
「ごきげんよう、ローゼマイン様」
大領地のアウブになったローゼマイン様とわたくしが共に移動すると、側近達の人数がかなり多くなります。中領地の中でも人数の少なかったエーレンフェストの時とは違うので、廊下で長時間滞在せず早めに側近達を解散させなければなりません。
わたくしはルイポルトが開けてくれた扉に向かって足早に進み、側近達に手を振って解散を命じました。少し心配そうにこちらを見ながらケントリプスやラザンタルクも自分達の講義棟へ向かいます。
ローゼマイン様も同じように領主候補生用の部屋に入ると、側近達に解散を命じました。
「貴方達も自分の講義へ向かいなさい。全員合格を目指して頑張ってくださいませ」
部屋の中へ歩いていく間は二人だけの時間です。ほんの一瞬、ヴィルフリート様の噂についてローゼマイン様の意見を伺おうかという気持ちが浮かび上がってきます。けれど、いつヴィルフリート様がいらっしゃるかもしれない場所で質問できることではありません。質問したい気持ちは呑み込んで、わたくしはとても楽しそうなローゼマイン様を見ました。
「ローゼマイン様、何か良いことがあったのですか?」
「えぇ。わたくし、実技の時間がとても楽しみで仕方がないのです」
「実技、ですか? 確か実技は全て合格されたと伺いましたけれど……」
「えぇ。ですから、図書館へ行くことが許可されたのです」
皆が実技を行っている時間帯、ローゼマイン様は図書館で司書達と共にこれからの図書館のあり方について話し合いを行うのだそうです。
「一部の領主候補生しか入れない地下書庫に古くて重要な資料がある、と領主会議で周知されたでしょう? 領主候補生や上級貴族の出入りが増えることが考えられますから、その対応についての意見を述べることになっています」
「礎の魔術への供給者として登録されていなければ入れませんから、騒動が起こる可能性は高いですものね」
供給者として登録される領主一族は七人です。領主一族の人数が多ければ、成長期で魔力圧縮をして器を少しでも成長させたい未成年より、成人を優先的に登録します。「お祈りをしながら供給すれば御加護を得られやすくなる」とローゼマイン様に伺ってからは、学生達に供給させる領地も増えたでしょう。それでも、一冬を貴族院で過ごす学生達を供給の登録から外す領地は少なくないと思います。冬の社交の間は成人の領主一族に変更し、それぞれの負担を減らすのが一般的です。
「それから、王宮図書館から運び込まれてきた本の分類や重複した本の処理、中央の資料の分配を行うことになっています」
図書委員らしいでしょう、と声を弾ませるローゼマイン様ですが、非常に気になる点があります。
「ローゼマイン様、側近達はどうするのですか? お一人で図書館に滞在はできませんよね?」
いくら側近が増えたとはいえ、皆も講義があるはずです。講義が始まるまでに図書館へ送ることはできても、護衛として一緒に行動することはできません。
「いくら側近が増えたとはいえ、皆も講義があるでしょう? 側近達にも前倒しで実技を合格させたのですか?」
「いいえ。そのようなことはいたしません。わたくしにはフェルディナンド様、いえ、フェルディナンドが作成した心強い側近達がいるのです」
……フェルディナンド様が作成した側近?
わたくしが首を傾げていると、自慢するように胸を張っていたローゼマイン様が「あ」と小さく呟いて手をポンと打ちました。
「そうそう、ハンネローレ様。髪飾りのお届けはどうしましょう? 側仕えに寮まで届けさせても、お茶会の席でお渡ししても構いませんが……」
ローゼマイン様の言葉に、ふわっと気分が明るくなるのを感じました。エーレンフェストで注文していた髪飾りは、ローゼマイン様の専属がそれぞれの髪の色に合わせた色を選んでくれた物です。お兄様がアインリーベに贈っていた髪飾りを見た時から、わたくしも自分の髪飾りが欲しいと思っていました。
「わたくし、少しでも早く見たいですし、お友達とのお揃いを楽しめる時間は長い方が嬉しいので、ご迷惑でなければ寮まで届けていただきたいです」
アウブにとって冬は領地内の貴族から情報を集める大事な期間ですから、お茶会ができるようになる頃にはローゼマイン様が領地へ戻ってしまうかもしれません。
「では、本日の講義が終わり次第、側仕えに届けさせます。明日はお揃いにいたしましょうね」
領主候補生は二日間の午前中で共通の座学の試験を終わらせます。多少成績の差はあれ、領主候補生に共通の座学で不合格になるような者はいません。貴族院でしか学べない実技に時間が必要になるため、座学の予習は領地で済ませてくるようになっています。
……それにしても、予習もできない実技で卒業分まで全て合格しているなんて、本当にローゼマイン様は規格外ですね。
座学も当たり前の顔で満点を取っていらっしゃいますが、もう誰も驚かないくらいに当たり前の光景です。皆が驚いているのはローゼマイン様の成長されたお姿と、身につけていらっしゃる装飾品の数々です。最初は求愛や求婚の魔術具で独占欲や執着心の塊かと思いましたが、ローゼマイン様によると全てお守りだそうです。
……アウブであっても成人した護衛騎士達を付けることができない以上は必要だ、とフェルディナンド様が作ったそうですけれど、どう考えてもやりすぎですよね? 鎖部分を魔力で作るのが一番扱いやすいだなんて言い訳にしか聞こえないのですけれど!
本気でお守りだと信じている様子のローゼマイン様には何も言いませんけれど、皆が何とも言えない表情になって顔を見合わせてしまったのは仕方がないでしょう。
「ローゼマイン様」
「フェルディナンド……もそうですけれど、ヴィルフリート様からもそう呼ばれるのは何だかむず痒いですね。何ですか?」
ローゼマイン様とヴィルフリート様が話し始めた途端、周囲の者達が魔術具のペンを片付けたり、忘れ物がないか机の周辺を見回したりしながら二人に注目するのを感じました。もちろんわたくしも二人の会話に耳を澄ませます。
「物語の収集とその報酬がどこから出るのか、フィリーネを筆頭に文官見習い達が困っていましたが……」
「フィリーネはわたくしの側近ですけれど、エーレンフェストの貴族ですものね。早めに決めておかなければ困るでしょう。明後日のお昼か、夕食をご一緒して決めましょうか? ヴィルフリート様とシャルロッテ様、それから、わたくしの側近達に招待状を出します」
「かしこまりました。では、そのように伝えておきます」
お二人の間の空気は今までと全く変わりありません。上級貴族達の親睦会で噂になっていたのです。お二人とも噂を知らないということはないでしょう。やはり、わたくしが思っていたように「捨てた」とか「逃げられた」というような関係ではないのです。わたくしは少し胸を撫で下ろしました。
午後からは領主候補生コースの実技が行われます。教師としてやってきたのはアナスタージウス様でした。最終学年の領主候補生コースはツェントであるエグランティーヌ様が担当しているそうです。
「領主候補生コースは、本来ツェントが自分の後継者を育てるために行うものだそうだ」
アナスタージウス先生はツェント夫妻が教師をすることについてそう述べると、四日以内に箱庭を去年の終わりの状態にするように、と課題を出しました。
領主候補生コースの講義は与えられている箱庭を前学年の終わりの状況に戻すところから始まります。
「エントヴィッケルンで街を作るところまで、ですよね?」
「魔石の住人登録もするのでは?」
隣同士で話をしている声が聞こえます。わたくしは去年までローゼマイン様の隣だったため、今年は一度も隣人がいない状況で実技を行うことになるようです。
……お隣がいないのは寂しいですし、お話しする機会がなければ情報収集ができないではありませんか。お兄様に笑われてしまいます!
ケントリプスとラザンタルクはわたくしの婚約者候補ですが、お兄様の側近です。毎日の出来事を報告しているはずなので、この状況は好ましくありません。
「回復薬を使います」
次第に後ろの方からそのような声が上がり始めました。小領地の領主候補生達が少しずつ休憩に入っているようです。箱庭に集中しなければならないので後ろを振り返ることはできませんが、回復薬を飲みながら会話していることがわかりました。
……時の女神ドレッファングーアに祈りを! わたくしも会話に参加させてくださいませ!
ドレッファングーアに祈りを捧げてみたものの、わたくしの魔力はまだ回復薬が必要なくらいまで減っていません。ヴィルフリート様やオルトヴィーン様が休憩に入る声を聞きながら、わたくしは箱庭に魔力を注いでいきました。
「わたくしも回復薬を使います」
アナスタージウス先生に申告し、わたくしは回復薬の入った筒を手にしながら教室の後方に置かれている椅子に向かいました。
「わたくしも少し休憩させてくださいませ」
「こちらへどうぞ、ハンネローレ様」
オルトヴィーン様がわざわざ席を立って椅子までの短い距離をエスコートしてくださいました。実技の時間は立って作業を行うので、椅子に座ると何だか少しホッとします。
コクリコクリと回復薬を飲んだところで、オルトヴィーン様の視線がこちらへ向いていることに気付きました。
「どうかなさいまして?」
「カリキュラムの変更によってレームブルックやエーレンフェストでは次期アウブを新しいシュタープを得られる者達に変更する予定だ、と耳にしたのですが……」
わたくしは思わずヴィルフリート様を見ました。ヴィルフリート様は軽くオルトヴィーン様を睨んで腕を叩きます。
「オルトヴィーン、ドレヴァンヒェルでも新しいシュタープを持つ世代をアウブに、という声が強いと言っていたではないか。一年生で取得した我々は最も劣ったシュタープを得た世代になるわけですが……ダンケルフェルガーはどうですか?」
わたくしはお二人の口から出てくる言葉に目を瞬かせました。カリキュラムの変更がそれほど大きく影響していると思わなかったのです。わたくしは次期アウブの変更を考えている領地を記憶しつつ、口を開きました。
「ダンケルフェルガーの次期アウブはお兄様です。それに変更はありません」
オルトヴィーン様が少し驚いたように薄い茶色の目を見張りました。
「そうなのですか? 親睦会で紹介された第二夫人の子、ラオフェレーグ様が次期アウブとして考えられているのかと思いました。ハンネローレ様に好意を示しているという話を耳にしましたし、ドレヴァンヒェルでは新しい世代のアウブが望まれていますからダンケルフェルガーもてっきり……」
「ラオフェレーグが次期アウブになることはありませんし、わたくしがラオフェレーグに嫁ぐこともありません。いくら何でも年が離れすぎているではありませんか」
わたくしは首を横に振って、ハッキリと否定します。異母弟のラオフェレーグの性質は領主候補生というより騎士です。ディッターのことしか考えていませんし、他領との交渉を行うアウブには向きません。
「年は離れていますが、女神の化身であるローゼマイン様の親友であるハンネローレ様を領地に留め、新しいシュタープを持つ世代をアウブに据えるのは、領地経営の観点から考えれば理にかなっていると思うのですが……」
オルトヴィーン様の言葉に、わたくしは少し嫌な気分になりました。四つも年が離れていても婚姻の対象内に入れられてしまうなんて思いもしなかったからです。
「今はカリキュラムに変更が多い時期でしょう? ですから、今から十年ほど経って教育課程やツェントの治世が安定した時期の子供こそ最もアウブに相応しいのではないか、とお父様は考えているようです。ダンケルフェルガーではお兄様がすでに成人して星結びを終えていますから、お兄様の子が程良い時期に貴族院へ入るのではないでしょうか」
「なるほど、そのような考え方もあるのですね」
「えぇ、ダンケルフェルガーではお父様がもうしばらくはアウブとして君臨するでしょうし、お兄様にアウブとしての力量がないわけではありませんから」
オルトヴィーン様が少し俯きがちに「その方向で説得できれば……」と呟くのが聞こえました。もしかしたらオルトヴィーン様は次期アウブを目指しているのでしょうか。
……去年まではそれほど次期アウブの地位に積極的ではなかったはずなのですけれど……。
去年までの言動を思い出しながら首を傾げていると、オルトヴィーン様が席を立って居住まいを正し、「ハンネローレ様」とわたくしを呼びました。
「何でしょう?」
「ラオフェレーグ様との婚姻の意思がなく、レスティラウト様が次期アウブで変更がないのであれば……ドレヴァンヒェルへいらっしゃいませんか?」
あまりにも気軽に言われたため、すぐには意味が理解できませんでした。わたくしは目を見張ったまま、まじまじとオルトヴィーン様を見つめます。赤紫の髪がわたくしの目線より下にスッと下がり、ニコリと微笑む薄い茶色の瞳がわたくしを見上げてきました。跪かれていることに気付くのに、少し時間がかかりました。
「私が貴女の闇の神になることを望んでもよろしいですか?」
親睦会の後、それから、講義中の情報交換。
新しい情報が交わされる貴族院の始めはアンテナを張って情報収集するのが普通の領主候補生。
講義をシュタ速(シュタイフェリーゼより速く)で終わらせて図書館へ行くのは普通じゃないアウブ。
講義中に求婚紛いの言葉をかけられて目が点のハンネローレでした。
次は、求婚者の言い分です。