寮内ディッターに向けて
「おかえりなさいませ、ハンネローレ様」
「ただいま戻りました。慌ただしくて申し訳ないけれど、多目的ホールに向かっても大丈夫かしら?」
お母様のお部屋で話し合いを終えた後、わたくしは寮に連絡の木札を送りました。「アウブからの報告をするので、領主一族及びその側近は五の鐘に多目的ホールに集まってください。他に希望者がいれば側近でなくても参加は可能です」と。
わたくしは連絡を済ませてから家族と昼食を摂り、五の鐘に合わせて寮へ戻ってきたのですが、急いで多目的ホールに向かった方が良い時間になっています。
「昼食時に連絡したので、側近は全員集まっています。学生達も多いです」
「助かります」
「ハンネローレ様、先にレスティラウト様やアインリーベ様の側近だけを集めて会議室で話し合わなくてもよかったのですか?」
わたくしもできれば、すぐにケントリプスやラザンタルク達と情報共有して根回しした後で、夕食時に学生達に周知したいと考えていました。けれど、そうできない理由があるのです。わたくしはそっと息を吐きました。
「これから周知して夕食後にディッターを行うにはあまりにも時間がなくて……」
「はい? 夕食後? 本日の?」
……驚きますよね。わかります。
お父様とお母様からの情報によると、ラオフェレーグとコリンツダウムの学生の接触が講義中に増えているそうです。寮内ディッターの知らせとディッターの開催日に違いがあると他領から妙な手出しや口出しをされる可能性が高いため、それから、ラオフェレーグの暴走に乗せられた貴族を逃がさないため、今日でも来週でも良いので講義が休みの日に周知から勝負まで終えるようにお母様から言われたのです。
「それに、お父様にはラザンタルク達とラオフェレーグへの情報公開を同時にしろと言われましたから」
ディッターの準備にかける時間は平等でなければ、後々ラオフェレーグの周辺がそれを理由に処罰の軽減を求めるから……だそうです。
……つまり、今日中に決着を付けなさいということではありませんか! 両親揃って無茶を言わないでくださいませ!
「それほどお急ぎでしたのに、ハンネローレ様にしてはお戻りが遅かったですね。また不測の事態ですか?」
エルーシアから苦笑気味に問われ、わたくしは項垂れつつ頷きました。わたくしは幼い頃から間が悪いせいか、不測の事態が発生して予定通りに物事が進まないことが多いのです。わたくしも今日はもっと早く戻るつもりでした。
「……わたくしの側近を希望する騎士達に囲まれて大変だったのです。今度の嫁盗りディッターに参加したくて仕方がないようですね」
「予想できなくはない事態でしたが、こちらの想像以上に食い下がられましたね」
コルドゥラの面倒臭そうな声に心から同意します。コルドゥラは「予想できなくはない」と言いましたが、わたくしはまさか護衛騎士を希望する騎士達から次々と声をかけられて、なかなか寮に戻れないとは思いませんでした。
「嫁盗りディッターだけのせいではないと思いますよ。ハンネローレ様は本物のディッターに参加されて汚名を雪いだ上に、第二の女神の化身とされたのですから」
クスクスと笑いながらハイルリーゼが多目的ホールに向かって歩き始めます。ルイポルトも「仕方ないですよ」と頷きました。
「他領へ嫁ぐ予定だったハンネローレ様の側近は比較的少なく、若い者に片寄っています。側近を望む年嵩の者が出てきてもおかしくないと思いますよ」
側近達が口々に言う通り、色々と状況が変わったせいでもあるでしょう。それでも、寮へ戻る途中に声をかけてくるのは、貴族院での嫁盗りディッターに参加したいからに違いないと思うのです。
「嫁盗りディッターのために二、三人の護衛騎士を増やしても良いのでは? ハンネローレ様の成人護衛騎士は少ないですから。本物のディッターの際にレスティラウト様の護衛騎士を借りた程度には……」
成人して他領へ嫁入りする際に全ての側近を連れて行くことなどできません。そのため、わたくしの側近はほぼ同時期に婚姻する同年代の女性が多めですし、嫁入り後にはアインリーベに引き継いでもらう予定だった側近もいました。貴族院内で動くだけならばともかく、本物のディッターに参加するには戦力不足だったのです。
「どなたを召し上げるか、すぐに決められないかもしれません。でも、ハンネローレ様が他領の方の手を取らず、ダンケルフェルガーに残るならば側近を増やす必要があるのでは?」
「その場合は嫁盗りディッター前に召し上げた方が良いでしょうね。戦力の増加が可能ですし、多くの騎士が立候補するでしょうから優秀な者を選び放題ですよ」
確かに嫁盗りディッターの前と後では希望者に大きな差が出そうです。そう考えたところで、わたくしは自分がディッターのおまけのような気がしてきて溜息を吐きたくなりました。
「アインリーベ様にも相談した方が良いのでは? 側近を引き継いでいただく予定だったのですから」
「それに関しては昼食時に少し話をしました。わたくしの下に残して良いそうです。アインリーベはお兄様やお母様の助言を受けながら新しい側近を召し上げていくので気にしなくて良いと……」
そんな話をしながら歩く内に五の鐘が鳴り始めます。わたくし達は急ぎ足で多目的ホールに入りました。
「お待たせいたしました。土の日に呼び立ててしまって申し訳ありません」
わたくしは多目的ホールを見回しました。一番奥の端にルーフェン先生、ラオフェレーグとその側近達、ケントリプスやラザンタルクがいるお兄様の側近達、アインリーベの側近達、ルングターゼの側近達……。それぞれが集まっているテーブルを確認していけば、領主一族の側近が全員揃っているのが見えました。
側近以外にも予想以上に多くの学生が集まっています。土の日に領主候補生が領地に戻る重要性が理解できる優秀な学生、ラオフェレーグを囲んで婚約者候補に睨みを利かせる学生など様々です。
「ハンネローレ様はこちらへ」
緊張感に満ちた部屋の中を歩き、側近に案内されるまま一番奥にあるテーブルに向かいます。わたくしが席に腰を下ろすと、わたくしの側近達もコルドゥラとハイルリーゼを除いて席に着きました。
「ただいまダンケルフェルガーより帰還しました。アウブ・ダンケルフェルガーと話し合った内容の共有、及び決定を伝えます」
わたくしの宣言にピリッとした空気が漂いました。オルトヴィーン様とのお茶会で湧いた疑問から領地でアウブと話し合ったこと、お互いに騙し合いをしているような状態なので、それぞれの解釈が噛み合っていないことを含め、時の女神ドレッファングーアが降臨してから今までの領地側で起こったことの流れなどを報告します。
「お父様の言葉です。他領との嫁盗りディッターに向けて領地が一丸とならなければならぬ。それに先駆け、まず寮内を統一せよ……と」
ハッと息を呑んだ者が数人、ラオフェレーグに視線を向けました。「寮内の統一」という言葉にアウブの許可を得ず、自分勝手に求婚して嫁盗りディッターに申し込んだラオフェレーグを潰せという意図があることに気付いたようです。
「お父様は嫁盗りディッターにおけるダンケルフェルガーの代表は一人で良いとお考えです。そのため、本日の夕食後にラオフェレーグとラザンタルクを中心とした寮内ディッターを行います」
「やった!」
子供らしく喜んでいるラオフェレーグに向けられる視線は何とも複雑なもので、彼の側近達や彼を取り囲んでいる学生達は言葉も出せないようです。当人以外の誰もが顔色を変えているのに、ラオフェレーグは気付かないのでしょうか。
「嫁盗りディッターの前哨戦です。領地から代表者を複数出して領地の力を割くことはできません。寮内での戦いさえ制することができない者に、他領の成人の護衛騎士が参加する嫁盗りディッターの代表者を任せられないというのが、お父様の判断です」
多目的ホール内がざわめく中、「……ハンネローレ様!」と一人の学生が挙手しました。
「何でしょう?」
「敗者がどうなるのか、アウブからのお言葉はございますか?」
「もちろん、ございます。ラオフェレーグが敗北した場合……」
その途端、ゴクリとそれぞれが息を呑む音が聞こえるほどシンと静まりました。
「ラオフェレーグは領主候補生の立場を剥奪されて上級貴族になり、側近は全員解任されます」
「それは本当ですか!?」
「あまりにも罰が重いのでは?」
ラオフェレーグを取り巻く者達が一気に絶望的な顔色になりました。まさか領主候補生の立場を剥奪されると思わなかったのでしょう。
「アウブはラオフェレーグの言動にずいぶんとご立腹のようです。相談して根回しするのではなく、突然嫁盗りディッターへ参加表明したのですから。とても領主候補生の行動とは思えません。敗北時の処分に関してはライヒレーヌ様も了承済みだそうです」
アウブの決定に異議を唱え、寮内を混乱させた責任を取らせるための上級落ちだと側近達にも伝わったでしょう。正直なところ、このまま領主候補生の権力を振りかざして周囲に迷惑をかけ続けるより、上級貴族で騎士コースを目指す方がラオフェレーグには向いていると思うので、わたくしは可哀想だとは思いません。ラオフェレーグの側近は自分の進退もかかっているので気が気ではないでしょうが、ラオフェレーグが他領から良いように扱われない内に参加権を完全に奪うことが領地にとっては大事なのです。
「では、私が勝って彼等が負けた場合はどうなのだ!? 彼等にも相応の処分があるのか!? そうでなければ不公平だ」
ギリッとこちらを睨むラオフェレーグに、わたくしは「当然ございますよ」と頷きました。今度はどのような処罰があるのかと心配そうな目がケントリプスとラザンタルクに向けられます。
「ラザンタルクが敗北した場合、ケントリプスとラザンタルクは婚約者候補失格となり、側近から解任されます」
「婚約者候補失格はわかるが、側近から解任されるのか?」
「寮内のディッターに負けただけで……?」
学生達は騒いでいますが、側近は納得している顔が多いように見えました。以前の嫁盗りディッターの敗北で周囲の視線や待遇が一気に変わったお兄様やわたくしを見ているため、嫁盗りディッターの前哨戦で敗北して何も起こらないとは最初から考えていなかったのでしょう。
「片方は領主候補生の立場剥奪。もう片方は側近解任。どちらも負けると人生に大きな汚点となります。ラオフェレーグ、これで不公平とは言えないでしょう? それに、勝てば良いのですから」
「はい! 絶対に勝ちます!」
ラオフェレーグの声に彼の側近達も顔を上げました。ここで勝つしかない。そういう退路を断たれた者達の気迫が感じられます。
「ケントリプスとラザンタルクにお兄様からの伝言です。領主候補生とはいえ一年生に負けるような不甲斐ない側近は不要……だそうです」
「負けるつもりはありません。お任せください」
「これまでは領主候補生と上級貴族という立場から遠慮していましたが、心置きなく動けそうです」
負けたら解任と言われても、二人は特に動揺せずに「まぁ、そうなるでしょう」と頷いています。お兄様が言いそうなことは予想済みに違いありません。
「では、ラザンタルクとラオフェレーグは前に。こちらにサインをお願いします」
わたくしは自分のテーブルにディッターの代表者である二人を呼び、文官見習いの準備した木札を差し出しました。その木札には今回のディッターの条件や日時が書かれています。それぞれが確認してサインすると、わたくしはその木札を高く掲げました。
「この条件で夕食後にディッターを行います。両陣営はこれから出場希望者を募り、リストを作成して五と半の鐘までに提出してください」
「行くぞ、皆! 作戦会議だ!」
ラオフェレーグが興奮した声を上げて多目的ホールから駆け出していきました。それを彼の側近達が追いかけます。
その動きを見送っていたわたくしに、テーブルのところに残っていたラザンタルクが「ハンネローレ様」と呼びかけました。
「今回の寮内ディッターにはハンネローレ様も参加されるのですか?」
「いいえ。婚約者候補同士で領地の代表者を決める戦いなので、わたくしとその側近は出場不可です。わたくしと側近は取り仕切るだけで参加はいたしません」
わたくしの返答にラザンタルクはあからさまにガッカリした顔になりました。そのようにわざとらしく嘆いてもダメなものはダメなのです。
……わたくしも取り仕切るくらいならば参加したかったのですよ。
人数の調整から予算の申請まで細々としたことを取り仕切るだけで見ているしかできない状態より、事務処理を他者に任せて体を動かしている方がよほど気楽ではありませんか。領主一族の女性は男性の暴走を抑え、後方支援を任されることが多いので嫌なのです。
……ディッターに参加する殿方に事務処理もさせるべきだと思います!
お母様が今回わたくしにディッターの取り仕切りを命じたのは、わたくしがダンケルフェルガーに留まるのであれば避けては通れないからだと思います。領地に残る覚悟を見せろと言われているのでしょう。それと、ラオフェレーグへの指導を失敗したわたくしに対するお叱りも含まれている気がします。
「わたくしの側近達は訓練場の準備、予算の申請などを夕食までに終えてください。わたくしは夕食までここにいます。ディッターに関する報告はこちらにお願いします」
「かしこまりました」
出場人数の調整、学生達からの質問が来る可能性もあるため、わたくしは多目的ホールで待機することになります。
「ハンネローレ様、こちらの参加希望者が出揃いました」
ラザンタルクとフェシュテルトが木札を持ってきました。フェシュテルトはお兄様の護衛騎士です。最高学年でラザンタルクの一つ上のせいか、面倒をよく見ている印象があります。今回もおそらく側近仲間としてラザンタルクの補佐をしているのでしょう。
今夜のディッターに参加希望する者のリストに目を通せば、先に持ってきたラオフェレーグ側の参加者より圧倒的に多いことがわかります。
「時の女神が降臨した後、ラオフェレーグの意見に耳を傾ける者が増えていると聞いて心配していましたが、状況が見えている者の方が多いようですね」
「やはり領主一族の立場は大きいです。ハンネローレ様の意識がなかった時は、ラオフェレーグ様の意見が通りやすかったですから」
ラザンタルクの言葉に、わたくしは一つ頷きました。
「こちらにラオフェレーグ側の参加者リストがあります。希望者の中から人数を揃えてください。できればお兄様とアインリーベの護衛騎士は全員参加させてほしいと思っています。次にある嫁盗りディッターに出られるのは領主一族とその護衛騎士だけですから」
「わかりました」
一つ頷いた後、フェシュテルトが意を決したように口を開きました。
「失礼かもしれませんが、一つだけ確認させてください。ハンネローレ様がまたしても自領を裏切り、他領と手を組まないか警戒している騎士がいます。ダンケルフェルガーに残ると、本当にハンネローレ様ご自身が希望したので間違いないでしょうか?」
わたくしの側近達からピリッとした警戒と不快感が発されたのを感じます。主を侮辱されたと怒りを発しているのを察するものの、一度裏切られたお兄様の側近が不安に思うのも理解できます。
「お父様にも問われました。同じ答えを返します。わたくしが他領へ嫁した時に求められる役割がダンケルフェルガーの領主候補生から第二の女神の化身になりました。ローゼマイン様と違って、わたくしには神々に助力することもグルトリスハイトを与えることもできません。同じことを求められると困るのです。他領へ嫁ぐつもりはありません」
「ハンネローレ様の口から明確な答えを伺えて安心しました」
胸を撫で下ろすフェシュテルトの肩を、ラザンタルクが何度か叩きながら「だから、大丈夫だと言っただろう?」と言っています。
「ケントリプスが疑い深いから心配しただけだ。ハンネローレ様ご本人の口から聞けば、他の騎士達にも自信を持って返事できるではないか」
今でもケントリプスには信用されていないのかもしれません。わたくしは少し肩を落としました。
「わたくし、ケントリプスには面と向かって信用できないと言われたのですけれど、ラザンタルクやフェシュテルトはすぐに受け入れるのですね」
「ハンネローレ様はディッターの恥を雪ぐために本物のディッターに参加されて成果を上げましたし、領地に残ることを選んだならば、裏切ることはないと信じられます」
わたくしを信じて受け入れてくれるラザンタルクの言葉が自分で思っていたより嬉しくて安心しました。
「それにしても、今回のディッターもハンネローレ様と一緒に戦えないのですね。残念です」
「ラザンタルクは以前にも言っていましたね。それほどわたくしと一緒に戦いたいのですか?」
何となく「一緒に戦う」ことに固執しているような気がして問うと、ラザンタルクは栗色の目を輝かせて「はい」と頷きました。
「私は騎士としてハンネローレ様を全力で守り、婚約者候補としてハンネローレ様を求めて全力で戦いたいです」
「わたくしを求めて……?」
「本気ですよ。昔から私は戦うハンネローレ様が一番美しいと思っていますから」
真っ直ぐに見つめながらそう言われて、わたくしは思わず周囲を見回しました。
「え? 何を……突然言い出すのですか?」
「私の想いが全然伝わっていないようなので何度でも伝えるしかないか、と。二人きりで話をする機会も得られませんし……」
そう言われ、わたくしは東屋に行く約束を反故にしていることを思い出しました。女神の降臨から嫁盗りディッターの決定など、状況が次々と変わっているせいですが、まだラザンタルクと二人だけで話をする時間を取れていないのは事実です。
わたくしが一瞬悩む素振り見せた瞬間、フェシュテルトがスッとラザンタルクの手に盗聴防止の魔術具を置きました。
「側近を排せないならば、盗聴防止の魔術具をハンネローレ様に使っていただけば良いだろう」
フェシュテルトの言葉に笑顔で頷き、ラザンタルクが盗聴防止の魔術具を差し出します。
「ハンネローレ様、お願いします!」
「今ここで、ですか!?」
「……何となく今後も碌に時間を取っていただけそうにないので」
ラザンタルクが危惧する通り、寮内ディッターは今日中に決着がつくでしょうけれど、その後は大変です。上級貴族に落とされるラオフェレーグの扱い、彼の側近達をどうするのか、他領との関係など、寮にいる領主候補生としてわたくしが対応しなければならないことは多いと思われます。
おそらく嫁盗りディッターの開催についてダンケルフェルガーの代表としてツェントと打ち合わせをすることもあるでしょうし、社交期間が始まれば嫁盗りディッターの準備だけに時間を割くことはできません。
「コルドゥラ……」
「それほど長い時間は取れないでしょうけれど、良いのではありませんか?」
コルドゥラの許可を得て、わたくしはラザンタルクの手にある盗聴防止の魔術具を受け取りました。
「フェシュテルトに口説き方が下手で想いに気付かれてもいないとか、訓練以外でも其方はもう少し頭を使えとか散々言われたので、まずは私の想いに気付いていただこうと思っています」
……ど、どう受け止めれば良いのでしょう?
ラザンタルクはキリッとした顔で言っていますが、少し前に気付かされたのでさすがに今は彼の想い人がわたくしであると認識しています。オルトヴィーン様に対して主張していたので、戦うわたくしを好んでいることも知っています。わたくしがそれを正面から指摘するのも違うと思うのですが、指摘しなければ話が進まない可能性もあります。
「あの、想い自体には気付いていますよ」
「あ~……そうかもしれませんが、違うのです」
ラザンタルクがわかりやすく落ち込んで、困ったように「フェシュテルトは何と言ったかな?」と頭を抱えました。盗聴防止の魔術具を差し出して後押ししたように、フェシュテルトがおそらく何か助言したのでしょう。
どんな助言を受けたのか気になりつつ、わたくしはラザンタルクの言葉を待ちます。グッと顔を上げ、宣言するような大声で言いました。
「……訓練の時でした!」
「は、はい? 何が、でしょう?」
唐突すぎて何を言われたのか咄嗟にわからなくて、わたくしはラザンタルクに問い返しました。ラザンタルクも問い返された意味が呑み込めなかったのか、「え? 何が……?」と反応に時間がかかっています。
しばらく顔を見合わせた後、わたくしはラザンタルクに問いました。根本から突き詰める必要がありそうです。
「ラザンタルク、フェシュテルトは何と言ったのですか?」
「えーと、私がハンネローレ様をいつから好きだったか、どういうところが好きなのか、全く伝わっていないと言われました」
「それは、そうですね」
「そういうところから説明しようと思うので、聞いてください」
「は、はい……」
栗色の目は真剣ですし、盗聴防止の魔術具を握っている手は震えていますが、重要なことを伝えたいという気迫はともかく恋情らしき想いは特に伝わってきません。胸が高鳴るというよりは、ラザンタルクが何を言い出すのか、言われたことをわたくしは理解してあげられるのか、心配で落ち着かない心地でいっぱいです。
……ラザンタルク、もっと頑張ってくださいませ!
今のわたくしが考えることではないのでしょうけれど、フェシュテルトが指摘したのもきっと同じような気持ちになったせいではないかと思います。盗聴防止の魔術具を使っているので周囲にラザンタルクとわたくしの声は聞こえていないはずですが、周囲も大丈夫かと見守っているような気がしてなりません。
ラザンタルクが一つ息を吸って、口を開きました。
ディッター説明会&準備開始。
側近仲間に後押しされるラザンタルク。
実は心臓バクバクで盗聴防止の魔術具を握っているラザンタルク。
頑張れ!
次は、想いとディッターです。




