オルトヴィーンとの話し合い(後編)
「長いお話になるでしょうからお茶を淹れかえますね」
側仕え達がお茶を淹れかえてくれたので、わたくしはできるだけゆっくりと飲みます。できるだけ時間を稼がなければなりません。まだ頭の中がぐちゃぐちゃで整理できていないのです。
……お父様がオルトヴィーン様に口説く権利を与えたとか、嫁盗りディッターでダンケルフェルガーとドレヴァンヒェルに密約があるとか、わたくしは聞いていませんもの。
「ハンネローレ様、それほど気負うことではないですよ。今日はオルトヴィーン様の話を聞くだけで良いのです。あまりにも突然で、こちらの情報共有さえ儘ならない状況でしたから」
ケントリプスの言葉で少しだけ気が軽くなりましたが、同時に何だか虚しくなりました。今日中にドレヴァンヒェルとの話し合いに決着を……と意気込んでいたのは何だったのでしょうか。密約があるならば、この先も関係が続くことになります。
「ケントリプスの言う通り、我々の情報共有さえ満足にできていないのですから、後日再び席を設けても良いのではありませんか?」
話し合いの主導権を相手に握られているのが落ち着かないせいか、ラザンタルクは延期しようと言い出しました。おそらくケントリプスがお父様から得た情報を先にわたくし達で共有できていれば、このような言葉を口にはしなかったでしょう。オルトヴィーン様を警戒していることが……正確にはわたくしがドレヴァンヒェルへ行くのではないかと不安に思っていることがよくわかります。
「ラザンタルク、ケントリプスがお父様からドレヴァンヒェルへ情報共有するように頼まれています。ここで終わりにはできませんよ。それに、密約がどのようなものか知っておかなければ嫁盗りディッターに差し支えるのですから貴方だって困るでしょう?」
ラザンタルクを宥めている間に、自分の頭が冷えていくのを感じます。わたくしはオルトヴィーン様の方に顔を向けました。もう大丈夫です。笑顔を取り繕える程度には気持ちを落ち着けることができました。
……ダンケルフェルガーの領主候補生としてしっかり対応しなければなりませんね。
一つ息を吐くと、わたくしはオルトヴィーン様に向き合いました。
「密約について教えてくださいませ。何となく予想は付きますけれど……」
「おや、予想できるのですか?」
オルトヴィーン様は意外そうな表情で目を瞬いていますが、少し考えればわかることです。
「ダンケルフェルガーがドレヴァンヒェルと密約を交わして共闘し、排除しなければならない対象は限られます。コリンツダウムとその協力領地を追い落とすのでしょう?」
わたくしの予想は正しかったようで、「その通りです」とオルトヴィーン様が微笑みました。
「今年は元王族の威光で順位が高くなっていますが、来年は他領と同じように収穫量や影響力などによって順位が決められます。おそらく同じ順位は維持できないでしょう。だからこそ、ジギスヴァルト様は元王族の威光が利く間に強引にダンケルフェルガーと関係を持とうとしています」
エグランティーヌ様がグルトリスハイトを得てツェントになり、他の王族は領主一族になりましたが、ランツェナーヴェの侵攻に関して目に見える処罰を受けませんでした。そのため、他領の貴族達がすぐさま元王族を一般の貴族と同じように扱えるとは思えず、元王族の威光がたった一年で消えるとは言い切れません。正直なことを言うと、わたくしはアナスタージウス様が親族を庇う可能性もあると考えています。
……領主一族の少ない新領地では他領から援助を得られるかどうかで大きな違いがありますものね。
アドルフィーネ様と離婚したことでドレヴァンヒェルからの援助がなくなり、母親の実家があるギレッセンマイアーはラオブルートの出身地で大きく順位を落としました。ナーエラッヒェ様の実家があるハウフレッツェしか頼れないのでは心許ないでしょう。ジギスヴァルト様が領主として他領の妻を欲する気持ち自体は理解できます。わたくしが求められるのは嫌ですけれど、どうせ妻を得るならば上位領地を望むでしょう。
「コリンツダウムが元王族として扱われる一年は、第一位になったダンケルフェルガーであってもジギスヴァルト様の求婚を無下に断ることは難しいです。可能ですが、実行すると元王族を軽視しすぎていると周囲から様々な批判を受けるでしょうから」
そう言ったオルトヴィーン様に、ケントリプスも苦々しい顔で同意しました。
「特に順位をひっくり返されたクラッセンブルクは黙っていないと予測されています。ここぞとばかりにダンケルフェルガーを批判し、コリンツダウムの援助役を押しつけてくるでしょう。そういう政治的な流れに抗うため、アウブ・ダンケルフェルガーは領地内で婚約者候補を立て、他領が求婚してきた場合は嫁盗りディッターを突きつけられる状況を作り上げたそうです」
その辺りのお父様の考えはわたくしにも理解できます。アドルフィーネ様に対する扱いを考えると、コリンツダウムに嫁いでも幸せになれるとは思えませんし、今後ずっと援助や協力を求められることを考えれば領地としても避けたい縁談でしょう。後腐れなく決着をつけられるディッターを突きつけるのは当然だと思います。
「よくアウブ・ドレヴァンヒェルが許可しましたね。ディッターに参加する方だとは思いませんでした」
知の領地と言われていることからもわかるように、文官が多い土地柄です。アウブが自ら戦いに出なければならない事態に許可を出すなんて不思議でなりません。
「アドルフィーネ様への賠償が済んだ後は強く出られなくなるので、ダンケルフェルガーと手を組んでおきたいとアウブ・ドレヴァンヒェルは考えたのでしょう。今のハンネローレ様にはそれだけの価値があります」
ツェントの信頼を得て第一位になったダンケルフェルガーの姫であること。本物のディッターに参加してエーレンフェストを救い、就任式に招かれたことでローゼマイン様の親友だと周知されたこと。時の女神の降臨によって第二の女神の化身と目されたこと……と、ケントリプスが指折り数えます。
「それから、オルトヴィーン様はハンネローレ様のお心を得られる可能性が他の者より高いでしょう。アウブ・ドレヴァンヒェルが勝算を見出しても不思議ではありません」
ケントリプスが付け加えた言葉に、わたくしは思わず眉を寄せました。アウブ・ドレヴァンヒェルが勝算を見出すような言動をした覚えはありません。何故「可能性が他の者より高い」と思われたのでしょうか。
「ドレヴァンヒェルは大領地ですからアウブ・ダンケルフェルガーからの許可が得やすく、コリンツダウムに今のところ一番強く出られる領地です。それに、オルトヴィーン様はハンネローレ様と同学年で接する時間が長く、講義中ならば側近を排した状態で会話することが可能ですから」
ケントリプスの説明に、ラザンタルクが大きく頷いて「婚約者候補である私でも側近を排して二人だけで話をする機会などないのに……」と不満そうにコルドゥラを見ました。
……確かに盗聴防止の魔術具を使って会話することはありますが、完全に側近を排した状態で話すことはありませんね。
オルトヴィーン様が非常に有利な立ち位置にいることは理解しました。講義中は今日と同じように気を付ける必要があるということです。
「父上が嫁盗りディッターを許可したのは、共闘がダンケルフェルガーに受け入れられれば……の話でした」
「オルトヴィーン様は最初から共闘を提案したのですか?」
それは本来の嫁盗りディッターとずいぶん違うと思います。
「はい、途中から共闘を持ちかけられても、相手を信用できないではありませんか。当事者であるダンケルフェルガーでは得られないコリンツダウムや他領の動き、他領の者達を求婚ではなく嫁盗りディッターに引っ張りだすことと引き換えに、ディッターにおける共闘を提案しました」
元々コリンツダウムは世論を動かし、ダンケルフェルガーが受け入れざるを得ない状況を作ろうとしていました。けれど、ドレヴァンヒェルが嫁盗りディッターを申し込んだことで、世論の動きを待つことができなくなり、嫁盗りディッターへの申し込みに変更しなければならなくなったそうです。
「ジギスヴァルト様がそこで諦めてくださったらよかったのですが、どうやら元王族なので中途半端に嫁盗りディッターの知識があるのでしょう。第二の女神の化身を娶り、ダンケルフェルガーと縁を作る絶好の機会だと中小領地を誘導し、多くの領地から求婚とディッターの申し込みをさせました」
「そのせいで一対一ではなく、ユルゲンシュミットの半数ほどの領地が一斉に攻め込んでくる嫁盗りディッターになったのか!」
ラザンタルクが鋭い声を上げました。無理もないでしょう。ダンケルフェルガーでは次々とディッターの申し込みが来て大騒ぎになっていました。それはクラッセンブルクを含めた半数以上の領地から一斉に攻め入られることを考えていたからです。戦闘能力のない平民達が攻撃を受けたり土地が荒れされたりするため、いくらダンケルフェルガーであっても苦しい戦いになります。その対応について議論が交わされていました。
しかし、求婚の理由に関しては第二の女神の化身を得られる絶好の機会という一面に縛られていて、ジギスヴァルト様が自分の勝率を上げるために周囲を誘導していたことには気付きませんでした。
「政治的な影響力という意味で、元王族の立場は軽視できませんね」
わたくしは頭を抱えたくなりました。ジギスヴァルト様はランツェナーヴェの侵攻時やその後の立ち回りなどで失態を重ねていたことや、明らかにディッターが得意そうには見えないため、あまり脅威と考えていなかったのです。
……わたくし、やっぱり視野が狭いのですね。
「学生である我々と違って、アウブはおそらく政治的な影響を考慮していたでしょう。ドレヴァンヒェルはアドルフィーネ様の一件で、コリンツダウムに強く出られる領地だからこそ、情報の共有や共闘の申し入れを受け入れたのだと思います」
ケントリプスもドレヴァンヒェル側の情報は入手できていなかったのでしょうか。色々と考え込んで難しい顔になっています。
ラザンタルクは取り繕ってはいるものの、眉がわずかに寄っています。オルトヴィーン様の立ち回りの鮮やかさに悔しさを感じているのでしょう。
「オルトヴィーン様は共闘を持ちかけることでハンネローレ様を口説く許可を得たのですか?」
質問にオルトヴィーン様は「そうです」と一つ頷きました。
「ハンネローレ様を口説ければ最終的には嫁取りディッターにしていただけます。また、口説けなかった場合であっても私を次期アウブとしてダンケルフェルガーが後押ししてくださることになっています」
嫁盗りディッターに申し込んできた領地に対して、お父様がそこまでお約束しているとは思いませんでした。
「それが密約の全てですか?」
「密約は共闘してコリンツダウムを排除し、将来的な協力体制を築くというものです。ダンケルフェルガーは私の、ドレヴァンヒェルはレスティラウト様の後押しをします。劣ったシュタープを持つ世代を次期アウブとするかどうか世論が揺れている中で、次代の地盤の強化という点でお互いに同等の利益を得られます」
お兄様はダンケルフェルガーが本物のディッターに突き進む中で礎の魔術を継承し、次期アウブに決まりました。けれど、自分から仕掛けたディッターに敗北したという汚点のあるお兄様を領地内の全ての貴族が認めたわけではありません。現にわたくしを次期アウブにしようとしたり、ラオフェレーグを担ごうとしたりする勢力もあります。
「大きくユルゲンシュミットが変化している今、将来的な協力体制を築くのが大事であることは理解できます」
わたくしは納得したような顔で頷いてみせますが、本当に納得したわけではありません。嫁盗りディッターに持ち込んでコリンツダウムを排除するだけならば、ドレヴァンヒェルの協力がなくても可能に思えます。
……もしかするとお父様には嫁盗りディッターにすることでコリンツダウムの求婚を退け、ドレヴァンヒェルへわたくしを嫁がせる計画でもあるのでしょうか。
オルトヴィーン様の言葉の全てを疑うわけではありませんが、まだまだ裏があるように思えるのです。猜疑心が強すぎるでしょうか。
「納得できたのであれば、アウブ・ダンケルフェルガーからの情報をお伝え願えますか?」
わたくしはケントリプスに視線を向けました。この場にいる者で、お父様から情報を得たのは彼だけです。わたくしやラザンタルクはもちろん、迎えに来ていたコルドゥラ達もしらないでしょう。
「アウブ・ダンケルフェルガーから共有するように命じられたのは、まだ求婚の取り下げをしていない領地です。今のところコリンツダウム、ギレッセンマイアー、ハウフレッツェ、それからドレヴァンヒェルの四領地が嫁盗りディッターに参加するようです」
目覚めた当初はユルゲンシュミットの半分を相手にしなければならないのかと思っていましたが、三分の一ほどに減っています。
「かなり多くの中小領地が辞退したのですね。これほどの辞退者が出るとは思いませんでした」
驚きつつも安堵するわたくしに、オルトヴィーン様がニコリと微笑みました。
「ジギスヴァルト様に誘導されていただけでしょうし、嫁盗りディッターの実態も知らずに申し込んだのであれば辞退を選ぶのは当然でしょう。何もわからないまま流れに乗るとは嘆かわしいことです」
ケントリプスが涼しい顔で「まったくです」と頷きます。
「少しでも早く謝罪をした方が心証は良いだろうと噂を流した甲斐がありましたね」
……文官って皆様、こういう方ばかりなのでしょうか。
頭の良い方の根回しはとても真似できそうにないと、わたくしが思っているとラザンタルクが「残っているのは四領地……」と考え込んでいます。こちらはおそらく騎士の目線でディッターについて考えているに違いありません。
「やはり裏で手を組んでいますよね?」
「はい。ギレッセンマイアーは首謀者の一人であるラオブルートの出身領地で、今回大きく順位を下げました。何とか這い上がる機会を探しているでしょうし、ジギスヴァルト様にとっては母上の実家に当たります。ハウフレッツェはナーエラッヒェ様の出身領地です。コリンツダウムと協力関係にあると考えて間違いないでしょう」
わたくし達は嫁盗りディッターで、コリンツダウム、ギレッセンマイアー、ハウフレッツェと戦うことになるようです。
「これで情報共有は終わりかしら? お父様から他に連絡は?」
わたくしの問いかけにケントリプスは首を横に振りました。この場で共有しなければならない情報はそれだけのようです。
「では、オルトヴィーン様」
講義の後で話し合いの場を設けたので、すでに遅い時間になっています。わたくしは話し合いを終えようとしました。
けれど、立ち上がったオルトヴィーン様は扉ではなく、テーブルを迂回してわたくしの方へ近付いてきます。
「……あの、オルトヴィーン様?」
「ここで話し合いを終えては私の求婚が領地の利だけを見据えたものになってしまいます」
オルトヴィーン様の薄い茶色の瞳が真っ直ぐに自分へ向けられていることがわかりました。いつから握られていたのか、その手には小さな箱が見えます。ドキリと心臓が跳ねました。
何だか逃げ出したいような、オルトヴィーン様の言葉を聴いてはならないような予感がして座っていられず、わたくしは思わず席を立ちます。
「オルトヴィーン様、ハンネローレ様はドレヴァンヒェルへ行かないとおっしゃいました。余計なことを言って惑わせるのは止めてください」
ラザンタルクがわたくしの前に立ちはだかりますが、オルトヴィーン様は一顧だにせず「お断りします」と言い切りました。
「私はハンネローレ様のお心を射止めた上で、嫁盗りディッターでコリンツダウムを追い落とすことができれば、最終的に嫁取りディッターとし、婚姻を認めると言われています。貴方が婚約者候補であっても遠慮する気はありません。退いてください」
「私も婚約者候補として一歩も退く気はありません」
ラザンタルクとオルトヴィーン様が睨み合い、お互いに譲りません。
……どうしましょう? こういう場合、わたくしはどうすれば良いのですか!?
心情的にはすぐにでも寮へ逃げ帰りたいのですが、そのような無作法なことはできません。二人を止めたくてもどうすれば止まるのか、何と声をかけるのが適当なのかわかりません。
……助けてくださいませ、コルドゥラ!
わたくしは自分の背中の後ろに片手を回し、小さく振って助けを求めます。スッと一歩近付いてきたコルドゥラがわたくしにか聞こえない程度の声で「姫様のお心のままに」と言って、再びスッと去って行きます。
……それだけですか!? わたくしが欲しい言葉はそれではありません!
コルドゥラに見捨てられたのかと震え上がったところで、ケントリプスが動き出しました。わたくしの後ろを通って移動し、わたくしの前に立つラザンタルクの肩をつかみます。
「そこまでだ。止めろ、ラザンタルク」
「何故其方がオルトヴィーン様の味方をするのだ!?」
信じられないと言わんばかりに食ってかかるラザンタルクに、ケントリプスは軽く息を吐きました。
「別にオルトヴィーン様の味方をしているわけではない。相手は領主候補生だ。頭を冷やせ。それに、決めるのはハンネローレ様だ。其方ではない」
ケントリプスに腕を引かれて強制的にその場を退かせられるラザンタルクが、まるで懇願しているみたいな目でわたくしを見ています。「断るのですよね?」という声が聞こえるようです。
「ハンネローレ様」
オルトヴィーン様が近付いてきます。わたくしの護衛騎士見習いを始め、側近達が立ちはだかったところで足を止め、跪きました。手にある箱を開けて、わたくしに向かって差し出します。
……求愛の魔術具!
属性の魔石が並ぶ金属の飾りに、わたくしは息を呑みました。
「初めて時の女神ドレッファングーアの糸が重なった時から、シュルーメの綻ぶ音が聞こえる心地がしていました」
……待ってくださいませ! 初めて会った時から気になっていたということではございませんか!?
オロオロとしてしまう心を必死で隠し、わたくしはお腹の前で組み合わせている手をギュッと握りました。
「私は貴女のことを星の神シュテルラートの導くままに歩む方だと思っていましたが、貴女は自ら縁結びの女神リーベスクヒルフェの糸をつかみに行く方でした。ゲドゥルリーヒの赤が一層赤く見えたものです」
ずいぶんと前から自分の言動を見られていたことがわかり、とても恥ずかしくなってきました。
「何故一度はつかんだはずのリーベスクヒルフェの糸を手放したのか存じません。けれど、エーヴィリーベの訪れるゲドゥルリーヒの下より、シュツェーリアの下を選んだメスティオノーラの例もございます。私の糸はここにあります。叶うならばハンネローレ様の糸を私に預けていただけませんか?」
わたくしはオルトヴィーン様と、差し出されている求愛の魔術具を何度も見比べました。周囲の視線が全て自分に集まっていることがわかります。静かに返答を待つオルトヴィーン様、早く断ってほしいと懇願の目を向けてくるラザンタルク、やはりと言わんばかりに諦観の目をしているケントリプス、わたくしがダンケルフェルガーの領主候補生としてどのような答えを出すのか審判のような目をしている側近達……。
……ダンケルフェルガーの領主候補生として間違えるわけにはいきません。
お腹の前で握っていた手を離し、丁寧に揃えると、ゆっくりと息を吸い込みました。
「わたくし、この場で受け取ることはできません。判断に必要な情報が足りていないのです。お父様に意見も伺いたいですし、時間をくださいませ」
軽々しく受け取ることはできません。わたくしが猶予を求めると、オルトヴィーン様は少しホッとしたような顔になり、魔術具の入った箱を閉めました。
「次に時の女神ドレッファングーアの糸が交わる日を心待ちにしています」
立ち上がると、オルトヴィーン様はお茶会室を出て行きました。
「ハンネローレ様っ! 何故猶予など……断るとおっしゃったではありませんか!」
噛みつくように非難するラザンタルクや、戸惑っている側近達を見遣ります。
「オルトヴィーン様にも言った通り、わたくしには判断に必要な情報が足りていないのです。……コルドゥラ、土の日に領地へ戻ってお父様と話し合いができるように手配してください」
オルトヴィーンの根回しによるアウブ同士の密約。
辞退していない領地。
そして、求愛の魔術具。
本来は愛の言葉と共に自分の手で渡す物なんですよ。(ジギスヴァルトの方を見ながら)
次は、領地への帰還です。




