一年前の貴族院 その4
無理に婚約を推し進めるより、ローゼマイン様やヴィルフリート様と笑い合える時間や関係。それを大事にしたいのだと、わたくしはようやくわかりました。側近達に背を向けるのではなく、向き合って意見を交わすことで関係が大きく変わることも実感しました。一年前の世界にやってきてからずっと失敗続きでしたが、これは大きな前進です。
……何だか帰りたいですね。
何となくそう思いました。この一年前の世界ではなく、わたくしが自分でエーレンフェストとの関係を守った元の時間へ帰りたい、と。過去の世界ではなく、わたくしが悩んで我慢しながら、それでも、友好関係を大事にして生きてきた時間へ戻り、ヴィルフリート様にダンケルフェルガー式の求婚を行ったことをお詫びして、コルドゥラ達と向き合って関係を改善したいという思いがゆっくりと胸の中に広がっていきます。
不意に「貴女が未来の情報を開示することは厳禁です」という時の女神 ドレッファングーアの声が蘇りました。わたくしの存在が不審に思われた時は、女神によって回収されてわたくしの関わった部分の記憶が消されるとおっしゃいました。
……つまり、禁忌を犯せば、ここで起こったことを全てなかったことにして戻れるのかしら?
ローゼマイン様と共に元の時代へ戻った時に今回の求婚が悪影響として残っているのは嫌です。それに、求婚の後の反応やお返事を思い返してみても、一年間でヴィルフリート様は大きく成長していると思います。
「コルドゥラ、あの、実は……」
自ら未来からやってきたことを述べようとした時、護衛騎士のハイルリーゼが急ぎ足でやってきました。
「姫様、少しよろしいでしょうか? 中級貴族からの訴えなのですが……」
わたくしが一旦自分の思考を置いて報告を促すと、ハイルリーゼはわたくしの前に跪いて報告を始めます。
「奉納式のために回復薬を作製しなければならないにもかかわらず、採集場所の薬草が上級貴族によって完全に採り尽くされているとのことです」
わたくしがこの一年前の世界で目覚めたのが火の日で、ケントリプスから中級貴族のリスト作成をするように言われました。ならば、上級貴族の奉納式は前の土の日にあったはずです。
上級貴族は全員が奉納式に参加を義務づけられています。式の後に回復しなければならない魔力量が多いため、大規模な採集が行われていました。記憶を探ると、四年生の時にも採集場所の回復を行ったことを思い出しました。
……確か、わたくしを良く思っていない騎士達がなかなか動いてくれなくて、非常に苦労したのですよね。
四年生時に行った採集地の回復は、思い出すだけで億劫になるくらい疲弊しました。しかし、今週末の中級貴族の奉納式だけなく、その翌週には下級貴族の奉納式も行われます。採集場所の回復は必須でしょうし、各々の負担を少しでも減らすためには、できるだけ多くの者に参加してもらなければなりません。四年生の時に、学年や位の高い者が力に任せて採集することが多かったため、わたくしは五年生の最初で皆を動員して採集場所を癒したのです。
「採集場所の回復にはなるべく全員参加してほしいので、明朝の訓練の時間を当てれば大丈夫かしら?」
「皆が協力してくれれば、おそらく……。ですが、朝は講義の前ですから反対も多いのではないでしょうか」
ハイルリーゼの返事は切れが良くありません。側近達は皆が何とも言えない難しそうな顔をしています。側近達が懸念しているように、まだ本物のディッターに参加していない四年生のわたくしが命じたところで、記憶と同じように全員がすんなりと聞き入れてはくれることはないでしょう。お兄様が命じる時と違い、あまりにも反応の鈍い騎士達の言動に少なからず傷ついていました。
……前はどのようして解決したのかしら? 確かラザンタルクが……。
ラザンタルクが皆を一喝してくれたことを思い出しました。当時のわたくしは、領主候補生である自分よりも、お兄様の側近達である上級貴族の方が上手く寮内を導くことを目の当たりにし、自分の価値がなくなったことを思い知らされて落ち込んでいたのです。ラザンタルクやケントリプスが目を配り、あまりにも周囲の態度が酷い時は助けてくれていたのだと、今ならばわかります。
……わたくし、なんて甘ったれだったのでしょう。
戻ったらラザンタルクやケントリプスにも感謝の気持ちを伝えなければなりません。けれど、先に採集場所の回復です。今のわたくしには何が起こるかわかっているのです。今回は上手く騎士達に話を聞いてもらわなければなりません。
……本物のディッターに参加したことで皆の態度が変わったのですもの。寮でディッターを行えば話を聞いてくれるようになるかしら?
「明朝の訓練時、三年生以上の学生全員で採集場所の回復を行います」
夕食のために全員が集まっている食堂で皆が食事を終える頃を見計らい、わたくしは寮内の三年生以上の学生全員に命じました。けれど、ハイルリーゼが予想していた通り、講義の前に魔力がなくなるのは困ると反対が起こります。
「夜の方が良いならば、今晩行うことになります。中級貴族達にも調合の時間が必要ですもの」
「……今晩? つまり、この後に向かうということですか?」
「食後は自由時間ではありませんか。素材が必要な中級と下級貴族で回復できるだけすればいいでしょう」
記憶の通り、騎士達の反応は鈍いですし、文官や側仕え見習い達もその様子を見て返事をしません。騎士達が魔獣を警戒し、狩っている時に他の者が癒やすのです。騎士達が動かなければ、どうしようもありません。
わたくしがギュッと唇を引き結んだところで、ケントリプスが顔をしかめました。ラザンタルクが眉を寄せてこちらを見ています。以前は不甲斐ない領主候補生を疎んじているように見えた表情も、今ならば心配しているだけだとわかります。
「こら、ハンネローレ様のご命令だぞ。食後に採集地だ」
「ラザンタルク様。そうは言っても、次はどのようにハンネローレ様に裏切られるのかわかりませんよ」
「騎士見習いは皆、苦い思いをしたではありませんか」
自分を軽んじて嘲笑する声に思わず俯きかけたところで、本日エグランティーヌ先生に叱られたことがわたくしの脳裏に蘇りました。ヴィルフリート様との間に領地の順位という差があったように、寮内でも明確な身分差があります。わたくしが原因だからいっても、指摘し難いという理由で下位の者への指摘や指導を放棄してはならないのです。
……反論せずに全て受け入れていたわたくしの態度が騎士達を増長させたということでしょう。
わたくしは彼等への注意や指摘をしなければなりません。騎士達が領主候補生を軽んじて命令を聞けないようでは、有事の際にも連携を取って動くことなどできません。本当の有事は、あまりにも突然起こります。準備する時間さえ満足に得られません。わたくしはそのことをよく知っています。
大きく息を吸うと、わたくしは全身に魔力を行き渡らせました。少し俯いていた顔を上げ、睨むように強く学生達を見つめます。
「わたくし個人への不満と領主候補生の命令は分けて考えてくださいませ。採集場所の修復は寮全体で行うことです。採集できずに困るのはダンケルフェルガーの学生全員ではありませんか。それがわかりませんか?」
わたくしの言葉に目を丸くして息を呑んでいた騎士見習いが、我に返ったように目を瞬かせて何か反論したそうに口を開きます。
「ランツェ!」
わたくしは彼が何か言うより先に槍の柄を握ると、床に力一杯叩きつけました。
「三年生以上の学生は全員武装の上、集合です! いかなる不満があろうとも、わたくしがダンケルフェルガーの領主候補生である間は、その命令に従いなさい!」
「はっ!」
蜘蛛の子を散らすように食堂から人の気配がなくなりました。残っているのはポカンとした顔をしているお兄様の側近と、わたくしの側近だけです。
「……ハンネローレ様?」
「わたくし達も準備しましょう。採集場所の回復を行わなければ。……ラザンタルク、わたくしを庇おうとしてくださってありがとう存じます」
わたくしはきちんとお礼を述べると自室に戻ります。自室で全身鎧に着替えて、魔獣を狩るための魔術具や回復薬の準備をコルドゥラに頼みました。
「姫様、これほどの魔術具が必要ですか?」
「えぇ。魔力が少なくなっている採集場所の回復を行うと、回復させた直後に魔力に飢えていた魔獣が飛び込んで来るのです」
それを知らなかったため、一年前は苦戦しました。正確には、わたくし自身は学生達を安全に寮へ誘導するようにケントリプスから言われたので、戦う現場は見ていません。けれど、帰ってきた騎士達の様子を見れば非常に苦戦したことが一目でわかりました。
「そのようなことは、領主会議の後で回復させたアウブや騎士団長達もおっしゃいませんでしたが?」
「え? えぇ、そうでしょうね。領主会議の時は多くの領地が同じように試したことで採集場所へやってくる魔獣の数が分散されたのかもしれませんし、お父様達が回復させたことで貴族院全体に魔力が満たされ、春から秋の間に魔獣が増えている可能性もありますから……」
寮監達が情報を持ち寄り、政変以前の貴族院の魔力量や魔獣の数などと比較分析した結果、そういう可能性が浮かび上がったわけです。けれど、当然のことながらそのようなことを皆が知るはずはありません。疑惑の目を向けてくる側近達に、わたくしはニコリと微笑みます。
「……と、ローゼマイン様が注意を促してくださいました。採集場所の回復に最も詳しい方ですから」
回復のための祝詞を広めたのはローゼマイン様ですから、皆は不思議そうな顔をしつつも納得してくれました。
……わたくしの記憶通りの魔獣が出てくるならば、ヘルヴォルのはずです。
ヘルヴォルは赤い毛並みを持つ犬に似た姿の魔獣で、額に小さな角がついています。常に多数で行動し、統率の取れた動きをします。一頭ならば下級騎士でも何とか倒せますが、群れの討伐は厄介です。けれど、それは何の準備もない時の話です。強力な範囲攻撃用の魔術具が一つあれば、難易度は格段に下がります。
「……魔獣相手ならば、これが使えるのではないかしら?」
嫁盗りディッターの時にケントリプスから渡されていたけれど、ヴィルフリート様相手には使えなかった攻撃用魔術具を手にしました。人相手には恐ろしくて使えないけれど、皆を守るために魔獣相手ならばわたくしでも使うことができます。
「ハイルリーゼ達は採集場所の回復を終えたら、周囲を警戒しつつ皆を寮へ導いてくださいませ。留守を頼みます、コルドゥラ」
コルドゥラはわたくしを見つめ、少しだけ目を細めた後、胸の前で両手を交差させて丁寧に跪きました。
「ご武運を」
寮の外に出ると、雪景色が広がっています。幸いなことに、今は雪が降っていません。全身鎧を着ているので寒さは関係ありませんが、吹雪で視界を奪われると魔獣との戦いにおいて非常に不利になります。この様子ならばヘルヴォルが現れたとしても赤い毛皮がよく目立つので発見することは容易でしょう。
わたくしは右手を高く上げて武装した学生達に合図し、騎獣で採集場所へ移動しました。淡く光る円柱状の採集場所に到着すると、途端に雪の景色ではなくなります。草や木々が茂っているのが本来の光景ですが、今は採集し尽くされて荒れた野原のようになっていました。
「わたくしの護衛騎士は魔獣の動きの監視を、ラザンタルク達お兄様の護衛騎士達は魔獣狩りを、残りの学生達はわたくしと共に祝詞を唱えて魔力を注いでいくことになります」
わたくしが皆に指示を出していくと、騎士見習い達が何か言いたそうにこちらをみました。けれど、こちらの様子を窺っているだけで声が上がるわけではありません。敢えて見なかったことにします。
「採集場所の円周上に広がってくださいませ。上級貴族の間隔は広めで、下級貴族は狭めになるようにしてください。これは下級貴族の負担を減らすためだそうです」
領主会議で祝詞を知らされたお父様達が言っていたことを伝えながら学生達の配置を決めます。
「皆、祈りを捧げましょう」
わたくしは地面に手を付けると、ゆっくりと魔力を流し込んでいきました。緑に光る魔力が地面を流れるように広がっていき、魔法陣を形作っていきます。とても神秘的で美しい光景ですけれど、同時に、魔力がどんどん流れていく感覚に少しばかり寒くなるような気がするのでぼんやりと見とれていることはできません。
皆の魔力で魔法陣が完成したことを確認し、暗記させられた祝詞を唱えます。
「癒しと変化をもたらす水の女神 フリュートレーネよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ 我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 魔に属するものの手により 傷つけられし御身が妹 土の女神 ゲドゥルリーヒを 癒す力を我が手に 御身に捧ぐは聖なる調べ
至上の波紋を投げかけて 清らかなる御加護を賜わらん 我が望むところまで 御身が貴色で満たし給え」
採集場所に緑の魔法陣が浮かび上がり、草や木がゆっくりと伸びていきます。
「ここまでです」
本当は魔法陣が一番上に行くまで魔力を注ぎ込む必要があるのでしょうけれど、八割くらいのところで止めるように声を上げました。
「このくらいまで回復すれば回復薬の調合には十分ですし、あまり魔力を使いすぎては明日の講義に差し支えます」
何より、この後で襲いかかってくる魔獣に備えなければなりません。わたくしは持参した回復薬を一気に飲み干すと、「皆、速やかに寮へ戻ってください」と採集を始めようとする学生達に声をかけました。
「まだ採集が終わっていませんが?」
「明朝の訓練の時間を採集の時間にします。急いで寮へ戻らなければ、魔力に飢えた魔獣が多く飛び込んでくるのです」
わたくしがそう言うと、自分の側近を除く皆が半信半疑の顔をしています。けれど、ぼんやりしている余裕はありません。
「祝福に慣れていらっしゃるローゼマイン様からそのような注意がございました。わたくしの護衛騎士が先導しますから、急いで……」
「ならば、ハンネローレ様が皆を率いて寮へ戻ってください。我々、護衛騎士が対処します」
ラザンタルクが周囲への警戒を強めながら武器を握ります。お兄様の護衛騎士見習いを始め、上級騎士見習い達が武器を出しました。疲弊しきって戻ってくる彼等の姿が脳裏に蘇り、わたくしはすぐさま首を横に振って却下します。
「いいえ! 寮へ戻るのは、わたくし以外の全員です」
「何をおっしゃるのですか!?」
「失礼ですが、ハンネローレ様の護衛騎士達より我々の方が……」
「皆が退いてくださらなければ、ケントリプスの攻撃用魔術具を使用できません。全員速やかに退いてくださいませ!」
皆の文句を一蹴し、わたくしはケントリプスが作った範囲攻撃用の魔術具を取り出して見せつけました。その威力を知っているのか、ラザンタルクが栗色の目を瞬かせ「なるほど」と納得の声を出しました。けれど、作成者であるケントリプスは灰色の目を大きく見開き、信じられないと言うような顔で魔術具を凝視します。
「……ハンネローレ様、何故それを……?」
「人を相手に使うには威力が強すぎますけれど、魔獣相手ならば容赦はいらないでしょう?」
「そういうことですか」
苦い顔になったケントリプスが仕方なさそうに息を吐きました。
「ケントリプス、できるだけ早く皆を寮まで誘導してくださいませ。ダンケルフェルガーの学生は、わたくしが守ります。領主候補生ですから」
「心意気は買いますが、本当に魔獣が現れるかどうかわかりません。寮への先導はハイルリーゼ達に任せ、ハンネローレ様に殿をお願いしましょう。我々がハンネローレ様をお守りします」
ケントリプスは怪訝そうな顔をわたくしに向けていましたが、すぐに思考を切り替えたようです。
「仮に、ローゼマイン様のご注意通りに魔獣が現れたとしても種類も強さも今の時点ではわかりません。魔術具による攻撃が終了した時に残っている魔獣がいたら大変です。ですから、魔獣が現れた場合も魔術具の範囲外にラザンタルク達を待機させます。その有効範囲を一番よく知っているのは私です」
どの辺りまでが魔術具の攻撃範囲なのか説明し、ラザンタルク達へ指示を出し始めました。その時、オルドナンツが飛んできました。
「ハンネローレ様、ハイルリーゼです。遠くにヘルヴォルの群れが見えます! 真っ直ぐにそちらへ向かっています」
学生達を促し、寮へ先導しているハイルリーゼからのオルドナンツに、残っている者達の表情が一斉に変わりました。
「本当に来ただと!?」
「ハンネローレ様が魔術具を使えるように距離を取って待機!」
「全員が安全圏に入ったらゲルプで合図します!」
危険や救援を求める赤の光がロート、作戦準備完了を示す黄色の光がゲルプです。わたくしはケントリプスの声を聞きながら、自分から皆と距離を取るようにヘルヴォルの群れに向かって騎獣で突っ込んでいきました。自分の魔力量の方が多いから相手の攻撃が届かないと確信できる乗り込み型の騎獣だからできる体当たりです。
魔力に任せて速さを出し、赤い毛並みを数頭、撥ね飛ばしました。仲間を襲われた怒りで目を青く光らせたヘルヴォルがわたくしを敵だと認定し、一斉に襲いかかってきます。単騎で飛び込んだわたくしの騎獣に敵意を剥き出しにし、唸り声を上げて噛みついてきました。いくら襲いかかってきても、わたくしの騎獣を破ることはできないでしょう。わたくしは自分の騎獣に食らいつくヘルヴォルの鋭い牙や爪を見ながら、いつでも魔術具を投げられるように手にし、魔力を注ぎ込んでいきました。
ゲルプの黄色の光が、わたくしの目の前のヘルヴォルに当たりました。ケントリプスの合図です。見知らぬ光を警戒して攻撃を弱めたヘルヴォルに向かって、わたくしは魔力を込めた魔術具を騎獣の外へ放り出しました。
「デトナス!」
起動の呪文を唱えると、魔術具を中心に青と黄色に光る魔法陣がぶわっと広がっていきます。自分の周りだけにあるのは、魔力登録者を守るための黄色の魔法陣。その周囲には攻撃範囲を定める青色の魔法陣が大きく広く展開しました。
直後、けたたましい爆発音が起こり、ヘルヴォルが甲高い悲鳴を上げたかと思うと、その悲鳴がすぐに途切れます。悲鳴の代わりに聞こえる音は、ボトボトとヘルヴォルの魔石が落ちる音です。魔法陣の範囲外だったヘルヴォルもいたようですが、大半が魔術具で討伐されると、すぐさま尻尾を巻いて逃げ出していきました。
「ハンネローレ様!」
範囲外で待機していたラザンタルクやケントリプス達が騎獣で駆けてきます。一番に到着したのはラザンタルクでした。
「お怪我はございませんか?」
オロオロしていることが全身鎧を着ていてもわかります。その慌てようが何とも可愛らしくて面白く思えました。
「あら、ラザンタルクはケントリプスの魔術具を信じていないのですか?」
「あれだけの数のヘルヴォルに食らいつかれる姿を見て心配しない者はいません!」
「ふふっ。心配をかけましたね。でも、乗り込み型の騎獣ですから、わたくしには傷一つありません」
怒鳴るように言われたことで、わたくしは他の者からどのように見えたのかわかって納得しました。領主候補生を守るべき護衛騎士としては心臓が縮み上がったことでしょう。
「ラザンタルク達には悪いのですが、ハイルリーゼ達がその様子を見ていなくてよかったと思いました。何となく魔法陣の範囲内に飛び込んできそうな気がしますもの」
「ラザンタルクも飛び込んできそうでしたよ。押さえるのが大変でした」
ラザンタルクをジロリと睨みながらそう言ったのは、ケントリプスです。他の騎士達も「ラザンタルクが魔法陣に巻き込まれなくてよかった」と頷いています。
「ケントリプス、貴方の魔術具のおかげで、わたくしを含めて誰にも傷一つなくヘルヴォルを倒せました。お手柄ですね」
わたくしがお礼を言うと、ケントリプスは何故か困惑した顔でわたくしを見つめました。どう見ても、お礼を言われた者の表情とは思えません。疑わしい者を見るように、灰色の目でじっとわたくしを見つめてきます。
「貴女は本当にハンネローレ様ですか?」
「え?」
「何を言い出すのだ、ケントリプス? ハンネローレ様以外の誰に見えるのだ?」
「姿はハンネローレ様に違いありません。言動にも私の知るハンネローレ様が多少見え隠れしています。ですが、決定的なところが違います。まるで成長した……」
ケントリプスに指摘された瞬間、わたくしは何者かに引っ張られたような感覚がしました。頭がくらりとして皆の顔がぶれて見えなくなり、視界が白くなったかと思うと、次の瞬間には女神様達がわたくしを覗き込んでいました。
一年前の世界で自分を見つめ直したハンネローレ。
ラザンタルクとケントリプスの表情も違って見えました。
本物のディッターをくぐり抜けたハンネローレの一喝には逆らえない騎士見習い達。(笑)
ヘルヴォルに突っ込んでいくハンネローレはマジダンケルフェルガーでした。
次は、リーベスクヒルフェの握る糸です。