ヴィルフリートの返答
何が起こっているのかわからないようなポカンとした深緑の目が間近にあり、何度か瞬きをしました。わずかに開いていた唇が震えるように少し動き、「な、何が……」という小さな呟きが漏れました。そんな自分の声で我に返ったのか、ヴィルフリート様がケントリプスやオルトヴィーン様を気にして視線を動かし始めます。くっと動いたヴィルフリート様をわたくしは押さえ込みました。
「ヴィルフリート様、わたくしに条件をくださいませ」
「……条件? 条件とは一体……?」
ヴィルフリート様はただ困惑しているだけで、求婚の条件も断りの文句も口にはしません。押さえ込んだまま、どうすれば良いのか一瞬迷います。
「ハンネローレ様、ヴィルフリートはダンケルフェルガーの求婚をご存じないのでは?」
こちらの様子を窺うオルトヴィーン様の冷静な声に、東屋の外にいる護衛騎士達の困惑したような声が被さります。
「ハンネローレ様!?」
「ヴィルフリート様、どうなさいましたか!?」
東屋には壁もあるので、外から見えるのは肩から上くらいです。護衛騎士達からはわたくし達の姿が突然見えなくなったからでしょう。焦りを含んだ声が近付いてくるのがわかりました。
「こちらは問題ありません。少しハンネローレ様が体勢を崩されただけです。……大丈夫ですか、ハンネローレ様?」
盗聴防止の魔術具を手にしていないケントリプスが護衛騎士達に向かって軽く手を振りながら、わたくしに起き上がるようにもう片方の手で示します。クラリッサの求婚があったことでエーレンフェストでも知られていることを前提に求婚を行いましたが、それが違っていたのでは意味がありません。
「……ヴィルフリート様、大変申し訳ございませんでした。支えてくださってありがとう存じます」
護衛騎士達に聞こえるように、わたくしは盗聴防止の魔術具から手を離して起き上がると、少し離れて座り直しました。少しばかり怪訝そうな顔でわたくしを見ながらヴィルフリート様もゆっくりと起き上がります。
「ヴィルフリート様、お怪我は!?」
「ない。大丈夫だ。まだ話が終わっていないから其方等は下がっていろ」
「かしこまりました」
ヴィルフリート様は護衛騎士達を下がらせると、一人だけ状況が呑み込めていないことが明らかな困惑顔で東屋の中を見回しました。オルトヴィーン様はわたくしを見ながら少し肩を竦めます。何か企んでいるような口元が目に付きました。
「……わかっていないのは私だけのようだな」
困惑した顔から説明を求める顔になり、ヴィルフリート様はケントリプスにも盗聴防止の魔術具を差し出します。
「……其方の話を聞く必要もありそうだ」
「恐れ入ります」
東屋にいる四人全員が再び盗聴防止の魔術具を握ったことを確認すると、ヴィルフリート様がゆっくりと息を吐きました。
「私以外は全員がこの状況を理解しているように見えるが、間違いないか? 一体何が起こったのだ?」
「やはり知らなかったか……。ダンケルフェルガーの女性が父親の意向に背いて、意中の相手との縁を得るために行う求婚だよ」
オルトヴィーン様の簡潔な説明に、ヴィルフリート様はそこで初めてわたくしに求婚されたことに気付いたようです。バッと振り向いて大きく目を見開いてわたくしを見、その後、ものすごく居心地の悪そうな顔になってオルトヴィーン様やケントリプスを見ました。
「ハンネローレ様が求婚だと!? そ、其方等……。何故そのように平然としていられるのだ!?」
わたくしが何をするのか気付いていたケントリプスはともかく、オルトヴィーン様の落ち着きぶりはわたくしにも意外です。オルトヴィーン様は面白がるような笑みを浮かべました。
「何故と言われても……。まぁ、衝撃は衝撃だったよ。だが、私はハンネローレ様に対して似たようなことをしたからね。意趣返しかと考えれば少しは冷静になれたよ」
「似たようなこと……?」
ヴィルフリート様は怪訝そうに首を傾げましたが、わたくしは軽くオルトヴィーン様を睨みました。今しか機会がなかったため、図らずもそういうことになりましたが、別に意趣返しのつもりはなかったのです。
「……それに、こちらにも多少の勝機が見えたからね」
何の勝機でしょうか。わたくしにはオルトヴィーン様の薄い茶色の目が何だか怖く思えます。
「私は元々ハンネローレ様に協力するつもりで同行しました」
「婚約者候補ならば止めるものではないか。何故……」
「私には私の理由がございます。それをヴィルフリート様にご理解いただこうとは思いません。むしろ、こちらとしてはヴィルフリート様がダンケルフェルガーの求婚についてご存じないことが驚きでした」
ケントリプスの言葉にオルトヴィーン様が少し眉を上げました。
「ハンネローレ様、少々先走りすぎではございませんか? ヴィルフリートは嫁盗りディッターの詳細についても知らなかったのだから、求婚を知らなくても不思議はないでしょう?」
「そうかもしれません。けれど、ヴィルフリート様がそれをご存じなのかどうか探りを入れる手段も時間もありませんでしたから……」
わたくしはそう言いながら、後押しをしたケントリプスに視線を向けました。ケントリプスが腕を組んで少し考えるようにしながらヴィルフリート様を見つめます。
「求婚の条件を達成することで、クラリッサはローゼマイン様の側近と婚約しました。当時はヴィルフリート様とローゼマイン様が婚約中でしたから、まさか知らないということはあり得ないと思ったのです」
「あぁ、ダンケルフェルガーの女性がローゼマイン様の側近に入っていたのですか。それでは確かに勘違いをするかもしれませんね」
なるほど、と納得するオルトヴィーン様と違い、ヴィルフリート様は納得できないようで不可解そうな顔をしたままです。
「婚約者の側近に他領の者が入るのだぞ。夫婦となれば側近を共有することもあり得るのだから、ただの婚約ではなく他領の者が側近入りを希望して許可を得た以上、普通は調べるなり話を聞くなりするではないか」
ヴィルフリート様は悔しそうに顔をしかめて呻くように「……私は知らぬ」と呟きました。
「領地対抗戦でローゼマイン様に挨拶に行き、そこでなれそめを尋ねられ、アウブや後見人からの指示でクラリッサに関する調査が行われたくらいです。当然ヴィルフリート様はどのような経緯で婚約が決まったのか、知っているものだとこちらは判断していました」
ケントリプスの言葉にヴィルフリート様は苦々しそうに「ローゼマインからの報告は受けていない」と言いました。
……何故あの頃次期アウブでローゼマイン様の婚約者だったヴィルフリート様がご存じないのかしら?
ひどく不思議な気分になりました。クラリッサは「ローゼマイン様になれそめを尋ねられて少々恥ずかしかった」と寮で得意そうに広言していました。ですから、エーレンフェストでクラリッサのなれそめが全く知られていないとは思わなかったのです。
「今まで知らなかったことについて今更何を言っても仕方がない。それよりも、今後のことだ。其方、ハンネローレ様の求婚を受けてどうするのだ?」
オルトヴィーン様が薄い茶色の目を鋭く光らせました。ヴィルフリート様はそんなオルトヴィーン様の様子を決まり悪そうな顔でちらちらと見ながら、「……ハンネローレ様の行動は、私への求婚で本当に間違いないのですか?」とわたくしに確認します。
求婚の条件を求める意味を知らない相手を押さえ込んだわけですから、できることならば、間違いだったことにしてしまいたいです。けれど、ここで逃げたら二度と求婚の条件を得る機会は巡ってこないでしょう。
「間違いありません。わたくしに条件をください」
わたくしが頷くと、ヴィルフリート様は更に困った顔になって額を押さえ、ゆっくりと息を吐きました。
「ハンネローレ様、条件を出すことができない場合はどうすれば良いのでしょう? 私がハンネローレ様を娶ることはできません」
「……え? ですが、エーレンフェストは上位領地との縁を望んでいると……」
頭が真っ白になってしまったわたくしと違い、オルトヴィーン様は面白がるように唇の端を上げました。
「何故だ、ヴィルフリート? ハンネローレ様との縁を得れば、次期アウブになることも難しくないではないか。ローゼマイン様との婚約解消によって失ったものを取り戻すことができるぞ」
「私が次期アウブになることを誰も望んでいないからだ」
ヴィルフリート様はオルトヴィーン様に向かってキッパリとそう言いました。ヴィルフリート様を次期アウブに望んでいるわたくしが切り捨てられていることがわかってズキリと胸が痛みます。
「……あの、ヴィルフリート様。誰も、ではありません。わたくしは望んでいますし、ヴィルフリート様に望んでほしいと思っています」
わたくしがそう言うと、ヴィルフリート様が信じられないというように目を丸くしました。それから、少し恥ずかしそうな深緑の目が言葉を探すようにさまよいます。そのせいか、わたくしの方もひどく落ち着かない心地になってきました。
「あ、えーと、ハンネローレ様。あまりにも突然のことに驚きましたが、ハンネローレ様のお気持ちはありがたいです。正直な気持ちを告白すれば、ローゼマインとの婚約中はハンネローレ様のような方が婚約者であればどれほどよかったか、と思ったことは何度もあります」
「ヴィルフリート様……」
まさかローゼマイン様との婚約中にヴィルフリート様がそのように考えてくださったことがあるなんて思いもよりませんでした。花の女神 エフロレルーメが舞い始めたような心地で見つめると、ヴィルフリート様がはにかむように微笑みました。
「その、私が誰かに想われるということを今まで想像できなかったので、本当に嬉しく思います」
そこで言葉を切ると、ヴィルフリート様は言うべきか言わざるべきか躊躇するように一度俯きました。
「……ですが、今の私はハンネローレ様を望む資格がありません」
「え?」
目を瞬かせる一瞬で氷雪の神 シュネーアストが訪れ、エフロレルーメを吹き飛ばしました。心の芯から凍り付くような冷たさに唇が震え、何を言えば良いのか言葉さえ思い浮かびません。
「資格がないというのは次期アウブではなくなったから、という意味かい? それならば、ハンネローレ様を娶れば……」
「それだけではない。違うのだ」
オルトヴィーン様の言葉を強く否定し、ヴィルフリート様が今の御自分の立場について話し始めました。
「エーレンフェストではメルヒオールとシャルロッテが次期アウブを争い、私は成人したらゲルラッハとその周囲をまとめた土地のギーベになることが決まった。領地内、他領を問わず、上級貴族のギーベの娘から妻を娶るように私は父上から命じられている」
「……決まったというのはどういうことだ? ローゼマイン様との婚約解消によって次期アウブではなくなったと聞いたが、まさか次期アウブを争う立場に戻るのではなく、完全に次期アウブの候補から外されたのか?」
オルトヴィーン様の疑わしそうな声にヴィルフリート様はゆっくりと頷きます。わたくしは思わず口元を押さえました。
「そんな……。それでは、まるでヴィルフリート様が罪でも犯したような扱いではありませんか」
実の父親であるアウブ・エーレンフェストからそのような仕打ちを受けて、ヴィルフリート様はどれほど傷ついたでしょう。
「領地内では罪を犯し、ローゼマインの取りなしで赦されました」
「……それでは、ローゼマイン様との婚約にずいぶんと深い意味があったということではありませんか」
ダンケルフェルガーや王族からの申し入れがあったとしても、アウブ・エーレンフェストは到底受け入れられなかったでしょう。
「領地内の派閥争いという点で考えると、私は最も不利な立場にいます。ローゼマインとの婚約はその不利を補うために行われましたが、色々な事情から解消することになりました」
様々な意味があったけれど、自分の不利を補うための婚約が苦痛で仕方がなかったこと、「次期アウブになれ」と言われ続けてきたけれど次期アウブになる意味がわからなくなったことなどを、言葉を選びながらヴィルフリート様が語ります。
……なんてお可哀想な立場でずっと我慢してこられたのでしょう。
「私には苦痛の多い婚約だったので、婚約解消自体は歓迎しています。私とローゼマインは兄妹であることが一番良かったのです。婚約解消時、私には父上から一年間の猶予が与えられました。この先、どのように過ごしたいのか考えろと言われたのです」
婚約解消をすればヴィルフリート様が次期アウブではいられなくなる。それでも、王族からの申し入れを断ることはできない。アウブ・エーレンフェストにも葛藤があったでしょう。ローゼマイン様のお立場だけを考えていたあの頃と違って、今ならば少しは理解できる気がします。
「ローゼマインがアウブ・アレキサンドリアとなった春の終わり、私は父上から今後どうするのか尋ねられました。一年の猶予を終えたけれど、私はまだ明確な答えを出していませんでした」
すると、アウブ・エーレンフェストはヴィルフリート様に「ギーベになるように」と命じたそうです。
「ハンネローレ様がダンケルフェルガーの騎士達を率いて赴いたゲルラッハは、隣接するライゼガングと昔からそりの合わない土地でした。復興のためにライゼガング系の貴族を入れても、下の者が動かないのです。また、ギーベの館を修理したり、アレキサンドリアとの窓口になったり、領地の南側に目を光らせたりするために、領主候補生である私がギーベに任じられました」
ヴィルフリート様の説明を静かに聞いていたオルトヴィーン様が少し首を傾げました。
「領地の事情がある程度伏せられているから細かい部分がよくわからないが、領主候補生をギーベに任命した方が良いことはわかったよ。だが、その土地はヴィルフリートが成人するまで、あと一年以上も待てるのかい? 戦いで荒れた土地ならば成人した他の領主一族をギーベに任じた方が……」
「エーレンフェストには他に成人した領主一族がおらぬ。引退したボニファティウス様だけだが、領主会議などで父上が城を空ける際は代理を行っている。ギーベに任命できるお立場ではないのだ。それに、ボニファティウス様の家系はライゼガング系が強い。私が選ばれたのは、領主候補生の中で私が最も成人に近く、私の派閥がライゼガング系ではないことが大きいのだ」
たくさんの領主一族を抱えるドレヴァンヒェルやダンケルフェルガーとエーレンフェストは違うことを思い知らされます。ヴィルフリート様が成人と同時にギーベに就任しなければならないほど厳しいエーレンフェストの事情に眉を寄せました。
「同腹の弟妹と派閥が違うのかい? 珍しいな」
「私は祖母に育てられたから、母上の子の中で私だけ派閥が違うのだ」
「それは……」
オルトヴィーン様の驚きが混じった声に、わたくしも思わず頷きました。そのような育てられ方をすれば、同母の兄弟でありながら異母兄妹のような育ちになるではありませんか。ヴィルフリート様以外の子が母親の下で普通に育てられているのですから、母親が好んで我が子を手放したとは思えません。
……なんてひどいことを……。
口にこそ出しませんでしたが、わたくしはヴィルフリート様のおばあ様に対する怒りがわき上がってきました。
「他領からは神殿長職をローゼマインから引き継いだメルヒオールが次期アウブと目されています。お祈りによって加護の数の変化が出るとわかっていて、成人の頃にシュタープを得る世代です。シャルロッテがいくら頑張ったとしても、次期アウブはメルヒオールが一番有力だと私は思っています」
シャルロッテ様は女性ですし、一年生でシュタープを得ている世代です。メルヒオール様に比べると、圧倒的な不利は否めません。
「いずれにしても次期アウブを支える領主候補生は必要です。できれば、この先できるかもしれない第二夫人の子より、同腹の兄弟の方が色々な意味で安心できます。メルヒオールを支える領主一族として貴族街に残ることを考えると、私よりもシャルロッテの方が向いています。シャルロッテは補佐が得意ですし、同性の年上で派閥の違う私が残るより諍いが起こる確率は低いですから」
御自分がギーベになることで一番エーレンフェストが丸く収まるとヴィルフリート様はおっしゃいます。でも、それで本当にヴィルフリート様自身が納得しているのかどうか、今の笑顔からは読み取れません。
「ヴィルフリート、其方の予想が正しいとは限らぬ。貴族院で優秀な成績を収めている其方よりメルヒオール様の方が優秀に育つかどうかわからないではないか」
オルトヴィーン様の言葉にヴィルフリート様は何を思い出したのか、苦い笑みを浮かべながら首を横に振りました。
「いや、私の弟は優秀だ。本当に。……ローゼマインを目標にして必死に努力している。あの真剣さは私にはない。メルヒオールはこのまま育てば良い領主になれると思う」
ふぅ、と軽く息を吐いたヴィルフリート様がわたくしを見つめました。先程のはにかむような照れた顔はなく、様々なものを諦め、現実を受け入れた顔をしています。
「ハンネローレ様が領主候補生ではなく上級貴族の娘であれば、もしくは、メルヒオールやシャルロッテの立場を脅かすことがない下位領地の領主候補生であれば、私は喜んで貴女の手を取ったでしょう。せめて、ハンネローレ様のお気持ちを知ったのが一年前であれば、死に物狂いで次期アウブを望んだかもしれません。ですが、自分で選択できる一年は過ぎ、すでにアウブ・エーレンフェストの命令が下されました。ハンネローレ様は第一位になったダンケルフェルガーの領主候補生です。中領地のギーベに嫁げる方ではありません」
「……そうですね」
ランツェナーヴェの侵攻がなければ、ダンケルフェルガーが第一位になることもなく、わたくしが女神の化身の親友と知られる範囲も広くなかったでしょう。ゲルラッハの土地が荒らされることはなく、急いでギーベを任じる必要もなかったはずです。そういうエーレンフェストの普通の領主候補生の立場であれば、ヴィルフリート様は次期アウブを望んでくださったかもしれません。
……あまりにも間が悪いのではないでしょうか。
「ダンケルフェルガーの姫を次期アウブの第一夫人として娶ることは、これからのエーレンフェストのためになります。けれど、ギーベとなる私の妻にダンケルフェルガーの領主候補生は不要です。メルヒオールの第一夫人の立場が揺れ、余計な騒動の種になりますから」
……わたくし、エーレンフェストに騒動を持ち込むたいわけではないのです。
エーレンフェストを困らせたくはない。その気持ちに変わりはありません。わたくしはグッと奥歯を噛み締めました。わたくしをギーベになるヴィルフリート様の第一夫人にすることを望む者は、ダンケルフェルガーはもちろんエーレンフェストにもいないでしょう。
「ハンネローレ様、大変申し訳ありません。私はエーレンフェストの領主候補生です。今のエーレンフェストに不和や騒動の種を入れるつもりはありません」
ヴィルフリート様が次期アウブを望んでくださるならば、できる限りのお手伝いをしました。もし、エーレンフェストを捨ててダンケルフェルガーへの婿入りを望んでくださるならば、わたくしは全力を尽くして周囲を説得したでしょう。けれど、エーレンフェストの領主候補生としてギーベになることを固く決意していらっしゃるならばどうしようもありません。わたくしが嫁いだところで、どこにも利益を配ることができません。
「……そう、ですか」
どうなっていれば結ばれることがあったのか、ぐるぐると取り留めのない思考が頭を回ります。それと同時に、魔力が体の中を巡り始めました。
嫁盗りディッターに続いて、わたくしの存在は必要ないと二度も断られたせいでしょうか。それとも、ここ数日間、ずっとヴィルフリート様のことばかりを考えていたせいでしょうか。心に大きな穴が開いたような心地がして、そこから溢れ出すような勢いで体内の魔力が膨れ上がっていきます。
「……ハンネローレ様、大丈夫ですか?」
ケントリプスに声をかけられ、わたくしはコクリと頷きました。感情を荒げないようにして、魔力を抑え込んでいきます。ここで取り乱すことはできません。お守りのある手首を握る手に、わたくしは力を入れました。
「ハンネローレ様、側近達がそわそわとした様子でこちらを窺っています。今日は終わりにしましょう」
盗聴防止の魔術具を置いてオルトヴィーン様が立ち上がると、ヴィルフリート様も頷いて立ち上がりました。わたくしもケントリプスも盗聴防止の魔術具を置きます。
「時の女神 ドレッファングーアの本日の糸紡ぎに祈りと感謝を捧げましょう」
偶然とはいえ、大事なお話をすることができました。そんな思いを込めた挨拶の言葉に、何故かわたくしの手首のお守りが光り始めました。コルドゥラの作ってくれたドレッファングーアのお守りです。ドレッファングーアの記号が刻まれた魔石が光り、呆然と天井を見上げている内に、細い黄色の光が東屋の天井に魔法陣を描き出します。
「何だ、これは!?」
「何が起こっているのですか!?」
護衛騎士達が駆け込んでくるのと、カッと魔法陣が光るのはほぼ同時でした。その瞬間、わたくしは意識を失いました。
ヴィルフリートの返答は「NO」でした。
それを受け入れなければいけないことがわかっていても感情を乱してしまうハンネローレ。
溢れた魔力で描かれた魔法陣。
次は、ドレッファングーアの呼び声です。




