表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/53

迷いと決意

「そのように言われても、自分の気持ちが固まっていないのに求婚など容易くできることではありません。それに、他人に言われて行うことではないでしょう? たとえ婚約者候補でも、そこまでわたくしの気持ちに踏み込まないでくださいませ」


 わたくしが拒否すると、ケントリプスは驚いたように少し目を見張り、ものすごく困った顔になって、額を押さえました。


「失礼を承知で申し上げますが、ハンネローレ様は相変わらずのんびりというか、おっとりと構えていらっしゃいますね。こちらの懸念が全く伝わっていないようです」

「どういう意味でしょう?」

「ハンネローレ様、五年生は卒業式のエスコート役や将来の相手を考える大事な時期です。すでに婚約者が決まっている方も珍しくありません。ここまではさすがにご存じですよね?」


 洗礼式前の子供に対して噛んで含めるような口調で、あまりにも基本的なことを言われたため、わたくしは少し血の気が引きました。ケントリプスがそこまで確認しなければならないような大きな失点があったでしょうか。


「貴女は父親であるアウブから御自分で婚約者を選ぶように、と言われ、私とラザンタルクが婚約者候補として紹介されました。期限は領主会議まで、とされていますが、我々二人から選ぶ場合は私の卒業が正確な期限になります」


 冬の終わりにエスコート役も務めなかったにもかかわらず、春の終わりに婚約者として領主会議でツェントに申請すると、他者の目に非常に奇異に映ります。そのため、ケントリプスの卒業までに決められなかった時は、自動的にラザンタルクが婚約者になるのです。

 わたくしは「それくらいはわかっております」と先を促しました。


「ですが、ハンネローレ様は我々から選ぶのではなく、他領へ嫁ぐ道を模索しています。できれば、エーレンフェストへ嫁ぎたいと思っているでしょう?」


 否定できません。わたくしはダンケルフェルガーから出る道を模索しています。ですから、オルトヴィーン様の言葉を嬉しく思いましたし、ヴィルフリート様の反応のなさにガッカリしました。


「仮にオルトヴィーン様の想いを受け入れ、ドレヴァンヒェルへ出る場合、社交シーズン中にお互いの意見を擦り合わせ、コリンツダウムの申し入れをどのように退けるのか話し合わなければなりません。領地対抗戦までにお互いの両親を説得できるように根回しをし、アウブ・ダンケルフェルガーにハンネローレ様をドレヴァンヒェルへ嫁がせても良いと思わせることが必須条件です」


 お父様が決めた相手はケントリプスとラザンタルクです。意見を翻すための説得や根回しに失敗すれば、領主会議でラザンタルクとの婚約が自動的に決まります。期限はわたくしとオルトヴィーン様の卒業の年ではないと指摘されました。


 ……あら、予想外に時間がないようですね。


「また、ヴィルフリート様をお相手に想定した場合は、更に時間がありません。ハンネローレ様もご存じでしょう? ローゼマイン様と繋がりのあるエーレンフェストの領主候補生に婚姻のお話が殺到していることを……」


 エーレンフェストは今でこそ領地の順位を八位に上げていますが、ローゼマイン様が貴族院へ入るまでは十五位くらい、政変前は更に下位だった領地です。そのため、ローゼマイン様との関係を重視する上位の領地から、以前の領地順位とさほど変わらない下位の領地まで様々なところからお話があるとお父様に伺いました。


「次期アウブならば、将来自分が領主になった時に付き合いやすくて利があると考えられる領地の者を自分の意思で選ぶ余地がありますが、次期アウブではない領主候補生の婚姻はアウブの意向が最優先されます。おそらくヴィルフリート様もアウブからいくつかの候補を挙げられているでしょう」


 挙げられた候補の中から、自分に合う相手を探すように言われることは決して少なくはありません。ヴィルフリート様が次期アウブを退いたならば、ケントリプスの言葉通りになっているでしょう。


「社交シーズンにはお相手を決めるために皆が一斉に動き出しますが、先の領主会議でダンケルフェルガーはエーレンフェストへ申し入れをしていません。オルトヴィーン様が申し入れた時に反応がないことを考えても、ヴィルフリート様にとってハンネローレ様は候補にも入っていないと思われます」


 ……そのくらい、存じております。


 ケントリプスの言葉は正しいのでしょうが、グサリと胸を抉られた気分です。もう耳を塞いで、この場を立ち去りたい気分になってきました。


「貴女の気持ちが固まるまで、時の流れも周囲も待ってはくれません。想いを伝えたいと思った時にはヴィルフリート様がお相手を決めている可能性が高いです。そうなれば、貴女はどうしますか?」


 ヴィルフリート様がお相手を決めると言われて、目を伏せました。わたくしにとってはローゼマイン様がヴィルフリート様の婚約者だったからでしょう。ヴィルフリート様が他の方を婚約者に選ぶところが想像できません。


 ……でも、ヴィルフリート様がお相手を決めてしまったら?


 お相手が決まった後で気持ちを伝えると、領地の順位を笠に着たと思われ、様々な噂がされるでしょう。わたくしは上位領地の権力で割り込んで、場を混乱させるようなことは絶対にしたくありません。決まったということは、ヴィルフリート様も納得しているということですから。


「わたくしはとても自分の気持ちなど、伝えられないと思います」


 私の回答にケントリプスは「予想通りです」と頷きました。


「付け加えるならば、別に間が悪いのではなく、決断が遅くて気持ちを伝え損なっただけですが、ハンネローレ様はいつも通りに間が悪かったと嘆くと思われます」


 ……う。


「ヴィルフリート様と結ばれるためにはどうしなければならなかったのか、自分の何が悪かったのか、しばらく落ち込んで悩むでしょう。浮上してきた頃には社交シーズンが終わりに近付いていて、オルトヴィーン様と話をする時間もなくなっているはずです」


 ……うぅ。


「仕方なく我々から婚約者を選ぶことになった結果……心の準備をする時間が少しでも長くほしいのでラザンタルクにします、という流れになることは目に見えています」

「まるで見てきたように言うのは止めてくださいませ」


 急いでケントリプスの言葉を止めましたが、止めるだけです。否定はできません。ありありと目に浮かぶ未来の予想図でした。ケントリプスは出来が悪い子を見るような、仕方がなさそうな顔でわたくしを見下ろします。


「エーレンフェストやヴィルフリート様の事情云々は後回しにし、ハンネローレ様がエーレンフェストへ嫁ぎたいならば社交シーズン前に御自分の気持ちをヴィルフリート様に告げることが何よりも重要です。親同士で全く何のお話もない現状では、ひとまず、お相手候補に入れていただかなければ、何もしないうちに全てが終わります」


 真剣な目でそう言われ、わたくしは言葉に詰まりました。秘めていたい自分の気持ちに踏み込んでこられることが少し不愉快でしたが、ケントリプスは本当にわたくしの気持ちを大事にしてくれていることがわかったからです。


「何もしないうちに全てが終わってしまったとして、ハンネローレ様は納得できるのでしょうか? 何に関しても決断は遅いですし、周囲に流されているように見えますが、自分の最終決断は頑固に曲げないところがあるでしょう?」

「……ケントリプスは、わたくしの性格を読み過ぎだと思います」


 わたくしがむぅっとわかりやすく機嫌の悪い顔をすると、ケントリプスが苦い笑みを浮かべました。


「私は色々なハンネローレ様を見てきました。……ですから、実は、我々に距離を詰められることを疎ましく思っていることも存じています」


 軽く片方の眉を上げて茶化すような口調で言っていますが、その内容はとても笑えるようなものではありません。


「疎ましくなんて……。そこまでは思っていません」


 ……今は、ですけれど。


 わたくしが否定すると、ケントリプスは「おや、そうですか?」と面白がるような表情になりました。


「アウブから婚約者候補として我々が紹介された時、すごく嫌な顔をしたではありませんか」

「他領へ嫁ぐと思っていたので、領地内での婚姻話に驚いただけですよ」


 ……それほど嫌な顔はしていないと思います。コルドゥラにもお母様にも何も言われませんでしたもの。


「他の者には戸惑っているように見えたかもしれませんが、レスティラウト様に意地悪された時の表情と同じでした」


 わたくしは思わず自分の頬を押さえてしまいました。気が進まなくて嫌だとは思っていましたが、それが相手に伝わっていると思っていなかったのです。気まずい気分でケントリプスを見上げると、ふぅ、と微かな吐息が落ちてきました。


「図星ですね?」


 ……確信を持たれてしまいました。わたくし、こんなはずでは……。


 オロオロとするわたくしを宥めるように、ケントリプスが「すでにわかっていたことですから、落ち着いてください」と諦観の籠もった笑み浮かべました。


「だから、私は何度も言っているのです。急がなければ我々のどちらかと星を結ぶことになります、と。お嫌でしょう?」


 ケントリプスはわたくしの手を取り、話は終わりだというように盗聴防止の魔術具を返そうとします。わたくしは咄嗟に手を握り込んで返却を拒否すると、ケントリプスの不思議そうな顔を軽く睨みました。


「ディッターのことしか頭にないダンケルフェルガーに留まることを気鬱に思いましたし、星結び自体をあまり身近なことだと考えられないだけで、わたくし、今はケントリプス達が嫌いなわけではありませんから」


 呆然としているケントリプスに小さな勝利感を覚えながら盗聴防止の魔術具を取り上げると、わたくしは「コルドゥラ、話は終わりです。行きましょう」と会議室を後にしました。


「姫様、ケントリプスと一体どのような話をしたのですか? 最終的にはずいぶんと清々しいお顔をしていらっしゃいましたが……」


 自室に戻るとすぐにコルドゥラがそう尋ねてきました。わたくしは側近達がお茶会の後片付けを終えた報告を聞いた後で向き合います。


「わたくしと周囲の現状について、ですね。色々と認識が甘く、現状が見えていないことを指摘されました」


 ヴィルフリート様に気持ちを伝え、嫁入りできるように早く行動しろと後押しされた、とは詳しくは報告しにくくて、わたくしはできるだけ言葉を濁します。コルドゥラは呆れたように溜息を吐きました。


「せっかく二人で話をする機会を作ってあげたというのに、そのような当たり前のことを話していたのですか? もう少し甘い言葉をかけて求婚すれば良いのにケントリプスは一体何をしているのでしょう?」

「コルドゥラ、当たり前のこと、とはわたくしに対してあまりにもひどすぎませんか?」


 主に対して言うことではないと思います。わたくしが抗議すると、コルドゥラは「申し訳ございません」と口だけの謝罪を述べ、そっと溜息を吐きました。


「ですが、あまりにも周囲を見ていない姫様を見ていると、歯痒く思えるところが多々ございますよ。……どちらを選ぶか、お心は決まったのですか?」


 どちらどころか、あれだけ後押しされてもヴィルフリート様に気持ちを伝えるかどうかを決めかねているくらいです。わたくしは首を横に振りました。


「……まだです。そう簡単には決められません。ケントリプスに指摘されたように、わたくしの性分なのでしょうね。期限が来ても自分では決められず、自動的にラザンタルクに決定するだろうと言われました」

「それを避けてほしいからケントリプスは注意したのでしょう? できれば姫様には御自分の将来をよく見つめ、御自分で選択していただきたいと存じます」


 コルドゥラは静かにそう言いながら、お茶を淹れ、暖炉の火を調整すると、わたくしに考える時間を作るように側近達と共にその場を退きました。


 扉の前の護衛騎士を残して側近達が側仕えの控え室に下がると、人の気配が一気に消えて周囲がシンとした静寂に包まれます。途端に室温が下がったような気がして、わたくしは暖炉の前へ移動して椅子に座り、揺らめく炎を見つめながら湯気の立つカップに口を付けました。コクリと一口飲めば、熱いお茶が喉を通って冷たくなっていた体をじんわりと温めてくれるのがわかります。


 ……「今すぐに動け」と言われても困るのですよ。


 領主候補生の星結びは自領に利をもたらすために行われます。アウブが決めて整えることです。ダンケルフェルガーにおいて、求婚は自分の想う者と添い遂げるために行われますが、相手に婚姻を受け入れてもらうための手段です。相手に受け入れられても、最終的には家長やアウブなど、結婚の許可を出す者に認めさせる必要があります。


 ケントリプスはマグダレーナ様の求婚を例に出しましたが、わたくしとあの方では状況が全く違います。マグダレーナ様の婚姻は確かにアウブの意思に反して御自分でまとめてきたものですけれど、明確にダンケルフェルガーにとっての利があったのです。


 長く続く政変に終止符を打ち、後の世の中でダンケルフェルガーが勝利をもたらした領地として厚遇されるように王族に働きかけることができました。マグダレーナ様の暴走とはいえ、結婚に至ったのは下位領地の領主候補生を婿に取るより利があるとアウブが判断した結果なのです。


 それに、王族であるトラオクヴァール様がマグダレーナ様からの求婚に利を見出したり、情に絆されたりすれば、王族からの申し出をアウブが断ることはできません。けれど、エーレンフェストが相手ならば、断ることは簡単です。わたくしが求婚するとしても、マグダレーナ様の求婚と同じようにしても絶対に上手くはいかないでしょう。


 ……利が足りません。


 もし、お父様が本気でエーレンフェストとの関係を望んでいらっしゃるならば、嫁盗りディッターのことや先の戦いで助力したことをちらつかせながらアウブとお話をしたはずです。ヴィルフリート様が次期アウブだと確定していて、わたくしの求婚が成功したならば、エーレンフェストとアレキサンドリア、両方の関係を保つために結婚は比較的容易に許されたかもしれません。


 けれど、お父様はローゼマイン様の親友として遇されるわたくしをダンケルフェルガーに留めることが最善と判断しました。アレキサンドリアを重視していても、現時点でエーレンフェストを重視していないのだと考えられます。そのような現状ではわたくしがヴィルフリート様に想いを伝えたところで、お父様を説得するのは不可能でしょう。


 ……最初から無理な話なのです。


 求婚が成功したところで、お父様と説得できないという結論に達した瞬間、身体中の力が抜けました。肩が落ちて、知らずに溜息が出てきます。


 ……そもそも、わたくしはヴィルフリート様と結婚したいのでしょうか?……好ましく思っていることに間違いはないのですけれど……。


 時間がないと追い立てられ、嫁盗りディッターで手を取ったのだから嫁ぎたいと考えているのだろうと言われています。あの時、手を取ったのは事実ですし、望まれているならば嫁ぎたいと思いました。けれど、ただ一人の命を救うためにダンケルフェルガーを巻き込んでアーレンスバッハの礎を得たローゼマイン様や、他国の侵略を蹴散らし、中央や王族を相手に策を弄し、ローゼマインを情熱的にかき口説いて婚約者に収まったフェルディナンド様のような激しさはないのです。


 大領地からの輿入れで大変だったというエーレンフェストの事情や次期アウブを望んでいないヴィルフリート様の話を聞いて尚、求婚を推し進めて両親やアウブ・エーレンフェスト達を説得して回るような強い感情が自分にあるでしょうか。


 ……恋物語のような激しい感情ではありませんもの。わたくしの場合はきっと恋ではないのです。


 わたくしはカタリとカップを置いて立ち上がりました。窓の外を見れば、雪が降り始めているのが見えます。ゲドゥルリーヒを全て覆い隠してしまうエーヴィリーベのような想いが自分の中にあるとはとても思えません。わたくしのヴィルフリート様に対する想いは、こちらを向いてくれると何となく嬉しいとか、お話をしているとホッとするとか、反応がないと寂しくなるとか……もっと淡くてぼんやりとしたものなのです。


 わたくしは書箱からエーレンフェストの恋物語を手に取りました。暖炉の前に戻って椅子に座り、パラリと本を開きます。


「全ての命の母にして豊かな実りをもたらす広く皓々たるゲドゥルリーヒよ。フリュートレーネに愛されて萌え出ずる緑をまとい、青い空から見下ろすライデンシャフトから力と熱を与えられ、強固なシュツェーリアの盾に守られる麗しの妹神。全てを導く光に照らされ、全てを包み込む闇に覆われた愛娘。普遍に続く約束された営みの中、エーヴィリーベは再び巡り会える冬を待ち焦がれ、シュツェーリアの盾を削り続けています。シュツェーリアの夜の訪れを何よりも心待ちにする者は、何よりも白く冷たい衣にも手を伸べて全てを受け入れる慈愛の女神を望んでいます。神々の守りと御力による万象の美しさを知りながら、全てを雪と氷で覆い尽くすことをどうか許してほしいのです……」


 このように甘く口説かれる恋物語は何度でも読みたくなるようなときめきを感じるのですけれど、この物語のようにただ一人を求め、お父様が決めた婚約者候補を退け、ダンケルフェルガーとエーレンフェストを混乱に落とし込んだとしても求婚を強行して星結びを望むほど自分の想いが強いのかと尋ねられると、そこまで激しいものではない気がしてきました。


 ……わたくしの想いはそれほど激しいものではないのですから、最初から諦めた方が周囲に迷惑をかけずに済みますよね。


 自分の気持ちも領地の利も何も見えないわたくしにはとても求婚などできません。自分の気持ちにそっと鍵をかけることにしました。




 儘ならない現実を確認しただけで一人の時間は終わってしまい、夕食の時間になりました。考え込んだ時間が長かったせいか、自分で出した答えが不満なのか、抑えようとしている感情が抑えきれていないのか、何だか頭がぼぉっとしてモヤモヤとした気分が胸に渦巻いているような心地がします。

 食欲がないまま食堂へ向かうと、ラザンタルクが早足で近付いてきました。


「ハンネローレ様、ケントリプスと話をする時間を取ったのですから、どうか私にも二人で話をする時間をください!」


 興奮気味にやや顔を赤くして言っていますが、今はとてもそんな気分になれません。わたくしは首を横に振りながらコルドゥラが引いた椅子に座ります。


「わたくし、今はとても大事なことを考えているので、後日にしてくださいませ」

「その大事なことに私との会話も入れてほしいのです!」


 断られても引き下がらないラザンタルクに周囲の視線が集まります。注目を集め、どうにもいたたまれない気持ちになった時、ケントリプスが呆れた顔で近付いてきました。


「ラザンタルク、ハンネローレ様を困らせるものではないぞ」

「一人だけお話をする時間を得たくせに最初から諦めている其方は黙っていてくれないか?」


 ラザンタルクの声が大きい上にケントリプスに対して喧嘩腰の態度を取っているせいか、注目は集まるばかりです。わたくしが仲裁しようとしたところで、コルドゥラがわたくしの肩を軽く押さえ、ラザンタルク達の間に入りました。


「ラザンタルク、姫様は本日ローゼマイン様とのお茶会があったのですよ。それを二人の喧嘩で切り上げることになり、仲裁をなさいました。お疲れになっていることは見ればわかるでしょう? それに、貴方は謹慎が終わらなければ自由時間がありません。お話し合いは後日になさいませ」


 コルドゥラに叱責されたラザンタルクは反論したくてもできないような顔で口を少し開け閉めし、言い足りないような顔を見せた後、おとなしく引き下がりました。

 ラザンタルクとの話し合いを引き延ばせたことに少しだけ安堵しつつ、わたくしは自分の頬を少し押さえて、表情を取り繕います。コルドゥラが「疲れているのは見ればわかる」と言ったということは、気を付けなければ不快感が顔に出すぎているのでしょう。


 食事が始まると、すぐに皆の意識は食事に向かいます。ゼレールネのサラダを食べながら周囲の様子を窺いますが、いつまでもこちらの様子を気にしている者はいません。ホッとしたら少し食が進むようになりました。わたくしは温かそうな湯気が出ているボーネルビスのスープを口に運びました。少し甘みのあるトロリとしたスープはわたくしのお気に入りです。ぐったりとした疲労感を覚える自分の体に、まるで癒やしの魔術のように優しい甘みが広がっていきます。


「ハンネローレ様。少し伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 こちらの様子を窺いながらアンドレアがおずおずと質問を切り出しました。わたくしが頷いて先を促すと、緊張が解けたような表情になって口を開きます。


「ローゼマイン様がクラリッサのことをどのように思っているかご存じですか? その、浮かれて失敗続きで呆れられているとか、長々とした賛辞を述べすぎて疎まれているといったことはございませんか?」


 アンドレアとクラリッサはそれほど仲良しという関係ではなかったはずです。わたくしはどうしてアンドレアがそのようなことを気にするのか不思議に思いながら「クラリッサはいつも生き生きと楽しそうにローゼマイン様にお仕えしているようですよ」と答えました。


「あのクラリッサですから心配でしたが、ダンケルフェルガーの者を不快に思うことはないようで安心いたしました」

「あら、もしかしてどなたかがアレキサンドリアの方との縁組みを望んでいるのですか?」

「友人のヘルルーガです。彼女は中級貴族なので、文官見習いのローデリヒ様かフェルディナンド様の側近であるライムント様と縁を結びたいと考えているようです。ライムント様は最終学年ですから、もうお相手が決まっているかもしれませんが……」


 ヘルルーガの姉は確かクラリッサと仲の良い友人だったはずです。姉の伝手を使って、クラリッサに後援を頼みたいのでしょう。納得していると、アンドレアが「できれば、わたくしもローゼマイン様かフェルディナンド様の側近とお近付きになりたいです」と言い出しました。初耳です。


「アンドレアはアレキサンドリアに嫁ぎたいのですか?」

「ローゼマイン様とハンネローレ様の友情に貢献できる者が必要だとアウブからローゼマイン様かフェルディナンド様の側近と縁を結ぶことを推奨されました。自分で選べることは嬉しいのですけれど、ローゼマイン様の側近は中級貴族と下級貴族が多く、上級貴族のわたくしには良いお相手が見当たらないのです。先にアレキサンドリアへ嫁いだクラリッサが上手く縁を繋いでくれるとありがたいのですけれど……」


 お父様はわたくしがダンケルフェルガーに残ることを前提に、側近にも縁談相手を勧めているようです。結婚相手はお父様が決めることなので、それを前提にするのは当然なのですけれど、何だか周囲を高い壁で囲まれているようなとても息苦しい気分になってきました。けれど、父親が一方的に決める相手ではなく、アウブの条件に沿う範囲ならば自分で相手を選べることを喜んでいるアンドレアにそんなことを言うことはできません。


「良いお相手が見つかると良いですね」

「はい。今すぐに、ではなくても、旧アーレンスバッハからも側近を取り立てると思うのです。ですから、そちらで上級貴族が選ばれることを願っています」


 アンドレアが笑顔で頷くと、今度はルイポルトがわずかに身を乗り出しました。


「ハンネローレ様、今年も本の貸し借りをするためにエーレンフェストとお茶会の予定があると思うのですが、その際、エドゥアルトを推薦してやっていただけませんか? 彼はエーレンフェストと縁を結ぶことを望んでいます」


 恋する相手がいるわけではなく、ヴィルフリート様かシャルロッテ様に相応しい相手がいないか尋ねてほしいと言われ、わたくしの喉がコクリと鳴りました。


「……今のお話の流れでそのような頼み事が出てくるということは、もしかして、お父様がエーレンフェストとも縁を結ぶように言っているのですか?」


 お父様はエーレンフェストを重視していないはずです。そのようなことを言うはずがない、と思いながら尋ねると、ルイポルトはニコリと笑って頷きました。


「はい。領主会議に神殿長の衣装で出席されたエーレンフェストの領主候補生とルングターゼ様を娶せられないか考えていらっしゃるようです。そのためにもダンケルフェルガーの者をエーレンフェストと縁付かせたいのではないでしょうか」


 頭が真っ白になりました。ダンケルフェルガーからエーレンフェストに領主候補生を嫁がせたいと考えているならば、お父様がエーレンフェストを重視していないと思ったわたくしが間違えていたのでしょうか。


 ……ダンケルフェルガーの領主候補生がエーレンフェストへ嫁ぐ道があるならば、ルングターゼではなくわたくしでも良いではありませんか。


 どうにも手の打ちようがないために諦めるべきだと押さえ込んでいた心の鍵が弾け飛ぶ音が聞こえました。

予告詐欺になりました。

いくら説得しても全く動いてくれない頑固なお姫様ハンネローレ。

やっと動く気になってくれたようです。


次は、求婚です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
急成長のエーレンフェストと縁づきたいところがたくさんあるのは知ってるはずなのに、 ハンネローレ、あまりにも上位領地の領主候補としてダメダメすぎじゃないかい?
ヴィルフリートが将来性も能力差も高くないってことはないんじゃないかな、ローザマインと同じ年の優秀者だし、ドラファンヒルの領主候補生と次席を争ってる感じがあったから、他の学年だったら最優秀取れてたかもく…
ハンネの状況がガブリエーレとかなり似てるな。 優しくされた領主候補生に惚れて、エーレンフェストの状況をほとんど知らないままに嫁入りしようとしている大領地の姫。 これはもしエーレンフェストに知られたらラ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ