どちらが先に天に召されても
去年、今年と両親が死んだ。
親戚など周りからは、追いかけるようにいなくなるなんて、仲が良かったんだねって言われたけど。
一通り葬儀などを終わらせた後、ふと思う。
次は避けられない、僕達夫婦の番だ。
そう思うと悩みが止まらない。
僕が先に死んだら、妻はどうなるだろう。
妻が先に死んだら、僕はどうなるだろう。
どちらが先に天に召されても、残った方が悲しみに明け暮れる人生を歩む事は良くないと思う。
妻が先にいったら、今の僕では残りの人生、どう過ごすか想像がつかない。後を追う事は許してくれないだろうから、悲しみながら、ちょっとずつ年を取っていくんだろう。
じゃあ、後悔がないように2人で歩んでいく事が理想だろうけど、何をすればいいのか。
毎日愛を語ればいいのか。
色々な所へ旅をして、思い出を重ねればいいのか。
他になにができるのか。
愛が聞こえない毎日は寂しくないだろうか。
思い出の場所を見るたび、悲しくなるんじゃないだろうか。
日常を大切にするだけでいいのか。
そんな事を考えていたけど、やっぱり答えは出ない。
全然悲しんでくれなかったら、もっと寂しいけど、きっと悲しんでくれると信じてるから。
そんな事をモヤモヤ考えていたある夜、枕元に神様が立っていた。
「あなたは?」
「ワシはこの辺一帯の神じゃ」
「ははぁ。神様が私にどのような」
「大体知っておる。今から死んだ事を悩むなど、まだまだ若いのに時間がもったいないぞ」
「でも、気になるんです」
「うーむ、しょうがない奴じゃ。だったらこうしてやる。5年後、15年後、30年後、それぞれお前が死んだ時に嫁さんがどうなるか、見せてやる。それで納得したらどうじゃ」
「その後しばらくしても、奥さんがどうなるか心配なんですが」
「どこまで心配性なんじゃ、わかった。見せよう」
「ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げる。
「じゃまず、5年後じゃ。お前は交通事故で死ぬ」
神様と僕の間に窓が現れる。
開かれると、そこには奥さんが病室で立っていた。
「えっ。死んじゃ嫌です。まだまだやりたい事が」
「だから、もしも、じゃ。心配せんでも、この死に方にはならん」
「じゃどんな死に方を?」
「それは教えてはならん事になっとる」
「はあ、そうですか」
「ええい、集中して見んかい!!」
怒られて慌てて窓を覗いた。
奥さんは僕の横たわるベッドの側で立ってた。
「何でこんな事になるのよ!? 目を開けてよ、ねえ!!ねえ!!」
冷たい身体にすがりついて、号泣している。
僕は窓の外側でハラハラしてる。
加害者側から、莫大な賠償金が払われた。
奥さんは、そんな金にロクに手をつけず、抜け殻のようになっている。
「辛そうだなぁ、側にいてあげたいなぁ」
「お前が見たいと言ったんじゃ。感情移入しすぎじゃよ」
ため息混じりに言葉を繋ぐ。
「残念ながら死はどんな形で訪れるかわからん。5年後ならこんな感じじゃ。このまま10年後まで進めよう」
「おぐぢゃん。おぐぢゃん」
「泣くでない。物語の1つだと思ってくれんかのう。やりづらいわい」
ベロベロ泣く僕の前で窓の景色が変わった。
「さらに10年後じゃ」
奥さんは再婚していた。
抜け殻のようになっていた生活で、ある男が心配し、助け、支えていた。
その気持ちが通ってか、奥さんは僕の奥さんじゃ無くなっている。
日常の笑顔の陰で、時おり見せる寂しげな表情が見えるだけで。
「おぐぢゃん、よがっだ。1人じゃない。ざみじぞうだけど、時間がかいげづじでぐれるよう」
「どっちでも泣くんかい。疲れるのう」
そういいながら窓を閉めた。
「大体、わかったじゃろう。次は15年後じゃ」
「ごうづうじごは、もうやでずぅ」
「大丈夫じゃ。次は病死じゃ。だから泣き止め」
「はいぃ・・・」
窓が開くと、今度は違う病室だった。
医者と機械に囲まれているけど、機械はもう、動いてない。
「22時05分、ご臨終です」
そっと医者が言い、そっと退室する。
「頑張ったねえ・・・」
ぽつっと、奥さんが呟いた。
「子供たちは間に合わなかったけど、頑張ってるんだからいいって我慢して」
「もうすぐ来るから、一緒にお別れしようか・・・」
次の言葉は泣き声に変わった。
「最後に行った焼肉、美味しかったねぇ。軽井沢、その日だけ人が沢山いて、疲れたねえ」
「いつも楽しませてくれてありがとう。笑わせてくれてありがとう」
「あんなに苦しむなら変わってあげたかった。せめて、せめて苦しみを分けてもらえたら・・・」
そのまま映像はフェードアウトしていく。
「ありがどう、おぐぢゃん・・・幸せだようぅ」
「良かった、のかのう」
「寂しい思いをさせているようですが、1つの形だと思うのですが」
「確かに、そうじゃ。ま、20年後を見ようかの」
窓の中が明るくなった。
僕と奥さんの家。
1人で朝起きて、仏壇に手を合わせ、お新香をボリボリ。1人で散歩して、お昼を食べて、昼寝する。
掃除をして、夜になり、テレビを観て、寝る。
「普通に過ごしてますね」
「そうかの、よく見てみるのじゃ」
僕はじっと観察した。
次の日。
1人で朝起きて、仏壇に手を合わせ、お新香をボリボリ。1人で散歩して、お昼を食べて、昼寝する。
掃除をして、夜になり、テレビを観て、寝る。
その次の日
1人で朝起きて、仏壇に手を合わせ、お新香をボリボリ。1人で散歩して、お昼を食べて、昼寝する。
掃除をして、夜になり、テレビを観て、寝る。
毎日同じだ。
変わらなさすぎる。
「毎日同じ事しかしてない。後、一言も喋らない」
「そうじゃな。子供たちは遠くにいるようじゃの。一応、心配はしてくれとるようだが」
確かにたまに電話があって、その時は嬉しそうだ。
でも、それが終わると、元に戻る。
「なんというか、正気がないですね。5年後より深刻だな」
「どう捉えるかは任せるが、そうとも言えるのう」
そう話していると、タイミングを測ったかのように箸を止めた。
「私、なにしてるんだろ・・・」
ポツリと呟いた。そしてまた元に戻る。
「つらいですね」
「奥さんは、このまま生を全うするのう」
「何も残せなかったんでしょうか」
「そうは言わん。ただ、何か足りなかったのか・・・どうじゃろうな」
「足りない、ですか」
「この辺りは難しい。ワシらも判断しづらいんじゃ」
神様も目を伏せた。
窓が静かに閉じた。
「さ、最後じゃ。30年後を見ようかの」
窓が開いた。
また病室だった。
皺くちゃの奥さんが僕のベッドの横にいる。
「今度はなんですか」
「病死じゃ。ただ、前より安らかじゃな」
僕の痩せた体の呼吸が、静かに終わった。
医者が一言
「5時25分、ご臨終です」
そう穏やかに言って退室していく。
奥さんはじーっと抜け殻の僕を見ている。
「楽しかったですねぇ」
僕の手を大切に握って、ぽん、ぽん。
「毎日、あなたの顔を見て、過ごす事がこんなに幸せだったなんて」
僕の頬をそっと撫でて。
「普通の日も、大変だった日も、沢山、あなたから貰って」
おでこを手のひらでスリスリ。
新婚の頃、よくじゃれてる時にやってた仕草。
「ありがとう。本当にあなたといて良かった。すぐ向かいますから。もう少し土産話をお持ちしますね」
上を仰いだ僕の奥さんに曇りはない。
「・・・」
「さぁ、そろそろ行くかの」
「はい・・・」
僕はおじいさんになってた。
このお願いは、僕が昇る前に神様にお願いしたビジョン。
「僕も幸せだったよ、僕の一生に君がいた事、本当に感謝してるよ」
そう言って、僕も奥さんのおでこを手のひらでスリスリ。
ーー結局、どちらが先に天に召されても・・・。
「久しぶりに気分がええのう」
神様も自分のおでこをスリスリして、僕を連れて行った。
いかがだったでしょうか。
我ながら、いい感じだと思ってます。
例え評価がつかずとも。
よく書けた。俺。