1-9 報酬
ヒュザロには今、何が起きているのか分からなかった。
戦場を監視する者からのサイクロプスが倒されたという報告とともに、奴隷達からはそれらとの結合が切れたとの報告が相次いでいるのだ。
結合が切れる条件は、操っている者か操られているモンスターの死、または結合を切断できるほどの意識をモンスター側に呼び起こさせること。これには痛みが最も効果的であった。
ワ―グやナイトバットならば分かる。激痛を伴う一撃を喰らうことや、それによって死ぬことも考えられるだろう。
しかし、サイクロプスは違う。かのモンスターは人間を含む地上の生物においてほぼ最強の存在。しかも、ヒュザロ達が専用に作った武器も持っている。
ただ、それが無敵ではないこともヒュザロは理解していた。例え地上最強の生物であろうとも、時間を掛ければ倒されることもあるだろう。実際、今回の戦闘でもサイクロプスの数は徐々にではあるが減っていった。
これは、予測していたことである。
だがつい先ほど、ほとんど一瞬で10体以上のサイクロプスが死んだのだ。
ヒュザロはそんなことができる存在を知らない。そう、唯一人を除いて。
「英雄・・・グレン・・・?」
ヒュザロは遂に理解した。アンバット国に伝わったグレンの武勇伝が事実だということを。
そして恐怖した、もはやこの戦争に自分たちの勝機などないことに。
恐怖にかられ、足早に歩き出す。指示を仰いでくる部下たちの声など、もはや耳に入っていなかった。
(逃げなければ!逃げなければ!生きてここから逃げ延びなければ!)
そんな彼の耳に、幹部たちの驚愕した声が聞こえる。一抹の不安に駆られ振り向いたヒュザロは、先ほど『望遠』で見た戦士の姿をその目に捉えた。
グレンである。
「聞け!アンバット国の者たちよ!」
発せられた大声はその場にいる全ての者を怯ませた。
聞く聞かないを問わず、何者も口を挟めない。
「首謀者を教えろ!そうすれば他の者の命までは取らん!」
続いてそう言われ、言葉を発しこそしなかったが、誰もがヒュザロに視線を向ける。1人で逃げようとしていた首謀者は、完全に孤立していた。
(馬鹿どもが!!)
そんな自分を庇おうともしない部下達に、ヒュザロは激昂する。けれども声が出なかったのは、睨むグレンが恐ろしいからだろうか。
「なるほど、お前か」
その恐怖の権化が、自身を捉える。その1歩1歩がヒュザロにとって、サイクロプスの一撃よりも恐ろしいものに感じられた。
「フィ、『恐怖の玉』!」
ヒュザロは腰に差していた小さな杖を取り出し、グレンに向けて闇色の魔弾を放つ。
7級魔法『恐怖の玉』は対象に損傷を与えるだけでなく、その心に恐怖心を植え付けることができる攻撃魔法であった。
威力は低いが、その分魔力形成に掛かる時間も少ない。ヒュザロほどの実力者ならば、詠唱即発動ができた。
「『恐怖の玉』!『恐怖の玉』!『恐怖の玉』!」
ヒュザロはグレンに向けて魔法を何度も打ち込む。しかし止まる気配はなく、ついには目の前にまで迫られてしまった。
「『恐怖――」
それでも攻撃を止めないヒュザロの杖を、グレンは右腕ごと縦に切り裂く。
「ぎ――」
ヒュザロがその痛みを知覚するよりも先に、続いて右耳が斬り落とされた。
「む・・・!」
「ぎあああああああああああああああああっっっ!!」
グレンの「しまった」という声と、ヒュザロの悲鳴が重なる。
彼が失態を演じたと思ったのには、当然ながら理由があった。
(能力を解除するのを忘れていたな・・・)
グレン愛用の大太刀『二刀一刃』は、相手に加えた攻撃を、その対象の別の部位に同じ威力でもう一度与えるという能力を持つ。つまり、一度の攻撃で二撃分の損傷を相手に与えることができるのだ。
これは魔法道具としては珍しく、能力の発動と未発動の切り替えができた。
二撃目の発生する箇所が完全に無作為なため普段は切っているが、先ほどモンスターを殲滅する際には打ち漏らさないよう能力を発動させていた。そして今回もヒュザロの右腕を切り、それと同等の損傷が右耳に発生したのだ。
けれども、これはグレンにとって失敗であった。なぜならば彼は、今回の戦争を仕掛けたアンバット国の首謀者は甚振って殺すと決めていたからである。
これは別にグレンにそういう嗜好があるわけではなく、そうすることがリィスを含む奴隷たちへのせめてもの慰めになるのではないか、と考えたからであった。ナクーリアからここまでに来る道中で出した結論である。
そして運が良いのか悪いのか、ヒュザロは健在であった。
「ぐっ・・!き、貴様あああああ!よくも、よくもこんな真似をおおおおお!!」
今度は突きつけてきたヒュザロの左人差し指を斬り落とす。『二刀一刃』の能力は切ってあった。
「――つっ!」
先程とは違い、ヒュザロは悲鳴を上げない。グレンの目的を嬲って楽しむことだと勘違いしたためであり、みすみす喜ばせるような真似はしたくなかった。
「く・・・はは!英雄グレンが聞いて呆れる!単なる快楽殺人者ではないか!」
そのような台詞には何の価値もないとグレンは思う。死に瀕した者は、例え心にもないことだとしても平気で口にする。そう結論付けていたためであった。
「黙れ」
しかし、今の彼にはそれが堪らなく耳障りであった。自分のことを英雄と呼び慕ってくれる者を侮辱された気がしたのだ。
その言葉に威圧され、ヒュザロは狂ったように叫ぶ。
「ぐっ・・・!お前さえ・・・!お前さえいなければ・・・・!この戦い、勝っていた!」
単なる負け惜しみか本心か。その言葉にグレンは返す。
「それはない。確かに苦戦はするだろうが、結果的にはこちらの勝利で終わる。俺が居ようが居まいが関係なくな」
そう言って、王国の英雄はヒュザロの虚勢を断ち切った。
「私は・・・!私は、国のためを思って・・・!」
「そうか。しかし、真に思うべきは民のことだったとは思うがな」
それを最後に、グレンはヒュザロの首を刎ねる。まだ何か言いたそうな感じではあったが、いい加減面倒臭くなったため終わらせた。
そしてヒュザロの首が地に落ちたことを合図に、他の幹部が動き出す。ゆっくりと、グレンを刺激しないように。
しかし、そんな彼らにもグレンの刀は煌めいた。一瞬にして、1人の幹部の首が飛ぶ。
「な・・・何故だ!?さっき、見逃してくれると・・・・!」
慌てふためく幹部の1人が叫んだ。
「嘘に決まっているだろう?」
当たり前のことを言うようにグレンは返す。
自国民を苦しめ、王国に牙剥く連中を見過ごすわけがない。そんな事すら分からない者たちに、グレンは呆れることすらしなかった。
けれどもヒュザロの時とは異なり甚振る気はなかったため、全ての幹部連中を一刀のもと斬り伏せる。
敵の全滅を確認すると、グレンはその場にいた奴隷達に近付いていった。見れば数が少なく、あれほどのワ―グやナイトバットを操るには到底足りないと思われる。
そこで、他の奴隷の居場所を聞いてみる事にした。完全に怯えきっていたが、その中の比較的年老いた男に声を掛ける。
「安心してくれ。君たちには何もしない」
優しい声色を意識したつもりであったが、先程の会話を聞いていた奴隷はその言葉を信じようとせず、ただただ震えるばかりであった。誤解も解けそうにないため、仕方なく聞くだけ聞いてみる。
「他の者がどこにいるか教えて欲しい」
怯えた男はグレンの方を見ようともしなかったが、奴隷の性か、ゆっくりとある方向を指差した。どうやらそちら側に彼らの同胞がいるようだ。
「あちらか。感謝する」
そう言って歩き始めたグレンであったが、実を言うと違和感を覚えてもいた。奴隷が指差した方角には、そのような気配など微塵も感じなかったからである。
しかし考えても埒が明かないため、とりあえず向かってみることにした。
そして、その理由を目にする。
先ほど奴隷の1人に教えられた場所、そこには3体のオーガが立ち尽くしていたのだ。リィスの操るサイクロプスに滅ぼされた巣の生き残りか、それらがその場にいた数百にも上る奴隷を皆殺しにしたようである。
服装から察するに幹部の者と思しき死体も転がっており、やや遠方を見ると不自然に爆発したような死体もあった。おそらく、オーガの登場に恐れをなして逃げた奴隷が「術者から逃げた」と認識した呪術印によって内側から破壊させられたのだろう。
「すまないな。俺がもっと早く奴を殺せていれば」
言ってから、グレンはオーガを見る。「オーガは見つけ次第殺す」を信条にしていた彼ではあったが、その魔物達がどこか空しそうな雰囲気を帯びていたため見逃すことにした。仲間を殺された恨みを晴らしたためであろうか、ぴくりとも動かない。
そんな魔物に背を向け、グレンは生き残った奴隷たちのもとへと歩き出す。
(あの者たちはどうするべきか・・・)
そう考えはしたが、自分には適した答えなど出せないと諦め、アルベルトに任せることにした。
そして、『紅蓮の戦鎧』を解除する。もはや戦うべき敵はおらず、救える者は救った。
「・・・帰るか」
グレンは向かう。自分の帰りを待ってくれている者のもとへ。
フォートレス王国が戦争に勝利したことは、一早く国中に伝えられた。
しかしナクーリア市民以外には寝耳に水の出来事であり、多くの者が驚愕する事態となる。つまり、今回の戦争はフォートレス王国民のほとんどにとって、その程度のことであったのだ。
騎士団の被害もグレンの参戦によって軽微なものとなっていたが、特に奇跡的だったのが死亡者がいないということである。モンスターを操っていたのが人殺しに慣れていない奴隷ということと、シャルメティエの奮闘、そしてグレンの『英雄の咆哮』が上手いこと噛み合った結果であった。
その圧勝とも言うべき戦果に王都ナクーリアは沸いていた。街は賑わい、人々は声高に称える。フォートレス王国を、騎士団を、そして英雄グレンを。
そんな彼は今、三度勇士管理局の待合室にいた。
エクセが呼んでいると、護衛兵のユーキに教えられたのだ。家にいても貴族や市民が押し寄せてくるため、避難場所としても丁度良いと思い、ここまで来ていた。
しかし、いつまで経っても少女は姿を見せない。そう言えば時間を聞いていなかったと、グレンは今更ながらに思う。だが、待つことは決して苦ではなかった。
そうこうしていると、扉を叩くする音が聞こえる。数日前に聞いたものと全く同じものであったため、エクセであることが分かった。
「どうぞ、入ってきてくれ」
グレンがそう言うと、扉がゆっくりと開かれていく。しかし、来訪者がエクセであるかどうかは分からなかった。姿を現した人物が、頭から大きめの布を覆い被さり、その身を隠していたからである。
困惑するグレンに、その者が言う。
「遅れて申し訳ありませんでした、グレン様」
声を聞き、その人物がエクセであると分かるとグレンは安堵した。
「ああ、エクセ君か。顔が見えないから、誰かと思ったよ」
「あ!そうでした!」
エクセは慌てて、その身から布を下ろした。
「お・・・・」
そして露わになった少女の姿を見て、グレンは思わず声を漏らしてしまう。
エクセは今、学生服や戦闘用の装備、さらには先日ここに集まった時に見せた私服とは異なり、煌びやかな礼服を着用していた。
依然見た物と同じ白色の礼服なのだが、何かが決定的に違う。
それは露出であった。今着ている礼服は肩から指先に掛けて完全に曝け出すようになっており、胸元も少し開いている。それでいて肉体の凹凸を強調するかのようにぴったりとした作りをしており、エクセの色香を十二分なものにしていた。
グレンは、少女の年齢が5つほど上がったような錯覚に陥る。
「グレン様・・・?」
思わず見惚れてしまったグレンに、エクセが問う。見れば、口紅も薄く塗られていた。
「あ、ああ・・・。見事な装備だと思ってね」
こういう時に気の利いた台詞を言えない自分を、グレンは初めて恥じた。
しかし、エクセは優雅に笑う。
「ふふ、ありがとうございます。でも、どれも魔法道具ではないんですよ?」
そう言って、自らの身に付けた装飾品をグレンに見せる。確かにどれも着飾るために作られた物のようであり、戦闘には不要な物と思われた。
グレンは、それらを美しいと感じる。普段ならば戦闘に関わる効果にしか興味が沸かなかったが、この時はなぜか違った。
「しかし、何故そのような格好でここに?」
その気持ちを誤魔化すため、咄嗟に疑問をぶつける。
「実は、アルベルト様の御屋敷で戦勝パーティが開かれまして、それに参加していたんです。抜け出すのが大変で、ここに来るのが遅れてしまったんですけれど・・・」
そう言えば自分のもとにもそんな知らせが届いていたな、とグレンは思い出した。面倒だったから忘れていたため、どうでもよかったが。
「そうだったか。それはさぞ注目を浴びたことだろう」
これは彼なりに精一杯考えて捻り出した世辞のつもりだったのだが、何故かエクセの顔は曇ってしまう。視線を外し、気まずい雰囲気を漂わせていた。
「そう・・・ですね・・・」
力ない返事を聞き、グレンは何かまずい事を言ったかと内心大慌てになる。とりあえずエクセを座らせ、話を聞くことにした。
「何かあったのか?」
「グレン様・・・私・・・あのような場が苦手なのかもしれないです・・・・」
それはグレンも同じだったので、少女の気持ちが良く分かった。
「皆さん、私を見つめてきます。私がファセティア家の一人娘だから。将来、婿養子を取らなければならないから」
つまりは、若い貴族の男連中に将来自分の物になるよう見られるのが耐え難い、という話であった。魅力的な容姿をしているエクセに対してならば自然な反応と思われ、彼らに罪はないと言えるだろう。
しかしその話を聞いたグレンは、何故か腹の底から込み上げてくる怒りを感じていた。
「そいつらをどうすればいい?」
思わずそんなことを聞いてしまう程に、グレンは怒ってしまっていた。
「あ!いえ、違うんです!その方たちをグレン様になんとかしていただこうと考えている訳ではなく・・・!」
慌てるエクセは、悲しい笑みを浮かべる。
「ただ・・・そう、ただ・・・グレン様に愚痴を聞いて欲しかっただけなのかもしれません・・・」
「それくらいなら、別に構わない」
グレンは本心からそう答えた。
しかし、1つ引っかかるものがある。
「もしかして、ここに呼び出したのはそのためか?」
だとしたら相当鬱憤が溜まっているのかと、グレンはエクセの身を案じた。しかしそうではないと、少女はまず疑問の声を返す。
「え?――ああ!そうでした!今回グレン様をお呼びしたのは、依頼の報酬の件です!」
当初の予定をすっかり忘れていたのか、エクセが慌てて話題を変えた。
「報酬?そんな物、気にすることはない。借りがあると言っただろ?」
「いいえ、グレン様。今回グレン様が成し遂げた偉業は、それでは賄いきれません」
エクセは断固として言い切る。
ちなみにグレンの言う『借り』について、彼女はまだ誤解したままだ。
「いや、しかし・・・」
エクセの瞳に見つめられて、グレンは黙ってしまう。そこからは、先日見たバルバロットに似た物以上の力強さが感じられた。
「分かった・・・。受け取ろう」
「はい!」
そう言うと、エクセは勢いよく立ち上がった。
「ではグレン様、目を瞑っていただけますか?」
言われた通り、グレンは目を瞑る。一体何をする気なんだと考えていると、少女がすぐ隣にまで来たのが気配で分かった。
そして少しの間を置き、エクセはグレンの頬に口付けをする。
一瞬何をされたのか分からなかったグレンではあったが、すぐに理解し、エクセ以上に勢いよく立ち上がった。驚いた表情で目を向けると、少女は恥ずかしそうな顔をしながらグレンを見つめ返してくる。
「はしたない女だと、軽蔑いたしましたか・・・?」
恐る恐るといった感じにエクセは聞く。
ややあって、グレンは答えた。
「いや・・・可愛らしい報酬だ」
グレンの優しい笑顔を見て、エクセは彼が戦場に向かったあの日、ポポルとした会話を思い返す。
「それにしても~グレンちゃんが~あんなこと言うなんてね~」
「え?」
ポポルの突然の一言に、エクセは振り返った。
「ほら~冗談みたいなこと~言ってたでしょう~?、私~あの子とは~15年来の~、とは言ってもここ5年くらいは~会ってなかったんだけどね~。まあ~、それくらいの~付き合いなんだけど~グレンちゃんが~冗談言うの~初めて聞いたわ~」
「そう・・・ですか?私と実習に赴いた時には、何度かお聞きしましたが」
本当は2回、しかも1回はエクセの思い違いなのだが、少女は見栄を張りたくてそう言ってしまった。
「うそ~~~!へ~~~、あのグレンちゃんがね~」
珍しいことを聞いたと頷いているポポルに対して、エクセは問う。
「あの、ポポル様。それが何かおかしい事なのでしょうか?」
人間、誰しも冗談を言いたくなる時くらいあるのが普通である。
グレンは違うのだろうか。エクセはそれが知りたくなった。
「ん~~~~。ほら~~、グレンちゃんって~自分には戦うことしかできない~って感じじゃない~?で~グレンちゃんって~めちゃくちゃ強いじゃない~?」
エクセは前者には首を傾げたが、後者には頷いた。
「だから~、い~~~っつも戦場に~いるんだけど~」
それに関して、エクセはメーアから話を聞いている。勇士になってからというもの、グレンは基本的に依頼を次々受けていくのだとか。
「グレンちゃんの~後ろにはね~、人がた~くさんいるのよ~。でも~隣に~居てくれる人が~全然いなくて~、せいぜい~アルベルトちゃんくらいなの~」
その言葉に、エクセは実習の時の自分が絶えずグレンの背中を見ていたことを思い出した。それを恥と思わなかったのは、誰もがそうであるに違いないと直感していたからだろう。
「そのせいか~人付き合いが~苦手~って感じで~、冗談どころか~笑顔もあんまり見られないのよ~」
しかし、これに対しては異論があった。
エクセは見栄を張ることなく、胸を張って答える。
「ですが、グレン様は私の前ではよく笑顔を見せてくれます」
「うっそ~~~~!」
心の底から驚愕した、といった顔のポポルであったが、すぐににやにやと笑い出す。それは、何か悪巧みをしているようであった。
「グレンちゃんって~そういう感じなのか~。うふふ~、面白いこと~聞いちゃった~。あとで~アルベルトちゃんに~教えてあ~げよっと~」
何かグレンにとって得にならないことを教えてしまったようで、エクセは慌ててしまう。
「あの・・!その・・・!それは、どういうことでしょうか・・!?」
「うふふ~別に~」
そう言ったポポルは嬉しそうに歩き出す。どうやら帰るようだ。
「エクセちゃん~」
と思ったらすぐに振り向き、エクセの顔をまじまじと見つめてくる。多少距離はあったのだが、それでも少女はたじろいだ。
「は、はい!」
「エクセちゃんは~多分~グレンちゃんに~気に入られてるわ~」
実習の時に感じた親密さに太鼓判を押されたようで、エクセはなんだか嬉しくなる。笑みが零れる少女に向かって、ポポルは最後にこれだけ伝えた。
「だから~せめて~戦場にいない時くらいは~グレンちゃんの隣に~いてあげてね~」
そして、ゆったりと歩きながら帰っていく。
どうやらエクセの返答を聞く気はないらしい。いや、聞く必要がないと思ったのか。
それでも、離れていくポポルの背中に向かって、エクセは聞こえない程度の大きさで返事をする。
「はい・・・!」
その声は確かに聞こえていないはずであった。しかし、ポポルは嬉しそうに笑っていたのだった。
「エクセ君・・・?」
ぼんやりとしたままの少女に、グレンは声を掛ける。
「――ひゃい!」
それで現実に引き戻されたエクセは、素っ頓狂な声を上げた。
「悪い。何か考え事でもしていたのか?」
「い、いえ!そのような事は・・・!」
申し訳なさそうにするグレンに対し、少女はすぐさま否定を返す。
そしてその時、エクセはある事を思い出したのだった。
「あ、あのグレン様!」
「な、なんだ?」
「考え事はないのですが、考えていた事がございます。聞いていただけますか?」
エクセは手を固く握りしめながら、グレンに問う。
断る理由など、ありはしなかった。
「ああ、もちろんだとも。聞こう」
「あの・・・!その・・・!」
しかし先程までの勢いはどこへやら、少女は急に口ごもってしまう。
けれども、グレンは急かさない。言う決心がついた時に言ってくれればいいと思っていた。
しばらく待つと、エクセはその決心がついたのか、口を開く。
「また今度・・・2人でどこかへお出かけに行きませんか・・・?勇士の依頼でもなく、学院の実習でもなく、2人の・・・行きたい所へ・・・」
少女のその心を込めた言葉に、グレンは考え込むような仕草を見せる。そこから何も言わなくなってしまったため、エクセは恐る恐る聞いてみた。
「ご迷惑・・・でしょうか・・・?」
そう言われ、我に返ったかの様な反応を見せたグレンが答える。
「いや、エクセ君が喜びそうな場所はあるかなと考えていたんだ。これでも長年勇士として各地を回っていたからな。例えば――」
そこから2人は、どこに行こうか、何をしようかと話し込んだ。
結局目的地は決まらなかったが、それでも2人にとっては楽しい時間であった。勇士管理局の待合室には、夜遅くまで2人の笑い声が響いていた。
しかし、それでも別れの時間は来る。
エクセの護衛兵であるユーキとミカウルが、彼女を迎えに来たのだ。渋る少女をグレンが宥め、なんとか帰り支度を済ませる。とは言っても、布を羽織っただけだが。
「ではグレン様、またお会いしましょう」
「ああ、また」
待合室の扉が閉まる。
グレンは1人取り残された部屋の中で、先程までの楽しい時間を思い返した。
(あれほど楽しく人と話したのはいつぶりだろう。もしかしたら初めてではないのか?)
再びエクセと会うまでは、お預けということになる。
それは明日か、明後日か、もしかしたら1ヶ月後かもしれない。
だが、待つことは決して苦ではなかった。