4-30 若き才能2
グレンの歩みを再び止めた別の少年は、自身が立っていた石柱から慎重に降りてきた。クーリエのように華麗でもなく、アギトのように無茶でもないあたり、そういった性格なのだと判断できる。
そして実を言うと、グレンはその少年のことが『名もなき祭壇』の中で一番気になっていたのだった。
それは少年の装備が理由で、彼は過剰とも言える武器をその身に帯びていたのである。
両腰に1本ずつの刀剣を差し、背中にはそれとは別の5本――つまり計7本の刀剣を所持しており、どう考えても扱い切れなさそうであった。
使用していた武器が壊れた時のために予備を持つのは特別おかしな行動ではないが、それにしても数が多すぎるのではないか、とグレンは思う。
だが、そんな彼の心配を否定するように、7本の刀剣を所有する少年は軽快な動きで地上に到達する。
武器を除けば至って質素な格好をしており、上下ともに凛とした、藍色の学生用と思われる衣服を身に着けていた。袖口からは手の甲までを覆う布製の装身具が顔を出し、縫い付けられた輪を中指に通して備えられているのが見える。
少しだけ長い黒髪を後ろで束ねているせいだろうか、少年の顔はどこか中性的であり、同級生からは美男子と言われているに違いないと思われた。
それでも先ほど発せられた声には力を感じ、外見から誤解してしまいそうな軟弱さがない事は容易に想像できる。
そんな少年が自分に何の用だと――本当は分かり切っていたが――グレンは心の準備をして待った。そして目の前にまで歩いてきた少年が、彼に向かってその想いを告げる。
「グレン殿、でよろしかったでしょうか?某はシン・ツクヨミと申します。是非、某とも手合わせ願いたい」
やはりか、とグレンは眉を顰めた。
口調がどことなく大人っぽいのは意識してのものだろう。けれども背伸びをしているようには感じず、アギトとは異なり、今回の少年には落ち着きが見られる。
「おお!やっぱりシンも血が騒ぐか!」
新たに挑戦してきたシンと名乗った少年に、アギトが親し気に話し掛ける。見たままに仲が良いようで、シンは軽く笑みを作ってそれに応えた。
「左様。アギトの全力でも敵わない相手。某も挑んでみたい」
「そうだよなー!やっぱり男だったら、そう思うよなー!」
同志がいて嬉しいとでも言うように、アギトは何度も頷く。
「加えて、この御仁の剣士としての実力にも興味がある。先の戦いでは、結局一度も抜かなかった」
「あ!言われてみりゃそうだ!――おい、おっさん!なんでなんだよ!?」
話を振られたグレンは思わず小さな溜息を吐く。分からないのかという想いと、これから要求されるであろう事柄に予測がついたからだ。
「危ないからに決まっているだろう・・・」
そう返しても少年達はやはり不服そうであり、グレンはまたもや厄介な人物が現れたと苦悩する。一応なんとかならないかとクーリエに視線を向けるが、彼女も諦めを諭すように首を横に振った。
どうやらアギトと同じく好戦的――いや、挑戦的な性格のようだ。
「某は構いませぬ。刀を抜いてくだされ。その秘められた力の一片だけでも、全力を以って明かしてみせましょう」
実力差は理解しているのか、シンは控えめにそう言った。
それ自体は褒められるべき姿勢であったが、アギトの例もあり、グレンとしても易々と受け入れる訳にはいかない。
「待つんだ。君達はどうしてそう戦いに走る。私にそのつもりはないと言っているだろう?」
「無論、己を高めるため。一級の戦士となるには一級の戦士と鎬を削るのが最善。貴殿は超一級とお見受けしました。ぜひ手合わせ願いたい」
深々と頭を下げ、シンはグレンに再度対戦を申し込む。アギトとは異なる礼儀正しい行動に、彼も頭ごなしの拒否は気が引けた。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、子供相手に刀を抜く訳にはいかない。それに、私もアギトとの勝負で傷を負った。これ以上の戦いは少々厳しい」
「ならば癒しを。――隊長」
そう言えばニャオがいたんだったか、とグレンは思い出す。せっかく吐いた嘘もこれで無駄になってしまいそうであり、少しばかり落胆した気分になった。
しかし、待てども応答の声がなく、目の前のシンも不思議そうな顔をしている。
「隊長?」
再度の呼び掛けにも返事がないため、グレンも気になって様子を窺ってみた。すると、ニャオがふくれっ面を作りながらそっぽを向いているのを目にする。
「ん・・・?どうしたんだ?」
「これはね、完全に拗ねちゃってるの。おじさんが何度もニャーちゃんを揶揄ったせいなんだからね」
尋ねたグレンに答えたのはクーリエであった。彼にはニャオを揶揄ったつもりなどなかったが、事の真相はそうなのだと教えてくれる。
「こうなったニャーちゃんはそう簡単に機嫌を直してくれないのよ?ほっぺの膨らみ具合から、大体2日はおじさんの事を無視するわね」
「そうですか。悪気はなかったんですが、そこまで怒らせてしまいましたか。これでは傷を治してもらえそうにないですね」
残念そうに言ってみたが、それはグレンにとって幸いであった。
軽く話してみた限り、シンという少年は負傷した相手と無理に戦うような性格をしていない。グレンの傷が治らないと知った今、彼との手合わせを断念する可能性の方が高かった。
「ふむ・・・隊長は立腹か・・・・」
それを決定付けるような発言が聞こえ、グレンは僅かに表情を緩める。説得も無理だと思っているのか、シンはニャオに話し掛けるような素振りを見せなかった。
しかし同時に代案を模索しているようにも見えず、その点については不安を覚える。
そして、それは見事に的中した。
「ならば――ルキヤ!」
シンが声を掛けたのは、また別の少年である。異なる学園に所属しているようで、白地の衣服に黒の上着、そして黒いズボンを着用していた。
少しばかり整った顔立ちではあるが、無造作な茶髪と気怠げな表情からは活力を感じられず、右腰に差した剣から少年が左利きであるという事くらいの印象しか覚えない。
他の4人と比べると地味、という感じの男子学生であった。
「グレン殿の傷を癒してくれ!」
そんな仲間に向かってシンが用件を告げると、その少年は何故か分からないが大きな溜め息を吐いた。これ見よがしといったわざとらしい動作を伴っており、心の底からの呆れを表現しているようである。
「あのさ・・・なんで俺がそんな事しなくちゃいけないわけ?」
そして、その不服を言葉にして淡々とシンにぶつけた。
皮肉っぽい言い方は聞いているだけのグレンでも少し不快に感じ、これは気分を害したのではないかとシンの反応をうかがう。
「某がグレン殿と手合わせをしたいからだ!」
しかし少年にその気配はなく、至って平然と言葉を返した。
出会ったばかりという訳でもない事から、もはや慣れてしまっているのだろうか。
「それ、俺には関係ないよな?」
「その通りだ、関係ない!だからこそ、このように頼んでいる!」
「手伝う必要、あると思うか?」
「ない!だが、そこをなんとか頼む!」
「あのさ。お前のそういう非合理的な向上心は理解しているつもりだよ?でもな、それに俺を巻き込むのは遠慮願いたいんだが」
「すまない!これは完全に某の我が儘だ!それでも協力してもらえないだろうか!?」
「悪いが、俺の体は他人の我が儘に付き合うようには作られてないんでね」
少年2人のやり取りを聞いたグレンは、どうやら『名もなき祭壇』の全員が仲良しという訳ではないようだ、という感想を持った。
とは言ってもルキヤという名の少年が一方的に他人を邪険に扱っているように思え、それに丁寧な対応をするシンが可哀想に思えてくる。
そしてそう思ったのはグレンだけではないのか、アギトが皮肉屋な少年に怒りの声を飛ばした。
「おい、ルキヤ!良いからさっさとおっさんの傷を治してやれって!」
「やれやれ・・・こいつは自分のやった事をもう忘れてるのか・・・。誰がそうしたんだよ、誰が」
「俺以外にいるわけねえだろッ!」
「なんでちょっと誇らしげなんだよ・・・。そこは気に病むところだろうが」
「いいから治してやれって!」
「はあ・・・今までの会話を全て無駄にする一言だな・・・」
ルキヤは呆れたように頭を振ると、空を見上げながら髪を掻き上げる。明日の天気でも気にしているような仕草であり、今この状況よりもそちらの方が重要だ、と言いたげな態度であった。
それでも視線を戻すと、変わらず落ち着いた口調で自分の意見を語る。
「いいか?さっきそこのおっさんも言ってたけどな、俺達が戦う理由はないんだよ。本来なら、とっくに帰還してなきゃおかしいんだ。それをニャオの気まぐれでこんな時間まで・・・。頼むから俺をさっさと帰らせてくれ」
「なに言ってんだ!こんな強え奴と戦える機会なんて滅多にねえんだぞッ!?ニャーの判断は正しかった!」
「それはお前の価値観だろうが。俺はそんなもの興味ないね」
「おいおい!それでも『名もなき祭壇』の一員かよ!?」
「別に好んで参加している訳じゃないんだが?『六学聖武祭』で上位に入賞したってだけで、周りが勝手に一緒くたにしただけだろ?俺としては変に持て囃される事なく、平穏な学生生活を送りたいんだよ。今回の任務だって、王様の命令じゃなければ御免蒙りたかったんだ。大体、単なる学生を使うか、普通?どんだけどうでもいい任務なんだよ」
「それ以上はやめろおッ!はりきってたニャーが――」
そこでアギトは、ニャオの表情を確認する。
少女は露わにしている左目に涙を滲ませており、悲しげな表情で体をぷるぷると震わせていた。
「――ほらみろおッ!お前のせいでへこんじまったじゃねえかッ!」
「アギト君の言う通りよ!ルキヤ君、ニャーちゃんに謝って!」
親友の心を傷つけられたために、クーリエまで会話に参戦してきた。もはや当初の目的は忘れ去られており、会話の発端であったシンも戸惑っている。
「お、お主たち・・・気を鎮めよ・・・!」
「やれやれ、俺は落ち着いているんだがな」
「ちょっと!女の子を泣かせておいて落ち着かないでよね!」
「お前、そのひねくれた性格どうにかしろッ!だから友達いねえんだよッ!」
「はあ?いないんじゃなくて、いらないだけなんだが?」
「応じるな、ルキヤ・・・!アギトも、そういった真実は胸に秘めるべきだ・・・!」
「おい。なにさらっと言ってんだ、お前」
「これはすまない・・・!口を滑らせた・・・!」
「もっと言っていいわよ、シン君!ルキヤ君には協調性が足りないんだから!」
「それは自分一人だけでは生きられない人間が後天的に生み出す物だ。無力な奴、孤独を嫌う奴。俺はそのどちらでもないだけだよ」
「小難しいこと言ってんじゃねえぞッ!お前に友達がいねえのは事実じゃねえかッ!」
「やれやれ、物事の本質が分からん奴だ」
「ああッ!?」
「みんな喧嘩はだめーっ!!」
言い争いをする仲間達に対し、部隊の長としてニャオが心を奮い立たせて叫んだ。
その意見には見ているだけだったグレンも同意であり、場を収めようと子供達の間に割って入る。
「落ち着くんだ、君達。ニャオの言う通りだ。喧嘩は良くないぞ」
その言葉によって、少年少女の視線が一斉にグレンへと注がれた。
「でもよ、おっさん!」
「アギト。その退かない性格はお前の良い所でもあり、悪い所でもある。世の中、争うだけでは解決しない事もあるんだ」
「じゃあ、私達が悪いって言うの!?」
「そうは言っていません、クーリエ王女。友人を大切にする貴女の想いはとても素晴らしい。しかし、それはニャオを慰めるだけでも済んだはずです」
「申し訳ありません、グレン殿・・・。某としたことが・・・」
「いや、君は何も悪くない。むしろ立派だった」
大人として、グレンは場を鎮めるための言葉を3人に掛けておく。そして最後に、石柱の上に立ったまま、変わらず気怠げな表情で自分を見下ろしている少年に目を向けた。
「ルキヤ・・・と言ったか?なぜ君はそんなにも皮肉な態度を取る?それでは無用な争いを招き、君の言う『平穏』を壊すことになるんじゃないか?」
その言葉に少年はまず溜め息を返し、続いて自分の考えを述べた。
「俺はただ、自分の居場所を確保しているだけだよ。人間ってのは、一歩引いてやると図々しく一歩前進してくる生き物なんだ。それは、俺の人生に踏み込んでくる行為に他ならない。俺の言った『平穏』は、そういった連中を排除した上で出来上がる。要は、何の得もないのに他人のために動きたくないってことさ」
「まあ・・・それが君の生き方ならば否定はしない。だが、仮にも今は1つの部隊として動いている訳だろう?この場にいるという事は、君もそれに一応の納得をしたという事だ。それならば、仲間と争うのは控えた方が良い」
「だから、それは王様の命令で仕方なく――あ。もしかしておっさんも、『協調性がー』って言いたいの?」
「別に説教しようとしているわけではない。だがな、人間というものは自分一人だけで生き抜けるものではないんだ。他人と関わりを持つのは、とても大事なことだと思う」
「あのさ、さっき俺が言ったこと覚えてる?そういうのは弱者や寂しがり屋に必要なものであって、俺には不要なんだよ。俺は1人でも生きていける」
「だが、君が着ている服は君が作った物ではないだろう?毎日の食事だってそうだ。料理くらいは出来るかもしれないが、食材の生産まで自分でやっている訳ではないはずだ」
その言葉を聞いたルキヤは、少しだけ怯んだ様子を見せた。
「そりゃ・・・そうだけど・・・」
「ならば、それはすでに他人と関わりを持って生きているという事だ。誰かの編んだ服を着て、誰かが作った食物を食べる。君はすでに他人から多くの恩恵をもらって生きているじゃないか。今更、誰かと関わる事を嫌う必要はない」
グレンはそう言い切ると、伝えたい事を上手く言葉にできただろうか、と自分の発言を振り返る。子供の喧嘩の仲裁など初めての経験であり、慣れない行為に少しばかり緊張感が残っていた。
それを悟られては台無しであるため、表情に平静を保ちながらルキヤの返事を待つ。少年は、嫌々といった感じに口を開いた。
「・・・そういう言い方されちゃうと・・・そうかもしれない、とは思うよ」
意外と素直に聞き入れてくれたみたいで、グレンは胸の内に安堵を覚えた。少年の性格を知っている他の子供達も、説得してみせた彼に対して評価の眼差しを向けている。
だが、ルキヤはそれでは終わらなかった。
「でもさ、忘れちゃいないか?俺達が言い合いを始めた発端は、おっさんがシンと闘うことを渋ったからなんだぜ?説教垂れる前に、まず自分の行いを省みろよ」
おそらく負けず嫌いな性格でもあったのだろう。せめてもの反抗にと、ルキヤは自分達の諍いの原因がグレンにあると言ってきた。
責任転嫁とも思われたが、彼は一定の理解を覚える。
「確かにその通りだな・・・。私にも非はあるか・・・」
その言葉にルキヤは意外そうな表情をし、シンは期待に瞳を輝かせた。
自分のせいでこれ以上子供達を言い争わせる訳にもいかず、グレンは仕方なく手合わせを受け入れる。
「シン。今更だが、君の願いを聞き入れよう」
「宜しいのですか!?」
「ああ。自分が原因で子供達が争うのは、あまり気分の良い物ではないからな」
「ですが、傷の方は・・・?」
「問題ない。君達が口論している間に、痛みもいくらかは治まった」
始めから痛みなど残っていなかったが、自分の嘘を吐き通すため、グレンはそう言った。
「そうですか・・・!で、では・・・遠慮なく・・・!」
『名もなき祭壇』の中でも特に落ち着いた振る舞いをするシンではあったが、グレンと戦える事となり、その顔には歳相応の喜びが見える。
それでも微かに緊張感は抱いているようで、慎重に右手を左腰の刀へ、左手を右腰の剣に伸ばしていた。
(二刀流か・・・?)
その光景を見たグレンはそう判断したが、単純にそうならないのがこの子供達である。
「七星抜刀ッ!!」
威勢の良い掛け声を発し、シンは両腰の刀剣を抜き放った。そしてそれと同時に、背負った5本の刀剣も自動的に抜き放たれる。
まるで見えない手が握るように、少年の周りにそれらは浮遊した。
計7本の刀剣はそれぞれ刀身と柄が色違いであり、使用者であるシンが美形なことと合わさって、一瞬にしてその場の華やかさが増したように感じる。
「なるほど、面白い装備だ。さしずめ『七刀流』といった所か」
「勝負を受け入れてくださった御礼に御説明しましょう。この7本の刀剣は『暗き空に座する七つの煌めき』と言い、それぞれ異なった『属性』を宿しているのです」
「ん・・・?『ぞくせい』?なんだそれは?」
知らない言葉だ、とグレンは呟く。
国を出てからこれまで、一体何度こういった返事をしたのか気にするまでもない程に、異国において発展した文化に馴染みがなかった。
分からないなら聞く。最早それが自然な行動となっていたのだが、その問いに関しては子供達から大きな反応を返される。
「ええ!?おじさん、なんで知らないの!?」
「もしかして、おっさん!俺より馬鹿か!?」
クーリエとアギトにそう驚かれるくらいには常識的な事らしく、他の少年少女達も驚愕を向けてきていた。グレンは途端に居心地が悪くなってしまい、どうしたものかと考えた結果、シンに問い掛ける。
「それを知らないのは、そんなにもおかしな事なのか・・・?」
「そうですね・・・。某達にとっては、幼少期に習う事柄ですので・・・」
「そうなのか・・・。私の国では・・・聞かない言葉だな・・・」
それ以外の感想が出て来ず、グレンは言葉を詰まらせる。それを見たシンは、1度軽く咳ばらいをした。
「――分かりました。では、某が御説明いたしましょう」
少年は親切にも、グレンの疑問を解決してくれるようである。
子供から教わるのは恥ずかしくもあったが、『聞くは一時の恥』であるため「頼む」と返した。
「良いですか、グレン殿?某達の体には通常、魔力が存在しています。これは魔法を使ったり、外部から魔力の供給が必要な魔法道具を使用する際に用いられます。ここまでは御存知ですよね?」
「ああ。私の国でもそうだ」
「では、魔法が使われている時のことを思い出していただきたい。それらは何の判別もつかない物質でしたか?基本的に火や水といった、なんらかの形状を為していたのではないでしょうか?」
「ふむ・・・確かにそうだ」
「それが『属性』です。言うなれば分類ですね。冥王国では200年ほど前に学者達によって見出され、今では個人個人に得意不得意な系統がある事まで分かっています」
「そうなのか。具体的に、どういった物があるんだ?」
「『属性』は全部で8種。『地水雷火風光闇』、そしてそのどれにも属さない『無』があります」
シンからの説明を受け、グレンは「なるほど」と頷く。
思い返せば、確かに今まで見た魔法はそれに属していると言ってもよく、むしろなぜ知らなかったのかと疑問を覚えた。魔力体系に関して、フォートレス王国がこの地域の国々に劣っているとでも言うのだろうか。
無論、そういった類の教育を受けてこなかったため、王国においてもグレンだけが知らなかった可能性はある。彼は魔力の使い方を身に付けておらず、純粋な剣士である事から、深く調べるような真似をしてこなかったのだ。
そのため説明を受けた今では、
(まあ、俺には関係ないか・・・)
と、魔力の『属性』に対する関心はすでに薄くなっていた。
そんなグレンの心情など知る由もなく、シンは健気にも説明を続けている。
「そしてこれは奇妙な巡り合わせなのですが、某達は全員が異なる属性を得意としています。某が得意とするのは『風』。先ほど7本の刀剣には属性が宿っていると申し上げましたが、この『素戔嗚』こそが風属性なのです」
少年の右手には薄緑色の刀が握られており、それを示すように突き出してきた。続いて、左手に握る赤色の剣を見せる。
「そしてこれが、風属性と相性の良い火属性の剣『イグニス』。某は、この2本の刀剣を主として戦います」
「ふむ・・・残りはどうなっているんだ?」
属性に関しては興味のないグレンであったが、シンの持つ装備については気になったため詳細を尋ねる。すると、少年の前に5本の刀剣が規則正しく並んだ。
「手に持てない5本は某の意思で操作します。攻防ともに動き回るため、中々に厄介ですよ」
「そのようだな。気を付けるとしよう」
グレンがそう言うと、5本の刀剣は再びシンの周りを囲むように移動する。少年の語ったように自由自在に動かせられるようであり、非常に対処が難しそうであった。
グレンには相手を攻撃するつもりなどないため、7本の刀剣による防御に関して気にする必要はない。しかし、攻め込まれた際には手数で押される可能性も考えられる。
刀剣による攻撃を素手で受け止めるのにも限界があり、グレンは自身の大太刀を使うかどうかを悩んだ。少年の希望も彼の剣士としての実力を見たいというものであるため、早々に手合わせを終わらせるという観点から言っても有効な選択だろう。
だがやはり、グレンの倫理観では、このような状況で子供に刃を向ける事には二の足を踏んでしまう。
とりあえず勝負を始めてから考えよう、と結論付けた。
「ではグレン殿、そろそろ」
「ん?――ああ、そうだな」
随分と時間は掛かったが、グレンとシンの戦いが始まる。しかしその前に、少年にはやらなければならない事があった。
それはアギトもやった事であり、7本の刀剣を構えつつ、シンはグレンに向かって声を上げる。
「某は『七色使い』シン・ツクヨミ!いざ!推して参るッ!」
そう名乗りを決めたのはいいが、シンの顔は少しだけ赤くなっていた。先程アギトがニャオから注意を受けた事もあり、与えられた称号を使わなければいけないと考えたのだろうが、正式なものではないため少しばかり恥ずかしかったようだ。
「少し・・・待とうか?」
心が落ち着いていない状態で勝負開始――というのも酷なため、グレンはシンにそう申し出る。しかしそれで自分の顔が赤くなっているのを自覚した少年は、さらに恥ずかしそうに俯いた。
「いえ・・・むしろ、早く始めさせていただきたいです・・・」
「そうか?ならば、君の好きな時に来るといい」
一応先手は譲ってあげ、グレンはシンの様子を窺う。気持ちを切り替えるために深呼吸をした少年は、表情を真剣なものへと変えると、ゆっくりと間合いを詰めてきた。
猪突猛進なアギトとは異なり、慎重な戦い方を選ぶようだ。
(さて、どう攻めて来るのか・・・)
シンの持つ『暗き空に座する七つの煌めき』の特性について、グレンもある程度は理解できた。浮遊する5本の刀剣が意思のままに動くのだとしたら、まずそれらを牽制に用いるだろう。
どれだけの範囲で操れるかは教えてくれなかったが、剣士を相手取るというよりも、槍使いを想定した方がいいとグレンは考える。加えて、それぞれの刀剣に宿った属性がどのような脅威になるのかも注意が必要だ。
正直、アギトの時のように痛い目を見るのは御免だった。
「参ります!」
そんな事を考えるグレンに対し、シンが攻撃を開始する。わざわざ宣言する必要はないのだが、挑戦者としての立場からそうしてしまったのだろう。
本当に真面目な子だ、と思うグレンに向かって、まず浮遊する5本の刀剣が動き出した。
「――『慈悲心鳥』!」
少年が叫んだ瞬間、まるで5本の指を広げた手のように、浮遊する刀剣が展開する。グレンの真上、左右の斜め上、両側面から侮れない速度を伴って振るわれた。
正面からは、両手の刀剣を交差させたシンがさらに距離を詰めてくる。
背後以外全てを覆う攻撃。初見ならば、大抵の戦士が圧倒されるだろう。
しかしグレンは狼狽えず、後方に大きく飛び退く。ただ、これは予定調和な行動と言って良く、それゆえ読まれているだろうと判断していた。
それを証明するかのように、浮遊する刀剣は振り切られず、切っ先をグレンに向けて急停止する。そして、すぐさま迫って来た。
一直線ではなく複雑な軌道を描いて飛ぶそれらは、躱すのも迎撃するのも一筋縄ではいかないと思える。これを少年1人の意思でこなしつつ、自身も攻撃に移れるのは見事の一言であった。
肉体や技術の鍛錬では磨けない能力を、シンは獲得しているようだ。
そしてその力は、容易くグレンを捉える。彼の腹部には黄色の刀が今にも触れそうな程に迫っており、対応を余儀なくされた。
アギトと同様に相手を傷付けることに一切の躊躇もないのは、やはり今まで受けてきた教育の成果だろう。ただグレンには、これくらいならば問題なく対処するだろうという自分への信頼が感じられた。
それに応えるため、黄色の刀身を右手の指で捕らえる。
(む・・・!)
しかしその瞬間、腕に電流が流れ込んできた。アギトとの戦いで浴びたものと比べれば随分と弱いが、この刀は電気を帯びているようだ。
「お見事です!」
意表を突かれたグレンの心情など露知らず、それを見たシンが動揺も見せず称賛を送ってくる。そうしながらも少年は左手に持った剣を振りかぶっており、それが本命だと相手を見つめる眼差しで語っていた。
周囲には未だ4本の刀剣が浮遊しているため、それらに対処するには片手だけでは厳しく、グレンは大太刀を封じていた左手を解放する。右手は塞がっているため、反射的に大太刀を抜き放つような真似はしないだろうと判断した。
そして、空いた左手でシンの左手首を掴み、少年の渾身の一振りを止める。グレンならば刃自体を捕らえる事もできたが、先程の経験から刀身に触れるのは危険だと思ったのだ。
しかし、現状もまた危険である。グレンは両手を封じられており、他の刀剣に対して満足な対処をできそうもない。
特に少年の右手に握られている刀が怖く、グレンはそちらへ僅かに意識を向ける。
その瞬間、視界の端に自分の顔面へと向かってくる赤い物体が映った。それが先程までシンの左手に握られていた剣であると気付くよりも前に、グレンは首を傾ける。
少年の左手首はしっかりと掴んでいるため投げて放った訳ではない。そこから、グレンの頭の中で1つの結論が導き出された。
(手に持つ方も操れるのか・・・!)
そう驚いたが、考えてみれば至極当然な話である。7本1組の武器なのだから、同じ性能を有していても不思議ではない。
それを考慮できずに不意を突かれたグレンであったが、何とか直撃を避けることはできた。
しかし完全な回避には至らず、彼の頬には浅い切り傷ができている。それ自体は大した痛みではないが、同じ箇所に軽く火傷も負っていた。
先程シンが説明してくれた話では、赤い剣は火属性とのことであったため、斬った対象を燃やす効果があるのだろう。
似たような物が7本。単純だが強力だと、グレンは少年の装備を評価する。
(だが、付け入る隙はあるか・・・)
7本の刀剣が全て意思で操れるのだとしたら、手に持って扱う必要はないはずである。それ以前に、現状のように接近する必要もないはずだ。
遠くから攻撃を仕掛けるのが安全であるのにも関わらずそうしないという事は、近づかなければならない理由があるからに違いない。おそらく、刀剣を操れる範囲がそう広くないのだろう。
ならばと、グレンは自分めがけて突き刺すように迫る刀剣を躱しつつ、素早く後退して距離を取る。右手には黄色の刀を掴んだままであり、ほんの数m離れると腕の痺れはなくなった。
つまり機能が失われたという事であり、グレンは自分の考えが正しい事を悟る。
「素晴らしい。初対戦でここまで完璧に対応されたのは初めてです」
その動きを見たシンが、追撃を仕掛けずに賛美した。少年の顔には笑みが見え、悔しさなどは微塵も感じていないようだ。
「という事は、これで正解か」
シンの武器を奪ったグレンは、それを周辺の木々に向かって投擲する。一直線に飛んだ刀は小気味いい音を立てて、1本の木に深々と突き刺さった。
こうやって戦力を削いでいけば、いずれは少年も負けを認めるだろう。
「本来ならば『武御雷』を回収しに向かう所ですが――」
だが、シンはその希望を打ち消すような発想をする。
当然の思考であり、それもそうか、とグレンは自分の考えの浅さを恥じた。
「――それでは某を傷付けられないグレン殿とは勝負がつきませんね。このまま戦闘続行といきましょう」
しかしすぐにそれを否定する言葉を口にしてくれ、グレンは安堵を覚える。この勝負がどのような形で決着するのかが見え、少しばかりやる気が出て来た。
「すまないな。助かる」
グレンが感謝を告げると、シンは残った刀剣を自分の傍に寄せる。1本減ったとは言えまだ6本あり、その脅威は健在であった。
そう考えるグレンの視界の中で、シンは左手に持った赤い剣を、浮かんでいる青い刀と打ち合わせる。
「やはり、ただ攻めただけでは容易く捌かれてしまいますね。ここは1つ、工夫を見せましょう」
何をするつもりだ、とグレンは少年の行動を注視する。
そんな彼に軽く笑みを見せると、シンは2本の刀剣を擦り合わせた。
「――『流涕焦がるる』」
途端に蒸気が立ち込め、少年の体に霧がかかる。それを2度3度と繰り返すと、グレンのもとにまで濃霧が届いて来た。
(目くらましか・・・)
とは思ったが、彼にそれは通じない。
グレンは人の気配を感じることができるため、シンの居場所も詳細に知覚することが出来ていた。逆に少年の方がこちらを見失ったのではと考え、これは好都合と一気に距離を詰める。
(ん・・・?)
しかし、その足はすぐに止まった。シンに近づくにつれて、彼の耳に風切り音が聞こえ始めたからである。
幾重にも重なることから推察するに、おそらく刀剣を自身の周囲に飛び交わせているのだろうと思われた。向こうも視界が悪いのは事実ではあるようだが、それでも問題ないからこそ、このような状況を作ったのだ。
この視界の悪さでは、それらに対処するのは骨が折れそうである。
(さて、どうするか・・・?)
少しばかり考えてみたが、あまり良い案は浮かばなかった。
グレンに動きがない事から痺れを切らしたのか、シンもゆっくりと移動を始めている。これはもう仕方がないな、と考えたグレンは大太刀を抜き放った。
とは言っても少年を斬り付けるつもりはなく、彼の視線は下を向いている。
直後、グレンは地面に向かって大太刀を振り下ろした。力を込めて振るわれたその一撃は凄まじいまでの衝撃を生み出し、一瞬にしてシンの発生させた霧を吹き飛ばす。そして、すかさずグレンは駆け出した。
「くっ・・・!?」
その現象にも驚いたが、グレンがすでに目の前に迫っている事に少年は目を見開く。しかもその手には大太刀が抜き身で持たれており、彼に攻撃する意思がなかろうと、その光景は少年には恐ろしく見えてしまう。
心臓が大きく跳ね、生じる恐怖がシンから冷静さを失わせた。今度は少年が後ろに飛び退き、でたらめに4本の刀剣を飛ばしてくる。
若さゆえに仕方のない混乱なのだろうが、それでは大太刀を抜き放ったグレンに対して脅威とはならなかった。いとも簡単に弾かれ、シンの支配が届かない地点まで飛ばされる。
残りの刀剣は、あっと言う間に2本にまで減った。
「刀を抜かれるだけで、ここまで・・・・流石です」
冷や汗を流しながらであったが、シンはグレンに向かって賛辞を贈る。彼の剣士としての実力を見るという当初の目的を叶えられ、僅かながらに達成感も見られた。
「素手ではどうしようもならなかったからな。これだけの武器を良く使いこなしている」
「そのような御言葉を頂けるとは感無量。鍛錬を積んできた甲斐があったというものです」
「本当に見事だった。今後も鍛錬に励むといい」
そう言って、グレンはこの戦いを終わらせようとする。武器の大半を失ったのだから、もう終わりでいいだろうと考えたのだ。
しかし――と言うかやはり、シンがそれに応じる様子は見られない。むしろ両手の刀剣を束ねるという、奇妙な持ち方を見せてきた。
まだ何かあるな、とグレンは用心をする。
「――『撫子』」
そしてその予感は的中し、シンが束ねて持つ2本の刀剣から炎が立ち上った。さながら『炎の剣』といった所だろう。僅かな種火に空気を送り込んで、火力を上げているようだ。
戦いの前に言っていた『風』と相性の良い『火』とはこういう事なのか、とグレンは納得する。
創意工夫と言うのが適切で、真っ直ぐなアギトとは異なり、多彩な戦い方を見せる少年であった。
「これは某が追いつめられた時に出す技です。これほど早く見せることになるとは思いませんでした」
「それはお互い様だ。私も刀を抜くつもりはなかったからな」
互いに相手を称える言葉を交わすと、示し合わせたかのように距離を詰める。グレンは堂々と、シンは相手の隙をうかがうようにゆっくりと歩を進めた。
『炎の剣』を作る少年の方が間合いは広く、グレンの間合い外でシンが最初に動く。
「はあッ!」
気合の入った掛け声と共に振るわれた剣は、熱を伴ってグレンに迫った。だがしかし、はっきり言って安直であり、彼は少年の欠点を見たような気がした。
特に何事もなく、シンの手から2本の刀剣を弾き飛ばす。
手古摺らされたのは事実だが、終わる時はすぐであった。
「・・・参りました」
自身の手から全ての武器が失われると、シンは対戦相手に向かって頭を下げる。それを聞き届けたグレンも、大太刀を鞘に納めた。
「なかなか良い勝負だったぜ、シン!」
そのすぐ後に、駆け寄って来たアギトが仲間に声を掛ける。その手にはグレンによって弾かれた刀剣が最後の2本を除いて持たれており、親切にも回収してきてくれたようだ。
「世辞は結構だ、アギト。不意を突いた一太刀がやっとだった」
「そんな事ねえって!おっさんに刀を抜かせたんだから上等だ!」
「それも某が武器を使っているからこそ。しかも、抜かれた後は散々な結果だ。自信を喪失してしまいそうだよ」
「ったくよー!お前はそういうとこあるよなー!負けを気にし過ぎなんだよ!」
落ち込むシンとそれを励ますアギト。
少年2人のやり取りを前にし、グレンも何か言わなければと口を開いた。
「アギトの言う通りだ、シン。君は立派だ。先程も言ったが、これからもっと鍛錬を積めばいいだけのことだ」
しかしシンは表情を変えず、頭を振る。
「このような結果に終わっては、慰みもつらいだけです。出来れば、某の至らぬ所を教えていただきたい」
敗北を糧にしようとする殊勝な心掛けであった。
少年のその行いには大人として応えてやらなければならないと思い、グレンは戦いの最後に感じた事を伝える。
「そうか・・・ならば言うが、君は装備に頼りすぎだな。もう少し剣術自体を磨いた方がいい」
「うっ・・・!」
自覚はあったのか、シンは痛い所を突かれたと声を漏らす。本人が望んだ事なので仕方ないのだが、顔を俯かせたのを見て少々心苦しくなった。
「すまない。大丈夫か?」
「お気になさらず・・・事実ですので・・・」
「おい、おっさん!負けたばっかの奴にあんま厳しいこと言うなよな!」
「いいんだ、アギト・・・。これも強くなるため・・・」
自分のために怒るアギトを抑え、シンは顔を上げる。まだ少し弱々しい表情をしていたが、短い時間である程度は持ち直したようだ。
「グレン殿。度重なる申し出で恐縮なのですが、今後某が強くなるにはどうすればいいか御教授願えないでしょうか?」
そして、そのような事を言ってきた。
やはり鍛錬あるのみ、と言いたかったが、それくらいこの少年も分かっているだろうと思われる。そうでなければ勝負を挑んではこないし、そんな簡単な答えが欲しいから尋ねた訳でもないだろう。
どうしたものかと悩んだ末に、グレンは無難な回答を告げる。
「そうだな・・・やはり人から教わるのが一番じゃないか?」
「それならばすでに。学園の教師だけでなく、カシューン将軍からも指導していただきました。それでも、某の剣術は上達しないのです」
「まあ、それは仕方ないだろう。『七刀流』とも言うべき君の戦い方は独特だからな。かと言って、1本や2本に減らせと言うのも君の持ち味を殺す事になる。無責任な発言だが、自分で答えを見つけるか、相応しい師を探すしかないな」
「そうですか・・・」
グレンの助言に一言だけ返し、シンは何かを考える仕草を見せる。自分が成長する事にそれだけ真面目に取り組めるのは素晴らしく、グレンはしっかりとした意見を言えない自分を情けなく思った。
それでも少年は自分の中でなんらかの結論を出すと、彼に向かって笑みと共に右手を差し出してくる。
「感謝します、グレン殿。おかげで自分の目指すべき道筋が分かった気がします」
「そうか?大した事は言えていないが、君がそれで良いのならば」
本当に場当たり的な事しか言えていないため感謝されるのも申し訳なかったが、グレンは少年が納得したのならばと、その手を握り返す。
「そして、これからよろしくお願いします」
「ん?」
それと同時に、シンがよく分からない事を言い出した。もはや全てが終わったのだから、『これから』などあるはずないのだ。
そう考えるグレンの右手に、少年はさらに左手を被せる。
そして恥ずかしそうに、
「――師匠」
と呟いた。
「・・・・・・・・・は?」
なんの話だ、とグレンは戸惑いを隠し切れない。薄ら寒さすら感じ、シンの顔を見つめる。
少年は恥ずかしさに頬を染めていたが、至って真面目な表情をしてグレンを見つめ返していた。つまり、先程の一言は本気のものなのだ。
「なるほどなー、そうくるかー。確かに、おっさんくらい強え奴だったら、シンの剣の師匠に丁度良いかもな」
それに対し、アギトが無責任なことを言ってきたため、グレンは抗議の意味を込めて視線を向ける。しかし、シンは肯定するように頷いていた。
「その通りだ、アギト。某はついに真の師に巡り会えた」
「そうなると、俺も負けないようにしねえとな。セレ姉ちゃんに足技でも教わるかー?」
「お主とセレ将軍の強さは似て非なるものだ。もっと相応しい師を探した方が良いと思う」
「つってもなー。俺と同じ技を使う奴なんて聞いた事もねえしよ」
「だからこそ探すんだ。某のように、偶然出会うことがあるかもしれない」
などと、少年2人は自分達の今後について楽しそうに話をする。
子供達が将来を語り合うのは微笑ましくもあったが、それに自分を巻き込まれては困ると、グレンは慌てて声を上げた。
「待て待て!なに勝手なことを言っている!?私が君の師だと・・・!?そのようなつもりなどないぞ・・・!」
そう言ってグレンは結ぶ手を解こうとするが、シンは放してくれなかった。
「何故ですか、師匠!?先程『相応しい師を探せ』と仰ったではないですか!?」
「だからと言って、私がそうとは言っていないだろう・・・!それと、その『師匠』と言うのをやめてくれ・・・!かなり恥ずかしい・・・!」
「やめません!師匠が某の師になると誓ってくれるまで言い続けます!」
「君は・・・そういう性格だったのか・・・!」
「諦めろって、おっさん。こういった時、シンは頑なだ。人の言う事なんざ聞きゃしねえよ」
「先程から君達全員そうではないか・・・!」
『名もなき祭壇』は「人の言う事を聞かない」と評される子供達ばかりであり、グレンは多大な疲労感を覚える。
しっかりと自分を持っていると言えば聞こえはいいが、大人としては扱い辛い存在であった。
「あのさ、込み入ってるところ悪いんだけど」
そんな中、いつの間に柱から降りてきたのか、ルキヤがすぐ傍で面倒臭そうな声を出す。その手には最後にグレンが弾き飛ばした2本の刀剣が握られており、それをシンに届けに来たようだ。
捻くれた部分だけではないのだな、と思うと同時に、グレンはこの子こそが助け舟なのだと理解する。先程もう帰りたそうにしていた事から、それを促しに来たのだろう。
シンの刀剣を回収して来たのも、帰還を早めるための行動に違いない。
「ほらよ。とりあえず、これ拾って来てやったから」
「む。すまない、ルキヤ」
「へー!珍しい事もあるもんだな!お前がこんな真似するなんて!」
「うるせえよ。いいから、さっさとこの危ないもん仕舞え」
「う、うむ。心得た」
ルキヤが急かすと、彼とアギトの手から計7本の刀剣が浮かび上がった。そして、それぞれ同色の鞘へと静かに納まっていく。
それを見届けると、仕事は終わったとばかりにルキヤは手をはたいた。
「さて、じゃあ今度は俺だ」
いや、むしろ始めるつもりだったようだ。仲間との会話ではやる気など見せなかったのにも関わらず、急な心変わりを少年は口にした。
当然グレンは戸惑い、その真意を問う。
「どういう事だ・・・?君は先程、そういった考えを馬鹿にしていたではないか・・・?」
「人間の意思ってのは常に移り変わるものだぜ、おっさん。――っていうのは建前で、実はちょっと良い考えが浮かんだんだよ」
そう言ったルキヤは、意地の悪い笑みを作った。そして、仲間を順に指差していく。
「今んところ、おっさんはニャオに勝った。そしてアギトにも勝ったし、シンにも勝った。だよな?」
「勝ったと言うと大袈裟だが・・・それがどうかしたのか?」
「そこで1つ提案だ。俺が今ここでおっさんに勝てたら、『名もなき祭壇』を抜けさせてくれ」
「ええ!?」
一番に驚きの声を出したのは少し離れて会話を聞いていたニャオであったが、他の子供達も少なからず動揺を覚えていた。そのため、それぞれ同じような反応を返す。
「おいおいッ!なに言い出してんだよ、ルキヤ!?」
「何か気でも障るような事があったのか?」
「どういう事なのか説明してよね!?」
いつの間にかクーリエも傍におり、3人そろってルキヤに詰め寄った。
「説明も何も、俺がこういう集団行動を嫌うのは知ってるだろ?いい加減面倒臭くなったんだよ」
「ちょっと!そんな理由で『抜ける』なんて言わないでよね!ニャーちゃんが悲しむじゃない!」
「やれやれ、俺の心情は無視かよ。さすが王女様は仰る事が気高くていらっしゃる」
「どうした、ルキヤ?普段から偏屈なお主だが、今日はいつにも増してひどいぞ?」
「あ、分かったッ!お前、おっさんに言いくるめられて腹立ててんだろッ!?だから戦う理由が欲しくて、そんなこと言ってんだッ!素直じゃねえなーッ!」
アギトの予測は意外にも図星だったのか、ルキヤは僅かに表情を崩す。それでもすぐに立て直し、嘲るような笑みを浮かべた。
「やれやれ・・・随分と都合の良い解釈をしてくれたもんだ・・・。ま、どう受け止められても俺には関係のない事だがな・・・」
あくまで理由は別にあると言うように、ルキヤは肩を竦めてみせる。
しかし誰の目から見ても狼狽えているのは明らかであり、それを見た他の3人は途端に笑みを浮かべた。
「ルキヤ君って、そういう所は男の子よねー」
「分かるぜ、ルキヤ!男だったら、負けっ放しは嫌だもんなッ!」
「だが、某の師だ。見ていたから分かると思うが、我々との実力差は歴然だぞ」
先程まで剣呑だった雰囲気は霧散し、少年少女は仲間に優しい言葉を掛ける。アギトとシンに至っては、ルキヤの両肩にそれぞれ片手を置いて激励を贈った。
「う、うるさい!俺をお前らと一緒にするな!」
顔を真っ赤にしながらその手を振り払うが、誰もニヤニヤとした笑いを止めない。これは当分この事でいじられるんだろうなと、それを見ながらグレンはなんとなく思った。
「おい、おっさん。こいつらのことは無視して、さっさと勝負を始めようぜ」
今の空気に耐えられなくなったルキヤは、仲間を放って彼に話題を振る。これまで通りならば易々と受け入れないグレンであったが、もう2回も繰り返した上で断るのは強情すぎるだろうと考え、少年の挑戦をすんなりと受け入れる事にした。
彼の中で、この子供達から逃げるという選択はすでになくなっているのだ。
「仕方ない。いいだろう。掛かって来るといい」
「もう一度言わせてもらうけど、俺が勝ったら『名もなき祭壇』を抜けさせてもらうからな」
何故かグレンに宣言をすると、ルキヤは距離を取る。そして左手で右腰に差した剣を抜き放ち、対戦相手に向かって構えた。
その動きは様になっており、不遜な態度を取るくらいの実力はあると思われ、グレンは注意深く様子をうかがう。アギト達はすでに傍から離れており、今にも戦いが始まりそうであった。
「ところで、君はどういう戦い方をするんだ?」
そのためグレンはルキヤにそう尋ねるが、その行為は鼻で笑われてしまう。
「俺は自分の力をわざわざ教えるような間抜けじゃないんでね。他の奴らと一緒にしてもらっちゃ困る」
「む・・・そうか」
グレンとしては教えてもらった方が安全に対処できると思ったために聞いたのだが、ルキヤはそれを素っ気なく突っぱねた。
そして不敵に笑うと、さらに口を開く。
「それよりもさ、おっさん」
「誰に話し掛けてんの?」
それは奇妙な現象であった。ルキヤの声が、正面に続いて背後から聞こえたのである。
直後に剣を振り下ろす音も聞こえ、一筋の銀閃がグレンの左肩に迫った。しかし、彼に焦りはない。
言い方はおかしいかもしれないが、2人目のルキヤが背後にいる事は最初から分かっていたのだ。振り返ることもなく、彼はその刃を平然と左手で捕らえる。
「なっ・・・!?」
「うおおおおおおおおおッ!おっさん、すげえッ!ルキヤの『写し鏡』と『見えない力』の合わせ技を初見で防ぎやがったッ!!」
その結果にルキヤは驚愕の声を漏らし、アギトは興奮して大声を出した。グレンの視線の先では、ルキヤだと思っていた存在が大量の水と化して地に落ちていく。
「ふむ、魔法・・・か?」
「そうだぜッ!ルキヤは魔法剣士なんだッ!」
「おい、お前。なにばらしてんだ」
グレンの疑問に素直なアギトが答え、その行為をルキヤが非難する。
その若さで魔法も剣術も一人前とは恐れ入ったが、グレンには1つ気になる事があった。
「しかし、魔法を唱えたようには見えなかったが?」
「ルキヤの持つ『ワイズマン』は、簡単な魔法をいくつか保存して好きな時に発動できる剣なんだぜッ!それで気付かれない内に2つの魔法を使ったんだッ!!」
「お前は本気で黙ってろよ・・・」
グレンの手から剣を取り戻そうと力を入れながら、ルキヤは再びアギトに抗議する。攻撃開始を合図しなかったあたり、ルキヤは戦いに関しては非情に徹するようだが、その悉くを仲間に台無しにされていた。
「くそ・・・面倒臭い。だから集団行動は嫌なんだよ。ああいった馬鹿が、すぐに馬鹿をやる」
「お前が正々堂々戦わないのがいけないんだろうがッ!いきなり不意打ちとかしやがってよッ!」
「正々堂々戦って勝てる相手かどうか、少しは考えてから物を言え」
「ああ!それもそうか!」
「納得してんじゃねえ、この馬鹿」
ルキヤはアギトの言動に対し、呆れたように頭を振った。そんな彼に向かって、今度はクーリエが文句を言う。
「それよりもルキヤ君!ニャーちゃんがあげた称号を名乗り忘れてるわよ!」
「やれやれ、今度はお前かよ・・・」
度重なる横やりに、ルキヤは疲れたように脱力する。戦意も失われたように感じられ、グレンは少年の剣を解放した。
ルキヤはそれを大人しく引き、仲間に面と向かう。
「別に正式な称号じゃないんだ。名乗る必要なんてないだろうが」
「あるから言ってるの!ほら見て!ニャーちゃんのこの悲しそうな顔を!」
視線を移すと、確かにニャオは今にも泣きそうな表情をしていた。アギトに語ったように、本当に仲間のことを想って考えた物だったのだろう。
しかし、ルキヤは動じない。
「悪いが、俺の頭は女の涙で動くような構造をしていないんだ。大体、涙に男と女で違いなんてないんだよ」
「あーそう!そういうこと言うんだ!じゃあ、いいわ!ニャーちゃんの想いを踏みにじるって言うんなら、こっちにも考えがあるんだから!」
そう宣言すると、クーリエは悪戯っぽく笑った。
どこか不穏な雰囲気が感じられ、ルキヤも少しばかりたじろぐ。
「な、なんだよ・・・?何をするつもりなんだよ・・・?」
「ルキヤ君の秘密を、ルキヤ君の同級生に言い触らしちゃおっかな~」
「俺の秘密・・・?なんだよ、それ・・・!?」
そこで、クーリエは優しい笑顔を見せる。
それがさらに恐怖を助長させたが、そう思わせない声色で少女は語った。
「以前、『六学聖武祭』に入賞したって理由で、将軍の中でも若い人達と一緒に合宿をしたことがあったじゃない?」
「あ、ああ・・・あの面倒臭かったやつな・・・・。それがどうかしたのかよ・・・?」
「その時にルキヤ君が何をしたか、よーく思い出してみて?」
そう言われた瞬間、ルキヤはクーリエが何を言いたいのかを察した。
少年の気怠げな表情に、初めて焦りの色が見える。
「お、お前・・・まさか・・・!」
「なんでも、セレ将軍達のお風呂を覗いた――」
『ちょっと待ったああああああッ!!!』
クーリエの言葉を制するように大声を出したのは、会話をしているルキヤだけではなかった。グレンの耳には彼以外にもアギトと、まだ名を知らない少年の声が届いたのだ。
「あら、ルキヤ君。どうしちゃったの、顔色変えて?」
「お、お前・・・その情報を誰から・・・・」
「もちろんセレ将軍達からよ。あの人達は『子供のした事だ』って許してくれたようだけど、同級生が聞いたら、皆どんな反応をするでしょうね?」
「ちょ、ちょっと待てッ!セレ姉ちゃん達は黙っててくれるって言ったんだぞッ!」
「お酒を飲んだら、ついポロッと・・・って感じよ、アギト君」
「違うんだ、クーリエ!あれはカシューン将軍に唆されて!」
その言葉は、未だ石柱の上に立つ少年から発せられた。
そこに視線を移すと、クーリエは朗らかに笑う。
「でもね、ユーヴェンス君。その場にカシューン将軍はいなかったって聞いたわよ」
「だからそれは、あの人だけ無事に逃げたからで――!」
「言い訳をここで聞く気はありません。――それでどうするの、ルキヤ君?」
可愛らしい笑顔のまま問い質すクーリエであったが、それはもはや脅迫であった。少年の口からすぐに拒否の言葉が出てこないだけで、すでに従っているも同然である。
「お主たち・・・しばらく姿を見ない時があったと思ったら、そのような事をしていたのか・・・」
「私は事情をよく知らないが、あまり褒められた行為ではないな。君達の年齢で女性の体に興味を持つなと言うのは難しいと思うが、そこは堪えるべきだろう」
追い打ちをかけるように、シンとグレンが苦言を呈す。
そして止めの一撃として、
「――汚らわしい」
と、最後の少女が呟いた。
クーリエの暴露により総攻撃を受けた3人は体中に汗を掻き、辛うじてルキヤだけが口を開く。
「い、いいだろう・・・今回ばかりは従ってやる・・・・」
不承不承といった感じに返事をすると、気まずくなったルキヤはグレンから急いで距離を取る。そして気持ちを落ち着かせると、冷静さを取り戻した面持ちで、遅ればせながらの名乗りを上げた。
「『万象を拒絶する者』ルキヤ・イクトニスだ。もうなんか全てがだるくなったから、すぐに終わらさせてくれ・・・」
言い終わると同時に、少年の姿が消える。どうやら先程と同じ魔法を発動させたらしく、グレンの目にも映らなくなった。
そしてそれだけでなく、ルキヤとそっくりの分身が大量に現れ、彼の周りを囲んでいく。少年の基本戦法は、分身や隠れ身によって相手を惑わし、隙を突いて攻撃を加えていくもののようだ。
だからこそ、グレンは思う。
(どうやら、この少年は俺と相性が悪いらしい)
人の気配を察知できるグレンには、今ルキヤがどこにいるのかが手に取るように分かるため、分身も隠れ身も意味をなさなかった。それゆえに初撃を難なく防げたのであるが、それを知らない少年は、数さえ増やせばいけると思ったようだ。
その分身が、グレンに向かって一斉に襲い掛かって来る。
しかしそれについても、水で作られているのをグレンは先ほど確認している。試しに分身が持つ剣に手を伸ばすが、やはり実体はなく、通り抜けてしまった。
とりあえずそのままの流れで握り拳を作り、偽物のルキヤの顔面を殴り付ける。すると分身は形を崩し、その場で水溜まりとなった。
どうやら攻撃を受けると制御を失うらしく、それ以降は何の変化も起こらない。
加えて、翻弄する以外の目的がないのか、傷を負わせるような攻撃手段もないように思われた。どこを打っても崩れていくため、単純作業のように1体また1体と壊していきながら、ルキヤ本体が攻撃して来るのを待つ。
そして辺りが水浸しになる頃、ついに少年自身が彼に迫って来た。
だが不思議な事に、ルキヤはグレンの正面に自分から姿を現す。そして剣で攻撃を加えるでもなく、面倒臭そうに頭を掻いていた。
「やっぱりな・・・。おっさん、俺がどこにいるか分かってるだろ・・・?」
意外な事に、ルキヤはグレンの特技を見抜いたようである。
「ほう、よく分かったな」
「本当にそうなのかよ・・・。最初の攻撃を防がれた時に『もしかしたら』とは思ったけどさ」
「どの辺りで確信に変わったんだ?」
「おっさんが俺の分身を躊躇なくぶん殴った時だよ。あれだけ子供に手を出すのを渋ってたくせに、本体が紛れ込んでいるっていう可能性を完全に排除した感じだった。俺がどこにいるか分かってなきゃできない行動だろ?」
「ふむ、言われてみれば確かにそうだ」
それにしてもあれだけのやり取りで気付けるとは、とグレンはルキヤに対して称賛を覚える。どうやら中々に頭の切れる少年であるようだ。
「はあ・・・やれやれ・・・ここまで相性の悪い相手は初めてだ・・・・」
「ならば、もう止めるか?」
その少年の諦めたような台詞を聞き、グレンは戦闘の終了を申し出る。彼にとってはそうしてくれた方が嬉しかったが、ルキヤの返答は嘲笑だった。
「冗談だろ?俺はもう勝ってるんだぜ?」
「なに・・・?」
この絶対的に不利な状況で何を言い出すんだと、グレンは少年に対して怪訝な声を上げる。しかし、ルキヤの笑みには自信が見えた。
「おっさん、後先考えずに分身を攻撃し過ぎだよ。自分の体を見てみな。ずぶ濡れだろ?」
「ああ、確かにそうだ。それがどうかしたのか?」
ルキヤの作り出した分身は、殴りつけると水になる。そのため、グレンの体は返り血ならぬ返り水によって濡れていた。
そんな彼の確認の言葉に、ルキヤは再び嘲笑を返す。
「それは俺の魔力で生み出した物だ。つまり、まだ俺の力が及ぶってことなんだよ」
「ふむ。それで?」
「やれやれ、いちいち察しの悪い大人だ。俺が無意味に分身を嗾けたとでも思ってるのかよ?」
「つまり、この状態は君の狙い通りということか?」
「やっと理解してくれたか。水っていうのはさ、なにもずっと液体のままって訳じゃないんだよ。温度を下げてやれば個体――つまりは氷になる。誰でも知ってる世界の常識だ」
それは当然グレンも知っていた。だが、少年が何を言いたいのかが分からない。
「つまり、何が言いたいんだ?」
「はあ・・・もう説明するのも面倒臭い。今から実践してみせるから、なるべく早く負けを認めた方がいいぜ?それこそ、喋れなくなる前にな」
勝利宣言とも取れる発言をすると、ルキヤは右手を顔の位置にまで上げる。そしてそれを力強く握ると、魔法を唱えた。
「――『凍てつく牢獄』」
直後、グレンの体を濡らす水が凍っていく。
体温が一気に下がり、体の自由も利かなくなっていった。
(なるほど。氷の魔法もあるが、あれは水属性ということか)
自身の体が凍っていく現状を理解しながらも、グレンはシンに教えてもらった属性の話と関連付けて、ルキヤの魔法を分析していた。あまりにも呑気な思考であったが、その状況が彼にとって、他愛ないものなのだから仕方がない。
やはりルキヤにとって、グレンは相性が悪い相手と言えた。
それを証明するかのように、グレンは体中に力を込め、全身を蝕む氷を無理矢理にでも剥がしていく。足と地面を一体化させていた部分も、音を立てて砕けてしまった。
「お・・・おいおい・・・」
無策極まりない対応によって自分の魔法が簡単に打ち破られていく光景を目にし、ルキヤは呆然としながらそれだけ呟く。かなり自信があったのか、先程までの軽快な喋りは聞こえなくなっていた。
そしてまだ凍った部分の残ったグレンに至近距離まで詰め寄られると、少年は大男を見上げる。
「どうする?まだやるか?」
その声には得意気な調子は一切なく、あくまで確認といった感じの響きであった。これは本当にどうしようもない相手だと悟ったルキヤは、潔く両手を上げる。
「いや、俺の負けだよ。やれやれ、馬鹿力もここまで来ると脅威だね」
「そうか。それは良かった」
ルキヤとの勝負が終わった事で、グレンは白い息を吐く。まだ寒さは完全に取り除かれてはおらず、実を言うとそこまで余裕がある訳ではなかった。
そんな彼のもとに、戦いの行く末を見届けた子供達が集まる。
「おっさん、よくやったッ!ま、結果は分かってた――うお!冷たッ!」
始めから分かってた結果とは言え、グレンの勝利によってルキヤの離脱がなくなり、喜んだアギトが彼の体を叩く。しかしまだ冷え切っていたため、装備越しに冷気が伝わり、慌てて手を放した。
「あれで動けるなんて、おじさんって本当にすごいのね。――うわ!冷たい!」
もう見慣れてしまったのか、クーリエも彼の体に触れ、あまりの体温の低さに驚いてみせる。しかし、どこか楽しそうであった。
「ニャーちゃんも触ってみて!すっごい冷たいから!」
「え・・・わ、私は別に・・・・」
「いいから!いいから!」
「ひゃっ!正に『極凍神ウィザスハ』の裁き・・・!」
仲間の離脱を防いだことでニャオの機嫌も少しは治ったと見え、少女2人はグレンの体に面白そうに触れてくる。その状況は妙に恥ずかしく、彼は自分の体温が少しだけ上がったのを感じた。
「お主たち。そのような事をするよりも前に、師匠を癒すのが先決だろう?」
それを見たシンが、唯一グレンを気遣ってくれる。師がどうとかは置いておくとして、嬉しい提案ではあった。
「あ、そうか。どうしよう?私が温めてあげようか?」
「いや、それよりも隊長が癒した方が早い。機嫌は直ったようだが、頼めるか?」
シンの確認に対し、ニャオは複雑な表情をして答える。
「我が捻じれし魂は未だ彷徨い歩く・・・。新しき輝きが生まれし時に、許しの福音が鳴り響くだろう・・・」
「すまぬ・・・。某にはさっぱりだ・・・」
「まだ完全には許せてないみたい。でも、明日になれば忘れてあげるって」
「すごいですね、クーリエ王女・・・。分かるんですか・・・」
「当然よ。だって友達だもん」
グレンの呆れながらも感心したような言葉に、クーリエは自信満々に答えた。だがそうなると、彼の状態を治せる人物はルキヤしかいなくなってしまう。
「おい、ルキヤ!おっさんをなんとかしてやれよッ!」
代表してアギトが指示をするが、当の少年は溜め息を吐いた。
「やれやれ、どうして俺がそんな事をしなくちゃいけないんだ。俺の攻撃はほとんど効いてないだろうが」
「おっさんが寒そうだろうがッ!」
「そんなの、クーリエでも何とかできるだろう?とにかく俺は御免だね」
もしかしたら負けて悔しいのか、とグレンはルキヤの言動を見て思う。こちらに全く視線を寄越さないし、発した声にも少なからず苛立ちが含まれているように聞こえたのだ。
「もう、しょうがないわね。おじさん、寒さくらいなら私がなんとかしてあげるわ」
クーリエがそう言ってくれたため、グレンはルキヤからそちらへと視線を移す。少女は手に持つ槍の石突を地に立てており、彼にはそれが魔法道具なのだと理解できた。
そして少しの間も置かず、槍全体が燃え上がる。クーリエの手も巻き込んでいたが、自身が生み出した物だけあって熱くはないようだ。
グレンの全身が、一気に温まっていった。
「おお・・・助かります」
「これくらいでいい?お望みなら、もっと火力を上げるけど」
「いえ、十分です。しかし、素晴らしい物をお持ちで」
グレンとしては、その言葉は礼を兼ねた御世辞であった。槍が燃え上がっただけでその全てを知ることなどできる訳もなく、ほとんど適当に言っただけである。
それでもクーリエは喜び、眩いばかりの笑顔を浮かべた。
「でしょでしょ!?『聖武祭』で上位になったから、お父様におねだりして特別に作ってもらったの!『高貴なる朱』って言うのよ!」
「なるほど。という事は一流の職人が作ったものですか。道理で見事な意匠だと」
「そのあたりは私が直々に監修しましたから!」
得意気なクーリエは、王女らしく丁寧な言葉遣いをして胸を張った。自分の美的感覚を褒められたのが嬉しいようで、気分の高揚と共に炎の火力が上昇する。
その結果、グレンの体は十分すぎるくらいに乾き切った。むしろ熱いくらいであり、急いで止めてもらうようクーリエに声を掛ける。
「クーリエ王女、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「そう?温めて欲しくなったら、また言ってね」
よほど嬉しかったのか、クーリエは最後にそう言った。異国の王女とは言え、高貴な身分の人物に気に入られるのは悪い気がせず、グレンはなんだか気分が良くなる。
「よしッ!じゃあ、次は誰がおっさんと戦るんだッ!?」
だが、それをすぐに台無しにされるような台詞をアギトが口にした。自分との戦いが催し物みたいになっており、グレンは呆れたように口を開く。
「こら、アギト。何を言っている」
「別にいいじゃねえかよッ!おっさんみたいな強え奴との戦いは、見てるだけでも楽しいんだッ!――どうだ、クーリエ!次はお前が行くか!?」
その言葉にグレンは動揺するが、少女は間を置かず首を横に振った。
「やめておきます。せっかく新調した衣装が汚れちゃうもん」
「それじゃあ、ユーヴェンス!お前が行けよッ!」
クーリエに断られたため、アギトは先ほど少しだけ会話に参加した少年を指名する。名をユーヴェンスと言うらしく、その少年は全力で手を振って拒否を表明していた。
「いやいやいや、無理無理無理!俺とその人じゃあ、相性が悪すぎる!」
「あー・・・確かにそうかもな。でも、やってみる価値はあるぜッ!『六学聖武祭』優勝者の実力を見せてやれよッ!」
アギトが発したその台詞に、グレンは少しだけ興味を持った。それはつまり、ユーヴェンスが『名もなき祭壇』の中で最も強いという事になるからだ。
誇ってもいい経歴ではあるが、不思議なことに本人は困ったような表情をしていた。
「優勝って言ったって、くじ運が良かっただけだろ!?シンやルキヤと当たってたら、余裕で負けてたって!」
それは謙遜というよりも、事実を告げているようであった。おそらく極端な力を有しており、戦う相手によってそれが機能したりしなかったりするのだろう。
「運も実力の内って言うだろッ!?いいから降りて来いよッ!」
「えー・・・まじか・・・」
不満を口にしながらも、ユーヴェンスは渋々石柱を降り始める。特に目を見張るような手段ではなく、シンと同じく慎重な降り方であった。
そして地面に辿り着くと一息吐き、足早にこちらに向かってくる。
その少年に対してグレンが抱いた第一印象は、『普通の子供』というものであった。他の少年少女と比べて地味という意味ではなく、同じくらいの年代ならば誰と比べても、取り分けて特徴があるようには見えなかったのだ。
少しだけ伸ばされた黒髪、ルキヤと同じ学生服、平凡な顔立ち。話し方にも特徴がないため、この場にいる他の子供達と比べると印象に残りにくい少年だと言える。
ただ、そんな彼にも気になる部分があるにはあった。
それは、魔法道具を何一つ身に着けていない、という点である。本来ならば身に着けている方が気を引くものだが、ユーヴェンスの場合は本当に何もないため、グレンは逆に気になってしまったのだ。
一応、武器として刀を左腰に差してはいるが、それも至って普通のものだ。
ほとんど話題には出なかったが、他の子供達は装飾品や衣服として多くの魔法道具を身に着けているのにも関わらず、である。
この少年だけが明らかに異質であり、その理由をグレンは聞きたくなった。
「君は・・・何も身に着けていないんだな」
少し言葉足らずではあったが、グレンは傍にまで来た少年に向かってその興味を伝える。そして自分のことであるために、ユーヴェンスは彼が何に気付いたのかを理解した。
「へー、すごいっすね。目利きって言うんすか?確かに、自分は魔法道具を何も持ってないっすよ」
感心すると共に平然と肯定を返してくる。そこからグレンは、ユーヴェンスが己の力のみで勝てるという絶対の自信を持っているような気がした。
「なるほど。流石は優勝者といった所か」
「あー、いやいや。違うんすよ。ちょっと訳ありなだけなんです」
「訳あり?」
どういった訳だろうかと、グレンは少しだけ考えてみた。
それで一番最初に思い浮かんだ答えが――彼自身の過去もあり――貧しいから、というものであったが、それを口にするのは流石に憚られる。
そのような想像をして勝手に気まずくなったグレンであったが、クーリエがすぐに答えを教えてくれた。
「ユーヴェンス君はね、特異体質なのよ」
「特異体質・・・ですか?」
一体どのようなものなのだろうかと考えてみても、こればかりは全く分からない。答えを求めるようにユーヴェンスへ顔を向けると、少年は軽く苦笑いを浮かべていた。
「あはは・・・お恥ずかしい話なんですけどね・・・。自分・・・魔力がないんすよ」
「魔力が・・・ない・・・!?」
表情にも若干の驚きを出しつつ、グレンは彼なりに声を上げる。それが事実ならば、正に前代未聞であった。
魔力の所持というのは決して特別な事ではなく、誰もがその身に宿していて当然のものなのである。使用に関して得手不得手はあるが、魔法を全く使えないグレンでさえも持っているのだ。
それがない。正直、すぐには信じられない話であった。
「本当なのか、それは・・・?そのような者がいるなど、聞いたこともないぞ・・・」
「ですよね。そういう反応しますよね。でもまあ、事実なんすよ」
言い切られても信じられず、グレンは確認を取るために他の少年少女へ視線を向ける。全員が彼の疑念を察し、ルキヤ以外が頷いてみせた。
「それは・・・なんと言うか・・・」
「あ。別にもう気にしてないんで、慰めの言葉とかはいらないっすよ?逆に、他の人にはない力を持ってるんで」
「そうなのか・・・。一体、どういうものなんだ?」
その問いに対しては、ユーヴェンスは少し誇らしげに答えた。
「どうやら、自分の全身は魔力を打ち消す体質らしいんすよ。だから自分の魔力も消えちゃってるみたいで。身軽な格好をしているのも、魔法道具を身に着けても効果が発揮されないからなんす」
「なに!?魔力を打ち消す・・・!?そのようなことが出来るのか・・・!?」
「まあ、色々と試した上で出した結論ってだけなんですけどね。うちの国の学者でも解明できないらしいんで」
「それはそうだろう・・・!そのような者がいるなど、聞いたこともないぞ・・・!」
あまりの驚きに、グレンは先ほど発した言葉を繰り返した。
特異体質という言葉が相応しいと思えるほどの力。おそらく、大陸全土を見渡してもユーヴェンスしか持ちえない特性であろう。
「自分はそれに『絶望の中で輝け』って名前を付けました。何にも頼らず戦わなくちゃいけない自分に唯一残された物・・・みたいな。ちょっと格好付け過ぎですかね?」
そう言って、少年は恥ずかしそうに笑う。
その言い様はどこか自虐的であり、グレンの抱いた感想と少し異なったため、少年を激励する意味も込めて率直な意見を言った。
「そこまで悲観するような体質ではないだろう。魔法使い相手には無敵ではないか」
「あー、それ。自分も始めはそう思いました。でも、意外と簡単に対応されちゃうんすよ」
「ほう、どのようにだ?」
「例えば、地面とかを爆破して瓦礫を飛ばすとか。それが結構痛いっていうね」
「ふむ・・・なるほど。言われてみれば確かにそうだな」
要は間接的な攻撃という事である。確かに有効な対抗手段と思われ、そのせいでユーヴェンスの体質が欠点のみに収束しているように感じられた。
魔法使いの天敵になることもできず、魔法道具や魔法で身体能力を強化することもできない。不利しかない状況でよくぞ武闘大会を優勝できたものだと、グレンは少年の実力に興味を持つ。
「だがそれでも、君はこの中で一番強いんだろう?どうやって他の子に勝ったんだ?」
「いや、だからそれ違いますって。ほんと、くじ運が良かっただけなんすから」
「そう言えば先程、シンやルキヤと戦ったら負けると言っていたな。何故だ?」
「それは自分の――」
「まあまあまあまあッ!そこまでにしとこうぜッ!勝負を始めちまった方が早いだろッ!?」
そう言って、アギトが2人の会話に割って入る。彼の中では、すでにグレンとユーヴェンスは戦うことになっているようだ。
「おいおい、アギト。さっきも言ったけど、俺はこの人みたいに純粋に接近戦が強い人には絶対に勝てないんだって。結果の見えてる試合なんてつまんないだけだろ?」
「馬鹿野郎ッ!やってみなくちゃ分からねえだろうがッ!俺に勝ったお前だったら、もしかしたら勝てるかもだろッ!?」
「そういうもんなのか・・・?まあ・・・そこまで言ってくれるんなら・・・やってみるけどさ。多分、あっけなく負けると思うけど」
言葉ほどの抵抗を見せず、ユーヴェンスはグレンと戦うことを表明した。顔が若干にやけている所を見るに、自分の力を認めてくれているアギトの言葉が嬉しかったのだろう。
「じゃ、すいませんけど、お願いします」
表情を戻し、少年はグレンに向かって小さく頭を下げた。
「ああ。いいだろう」
そう決めてしまったのならば仕方ないと、彼も即座に応じる。少しだけこの少年の実力を見てみたいという、戦士としての好奇心が生まれてもいたのだ。
そのユーヴェンスは、彼が応じるや否や数歩だけ下がって構えを取る。いきなりな行動に警戒してしまうが、どのような思惑があるかは一目瞭然であった。
ユーヴェンスは今、右足を前に出し、腰を軽く落とす姿勢を取っている。そして鞘を握った左手の親指を刀の鍔に当て、右手を柄に添えていた。
つまり――。
(居合か・・・)
抜刀術とも言えるそれが、彼の得意とする技なのだろう。構えに入った途端に目付きが変わり、グレンを捉える瞳には、先程まで口にしていた『負ける』という不安など欠片も宿っていなかった。
まだ少年の間合いに入ってはいないが、視線による斬撃を受けているような気分になる。
「そう言えば、名乗らなくちゃいけないんでしたっけ?」
姿勢を維持したまま、ユーヴェンスが尋ねた。
「好きにするといい」
「じゃあ、名乗りますよ。皆は忘れたり恥ずかしがったり嫌がってたりしてましたけど、俺はニャオからもらった称号、結構気に入ってるんですよね」
ユーヴェンスの集中力が高まっていくのを感じる。
これは名乗った瞬間が勝負だと、グレンの戦士としての勘が言っていた。
「自分は『底と頂』ユーヴェンス・ボージキノイドって言います。お手柔らかに」
言い切ると同時にユーヴェンスの目付きが鋭くなる。
それを見たグレンは、彼を初めて見た時に「どこにでもいるような少年」と評したことが大きな間違いであった事を理解した。
今のユーヴェンスから放たれる闘気は見事なものであり、若干15歳の子供が持ち得るものではなかったからだ。多くの苦難や鍛錬を積み重ねた結果として、自然と獲得したものなのだろう。
魔力の有無など関係ない。この少年もまた侮れない実力を有しているに違いなく、グレンは微かな動きも見逃さないように注視する。
――が、それでも見逃した。
人間という生き物は誰しも瞬きをするものである。それは彼とて例外ではないし、少年を見つめている時も自然な動きとして当然のようにした。
言うなれば一瞬の隙。その僅かな時間を使ってユーヴェンスは数mの距離を詰め、グレンを自身の間合い内に引き入れたのだ。
刹那、放たれる神速の刃。
腕の長さを含めても膨大とは言い難い間合いではあるが、それが届きうる小さな世界ならば、ユーヴェンスは最強と言われていた。
頂点に君臨する存在が繰り出す最速の居合は、グレンの右側面で金属音を響かせると、それとは逆の彼の左手に収まり動きを止める。
双方ともに、刀を抜き放った状態で静止していた。
「――な?」
その結果を受け、「言った通りになったろ?」とでも言うように仲間に向かって苦笑いを浮かべるユーヴェンス。だが、ほとんどの者は目をきょとんとさせていた。
「いや、疾えーよッ!見えんかったわッ!」
「おじさんもいつの間にか刀抜いてるし・・・」
「流石は師匠。ユーヴェンスの『死地駆け』からの『剣閃鳳輝』、そして続く『転臨』すらも防ぐとは」
「見えてたように言うんじゃねえよ。あいつにはそれしかないだけだろうが」
「くっ・・・!我らとは異なる、時の狭間での死闘・・・!邪眼を封じたままでは見えぬか・・・!」
そして、完全に観客と化していた少年少女がそれぞれの反応を見せる。
それに遅れてグレンはユーヴェンスの刀を放し、実感する時間もなかった驚愕を言葉にした。
「君のような少年が、どうやってここまでの力を・・・・!」
本人の説明通りならば、目の前の少年は魔法道具を身に着けておらず、強化魔法も効かないはずである。
つまりは素の身体能力だけで一瞬の接近を見せたのであり、子供が持っていい力の範疇を優に超えていると言ってよかった。
またそれだけでなく、その後に放たれた居合斬りも見事である。接近したと同時に流れるような動きで刀が半円を描き、常人の目には映らない領域の速度でグレンの胴へと迫ってきたのだ。
それでも彼ならば目で追うことができ、指で捕らえることも躱すことも出来た。しかし、そのどちらもユーヴェンスの磨き上げてきた技術に対して無礼に思え、グレンは大太刀をほとんど反射的に抜き放って応戦した。
鋭くはあったが力負けはせず、難なく弾くことに成功はする。だがその直後には、すでに少年が反転しているのを目にした。
それは居合斬りが防がれるのを前提とした動きであり、一切の動揺も見せず、今度は逆方向からの刃がグレンを襲う。初撃とほぼ同速度の二撃目は、並の者には到底対応できるものではなく、相手がグレンでなければ終わっていただろう。
そして、延々と続きそうであったために刀を捕えなければ、まだ連撃は続いてたのかもしれない。
結果的にはグレンの勝利で終わったが、武闘大会での優勝も頷ける実力であった。
「こればっかり繰り返し鍛錬を積んできたっすからね。魔力がない俺は、一点突破の一芸に頼るしかないんすよ」
刀を鞘に納めつつ、苦笑いをしながらユーヴェンスは言う。再びの自虐的な発言を聞き、グレンはこの少年が自分を卑下するのに躊躇いを持っていない事を察した。
おそらくこれまでに、魔力を持たないという理由で苦い思いをしてきたのだろう。それ故に自己評価が低く、常に謙遜するような言動をとるのだ。
それでも諦めず剣士としての才能を開花させたのは、彼の中に不屈の精神が宿っているからに違いない。
少年に対し敬意を覚えたグレンは、思わず手を差し出していた。
「ユーヴェンスという名だったな?若いのにも関わらず、見事な腕前だった」
「え?あ、いや、そんな大したことありませんって。握手だなんて大袈裟な。さっき言いそびれましたけど、相手によって機能したりしなかったりする尖った力なんすから。最初に見せた移動だってそれなりに近づかないと距離足んないですし、シンみたいに手数の多い相手やルキヤみたいに的を増やしたりする相手には何にもできないっすからね」
「なるほど、確かにそうだ。だが、私が君の力に感動を覚えたのも事実だ」
そう言われ、ユーヴェンスは照れくさそうに頭を掻く。アギトの時と同様、自分の力を認められて嬉しいようであり、あまりそういった経験がなかったのだろうと思われた。
「じゃあ、まあ・・・そういうことで」
最終的には頭を掻いていた手を伸ばし、ユーヴェンスはグレンの手を握る。そこからは少年が積み重ねてきた努力の影が見え、グレンは再び深く感心した。
(ん・・・?)
しかしその時、彼は自分自身の体に発生した変化に気付く。
何故かは分からないが、ユーヴェンスに触れた瞬間、今まで抱えていた体調不良が跡形もなく消え去ったのだ。
理由が分からないと、グレンは放した自分の手を不思議そうに見つめる。それを見たユーヴェンスは少しだけ眉を顰めたが、すぐ何かに思い当たったのか、申し訳なさそうな顔をした。
「あ、すいません。もしかして、強化魔法とか掛けてました?自分の体って、他人に触れるとその人に掛かってる魔法も打ち消しちゃうみたいなんすよ」
「そうなのか・・・」
しかし当然、グレンは自身に強化など施していない。
では、彼の体には何が起こったのだろうか。自分だけでは分からなかったため、グレンは話の流れとしてユーヴェンスに聞いてみた。
「実はそういう訳ではなくてな。君に触れた瞬間、急な体調不良が治ったんだ。もしや、君には癒しの力があるんじゃないか?」
清々しい気分から、グレンは最後に冗談を言った。少年もそれを否定しようと苦笑いを浮かべるが、どういう訳かすぐに真顔に戻り、続いて何やら思案するような表情になる。
そして、グレンに向かって恐る恐るといった感じに尋ねてきた。
「あのー・・・もしかしてなんですけど・・・体が重く感じたり、視界が狭くなったりしました・・・?」
「よく分かったな。その通りだ」
「あと、普段より痛みを感じやすくなったとか、思考が鈍いとか・・・ありました・・・?」
「それも当たっている。なんだ?心当たりでもあるのか?」
「はああああああ・・・・・まじかー・・・」
グレンの問いには答えず、ユーヴェンスは衝撃を受けた表情で別の方向に目をやる。釣られて視線を向けると、そこには最後に残った少女がおり、石柱の足場に腰掛け、厚底の靴を履いた足をぶらつかせていた。
長い金髪を螺旋状に巻いた髪が特徴的で、華やかな素材をふんだんにあしらった桃色の服を着ている。その手には同じく桃色の日傘を持っており、育ちの良いお嬢様といった印象であった。
グレンと目が合うと、にこやかな笑みと共に空いた手を振ってくる。一応会釈を返そうとしたが、それよりも先にユーヴェンスがその少女に向かって大声を上げた。
「おい、チュティ!お前、いつからこの人に『可愛い悪戯』を使ってた!?」
一体なんのことだと、それを聞いたグレンは訝しむ。
しかしそういった反応をしたのは彼だけで、『名もなき祭壇』の面々は誰もが動揺を露わにしていた。それはある種の騒ぎに近く、余程の事が起こっていたのだと思われる。
「ど、どういう事だよッ!?おいッ!?」
特にアギトの声が大きく、その慌てっぷりにチュティという名の少女は優雅に笑う。
「うふふふふ。大変よろしい反応です、アギトさん。それでこそ、秘密にしていた甲斐があったというものです」
「じゃ、じゃあ・・・!本当におっさんに・・・!」
「はい。ですが、それは最初だけです。すぐに『乙女の憂鬱』に変えさせていただきましたわ」
その会話の内容は、やはりグレンには分からない。
しかし、彼女の力を知っている子供たちは一斉に大きな驚きの声を上げていた。あのルキヤですらそうなのだから、少年少女の覚えた驚愕が相当なものなのだという事が分かる。
「すまない。どういう事だ?」
ただ1人だけ蚊帳の外であったグレンは、状況を知ろうとユーヴェンスに声を掛けた。何故か少年は打ちのめされたような顔をしており、引きつった笑みで答えてくれる。
「さっき、急に体調が悪くなったって言ってましたけど・・・それ、あいつの魔法なんですよ・・・・」
そうだったのか、とグレンは軽く目を見開く。
それと同時に、まだ魔法使いがいたのか、とも思った。先程から見られたグレンの傷を治す際の一悶着には、彼女の名前は確か出てこなかったはずである。
それに対してグレンの中で疑問が生まれ、重ねて問い質した。
「なるほど、あの少女も魔法使いということか。しかしだったら、私の傷は彼女に治してもらえばよかったんじゃないか?」
「いや、あいつはそういう奴じゃないんすよ・・・。意地が悪いって言うか、他人のためになるような事は絶対にしないって言うか・・・・。それこそ、ルキヤ以上なんす・・・」
「それは・・・よっぽどだな・・・」
『ルキヤ以上』という言葉に、グレンは戦慄する。
「その証拠が、あいつの作った魔法なんす。『可愛い悪戯』は相手を弱体化させる魔法。『乙女の憂鬱』はその強化版。グレンさんの体調不良は、それが原因だったんすよ」
「ふむ、相手を弱体化させる魔法か・・・」
グレンにとって、それは目新しいものであった。しかし考えてみれば、他人を強化させる魔法があるのだから、弱体化させる魔法があったとしても不思議ではない。
それでも彼はこれまでそのような魔法に出会ったことがなく、誰かとの会話で話題に出たこともなかった。
おそらく、効率の問題なのだろう。味方1人を強化すれば複数の敵を倒すこともできるが、1人の敵を弱体化してもその者しか倒せないからである。
ただ、それはそういった観点での話であり、実際に掛けられたグレンには恐ろしいものだと思えた。
「チュティの奴は、それで相手が苦しむのを見るのが好きなんすよ。『聖武祭』の時なんてひどかったっすから。『乙女の憂鬱』を掛けられた相手は基本的に立っていることもできないんすけど、それで地べたに這いつくばる対戦相手の手を踏み付けながら、笑顔で『さあ、頑張ってください』とか言うんすよ」
そして、使い手も恐ろしい人間のようであった。
「誤解です、ユーヴェンスさん。私は別に虐めたくてそのような事をしているわけではありませんのよ?必死になってもがく人の姿に、美しさを見出しているだけですわ」
チュティとグレン達の間には少なからず距離があったが、何らかの魔法を使っているようで、声を張らずとも支障なく会話ができていた。
そのため少女の声は真実を語っているかのような声色で聞こえたが、ユーヴェンスは「絶対に嘘だ」と言いたげな表情をしている。そんな彼に向かって、チュティはさらに言葉を続けた。
「惜しむらくは準々決勝でユーヴェンスさんと当たってしまったことです。もしそうでなければ、他の皆さんの頑張る姿も見られましたのに」
強化魔法も効かないユーヴェンスであるならば、弱体化の魔法も効かないという事であろう。チュティにしてみれば彼は天敵であり、それ故に敗北を喫したのだと思われた。
ただ、そのせいでユーヴェンスを見る少女の目付きは鋭く、笑顔の中に憤怒が見られる。実は標的にされていたと知った他の少年少女も、それを見て少し青褪めていた。
「ですが今回、グレンのおじさまのおかげで良いものを見ることができました。『乙女の憂鬱』よって力の半分も出せない相手に無様にも敗北していく皆さん。とても滑稽でしたわよ?」
『おじさま』と呼ばれ、グレンは少しだけむず痒い気分になる。しかし『おっさん』や『おじさん』と呼ばれるよりかは遥かに心地良く、悪い気はしなかった。
そんな彼とは対照的に、真実を知った『名もなき祭壇』の子供達の中には、悔しそうな顔をしている者もいる。
「い、いつからだッ!?いつから使ってたッ!?」
その感情を爆発させるように、アギトがユーヴェンスと同じ質問を改めて少女にした。抑えられない笑みを湛えつつ、チュティはそれに答える。
「ニャオさんが魔導を使われた時に『可愛い悪戯』を、おじさまが石柱を壊した時に『乙女の憂鬱』を使わせていただきました」
「ってことは、俺の時にはもう弱ってたって事かよおおおおッ!!」
微かな希望に縋っての質問だったらしく、非情な現実を知った少年は打ちひしがれる。それはつまり、それ以降にグレンと戦った少年達も同じ条件だったという事であるため、大なり小なり似たような反応を見せていた。
「さ・・・流石は師匠・・・!武の道は・・・まだまだ険しいという事か・・・・!」
「やれやれ・・・それであれかよ・・・。どう考えても異常だろ・・・」
「俺は始めから負けると思ってたけど、なんか釈然としない・・・」
などと、少年達が思い思いの言葉を口にする。
辛うじて最悪の被害を免れたニャオだけが、何故か誇らし気であった。
「くっくっく・・・!やはり闇の波動は我に味方したか・・・!『名もなき祭壇』の長たるこの我に・・・!」
「良かったわね、ニャーちゃん。私も戦わなくて本当に良かった」
それに応じたクーリエも共感するように笑う。
少年と少女で大きく異なる反応を見せたが、そのどれもがグレンの耳には届いていなかった。彼の興味は、チュティの弱体化魔法に向けられていたのだ。
「チュティ君、君の魔法について少し教えてもらってもいいか?」
思いがけない発言に、問われた少女は首を傾げる。
「あら?どうなさいましたの、おじさま?私の魔法が何か?」
「いや、実を言うとだな、君の魔法がどういったものなのか知りたくなったんだ。相手を弱体化させるというのはとても珍しい。良かったら話を聞かせてもらいたい」
「それはそれは。とても光栄です。乙女の秘密以外でしたら、なんでも答えて差し上げましてよ」
ならばと、グレンは尋ねる。
「なぜ弱体化という選択を?」
「魔法使いである私が、接近戦をどう凌ぐか考えた結果ですわ」
「なるほど、面白い発想だ。では、その魔法の効果範囲はどれくらいなんだ?」
「私の視界に映るならば、どのような距離でも。人数も、『可愛い悪戯』ならば一度に数百人、『乙女の憂鬱』ならば数十人はいけますわよ」
「それはすごいな・・・!」
チュティの魔法の詳細を聞いたグレンは、そう言って素直に感心した。少女が使う魔法を味わった彼だからこそ、新たに知った情報の脅威を十分に理解する。
そしてそれ故に生まれた言葉を、グレンはチュティに伝えた。
「もしかしたら、この中では君が一番厄介な相手かもしれないな」
その言葉が発せられた瞬間、負けず嫌いな面々が不服を露わにする。アギトの「はあああああッ!?」という声が、やはり一番よく聞こえた。
逆に、褒められたチュティは眩いばかりに瞳を輝かせている。
「嬉しいですわー!そのように仰ってくださる方は中々いらっしゃらなくて!グレンのおじさまは本質を見極める力を持っていますのね!」
「そうか?私は思ったことを言っただけだが」
「きゃーん!」
グレンの言葉が心からの賛辞と分かったチュティは、さらに嬉しそうに喜びの声を上げる。そして突然、自身の隣に置いてあった手提げ鞄を漁り出すと、棒状の持ち手が付いた何かを取り出した。
「お礼にこちらの飴を差し上げます!」
どうやらそれは飴だったらしく、菓子と聞いたグレンは僅かに心を躍らせる。しかし先程、ユーヴェンスから少女の性格に関する話を聞いていたため、少しばかり用心をした。
「いや、結構だ。逞しい発想をする君ならば、何か入れているかもしれないからな」
「きゃーん!ば・れ・て・るー!」
本当に何か仕込んでいたらしく、それを看破された上でチュティは楽しそうに声を上げた。この子は油断ならないなと、安堵しながらもグレンは心に刻む。
「おい、おっさんッ!俺ともう一回勝負だッ!!」
その時、アギトが傍にまで駆け寄って来て叫んだ。唐突な発言に驚いて振り向くと、少年の瞳の中に闘志と怒りが宿っているのを目にする。
戸惑いつつも、その真意を尋ねた。
「何故だ?」
「何故じゃねえッ!弱ってるおっさんに負けたんじゃ悔しいじゃねえかッ!」
つまりは全力のグレンと戦いたいという事であった。
しかし、それは無意味なようにも思える。
「馬鹿か、お前。弱ってるおっさんに全力出して負けてるじゃねえか。戦わなくても結果は見えてるだろうが」
それを、ルキヤが冷たく突き付けた。代わりに言ってもらえて手間が省けたと思ったグレンであったが、それで納得するアギトではない。
「うるせえッ!だったら、俺は今ここで限界を超えるッ!!」
などと勇ましい事を言っており、それに対して諦めたようにルキヤも頭を振った。
ただ1人、チュティだけはその発言を聞いて、何か良いことを思いついたといった感じに手を打ち合わせる。
「おじさまー!」
そして、少女はグレンを呼んだ。
何事かと再び顔を向けたグレンは、石柱の上で立ち上がるチュティの姿を視界に収めた。その手には、畳まれた傘と手提げ鞄が持たれている。
「私、ここから降りたいんですのー!受け止めてくださるー!?」
「・・・なに?」
そう言うと、返事を聞く前に少女は石柱から飛び降りた。足からではなく背中を下にして落下しており、グレンが受け止める事を前提とした体勢である。
それを見て慌てたグレンは本気で駆け、チュティの落下地点へと全速力で向かう。常人ならば絶対に間に合わない距離ではあったが、グレンは少女が落下する遥か前に辿り着き、その両腕で優しく体を受け止めた。
今度は万全の体調であったため、変な所に触れてもいない。
「あん、つまらないですわ。もう少し危ういところで助けていただきたかったのに」
「無茶な事をするんじゃない・・・!怪我をしたらどうするんだ・・・!」
「ごめんなさい、おじさま。でも私、気に入った相手を困らせるのが大好きなんですの」
そう言う少女の笑みは怪しく、グレンはなんだか寒気を感じた。とりあえず下ろそうと体を動かすが、チュティは彼の首に両手を回してそれを拒否する。
「皆さんの所まで連れて行ってくださる?」
自分の足で歩くのが面倒なのか、少女がおねだりをしてきた。しかしそれは命令のようにも思え、グレンは仕方なくチュティを抱えたまま元いた場所に戻って行く。
そんな彼らを、興奮した声が出迎えた。
「おい、おっさんッ!なんだ今の走りッ!俺の『雷神特攻形態』より疾えーじゃねえかッ!!」
「特殊な足運びがあると思われました!某にもぜひ伝授していただきたい!」
「自分も参考になるかもしれないんで教えてもらっていいっすか?」
アギト、シン、ユーヴェンスの3人が詰め寄る。向上心があって素晴らしい限りであったが、グレンには教えられるような事など何もなかった。
その旨を伝えようと口を開きかけるが、それよりも先にチュティが彼の腕から降りる。
そして興奮する3人に向かって、こう言い放った。
「皆さんの自分を鍛えようと思うそのお気持ち、とても感銘を受けましたわ」
突然なにを言い出すんだと、全員が少女に目を向ける。
「ですが、おじさまに教えを請うだけで本当によろしいんですの?アギトさんも先ほど仰っていましたが、自分の力で限界を超えるべきではありませんか?」
「おい、チュティ。何が言いたいんだ?」
訳が分からないと、代表してユーヴェンスが問い掛けた。
「分かりませんか、ユーヴェンスさん?私達はいずれ国を背負う立場になります。そのような若人が、このような所で楽をしてはいけないと思うんですの」
「いや、だから何が言いたいんだよ?」
「つまりですね。グレンのおじさまに本気を出してもらいましょう、という事なんです」
「はあ・・・・?」
ユーヴェンスが理解不能と声を漏らす。
それにはグレンも同意であり、どういう意味で言っているのかと眉間に皺を作った。
「シンさんも仰っていましたが、強い方と戦うことが強くなるための近道。ならば、皆さんよりも強いおじさまに本気を出していただき、稽古を付けていただくんです」
「それは確かに願ってもない提案だが、師匠の力は規格外だ。某達では全力どころか、お主の魔法が掛かっている状態でも太刀打ちできなかったのだぞ?本気を出す以前の話だと思うのだが・・・」
名前を出されたシンが、少女の考えに否定的な意見を述べる。無意味とは思わないが、自分達はまだその領域まで辿り着いていないと言いたげな台詞であった。
それについては同じ意見の者がほとんどで、特に異論はなく、精々アギトが不満顔をしているくらいである。チュティの提案はどう考えても圧倒的少数派であり、実現は叶いそうにないと思われた。
しかしそこで、少女は先ほど思い付いた名案を発表する。
「ですので、全員で戦いましょう」
「なに・・・?」
その不穏な発言に、たまらずグレンが疑問の声を呟いた。
それを聞いたチュティは彼に振り向き、
「よろしいでしょう?お・じ・さ・ま?」
と、可愛らしく聞いてくる。
それでもそこにはどこか邪気があり、グレンは嫌な空気を肌で感じ始めていた。
気に入った相手を困らせるのが好き。
そう語った少女の言葉を思い出し、最後の最後で本当に厄介な存在が出て来たと、彼の額には汗が浮かぶ。チュティの笑顔には「絶対に逃がさない」という意思が見受けられ、グレンは唸る事しかできないのであった。




