4-23 無責任な戦術
「急な呼び出しにも関わらず、集まってくださってありがとうございます」
会議の場に全ての者が集まったのを確認した後、エンデバーが頭を下げつつ言った。
集まれない者を除き、この場には以前と同じ面々が揃っている。部下である兵士達は数を減らしているが、指揮官である彼らは多少なりとも覚悟や度胸があるようだ。
「して、エンデバー。冥王国との最終決戦における戦術とはなんであるか?」
逸るジェイクが、開始早々エンデバーに問い掛ける。
そこに異論を挟む者はおらず、誰もが『天才軍師』として知られる青年に視線を注いでいた。
「すぐに説明します。ですがその前に、皆さんに言っておきたい事があります」
注ぎ続けていた視線をそのままに、全員がエンデバーの言葉を待つ。4種の陣営から成る圧力が襲い来るが、彼の中に恐れはない。
「まず今回の作戦ですが、これは決して良い作戦ではありません」
仕方ないか、と何人かが苦い顔をするのをグレンは見た。
エンデバーの言葉は、同時に彼らの内に死者が出る事を示唆しているため、無理もない反応だろう。
「はっきり言って、勝算は薄いです。ですが、竜を擁する冥王国に勝つには僅かでも可能性のある戦い方を選ぶしかありません。もし別の手段があったら、説明の途中でも構わないので言ってください。むしろお願いします」
そう言って再び一礼をすると、エンデバーは説明を始める。
「今回の作戦を簡単に言いますと、『精鋭部隊による冥王強襲』です」
やはりか、とほとんどの者が心の中で納得した。
戦力に圧倒的な差があるのならば、敵勢力の頭を叩くべきなのは彼らであっても分かっていた事だ。そして、その代償が大きいこともすでに理解している。
故に、議題は自然と作戦内容に移って行った。
「どのようにする?忍び込むのか?」
「いえ。皆さんも御存知の通り、冥王国はここ天示京に向けて進軍しています。その最中、自分達の君主の護衛を怠るような連中ではないはずです。周りには何人もの将軍がいると思われるので、守りは鉄壁と言って良いでしょう」
「では、どのように攻める?」
グレンの知らない誰かとの問答の末、エンデバーは机に目を落とす。釣られて全員が、その上に広がる地図に視線を移した。
それは前回の物よりも詳細に描かれた代物であり、見る者が見れば地形の起伏を正確に理解することができる。そしてそこには、同盟軍と冥王国軍の勢力を表しているであろう駒が幾つか置かれていた。
それが彼我の戦力差を見るだけで教えてくれており、一見して約3倍の開きがあるように思える。
エンデバーが予測した戦力差という事なのだろうが、やはり絶望的なまでの差があった。最初から置いてあったため現実を知りたくないと、直視しないよう努めていた者達が唸ったのが聞こえる。
「これは俺の予想でしかありません。もしかしたら、これよりもっとひどい戦力差である事も覚悟しておいてください」
「そ、それでどうするんだ・・・!?」
慌てふためく男が問う。
他の者も同様の心地であることは分かっているため、エンデバーは勿体ぶらずに説明を始めた。
「これも皆さん御存知かと思いますが、冥王国軍の進路に関する情報が手に入りました。出所は不明、入手した者も不明のものですが」
そうだったのか、と聞かされていなかったグレンは驚く。しかしかなり怪しい情報であり、それを元に作戦を考えるのは危ういと考えもした。
そして、その点については当然の如く同盟軍の者も言及する。
「待て!そのような情報に我らの命を預けろと言うのか!?」
「御尤もな意見です。しかし、事実確認に向かわせた者からは、すでに『冥王国軍を発見した』との報告が入っています。進路もほとんど一直線に天示京を目指しているようなんで、信用できる情報ではあるみたいですよ?」
そう言われ、先ほど叫んだ者は黙った。
そして次に、ロイドが口を開く。
「しかし、エンデバー君。一体、誰がそのような情報を入手できたんだ?」
「おそらく、冥王国との内通者でしょう。それ以外に、そんな真似ができる人なんていないですからね。勿論これは心変わりして冥王国を裏切ったとかではなく、向こう側の指示で情報を流したに違いありませんけども」
そのエンデバーの推察には、誰もが驚愕した。
「待ってくれ・・・!だとすると、冥王国自らが自分達の進路を教えてきたという事か・・・!?一体、何の利点がある・・・!?」
誰もが抱いた疑問を、代表してロイドが尋ねる。
会話に参加せず聞くばかりなグレンは、エンデバーが答える間にも自分で考えてみるが、これといった理由は思い浮かばなかった。大人しく、答えを待つ。
「おそらく、こっちの更なる動揺を誘ったんだと思います。冥王国に竜がいるという話だけで多くの人達が逃げるのを選んだんですから、それが攻めて来ると分かれば尚の事ってやつですよ」
「そういう事か・・・。戦わずして、こちらの戦力を弱体化させようとしているのか・・・」
「はい。正直、かなり効果的な手段です。竜を戦力に招き入れた手腕といい、その戦略といい、冥王ドレッドは恐ろしいくらいに戦争上手ですよ」
敵に対するエンデバーの称賛は、少なからず仲間の恐怖を誘う。
皆をこれ以上怯えさせてはいけないと、逆に青年は力強い笑みを見せた。
「まあ、ですから今回の作戦を思いついたんですけどね」
エンデバーの笑顔は、彼らの士気を高めるには弱々しいものである。しかし希望にはなり得たようで、恐怖の色が少しだけ期待に染まった。
「では、説明を始めます。まず戦いの舞台ですが――ここです」
エンデバーが指差したのは、月食竜によって崩壊した山があった場所から、天守国の領土内に大きく入り込んでいる付近。そこは山も谷も森もない、至って平凡な平原であった。
「待て!この数を相手に平原で戦うのか!?」
天守国の者が声を上げる。
敵よりも数で大きく劣る場合、基本的に平地で戦うのは悪手である。包囲されるのは目に見え、逃げ場もなく攻撃を受け続けるのは確実だからだ。
「もっと別の・・・!数の生かせぬ狭所や潜める森などがあるだろう・・・!?」
戦を知る者として、当然の意見を述べた。
しかしそれは、エンデバーによって否定される。彼は首を横に振ると、こう反論した。
「奴らの進行上にそういった場所があったら、俺も間違いなく狭所や隠れる場所の多い所を選んでいました。ですが、どこを探してもそのような場所はありません。そして、不利になるような場所に奴らがわざわざ来てくれるとも思えません」
それは納得せざるを得ない理屈であり、質問者も口を閉ざす。
その者に取って代わって、別の戦士が意見を口にした。
「そうだ!冥王国が天示京に向けて一直線に進軍してくると言うのならば、途中にいくつか砦がある!その中でも特に堅固な『岩窟砦』で迎え撃とう!」
それが防衛する側の利点であるだろう。侵攻する国とは異なり、予め用意された施設を活用し、備える事ができる。持久戦にはなるだろうが、数を相手にも耐えられる可能性があった。
しかし、それはある要素で否定される。
「相手が人間だけだったら、俺もそうしました。でも、向こうには竜がいます。この中に、未だその脅威を理解していない人はいませんよね?砦なんて、1発で吹き飛んじゃいますよ」
「う・・・た、確かに・・・!」
「し、しかし・・・だとしたら・・・平原で戦うというのは消去法か・・・?それは・・・あまりにもか細き理・・・」
他の者が議論に加わり出す。
前回とは異なり、発言者の数が多くなってきた。この場にいる全員が必死だという事なのだろう。
「そうでもありません。相手に有利な平原だからこそ、敵の油断を誘えます。それに、両軍入り混じっての戦いなら、竜もそう易々と手を出せないでしょうし」
勿論それは、竜が人間を敵味方で区別しているという条件が大前提である。そうでなければ、多くの冥王国兵を道ずれに、同盟軍が壊滅的な打撃を受けるだろう。
(そこら辺は、冥王がしっかり手綱を握っているのを信頼して・・・)
時には味方だけでなく、敵を信じるのも重要である。そうする事で相手の動きを予測し、対抗策を講じるのだ。
それが外れた場合の損害は大きいが、多少の博打に勝たなければ、強大な敵を上回る事はできない。
「う・・・うむ・・・分かった・・・。ならば、場所はその平原という事で・・・」
「はい。――それでなんですけど。おそらく、相手はこういった陣形を組むと思うんですよ」
地図の上に置かれた駒を動かし、エンデバーは平原に位置する場所に冥王国軍の陣形を形作る。それはあの時見た、包囲を目的として横に広がった陣形であった。
「まず、君主である冥王を守るため、奴の前方を重装歩兵が固めます。そして、それらがずらっと並んで中央の部隊が形成されるでしょう。両翼には機動力のある騎兵。これらは基本的にこちらの後ろを取る役割ですね。そして、中央と両翼の間には弓兵や魔法使いなどの遠距離攻撃を担当する部隊が勢ぞろいするはずです。同盟軍の中央部隊を牽制しつつ、囲ったら一斉放火って感じですかね」
説明を聞く者の中には、冷や汗を流し始めている者もいた。
冥王国軍が取ると思われる陣形は至って単純であり、そこまで驚くようなものではない。しかし、基本に沿っているため穴が見つからず、数の多さがそのまま脅威となっていた。
そんな彼らの恐れを理解しつつ、エンデバーは続ける。
「――で、それに対して同盟軍はこういった陣形を作ります」
エンデバーは同盟軍の戦力を模した駒を動かし、冥王国軍と似たような横一列の陣形を形作る。それを見た者の中には、疑問府を浮かべる者もいた。
「ちょっと待て。これでは何の変哲もない並びではないか」
「はい、そうですね。ですが最初に言った通り、今回の肝は『精鋭部隊による冥王強襲』です。ですので本命以外は気にしないでください」
「ふむ・・・。それで、その本命とやらはどこに配置するんだ?」
「それはですね。――ここです」
同盟軍の陣形は冥王国軍と同じく、中央に歩兵、両翼に騎兵、その間に弓兵や魔法使いを配置するというものであった。当然、数に差があるため、その効果の程は小さい。
そしてエンデバーは、自身の言う『本命』の駒を、その左翼と中央の間の後方に置く。
つまりは隠れるように配置されており、身動きも取り辛そうであった。
「もう少し良い場所はないのか?冥王国の背後を取るために大回りするとかあるだろう?」
「今回は短期決戦を想定しているので、裏周りはしません。真っ直ぐ正面から挑みます」
「正面から!?この大軍を前にか!?」
「はい。相手も後ろを取られることに関しては警戒しているでしょう。しかし、真正面からは無警戒のはず」
「無警戒以前の話だ!これだけの大軍勢を前方に配置していれば、警戒の必要などないだろう!」
「そうです。だからこそ相手の虚を突ける。来ないと思っている場所から敵が現れれば、いかに冥王国の将軍たちでも即座に対応はできないはず。その隙に冥王を討ちます」
「その隙にと言うが――!」
「まあ、待て。青年、そこに至るまでの過程を説明してくれないか?」
複数人とのやり取りを終え、最後の質問に頷くと、エンデバーは駒に手を伸ばす。まず掴んだのは、自軍右翼の物であった。
「作戦内容に関して疑問があったら、随時聞いてください」
と、前置きをした後、それらを動かす。
「両軍にらみ合う中、どこよりも早く右翼騎兵部隊が動きます。冥王国軍左翼の前進を妨害するため、全速力で駆けてもらいます。――そして、自軍より孤立してください」
その瞬間、大勢の者が色めき立つ。
「待て待て待て!いきなり訳が分からんぞ!」
「この人数差を相手に孤立すれば、それこそ容易に包囲される!」
「そうだ!好機と見た敵軍左翼が一気に押し寄せ、瞬く間に壊滅させられるだろう!」
「無駄死にになるではないか!」
矢継ぎ早に発せられる批判を、エンデバーは平然と受け止めていた。その程度の指摘は想定内、とでも言うように両手で皆を制す。
「まあまあ、落ち着いてください。勿論、相手もそう動くでしょう。孤立した同盟軍右翼を殲滅するため、左翼部隊を一気に動かすに違いありません」
「では、どうするんだね?」
「中央を救援に向かわせます」
ロイドの問いにエンデバーが答えると、先ほど慌てていた者達も溜飲を下げる。しかし、わざわざ孤立させてから救助に向かう理由が分からなかった。
それを説明せずに、エンデバーが自軍中央と敵軍左翼の駒を突出した自軍右翼に寄せる。
「――で、こうなると今度は敵軍左翼が窮地です。ですから、冥王国軍は中央部隊をこう動かすと思います」
続いて、敵軍中央を自軍中央へと近づける。同盟軍の右翼部隊に引っ張られる形で、両軍の戦力の大半が片側に寄った。
「おいおい。今度は左翼が孤立するぞ」
駒を使っているため、仮想戦場の状況は誰の目にも明らかである。同盟軍の左翼と冥王国軍の右翼が、他の部隊から切り離されるように互いに孤立しかけていたのだ。
「はい。同盟軍の右翼を先行させる理由はこれにあります」
「ん?どういう事だ?」
「続きを説明しますね。この孤立しかけている左翼ですが・・・こうやって――」
言いながら、エンデバーは敵軍右翼を大きく迂回させるように自軍左翼の駒を動かす。必然的に、自軍左翼と他部隊が大きく離れる結果となった。
「――完全に孤立してもらいます」
先程の自軍右翼と同じような状況に陥っていたが、同様の批判は出ない。そのまま行けば、敵軍右翼の外を回り、敵陣の後ろを取れると思われたからだ。
「なるほど。そうやって冥王のもとまで行くのか」
「いや、待つんだ。それでは先ほど言った『精鋭部隊』が意味をなさない。――エンデバー君、これにはどういった意味が?」
「それはですね、ロイドさん。同盟軍の左翼が大きく迂回する動きを見せれば、当然相手はそれを妨害しようとしてきます。つまり、こういった感じに――」
外に向けて移動をする同盟軍左翼を追って、冥王国軍右翼の駒を動かす。大量の騎兵が一気に動き、あっという間に壁を形成した。
「む・・・!」
「これは・・・!」
しかし、聞こえてきたのは感嘆の声。
彼らの眼には確かに映っていたのだ。同盟軍から見て中央と左翼を境に、両陣営が左右の端に寄っている光景が。
それはつまり1本の道が出来たようなものであり、先ほど配置した精鋭部隊の前に障害のない進路が開けていた。
「なるほど!こうやって道を作り!戦場を一気に駆け抜けるという算段か!」
「そして敵陣を突っ切った直後に右へ進路を変え!冥王がいると思われる中央に向かって突き進むという訳だな!」
「素晴らしい!完璧な作戦だ!」
自分を褒め称える声に対して、エンデバーは冷静に頭を振った。
「いえ。穴だらけの作戦です」
瞬間、歓喜が急速にしぼみ、戸惑いと失望が生まれたのを感じる。
これも予想通りの反応であったため、エンデバーは狼狽える事なく言葉を続けた。
「まず、敵がこの通りに動いてくれるかどうかが分かりません。一応急造の軍という事で、連携が上手く取れていない感じに装ってはいます。一番最初に右翼部隊が突出するのも、そのための偽装です。ですが、相手の中でこちらの思惑に気付く者が出ないとも限りません。もしいたとして、中央の部隊を使って道を塞がれたらかなりきつくなります」
「エンデバー。確かにその通りだが、そんな事を言っていては何も始まらないだろう?」
エンデバーを一番に信頼しているジグラフが、彼の考え過ぎに苦言を呈す。
それに頷き、青年は説明を続けた。
「はい。ですので、こういった悪い点は極力無視していきます。心構えだけはしておいてくださいね、って事で」
そう言って、エンデバーは地図から離れた。作戦の流れは今ので全部であったらしく、理解しているかどうか、皆の顔を見ながら判断していく。
誰も何も言わない所を見るに、この場での異論はないようだ。
「それでは次に、部隊編成を行います。まず最初に動く右翼ですが、これはジグラフ団長に指揮を執ってもらいます」
「了解した」
エンデバーの申し出を受け、即座にジグラフが応える。予め要請していたのだろうか。
「続いて左翼ですが、これはロイドさんとマリアちゃんにお願いしたいです」
「え!?ボクですか!?」
今まで黙って会議に参加していたマリアであったが、予想外の提案に驚きの声を上げる。てっきり精鋭部隊に配属されるかと考えていたため、完全に不意打ちであった。
「お願いできるかな、マリアちゃん?」
「別にいいですけど、ボクも冥王の所に行かなくていいんですか?」
少女の質問に答えるため、エンデバーはマリアにしっかりと体を向けた。
「マリアちゃん。今回の作戦上、精鋭部隊が最も危険で重要な役割を担っているのは分かるよね?」
「え・・・はい・・・」
「あ、勘違いしないでね。そんな役目を君に任せられない、という意味じゃあなくて、その次に危険な場所がこの左翼部隊なんだ」
エンデバーは再び地図上に視線を移す。
それに倣うように、他の者ももう一度地図を見た。
「さっき説明した通り、この左翼は完全に孤立する。数が圧倒的に劣っているのにも関わらず増援が来ないという事は、もうほとんど始めから負けているに等しい状況なんだよ」
そこで、エンデバーはもう一度マリアの方を向く。
強い眼差しで、少女の瞳を見つめた。
「だから、君の力で少しでも持ちこたえてもらいたいんだ。ここが崩れれば、残りの部隊は後ろを取られ、完全に囲まれると思う。そうなったら全滅だ。最低限、撤退できるような形には保っておきたい」
それはかなり重要な役目であった。
自分がしくじれば、それだけで仲間のほとんどが死んでしまう。今までにない重役だ。
しかし、マリアに恐れはない。それだけの事を成せるだけの力があると、今の自分を信じられるからだ。
「分かりました。頑張ってみます」
少女の勇気ある返事に、エンデバーは笑みを浮かべる。
「ありがとう。でも気を付けて。ジグラフ団長にも言える事だけど、冥王国の両翼には優秀な指揮官が配置されると思うから」
「え?それはどうしてですか?」
他の戦士達には理解できたが、マリアには分からず、青年の発言の意図を問う。決して戦闘経験の浅くない彼女であったが、そういった戦場での知識は圧倒的に不足していた。
「それはね。総指揮官である冥王ドレッドが中央に陣取るとなると、両翼と大きく離れてしまうからなんだ。冥王国の戦力は強大だから、その距離もかなり長い。指示の度に中央から伝達を送ってたら、すごく時間が掛かるのは分かるよね?戦場でそんな悠長な真似はしていられない、って事なんだよ」
そこまでは分かった、とマリアは頷く。
「じゃあどうするかって言うと、両翼――この場合はもっと小刻みに配置するのかな?まあとにかく、より離れた位置には優秀な指揮官を配置して、ある程度の指揮権を持たせておくんだよ。そうすると、中央で指揮を執る総指揮官の意向を汲んだり、戦況の変化に応じたりして、その人が勝手に的確な動きを指示してくれるって訳さ」
「あー、なるほど」
「ってなもんだから、両翼には優秀な指揮官が配置されやすい。そんでもって、冥王国の優秀な人間って言えば将軍だ。当然、戦いに関しても並じゃないだろうね」
それは決して脅しではない。
マリアならば出来ると考えての人選であるし、もし躊躇うのならば配置を変える事も視野に入れている。だが、その心配は彼女の表情を見れば無用だとすぐに分かった。
「大丈夫です。なんとかしてみせます」
「流石はマリアちゃんだ。――ロイドさん、マリアちゃんと一緒とは言え危ないですけど、大丈夫ですか?」
マリアの心構えを確認した後、もう1人の左翼指揮官に是非を問う。
「無論だ。マリアのことは私に任せておいてくれ」
そのロイドは力強く頷いて見せ、迷いがない事を主張した。さすがに同盟軍が追いつめられているという事もあってか、マリアが危険な任務に就いても文句はない。
ただ、いざとなったら逃がせばいい、とは考えていた。それを見越して、エンデバーもロイドを共に配置している。
「さて、それじゃあ今度は本題も本題。精鋭部隊の人選といきましょう」
そんなロイドの覚悟も見劣るような声色で、エンデバーが全員に向けて言う。
今まで会議の場に漂っていた緊張が、一段と引き締まったような気がした。
「これに関しては最初に言っておかないといけない事があります。隠すつもりはありません。この部隊に加わったが最後、まず間違いなく死にます」
死という言葉は誰であっても恐ろしいものだ。
この場には、それに近づいた者など幾人もいるだろう。それでも彼らの額には冷や汗が流れ、生きたいと鼓動する心臓がその主張を激しくしている。
呼吸音すら聞こえないと思える程の沈黙が、ほんの一瞬だけ生まれた。
「分断させた敵陣の真っ只中を突っ切るわけですから、当然周りに味方はいません。最終的には、確実に敵に包囲されるでしょう。例え冥王を討ち取ったとしても、その後すぐに報復にあうと思います」
君主を殺した者をそのままにしておくはずもなく、その者の仲間も含め、見逃してはもらえないだろう。言い換えれば、帰り道のない戦場に出なければならないのだ。
「そんな作戦しか思い付けず、本当に申し訳ないです。もっと生存率の高い作戦を考えるべきだとは思いましたが、俺には無理でした。重ねて申し訳ないですが、戦闘力のない俺が精鋭部隊に参加する事はありません。他人任せや臆病者と罵ってくれて結構です。ですが、この作戦は犠牲なくしての成功は絶対にありえません。同盟軍の勝利のために、皆さんの命を俺に貸してください」
そう言って、エンデバーは頭を深く下げる。その心は落ち着いており、期待や懇願の気配はない。
皆の判断を、その決心を、ただただ待つばかりであった。
「かーーーかっかっかっ!!」
そんな彼の耳に、1人の老人の笑い声が聞こえる。それはロディアス天守国の陣営から聞こえてきており、体の大きいジェイクの後ろから発せられていた。
「オン爺・・・?」
背後を振り返り、ジェイクが不思議そうに呟く。
笑い声の主は、前回の会議でジェイクの頭を叩いた小柄な老人であった。身なりはみすぼらしいが、高い地位に就くと思われる人物だ。
オングラウスは深い皺を作って、とても楽しそうに笑っていた。
「面白い!このオングラウス・ロッケンコーロ・・・!天子様のために死する機会を失したと思っていたが、この歳になってそのような死に場所を得るとは・・・!感謝するぞ、小僧・・・!儂が一番乗りだ・・・!」
歓喜に震える手で、オングラスは握る杖を軽く掲げる。
それが精鋭部隊への参加表明である事に、疑いを持つ者はいない。
「吾輩もなのである!」
老人に先を越されはしたが、次いでジェイクが参加の意思を示す。
握り拳を掲げるその姿からは、天守国の英雄としての力強さが感じられた。
「俺もだ!」
「私も、天子様のために命を捧げる!」
「天子様万歳ッ!」
彼らの勇気に感化されたのだろうか、天守国の戦士たちが次々と拳を掲げていく。他の2か国に変化はないが、これは別に彼らが臆病であるからではなかった。
本来ならば死に戦など恐れるべきであり、二の足を踏むのが正常である。しかし、天子という国の象徴がいる天守国の戦士ならば、その者を守るため命を投げ出すのに躊躇いはないのだ。
「ありがとうございます、皆さん・・・!」
そして、彼らの姿は多くの者の目に勇敢に映った。その勇気に感動を覚えたエンデバーは、声を大にして感謝を告げる。
結局、ロディアス天守国の戦士だけで精鋭部隊が出来上がってしまった。
ジェイクを筆頭に強者揃いであり、彼らの部下も屈強な戦士ばかりであるため、これ以上は望むべくもない。
そんな彼らが来たるべき戦いに向けて互いに鼓舞し合う中で、ふいにジェイクがエンデバーへ顔を向けた。
「して、エンデバー!我らが命を預けし戦術、その名はなんであるか!?」
戦意を高揚させたのか、大声で発案者に問う。
「え・・・?名前・・・ですか・・・?」
しかし名前など考えておらず、エンデバーは答えに詰まった。ほんの少しだけ思考してみるが、これと言って良い物も思い浮かばず、苦笑いが零れる。
「えっと・・・特にないんで、ジェイクさん考えてください・・・」
「任されたのである!」
そう答えはしたが、すでに考えてあったようで、ジェイクは即座に口を開く。
「此度の戦術!英雄たちが地を駆け、命を賭け!それぞれが役割を果たす事で成し遂げる一致団結の偉業!恐るべき冥王を打ち倒さんと!帰ること叶わぬ死地に心と誇りを持ちて行く!我ら正に不退転!故にその名を『群雄疾走戦術』ッ!この策、『群雄疾走戦術』と名付けさせてもらうのであるッ!」
声高らかに宣言すると、天守国の戦士たちが呼応するように雄叫びを上げる。その光景は仲間に勇気を与え、彼らならばやってくれるのでは、と期待を抱かせた。
(勇敢な戦士達だ・・・)
見ているだけのグレンも、互いに鼓舞し合う男達に敬意を覚える。国のため、君主のため、命を賭けて戦う覚悟を決めた者は、国が違えども尊敬に値する存在だ。
その中心にいるジェイクは、やはり天守国の英雄なのだという事が分かる。彼に出会えて、グレンは本当に良かったと思えた。
これで、ニノを含むエルフ族にも希望が出てきただろう。
「しかし、竜はどうするんだ・・・?」
そんな中、ぽつりと誰かが言った。水を差すような行いではあったが、避けて通るには大きすぎる問題であるため、いずれは論じなければならない事柄だ。だが、最大の懸念事項であるそれは、解決しようにも出来ない障壁である。
その話題が出ただけで場は静まり返ってしまい、誰も明確な答えを持っていない事を物語っていた。戦術家であるエンデバーも同様で、気まずそうに答える。
「あー・・・それなんですけど・・・もうどうにもならないんで、気にしない方針で――」
「いや、我々が何とかしよう」
しかしその時、エルフ陣営から思わぬ一言が飛び出る。固く口を閉ざしていたクロフェウが、思わぬ所で割って入ったのだ。
いきなりの物言いに、皆は驚愕と疑念の入り混じった視線をエルフ族の長へと注ぐ。この場で冗談など言えるはずもなく、さりとて言葉通りに信じられるはずもない。
「族長殿、何か考えがおありか?」
代表して、ジグラフが問う。
そんな彼に向かって、クロフェウは確かに頷いて見せた。
「一体、どんな方法なんです?」
今度はエンデバーが尋ねる。己では到達できなかった解決策がどのようなものか、少しだけ興味深げに聞いた。
「我がエルフ族には『豊穣の女神スース』より賜りし秘宝がある。魔力の効かない竜であっても、それならば倒す事ができるやもしれん」
「なんとッ!?」
ジェイクの大声を皮切りに、会議の場に騒ぎが生まれた。
自分たちが宗主と崇める存在と同格の神――その者から受け継ぎし物とあれば、多大な効果が期待できる。もしそれが竜を倒す程の物ならば、この窮地において願ってもない朗報だ。
「ちょっ、ちょっと皆さん静かに!――族長さん!その話、詳しく聞かせてください!」
騒ぐ者達を抑えつつ、エンデバーはクロフェウに問い質す。何故もっと早く言ってくれなかったんだ、という文句を仕舞い込み、突破口となりうる話の詳細を望んだ。
「我らエルフ族には、女神スースが作り出した『理弓』という弓がある。我らが植物の持つ魔素を使うのはすでに周知の事と思うが、その弓は魔素を大量に凝縮し、撃ち出す事ができる物なのだ」
「つ・・・つまり・・・魔力以外での遠距離攻撃・・・!な・・・なんて打って付け・・・!」
まるで竜と戦うために作られたかのようである。いや、実際そのために作られたのかもしれない。
遥か昔に生きた人間の思惑など知る由もないが、今はその行動に感謝したいエンデバーであった。
「しかし、何故それを今まで黙っていたのですか?」
そう問い質すのはジグラフであったが、その疑問は誰の中にもあった。その行動を当然のことと受け止め、クロフェウは答える。
「その弓は、エルフ族にとって秘中の秘――禁じ手であるのだ。易々と口外できぬ事情を理解してもらいたい」
「それならば仕方ありません。それで、その弓を使うという事でよろしいですか?」
「無論だ。だが、そのためには多くの自然を犠牲にしなければならない。草木は枯れ、土地は死ぬ。それでも構わないと言うのであれば」
エルフ族にとって、それは忍び難い行いであった。物言わぬ自然を自分達の都合で踏みにじる行為は、利己的で忌避されるべき行為である。隣に座るニノの顔が少しだけ暗くなったのを、グレンも目にした。
しかし人間は異なり、自分達のためならば他の存在を犠牲とするのにそれほど抵抗はない。
「それならば、吾輩が天子様にお伺いを立ててみるのである。どこか都合の良い場所を御提供いただけるよう、すぐにでも謁見の手筈を整えるのであるよ」
人間の中でも心優しい部類に入るジェイクであっても逡巡を見せないのだから、やはり人間とエルフの価値観には深い溝があるようであった。
ただ、それをこの場でとやかく言うような真似はしない。
クロフェウは素直に、ジェイクの申し出に頷いた。
「魔素の充填にどれだけ時間が掛かるか分からない。出来るだけ早く話をつけてもらいたい」
「分かったのである」
これで戦力、戦術、戦場の全てが決まった。あとは覚悟を決め、装備を万全にしつつ決戦の日が来るのを待つばかりである。
そのような状況下ではあったが、実を言うと、エルフ陣営を除く同盟軍の戦士達には一抹の不安があった。誰も口には出さないが、誰の胸にも確かに存在している恐れである。
それは確証のない事柄。杞憂とも言うべき事態。
それでも冥王ドレッドの持つ特性を思えば、考慮してもおかしくない懸念である。
だが、もしそれが現実となったのならば、ドレッド唯一人を狙う今回の作戦は全くの無為と化すに違いない。そのため、誰もそれについては触れようとしなかった。
残された希望に影を差したくなく、せっかく揃った足並みを乱すのも好ましくない。
今はただ、そうでない事を祈るだけである。
「では皆さん。各自、準備を進めておいてください。悔いが残らないよう、万全に努めましょう」
その不安を胸の内に秘め、エンデバーが会議を締めた。
「――以上です・・・ゴホッ・・・」
移動中の馬車の中、ミシェーラからの報告を聞き、ドレッドは目を閉じる。今回の作戦会議もまた、冥王国最高の諜報員である彼女によって全てを傍受されていた。
報告を受けたドレッドは、何を語るでもなく黙り続ける。
「冥王様、如何いたしましたか?」
それに違和感を覚えたロキリックが声を掛けた。臣下の声を聞き、ドレッドは少しだけ驚いたように目を開ける。
「ああ、すまんな。少し感動していた」
「感動・・・?」
思わぬ一言に、ロキリックは彼らしくない呆気に取られた表情をする。常に暗い表情を取るミシェーラも、僅かであるがその顔を疑問に染めた。
唯一人、他に同乗しているアレスターだけは、したり顔で微笑んでいる。
「まだ付き合いの浅いお前たちには分からんじゃろうが、ドレッドとはこういう男じゃ。こ奴の中では、敵国の兵とて敵ではない。いずれは己のもとに迎える未来の民草なのじゃよ」
冥王の最終目標が大陸全土の統一なのだから、その認識は理解できる。しかし、感動とはいかなる物かと、ロキリックとミシェーラは疑問を覚えた。
それを察し、ドレッドは答える。
「圧倒的に劣る戦況でありながら、決して絶望せず活路を見出す――その心意気に思わず心動かされてしまった。戦いの舞台をこちらが用意したとは言っても、好機を逃さず挑む姿には敬意を抱いても仕方がないだろう?」
「素晴らしい。流石は冥王様です。敵味方分け隔てなく評価する御心構えには、全ての者が感服するでしょう」
ロキリックの賛辞を聞き、ドレッドは口の端を僅かに上げる。いつも通りの過剰な反応が、彼の中の感動を落ち着かせた。
「しかし、冥王様。今、我らと彼らは敵同士なのです。手心を加えようなどとは、決してお考えにならないでくださいませ」
「ふっ・・・分かっている」
冥王の言葉に、ロキリックは満足気に微笑んだ。
「さすれば、対抗策を講じましょう。しばしの時間さえ頂ければ、私が最上の策を編み出して御覧に入れます」
「いや、その必要はない。こちらはエンデバーとか言う戦術家の思惑通りに動く」
予想外の言葉を発せられ、ロキリックは大いに戸惑った。
「冥王様!先ほど手心は加えないと御約束してくださったはず!」
「違うぞ、ロキ。これは加減ではない。奴らを真に倒すに必要な手段だ」
「それは・・・どういう意味でしょうか?」
「いいか?奴らを完膚なきまでに叩きのめすには、受けた上で超えなければならない。作戦通りに上手くいった、それでも勝てなかった。そういう結果が必要なのだ。仮にこちらが相手の動きに合わせて全てを対処してみろ。奴らは情報が筒抜けだったと思うだけで、心の底から敗北を認めるわけではない」
負け惜しみではあったが、そういった戦意の維持が戦時中は重要であった。特にロディアス天守国は天子を絶対とするため、容易には抵抗を止めないだろう。
「なるほど・・・!そのような事まで想定しているとは・・・!このロキリック、冥王様の深淵なるお考えに気付かず、危うく間違いを犯す所でした・・・!」
「気にするな。頭の良いお前だが、今回が初陣だ。多少なりとも気分が高揚し、いつも通りの思考が出来ない事もある。――ん?そう言えば、お前達『第一黄金世代』が全員で同じ戦場に立つのは初めてか」
『第一黄金世代』とは、ロキリックやミシェーラといった優秀な人材が揃った世代に対する呼称である。全員が若いが、将軍のほとんどが彼らで構成されており、名実ともにドレッドから認められていた。
そのため多くの任務に駆り出されるが、ロキリックは若い内から竜の国で任務をこなしていたため今回が初めての戦場である。ちなみに、ロキリックとミシェーラは戦闘は専門外であり、将軍という地位には就いていない。
「はい。卒業後、彼らがどれだけの力を付けたか、後ろから観察する予定です」
「そうか。しかし、本当に優秀な奴らが固まったものだ。その分、ガロウは苦労しているようだがな」
「個性的な者ばかりでございますから。ガロウ大将軍と言えども、彼らの制御は難しいのでしょう」
「ふははっ。お前がそれを言うか」
ロキリック自身も他人から見れば十分個性的であり、ドレッドは笑みを作りながら臣下を揶揄った。それを聞くアレスターは軽く笑い声を上げ、ミシェーラは誤魔化すように咳をする。
「これは手厳しい。冥王様の御迷惑にならないよう、今後は気を付ける事といたします」
「ああ、勘違いするな。その点について、お前とミシェーラは問題ない。誤解を与えてしまったようだ。すまなかったな」
ドレッドが片手を挙げて謝罪をすると、ロキリックは恭しく頭を下げた。
「それを聞き、安心しました。これからも冥王様のために尽くさせていただきます」
「ああ、頼むぞ。――では早速だが、これより同盟軍に相対する際の配置を決める。まず陽動となる敵右翼、ならびに敵中央にはどう対処する?」
それはロキリックだけでなく、アレスターとミシェーラに対しても聞いていた。ドレッドの中にも考えはあったが、彼らの意見も参考にするべきと思って尋ねている。
「ミシェーラの話では、敵右翼はテュール律国のジグラフという男が率います。彼が団長を務める『黄龍鉄騎猛攻騎士団』と言えば勇猛果敢と評されますが、我らと比べると大きく劣るかと。どの将軍が当たっても容易に崩せるでしょう」
「そうか。ならば、誰を置くかだが・・・」
「ドレッドよ、ミリオに任せるといい」
それに対してはアレスターが進言した。
しかし、ドレッドは理解できないと怪訝な顔をする。
「ミリオをか?怠けの者のあいつに任せるとなると、少し不安になるな」
「そう言うな。あやつは怠け者じゃが、やる時はやる。むしろ何か仕事を与えんと、どこで楽をしておるか分かったものではない。実力は確かなのじゃから、心配などいらぬよ」
「ふむ・・・」
親友の言葉を聞き、ドレッドは考え込むような仕草を取った。
その考えを後押しするように、ロキリックが意見する。
「冥王様、私もアレスター老に賛成です。彼女の怠け癖は時と場所を選びません。無理矢理にでも理由を作らなければ、動くことはないでしょう」
「なるほど、お前が言うと説得力があるな。――ミシェーラも、そう思うか?」
ドレッドの問いに、ミシェーラは「はい・・・」と答えた。
ミリオという人物を自分よりもよく知る3人から言われてしまっては拒否できず、ドレッドは自軍右翼にその者を配置する事を決める。
「ならば、右翼はミリオに任せる。次に左翼だが――アレスター、これにはお前が付いてくれ」
「む?儂か?」
同盟軍の作戦では、冥王国右翼と相対する同盟軍左翼には『光の剣士』マリア・ロイヤルが配置される予定である。『光の剣士』と言えば強敵であり、いかに将軍であっても対抗できる存在ではなかった。
つまりドレッドにとって、アレスターとは将軍以上に信頼できる人物なのだ。
アレスターは高齢であるため、かつての将軍という地位からはすでに退いている。それでもその実力は健在であり、単発の攻撃力で言えば誰よりも上であった。
「ああ、やってくれるか?」
そのため、ドレッドも彼を用いるのに疑問はない。
しかし、アレスターはあまり乗り気ではなかった。
「ドレッドよ、酷な事を言ってくれるな。今の『光の剣士』はまだ若い娘ではないか。いかにお前の命であっても、それは聞けぬ」
「そう言うな。お前でなくては『光の剣士』には太刀打ちできまい。他の者は、実力はあっても経験が不足している。可能性があるとすればガロウだが、あいつはジェイクと戦いたがるだろうしな」
「確かにそうじゃ。しかし、孫と年の近い娘を傷つけるのは忍びなくてのう」
「そこを頼む。何も殺せと言っている訳ではないんだ。撤退にまで追い込んでくれればいい」
自分の親友であり、君主でもあるドレッドからの再三の頼みに、アレスターは遂に首を縦に振る。それを見届けた冥王は、「頼んだぞ」と最後に伝えた。
「では次に中央の歩兵、弓兵、魔法使いの部隊だが。これらは熟練の将軍に率いてもらう」
「熟練の将軍と言うと、ザンテツ、ワジヤ、ビクタス、サイファ将軍でしょうか?」
ロキリックの問いに、ドレッドは頷く。
「そうだ。そして、残った者達で同盟軍の精鋭部隊を迎え撃つ」
「残った者達とは、残りの将軍のことでしょうか?」
「そうだ」
今度の問いには不服が見えたが、気にせずドレッドは肯定した。
「冥王様、わざわざ相手に合わせて少数で迎え撃つ必要はありません。精鋭部隊が動き始めたと同時に、多勢で押し潰しましょう」
ロキリックの至極真っ当な意見に、アレスターとミシェーラは特に異論を持たなかった。それでも、ドレッドは違うとでも言うように首を横に振る。
「すまないな、先程の感動が尾を引いているようだ。命を捨てて俺を討とうとする連中を、真っ向から迎えたいと考えてしまっている」
それは、慢心にも聞こえる余裕であった。例え相手の思惑通りに事が進んでも、自国の戦力ならば問題なく対処できると踏んだ上での発言である。
「分かりました。冥王様が、そう仰られるのならば」
あまり間をおかず、ロキリックは了承した。他の2人も同様であり、口を挟む様子はない。
結局の所、彼らは知っているのだ。
どう足掻いたとしても、冥王ドレッド・オーバーロードを討つ事など出来ないという事を。
「では、準備を進めよう。そして、素晴らしき強敵を迎え撃とう。彼らとの一戦が、これからの全てを変えていくのだからな」
ドレッドが言い終わると、3人は頭を下げる。
揺れる馬車の微かな振動が、決戦の戦場へと近づいている事を教えてくれていた。




