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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
冥王国の進軍
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4-19 作戦会議

 クロフェウの先導に従い、グレン達は会議の場へと辿り着く。見た目は大きな物置小屋であり、今回の『冥王国侵攻』を話し合うために、臨時に用意された場所だと考えられた。

 まずエルフ族の代表であるクロフェウが入り、次にニノ、そしてヴァルジ、グレンと続き、最後にマリアが建物の中に入る。

 入った瞬間、目に映る光景。

 各陣営の代表者と思われる者達が大きな机を囲んで座っており、異様な雰囲気を醸し出していた。机の上に地図が広がっている事から、それを基に作戦を立てるのだろう。

 「あ、ロイドさん!皆!」

 仲間を見つけたのか、マリアが小走りに駆けていく。

 そこにはブリアンダ光国の者達が固まって座っており、マリアを温かく迎え入れていた。

 「む!グレン殿にヴァルジ殿!?」

 「あっれ!?どうしたんですか!?」

 他の国の陣営から、グレンとヴァルジに向かって声が掛けられる。

 それらはジェイクとエンデバーであり、席を立つと笑顔で2人のもとまで駆け寄って来た。

 「どうしたのであるか!?確か、帰国したはずでは!?」

 「本当ですよ!戻って来たんですね!」

 助力をするために戻って来たわけではないため、気まずい心地になるグレンとヴァルジ。

 「ああ、大きな動きがあると他所(よそ)の国で聞いてな。少し様子を、と思い、戻ってきてしまった。野次馬の様で申し訳ないが」

 決して自分達の立場を言い繕わず、グレンは「ただ気になっただけ」という事を白状する。そこには、それ以上の意図はないという事が含まれていたが、そんな事はお構いなしにジェイクとエンデバーは再会を喜んでくれているようだ。 

 「心配など無用なのであるよ、グレン殿。我ら同盟軍が力を合わせれば、間違いなく冥王国に勝てるはずなのである」

 「そうっすよ!グレンさん達は遠い異国から来たって言うじゃないですか!気にしてくれるだけ上等ってもんです!」

 ジェイクとエンデバーの言葉に、グレンのみならずヴァルジも感謝を覚える。同時に、彼らのような戦士がいるのだから様子を見に来る必要などなかったな、と思うのであった。

 「エンデバー、そろそろ始めるぞ」

 テュール律国の『黄龍(こうりゅう)鉄騎(てっき)猛攻(もうこう)騎士団』の団長であるジグラフが、全ての参加者が揃った事で会議の開始を宣言する。グレン達についてはエルフ族と繋がりのある者達であり、自国での戦闘に参加してくれたという事実から会議参加への是非は問わない事とした。

 ただ何人かは、人間であるのにも関わらずエルフ陣営にいる2人に対して興味があるような視線を向けている。それでも、わざわざ槍玉に上げるような真似はしない。

 「あ、すいません!じゃあ、始めましょう!」

 今回の会議において、議長はテュール律国である。

 唯一冥王国の主力と戦い、勝利を収めたのだから誰も文句は言わなかった。特に、テュール律国を撃破した作戦を立てたエンデバーが今回も策を考え付いたのだから、異議のある者などいないだろう。

 「それじゃあ、さくっと説明しちゃいますね」

 先程まで立っていた位置にまで戻ると、エンデバーが気軽に言う。冥王国という大国家に攻め込む上で、些か緊張感のない前口上ではあったが、皆が無駄な気構えをしないよう彼なりに配慮した結果であった。

 「まず念頭に置いといてもらいたいのが、いきなり真正面から冥王国軍とぶつかるという選択肢はない、という事です」

 エンデバーの開幕の宣言を聞き、納得した者は頷いていたが、異議のある者は手を上げていた。

 ブリアンダ光国の者の内2人が発言の許可を求めるように挙手をしており、エンデバーに視線を向けている。

 「じゃあ、そっちの茶髪の人。意見をどうぞ」

 テュール律国ではエンデバーの作戦に疑問はあっても、異議を出す者はいなかった。律国内では彼の軍師としての実力が知られているからであるが、そうでない異国の者はエンデバーの言葉をそう易々と信頼できない。

 「どうして真正面からでは駄目なのかを教えて欲しい」

 「はい。答えは単純で、向こうの戦力が全く分からないからです。こちらが数で劣っている事は、まあ確定なんでしょうが、それにどれだけの差があるのかすら分からない。そんな状況で攻め込むなんて怖くないですか?上の人達は結構強気ですけど、実際に動くのは俺達なんですから慎重に行きたいですよね?」

 「相手戦力が分からないのは、冥王国も同じではないのか?」

 「それはないと思いますよ?天守国と光国のこれまでを聞くに、相手は上手い具合に戦力を調整していたっぽいですから。多分、どちらの国にも内通者がいますね」

 そのエンデバーの予測は、両国の者達を大いに驚かせる。

 一瞬にして騒ぎになるが、エンデバーが手を叩いて場を静めた。

 「はいはいはい!落ち着いてください!これくらいで慌てない!60年もの間、1つの戦争状態を維持しているんですよ!?あって然るべき事態ですから!」

 自国での戦勝が自信に繋がっているのか、エンデバーの落ち着きぶりは19歳のそれではない。見ているだけのグレンは、青年の素晴らしい応対に称賛の念を抱いていた。

 「で、では!この作戦も筒抜けになっているのでは!?」

 そこで、当然の疑問を誰かが問う。

 よく知らない人物に関して、グレンが詳細を気にする事はない。

 「それはないです。ここに集まってもらったのは、今まで冥王国と命を賭けて戦ってきた人達ばかり。記録を見たんで、それは確かです。そんな人達が裏切っている事はないだろう、って事で」

 こういった時にも『記録係』という存在が役に立つんだな、とグレンは感心した。その中には敗北の記録もあるだろうが、結果よりも内容を重視したに違いない。

 「それで、そっちの人は?」

 先ほど手を挙げた2人の内もう一方に対しても、エンデバーは問い質す。自分が話題にした内通者の有無に関しては、そこまで重要視していないようだ。

 それ程、今回の作戦に自信があるのか。

 「あ・・・いや・・・何と言うか・・・戦力が分かっているからと言って、対抗できるとは限らないだろう?なにせ、こちらには『光の剣士』がいるんだ。今までは防衛に専念していたためにその実力を十分に発揮して来なかったが、攻めるとなると話は別だ。おそらく、瞬く間に敵軍を壊滅してくれると思うんだが・・・」

 その光国の者の発言に、グレンは少し苛立った。国防を1人の少女に任せているという話を聞いてはいたが、実際にその現場を目にするのはやはり不快である。

 当のマリアが、それを当たり前と考えているような表情をしているのも、なんだか悲しかった。

 「待つんだ。いくらマリアが『光の剣士』だからと言って、この子に頼り切るのは避けるべきだろう。今回は異国の英雄もいる事だしな。――皆も、心に留めておいてくれ。マリアは強力な戦力でもあるが、同時にまだ子供だ。戦争において子供に頼ること程、愚かで恥ずかしい事はないだろう?」

 だが光国側の中で1人、グレンの想定とは異なる発言をする者が現れた。その者は屈強そうな戦士であり、数々の困難を乗り越えて来たのだと思わせる顔つきをしている。

 とりあえず、その者の事だけは記憶しておいても損はないな、とグレンは思った。

 「分かってますよ、ロイドさん。可愛いマリアちゃんを、そう易々(やすやす)と危険な戦場に出せますかって」

 「うむ。流石はエンデバー君だ。君の噂は我が国にも届いてる。今回の作戦も期待しているぞ」

 ここ数日で、ある程度の顔合わせをしているため、彼らは互いを知っていた。

 マリアの方も「か、可愛いだなんて・・・!エンデバーさんはまたもう・・・!」と言っているあたり、すでに知り合いなようだ。例に漏れず、エンデバーがマリアを口説こうとしたのだろう。

 「期待されちゃあ張り切らなくっちゃいけませんね。とは言っても、作戦はすでに考えてあるんですけど」

 そう言って、エンデバーは再び話の主導権を握る。

 「まず、同盟軍(うちら)の戦力なんですけど――テュール律国が約7万、ロディアス天守国が約10万、ブリアンダ光国が約8万の計25万になります。ただ、これらはまだ自国の防衛もあるので大半が合流していません。あと、全部が全部、戦場に出るという訳でもありません。実際の戦力は、まあ多く見積もって20万くらいかと」

 「それでも中々に多いな。驚くべき戦力だ」

 エンデバーの報告にロイドが言う。

 「総力戦だから掻き集めると、って感じですね。うちの国に関しては、民間人も動員してます」

 テュール律国では有事の際に、騎士団に属していない民間人を徴兵する制度がある。基本的には騎士団が国防を担うが、戦力が必要な時に限って発令する権利が国の代表者にはあった。

 ただ、戦う力や意思を持っている訳ではないため、やれる事と言えば精々が治療や補給を行うくらいである。そのため、先のロドニストの戦いでも民間人を投入する事はなかった。

 しかし、今回は他国の戦力も合わさって大きな部隊が動く。ならば、それを支える人員も大量に必要であり、後方支援を充実させるに越した事はない。

 エンデバーは国の代表であるサロジカに対して、そう言うことで民間人を動かしてもらっていた。

 「そうか。律国は志願制だったな」

 「はい。ですんで、他の国より戦力として不甲斐無いのは申し訳ありません」

 「おいおい、エンデバー。それはお前が謝罪する事じゃないだろう」

 軽く頭を下げる青年に対して、ジグラフが擁護するように言う。それはエンデバーも理解しているのか、大して気にする様子もなく頷いた。

 「でまあ、本題なんですけど。同盟軍(うちら)の全戦力20万、その内の5万を今回の作戦に用います」

 「5万?少ないであるな」

 ロディアス天守国側の席に着いているジェイクが零した。

 見れば、彼の周りには今まで出会った事のない者達がおり、小柄な老人や同じ顔をした3人の男性、他にも屈強な戦士達がジェイクの後ろに座っていた。ここにいる戦力では最も頼もしそうな陣営に思える。

 「いきなり全部隊を動かすのは博打かと思いまして。連携も上手く取れるはずないですしね。まずは相手にちょっかい出しつつ、戦力を分析するのが先です。そのついでに数を少しずつでも良いんで削っていけたら、って感じです」

 「ふむ。どのようにして、であるか?」

 その言葉を受け、後ろに座る小柄な老人が杖でジェイクの頭を軽く叩く。

 「む!――痛いのである、オン爺」

 「馬鹿者(ばかもん)が。それを今説明しようとしておった所じゃろうが。お前は黙っとれ」

 そう言う老人は小汚い外套(ローブ)を着ており、なんだか浮浪者のような見た目であった。ただ、英雄と呼ばれるジェイクへの態度から、高い地位に就いている事が予測される。

 「オングラウスさん、俺は気にしてないんで大丈夫っすよ。皆さんも、ジェイクさんみたいにちょっとした疑問があったら、遠慮なく聞いてください」

 そう言って、エンデバーは話を再開する。

 「編成については後ほど話し合うとして、当日の動きなんですが・・・ここから――」

 机の上に広がる地図の、天示京(てんじきょう)の位置を指差す。そこから冥王国の領土まで、指でなぞるように動かした。

 「ここまでを、まず目指します」

 「ん?」

 最終的に指の止まった位置に関して、ニノが声を漏らす。と言うのも、そこが『エルフの森』がある山であったからだ。

 「その通りです、ニンフィノさん。同盟軍5万は、ここにある『エルフの森』を目指します」

 呼び方が若干短縮されている事に気付いたグレンであったが、多少は親睦が深まっただけだろうと話題に出す事はしない。

 「何故、私達が捨てた場所に戻るんだ?」

 「ここが絶好の隠れ家になるからです」

 「隠れる?すでに冥王国には知られている場所だぞ?」

 「でも、そこに同盟軍が入り込んでいるなんて思わないでしょ?」

 エンデバーの発言に対して、参加者からはそれぞれの反応が返された。

 『エルフの森』の特性については知られているようであり、頷いている者が大半であったが、中には理解できないと眉根を寄せている者もいる。

 「なるほど!そこに5万の兵が潜むわけであるな!」

 「あ、いえ。流石に全部隠れちゃうと違和感半端ないんで。それに、そこまで隠れられる広さもないんじゃないですか?」

 ジェイクの意見を否定しつつ、エンデバーはクロフェウに問う。エルフ族の長は、自分達がつい最近まで過ごしていた場所を思い浮かべ、静かに頷いた。

 「その通りだ。申し訳ないが、5万もの人員を(かくま)う広さはない」

 「――って事で、『エルフの森』には5000人くらいを予定しています」

 「そこに潜んで何をするつもりなんだ?」

 グレンの知らない誰かが聞く。

 「もうちょっと詳しく説明しますね。まず、全部隊で冥王国に侵攻します。目的地の山は国境近くにあるんで、そこまでは無事に辿り着けるでしょう。そこで部隊の一部を切り離し、『エルフの森』に潜伏してもらいます。残りの主力にはそのまま山を越えてもらって、そんで対処しようと出張(でば)って来た冥王国軍とちょっとした小競り合いをしたら、一気に退きます」

 「退く?」

 「はい。越えて来た山を戻って一目散に逃げるんです。それを勝機と見て相手は追い掛けて来るでしょうから、引き付けつつ後退します。そして相手も山を越えた辺りで、『エルフの森』に隠れていた部隊が出て来て後ろを取ります。その後は、主力と合わせて挟撃って感じです」

 つまり、多数で敵を誘き寄せた後、伏兵とした少数部隊で後ろを突くという作戦である。『エルフの森』は山奥にあり、かつ外からでは内部を窺い知ることは出来ないため、潜む場所としては最適であった。

 「ほう。面白い策を考え付くものだ」

 「しかし、向こうの数が圧倒的だった場合はどうする?それと、敵が主力を追いかけてこなかった場合は?」

 「そういった場合は作戦変更です。伏兵の人達には、密偵として情報収集を行ってもらいます。むしろ、そっちの方が都合が良かったりするんですけどね。主力を戻らせるんで、相手も油断するでしょうし」

 どのような場合になっても対応できるように考えられた作戦であった。

 エンデバーの実力を知っているジグラフは、満足気に頷いている。

 「まあ、最初の一手としては丁度良い攻め方かと。特に異論が無いのならば、これでいきたいと思うんですけど」

 エンデバーの確認に、ロイドが手を挙げる。

 「異論という訳ではないんだが、冥王国が軍を動かさない可能性はないのか?それこそ、冥王の身に何かがあったかも知れないんだ」

 「あ、そういう可能性は全部排除して立てた作戦です。流石に、あれもこれも対応できるとは思えないんで」

 「まあ、そうだろうな。すまない、無駄な時間を取らせた」

 「いえ。こういう1つ1つ確認していくの、嫌いじゃないんで」

 言ってから、エンデバーは他の者達を見渡す。

 誰も手を挙げていないあたり、他に疑問はないようだ。

 「では、次に編成を決めましょう。誰か、我こそはという人はいますか?」

 無論、作戦立案者であるエンデバーも同行するが、戦闘力に関して彼は頼りない。そこで、他に部隊を指揮してくれる者がいないかと集った。

 問われた瞬間、ジェイクを含むロディアス天守国の何人かが手を挙げる。少し遅れて、自分に可能な任務かどうかを判断したテュール律国の騎士の何人かが手を挙げた。

 それを受け、ブリアンダ光国のマリアとロイドが参加の意を表す。自国から誰一人として参加しないのは申し訳ないから、といった心境だろう。

 「いや、皆さん頼もしい限りです。ただ、こんなには必要ないんで各国から2名ずつくらいでお願いします。――あと、ニンフィノさん」

 唐突に声を掛けられ、ニノは少し驚いたような反応を見せた。

 「な、なんだ?」

 「申し訳ないですけど、『エルフの森』までの道案内をお願い出来ますか?」

 「構わないが、私は軍を率いた経験などないぞ?」

 「大丈夫です。同行してくれるだけでいいですから」

 「そうか・・・そういう事ならば承知した」

 一度大きな戦いを経験したと言っても、エルフ族は戦争に関しては未だ素人である。そのため、分不相応な役目を負うまいと参加を見送っていたが、必要ならばとニノは受け入れた。

 すでに参戦する2名が決まっているブリアンダ光国を除いて、他の2か国が選抜者を決めている間、グレンは自分がどうするかを考える。

 (ニノも行くのか・・・)

 正直、彼女の事が心配であった。

 戦争に介入しないとは決めているが、それでもニノが行くのならば付いて行くだけでも、と考えてしまっている自分に気付く。もしかしたら、保護者のような気分になっているのかもしれない。

 意見を伺おうとヴァルジの方へ顔を向けると、老人は柔和な笑みと共に頷いてくれた。気持ちを察し、理解を示してくれているようだ。

 同行に関しては後で相談しようと考え、グレンは選抜者を決め終えた天守国と律国の者達に目を向ける。

 「我がロディアスからは吾輩と、ウェンウー3兄弟の長兄アインが同行するのである」

 ジェイクは予想通りとして、アインと紹介された男が一礼する。3兄弟と一緒くたにされるだけあって、隣り合って座っている兄弟3人とも同じ顔をしていた。

 誰が誰だか、教えてもらった瞬間に忘れそうである。

 「テュール律国からは『黄龍(こうりゅう)鉄騎(てっき)猛攻(もうこう)騎士団』の団長である私と、『桃兎(とうと)端麗(たんれい)絢爛(けんらん)騎士団』の団長であるリッツィが参加しよう」

 リッツィと紹介された団長は若い女性であり、まだ経験が浅いのか、少し緊張しているようであった。それでも、テュール律国で一番の騎士団を率いるジグラフが同行を認めるのだから、それ相応の実力を有していると思える。

 「おお!リッツィさんか!マリアちゃんやニンフィノさんといい、女性が多くて嬉しいね!」

 全ての参加者を確認した後、エンデバーが満面の笑みで言った。

 少々緊張感の欠けた発言であり、褒められた行動ではないとジグラフが諫める。

 「おい、エンデバー。気を張れとは言わないが、少し肩の力を抜き過ぎだ。遠足に行くんじゃないんだぞ?」

 「分かってますよ、ジグラフ団長。でもですね、今回のはあくまで『ちょっかい出し』なんです。むしろ気楽に行くくらいじゃないと。これから先、心身ともに持たなくなりますよ?」

 エンデバーは現状を甘く見ている訳ではない。彼の台詞に含まれている通り、相手にこちら側の徹底抗戦の意思を見せつけてからが本番だと考えている。

 冥王国がどのような状況なのかは分からないが、依然その戦力は強大であり、勝つか負けるか分からない死闘が待っていると予測された。

 勿論、冥王ドレッドがいなくなり、この戦争状況が冥王国自身の手で和解に導かれる可能性もある。

 そうなっても4か国の不仲は変わらないと考える者もいるが、エンデバーはそうではなかった。同盟を組んでいる3か国は言わずもがな、新しく冥王国を率いる者もこれ以上の闘争を望まないはずである。

 同盟国家間での敵対意識は間違いなく低下しているだろうし、冥王ドレッドを討つような人物ならば戦争を好まないと思われるからだ。

 ただ今は、その展開について話し合うような場ではなく、エンデバーも己の希望的観測を公言する事はない。

 「じゃあ、この面子(めんつ)だと・・・少数部隊はリッツィさんに率いてもらおうかな?」

 「え!?私!?」

 予想外の提案に、リッツィは戸惑いの声を上げる。

 それを見て、緊張を解すかのようにエンデバーは微笑んだ。

 「そうです。『エルフの森』に隠れて敵軍の後ろを取る、またはそこを拠点として諜報活動をする。その任務をリッツィさんにお願いしたいですね」

 「なんで私なの?ジグラフさんとか、他にも適任者がいそうなのに」

 「それはですね、この中でリッツィさんが一番普通だからです」

 「ちょっと待って・・・!意味がよく・・・!」

 リッツィが戸惑うような反応を見せても、予想通りとエンデバーは言葉を返す。

 「先程も言いましたけど、少数部隊には出来れば情報を集めてもらいたいんですよ。冥王国の現状や戦力がどれくらいなのかをね。でも、そのためには目立つ事は厳禁。他の人達を見て下さい。どう考えても有名なジェイクさんやマリアちゃん、どう見ても只者じゃないジグラフ団長やロイドさんやアインさん。これだけの顔ぶれは頼もしいですけど、諜報活動をするのは不向きなんです」

 エンデバーの意見に賛同するように、多くの者が頷いた。

 「で、でも・・・!私なんかが・・・!」

 「安心してください。リッツィさんは優秀です。俺が保証します。あと女性としても素晴らしいです。これも保証します」

 青年の発言を後押しするように、テュール律国の騎士団長達がリッツィに声を掛ける。始めは拒否の姿勢を見せていたリッツィも、そこまで言われては、と責務を任される事に決めた。

 「分かったわ。エンデバー君がそう言うなら、きっとそれが正しい事なのね」

 「え!?あ・・・そう言われちゃうと、なんと答えていいものやら・・・」

 「ちょっと!どっちなの!?」

 そのやり取りを見て、テュール律国の者達が笑う。釣られて他国の者達も何人かが笑っており、会議の場が明るいものとなった。

 気恥ずかしくなったエンデバーは、最後に大きな声で指示を出す。

 「ま、まあ!繰り返しになりますが、今回は様子見です!兵の手配はこちらでやっておくので、参加者の皆さんは準備をお願いします!そうでない方は防衛や監視、または自国に残る戦力との連絡をしておいてください!」






 「――との事です」

 ミシェーラからの報告を聞き、ドレッドは一度大きく息を吸う。

 「・・・なるほど。意外と冷静な奴もいたという事か。こちらとしては一気に攻めて来てもらいたかったんだがな」

 少しだけ落胆したかのように言うと、ドレッドは呼び戻した臣下に顔を向けた。

 そこにはロディアス天守国とブリアンダ光国の国境攻めを任せておいた、ワジヤとビクタスが跪いている。2人とも大将軍ガロウに負けず劣らずの体格を有しており、年齢は彼より少し若いくらいであった。

 性格は至って真面目。けれども慈悲深い訳ではなく、必要とあればエルフ族を部下に襲わせる非情さも持ち合わせている。

 「ワジヤ、ビクタス。エルフ共の住処を知っているな?」

 「「はい」」

 「ならば奴らより先にそこを制圧し、伏兵として動く敵勢力を叩け。他は別動隊で対処する」

 「「御意」」

 揃って返事をするワジヤとビクタス。

 しかしそこで、参謀であるロキリックが一歩前に出た。

 「冥王様。差し出がましいようですが、進言がございます」

 「ほう。なんだ?言ってみろ」

 臣下からの助言は重要である。自分一人では気付けない点や案を手にする事が出来るからだ。

 世の中には下の者からの意見など無視する君主もいるようだが、愚かの極みだとドレッドは考えていた。

 「そのような部隊、放っておいても宜しいかと」

 「なぜだ?」

 「その者達に偽りの情報を掴ませるのです。そうですね・・・さしずめ、冥王国内部で分裂が起こったなどと」

 「それをして、何の得がある?」

 理解できない訳ではなかったが、一応説明してみろという事であった。

 これも、自分より賢い臣下の思考を逃さず己の糧とするためだ。

 「その情報を入手し、相手はこう考えるでしょう。『冥王国で内乱が起こっている』『ならば、戦力も分散しているはずだ』『攻めるならば今だ』と」

 「慎重派もいるようだが?」

 「その者は頼りにはされているようですが、権力は持っていないと思われます。ですので、各国の内通者達に戦力を動かすよう指示を出せば宜しいかと」

 「なるほどな・・・」

 軽く議論をしてから、ドレッドは思案する。

 彼の目的を達成するには、相手側に全戦力を集めてもらう必要があった。分散した軍をいちいち相手取っていては、戦火が無駄に広がりもするだろう。

 そのため、ロキリックの考え自体は間違っていない。全ての戦力を動かすとなれば、それ相応の理由がいるため、相手側にも納得が必要なのだ。

 それを誘発させようと自軍を後退させてみたが、相手側に慎重な指揮官がいたようで、未だ踏ん切りがついていないようである。

 (ならば、別な手段を用いる必要があるか・・・)

 自国の領土で敵の諜報員をのさばらせるのは、あまり気分の良いものではない。

 だが、優秀な臣下ならば最低限の誤情報を渡すだけで済ませるだろう、と信頼できる。

 「いいだろう。ロキリック、その線で人員を動かせ」

 「御意。――しからば冥王様、御身にも動いていただきたいのです」

 「なに?俺もか?」

 「はい。同盟軍の先遣部隊――それを迎え撃っていただきたい、と」

 「理由を聞こう」

 言われ、ロキリックは姿勢を改める。

 そして軽く咳ばらいを済ませた後、口を開いた。

 「先ほど申し上げた『冥王国分裂』の件、それに説得力を持たせるために必要な行動だと判断しました。冥王様御自(おんみずか)らが戦線に並ばなければならない状況を見せる事で、同盟軍が誤情報を信じ込むための土台を作り出すのです」

 説明を聞き、ドレッドは感心したように笑う。

 『冥王国分裂』という偽りを、相手の諜報員――延いては同盟軍全体に信じ込ませるため、人員不足を演出しようという事であった。次の展開を見据え、予め手を打っておくのだ。

 「なるほど。面白い案だ」

 「無論、冥王様お一人だけではありません。ワジヤ、ビクタス両将軍にも御同行していただきます」

 「それで、どれだけの兵を連れて行く?」

 「ミシェーラからの情報ですと、敵戦力は5万程度です。冥王様にもしもの事がないように、その倍を御用意いたします」

 「少し多い気もするが、まあ良い。ロキリック、お前の案で動くとしよう」

 「誉れの至りで御座います」

 ロキリックが一礼をすると、ドレッドは久しぶりに戦場へ出る事に対して思いを巡らせる。

 ミシェーラからの報告にもあったように、同盟軍にとって今回の出陣は小手調べであり、本格的な戦闘が起こるとは思えなかったが、不思議と緊張感があった。

 (戦場から離れ過ぎていたか。きっと、剣の腕も(なま)っているのだろうな)

 ドレッドは右手を開閉させる。

 80歳を超えた今でも体は若い時のままであり、勇者と謳われた頃と同じ力強さが自身に宿っている事を実感できた。しかしそれは、あの頃より成長していないという事とも取れる。

 そんな自分に嘲笑とも取れる笑みを浮かべると、ドレッドは臣下達を見渡した。

 「俺には至らない所だらけだ。ワジヤ、ビクタス。援護を頼むぞ」

 「「御意ッ!!」」

 2人にしては大きな応答が返って来る。それは暗にドレッドの言葉を否定したものであり、彼らの厚い信頼を感じられた。

 これならば何の心配もない、と今度は満足気な笑みを浮かべる冥王であった。

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