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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
冥王国の進軍
71/86

4-18 出戻り

 「同盟軍の様子はどうだ、ミシェーラ?」

 冥王ドレッドが、臣下に対して問う。

 敵対国家とその国境付近の戦力を撤退させてから、2日後の出来事であった。やはり全ては彼の計画に沿った行動であり、3か国とエルフ族から成る同盟軍が戦力を集結するよう仕向けていたのだ。

 そのための人員は、すでに相手側に存在している。

 「はい・・・順調に天守国へと・・集結しているようです・・・ゴホッ・・・」

 「レッチアーノとか言う光国の代表が、上手く(こと)を運んでくれたようだな?一時は無能と判断したが、意外とやるようだ」

 同盟国の代表者が集う会議、それに出席できる程の人物を冥王国側は引き入れている。その者に指示を出し、相手側の動きを制御していたのだ。

 「各国の上層部においても・・・我々に対して憤慨している者が多く・・・ゴホッ・・同調の声が重なりました・・・」

 「嫌われたものだな。だが、それも予定通り。やはり怒りを抱える連中は扱いやすい」

 ミシェーラからの報告を聞き、ドレッドは上機嫌に笑う。彼の機嫌の良さは、計画が順調に推移している事と関係していた。

 相手の全戦力を、こちらの全戦力で以って打ち破る。

 それが同盟軍との戦争における最終目標であった。

 しかし、ここで誤解してはいけないのが、彼の真意である。ドレッドは敵国を滅ぼしたいのではなく、自国に抗うのは不可能だと思わせたいのだ。

 当然、必要な犠牲は敵味方関係なく払っていくが、それでも虐殺を望んでいる訳ではない。

 全ては自分の理想のため。世界平和を実現するための第一歩。

 その相手が大陸の中でも大国と称される国々なのだから、この戦が事実上の山場であった。

 他の3国を取り込み、かつて『破壊の女神シグラス』が統治していた国と同規模の領土を得る。それ程の戦力を前に対抗できる国家は他になく、以降は瞬く間に支配域を広げる事が出来るだろう。

 それを理解している者の1人、ロキリックは冥王に賛辞を贈る。

 「流石は冥王様です。御身ほどの優れた君主は、この大陸の歴史を紐解いても見つかりはしないでしょう」

 恭しく頭を下げ、己の王に対して敬意を示した。

 「俺自身、あまり自分が優れているとは思わないが、優れた臣下を持てた事だけは迷いなく誇れる。いずれ来たる最終決戦。各々思う所はあるだろうが、存分に働いてくれる事を期待しているぞ」

 その言葉に、全ての臣下が跪く。

 そう、ここにはドレッドが信を置く全ての者が集まっていた。

 彼からは見えない表情に込められた感情は様々で――歓喜している者、怯えている者、面倒臭がっている者、何とも思っていない者、感慨深げにしている者などがいた。

 多種多様な人格と、例外なく高い戦闘力。

 自身の抱える優秀な戦力を眺め、ドレッドは期待に笑みを作る。







 ロディアス天守国を出立してから3日後の昼、グレンとヴァルジは、とある国の食事処で昼食を取っていた。数日前までいた国々や母国とも異なる食文化を前に、グレンは相変わらずの空腹を覚える。

 決して不味い訳ではないだろうが口に合わず、胃に落とし込む速度も緩やかなものになっていた。量もあまり摂取できず、国を出てから数日以降の彼の体調はあまり(かんば)しくない。

 それでも、あとは帰るだけであるため、問題はないと思われた。

 「帰るだけの旅路ですから、ゆっくりできますな。おっと、グレン殿の場合は、早くエクセお嬢様とお会いしたいですかな?」

 「ええ、そうですね」

 彼にしては珍しい素直な心情の吐露に、ヴァルジは少しだけ驚く。

 ただ、これに関してはグレンも旅で少なからず疲労を感じていたという事と、何より少女の手料理を早く食べたいという気持ちが強かった。

 結局、エクセに依存する状況を克服するための荒療治は失敗し、少女への想いがより強まっただけとなっている。それについて、グレンは自分を恥ずかしいと思いつつも、仕方ないと割り切る事にした。

 どう足掻いても、この体質は変えられそうにない。

 「それでしたら、のんびりという訳にはいきませんな。かく言う私も、陛下にお会いできるのが嬉しいのですが。皆様、今頃どのような事をなさっているのでしょうか?」

 「いつもと変わらない、穏やかな日常生活を営んでいると思いますよ」

 グレンの言う通り、フォートレス王国とルクルティア帝国はすでに戦争とは距離を置いている。

 数日前までいた大国やエルフ達とは圧倒的に異なる状況――それが平和だ。それらの国々の者達には申し訳なかったが、グレンはその幸福を噛み締めるのであった。

 「おい。そういや、知っているかい?」

 「あ?なんだ、藪から棒に?」

 ふいに、彼の耳に酔っぱらい客の会話が聞こえてくる。

 2人組の男であり、顔を真っ赤にしながら酒宴を楽しんでいるようであった。

 「ここより西に、馬鹿でけえ国が4つあるだろ?」

 「ああ、あるな。うんちゃら国となんちゃら国だろ?」

 「がははははッ!何にも知らねえじゃねえか!」

 「んで、それがどうしたってんだよ?」

 「ん?それがな。なんか近々そこで、でっけえ戦が起こるって話なんだよ」

 「でっけえ戦ぁ?そりゃ、どれくらいだ?」

 「それは良く分からん」

 「なんだそりゃ」

 2人して豪快に笑い合う。

 彼らにしてみれば、それは酒の席での何気ない会話であったに違いない。

 しかし、詳細が気になるグレンとヴァルジは、食事の手を止めてしまっていた。

 「ヴァルジ殿・・・」

 「ええ、少し気になりますな・・・」

 2人にとって、あの地での戦争はすでに関係のない事である。

 だが、大きな戦が起こりそうと聞いて、それで完全に我関せずでいられる程、グレンとヴァルジは非情にはなり切れなかった。今いる場所が、戻ろうと思えばすぐに戻れる位置なのも影響しているだろう。

 「戻りますか・・・?」

 グレンに問われ、ヴァルジは悩む。この旅路は彼の頼みによって行われているものであり、戻る戻らないの決定権はヴァルジが握っていた。

 本音を言えば、戻って真相を確かめたい。

 しかし戦争とは「気になるなら見に行けばいい」と言えるような出来事ではなく、もしそのような事をすれば、それはただの野次馬である。

 果たして、当事者達に喜ばれる行動なのだろうか。

 「どうするのが正解なのでしょうか・・・?」

 勿論、力になるために戻ったとあれば、クロフェウ達も歓迎してくれるだろう。しかし依然、彼らは大規模戦闘に参加する気はなく、戻ったとしても出来る事は限られていた。

 「戻るだけならば、付き合いますが・・・」

 悩む老人を見かねて、グレンが気遣いを見せる。

 ただ、彼自身も戦争の行く末について気にはなっていた。

 「そうですな・・・ならば、あくまで様子を見に行くという事で・・・」

 「・・・分かりました」

 結局、と言った感じの結論になる。

 仕方ないとは言え、エクセとの再会が今しばらく叶わぬ事態となってしまい、グレンは少しだけ意気消沈したのであった。





 その後、グレンとヴァルジが急いで天示京(てんじきょう)へと戻るには、さらに2日の時間を要した。往復で計5日が経過しており、その間に情勢が大きく変わってはいないかと彼らも不安を募らせる。

 そのため、天示京(てんじきょう)に向かうまでの街々で、彼らは情報収集を(おこな)っていた。

 天示京(てんじきょう)ほどの大きな街ではなかったが、流石に情報は出回っているらしく、同盟軍の戦力がロディアス天守国に集結しているとの話を耳にする。加えて、テュール律国を攻めていた冥王国軍が引き上げたという情報も入手した。

 それを同盟軍の優勢と受け取る者が多かったが、グレンには冥王国が同盟軍と同様に戦力を集中しているかのように感じられた。

 誰かが仕組んだのか、それとも偶然か。

 そう遠くない未来、同盟軍と冥王国軍の総力戦が始まる予感がした。

 その予兆とでも言うように、天示京(てんじきょう)の大門前には多くの足跡が見られ、情報通り他国の戦力が集まっている事が窺い知れる。

 前回とは異なり門番に顔を覚えられていたため、グレンとヴァルジはすんなりと街の中に入った。

 「ここには、ニノも帰って来ているんでしょうか?」

 「おそらく、そうではないかと。とりあえず、クロフェウ達が過ごす長屋に向かいましょう」

 ヴァルジの提案に頷くと、2人は先日訪れたエルフ族の住居へと赴く事にした。

 そこまでの道のり、やはり多くの足跡を目にする。馬の蹄と思われる跡もあり、この街のどこかに他国の戦力が潜んでいるのだろうと思われた。

 「どれだけの戦力が集まっているんでしょうか?」

 「いかに天示京(てんじきょう)と言えども、3か国分の戦力を納める事は不可能だと思われます。他の街にも幾分かいるのでしょう」

 膨大な人口を抱える4か国が起こす大戦争。

 グレンとヴァルジは今まで経験した事のない規模の戦いに対して、戦士としての興味と畏怖を覚える。知り合いがそれに参加するため、不安も感じていた。

 その気持ちが2人の足を急がせ、遂に目的地へと辿り着く。警備兵にクロフェウの知人である事を告げると、彼らも記憶してくれていたのか、すぐに屋内へと通された。

 先日訪れた族長の部屋の前まで来ると、中に向かって声を掛ける。

 「クロフェウ、いますか!?」

 「む・・・!?まさか・・・ヴァルジか!?」

 友人の在室を確認すると、ヴァルジは部屋の扉を開ける。

 そこには驚いた顔をしたクロフェウと、同様の表情をしたマキとニノが座っていた。

 「な!?グ、グレン!?お前、帰ったんじゃ!?」

 特に、綺麗な別れ方をしたニノの驚愕は顕著である。再会の約束が理想と違う形で実現された事に、少なからず恥ずかしさも覚えているようだ。

 ただ、嬉しくもあったのか、彼女の尻尾が左右に振れているのが見えた。

 「何やら不穏な噂を聞いたので戻ってきてしまいました。クロフェウ、詳しい話を聞かせて下さい」

 「う、うむ・・・。実はな――」

 もう二度と会えまい――とか何とか考えていたクロフェウも、恐ろしく早い友人との再会に孫娘と同じく戸惑っていた。それでも、族長らしく落ち着いた態度で現状を伝えていく。

 「――という話になって、近いうちに冥王国に攻め込むのだ」

 「な、なるほど・・・」

 正直、反応に困る展開であった。

 可能性としてはあるだろう、くらいには思っていたが、戦力の不明な相手に挑むのは無謀な気がしなくもない。

 「そしてこれから、それについての作戦会議がある。各国の代表だけでなく、戦力として主だった者達も参加する大規模なものだ」

 「ほう・・・かなり本気なようですな」

 それにはおそらく、今まで出会った者達も参加するのだろう。

 一体、彼らがどういった行動を選択するのか、話を聞くグレンは少しだけ興味を持った。

 「良かったら、2人も参加すると良い」

 「いえ・・・ですが・・・」

 話の流れとして提案しただけであろうが、そう簡単にはいかない。

 グレンとヴァルジはすでに部外者であり、重要な会議の場に参加する資格はないのだ。

 「それは良い考えです、爺様(じさま)。グレンは頼もしい。きっと力になってくれるでしょう」

 だがそこに、ニノの口添えが加わる。

 仇を討った事によるのか、グレンに対する評価がかなり高くなっていた。まるで王国にいる時のような気分になってしまう。

 「待て、ニノ。すでに私達は部外者だ。会議に参加するにしても、他の国が許さないだろう」

 「では、他の国が許せば傍にいてくれるのか?」

 「・・・・・・・ん?」

 何だかおかしな言い方であった。

 それを自覚したようで、ニノも顔を赤くする。

 「い、いや!勘違いするな!今のは言葉のあやだ!少なくとも、もうあの時のような事態にはならない!」

 ニノのその台詞を聞き、グレンは彼女が会議の場で打ちのめされたのを思い出した。あの時の出来事に対して少なからず心的外傷(トラウマ)を抱えており、自分に傍にいてもらいたいと考えたのだろう。

 その気持ちは汲むべきだ、とグレンは意見を変える。

 「確かにそうだな。だが、一応私も参加しよう」

 「な、なんだ、一応とは・・・!?」

 「一応は一応だ。気にするな」

 「す、好きにしろ・・・!礼は・・・あとで言う」

 この場で言わないのは、クロフェウやマキにあの時の事を知られたくないからか。

 それも理解できると、グレンは何も言わなかった。

 「グレン殿が参加すると言うのならば、私もそうしましょう。仲間外れは寂しいですからな」

 「言い訳が下手になったな、ヴァルジ。戦士として、血が(たぎ)るのだろう?」

 「流石はクロフェウ。お見通しですか」

 こちらは互いに笑い合う2人。

 同じ人間とエルフでも、組み合わせによって掛け合いに差が生まれた。その中で唯一残ったマキが、クロフェウに向かって声を掛ける。

 「族長様、そろそろお時間です」

 「む、そうか。ならば行くとしよう」

 クロフェウの言葉で皆は立ち上がり、マキを除いた全員で会議の場へと向かった。





 対冥王国の作戦を議論する場所は、以前『三か国会議』が開かれた場所とは異なる。あそこは大勢が入るには狭く、今回はもう少し大きめの会場が用意されているとの事であった。

 そこまでの道のりを、クロフェウの先導によって進んで行く。どうやら一度、下見に行ったらしい。

 「こういった時、下準備をしないと落ち着かなくてな」

 「心配性ですな」

 などと、老人達が会話をする後ろを、グレンとニノは歩いていた。

 「で、だ・・・。グレン、ついて来てくれて感謝する・・・」

 先ほど宣言した礼を、今この場でしてきた。

 「気にするな。私もお前が心配な事に変わりはない」

 「なっ・・・!?」

 照れ隠しでもするように、ニノはグレンの腹を殴った。

 なんだか懐かしい気がして、彼も軽く笑みを作る。

 「な、なぜ笑う・・・!?」

 「いや。お前が元気で何よりだな、と」

 「ば、馬鹿・・・!たった数日で、何かが変わるものか・・・!」

 「それもそうだな」

 しかし、そうでもなかった。

 天示京(てんじきょう)、つまりは人間の街を歩いているというのに、ニノはその素顔を隠していない。テュール律国で騎士達に認められた事が自信となり、人間に対する恐怖が薄れていると見える。

 傍にクロフェウがいるという状況も大きいのかもしれないが、それでも大きな進歩であった。

 「な、何を見ている・・・!?」

 考えながらであったせいか、グレンはニノの横顔を長く見つめてしまっていた。顔を真っ赤にした彼女は目を伏せており、なんだか申し訳ない気分になる。

 「すまない。無礼だった」

 「だ、だから・・・!別に嫌ではない・・・!お前は、少し自己評価が低いぞ・・・!」

 とは言われても、彼自身、自分が女性に好かれるような男でない事を自覚している。そんな者に見つめられれば多少不快に感じるのも仕方ないと思うのは当然の思考であった。

 だが、ニノのやや好意的な態度。

 グレンの中では、都合の良い考えとして「もしや」といった発想が生まれていた。それは男ならば歓喜するべき事態であり、彼とて多少なりの高揚感を覚える。

 ただ、そのせいで意識を削がれ、横道から飛び出してきた人物とぶつかってしまった。

 「む・・・!」

 「あいた!」

 グレンは咄嗟に手を伸ばし、その者の腕を掴んだ。

 細い、少女のような腕である。そして実際、その人物は少女であった。

 肩にかかる黄金の髪と幼さの残る顔立ち。上半身は大きな襟が特徴の真っ白な半袖の軍服を、下半身は腰から太腿までをぴったりと覆う白いズボンを着用し、上から短めのスカートを履いている。

 「すまない。大丈夫か?」

 「あ、はい。大丈夫です・・・」

 鼻に手を当てる少女は、言葉通り大して態勢を崩していなかった。グレンが手を伸ばす必要などなかったくらいには大丈夫そうである。

 「え?なに?――わ!本当だ!クロフェウさん!ニノさん!」

 「マリア?」

 その少女はクロフェウとニノを見て、唐突に瞳を輝かせた。ここ数日の出来事であろうか、ニノの方も彼女の事を知っているようであり、どうやら顔見知りのようだ。

 ただそれよりも、グレンは少女の台詞に含まれる違和感に疑問を持った。

 まるで、誰かと会話をしたかのようである。

 (まさか、この子も秘術を・・・?)

 とは思ったが、それは違うとすぐに判断した。『念話』とは心の声で会話をする秘術であり、少女は先ほど声を出して何者かと会話をしていたからだ。

 では一体、とグレンはマリアという少女を観察する。

 「良かったね。これで会議に間に合うよ」

 小さな呟きではあったが、グレンは少女の独り言を再び耳にした。やはり明らかな会話であり、それも自分の体に向かって話し掛けているようである。

 なにやら不思議な少女だ。

 「グレン、いい加減に手を放してやったらどうだ?」

 マリアの奇行に気が行ってしまい、グレンの手は少女の腕を掴んだままであった。それをニノに指摘され、急いで手を放す。

 「マリア、私の仲間が失礼を働いた。気を悪くしないでくれ」

 そして、腕を掴み続けた事に対してだろうか、ニノが少女に謝罪をする。代わりに謝られてしまい、グレンは少し居心地が悪くなった。

 「あ、いえ!そんな!本当に大丈夫ですから!ボクの方も、道に迷ってて余所見(よそみ)を――!」

 (――ん?)

 少女がそう口走った瞬間、グレンは頭の上に疑問符を浮かべる。

 今、マリアは自分の事を「僕」と言った。それは男性の一人称であり、少女が用いるには不適切な物と思われる。

 そのため、グレンは自分が聞き間違えたか、少女の言い間違いだと判断した。

 そして、それは今この場においてどうでも良く、追究はせず先を急ぐことにする。

 「とにかく、すまなかった。では、これで」

 「あ!ちょっと待ってください!」

 グレンが別れの言葉を告げると、少女が声を大にして制止を掛けてきた。

 「あ、あの!これから会議の場に向かうんですよね!一緒に行ってもいいですか!?」

 少女の申し出に、グレンとヴァルジが不思議そうな顔をする。

 事情を知っているニノが何か言おうと口を開くが、それよりも先にグレンが答えた。

 「すまないが、これから向かう先は機密事項を話し合う場所なんだ。君を連れて行くことは出来ない」

 「それなら大丈夫です。ボク、こう見えても『光の剣士』ですから」

 彼の拒否に、マリアは思いがけない答えを返す。

 グレンは以前に『光の剣士』について話を聞いており、目の前の少女がその人物だと言い出した事に驚きを覚えていた。少女が再び自分の事を「僕」と言った事に気付かない程に。

 「君が・・・『光の剣士』・・・?」

 「はい。あ、自己紹介がまだでしたね。ボク、マリア・ロイヤルって言います」

 そう言って、マリアと名乗った『光の剣士』は微笑んだ。

 ジェイクから話を聞いていたグレンとヴァルジは、うろ覚えだったが、彼女の名前が現『光の剣士』と一緒であるように思う。

 「ニノ、この子の言っている事は本当か?」

 「ああ、私達もそのように紹介された」

 ニノに聞いても、それを認めるような発言が返ってくる。

 しかし、『光の剣士』の証である宝剣『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』を持っているようには見えない。ニノが認めるのだから疑いはしないが、興味本位から見せて欲しいとグレンは思った。

 「すまないが、『光の剣士』という証拠はあるか?」

 「あ、ピーちゃんの事ですか?」

 「ピーちゃ――?ああ、『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』の事をそう呼んでいるのか」

 「はい。ただ、本人はそれほど可愛くないんですけど」

 話に聞いた分には、『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』は持ち主である『光の剣士』と会話が出来る剣なのだと言う。そして、その話の中にはもう1つの特性についても言及されていた。

 それを証明するかのように、マリアは自身の胸に手を当てる。

 すると、その部分が眩いばかりに輝き出し、剣の柄頭が出現した。

 (うお・・・!)

 誰もその光景を見た事がなかったようで、グレンを含む4人は明確に怯む。そんな彼らを気にも留めず、マリアは慣れた手付きで自身の体から剣を引っ張り出した。

 「これが、ピーちゃん――『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』です」

 白い鞘に納まった状態で取り出された剣は、少女には扱いきれなさそうな長剣。

 黄金の柄頭(つかがしら)(つば)、そして白色の握りは美しく、歴史と力強さを感じた。

 「ほう・・・すまないが、少し見せてもらってもいいか?」

 会議の場に急がなければならない身でありながら、『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』に興味を持ってしまったグレンが問う。自身の持つ大太刀『雪月花』と似た配色であったため、少しばかり対抗意識が芽生えてしまってもいた。

 聞かれたマリアはしばらく答えず、じっと剣を見つめていたかと思うと、急に意地悪な笑みを浮かべる。

 「どうぞ!」

 やたら愛想の良い返事であった。

 何か思惑がありそうな表情をしているが、グレンは有り難く『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』を貸してもらう。そしてすぐさま抜き放ち、刀身を目にした。

 「おお・・・!」

 握る手から伝わる未知なる力。綻び1つ見えねど、数多の死闘を異なる(あるじ)と共に乗り越えた誇り高き刃。

 悔しいが、グレンは『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』という剣に計り知れない高貴な印象を持つ。

 「流石は神話の時代に作られた物だ。他の剣にない威厳を感じる。――ん?」

 そう賛美するグレンの話を聞かず、何故かマリアは口元を抑えて笑いを(こら)えていた。

 可笑しな事を言ったか、とグレンは訝しむ。

 「あ!すいません!ちょっとピーちゃんが――ぷふっ!」

 「この剣がどうかしたのか?」

 「いえ!なんでも!」

 それでも漏れ聞こえる少女の微かな笑い声。

 もしかしたら『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』と会話をしているのかもしれないが、グレン達にそれを聞くことは出来ない。

 「よく分からないが・・・ありがとう。良い物を見せてもらった」

 とりあえず、そう言って鞘に納め直した剣を返す。

 マリアはにやついた顔でそれを受け取ると、流れるような動きで自分の体の中に仕舞い込んだ。先程と同様の光を発しながら少女の中に剣が入って行く光景は、やはり初見の4人を驚かせる。

 「それじゃあ作戦会議に向かいましょう!」

 もはや慣れ切った行動を手早く済ませると、マリアがグレン達に向かって言った。先程の事象を見せつけられ、少女が『光の剣士』であると確信したグレンは異議を唱えない。

 「では、行くとしようか」

 クロフェウの一声を合図に、5人は揃って移動を開始した。

 「しかし、マリアお嬢様。何故、お一人で行動を?」

 その直後、一番後ろを歩くマリアに対して、ヴァルジが問う。老人の口調は柔らかく、飛び入り参加のマリアに対する優しさが感じられた。

 「え!?わ!?『お嬢様』だなんて!やめてください、お爺さん!」

 照れたように手を振るマリア。

 呼ばれ慣れていない呼称に、恥ずかしさを覚えたようだ。

 「ですが、一国を守護する『光の剣士』殿に対して、出会ったばかりの私が敬称をつけないのは無礼。かと言って、『マリア殿』では少々堅苦しい。ならば、『マリアお嬢様』が最適かと思われますが」

 「そ、そんな!ボクは『お嬢様』なんて柄じゃないです!普通に『マリア』でお願いします!」

 この時グレンは、マリアが自分の事をまた『僕』と言った事に気付く。

 やはり少女が用いるには不適切な言葉であり、少しだけその理由を考えた。そして、自身の経験と照らし合わせ、1つの答えを導き出す。

 「ああ、なるほど。おかしいと思った。君は男だったのか」

 「――え?」

 「ん?」

 グレンは、少女のような見た目の少年が存在する事を知っている。そのため、体型が男に近い事もあってか、マリアをそういった(たぐい)の人物だと判断してしまったのだ。

 女物の服を着用しているのも、あの少年の髪型のように何かしらの理由があるのだろうと考えた。それこそ、異国の見知らぬ文化に違いないと。

 だが、彼の言葉を聞いたマリアの顔は絶望に染まり、歩く足を止めてしまっている。

 その事から、グレンは自分が間違いを犯した事に気付く。

 「グレン・・・お前、何を言っている・・・?」

 呆れたような言葉を投げ掛けるニノ。

 彼女もマリアの一人称には違和感を覚えていたが、流石に男であるという判断はしていない。

 「違ったか・・・!?すまない・・・!私の知り合いに、少女のような見た目の少年がいてだな・・・!」

 「つまり、ボクが男みたいだって事ですか・・・!?」

 マリアは少女として、自分の体に魅力がない事を気にしている。

 そのため、発せられた声は涙混じりとなっており、グレンの焦りをさらに加速させた。

 「いや、そうではない!無論、始めは女性だと思った・・・!しかし、君が自分の事を『僕』と言ったため勘違いしたんだ!決して、悪気があった訳では・・・!」

 グレンの必死の言い訳を聞き、マリアは少しばかり気を持ち直す。

 しかし、彼女の耳には未だ煩わしい笑い声が響いていた。

 (ぎゃははははははははははッ!!)

 そう、マリアの中に宿る『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』である。人前であるため反応は返さないが、少女の耳には嫌味な言葉が確かに届いていた。

 (前に言った通りになってるぅーー!本当に男と間違われてるぅーー!おっかしいぃーー!マリアちゃんは、おんにゃの子なのになぁーー!)

 敢えて挑発するような言い方をしているのには理由があった。

 (これもさっき、嫌がる俺を大男に渡した罰ってやつじゃあないのかなー!?あー、可哀想な俺!野蛮な男に抵抗できずに剥かれ、体の隅々まで眺め回されるなんて!)

 やけに下品な表現をする相棒に、マリアは怒りを覚える。

 握り拳を作り、体をぷるぷると震わせていた。

 「すまない、怒らせてしまったようだな・・・」

 そして、事情を知らないグレンは、自分がマリアをそこまで怒らせたと考えてしまった。

 今度は逆に、マリアが慌てる事となる。

 「あ!いえ!違います!おじさんに怒っている訳じゃないんですよ!?」

 「う・・・っ!」

 この時マリアが発した『おじさん』という言葉に、グレンは心を鋭く切り裂かれる。外見や年齢差で考えれば、そう表現されても不思議ではないが、あまり言われ慣れていないせいで大きな衝撃を受けていた。

 母国であるフォートレス王国では名前が知られているため、呼び捨てはあっても『おじさん』と呼ばれる事はないのだ。

 「あ、あの・・・どうかしましたか?」

 「いや・・・なんでもない・・・」

 マリアの問いに、表情を暗くしながらもグレンはそう答える。

 互いに意図しない所で心を傷つけあった2人は、何とも言えない微妙な雰囲気に包まれていた。

 「グレンだ・・・。これからは、グレンと呼んでくれ・・・・」

 「は、はい・・・グレンさん・・・」

 とりあえず、自分から呼び方を指定する事で二度目を未然に防ぐ。彼自身も、今後は性別に関して迂闊な発言をしないよう心に誓った。

 「グレン殿、マリアお嬢様。誤解が解けましたのならば、そろそろ向かうといたしましょう」

 ここでヴァルジの援護が入る。

 特に『お嬢様』の部分を強調しており、マリアへの気遣いが見えた。

 「これはすみませんでした。行きましょう」

 この老人の行いには頭が下がる、とグレンは本当に頭を下げる。

 それを見届けると、一行は再び移動を開始した。

 (おい、マリア・・・)

 マリアが一歩目を踏み出そうとした瞬間、先程とは打って変わって真面目な口調のピースメイカーが声を掛けてくる。

 「どうしたの、ピーちゃん?」

 4人から少し離れ、マリアが声を落として聞き返す。

 その動きにグレンとヴァルジが、その会話にクロフェウとニノが気付くが、気にせず歩き続けた。

 (あのグレンとかいう男だけどよ。気を付けといた方がいいぜ)

 「グレンさんが?なんで?」

 確かに外見は怖そうだが、先程の会話で紳士的な人物だという事は分かっている。加えて、『光の剣士』である自分に対して何かが出来るとは思えなかった。

 (気付いてねえのかよ。さっきお前、あいつとぶつかっただろ?)

 「え?うん。やっぱり余所見は駄目だよね。でも、慣れない街だと道が分からなくて。それもこれも、ボクを置いていったロイドさんが悪いんだけど」

 (いや、お前が起きるの遅くて『後から行く』って言ったんじゃねえか)

 「あれ?そうだっけ?」

 (そうだよ。自由時間だからって、昨日、夜遅くまで遊んでたせいだ。――俺を部屋に置いてけぼりにしてな!)

 昨夜の事を思い出したのか、ピースメイカーは突如として声を荒げる。

 (思い出したら、腹ぁ立ってきたぞ!昨日はお前がすぐに寝ちまったから何も言えずじまいだったが、『選び、導く絶対秩序(ピースメイカー)』として説教しちゃるッ!)

 「それで、グレンさんがどうしたの?」

 (話を戻そうとするんじゃねえッ!俺がどれだけ寂しい想いをしたのか、お前に分かんのかッ!?」

 「だって、ピーちゃんがいると静かに出来ないんだもん。ボクは1人で異国の街を歩きたかったの」

 (まーーーッ!なんて薄情な子だい!俺達の過ごした日々は偽りだったのかよおッ!?)

 「うん」

 (『うん』!?えっ、ちょっ、マリアさんッ!?)

 「で、どういう意味なの?グレンさんに気を付けた方が良い、って?」

 最終的に話を戻され、ピースメイカーは黙り込む。最近、自分の扱い方がいろんな意味で上手くなったなあ、と思う伝説の宝剣なのであった。

 (・・・さっきぶつかった時・・・お前、『痛い』って言わなかったか・・・?)

 「言った・・・かな?それがどうかしたの?」

 よく分からない、とマリアは問い返す。

 人間なのだから痛みくらい感じるだろう、と。

 (ただぶつかっただけで、俺を宿したお前に『痛い』って言わせられる奴がいるかよ・・・。むしろ、向こうの方がぶっ飛んでてもおかしくねえんだぞ?いくら体がデカイっつってもな)

 「大袈裟だよ。痛いって言っても、ちょっとお鼻をぶつけただけだし」

 (だから、それがおかしいんだよ。今のお前なら、大の男に殴られても何ともねえんだぞ?)

 「そうなの?じゃあ、どうして痛みを感じたんだろう?」

 (だから、それが俺にも分かんねえって・・・――まあ、もういいや!敵じゃなさそうだし、気にするような事でもねえか!)

 問答が面倒臭くなったピースメイカーは、そう言って話を切り上げた。

 しかし、言われたマリアは気になってしまい、グレンの背中をじっと見つめる。彼がエルフと共に行動している理由も気になっていたが、それ以上にその実力の程に興味を持った。

 (今度、話をしてみようかな?)

 自分だけにしか聞こえない心の声で、マリアはそう呟く。

 そして、遅れないよう歩く速度を上げるのであった。

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