1-7 開戦
ムムル村周辺にはすでに、フォートレス王国騎士団の部隊が勢ぞろいしていた。
会議が開かれた当日のことであったのだが、さすがは周辺諸国最強の軍隊である。今は各隊、指定された配置に着く前の最後の物資補給を行っている最中であった。
それと同時に、村の住人の避難を行っている。
その中心人物として、シャルメティエ=ホーラル=セイクリットは動いていた。その身は、いつでも戦闘を始められるように武装されている。
「急げ!敵が来てからでは遅いのだぞ!」
遅れる避難に焦りが見える。馬を飛ばしてここまできたが、さすがに夜遅い。
発光石や照明を灯す光を頼りに誘導をしているが、それでも手間取っている。未だ家の中から出てこない者もおり、貴重品の整理に時間が掛かっているとの事であった。
(己の命以上に貴重なものなどあるまいに!)
そのような者達をシャルメティエは心の中で叱責するが、それは命を掛けてこれからの戦に臨む者の論理であった。戦う必要のない彼らにしてみれば、その後の方が重要なのである。
おそらくこの戦争、フォートレス王国側が勝利するだろう。
しかしそれでも被害がないとは言えず、ここまで攻め込まれる可能性もあった。その場合家屋は潰れ、しばらくは生活に支障をきたすに違いない。
そのために持てるだけの財を持って逃げると考えるのは、当然の発想であった。けれども、それを「欲深い」と感じてしまうほど清廉潔白な人間なのだ、シャルメティエという騎士は。
「戦乙女様!戦乙女シャルメティエ様ではないですか!?」
そんな苛立ちを覚えるシャルメティエに、声を掛ける者がいた。
「・・・何者だ?」
おそらくこの街の住人であるのだろうが、シャルメティエはその顔に覚えがない。彼女自身有名人であるため、その顔が広く知られていることは重々承知しているが、それでもこのような非常事態に避難も誘導もせず話しかけてくる者に応対する暇などなかった。
それゆえ、少々語気が強くなる。
「話をしている暇が――」
「私は、この村で商人をしているガド=ハームという者です。実は、シャルメティエ様にお渡ししたいものがありまして」
彼女の言葉を遮り、ガドと名乗った商人は自分の言いたい事を語った。そのことに更なる苛立ちを覚えたシャルメティエであったが、こういう手合いはしつこいと経験上理解している。
追い払うための人員もそばに仕えていないため、諦めて応じることにした。
「・・・分かった、受け取ろう」
小さな溜息を吐いてからそう言ったシャルメティエは、ガドに向かって右手を開いて差し出す。
「どうぞ、お受け取りください」
ガドは胸ポケットから取り出した高級そうな布を恭しく渡してきた。始めはその布が譲渡されると思ったが、どうやら何かを包みこんでいるらしい。
シャルメティエは、それを解く。
「これは・・・・発光石か?」
「はい、その通りでございます」
確かに発光石ならば、今この場で有用なものであろう。
しかし、副団長であるシャルメティエに直接渡してくるような代物ではなかった。彼女がその顔に「不可解だ」という表情を浮かべていると、商人は誇らしげに語り始める。
「それはかの英雄、グレン=ウォースタイン様がお持ちになっていた品でございます」
「グレン殿が・・・?」
発光石は魔法を使わない者にとっては、単なる黒い石でしかない。グレンが魔法を使えないことを知っているため、シャルメティエは猜疑の目をガドに向ける。
途端、商人は狼狽した。
「い、いや本当ですって!グレンの旦那が学生とこの村に来た時に買われていった物を頂いたんですよ!いくら商売人だからって、無料で差し上げる物に嘘なんか吐きませんぜ!!――まあ、売ってるもんは別ですがね」
先程までの礼儀正しい口調とは打って変わったガドに対し、こちらが素か、とシャルメティエは思う。
(そういえば、ファセティア家のご息女とこの村に来たと言っていたな)
その事については、王城で聞いたグレンの話にも含まれていたのだ。
「信じてくださいよ~」
まるで懇願するかのように言ってくるガドに対し、シャルメティエは初めて笑顔を見せる。この者の話は、信じるに値すると思われたのだ。
「・・・分かった、信じよう。しかし、何故それを私に?」
そう言われたガドは、少し照れくさそうに語る。
「他の騎士から聞いたんですがね。一番危険なこの村を守ってくださるのはシャルメティエ様だって言うじゃないですか。俺はこの村が結構好きでしてね。なにせ人通りも良けりゃ雰囲気も良い、そしてなにより儲けが良い」
ガドは、誤魔化すような笑いを浮かべて続ける。
「そんなわけで、ぜひともシャルメティエ様には頑張っていただきたいと思いまして。それでグレンの旦那の御加護があるように、そちらをお渡しした次第なんですよ」
シャルメティエが持つ発光石は、ガドの店で売られていたグレンの所有物だった物である。
最後の1つということで破格の高値で売り出した所、結局売れ残り、それならば応援する意味も込めてシャルメティエにあげてしまおうと考えたのだ。
「ふっ、あなたはグレン殿のことをまるで神のように言うのだな」
『グレンの旦那の御加護』という部分が可笑しかったのか、シャルメティエは口元に指を当てながら優雅に笑う。
「まあ、『お客様は神様だ』っていう言葉もあるくらいですしね」
がはは、と笑いながらガドは言った。聞き慣れない言葉であったが、商人の間にはそのような格言があるのだな、とシャルメティエは考える。
「なるほど・・・その言葉、覚えておこう」
そう言うシャルメティエのもとに、1人の騎士が駆け付ける。どうやら住民の避難が終わったようだ。
「そうか、ならば各員休息に入れ。ただし、アマタイ山の監視は怠るな」
騎士にそう指示したシャルメティエは、再びガドに向き直り、
「これは有り難く頂いておくとしよう。貴方も早く非難したほうがいい」
と言った。
「はい。ご武運を、シャルメティエ様」
ガドがそう言うと、それを合図に2人は背を向けあい、互いの向かうべき方向へと足を動かした。
王都ナクーリアは、アンバット国との戦争の話で持ちきりであった。
騎士団が一斉に動き出したのだ、騒ぎにならない方がおかしい。この15年間、戦争がなかったため気が緩んでいた市民は慌てふためいていた。
そんな喧騒を、グレンは勇士管理局の待合室で聞いている。
部屋の中にはエクセ、ポポル、リィスの他にオーバルとメーアの姿もあった。会話はなく、他の勇士に依頼した監視の報告を待つばかりである。
アンバット国侵攻の報がないまま日が明けた今日、まさにこの日が最も会敵する可能性の高い日であった。
逆に、この日が何事もなく終わればアンバット国との戦争はほぼないと思ってもいい程だ。
エクセは、隣に座っているグレンを見る。
彼女がポポルに呼ばれこの部屋に来た時と同じ、目を閉じて腕を組んだ姿勢のままだ。グレンは一体何を考えているのか、エクセはそれが知りたかった。そしてグレンに聞きたかった、今回の戦争でどれほどの犠牲者が出るのかを。
そうすることで、少しはこの戦争という事実を受け入れることができそうであったからだ。
しかし、実行することはできなかった。今のグレンはまるで研ぎ澄まされた刀のようで、その姿にエクセは頼もしさとは別に畏怖を感じていたからだ。
少女は手を組み、祈る。今回の戦争には、バルバロットがアルベルトに貸し与えたファセティア家の私兵も参加していた。その中には、エクセの護衛兵であるユーキとミカウルの姿もあった。
聞くところによると、友人の親類も参加しているらしいとのことである。
その者たちが無事であるように、エクセは祈っていた。
「だ~いじょ~ぶよ~、エクセちゃん~」
そんな少女に、ポポルが声を掛ける。
「グレンちゃんが~いなくったって~、うちの騎士団の連中は~凄腕ばかりなんだから~」
エクセを励ますため、明るい口調でそう言った。けれども不安で胸が一杯な少女は、それに力ない笑顔で答えることしかできない。
「ほらほら~、グレンちゃんが~そんな神妙にしてるから~、みんな怖がってるじゃない~」
言いながら、グレンの肩を軽く叩く。ポポルは何度か戦争を経験したこともあって、流石に肝が据わっていた。
「む・・・すいません」
エクセがここに来て初めてグレンが口を開く。そのことに少しばかり安堵していると、ポポルに肩をつつかれた。
「グレンちゃんに~何か~言いたい事~あったんじゃないの~?」
どうやらエクセがグレンに話しかける切っ掛けを作ってくれたようだ。少女はポポルに感謝を告げるとグレンに身を寄せた。
「あ、あの!グレン様!」
「ん?なんだ、エクセ君?」
エクセは意を決して聞いてみる。
「グレン様は今、何をお考えなのでしょうか?」
「え?」
グレンは、何故そのような事を聞いてくるのか分からない、といった風に頭を掻く。今の自分の気持ちを聞いた所で、何かが変わるとは到底思えなかった。
「お願いします、教えてください!」
しかしエクセにこうまで言われては、理由はどうあれ教えざるを得なかった。少女の緊張した面持ちを前に、グレンは口を開く。
「いや・・・暇だな、と」
その言葉が発せられた瞬間、ポポル以外の全員が顔をきょとんとさせた。あのリィスまでもが、今まで見せた事のない表情をしている。
「お暇・・・・ですか・・・」
そして、エクセは辛うじてそれだけ言うことができた。
自分の中の緊張の糸が一気に弛緩したのを受けて、すぐには頭の整理がつかなかったのだ。どうやらオーバルとメーアも同じなようで、口を何度も開閉させながら、何か言おうとしているが何も言えないという状態であった。
そんな中、小さいながらもくすくすと笑う声が聞こえた。その出所へ視線を向けると、リィスが笑っていたのである。
「リィスさん・・・?」
「ごめ・・・なさい・・・。でも・・・エクセの・・・顔・・・おかしくって・・・!」
リィスの笑い声を皮切りに、先程まで緊張感の漂っていた部屋の空気が穏やかなものになっていった。自然と、誰もが笑顔になる。
「いいわよ~、グレンちゃん~」
義娘の笑顔を見ることができて上機嫌になったポポルが、再度グレンの肩を叩く。
一体皆何を笑っているんだ、とグレンは思うが、言葉にはしない。そうすることは、今この場ではやぶへびな気がしたのだ。
「そういえば、ポポル様は戦争に参加なさらないのですね」
この弛緩しきった空気であるならばと、メーアが今まで抱いていた疑問をぶつけてきた。ポポルほどの実力を有した魔法使いであるならば戦力になるのは確実であるため、そうしない事を不思議に思ってもおかしくはない。
「あ~、私~?そうね~、何て言えば~いいのかしら~」
頭の中ですでに答えを用意していたが、ポポルはもったいつけるように考えている振りをする。そして皆の興味が刺激されたのを見て、語り始めた。
「ほら~、私って~魔法を使うことと~発明することに関しては~天才的じゃない~?」
その言葉に、エクセとリィスが力強く頷く。
「でもでも~、戦闘となると~ちょっとね~。数年前に1回~参加したことがあったんだけど~その時にね~」
実際には20年以上前だったのだが、年齢を気にする女の性か、鯖を読んだ。それを指摘する者は誰もおらず、ポポルは話を続ける。
「魔法を使うじゃない~?そうするとね~なぜか~味方も巻き込んじゃうのよ~。それで王様に~『お前は2度と戦場に出るんじゃねえ』って~言われちゃって~。ひどくない~?」
これが、類まれなる魔法の才能を持つポポルが、今回の戦争に参加していない理由であった。
騎士団に所属することなく、魔法研究会の会長をやっている理由もそれである。グレンにとっても初耳だったようで、納得するように頷いていた。
その時、待合室の扉が叩かれる。
もともと入口近くに立っていたオーバルが即座に応対した。訪ねてきたのは受付嬢であり、短い報告を彼に伝える。
それを聞いたオーバルは頷くと、背後を振り返ってこう語った。
「どうやら、アンバット国が攻めてきたようだ」
エクセとリィスの息を呑む音が聞こえる。
弛緩していた部屋の空気が、再び緊張した雰囲気に飲みこまれた。
アマタイ山とムムル村のちょうど中間地点、その平原にシャルメティエが率いる部隊は陣取っていた。
アマタイ山に対し、騎兵・魔法使い・歩兵の順で並んでいる。槍兵や弓兵がいないこれは、シャルメティエが考案した陣形であった。
戦闘が始まるとまず敵を引き寄せ、魔法で強化された騎兵を敵陣に突っ込ませる。圧倒的な突進力で突破させ、騎兵と魔法使いで挟みこむ形にするのだ。
騎兵で逃げ道を塞ぎつつ、魔法による総攻撃で敵を撃退。残りを後方で控えていた歩兵が殲滅する。
万が一敵が魔法使いの方へ突撃を敢行した場合は、すぐに歩兵と位置を入れ替え、強化魔法でその戦いを補助しつつ、騎兵は敵陣後方から攻め込むという戦法である。
今までも戦争とまでは言えない小競り合いが何度かあったが、シャルメティエが担当した戦闘はこの戦い方ですぐに決着を付けてきた。まさに火力と速攻性を重視した陣形である。
その陣形の中、シャルメティエは魔法使いと歩兵の間にいた。1人だけ白馬に乗っているため、非常に目立つ。その身は、昨晩と同じく完全武装されていた。
白馬と同じく白を基調にしたその鎧は『戦乙女の鎧』と言い、シャルメティエの二つ名の由来である。その特性は、装備者のあらゆる身体能力の大幅な向上。貴族でさえも身につければたちまち倒れ伏すほどの装備容量を必要とする鎧であった。
左手にはあらゆる攻撃の威力を半減させる『聖なる盾』。
腰には装備者の魔力を注ぐことで切れ味を上昇させる剣『ジャッジメント』が備えられている。
頭には前面が開けた兜をかぶっており、これこそがシャルメティエの生命線であった。名を『鷲の目』と言い、装備者に俯瞰視点を持たせることができる兜である。これをもってして、シャルメティエの戦術は完成するのだ。
これら圧倒的なまでに充実した装備を身に着けられることこそ、彼女がフォートレス王国騎士団の副団長を任せられる理由であった。
いかに六大貴族と言えども、通常これほどの装備で活動することはできない。
しかし、シャルメティエは膨大とされる六大貴族の、さらに3倍の装備容量を有していた。これは文句なくフォートレス王国史上最高の装備容量であり、騎士団の中では比類する者なき最強の存在として君臨している。
それゆえ、シャルメティエの部隊に属する者たちも強者ぞろいであった。
その目にはこれから戦う強大なモンスターに対する恐怖など欠片もなく、今か今かと開戦の合図を待ちわびてすらいるようである。
そんな部下達を頼もしく見つめるシャルメティエの耳に、遠方を見渡す魔法――『望遠』で監視をしていた魔法使いの声が響いた。
「敵襲ーーーーーーーーーーーっ!!」
瞬間、シャルメティエは目を閉じる。
これにより『鷲の目』の能力が発動。まぶたの裏に、自身を中心とした半径5kmの俯瞰風景を展開させる。
まず確認したのは、敵影確認の合図だ。これは魔法使いが一斉に『閃光』を上空に打ち上げることで、南北に位置する友軍に合図を送る手筈になっていた。
シャルメティエは俯瞰風景を展開した直後に、大量の『閃光』が打ち上げられるのを視認する。肉眼ではないため、その目を損なうことはない。
(さすがは我が部隊だ)
自分の部隊の錬度の高さを、シャルメティエは誇った。
そして次に、友軍の確認をする。南北の友軍とは5km以上離れているため、それらを見ることはできないが、すでにアルベルトの隊が半数こちらに向かっているのが見えていた。
この動きの速さ。おそらく、敵は十中八九アマタイ山から侵攻してくるだろう、と考えたアルベルト隊の方でも、こちらを監視していたに違いない。
ドゥージャンの隊も遅ればせながら、こちらに向かっていることが部隊の先頭を確認することで分かった。これで、合図を見落とした可能性はなくなる。
そして、最後に敵軍の確認をした。ムムル村からアマタイ山までは平原が続いているが、それ以降は木々で埋め尽くされており、俯瞰風景が意味を為さない。そのため、それが山に差し掛かるぎりぎり手前で陣形を張っていた。
「む・・・!」
敵軍の姿を確認したシャルメティエは、怪訝な声を上げる。
予測されていたサイクロプスの姿はどこにも見当たらなず、敵軍は全て狼系魔物で形成されていたのだ。さらに続いて、無数の蝙蝠系魔物が姿を現す。
俯瞰風景は真上からの視点であるため、遠方の敵の増援に気付きにくいことが欠点であった。そういう点では、遠くまで見通せる『望遠』に劣る。
しかしその予想外の光景に、シャルメティエは思わず笑みを浮かべた。
人ほどの大きさの体を持つワ―グや空を舞うナイトバットは確かに人間の脅威足りえる。しかし、こちらはサイクロプスの軍団と戦うつもりでこの戦場に臨んでいるのだ。
今さらそのようなモンスターが増えた所で、フォートレス王国の騎士たちが怯むわけがない。
シャルメティエは自身に『拡声』を施すと、息を吸い込む。彼女は剣士でありながら、補助系に関しては複数の魔法を使うことができた。
「聞け!我がフォートレス王国が誇る騎士達よ!」
その声は先頭から最後尾の騎士まで、ほとんど一定の大きさで聞こえている。
「相手は臆病にも無数のモンスターを投入してきた!しかし、恐れることはない!諸君らにしてみれば、勝って当然の雑魚ばかり!」
その言葉に、何人かの騎士は余裕の笑みを見せる。油断している訳ではない。
緊張をほぐそうとしてくれている、シャルメティエの意向を汲んだのだ。
「先刻話した通り、この戦は我々フォートレス王国のためだけではない!哀れにもアンバット国に囚われている、無辜の民のためでもあるのだ!」
騎士たちの目に怒りの炎が灯る。
リィスから聞かされた話を、シャルメティエは自分の部隊の騎士たちにも話していた。それを聞いた騎士たちも彼女同様怒りを感じ、必ずアンバット国の奴隷たちを救い出して見せると心に誓ったのである。
強靭な肉体だけでなく慈悲深い心を併せ持つ。それが、フォートレス王国の騎士なのだ。
「各員、己が武器を構えよ!!」
騎兵も魔法使いも歩兵も、己の武器を構える。自身も剣を抜きながら、シャルメティエは再び目を閉じ、俯瞰風景を展開させる。
ワ―グとナイトバットの大軍はすでに視認できる程にまで接近していたが、最良の時期を計るために神経を研ぎ澄ませた。
呼吸を整える。距離もいい。ならば――。
「突撃!!!」
見渡す限りの平原の中、戦いの幕が切って落とされた。
シャルメティエの号令を合図に、騎兵が馬を走らせる。
そこに魔法使いたちが『筋力向上』、『防御向上』、『加速』、『全能力向上』などの補助魔法を追い風のように掛けていく。一番前の騎兵にも補助魔法が届くよう、部隊は配置されていた。
強化された騎兵の突撃が最大戦速にまで達した瞬間、雄叫びと共にワ―グの大軍と激突する。
人ほどもある魔物の体が、いとも容易く粉々になって吹き飛ばされていった。騎乗者を狙い飛びかかってくる個体も、騎士同士が連携し合って華麗に撃ち落としていく様が見て取れる。圧倒的速度の中それができるのだ、並大抵の実力ではない。
突撃を開始してから数十秒後、騎兵部隊は完全にワ―グの群れを突破した。被害はない。初手は完全にフォートレス王国に軍配が上がった結果となった。
しかし、生き残ったワ―グの群れはなんら怯むことなく前進を続ける。その体を動かしているのはモンスター自身ではなく、アンバット王国の奴隷なのだから当然であった。
これを受け、シャルメティエは次の指示を出す。
「魔法部隊、下がれ!歩兵部隊、前へ!」
魔法部隊と歩兵部隊が見事なまでの速度で入れ替わる。その間、1分と掛かっていない。
そして、魔法部隊と位置を換えた歩兵部隊がワ―グと激突した。そこに魔法部隊が補助を掛けようと、己の中の魔力を変形させる。
「!――待て!魔法部隊、前方上空のナイトバットの群れを撃ち落とせ!!」
ワ―グに遅れて、ナイトバットの群れが騎兵部隊の頭上を飛び越えて本陣にまで迫っていた。
シャルメティエの指示を受け、魔法部隊は魔力の形を作り変える。
けれども、致命的なまでに遅い。ただでさえ発動に時間のかかる魔法であったが、一度作り出した魔法を壊してから別の魔法を作るのには、更に時間が掛かるのだ。
(間に合うか!?)
これまで空を飛ぶ軍隊と戦った経験がなかったための遅れであったが、今やそれが致命傷になる可能性があった。
強固な鎧に身を包んだ歩兵部隊ならば良い。しかし、軽装でしかない魔法部隊を狙われれば一気に隊が崩れる可能性があった。
ナイトバットを操っているのもまた奴隷。おそらくそれに指示しているのはアンバット国の上層部の人間である。
ならば、魔法部隊を狙うよう指示を出していてもおかしくはない。向こうとて、魔法の発動に時間が掛かることくらいは知っているだろう。
そして案の定、ナイトバットの大軍は歩兵部隊の上空を素通りした。いち早く魔力を練り直した優秀な一部の魔法使いが攻撃を開始するが、容易く躱されていく。ナイトバットは素早く、点ではなく面の攻撃でなくては捉えられない。
どうするべきか――そうシャルメティエが考えた瞬間、部隊の横方向から大量の攻撃魔法がナイトバットへ向けて浴びせられた。
「これは!」
アルベルトが寄越した部隊の発動した攻撃魔法である。
見れば、そのほとんどが馬に乗った魔法使いであった。これはワ―グとナイトバットの姿を確認したとの報告を受けたアルベルトが、急遽作った部隊である。敵の特性とシャルメティエの陣形の特性を考え、後の展開を予測した上での選択であった。
(さすがはアルベルト殿だ!)
シャルメティエはアルベルトに心の中で称賛を送る。
自分と比べ、戦闘力のはるか劣るアルベルトが騎士団団長を務めていても何ら不快感を覚えないのは、彼が自身よりも圧倒的に優秀な頭脳を持っているからであった。
集団の長と言うのは、頭が切れなくては務まらない。自分に足りないものを持つアルベルトを、シャルメティエは尊敬していた。
続いて、ドゥージャンが寄越した騎兵がシャルメティエの歩兵部隊と交戦しているワ―グの群れに突っ込む。距離があったため機動力の高い騎兵を寄越すという単純な発想ではあったが、アルベルトが魔法部隊を寄越したことで足りなく感じた突破力を補う形になった。
ドゥージャン隊の騎兵の錬度も、シャルメティエ隊の騎兵に劣らず非情に高い。歩兵部隊と協力して、次々にワーグを打ち倒していく。
(さすがはロー殿の騎兵・・・!)
シャルメティエは、ドゥージャンのことがあまり好きではなかった。自分やグレン、アルベルトに対する慇懃無礼な態度はいかがなものかと、何度も思ったことがある。
しかし、戦士としては本物だ。聞くところによると、ドゥージャン隊の訓練は騎士団一過酷なものらしく、その中でもドゥージャン自身が最も熱心に訓練に臨んでいるということだ。
今も、シャルメティエ隊の歩兵部隊にドゥージャン隊の騎兵部隊が合わせて戦ってくれている。余所の隊と打ち合わせや演習も経ず、ここまで連携できるのは見事の一言であった。
2人の先輩騎士に深く感心していると、ふいに後方で轟音が響く。魔法部隊が魔力を形成し直し、一斉に攻撃魔法をナイトバットの群れに向かって打ち出したのだ。
先程までアルベルト隊の攻撃に晒されていたナイトバットたちは、その脅威に気付く間もなく被弾、そして撃墜されていく。
現状、敵軍の第一陣をほぼ殲滅したといってもいい戦況であった。
こちらの被害も歩兵に軽傷を負っている者が何人かいる程度。騎兵部隊も、すでに本陣へ合流している。
(雑魚をいくら嗾けようが無駄だ!最大戦力で挑んで来い!!)
その思いが通じたのか否か、シャルメティエの傍に仕える魔法使いが叫んだ。
「シャルメティエ様、あれを!」
途端、地面が揺れる。
『望遠』や『鷲の目』を使うまでもない。木々をなぎ倒す轟音と共に現れたのは、一つ目の巨人サイクロプスであった。
その数およそ20体。それら全てが巨木ほどの大剣を所持しながらも、全速力でシャルメティエ隊目がけて突進してきている。
見れば、先程の第一陣とほぼ同数のワ―グやナイトバットも一緒であった。
(まだいたか・・・!)
シャルメティエは喉を鳴らす。この戦、ここからが本番だ。
そんな恐怖からか、シャルメティエは自身の胸に忍ばせた発光石に、鎧の上から手を合わせる。
『グレンの旦那の御加護があるように』。
昨夜、この石を譲ってくれた商人の言葉が思い出された。
その言葉にシャルメティエは再び笑みを浮かべると、敵軍に向けて剣を掲げる。もはや恐怖はなくなっていた。
「全軍、気合いを入れろ!ここからが正念場だ!!」
その場にいた全ての騎士達が、一斉に雄叫びを上げる。