4-14 予期せぬ協力者
グンナガンが落とした街では、次なる標的に向かうための準備が着々と進められていた。
と言うよりも、すでに準備は完了してしまっている。装備の手入れは十分だし、傷の手当てや休息も万全であった。重傷を負っている者は置いて行かなければならないが、そうでない者達は次なる戦を今か今かと待ちわびている状態だ。
そのような状況でも待機を続けているのには、ある理由があった。
それは、王であるドレッドが懇意にしている商人ギル・ガレオンが街を訪れているのに関係している。グンナガンは彼の要望により、侵攻を一時中断しているのだ。
たかが商人、と無視する事も出来たが、冥王国軍を支える要素の1つであるため迂闊な真似は出来なかった。ドレッドの心証を損なうのも好ましくない。
だが、将軍である彼の心は確実に苛立っていた。
「まだか・・・!?まだ待てと言うのか・・・!?」
椅子にふんぞり返りながら座るグンナガンは、机を挟んで立つギルに向かって苛立ちをぶつけている。趣味の悪い金細工で着飾ったギルは、顔に大量の汗を掻きながら頭を何度も下げていた。
「申し訳ありません、グンナガン将軍・・・・!もう少々、お待ちください・・・!」
「一体、お前は何をやっている・・・!?俺は、何を待たされているんだ・・・!?」
「重ね重ね申し訳ありません・・・!商売に関わる事ゆえ、お答え出来かねます・・・!」
ギルがこの街を訪れたのは、当然ながらエルフを確保するためである。
それと思われる集団がテュール律国に入り、ロドニストへと向かったという情報はすでに入手していて、彼らを傷つけないためにグンナガンを足止めしているのだ。
勿論、エルフがテュール律国に加担しているという情報は教えていない。
そんな事をすればグンナガンが制止を無視して攻撃に移る可能性があり、娯楽を求める『干民』達も暴走するだろう。
折角の商品が野蛮人達によって傷つけられる光景は、想像をしただけで卒倒しそうになる。
商人として『金のなる木』の死守は絶対であった。
「まさかとは思うが・・・!貴様、俺に隠し事をしているのではあるまいな・・・?」
「とんでもございません!私のような商人風情が、将軍閣下に対して隠し事など!」
「はっ!当然だ!貴様如きがこの俺に嘘など許されん!」
ギルは嘘を吐くのが得意である。
商人としての経験が、彼にその技術を身に付けさせたのだ。顔を流れる汗も弁明を必死に見せるための物であり、心の底ではそこまで怯えてはいない。
そう見せる事で、相手に自分が絶対的な上位者だと錯覚させるのだ。『自分には嘘を吐けない』『嘘を吐けば殺されると思っている』――そう思わせる手段であった。
これが通用しなかったのは、冥王ドレッドと大将軍ガロウのみである。2人からは、演技は止せ、と即座に言われてしまっていた。
しかし、グンナガンは容易く思い込んでくれているようである。
ギルは言葉だけでなく、体中で嘘を吐く。それに、すっかり騙されているのだ。
「そ、そうです・・・!そのお詫びとして、私の召使いを何名か連れてまいりました・・・!どうぞ、お好きなようにお使いください・・・!」
「貴様の手付きなぞ、誰が抱くか!いいか!?3日以内だ!3日以内に全てを終わらせろ!それ以上は待たん!」
「は、はいいいい!」
怯え切った声を絞り出し、ギルは頭を下げる。
だが、内心は笑っていた。
グンナガンは『3日』と言った。これは決して短い時間ではなく、そこから彼が自分の足止めにあまり苛立っていない事が分かる。
つまり、ただ単に弱い立場の者を罵りたいだけなのだ。
嗜虐心の塊である、という評価を聞いた事があるが、正に今それが証明された。これほど手玉に取り易い相手はおらず、故にギルはグンナガンを出し抜けた事に満足感を得る。
「そ、それでは!作業を早めるよう・・・つ、伝えてきます!」
頭を上げたギルは、怯えた表情と声を崩さないよう細心の注意を払いながら宣言する。
グンナガンは何も答えず、鋭い眼差しを向けながら黙っていた。
「では、失礼しました・・・!」
そう言い、ギルは部屋を出て行こうとする。その背中に向かって、「豚が・・・」という将軍の小さな声が掛けられるが、商人は聞こえない振りをした。
廊下に出て、最後に頭を下げると、扉を閉める。
その瞬間、先程まで掻いていた汗が嘘のように止まった。顔も怯え切った弱者の表情でなく、一仕事を終えた達成者のものである。
(ふん・・・。やはりグンナガンという男だけは、どうにもいけ好きませんねえ・・・)
決して油断する事なく、ギルは内心でグンナガンをなじる。
廊下には警備兵がおり、彼らに告げ口されれば終わりだからだ。
(まあ・・・3日も猶予をくれたんだから、感謝したいくらいですけど)
それだけあれば、エルフを何人も攫う事が出来るだろう。
ただ、そのための人員が揃えば、の話であったが。
(早く来なさい・・・!『我が身の番人』・・・!)
そう、ギルがこの街まで訪れ、そしてグンナガンを足止めしているのには訳があった。
彼の私設部隊である『我が身の番人』が、約束の時刻を過ぎても待ち合わせ場所に現れなかったからである。それも、誰一人として、だ。
『我が身の番人』は4人からなるギル直属の護衛隊であり、その実力は大商人である彼が太鼓判を押す程。
裏の世界で暗殺者として活動していた彼らは、金さえ払えばどこにでも侵入するし、誰でも殺す。
かつてはギルも標的となった。しかし、彼は多額の契約金と引き換えに元の雇い主から4人をそれぞれ引き抜き、逆にその者を始末している。
その時ほど、金の力が偉大だと思った事はない。
そして同時に、ギルは強大な4人の戦士を抱える事になった。彼らさえいれば身の安全は絶対であり、邪魔者を消すのも容易である。
単純な言い方ではあるが、それ程までに『我が身の番人』は強い。
しかし、だからこそ雇い主すらも軽視している節があった。その証拠が現状なのは、もはや説明不要だろう。
呼べば集まるのだが、そのために予定以上の時間を待たされるのが常であった。本来ならば契約破棄くらいはするべき事態であるが、そんな事をすれば4人の怒りを買う恐れすらある。
『我が身の番人』に限り、ギルは完全に下手であった。
ただ、それ自体はどうでも良い。給料分働いてくれれば文句はない。
そして、今回は残り2日以内に来てくれれば、仕事を成すだけの時間があるのだ。急いで来る事を望みはするが、あせりはしない。
ギルの足取りは落ち着いたままで、この街での寝床へと辿り着く。
「誰か、飲み物を――」
部屋に入って早々、召使い達に指示を出そうとしたギルの言葉が止まった。
そこには召使いの他に、4人の客がいたからである。
「『我が身の番人』・・・!来ていたんですか・・・!」
その者達こそがギルの待ち望んだ人材。
エルフ大量確保のために呼び寄せた『我が身の番人』であった。
「よお、『大金』。久しぶりだな」
その中で一際体格の良い大男が、豪華な椅子に足を組んで座り、片手を上げて雇い主に挨拶をする。彼らの中で本名を呼ぶ行為は禁止されており、互いに称号または秘匿名で呼ぶ事を常としていた。
「遅いではないですか!?『双壁のボンザ』!!」
「遅くはねえよ。これでも必死こいて駆け付けたっつうの」
「噓こけ。娼館で女抱きまくってたくせに」
そう言ったのは、細身に加えて大男と同じくらいに身の丈がある男であった。細長い体型は違和感があり、人によっては不気味に映る外見をしている。
「それを知っていると言う事は、貴方も同様だったという事ですか!?『立ち尽くすゴジョウ』!!」
「あ、やべ。バレた」
「仕方ねえだろ、『大金』。あんたんとこの娼館だったら、俺たちゃ全部無料なんだ。使わねえ手はねえだろうよ」
「ま、私は使わない分、しっかりと契約料に上乗せしてもらうけどね」
枯れた女の声が会話に割って入る。
女の肌は不健康な生活を送っていると思われる程に荒れており、それを隠していないという事は気にしていないという事であった。
「では、何故あなたは遅れたんですか!?」
「新しい毒の開発に時間が掛かっちゃったのさ。優秀な支援者がいると、開発資金に困らなくて助かるよ」
「ふー!おっかねえ!流石は『孤毒のハイドラ』!」
ボンザが言葉程の恐怖を込めず、囃し立てるようにハイドラという名の女に言う。褒められても一銭にもならないため、ハイドラは礼を返さなかった。
「まあ・・・いいでしょう・・・!――いえ!むしろ、時間的に余裕のある今ならば僥倖と言っても良い!」
「なんだ、だったらもっと遅く来ても良かったんじゃないか」
「だな」
「良い訳ないでしょう!貴方方には、エルフを捕獲するという任務があるんですから!」
雇い主の怒号に対しても、ボンザとゴジョウは「へいへい」と相槌を打つだけであった。
「ちょいと、『大金』。私達には文句を言って、こっちには何も無しかい?扱いに差を付けるのは宜しくないと思うけどねえ」
ハイドラの不服を含んだ言葉を受け、ギルは最後の1人に目を向ける。
その人物は体型を隠すように大きめの服を着ており、さらに顔には仮面を付けていた。白い面に視界を通すための細い穴が開いているだけの代物である。
「知っているでしょう?『黄昏なるシュリオン』は、あまり言葉を交わさないんです」
「だからって、お小言の1つも無しは納得できないねえ。私達とは違って特別なのかい?」
こういった時、ハイドラはしつこい。
差別が許せないのではなく、自分が損をするのをとにかく嫌うのだ。だからこそ、ボンザとゴジョウに娼館の無料使用を許可した時も、女である自分に対しては別途の契約料を払うように言われた。
シュリオンはそんな要求をしてこなかったため、知らず知らずの内に扱いに差が出てきていても不思議ではない。
だが、それは他の3人を苛立たせる可能性があるため黙っておく。
「それもそうですね・・・。シュリオン、遅れた理由を教えてください」
「すまなかった」
問われた事に答えず、シュリオンはただそれだけ言った。男とも女とも判別のつかない声が、仮面の奥から発せられる。
シュリオンの仮面が魔法道具であり、声を変えているのだろうと推測された。姿と声を隠している理由は、元暗殺者なのだから深く考える程でもないだろう。
「さ、これでいいですね。では、注意事項だけ伝えさせてもらいます」
唯一謝罪をくれたシュリオンをそれ以上責める事なく、ギルは『我が身の番人』に指示を出す。4人とも彼を見てはいなかったが、耳だけは傾けていた。
「ここから西にある『ロドニスト』という街に今、エルフ族が集まっています。貴方達には、それらを出来るだけ多く捕獲してきて欲しいのです」
「エルフかあ・・・。一応聞くが、手を出しちゃあ駄目なんだよな?」
「おいおい、ボンザ。まだ抱き足りねえのか」
「当然です。エルフは純潔を保っている者が多い。少しでも傷を付けたら、報酬を激減させてもらいます」
「じゃあ、無傷で捕らえたら1人につき1000万でどうだ?」
「いいでしょう」
「ありゃ、即決か」
「馬鹿だね、ゴジョウ!もっと吹っ掛けなさいよ!」
「悪い。300人もいるんで単価が安いと思っちまった」
「まあまあ、気にすんな。それよりも、こんな時こそお前の出番だぜ、ハイドラ。お手製の痺れ薬くらい持ってんだろ?」
「当然だね。1滴で1日は動けなくなる奴を持って来てるよ」
「じゃあ決まりだな。それで獲物の身動きを封じて、俺とゴジョウで攫って行く。そんで、シュリオンが捕らえた奴らの見張りだ」
裏の世界で名を馳せていただけあり、ボンザは手際よく役割分担を決めて行った。それに異論のある者もおらず、4人は扉へと向かう。
こういった時だけは本当に評価できる、と思うギルなのであった。
「んじゃ楽しみに待ってろよ、『大金』。わんさか連れて来るから、置き場所を確保しとくんだな」
「言っておきますが、帰還場所はこの街ではないですからね」
「はあ?じゃあ、どこだよ?」
「『ベナジ』です」
「冥王国かよ!そこまでエルフ共を連れて歩いて行けってか!?」
「その通りです」
「ったくよー!あんたもあんたで、結構無茶言うよなー!」
「それが商売人というものですから」
だが、『我が身の番人』の誰一人として「無理」と言わないあたりが、彼らの実力を証明していた。
それでこそ、高い契約料を払っているというものである。
「それではお願いしますよ。最後に言っておきますが、くれぐれも手は出さないでくださいね」
「はいはい」
ギルの言葉にボンザが返すと、4人は部屋を出て行く。
時間は夜。狩りの時間としては、これほど適した環境はあるまい。
100人か200人か。自分の手元に転がり込むエルフの数を勘定しながら、ギルは買い手になりそうな知り合いを頭の中に思い浮かべていた。
対冥王国軍の準備も終え、グレンは寝床で休んでいた。
エルフ族の代表という事もあってか、彼とヴァルジとニノに関しては個室を与えられている。他のエルフ達が入れられた屋敷の中にも見学に行っており、多少狭そうではあったが、劣悪な環境に押し込められている訳ではない事は確認済みだ。
その時、外套を外したエルフ総勢300名が揃った光景を目にしており、美男美女で満たされた屋内には眩暈さえ覚えた。
人間の家屋が珍しいのか、エルフ達の楽し気な会話がそこら中から聞こえ、その場に同席していたエンデバーは「ここは楽園か・・・?」などと呟いている。
ただ、その誰もが下着を身に着けていないと知ってしまったため少々居づらく、早々に退散して部屋に籠っていた。種族ごとに習慣が違うのは当たり前なので仕方なく、それを意識してしまうのも人間なのだから仕方のない事である。
少しだけ邪念の混じった想像を振り払うと、グレンは寝台に寝転がる。天守国とは異なり、ここテュール律国には寝台があった。
彼の体には小さく思われたが文句はない。明日にでも戦いが始まる可能性があり、グレンは体を休めるために目を瞑る。
そして、意識が微睡みへと落ちかけた頃、部屋の扉を叩く音が耳に届いた。
それによって眠りが妨げられ、グレンはゆっくりと体を起こす。邪魔だとは思わず、落ち着いた感情で扉まで向かって行った。
おそらくニノかヴァルジだろうと考えながら扉を開けるが、そこにいたのは見た事もない女であった。
「・・・誰だ?」
見た限りでは若い人間の女。そして、妙に色気のある服装をしており、グレンも思わず女の胸元へ視線を落としてしまう。
それを見た女が艶やかに笑う声を聞き、グレンは急いで視線を彼女の顔へと向けた。
「こんばんわ」
「ああ・・・こんばんわ・・・」
挨拶をされたため、一応返しておく。
女も嬉しそうに色気のある笑みを見せる。
「夜分遅くに申し訳ありません。この街で花を売っている者です。御迷惑でなければ一晩、買っていただけないでしょうか?」
つまりは娼婦か、とグレンは判断する。
兵士時代には幾度となく経験したやり取りだ。買ったのは一度だけであったが、その時の所業が彼の中に今でも枷となって残っている。
そのため答えは、
「悪いが、他を当たってくれ」
であった。
そう言って扉を閉めようとするが、諦められないのか、娼婦は1歩だけ詰め寄った。必然、扉を閉める事も出来ず、グレンは動きを止める。
「ならば、お代はいりません。どうか私を抱いてください」
「なに・・・?」
正直、意味が分からなった。
娼婦というのは自分の体を売って生計を立てる職業のはずだ。それが「金はいらない」と言ってしまっては単なる淫乱である。
はっきり言って、グレンはそういった女性を好ましく思えなかった。
「悪いが、本当に結構だ。帰ってくれ」
そのせいか、少しきつめの口調で語り掛ける。
それでも力づくでないのは、彼の優しさ故か。
「どうしても・・・駄目、ですか・・・?」
「そうだ。――言っておくが、別に軽蔑している訳ではない。自分の体だ、好きに使うといい。だが、私はそんな事をするために、ここにいる訳ではないんでな」
「そうかもしれませんが、多少の息抜きくらいなら・・・」
「今はそんな気分じゃないんだ。これで失礼させてもらうよ」
埒が明かないと、グレンは再度扉を閉めようとする。
しかし、女は動かない。
「そこを何とか・・・!」
「しつこいな、君も・・・。頼むから帰ってくれ・・・」
「ほら!物は試し、と言うではないですか!?」
「女を試すような趣味はしていない・・・」
「これでも、お客からの評判は良い方でして!」
「金を払ってこその客だろう?私と君は、ここで知り合っただけの関係だ」
「ではせめて、お名前だけでも・・・!」
グレンは、ここまでしつこい女性を知らなかった。
かつての山暮らしで相対した事のある、一度食らい付いたら中々放さない獣を思い出し、目の前の娼婦に対して軽い畏怖を覚える。好いている女性にここまで迫られれば嬉しいものだが、初対面の相手にそのような感情を抱く事はなかった。
ただ、名前を教えるくらいならば別に構わないと判断する。
「グレンだ・・・」
「え・・・?」
「グレン=ウォースタインと言う」
「え!?」
一度目の疑問の声は聞き逃しだと考えた。しかし、2度目の疑問の声には明らかな戸惑いが含まれている。
加えて、なんだか彼女の素が見れたような気がした。
「えーっと・・・つかぬ事をお伺いしますが、お国はどちらでしょうか・・・?」
「国?ここより東にあるフォートレス王国という国だ。まあ、知らないだろうが」
そう言った瞬間、娼婦の表情が凍った気がした。
女の反応の意味が理解できず、グレンは眉根に皺を寄せる。そんな彼の怪訝を見て取った娼婦は、数歩後ろに下がると、扉に手を掛けた。
「少し、失礼しますわ・・・」
と言うと、ゆっくりと扉を閉める。
閉まり切ると同時に、娼婦――モルガンは『念話』を発動した。
(集ーーーーー合ーーーーーー!)
心の声を大にして、他の2人に向かって呼び掛ける。
(びっくりした!どうしたんですか、モルガンさん!?)
(今、お前が帰ってきた時のために夜食を作っているんだが)
それぞれの言葉を返し、ガーネとクリスは状況確認と現状報告を済ませた。モルガンの呼び掛けに緊張感がなかったことから、2人ともそこまで慌ててはいない。
(ん。出来たか。――ガーネ、味見をしてくれないか?)
(はい。――あ、美味しい!やっぱりクリスさんは天才です!)
などと、わざわざ『念話』でやり取りを聞かせる始末である。
(料理は後!いいから、2人ともすぐに来て!場所は町長の家に一番近い宿屋の2階よ!)
(なんだか分からんが了解した。すぐに向かう)
(とは言っても、すぐ近くですけどね)
(火は消してくるのよ!)
2人との通信を終えた後、モルガンはすぐさま別の人物に『念話』を発動する。
(ジェウェラ様!ジェウェラ様!!)
その相手は彼女達の主である大神官ジェウェラであり、例え彼が遠く離れたユーグシード教国にいようとも『念話』ならば瞬時に連絡が取れた。
時間的にも起きていると思われ、迷惑にはならないはずである。
(どうしたんですか、モルガン?珍しく慌ててしまって)
予想通り、すぐさまジェウェラが応える。
(お伺いしたい事があります!グレン様の本名を教えていただけないでしょうか!?)
(グレン様の?グレン=ウォースタイン様でいらっしゃいますよ)
(では、グレン様のお国はどちらでしょうか!?)
(フォートレス王国です。・・・一体、どうしたんですか?)
(いえ!お気になさらず!それよりも、確かジェウェラ様はグレン様を実際に拝見した事がおありですよね!?)
(ええ。話して聞かせた通りです)
(グレン様の身体的特徴を教えていただけないでしょうか!?)
(え、ええ・・・構いませんが・・・・)
やけに高揚したモルガンの態度に戸惑いつつも、ジェウェラは自らが信奉する存在の特徴を述べていく。
2m近い身長に、鍛え抜かれた屈強な肉体。歴戦の戦士としての証である傷がそこかしこに見られ、強者とはこうあるべきという説得力のある佇まいは正に称賛されるべきである。
腰には大きな刀を備えており、その一撃は国を割る程の衝撃を生み出した。
神の生まれ変わりなどでは足りない。正に、現世に生まれた新たなる『戦いの神』。
(貴女達にも会わせて差し上げたかったですよ)
説明をしている最中、徐々に高揚感を覚えていったジェウェラは要求されていない事柄にまで言及してしまったが、最後にそう言って話をまとめた。
それに対して感謝を告げると、モルガンは指導者との『念話』を打ち切る。
ユーグシード教国ではジェウェラとマリンの「どうしたんだろう?」といった感じの会話が行われるが、それは遠い異国での話だ。
「という事は・・・本物?」
今この場では、モルガンが自分の導き出した結論に震えていた。
ジェウェラが結成した『戦神』という組織に属する者は、その誰もが『戦いの神クライトゥース』を信奉している。それと同時に、その生まれ変わりと考えられたグレンにも同様の尊崇を抱いていた。
グレン本人にしてみればいい迷惑であったが、他人の意思を強制できないと、否定はしたが拒否まではしていない。それ故、『戦神』は今も彼を敬っている。
「――モルガンさん」
ジェウェラとの会話を終わらせて間もなく、ガーネとクリスが姿を現した。何も知らない2人に驚くべき事実を伝えられる事に、モルガンの顔は自然と笑みを作る。
(にやついて、どうした?)
「何か良い事でもあったんですか?」
聞かれたモルガンはまず、目の前の扉を指差す。
「ねえ、ガーネ?今日、グレン様に似た方がいたわよね?」
「え?はい。――あ!もしかして!ここが、その人の部屋なんですか!?駄目じゃないですか!あれだけ別人だって言ったのに!」
腰に手を当て、少しだけ怒った表情を見せるガーネ。その仕草も普段ならば可愛い程度であったが、少女が真実を知らないという条件では余計に可愛く見える。
「うふふ。聞いて驚かないでね。なんと――本物のグレン様だったのよ!」
その衝撃的事実を聞き、ガーネとクリスは互いの顔を見合わせた。何やら目で会話をしているようであり、その中には呆れが見て取れる。
そしてモルガンに向き直ると、まずガーネが、
「モルガンさん・・・。いくらなんでも、その言い訳は軽蔑します・・・」
と言い、次にクリスが、
(お前は一度、ジェウェラ様に叱られた方がいいな・・・)
と言って厳しい眼差しを向けた。
「違う、違うの!今回は本物だったの!」
「モルガンさん、それ以上は本当に・・・」
(諦めろ、ガーネ。こいつは、そういう奴だ)
「信じてー!」
必死になって信じてもらおうとするも、これまでの行いのせいか、2人はモルガンの話に疑いを持っていた。しかしそこで、実際に会ってもらえば良いと考えたモルガンは、再度扉を叩く事を決める。
「見てなさい。私の話が本当かどうか、すぐにはっきりするから」
仲間の2人に笑って見せ、モルガンは扉を叩く。
先程から廊下で会話らしき声が聞こえていた事もあり、グレンはすぐに扉を開いた。そして、最初に出会った女性だけでなく、その知り合いと思われる青年と少女とも顔を合わせる。2人がいる事は、当然の事ながら気配で知っていた。
「どう!?」
「どう、と言われましても・・・」
(見た目だけでは判断出来ないな・・・)
「じゃあ、名前!――すいません!もう1回、お名前を教えていただけますか!?」
モルガンは指を1本立て、グレンに向かって要求した。
聞いてやる理由はなかったが、特別断る理由もなく、グレンは自分の名前を答える。
「グレン=ウォースタインだ・・・」
「ほら!」
「うーん・・・。確かに、同じ名前ですけど・・・」
(世界は広い。同姓同名がいたとしても不思議ではない)
「あれ!?私って、そこまで信用されてないの!?」
衝撃の事実を突きつけようとしたが、逆に予想外の真実を突きつけられ、モルガンは愕然としてしまう。信用されていない、という訳ではなかったが、彼女のこれまでの行いが納得への妨げとなっていた。
「あ、あの!グレン様ですよね!?」
「ん?ああ、伝えた通りだ」
「フォートレス王国の英雄グレン様ですよね!?」
「確かに、そう呼ばれる事もあるが・・・・良く知っているな」
「ほらほら!」
流石にその段階まで来ると2人も信じざるを得ないようで、一瞬にして顔を輝かせる。その眩しさには覚えがあり、グレンは3人から発せられる尊崇の念にたじろいだ。
「す、すごい!本物ですか!?」
「そうよ!本物なの!」
「な、なんだ・・・君達は・・・?」
「あ!申し遅れました!私達は――あれ?グレン様に教えて良いんだっけ?」
「多分大丈夫だと思います!私達の信仰の対象はクライトゥース様とグレン様ですから!」
(新たな戦いの神であらせられる。問題ない)
その口ぶりから――勿論、クリスの『念話』での発言は聞こえていないが――グレンは彼女達がジェウェラの身内である事を察する。彼の事を『信仰の対象』と表現する者達など、他にはいないからだ。
「まさか、『戦刃』の者か・・・?」
「すでに知っていたんですね!ジェウェラ様とお会いしたと伺っていたので、そうではないかと思っておりました!」
「ちなみに現在は『戦刃』ではなく、戦いの神と書いて『戦神』なんですよ!響きは同じなんですけど、グレン様への敬意を込めた名前なんです!」
ガーネにそう説明され、グレンは大いに戸惑う。
そんな話はジェウェラから聞いていないし、自分はそこまでの人間ではないと否定的な気持ちになった。
「待ってくれ・・・!どういう事だ・・・!?」
「ジェウェラ様がグレン様を『戦いの神』と同格とお認めになったという事です!」
「訳が分からん・・・」
何故そうなったのか。
信仰というものに触れた事のないグレンは、『戦神』に属する者達の思考が理解できないと、顔を片手で覆う。嫌悪感は抱かなかったが、それを受け入れてやる訳にはいかなかった。
ただ、その考えをここで変えさせるような説得は出来ないだろうと判断したため、先程の言葉は聞かなかった事にしようと決める。自分のいないどこかでやってくれ、と思うのであった。
「し、しかし・・・奇遇と言うのか?一体、ここで何をしているんだ?」
そのための話題転換をする。
自分の話ではなく、3人の現状を問い質す事によって話の流れを変えようとした。
「実は――!」
「待って、ガーネ!――グレン様。ここでは人に聞かれる危険性があります。お部屋に失礼しても宜しいでしょうか?」
興奮したガーネが声を大にして自分達の使命を伝えようとしたため、モルガンが制止に入る。同じく高揚していたのにも関わらず適切な行動が取れたのは、彼女が少女よりも組織の人間として長いからだろう。
「ああ。構わないが」
廊下で会話を続けるのもなんだ、と思っていたグレンは、その提案をすんなりと受け入れる。
3人が部屋の中に入ると、すぐに扉を閉めた。
「適当な所に座ってくれ」
部屋を借りている者として、一応の気遣いをする。しかし、この部屋には椅子がなく、座れる所と言えば寝台くらいしかなかった。
そのため場所を探すように周りを見渡す3人には、仕方なく寝台に座ってもらう。
そして、先程の続きを話し始めた。
「それで、君達は何をしているんだ?」
座る3人の正面に立ち、見下ろす形で問い質す。
彼の問いには、モルガンが答えた。
「私達は冥王国の戦争行動を妨害しているんです」
「娼婦として活動するのが、か?」
モルガンとのやり取りを思い出し、グレンは頭の上に疑問符を浮かべる。
彼女の行動と戦争妨害が、全くと言っていい程繋がらなかった。
「モルガンさん!やっぱり、それが目的だったんですね!」
「怒らないで、ガーネ。そのおかげでグレン様と出会えたんだから、別に良いでしょ?」
「良くないです!モルガンさんは節操がなさ過ぎます!」
「だって、好きなんだからしょうがないじゃない?」
「しょうがなくないです!」
2人のやり取りを見て、なんだか分からないが仲が良いんだな、とグレンは思った。
とりあえず、女がモルガン、少女がガーネという名前だと記憶する。残りの青年は口を開かない所を見るに、寡黙なのだろうという事が分かった。
「それで、具体的には何をしているんだ?」
ガーネの説教が部屋の中に響く中、話を戻そうとグレンが言う。
それを耳にした2人も居住まいを正し、代表してガーネが答える。
「あ、はい!冥王国軍の次の標的を調べ、それをこの国の人達に教えたりしました!」
「すごいな。そのような情報、どのように入手したんだ?」
「モルガンさんのおかげなんです!グンナガンという将軍から――」
「――なに?」
ガーネの口から発せられた『グンナガン』の言葉に、グレンは思わず反応する。その声は低く、少女は何か不味い事を言っただろうかと心配になった。
「あ、あの・・・グレン様・・・?」
「ああ、すまない。少し事情があってな。そのグンナガンという男を消さなければならないんだ」
3人に要らぬ不安を抱かせぬよう、グレンにしてみれば気軽に言ったつもりであった。
しかし、相手がどれだけの地位に属しているかを知っている3人は、その驚きを存分に表情に出す。
「ええええええええええっ!?どうしたんですか!?」
「あの男が、グレン様に御無礼を!?」
「いや、そうではない。と言うか、私は無礼を働かれたからと言って相手を殺すような真似はしない」
「で、では、何故ですか!?」
モルガンの異常に慌てた様子を不思議に思いながらも、グレンは簡単に答える。
「斬る理由があるからだ」
勿論それはニノの仇討ちへの助力であるが、その事を教えるつもりはなかった。そして詳細を述べられずとも、『戦神』の3人はそれで納得する。
「なんてこと・・・グレン様の敵に抱かれてしまうなんて・・・」
「なに・・・?」
呟かれたモルガンの言葉にグレンは驚く。
グンナガンという男の過去の所業を知っているだけに、目の前の女性もその毒牙に掛かったのではないかと危惧した。
「申し訳ありません、グレン様・・・。この街に攻め入るという情報を聞き出すため、グンナガン将軍に娼婦として近づいてしまったんです・・・」
「ああ、そういう事か・・・」
「モルガンさんをお許しください、グレン様!止められなかった私達も悪いんです!」
そう言ってモルガンを庇うガーネであったが、グレンは始めから責める気などなかった。先程モルガンに伝えた通り、自分の体なのだから好きに使えばいい、と考えている。
「落ち着け。私は君達を許す権利も責める権利も持っていない。そういった相談はジェウェラ殿にしてくれ」
「は、はい・・・」
「しかし、少し話を聞いても良いか?」
その唐突な申し出には戸惑ったが、彼に対する裏切り行為を働いてしまったと考えているモルガンは勢いよく頷く。
「も、勿論です!何なりと、お聞きください!」
「では教えてくれ。グンナガンとは、どのような男だった?」
グレンは、標的であるグンナガンについて何も知らなかった。
身内を殺された者達に問い質すのも気が引けるし、よしんば聞いたとしても10年近くの歳月が流れているのだ、人間であるグンナガンの外見も変わっているであろうと思われた。だからこそ、実際に出会った者の情報は頼りになる。
「そうですね・・・。身の丈は大柄な方・・・声は低く、目は鋭い・・・話し方は常に上から・・・服は脱がすより脱がさせる方・・・胸を好んで触ってきました・・・あと1回1回の行為が激しめ――」
「待て、何の話をしている・・・」
「モルガンさん!こんな時にふざけないでください!」
グレンからの制止とガーネからの叱責を受け、モルガンは「あれ?」と首を傾げる。彼女にしてみれば、それはとても重要な情報だったからだ。
「奴の外見的特徴だけでいい・・・」
「あ、そういう事でしたか。ですが、今申し上げた事以外に特徴という特徴はありませんでした。どこにでもいる普通の体格が良い成人男性といった感じです」
「そうか・・・」
その情報はジェイクが教えてくれた物と近かった。
個としては平凡――それがグンナガンなのだと言う。討ち取るのは容易そうであったが探すのに手間取りそうだな、というのがグレンの素直な感想であった。
そのため、その手段を模索する。
「何か特徴的な物は身に着けていなかったか?装備でも衣服でも構わない」
「いえ、特には。あの者の裸でしたら、少しくらいは覚えていますが・・・」
「モルガンさん!」
「・・・ならば、癖などはなかったか?」
「それも、なかったかと・・・。あ、でも、基本的に自分が上になりたがる傾向が――」
「モ、モルガンさん!!」
「あら?上の立場にって事よ?」
してやったり、といった感じにモルガンは微笑む。自分が下品な発想をしてしまった事に、ガーネは顔を真っ赤に染めた。
「モルガン、ガーネはまだ子供なんだ。そういった話題を聞かせるのは感心できないな」
「は、はい・・・!申し訳ありません・・・!」
「その通りです!モルガンさん!グレン様の御言葉なんですから、しっかりと肝に銘じてくださいね!」
大人としての注意はそれとして、グンナガンの風貌を知れないのは喜ばしくない。
偽物を殺して済ませてしまう可能性もあったし、他の冥王国兵に紛れて逃げる事も可能だからだ。確実に相手を判断できる材料が必要である。
そして、それはすでに目の前にあった。
「モルガン。すまないが、頼みを聞いてもらっても良いか?」
「あ、はい。何なりと」
「私が奴を討とうと思った時、誰がグンナガンかを教えてもらいたい」
「分かりました」
何の疑問も持っていないのか、即座に納得され、グレンは逆に狼狽える。しかし、それが何かを企んでの行動ではない事は、彼女の表情を見て分かった。
「出会って間もないと言うのに、すまないな。決行の時には声を掛けるから、心の準備だけはしておいてくれ」
「はい。明日にでも行かれますか?」
「いや。奴を討てば冥王国軍は撤退してしまうだろう。エルフ族がテュール律国と結託して敵国を撃退したという事実が欲しいんだ。決行は、それを見届けてからだな」
グレンがエルフと行動を共にしている理由は分からないが、ここを訪れた目的――律国への助力をするため――については『戦神』の3人も理解している。そのため、深く問い質す事はしない。
「では、すぐにお伝え出来るようにしなければいけませんね」
そう返した直後、モルガンは何かを閃いたかのような顔をした。
「グレン様、良い方法を考え付きました」
「ん?何だ?」
グレンの問いに、モルガンは自信満々に答える。
「私が事前にグンナガンの元へ赴くのです。そして奴の傍に仕えるので、それを目印にすれば良いかと」
「それは・・・助かるが、大丈夫なのか?」
「御安心ください。グンナガンは私の事を気に入っていますので」
「いや、そうではない。この街に戦力が整っているのを目にした瞬間、奴は誰かが情報を漏らしたと考えるだろう。そして、それを聞き出したと言うのならば、まず最初に君が疑われる可能性が高い。そんな時に奴の傍にいては、危険なのではないか?」
確かに、とモルガンは思ったが、それでも笑みを作った。
「それこそ御安心を。逃げるくらいでしたら問題ありません。私も伊達に、『戦神』の一員ではありませんので」
「・・・そうか」
ユーグシード教国で彼女達の仲間が失われた件もあり、グレンは少し後ろめたい気持ちになった。だが、頼れる存在はモルガンしかおらず、背に腹は代えられないと決断をする。
彼女に何かある前に決着を付ける。そう心に誓った。
「ん・・・?」
それと同時に、グレンはある気配を感じ取る。
「どうなされました?」
その様子を訝しみ、ガーネが声を掛けてきた。しかしすぐには答えず、グレンは黙ってその気配に意識を向ける。3人も、彼が口を開くのをただ待った。
「偵察か・・・?それにしては気配が強いな・・・」
「あの・・・グレン様・・・?」
意味がよく分からない、とガーネが再度声を掛けた。
「ああ、すまないな。やけに強い気配を発している者がいて、気になってしまった。まだ距離はあるが、この速度・・・相当な手練れに違いない」
「冥王国の者ですか?」
「おそらくな。もしかしたら街の様子を調べに来たのかもしれない。だとすると、攻撃開始の日が近いのか?」
「どういたしますか?迎え撃ちますか?」
モルガンに問われ、グレンは考える。
ただの偵察ならば問題はない。この街は一見すれば平凡な小都市である。街の住人全てが騎士に変わっているなど想像もつかないだろうし、すでに罠が張られている事など予想だに出来ないだろう。
だが、感じる気配の強さが引っ掛かる。偵察がこれ程の気配を発する理由が分からず、何より自分の実力を誇示しているような感じがしたのだ。
それはつまり、今この街に向かっている者――または者達――が強者であるという事であり、そのような存在がただの偵察に使われるだろうか、と疑問を覚えた。もしかしたら先制攻撃をするために向かって来たのかもしれない。
ただ、だからと言って迎撃するかどうかも考え物である。
現状グレンはこの街の戦力であるが、彼は依然として冥王国との戦争参加には消極的であったからだ。はっきり言って、敵国の夜襲に警戒すべきは律国の騎士であり、それを迎え撃つのも彼らの役目である。
グンナガンは倒す――これは絶対だとしても、それ以外の事に果たして手を出していいものか、と考えていた。
頑なだ、と言われればそうであり、グレンとしても初めての体験であるため非常に判断に困っている。こういった他国間の戦争に、どこまで首を突っ込むべきかの決断をしあぐねていた。
(まあ、そこまで難しく考える必要もないか・・・)
色々考えはしたが、結局の所この街にはニノを含むエルフ族がいるのだ。自分が動くにはそれだけの理由があれば良い、と判断し、グレンは近づいて来る気配を迎える事を決める。
「少し、出掛けて来る」
3人にはそれだけ告げ、部屋を出て行こうとした。
「お待ちください、グレン様!私達もついて行きます!」
振り返ったグレンの背中に向かって、モルガンがそう言う。
彼の戦いを間近に見たいのか、その目は輝いていた。他の2人も同様である。
「あまり良い物は見れないぞ?」
「それでも構いません!」
仕方ない、とグレンは3人の同行を認めた。
そして、4人揃って街を出て行く。
左右に木々が並ぶ小道を4人が走る。
こちらはギルの護衛隊『我が身の番人』であった。
その中の1人、『双壁のボンザ』は一際大きな足音を立てて走る。例えその背中に2つの大きな盾が背負われていたとしても、彼の実力ならば音を立てずに走る事も可能であった。
しかし、ボンザはわざとそうしている。
「ちょいと、ボンザ。あんまり騒がしくしないで欲しいもんだね」
「あん?なんだ、ハイドラ。見つかるのが怖えのか?」
「馬鹿言うんじゃないよ。面倒は御免だって言ってんだ。アンタらと違って、私が使うのは消耗品なんだよ。無料じゃないんだ」
「そーかい」
とは言ったが、走り方を改めるつもりはないようだ。
「しかし、ボンザ。ハイドラを庇う訳じゃないが、わざわざ敵を誘き寄せる事もないだろうよ」
そこで、『立ち尽くすゴジョウ』がその理由を問い質す。彼の手には細く長い槍が握られていたが、ボンザとは異なり、無駄な音を立てて走ったりはしていない。
「ところがどっこい、その必要があるからこうしてんだよ」
「なんだって?」
「いいか?俺達はこれからエルフのいる街に向かう。でもよ、どこにエルフが隠れているかなんて分からねえじゃねえか」
「ああ、確かに」
「だからよ、街の奴に出て来てもらって、洗いざらい吐いてもらおうって計画だ。隣街に敵国の軍がいるのに、何の戦力も置いてないはずねえだろ?」
「その戦力が俺達の存在に気付くかどうかも分からないがな」
「おっと、そこまでは考えてなかった」
それを聞き、ハイドラが大きな溜め息を吐く。
「だから、私は始めから適当な奴を街で見繕って、エルフ共の居場所を吐かせるつもりだったんだよ・・・。てっきり、全員そう考えていると思ったんだけどねえ・・・」
「う、うるせえな!結果が同じなら、それでいいだろうがよ!」
「――とか言っている内に見えて来たぜ」
彼らが出立した街と『ロドニスト』は、隣街ではあったが距離がある。それを休憩なしで走破したのにも関わらず、彼らの呼吸は乱れていない。
それぞれ己の武器を身に付けている上でそうであるという事は、やはり彼らが人間として一定の境地に立っているという証拠なのだろう。
「へへ!見ろよ!釣られた奴がいるぜ!」
そんな彼らの視界に、4人の人影が写る。詳細は分からないが、人気のない夜に街を出るなど普通の理由ではない。
夜逃げか、迎撃か。どちらにしろ、捕らえて情報を聞き出すだけである。
「少し待つか?」
「そうだな。他の奴に気付かれるとまずい」
ボンザの問いにゴジョウが頷くと、『我が身の番人』は足を止める。
こちらに向かってくるのならば、それで良し。別の方角へ進むのならば追い掛けるまで。
「へっ!」
ボンザの嬉しそうな声が短く発せられる。
街から出て来た4人が迷いなく、こちらに向かって歩いて来ているからであった。
「なに笑ってんだい。私達に気付けるくらいには力があるって事じゃあないか」
「だから良いんじゃねえか。少しくらい体を動かさねえと、腕が鈍っちまうんだよ」
「俺達が護衛になってからというもの、『大金』を狙う奴らもいなくなっちまったからな」
ボンザと同様にゴジョウも笑みを浮かべている。そんな男達を見て、ハイドラは呆れたように肩を竦めた。
そして待ち構える『我が身の番人』の4人と街から出て来た4人が相対する。一見すると、『我が身の番人』の方に分があるように思われた。
数は同じだが、街から出て来た4人の内1人は少女である。それだけでなく、娼婦と思われる女までいる。
戦力差は歴然。
しかし、唯一人。大太刀を持った大男に、『我が身の番人』は恐れを含んだ視線を注ぐ。
「すまん、お前ら・・・」
「まったく、とんでもない奴を釣り上げてくれたもんだね・・・!」
「どうする・・・?逃げるか・・・?」
シュリオンを除く3人は、相対する4人の中で最大の脅威である大男――グレンを全力で警戒する。
彼らとて生半可な実力者ではない。相手から発せられる気配で、その実力のおおよそを把握する事くらいは出来た。
だからこそ、危険だと感じる。
あの男はやばい、と考える。
「お前達は何者だ?」
警戒心を向けられる中、グレンは平然と『我が身の番人』に問い掛ける。
後ろには『戦神』の3人が控えており、緊張感を含んだ表情をしていた。
「冥王国の者か?」
黙ったまま答えようとしない相手に対して、グレンはもう一度聞く。
少なくとも、相手の正体くらいは確認してから行動に移りたかった。
「いや・・・。そう聞かれると、違うって答えになるな・・・」
それにはボンザが答える。
「では、何者だ?」
「言うと思うか・・・?」
「いや、いい。冥王国の者ではないと言うのであれば、こちらとしても動きやすい」
この時のグレンの判断はこうだ。
相手は冥王国の者ではない。つまり自分がこの者達を打ち倒したとしても、戦況には全く影響がないという事。ならば、存分に介入が出来る。
言うなれば、グレンは『我が身の番人』と戦う事を良しとしたのだ。
「一応聞くが、目的はなんだ?」
「それも言えねえな・・・」
「だろうな。では聞くが、大人しく帰る気はあるか?」
それには即座に答えなかった。
本音を言えば、戦わずに帰りたい。しかし、裏家業である彼らにとって、一度の失敗がそのまま自分の経歴の終わりを意味する。
命があろうと実力があろうと、失敗した経験があっただけで遥か下に見られる。このまま雇い主であるギルのもとに帰ったのならば、即刻解雇され、その噂は自分達の首を絞める事になるだろう。
ボンザはそう考え、他の3人も似た様な意見を持っていた。
「それは出来ねえ相談だ・・・!悪いが、ここは通らせてもらうぜ・・・!」
故に当然の返答をボンザは送る。
それと同時に、背負っていた2枚の盾を片手に1枚ずつ構えた。
それはとても奇妙な光景である。通常、利き手に武器を持ち、それとは逆の手に盾を持つものである。しかしボンザは、両手とも盾を持っていた。
このような戦法を取る者にはグレンも一度として出会った事がなく、非常に興味を持つ。
加えて、相手の持つ盾は大きく、彼の腕力が並大抵のものではない事が分かった。
「行くぜ!」
暗殺者らしからぬ宣言をすると、ボンザはグレン目掛けて突進した。この合図は当然、相手に向けて発せられたものではなく、仲間に向けた言葉である。
2枚の盾を構え突撃して来るボンザの後ろには、ハイドラが追走していた。彼の陰に隠れるようにして接近し、隙を突いて攻めるつもりなのだ。
しかし、グレンは察知している。
(昔、似た様な光景を見た事があるな・・・シールドオーガだったか・・・)
ボンザの突進を目にしても、グレンは昔を懐かしむ余裕すらあった。
帰りを待たせてある少女と旅をした時に出会った魔物を思い出し、あの時と同様の攻撃を加えるかを考える。
ただ、今回の相手は複数のため、逃がさないよう接近して攻撃する事を決めた。
直後、グレンは駆け出す。
そして次の瞬間、ボンザとハイドラの2人は4つになった。
「――!」
その動きを僅かでも感知できたのは『黄昏なるシュリオン』のみ。
重厚な盾もろもともボンザは胴体を切断され、そのついでとでも言うようにハイドラも切り裂かれる。
「うおっ!?」
遅れてゴジョウが声を出し、急いで己の持つ槍を構えた。その槍はとても長く、彼の長身と合わさって圧倒的な間合いが形成される。
2人を斬り捨てた勢いそのままに迫って来るグレンに対し、ゴジョウは槍を突き出す。片手を伸ばし切る、自分の長所を生かした素晴らしい突きであった。
それを容易く躱すと、グレンは槍を中間から真っ二つにする。この行動に意味はなく、彼自身「無駄な行動だった」と反省した。
それでも、すかさずゴジョウの首を刎ねる。
止まる事なく最後の1人へ視線を向けると、シュリオンはすでに逃走を図るために彼に背を向けていた。
『我が身の番人』の中に仲間意識などない。そのため、協力はするが例え殺されたとしても仇を取ろうなどとは考えなかった。
大事なのは自分の身。圧倒的に実力差のある相手との戦闘を断念し、シュリオンは撤退を選択する。
そんな彼――または彼女の前に、2人の男女が立ちはだかる。
クリスとモルガンが、逃がすまいと飛び出したのだ。グレンの動き出しに幾分か遅れた行動ではあったが、素晴らしい判断力だと称賛できるだろう。
それに心の中で舌打ちをすると、シュリオンは服の下に隠した暗器を取り出す。それは先端に分銅の付いた鎖であり、即座にクリスとモルガンに向かって放たれた。
それを紙一重で躱した2人であったが、シュリオンが手元を捻る事で鎖は動きを変え、獲物を捕らえるように巻きつこうとする。
逃げるための人質。そう考えた上での行動であったが、それもグレンによって阻まれた。
断ち切られ、力なく垂れ下がっていく鎖。
それを急いで引き戻そうとするが遅く、グレンは切断面の見える鎖を左手で掴む。それが何を意味するのかを察したシュリオンは体から鎖を外そうとするが、それも遅い。
グレンは力を込めて鎖を引き、シュリオンの体を宙に浮かび上がらせる。そして、暗殺者を地面に思いっきり叩きつけた。
「――かはっ!」
と、言ったのだろうか。
体中の空気を全て吐き出したかのような音がシュリオンの口から発せられ、場は静まり返る。
戦闘開始から1分も経たずの結末であった。
「す、すごい・・・」
唯一何も出来ないでいたガーネが呟く。
少女は、目の前で起こった事が理解できないとばかりに呆然としていた。
速い、圧倒的なまでに速い。駆ける速度だけではない。次の一手に全くもって迷いがないのだ。
相手を警戒する慎重さだとか、殺す際の躊躇いだとか、そういった物は全て邪魔であると言うような立ち回りであった。
大神官が『新たなる戦いの神』と表現したのも頷ける強さである。
「助けていただき感謝します、グレン様」
危うく鎖に捕らえられそうになったモルガンが、グレンに近づきながら感謝を述べる。同様であったクリスも言葉にはしなかったが、深々と頭を下げた。
「それにしても流石でいらっしゃいます。この者達、相当な手練れだったと思われたんですが、あっと言う間に全滅ですか」
「一応、1人は生かしてある」
そう言うと、グレンはシュリオンのもとまで歩いて行く。
仮面を被っているため他の者には分からないが、グレンには微弱な気配が感じられ、意識が残っている事が理解できた。
そこまで強く叩きつけた訳ではなかったが、予想以上の耐久力に少しばかり驚く。もしかしたら服の下に何か着込んでいるのかもしれない、と用心しながら近づいた。
そして、横たわっているシュリオンの傍らに立つと、仮面を見下ろす。微かな呼吸音が聞こえたが、仮面をつけているせいか少し苦しそうであった。
それを察したグレンは、無言のまま仮面を外す。
すると、そこには少女――と、思われる顔があった。
「きゃっ!」
近づいてきたガーネが思わず悲鳴を上げる。それ程までにシュリオンの顔は無残なものであったからだ。
グレンよりも多くの古傷が顔中にあり、耳は欠け、歯も数本なくなっている。少女が恐怖を覚えたとしてもおかしくない風貌であった。
「・・・・・せ・・・」
何か言っているが、よく分からない。
グレンによる痛みは彼女の目に涙を浮かばせ、口からは少しだけ血が流れていた。その光景に少しばかり罪悪感を覚えたグレンは、『戦神』の3人に問う。
「すまないが、誰か回復薬を持っていないか?回復魔法でもいい」
「あ、それなら私が!」
そう言って、ガーネが懐から小さな瓶を取り出した。一応の備えとして、常に持ち歩いている回復薬である。
それを、傷つき倒れるシュリオンの口に注いでいく。
次第に呼吸が落ち着いていき、表情からも苦痛が取り除かれていった。しかし、一向に起き上がる気配がない。
「どうした?もう治っただろう?」
そう問い掛けるグレンの言葉にも答えず、シュリオンはただ、
「殺せ・・・」
とだけ言った。
「戦士としての誇りか。望むのならば、そうしよう。しかし、いくつかの質問には答えてもらう」
それに答えは返ってこない。
仕方なく、グレンは質問をする。
「お前達は何者だ?」
「・・・・・・・・・」
「何の目的でここまで来た?」
「・・・・・・・・・・・」
「誰の指示だ?」
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、何も語らない。
少女の風貌と実力から、平凡な人生を歩んで来た訳ではない事は分かる。それ故の性格なのだろうが、体調が回復しても抵抗や逃走を見せないあたり、すでに死を覚悟しているのだろう。
ならば仕方ない、とグレンは刀を振りかぶる。
「待ってください!」
それを制止したのは、ガーネであった。
「どうした?」
「この人を見逃してはいただけませんか!?」
その言葉には誰もが驚かされたが、最も驚愕したのは他ならぬシュリオンである。
見も知らぬ少女に助けられる理由を、彼女は持ち合わせていなかった。
「別に構わないが、何故だ?」
続くグレンの言葉にも、シュリオンは驚く。
彼にしてみれば、彼女を生かすも殺すも同じ事なのだ。だからこそ、『我が身の番人』に対して最初に引き返すかどうかを問い質していたのである。
だが、ガーネには何か考えがあるようであった。
「グレン様・・・私達は皆、ジェウェラ様に救っていただいて今があります・・・。この方も、きっと今まで大変な人生を送って来たと思うんです・・・。ですから・・・今回の戦争と関係ないと言うのであれば・・・命まで奪う必要はないんじゃないかと・・・」
それは、単純に同情であった。別に特別な感情ではないし、グレンも理解できると刀を納める。
それと同時に、シュリオンから嗚咽が聞こえ来た。
先程まで憮然として振る舞っていた彼女の唐突な変化にグレンはかなり戸惑うが、ガーネはシュリオンの傍で膝を付くと、その頭に手を触れた。
「大丈夫ですよ・・・。もう大丈夫です・・・」
グレンには、目の前の2人がどのような過去を持っているかなど分からない。
そのため、ガーネが敵を慰める理由も、シュリオンが泣く理由も皆目見当がつかなかった。
(なんだか分からんが、まあいいか・・・)
とりあえず、泣きじゃくる少女はガーネに任せるとした。
「グレン様、ありがとうございます」
そのガーネにシュリオンの命を見逃した事を感謝され、グレンは「ああ」とだけ答える。
そんな彼に、今度はモルガンが声を掛けた。
「一体、この者達は何だったんでしょう?」
辺りに転がる死体を見ながら、モルガンは疑問の声を漏らした。
それに答える声はなく、グレンもただ黙っている。
「でも、そうではないと言っていたし」
しかし、モルガンはクリスに向かってそう言った。
青年の方も、会話をしているかのように彼女の方へ顔を向けている。
「確かにそうかもしれないけど。それだったら偵察が目的かしら?」
「そうね。騎士達には準備を万全にしておくよう言っておいた方が良いかも」
「分かってるわ。私達も逃げる準備をしておかないと」
などと、独り言には聞こえない台詞を続けざまに発したため、グレンは怪訝な顔つきになる。
それに気付いたモルガンは、はっとした表情を作った。
「申し訳ありませんでした、グレン様。少し、クリスと話をしておりまして」
「話?クリスの方は、何も話していないように見えたが」
「それは『念話』を用いて話していたからです」
「『ねんわ』?」
「はい。ユーグシード教国の神官が『秘術』を用いるのは御存知ですよね?『加護』と呼ばれるものが有名ですが、その他にも色々と種類があるんです。そして『念話』とは、同じ能力を持つ者とであれば、距離に関係なく頭の中で会話が出来るものなんですよ」
「なに・・・!?」
それはかなり衝撃的な事実であった。
そんな事が出来れば、戦闘のみならず実生活においても劇的な変化が起こり得ると、グレンの頭でも理解できたからである。
『秘術』として、教国の外に広められないのが納得でき、勿体ないと思える術法であった。
「なるほど・・・。つまり、君達は神官という事か?」
「いえ。私達はジェウェラ様に仕える信徒です。特別に『秘術』を習得しているんですよ。勿論、他言はできませんが」
「しない方が良いな。その力は色々と便利そうだ」
グレンも、他の者に漏らさないよう注意しなければ、と考えた。下手をしたら『秘術』を狙って戦争を起こす国が出てくるかもしれず、その際には比較的近いフォートレス王国も巻き込まれる可能性すらある。
今は、これ以上心配事を増やしたくなかった。
「グレン様、少し宜しいですか?」
「ん?」
そう考えていたグレンの耳に、ガーネの呼び掛けが届く。顔を向けると、先程まで倒れ伏して泣いていたシュリオンが、ガーネに支えられて立ち上がっていた。
「シュリオンさんが、お話があるそうです」
「名前を聞いたのか」
なんという打ち解けの早さだろう、とグレンは感心した。
「はい。――さあ、シュリオンさん。グレン様に先程のお話を聞かせて差し上げてください」
ガーネに言われ、シュリオンは口を開く。
「私達は・・・商人ギル・ガレオンに雇われた護衛隊だ」
「護衛?それが何故こんな所に?」
「この街に入ったとされるエルフを捕らえに来た・・・」
「情報が漏れていたか・・・。しかし、何故エルフを?」
「商品として売るためだ」
「なるほど。ギル・ガレオンと言う者は、そういう奴か」
「そうだ。奴は冥王国に顔が利く・・・。エルフを確保するために、時間を稼いでいるのも奴だ」
「それで君達を寄越したという訳か。――しかし、いいのか?雇い主の情報まで渡してしまって」
「もういい・・・。私も疲れてきたところだ・・・。これからは、この子達の主の下で平穏に暮らしたい・・・」
グレンがモルガンと会話をしている間、ガーネとシュリオンはそのような事を話していたようだ。
もしかしたらシュリオンの生い立ちなども明かしたかもしれないが、それはグレンには関係のない事。別段気にせず会話を続ける。
「そうか。それもいいだろう」
「だったら、私達の新しい仲間って事ね」
嬉しそうな声を出し、モルガンがシュリオンの元まで近づいて行く。クリスもそれに続いた。
「歓迎するわ、シュリオン。私はモルガン。こっちがクリス。本名って訳じゃないけど、そう呼んでね」
「本当なんだな・・・」
「え?」
答えになっていない返事をされ、モルガンは疑問の声を漏らす。
「ガーネの言う通りだ・・・。お前達の組織は、本当に仲間の過去を気にしないんだな・・・。僅かとは言え、敵対し、攻撃を加えようとした私を迎え入れてくれるとは・・・」
「なんだ、そんな事?気にしないわ。当然よ。誰にだって『仕方のない事』くらいあるもの」
「それは・・・お前達の主の教えか・・・・?」
「よく分かったわね。ジェウェラ様よ。『戦いの神クライトゥース』様にお仕えする大神官ジェウェラ様。とっても素晴らしい方なんだから」
「私も、迎え入れてくれるだろうか・・・?」
「それこそ当然よ。――ただ、少し協力してもらってもいいかしら?」
話の流れが変わり、モルガン以外の4人は疑問を覚える。
一体何を企んでいるのかと女の顔を見ると、誇るような笑みを湛えていた。
「実は、どうやってグンナガンの所に潜り込むか考えていたのよね。先程グレン様も仰っていたけど、情報漏洩をしたって疑われる危険性もあるんだし」
ふむふむ、とシュリオン以外が頷く。
「だからシュリオン。貴女が私を冥王国軍に引き入れて」
「構わないが・・・どう説明するつもりだ・・・?」
「そうね・・・」
と言って、しばらくモルガンは考える。
そして、頭の中で整理がつくと、こう話した。
「じゃあ、こうしましょう。エルフを捕獲しに来た貴女達は、エルフの隠れている場所を聞き出すために私を捕らえる。しかし会話をしていると、どうやらグンナガンと繋がりのある者だという事が分かった。そこで自分達も冥王国と繋がりのある者に仕えているという事を打ち明け、協力関係になる。――これでいきましょう」
「他の3人はどうする?すでに死んでしまっているぞ・・・」
「そこは・・・ほら、騎士達との戦闘になり死亡って事で。命からがら、私と貴女だけは逃げられたって筋書でどう?」
「それでお前はグンナガンのもとに・・・という事か。しかし、何故そんな事を・・・?」
「仲間だから教えるけど、グレン様のためなのよ」
「こいつの・・・?」
先程重傷を負わせた事もあり、シュリオンはやや攻撃的な目つきでグレンを睨んだ。
それを、ガーネが注意する。
「駄目ですよ、シュリオンさん。グレン様はジェウェラ様が『新たなる戦いの神』と認めた御方なんですから。失礼な真似をしてはいけません」
「意味が分からない・・・」
良かった、同じ感想だ――と、グレンは心の中で思った。
しかし、やはりと言うべきか、ガーネは違うようだ。
「今はそれで構いません。でも、ジェウェラ様の御話を聞けば、きっとシュリオンさんも考えを変えると思いますよ」
「それは洗脳と言うのでは・・・?」
「ち、違います!私達は、自分で――」
「まあ待て、ガーネ。その話は、教国に帰ってからじっくりとやってくれ」
話が面倒臭い方へ行きかけたため、グレンが少女の台詞を遮る。
加えて、自分がいる間はその話を持ち出さないよう、遠回しに釘を刺した。
「それで、シュリオン。私の都合に付き合わせてしまうが、構わないか?」
「一応、お前には見逃してもらった借りがある・・・。ガーネに免じて、協力してやろう」
「感謝する。ならば、グンナガンの傍に控える最中、モルガンの事も気に掛けてやってくれ」
その気遣いに、モルガンは「グレン様・・・!」と喜んだ。
「当然だ。いざとなったら、連れて逃げるくらい造作もない・・・」
「頼もしい限りだ。任せたぞ」
それを結論とし、モルガンとシュリオンは他の3人と別れる。連絡は『念話』を用いて行い、冥王国軍の動きも逐一報告する運びとなった。
潜入と密告をこなせる人材を運良く確保でき、グレンには今夜の出来事が嘘のように感じられる。
それでも、これでグンナガンを確実に仕留められると、充実した気分になって寝床へと帰るのであった。




