4-13 異国の騎士達
戦争に関係する4か国の簡単な立地であるが、最大の領土を誇るシオン冥王国が最も西にあり、南北に長く伸びている。そして、その南にブリアンダ光国、南東にロディアス天守国、東にテュール律国が隣接している。
エルフの森を出立したグレンとヴァルジ、そしてニノを含むエルフ達は、その中の1つであるテュール律国へと向かった。
エルフの森は冥王国領土内にあるため十分に警戒しながら国境を越え、天守国に戻った後、ジェイク隊と別れて律国へと至る。
道案内として1人だけ先導を貸してもらい、出入国の際に必要な手続きもその者にやってもらった。テュール立国に入って早々馬車を借り、注目を浴びがちなエルフ達を隠しながら移動をしていく。
そして現在、冥王国が攻め込むという情報が入った『ロドニスト』という街に辿り着いていた。ここまで2日ほど掛かっており、すでに攻め込まれていないか不安だったが、なんとか間に合ったようだ。
ただ、街の入り口には見張りがおらず、冥王国への対策準備を進めているのか疑問に思われた。
「本当にこの街なのか・・・?」
グレンが不安気に零す。
もしかしたら目的地を間違えた可能性もあり、急いで確認を取りたかった。
「おーい!そこの人達!」
その時、彼らに向かって声を掛けてくる青年がいた。至って平凡な服装をしており、この街の住民であるように見受けられる。
ただ、グレンの目には、どこか鍛えられた体格をしているようにも映った。それは決して農作業で作られた体ではなく、日々の鍛錬によって獲得した物のように思える。
そして、その青年はグレンの前まで辿り着くと、
「話は後で。急いで街の中へ入ってください」
とだけ言った。
どういった意図があるのか分からなかったが、何かしらの事情があると判断したため大人しく指示に従う。約300人の人員から成るエルフ隊は、ぞろぞろと街へと入って行った。
青年を先導に、舗装された道を歩いて行く。
エルフ達は外套によって姿を隠しているが、それが大勢集まると注目を集めるもので、街に暮らす人々の視線を全身に浴びせられていた。なんだか警戒されているようであり、怪しい集団だと思われているのかもしれない。
この先は牢屋か何かか、と不安を覚えたが、意外にも案内された先は大きな屋敷であった。
「とりあえず、ここを使ってください」
そう言われたが意図が分からず、グレンはヴァルジとニノに目線を送り、どうしたものかと意見を伺う。
その様子を見た青年は、
「ほらほら。入って入って」
と急かしてきた。
とりあえずニノが指示を出し、エルフ達だけでも建物の中へと向かわせる。彼と他の住人の態度から、敵意はないと判断したためであった。
屋敷の扉の前にはグレンとヴァルジとニノ、そして彼らをここに導いた青年だけが残る。
「すまない、君は・・・?」
言われるままに黙ってついてきたため、今まで我慢していた疑問をグレンがぶつけた。彼の中に猜疑心が見えたのか、青年は爽やかに笑顔を浮かべて見せる。
軟派な笑みではあったが人懐っこくあり、女性であれば心ときめく事もあるだろうと思われた。
「俺は『黒虎精鋭明峰騎士団』の騎士!『終わらない拍手』の称号を持つエンデバー・フライヤーだ!歳は19!身長は俺より上の奴には教えない事にしている!体重もついでに秘密!趣味は女の子と遊ぶ事!可愛い子がいたら紹介してくれよな!よろしくッ!!」
そう言うと、エンデバーと名乗った青年は顔の横で2本指を振る仕草を取った。格好付けているのだろうが、それに魅力を感じる者は3人の中にはいない。
どうしようもなく、無反応を返す。
「あ・・・あれ?皆さん、意外とお堅いのね・・・」
街の住人と思われた者が騎士であると判明した事に加えて、その軽い感じに3人は黙ってしまっていた。特にグレンは自国の騎士と比べてしまい、その差に驚いている。
ただ、友人であるアルベルトもこれに近い性格ではあったため、素早く立ち直る事が出来た。
「ああ、申し訳ない。唐突な事実に驚いてしまってな。まさか騎士だとは思わなかった」
「でしょう!?それこそが俺達の作戦なんですよねー!」
腕を組んで自慢するように、エンデバーは言う。
「作戦?」
「そうそう!と言うのも――って、その前に確認したいんだけど。皆さん、エルフの援軍ですよね?」
エルフ族がテュール律国に協力する事はしっかり伝わっていたようで、騎士が確認を取って来る。だからこそ、街に招き入れてくれたのだろう。
「ああ、その通りだ」
「ってことは、さっきの中に女のエルフもいるって事ですか!?くぅーーー!お近づきなりたい!」
興奮して語るエンデバーであったが、そこに卑しさはなく、グレンは嫌悪感を覚えなかった。しかし、ニノは彼から隠れるようにグレンの背後に移動する。
「それで、作戦と言うのは?」
脱線しそうであったため、グレンは話を戻した。
「え?――ああ、そうそう。もう知ってるとは思いますけど、この街に冥王国が攻めて来るんですよ。で、その情報を入手したのはいいんですけど、準備万端で待ち構えていたら計画を変更されるかもしれないじゃないですか?ですから、『そんな事は知らないよ~』って感じに暮らしているように見せているんですよ。本当の住民はもうとっくに避難済み。ここにいるのは全部、騎士達が変装したやつなんです」
「なるほど。だから、そうと気付かれないために私達を急いで街の中に入れた訳か」
「お。剣士さん、なっかなか鋭いね~。見た目からして戦い慣れてそうだし、こりゃ頼りになるわ」
そう言うと、エンデバーは大きな声で笑った。
その仕草に少しばかりの違和感を覚えたのは、何もグレンだけではない。
「歓迎・・・してくれるのか?」
『三か国会議』で出会ったサロジカは最初、エルフが自分達に関わる事を良しとしなかった。戦力として頼りないというだけでなく、4番目の勢力が加わる事で自国の存在感が薄くなるのを恐れたからだ。
そして当然、本国でも同じような扱いを受けると思っていた。
しかし、エンデバーの表情から察するに、そのような感情はなさそうである。
「そりゃそうでしょ!俺達に手を貸してくれるんなら、誰でも大歓迎!」
「そうなのか?先日会ったサロジカという人物は、そのような感じではなかったが」
「ああー・・・サロジカ代表ね・・・。あの人はなー・・・何て言うかなー・・・。愛国心だけで当選しちゃったもんだから、こう・・・ね・・・視界が狭いって言うの?悪い人じゃあないんだけど」
エンデバーは目の横に手を置き、視界の狭さを体で表現する。
自国の事しか考えないのは罪ではないが、ああいった態度は頂けない。そう言っているように思えた。
どうやら、彼らの中でも扱いに困る人物なようだ。
「意外だな。我々はてっきり、『隅にいろ』とでも言われるかと思っていた」
「ないない!ほらさ!他の2か国が非協力的でしょ!?だからさ!嬉しいんですよ!俺らとしても!少しでも味方がいるんだー、って感じがして!」
現場で動く者と上に立つ者の相違であろうか。
エンデバーの言葉は、3人を――特に、邪見に扱われるか心配であったニノを安心させた。
「よかったじゃないか、ニノ。この国の者達は、エルフを歓迎してくれるそうだ」
グレンも思わず振り返り、彼女に語り掛ける。
その行動に、エンデバーが「お?」と反応した。
「もしかして、そちらの方・・・エルフだったりします・・・?そんでもって、女性だったりします・・・?」
外套を羽織っていても背丈から判断したのか、エンデバーは興味深げに聞いて来る。
先程『女性と遊ぶ事』が好きと言っていたため、そういった思惑の込められた質問である事は理解できた。
「あ、ああ・・・。だが、手を出してはくれるなよ。私達は、そんな事をしに来た訳ではないからな」
「ですよねー、駄目ですよねー・・・。あ、でも、せめて顔だけでも見せてくれないですかね・・・?」
「なに?」
「いや、ほら!これから一緒に戦う訳じゃないですか!?ですからね、親睦の証と言いますか!対等な関係と言いますか!やっぱり信頼関係を築くには、顔と顔を合わせた挨拶が必要じゃないかと!まあ、ぶっちゃけちゃうと、そんなの建前で、エルフの顔を見たいだけなんですけどね!」
嘘を吐くのが嫌になったエンデバーは、最後に本心を打ち明けた。正直なのは良い事であったが、それを受け入れるかはニノ次第である。
「どうするんだ?」
と、グレンが聞く前に、ニノはすでにその顔を露わにしていた。少しばかりの成長を見れて、グレンは心の中で微笑む。
が、それ以上に歓喜した者がいた。
「うおおおおおおおおお!前!言!撤!回!お嬢さん、僕とお付き合いしていただけませんか!?」
先程、手は出さないと約束したばかりであったが、エルフの美しさを目にしたエンデバーは暴走気味にニノに交際を申し出る。当然それは受け入れがたいものであり、ニノは冷たい視線で青年を睨んだ。
「くうっ!言葉ではなく、視線でお断りを!これは手厳しい!」
身を捩り、断られた事すらも楽し気にエンデバーは騒ぐ。
そんな彼に向かって、野太い声が掛けられた。
「くぉおおおら!エンデバー!お前、また女を口説いてるな!?」
叫んだ男はずかずかと大股でこちらに向かってくる。
大柄で無精髭が目につく人物であり、歳はグレンよりも上に見えた。
「お前は今がどんな状況か分かっていないようだな!?」
エンデバーのもとまでくると、その大男は怒りを露わに声を上げる。
「い、いやー・・・すみません・・・ジグラフ団長・・・。こればっかりはもう・・・どうしようもなくて・・・」
「戦いの前というのは女を抱きたくなるものだ。本能ゆえ、それは仕方ない。しかしだな、お前の場合は常時がそれだ。少しは自分を抑える努力をしろ」
「とは言ってもですよ、ジグラフ団長?俺達だって、いつ死ぬか分からないじゃないですか?だったら、生きている内に多くの女性とお近づきになりたい、って考えても悪い事はないと思うんですよ」
「だからってお前、手当たり次第はまずいだろう。女に対しても失礼だとは思わんのか?」
「その点に関しては大丈夫!今まで成功した事、一度もありませんから!」
そう言うと、エンデバーは「たははー・・・」と泣き笑いをしてみせる。
そこでジグラフはグレン達に視線を寄越し、申し訳なさそうな顔をした。
「迷惑を掛けた。せっかく加勢に来てくれたというのに申し訳ない。気分を害さないで貰えると助かる」
「問題ない。そのような若造の戯言で、心乱されるような私ではないからな」
ジグラフへの返答は、なんとニノがした。
ただ、言葉とは裏腹に多少は腹を立てたのだろう。わざと厳しめの言葉を選んでいるのが、グレンには分かった。
「それは有り難い。――ところで、君達がエルフの代表者か?」
案内役であるエンデバーと話していた事から、ジグラフはそう判断した。
その通りであったため、ニノは頷く。
「そうか。君達がどのような戦力となるかは大体聞いている。数は少ないようだが、頼りにしているぞ」
それは、素直に受け取れない台詞であった。
戦において、やはり必要なのは数なのだ。強力な魔法や魔法道具があればその限りではないが、それを使える人材も限られてくる。
加えて、テュール律国の代表であるサロジカからエルフについて話を聞いたとすれば、それはあまり良い評価ではないはずだ。どこから『頼りにしている』という言葉が出たのかが分からなかった。
「そうそう。それについて聞きたい事があったんですよ」
自虐から立ち直ったエンデバーが、ニノに向かって問い掛ける。先程見せた軟派な彼とは違い、至って真面目な顔をしていた。
「エルフが使える術法って、どれくらいの規模の罠が作れるんです?」
「規模とは、罠の大きさの事か?」
「そうっす」
「それならば、一人一人では小規模なものしか作れない。だが、複数人で掛かれば多少大きな物を作れるはずだ。代償として、多くの草木が枯れる事になるが」
「ああ。そういう感じの術なんですね。エルフらしいって言うんすか?」
あまりにもあっさりと、エンデバーはエルフの使う術法について理解する。本当に先程までの彼とは違って見え、少々知的にも思えてきた。
「じゃあ、戦場はあそこで決まりかな?そんで、こうしてああして・・・。あ、ついでにあれも試してみるか・・・」
などと、今度は1人でぶつくさ思案を始める。
まるで人が変わったかのような行動に、彼を知らない3人は戸惑いの表情を浮かべた。
「申し訳ない。こいつは、こういう奴なんだ」
「一体どうしたんだ?」
ジグラフの謝罪に、ニノが問う。
「こいつは戦術家でな。巷では『天才軍師』なんて呼ばれてる。我々だけでは冥王国に対抗する術が思い浮かばなかったため、助力を頼んだんだ。君達の『物を作れる術法』を耳にした瞬間、『即戦力じゃないか!』と喜んでいたよ」
「なに・・・!そ、それは・・・本当か?」
少し嬉しそうなニノであった。
「ああ。詳しい話は別の場所でしよう。こちらだ。ついて来てくれ」
行き先を指で示すと、ジグラフは歩き出す。相変わらず思案を続けていたエンデバーであったが、まるで会話に参加していたかのように彼と同じ方向に進み始めた。
一体どのような作戦を考えているのか。
グレン達はそれに期待を抱きつつ、同時に覚悟を決めて付いて行った。
「モルガンさん!モルガンさん!」
『戦神』の構成員である少女――ガーネに服を引っ張られ、モルガンという女性は目を覚ます。
「なあに・・・?昨日遅くまで相手してたから・・・眠いのよ・・・」
そう言いつつも、大きな欠伸をしながら起き上がる。女の身は薄い布地の衣服と下着だけで飾られており、ほとんど裸同然であった。
「たくさんの人達が街に入って来ましたよ!もしかしたら増援かも!?」
「あら?本当?」
ガーネが見つめる窓の外を、モルガンも一緒になって眺める。そこには300人程度の集団がおり、先頭の3人以外は全員外套で姿を隠していた。
「なんだか怪しいですけど、きっとそうに違いありません!冥王国を迎え撃つ気なんです!」
「でも、盾にされてる人達はどうするのかしら?やっぱり見殺しにするのかしらね?」
「怖い事言わないでください!きっと、助ける方法が見つかったんですよ!」
冥王国に捕らえられ、自国を攻める際の防護壁とされるテュール律国の民達。
非人道的行いであり、その情報を聞いたガーネはひどく心を痛めていた。しかし今回、モルガンが冥王国の将軍から聞き出した情報によって対策が進められ、今もまた新たな戦力をここ『ロドニスト』という街に迎え入れている。
という事はつまり準備が着々と進んでいるという証拠であり、少女はかつての自分と同じく戦争に苦しむ人々が救われるのではないかと希望を持った。
「でも、エルフって何ができるのかしら?」
「え!?エルフなんですか!?あの人達!?」
ロドニストに滞在中の今、モルガンは娼婦として活動している。それがこの街に居座る理由になり、冥王国軍が標的としているという情報をそれとなく伝える事も達成できた。加えて、色々な男を満喫できるというのもある。
そしてその間、ある騎士からエルフが加勢に来る事を教えてもらっていたのだ。話を聞いたのはつい最近なので、そこから彼らがエルフなのではと判断した。
「あ、でも、先頭の3人はエルフじゃありませんね。大柄な男性と身なりの良いお爺さん、それと――あれ?あの人、エンデバーさんじゃないですか?」
「そうみたいね。彼らを先導しているみたい。――まあ、そんな事よりも、あの大きな男の人・・・」
「どうかしたんですか、モルガンさん?」
何やら意味深な呟きをするモルガンの横顔に向かって、ガーネは視線を移す。
その表情は少しばかり恍惚としており、少女は若干身構えた。この女性がこういった顔をする時は、決まって自分が聞きたくない話題を始めるからである。
「すごく・・・激しそう・・・」
ほら、とガーネは顔を赤くした。
「もう!モルガンさん!そういうのは心の中で済ませてください!」
「でもね、ガーネ。あの人、なんだかグレン様に似ていない?ジェウェラ様の仰っていた特徴とそっくり」
「確かにそうかもしれません!でも、モルガンさんはそう言って、今まで何人の男の人の所に行きましたか!?似ているだけで、グレン様本人ではないんです!少しは自重してください!」
ガーネに怒られていても、モルガンはじっと外を歩く男の姿を捉えていた。その目はまるで獲物を狙う狩人であり、少女はこうはなるまいと心に誓う。
「あ、エルフは町長の家に入れるんだ。意外と好待遇なのね。でも、あの人数だと狭そう。あの人は、別の建物に寝泊まりするのかしら?」
などと、すでに男に会いに行く気満々なモルガンであった。
「クリスさん!クリスさんからも何か言ってください!」
自分だけではモルガンを止める事は出来ないと判断した少女は、後ろで自分達と同様に窓の外を見つめている青年に助けを求める。
クリスは言葉を発する事をほとんどしないため存在感がないが、慣れ親しんだ『戦神』の仲間であれば彼が近くにいる事くらいは察知できた。
白い肌と華奢な体型のため優男に思われがちだが、服の下には鍛えられた肉体が隠されている。ガーネにとっては、頼れる兄のような存在であった。
(モルガン、服を着ろ)
少女の頼みもあってか、クリスは『念話』で指示を出す。
肌が透けて見えるモルガンの姿を目にしても、彼に動揺はなかった。それでも、はしたない恰好には変わりなく、家族のような存在にそのような姿のままでいて欲しくはない、と注意をする。
「別にいいじゃない。私達以外は誰もいないんだから」
そして、モルガンもクリスにそのような格好を見られてもいいと判断していた。
「――って、クリスさん!私がお願いしたのは、そういう事ではなくてですね!」
「見て、ガーネ。エルフが顔を見せたわ。で、エンデバーが告白してる。相変わらず見境ないのね。――あ、撃沈した」
窓の外を見続けているモルガンが、状況を細かく報告してくれる。
『黒虎精鋭明峰騎士団』の騎士であるエンデバーは、女性と見れば誰彼構わず交際を申し出て来るので、モルガンもすでに経験済みであった。
『お付き合いは出来ないけど、一晩だけの関係なら』
と、申し出た際には顔を真っ赤にして退散しており、行動の割には初心なのが分かっている。可愛らしい年下の男という感じであった。
「私も、『5年後、俺と付き合わない?』って言われました。ああいう節操がないのは頂けません」
「ガーネは可愛いから。今の内から唾を付けときたくなるのも分かるわ」
「そ、そんな・・・!モルガンさんに言われると嬉しいです・・・!」
ガーネにとって、モルガンは魅力的な女性代表といった感じである。
男漁りがひどいのは許容しかねるが、それでも行動力や美貌は尊敬できた。内面と外見のどちらにおいても、素晴らしいと評する事のできる女性である。
「そう?じゃあ、あの人に会いに行っても良い?」
「そういう所が駄目なんです!」
少女の叫びを聞きながら、モルガンは艶やかに笑う。
そして窓から離れると、唐突に着替えを始めた。
「あ、あれ?モルガンさん、お出かけですか?」
その行動を不思議に思ったガーネが問う。大抵の場合、モルガンが動き出すのは夜になってからなので、先程興味を持った男性に会いに行くしても早すぎた。
「ええ。少し情報収集をしようと思って」
「何のですか?」
「冥王国軍の動きに関して、ね。もうそろそろ動き出す頃合いじゃない?」
「そう言われれば確かに・・・。前の街が襲われてから数日が経ちましたね・・・」
「それまでに私達は避難しないといけないでしょ?動きがあったら教えてくれるとは言っていたけど、奇襲だってない訳じゃないでしょうし」
3人が『ロドニスト』に滞在できている理由は、モルガンが娼婦として活動しているからである。クリスはその弟、ガーネはその妹という設定であった。
そして、戦闘に参加する訳ではないため、もし街が攻め込まれた場合は逃げなければならないのだ。捕まったら何をされるか分かったものではないため、当然の判断である。
力は貸すが、命を賭ける程ではない。
それが、彼女達の総意であった。
「でも、どうやって調べるんですか?自分で、なんて言わないですよね?」
「そんな面倒な事しないわ。この国の騎士だって敵側の動きを監視しているのよ?そして、その情報は当然この街にも伝わっているの。それを聞いて来るわ」
モルガンは、この街に住人として身を潜めている騎士達の何人かと親しくなっていた。外から見れば単なる小さな街でしかないため娼婦として活動している女性は他にはおらず、女っ気のほとんどなくなった環境という事もあり、彼らからの人気は非常に高い。
そして、彼女を気に入った者の中には少しだけ地位の高い者もいた。
それ故、モルガンは最新の情報を入手する事が出来るのだ。
「じゃあ、行って来るわね」
そう言って、モルガンは部屋を出て行く。
小さな音を立てて扉が閉められると、ガーネは少しだけ俯いた。
(どうした、ガーネ?)
それに気づいたクリスから『念話』で話し掛けられ、少女は青年に顔を向ける。
「なんだか、モルガンさんだけが頑張っているみたいで気が引けてしまって・・・」
真面目なガーネらしい一言であった。
それに、クリスは笑顔で答える。
(気にするな。こういうのは適材適所だ)
「私が役に立つ状況なんて、あるんでしょうか・・・?」
(今はないかもしれない。だが、そんなのは誰でもそうだ。子供が気にするような事ではない)
その慰めの言葉も、ガーネには届いていなかった。それだけでなく、今にも泣き出しそうな表情まで浮かべ始め、原因の分からないクリスは大いに慌ててしまう。
しかし、その理由は『戦神』の者にしてみれば当然のものであった。
「ハルマン君もきっと、こんな気持ちになったんですね・・・」
仲間の1人であったハルマンは、勝手な行動を起こして命を落とした。未だ少年であるのにも関わらず、分不相応な相手の懐に忍び込み、情報を得ようとしたため捕らえられたのだ。
仲間の死に関して心構えをしていた『戦神』の者達であったが、幼い命が失われたと知った時の衝撃は大きく、特に歳の近いガーネは深く気を沈めた。
それでもモルガンやクリスの気遣いによって平静を取り戻す事が出来ており、当時のように心を乱す事はない。
ただそれ故に、ハルマンがどうして危険な行動を取ったのかが分かってしまった。
子供である自分でも、誰かの役に立てる所を見せたかったのだ。
現状、何も出来ていない自分と照らし合わせ、その時の感情が手に取るように分かるガーネであった。
(ガーネ、分かっているとは思うが・・・)
「はい。これ以上、皆を悲しませる訳にはいきませんから」
危ない真似はしない、そう仲間に誓う少女。
その弱々しい笑みを見て、クリスはガーネの頭を撫でた。
「クリスさん・・・?」
「そう、少しずつだ。少しずつ、成長していけばいいんだ」
基本的に『念話』でしか会話をしないクリスが肉声を発した事に、ガーネはとても驚いた。尊敬するジェウェラに対しては失礼のないようそうするが、仲間内でも彼に肉声で話し掛けられる事はほとんどないのだ。
だからこそ、それが自分を励ますための行動である事が分かった。
「ありがとうございます」
礼を言い、笑顔を浮かべる。
頭を撫でるクリスの手は優しく、もしかしたら彼には妹がいたのかもしれない、そんな事を考えるガーネなのであった。
「――と、まあ。こんな感じの作戦なんですけど」
来たる冥王国軍との戦いに関して、自身の考えた作戦を説明し終えると、エンデバーは他の者の顔を見渡した。
場所は、とある会議室――として使っている酒場の中である。
参加者は各々の属する部隊毎に分かれて座っており、グレン達もエルフの代表として3人で卓を囲っていた。他にも、いくつかの騎士団の団長と副団長が出席している。
ここに来る前に出会ったジグラフは、『黄龍鉄騎猛攻騎士団』の団長との事であった。
では、エンデバーの属する『黒虎精鋭明峰騎士団』の団長は誰であろうか。
その人物は勢いよく席を立つと、説明を終えたエンデバーに向かって大きな拍手を送っていた。
「素晴らしい!素晴らしい作戦ですよ、エンデバーさん!」
そう称賛を送る彼女こそが、若干17歳にして『黒虎精鋭明峰騎士団』の団長を務める少女――セノシィ・ジニカである。
とは言っても、彼女には何ら特別な所はない。
身長も小柄な方であるし、魔法に秀でているという訳でもなかった。
ではどうして団長という位に就いているのかと言うと、『黒虎精鋭明峰騎士団』を結成した人物だからである。
テュール律国の騎士団は、立ち上げようと思えば誰でも可能なのだ。
運用資金と人員――それらさえあれば、ちょっとした手続きで騎士団の出来上がりである。その後は、自警団として活躍するも良し、他国との争いに参加するも良しといった感じだ。
『騎士団』という呼び方も、かつて4か国が1つの国であった時に存在していた呼称をそのまま用いているに過ぎない。正義感や名誉欲によって、テュール律国の騎士団は作られているのだ。
要は、フォートレス王国の騎士団とは何もかもが違うという事である。
その最たる部分が、騎士団ごとに階級が分けられている点だろう。
結成された騎士団は、その働きぶりに応じて得点が与えられ、それが一定数まで達すると昇格する事が出来る制度となっている。上位の騎士団になればなる程、名が知れ渡るようになり、国から様々な援助を受ける事が出来た。
そして、セノシィが結成した『黒虎精鋭明峰騎士団』は活動を始めて2年の新人である。数も少なく、戦力に乏しい。
それでも今回の冥王国との戦いに参加を持ち掛けられたのは、エンデバーがいたからであった。
彼の戦術の巧みさはテュール律国では有名であり、『黒虎精鋭明峰騎士団』の名を広めたのも全て彼のおかげであると言って良い。
だからこそ、団長であるセノシィはエンデバーを高く評価していた。
「流石はエンデバーさんです!これはもう、勝ったも同然ですね!」
「いや、お嬢さん。俺の作戦も絶対ではないですから」
「いえ!勝ちます!正義は絶対に勝つんです!」
この少女に対するグレンの第一印象は、やたら元気な娘、といった感じである。
落ち着きがないというか、今すぐ走り出そうというか、とにかく元気なのだ。
彼女の強い正義感と行動力が騎士団を作り出す動機となり、それだけの財と人望を少女は持っていた。ただ、それら全ては資産家である親の物であり、活動資金のほとんどもそこから出ている。
そのため、両親からは御目付け役として執事を1人同伴させる事を義務付けられていた。
「言っておきますが、お嬢様は戦場に出る事を許可されておりませんので」
そう言った人物は、同じ執事であるヴァルジと比べて随分と若い青年である。
20代前半なのは間違いのない、紳士服に身を包んだ高身長の若人だ。年季の入った眼鏡をきらりと光らせながらセノシィを睨む眼差しからは、主からの命を絶対に遵守するという決意が見えた。
「な・・・なんでですか、コーリー!?今回のような大舞台!団長である私が前に出なくて、誰が出ると言うんですか!?」
「お嬢様以外のどなたか、です」
「私の代わりを務められる者がいるんですか!?」
「そうですね。では後で、人形でも編んでおきましょう」
「馬鹿にしていますね!?馬鹿にしているでしょう!?」
「いえいえ、そんな。大恩ある旦那様の御息女が、こんなにも馬鹿――失礼。元気な馬鹿かと思うと心が誇りで満たされます」
「言い直してもあんまり変わっていませんよ!」
とりあえず、このやり取りで彼女達の関係が分かった。
「すいませんね、皆さん。お嬢さんとコーリーさんは、いっつもこんな感じなんすよ」
そして、会議の場での騒動をエンデバーが謝罪する。
それは主にグレン達に向けた謝罪であり、他の者には馴染みのある物のようだ。
「あの2人はほっとくとして、だ。皆、エンデバーの作戦について異論はあるか?」
これこそ騎士団をまとめる者とでも示すかのように、ジグラフが他の騎士団長に問い掛ける。この場には『黒虎精鋭明峰騎士団』と『黄龍鉄騎猛攻騎士団』の他に、『橙狼理応天命騎士団』と『白鳳蓬莱荒天騎士団』が参加している。
全ての騎士団が集まっていない理由は、他の2か国と同じように国境沿いでの戦いに赴いているからなのだとか。おそらく、律国を攻略する主力部隊を援護するための動きであろう。
『黄龍鉄騎猛攻騎士団』を除くと、比較的人数の少ない騎士団が集まっており、街から離れて潜伏している戦力を合わせても総勢1万といった所である。
一先ず、グレンは誰がどの騎士団に所属しているのか、どの騎士団がなんという名前なのか覚えるのを諦めた。加えて、以降の会話の中で誰が何を話しているのかも気に留めないと決める。
「特に異論はない」
「俺は少し質問がある。ジグラフ率いる『黄龍鉄騎猛攻騎士団』の実力を疑う訳ではないが、冥王国軍が我が国の民を進軍時の壁としているならば、側面からの攻撃を仕掛けてはみたのか?」
「無論だ。しかし、奴らも馬鹿ではない。そこはがっちり固めている」
「そうか」
「一応聞いておくが、民を無視しての攻撃は――」
「ない」
「ま、当然か。サロジカ代表の指示?」
「ああ。そうでなくとも、罪なき人々は救わなければならない。見捨てるという選択肢はないぞ」
「さすが。階級1位の騎士団を率いているだけある」
「そんなものは関係ない。それに1位と言っても、今まで何も出来ずに終わっている」
「民間人を人質にされちゃあ動けないよね・・・」
「そう言えば、さっきの作戦で気になる所があったんだけど」
「なんでしょう?」
会話が飛び交う中、作戦立案者であるエンデバーが聞いた。
「エルフの作った罠を使うのは分かったけど・・・これだと、捕まってる一般人に被害が出ないか?」
「それはもう仕方ないと思うしか。下手したら腕や足の骨が折れるくらいはあるかもしれないですけど、捕まったままよりは良いって事で」
「まあ、批判は全部、サロジカ代表が引き受けてくれるでしょ」
「同盟国との関係も上手くいってないのに・・・可哀想・・・」
とりあえず、そこで質疑応答は終了となった。
エンデバーの立てた作戦の内容に関して大した質問が出なかった事から、かなり信用されている事が窺える。
「そんじゃあ、俺から質問」
そして、今度はその彼から質問が出た。
「ニンフィノフィロフェルフィンさん。貴女方エルフの使う術法なんですけど、『作る』のにどれくらいの時間が掛かるものなんですか?」
エルフ特有の長い個人名を一度聞いただけで覚えていたエンデバーに対して、グレンは素直に感心する。察しの良さといい、もしかしたらアルベルトと同じくらいに頭が切れる人物なのかもしれないと思った。
「物によるとしか言いようがないな。手の平に乗るような物ならば一瞬で作れるが」
聞かれたニノが臆せず答える。
「へえ。試しに作ってみてもらって良いですか?」
「ああ、構わない。そこの花を使わせてもらうぞ」
そう言うとニノは立ち上がり、窓辺に置かれている花瓶に近づいて行く。エルフ族の使う術法は、植物が持つ『魔素』を用いて発動するため、花や草木が必要不可欠なのだ。
「それで、何を作って見せれば良い?」
花瓶から花を取り出したニノが、エンデバーに問う。
彼はほとんど間をおかず、
「え?じゃあ・・・女物の下着とか?」
と答えた。
すかさず、セノシィが指を突きつける。
「変態ですね!エンデバーさん!」
「勘弁してください、お嬢さん・・・。俺も、自分の口から出た言葉に絶望しているんですから・・・」
思わず出た言葉が『女物の下着』であった事に、エンデバーは軽い自己嫌悪に陥っていた。
そんな彼を他所に、ニノは黙ったまま席に戻って来ると、グレンに声を掛ける。
「ねえ、グレン」
「まあ・・・なんだ・・・。彼も冗談で言ったんだ・・・。あまり、腹を立てないでやってくれ・・・」
エンデバーのために精一杯の言い訳をするグレン。
先程の彼の発言は女性が聞かされれば気分を害するものであり、ニノも苛立ったと考えたのだ。
「?――何を言っている?」
「ん?違うのか?」
しかし、ニノは特に何も感じていないようであった。
そして、その理由は次の台詞で判明する。
「私はただ、『したぎ』とは何かと聞きたかったんだ」
その台詞が発せられた瞬間、場が軽くざわついた。
「え・・・?じゃあ、エルフって・・・」
といった感じの言葉が口々に発せられ、聞かれたグレンもどう答えたものか困惑してしまう。しかし、エルフ族の中では別の呼称があるのだと判断し、ニノに向かって説明をした。
「エルフ族では何と呼んでいるのかは分からないが、衣服と肌の間に着る面積の小さい服の事だ」
「いや、私達はそのような物を身に着けないが?」
その発言によって、場のざわつきは加速する。
特に男達の動揺は顕著であり、グレンも原因の分からぬ汗を掻いていた。今までのニノとのやり取りが、なんだか如何わしい思い出として呼び起こされる。
「どうした、グレン?汗なんて掻いて」
「い、いや・・・なんでもない・・・」
どうしてもニノの胸や下半身に視線が向きそうになるのを、グレンは必死になって抑えた。他の男達も同様の状態であり、ヴァルジやコーリーという執事組が落ち着いているくらいである。
異種族間における相違に関して、一番の衝撃的事実であった。
「と、とりあえず・・・匙とか作ってもらっても良いですかね・・・?」
事の発端となったエンデバーが無理矢理にでも話を戻す。
強引ではあったが、そこに異論を挟む余地はなく、皆も同意した。
「それくらいならば・・・出来たぞ」
本当に一瞬の出来事であった。
花を持つ手と逆の手の平が輝いたかと思えば、そこには木でできた匙が握られていたのだ。至って平凡な一品であり、今いる酒場の台所にもありそうな代物ではあったが、それを取りに行く暇などは絶対になかった。
つまり、間違いなくニノが作り出した物である。
「おお!すごいです!」
それを見た全員が驚いたが、特にセノシィが大声を出した。目が輝いており、ニノの見せた現象に尊敬の念を抱いているように見える。
「大したもんですね。大体、花1本で匙1本みたいな感じですか?」
「そう聞かれると答えにくいな。明確に決められた基準がある訳ではないんだ」
エンデバーからの質問に対して、ニノは答える。
魔力と同様に魔素も量が数値化されていないため、エルフにもはっきりとした事は分からなかった。
「いや、そういう事なら仕方ないっす。でも、これなら準備に余裕がありそうっすね」
「おいおい。だからと言って、のんびりはしていられないぞ」
「分かっていますって、ジグラフ団長。早速、これから取り掛かってもらいますから」
「そうしてくれ。――えっと・・・ニンフィノ・・・さんも頼んだ」
ニノの本名を覚えきれなかったジグラフは、途中ではぐらかしながら頭を下げる。言われたニノも、了解したと頷いた。
これにて、作戦会議は終了である。
「ちょっと待ってください!」
しかし、そこでセノシィがいきなり大声を出した。出会った時からの変わらぬ元気さであったが、表情にかなり真剣味が見える。
「どうしたんですか、お嬢さん・・・?」
「今、重大な事実に気付いてしまいました!」
なんだ、とエンデバーは訝しむ。もしかしたら、少女にしか気付けなかった作戦の欠点を見つけたのかもしれない。
皆の視線がセノシィに集中する。
少しだけ緊張感が高まった中、少女はこう叫んだ。
「エンデバーさんって!ジグラフさんの事は『団長』って呼ぶのに、私の事は『団長』って呼んでくれていません!」
「皆様、大変お騒がせしました。お嬢様には後できつく言っておきますので、どうぞ御退出なさってください」
そして、すぐさまコーリーの謝罪が入る。
2人の寸劇によって、場の緊張感は完全に霧散してしまった。
「じゃ、じゃあ・・・解散で・・・」
締まりのない終わり方であったが、ジグラフの言葉で今度こそ本当に作戦会議は終了となる。
そのすぐ後、ニノ率いるエルフ隊は戦闘の準備をするため、エンデバー達と共に戦場予定地へと赴く事となった。
冥王国軍の斥候を警戒しながらの移動と準備であったため時間は掛かったが、その日の内に万事滞りなく完了する。
これなら自分の出る幕はないかもな、とグレンが思ってしまう程に順調な滑り出しであった。
あとは、実際に冥王国軍が攻めて来るのを待つばかり。その時こそ、ニノの仇であるグンナガンを討つ機会となる。
例えどこにいようと、誰に守られようと必ず討ち取る。
その時を、腰を据えて待つばかりであった。




