4-12 帰郷
『三か国会議』の翌日、グレン達はジェイク隊と共に天示京を発つ。今は、エルフの森がある山の中を行進している所であった。
交渉の場において、なんとか獲得した同盟参加の機会。テュール律国に攻め入るシオン冥王国軍を撃退する事で、晴れてエルフ族は三国同盟に加わる事が出来るのだ。
それを成し遂げるため、グレン達はエルフ族の戦士を率いてテュール律国へと向かわなければならなかった。戦えない者達は全員、ジェイク隊の手引きによって天示京にて保護される約束となっている。
エルフ族の力は微弱であり、戦力としては頼りない。そのため自衛では不安が残り、このような形に落ち着いた。
兎にも角にも、最終目標は同盟参加である。
ロディアス天守国、テュール律国、ブリアンダ光国――3つの大国の内、どれか1つでもエルフ族を受け入れてくれるのが最善。
防衛力のないエルフの森を出て行かなければならないため、食料と居住区画の確保が必要なのだ。
一族全員を連れての大移動も選択肢としてはあったのかもしれない。しかし、それは非常に目立つ行動であり、全てのエルフを現状以上に危険な目に遭わせる可能性の方が高かった。
また、遠い異国でもエルフは虐げられる対象なのかも知れず、その行動が裏目に出る事も考えられる。ならば共通の敵に苦しむ今が、関係国との信頼関係を築く好機であり、そのために必要な助力は惜しまなかった。
今回はその一環。
エルフ族の代表であるニノにも、力が入っているに違いない。
「そう気を張るな、ニノ。初陣は恐ろしいものだが、お前には仲間がいる。孤立せず、なるべく有利な状況で立ち回るよう心掛けるんだ。そうすれば、簡単には死なん」
エルフの森への道中、グレンがニノに助言をする。
自分のすぐ隣を歩く彼女が怯えているように見え、保護者のような心地になっているグレンは励ましてやりたくなったのだ。
「そうであるよ、エルフ殿。吾輩も初陣は緊張で心臓が飛び出しそうであったのであるからして」
続くようにジェイクも言葉を掛ける。
彼は2人の後ろを歩いており、その隣にはヴァルジがいた。
「そう言えば、私にとっても初陣ですな。ほっほっほっ。ニノ殿と一緒です」
「なんと!ヴァルジ殿は今まで戦場に立った経験がないのであるか!?」
ヴァルジの過去に興味があるジェイクは、耳聡く老人の言葉に反応する。同じ初陣であるのにも関わらず、ニノとは異なり余裕綽々なのも興味深かった。
「恥ずかしながら、そうなのです。いやはや、足手纏いにならないようにしなければ」
老人の発言に対し、グレンだけが心の中で否定をする。
ヴァルジ程の実力者がそこまでの謙遜をすると、軽い嫌味にしか聞こえなかった。
「いやいや!かつて『光の剣士』と同等以上の勝負が出来たのであれば、そのような心配など不要なのである!ヴァルジ殿ならばきっと『戦武勝章』を頂けるのであるよ!」
母国を離れて何度目だろうか、グレンは聞き慣れない単語を耳にする。
一々聞き返すのも面倒になったため、そこには触れないでおいた。おそらく、最も武勲を上げた者に対する褒章みたいな物だろう。
「ところで、ジェイク。これから協力に向かうテュール律国なんだが、どれ程の戦力を有しているんだ?」
テュール律国について、グレンはジェイクと初めて会った時に少しばかり話を聞いている。これといって特徴のない国であり、『天子』や『光の剣士』などの特別な存在はいないようであった。
加えて、冥王国に押し込まれているという事もあり、戦力はあまり期待できそうにない。
「頼もしい騎士団がいくつもあるのであるよ」
しかし、ジェイクはグレンと真逆の評価をしていた。
「テュール律国には、複数の騎士団があるのか」
「グレン殿の国では違うようであるな?」
「ああ。私の国では、王国騎士団と呼ばれる部隊のみだ。騎士団団長と副団長が1名ずついて、その下に分隊長が何人かいる」
「テュール律国も似た様な物なのである。団長と副団長がいて、それが幾つもある感じなのであるよ」
「そう言えば昨日、律国の代表が名前を出していたな」
「『黄龍鉄騎猛攻騎士団』に『黒虎精鋭明峰騎士団』なのである」
よく覚えているな、とグレンは感心した。
「他にも、『白鳳蓬莱荒天騎士団』や『紅犀常翔円槍騎士団』、『蒼狐豪蘭旋回騎士団』などがあるのである」
本当によく覚えているな、とグレンはさらに感心した。
などが、と言い表したのだから、まだまだあるのだろう。
「な、なるほど・・・。それで、その者達の実力はどれ程のものなんだ?」
「どの騎士団も中々に侮れないのである。単体で見れば突出した者はいないのであるが、平均的な武力で言えば同盟国でも高い水準なのであるよ」
「ほう。冥王国はそのような者達をも上回るのか」
だとしたら敵国への評価を改める必要がある、とグレンは考えた。今まで出会った冥王国兵は、おそらく末端の者だったに違いない。
戦士として、相手を過小評価する事は厳禁であった。油断や慢心によって敗北するなど、往々にしてある事なのだ。
「無論、普通に戦えば優勢なのである。しかし、テュール律国を攻めるは冥王国の将軍『いたぶり尽くせり』グンナガン・ピィラハブ。個の戦力としては平凡であるが、手段を選ばぬ戦い方により多くの戦果を上げている者なのであるよ」
グンナガンの名前が出た事もあり、グレンはニノの様子を伺う。
会議の時はふらつく程の動揺を見せた彼女であったが、今回は何ともないようであった。足取りも確かに、前を見据えている。
その事に安心したグレンは過剰な反応をしない方が良いと思い、自然な形で会話を続けた。
「手段を選ばない戦い方か・・・。参考までに、どういった事があったか教えてくれないか?」
そう言われ、ジェイクは眉間に皺を作った。
「吾輩が実際にやられた訳ではないのであるが、口にするのも憚られるものなのであるよ・・・。捕らえた敵国の民を盾として進軍したり、冥王国を裏切ったと思わせて侵入した街に軍を招き入れたり・・・。卑怯、卑劣と罵られても仕方のない行いばかりしているのである・・・」
「なるほど。勝てば良いという思考の持ち主か」
それを聞き、グレンは丁度良いと考える。
心置きなく、ニノと彼女の家族のために仇を討てるからだ。
「その者、戦いの矜持という物を分かっていないようですな・・・」
そう零したのはヴァルジである。誰にともなく発した言葉であり、そこから彼がグンナガンの所業に怒りを覚えているのが分かった。
正々堂々戦う事を良しとするヴォアグニック武国の者ならば、当然の反応である。
「正にその通りなのである、ヴァルジ殿。いかに戦と言えども、何をしても良い訳ではないのである。天守国の民がそのような目に遭うかもしれないと考えただけで、恐ろしさが込み上げてくるのであるよ」
想像しただけで心を痛めたジェイクは視線を落とす。
そんな彼を安心させるために、グレンは言葉を掛けた。
「安心しろ、ジェイク。そいつが天守国の脅威となる前に、我々が必ず倒す」
「おお!頼もしいのである!他力本願で申し訳ないのであるが、そうしていただけると非常に助かるのであるよ!」
この時、ジェイクの笑顔を振り向き気味に視界に納めながら、グレンは隣を歩くニノの様子も確認していた。先程から何度かこちらを見て来てはいるのだが、会話に入って来ずに黙ったままなのだ。
実を言うと、ニノとは昨日の会議を終えてから言葉を交わしておらず、何も語れない程に精神に過度な負担が掛かっているのでは、とグレンは危惧していた。ここ数日で今まで味わった事のない密度の経験をしており、それが人間との交流を断ってきたエルフであるならば相当な心労になるだろう。
「ニノ。大丈夫か?」
あまり大袈裟に聞こえないように、グレンはニノに声を掛ける。彼女は相も変わらず外套で全身を隠しているため表情を窺い知ることが出来ず、彼の言葉にも反応を見せなかった。
黙ったまま、歩き続ける。
「おい、ニノ」
その様子に心配の度合いを増したグレンは、再度ニノに声を掛けた。しかし、やはり反応はなく、2人のやり取りに後ろを歩くヴァルジとジェイクも訝しむ。
「ニノ、私の声が聞こえているか?」
極度の緊張によって意識が朦朧としているのかもしれなかった。
宿敵グンナガンとの戦いが待っているのだ。そうなったとしても不思議ではない。
ニノの意識を確認するため、グレンは彼女の肩を掴んだ。
「――ふなっ!」
その瞬間、ニノが奇妙な声を上げる。続いてグレンの手を払うように体を振り向かせると、少しばかり距離を取った。
予想以上に過敏な反応をされ、グレンの体が固まる。そんな彼に向かって、ニノは怒りの込められていない大声をぶつけた。
「グレン!お前!約束!昨日の約束!!」
余程驚いたのか、ニノは少し乱れた言葉を放つ。
「な、何の事だ・・・?」
「私が『良い』と言うまで触れるなと言っただろうが!!」
確かに言われた。
しかし、たかが肩に触れただけである。わざわざ許可を取るような行動ではないし、そこまでの反応をされる理由もないと思われた。
「すまない・・・」
が、グレンは謝罪する。
こういった場合、立場的に男が弱い事を知っているのだ。
「あ・・・!いや・・・!何も謝罪するような事ではない・・・!」
「しかし、お前の気分を害してしまったようだ」
「害してなどいない・・・!別に、お前に触れられる事が嫌な訳ではないからな・・・!」
「ん?それはどういう――」
「うるさい、馬鹿!!」
ニノの鉄拳がグレンの腹に打ち込まれる。相変わらず痛くも痒くもないが、出会ってから一番元気のある拳を受け、グレンはニノの状態が万全である事を察した。
「後ろがつかえている!私は先に行くぞ!」
そう言い放ち、ニノは足早に歩を進める。
エルフの森への入り口がある山に関しては彼女が一番詳しいため、2人が先頭になって進んでいたのだ。彼らが止まれば後ろも進めなくなるのは必然であり、グレンもニノの後を追うように足を動かす。
「もし。ヴァルジ殿」
「はい?なんでしょうか?」
グレンとニノのやり取りを間近で見ていたジェイクは、同じように観察していたヴァルジに声を掛ける。
「エルフ殿は、もしやグレン殿の事を好いているのでは?」
「おや。やはり、そう思いますか」
「あの態度と言動。そう思わない方がおかしいのである」
2人は少し距離の離れたグレンとニノの背中を見る。
「まだ出会って数日なんですが、グレン殿は思ったよりも手が早いようで」
「いや、それは少し違うと思うのである。拝見する限り、グレン殿は包容力のある御仁なのであるよ。そういった所が、ニノ殿の恋心を刺激したに違いないのである」
加えて、ニノの窮地には必ず傍にいたというのも大きいのだろう。先程は冗談半分で『手が早い』と表現したヴァルジであったが、それが答えであると判断している。
何にせよ、面白い展開になって来たと思うのであった。
「とりあえず、生温かく見守っていきましょう」
「そうであるな」
そう結論付けた2人であったが、実はこの会話、ニノには聞かれていたのだ。エルフの耳の良さをヴァルジが失念していた訳ではなく、聞かれても良いと判断したためである。
結果どうなったのかと言うと、エルフの森に着くまでニノは絶対に素顔を晒さず、グレンとも一切口を利かなかった。
彼女がエルフの仕掛けた罠を素早く解除した手際をグレンが褒めても、そそくさと歩くだけで何の反応も示さない。
ただ、嬉しくない訳ではない事だけは確かであった。
エルフの森には、グレン達3人とジェイクだけで入る事とした。あまり大勢を入れると、事情を知らないエルフ達が驚くと思ったからである。
天守国の兵士達は森への入り口前で待機させ、見張りのエルフ達と共に警備に当たる事となった。
再びエルフの森を訪れる事になったグレンは、相も変わらぬ美しい自然を目にする。
「おお!なんと美しい自然であるか!」
初めてここを訪れたジェイクも、同じような感想を持ったようだ。
そして、ニノが彼を連れて帰ってきたことから、他のエルフ達の表情が明るい。おそらく、同盟参加が成功したと思っているのだろう。
そうではない事に気を病みながらも、一同は族長であるクロフェウの家に辿り着く。
使用人であるマキに案内され、グレン達はクロフェウと再会し、これまでの進展を報告するのであった。
「――感謝する」
ニノがこれからの方針を説明し終えると、クロフェウがそう零す。
思わず出たといった感じの台詞であり、誰に言ったのかすら分からなかった。
「感謝する。ヴァルジ、そしてグレン殿。よもや、ここまで順調に話が進むとは思ってもいなかった。我々エルフだけでは、そのような条件を得るまで至らなかっただろう。エルフ族を代表して、2人の名を末代まで残す事を、ここに誓う」
それは、エルフなりの恩返しなのだろうか。長命である彼らが末代まで伝えると言うのだから、相当長い年月を渡る事は間違いない。
物には代えられぬ無形の名誉。慎ましやかな生活を送るエルフならではの報酬である。
「そして、ロディアス天守国のジェイク殿。貴殿にも感謝させていただく。我らの儚き願いを最初に聞き入れてくれて、本当に有り難いと思う。同盟参加が叶った暁には、貴殿の名も同等の扱いをすると約束しよう」
「結構なのである。吾輩は、すべきと思った事をしただけなのであるからして」
実質的に一番の功労者でるジェイクに対しても、クロフェウは謝意を述べた。しかし、それをジェイクは当然の行いと謙遜する。
やはり素晴らしい人物だ、とグレンは改めてジェイクを評価した。
「ならば、我らも貴殿の助力を無駄にしないように尽力せねば。――ニノ。戦える者達に、準備をするよう伝えておいてくれ。明日にでも、ここを発ってもらう」
「分かりました」
クロフェウの指示を了解すると、ニノは部屋を出て行く。
族長は続いて、戦えない者達への対処を相談し始めた。
「他の者達だが、天守国の京への避難という事で宜しいか?」
「問題ないのである。族長殿は、どうなさるのであるか?」
「ニノ達に付いて行きたいのは山々だが、私などでは戦力にならない。大人しく、天示京という街に移らせてもらう。もっとも、ヴァルジやグレン殿がテュール律国へ同行してくれると言うので、心配はしていないが」
その発言に、ジェイクは心の中で2人の実力に対する興味を増幅させる。
戦士ゆえの性なのか、未知数のグレンと隠された実力を臭わすヴァルジの戦闘力について、いつかは教えて欲しいと思っていた。
だが、今はそんな事をしている場合ではないと諦める事にする。
「2人とも。重ね重ね申し訳ないが、孫達をよろしく頼む」
「はい」
「承りましたぞ」
クロフェウの頼みに、グレンとヴァルジはそれぞれの言葉で承諾した。
それを受け、族長は再びジェイクに顔を向ける。
「では、ジェイク殿。早速、避難を開始してもらいたい。女や子供の足では、時間も掛かると思われるからな」
「了解したのである。荷物をまとめ次第、外の森にまで出て来て欲しいのである。エルフ達を囲むように移動したいので、なるべく遅れないようにしていただけると助かるのであるよ」
「承知した。里の者には、私から言っておこう」
そう言うと、クロフェウは立ち上がる。
他の者も、それに続いた。
「クロフェウ。私も手伝いましょうか?」
人間と比べて小規模なエルフ族と言えども、情報を伝えきるには人手がいる。里の者達に手伝わせる気なのだろうが、ここは1人でも多く増員をして、一刻も早く移動を開始した方が良いだろう。
そのため、ヴァルジは助力を申し出た。
「やってくれるか。帰ってきたばかりだと言うのに、すまない」
「ジェイク殿ではないですが、この程度の事、感謝される程のものではありません。私達は友でしょう?」
「ああ。素晴らしい友だ」
そこで、クロフェウはある事を思い出した。
「そう言えば――」
「ん?どうしました?」
友情を確かめ合うような良い感じの雰囲気の中、肩透かしを食らいながらもヴァルジは問う。今ここで言わなければならない事ならば、重要な事に違いない。
「お前以外にも友が訪れたのであった」
「ほう・・・!」
重要ではなかったが、意外な事実であった。
「お前と出会う以前に知り合った者だ。その者も、偶然ここに入り込んでな。なんでも当時、1人になれる場所を探していたらしい」
「それはまた愉快な理由で。訪れたのは、その方1人だけですか?」
「ああ。他の者には手紙が届かなかったようだ。おそらく、亡くなったのだろう」
エルフと比べて、人間は遥かに短命である。
そのため、彼らエルフ族は人間と知り合うと、ほぼ確実に残される側になるのだ。クロフェウの友人の中で最も若いと思われるヴァルジが白髪の老人であるため、他の者ならば死んでいても不思議ではない。
しかし、残り少ない友人の1人が訪れているのだと言う。
「それで、その方は今どこに?」
「魔素で造った工房で武器を製作してもらっている。我々でも形ばかりの物を作る事は可能だが、やはり出来が違うようだからな。彼は本職の刀匠で、名をアズラ=アースランと言うのだ」
「――アズラ=アースラン!?」
クロフェウが放った名前を聞き、即座にグレンが色めき立った。
あまりの反応に、他の3名は目を点にしている。それに気付かず、グレンは興奮を爆発させた。
「今、アズラ=アースランと言いましたか!?アズラ=アースランとは、あのアズラ=アースランですか!?アズラ=アースランが、ここにいるんですか!?」
「ど、どうしたのですか・・・グレン殿・・・?」
今まで見た事のないようなグレンの必死さに、ヴァルジは完全に戸惑う。
他の2人も、あまりの豹変ぶりに困惑していた。
「そのアズラ=アースランという人物を御存知なのであるか、グレン殿?」
「知らないのか、ジェイク!?信じられん!有名人だぞ!いや、偉人と言っていい!」
「ほほう。何をした方なのですかな?」
「数々の名刀を世に送り出した方です!」
そこで他の3人は「ん?」といった表情を取る。
それがどれだけ凄い事なのか、価値観の違いから分からなかったのだ。
「赤子でも鉄を斬ると言われた『夜櫻』、ミスリルを使って正に波のように見事な刃文を現した『發長志』、持っているのを忘れてしまう程に軽い『流浪』、斬った相手を逆に癒す『返り坂』、取引にて歴代最高値が付いた『境・義正丸』!時に実戦的、時に美術的、そして時に独創的な刀を打つ名匠!それが、アズラ=アースランなんです!」
グレンの畳みかけるような解説に、3人は呆気に取られていた。
ここまで感情を曝け出すグレンは珍しく、違和感すら覚えてしまう。出会ってから僅かな時しか経っていなくとも、彼の性格のおおよそを窺い知ることは容易く、それと大きくかけ離れた行動には少しだけ引いてしまっていた。
「あ・・・・!」
それを3人の表情から読み取ったグレンは、自分がいかに恥ずかしい行いをしていたかを察し、一転して黙り込む。
装備の事となると熱くなりやすいグレンであったが、今回は彼が一度は会ってみたい人物が傍にいるという事もあり、それが増幅していた。
「す、すいません・・・つい、熱く・・・」
「いえいえ。面白いものが見れました。グレン殿は、そのアズラ=アースランという方を尊敬しているのですな」
いち早く立て直したヴァルジが、グレンの興奮ぶりをそのように表現した。
かなり優しい言い方であり、騒いだグレンは心の中で老人に感謝する。
「だったら、会いに行ってみてはどうかな?」
「え・・・?」
続くクロフェウの提案に、グレンは戸惑う。会いたい事は事実であったが、作業の邪魔になるかもしれないと二の足を踏んだ。
グレンの勝手な印象だが、アズラ=アースランという人物は孤高の刀匠であるに違いないのだ。先程クロフェウからもそれを裏付けるような発言がされており、押しかけて迷惑にならないか心配であった。
「避難の指示は私達でやっておくので、どうぞグレン殿はアズラ=アースランという方に会いに行ってください」
「マキに案内させよう。他の者の避難準備が完了次第、迎えを向かわせる」
年輩者達の気遣いを受け、ついにグレンもアズラ=アースランと会う事を決める。
「分かりました。お気遣い感謝します」
そう礼を述べると、マキと共にアズラのいる工房へと向かって行った。
エルフ達の大部分が暮らす集落から外れ、グレンはマキと共にアズラの工房までやって来る。
とは言っても簡素なもので、火炉や金床が屋外に放置されているだけであった。異空間に作られた『エルフの森』は年中穏やかな気候のため、雨風を防ぐ屋根や壁もない。
そして、そこにはアズラもいなかった。
「どこかに行っているのかしら?」
客人の不在を訝しむマキが辺りを見回す。開けた場所に工房はあるのだが、周りには木々が生い茂っており、遠くまでは見渡すことが出来なかった。
しかし、グレンは一点を見つめる。
少し距離はあったが、こちらに近づいて来る気配を察知していたのだ。
緊張と期待を胸に抱きながら、グレンは目的の人物が姿を現すのを待った。
そして、草木を掻き分ける音が2人のもとまで届くくらいになると、マキもそちらに視線を移す。腰に手を当て、姿の見えなくなった客人を叱る様に待ち構えた。
がさっ、と葉を揺らし、1人の男が姿を現す。
(おお・・・!)
白く染まり切った長髪、同様に白く長い髭、そして外見など気にしていないような野暮ったい服装。体や髪のあちこちに木の葉を付けている姿はだらしなくもあったが、グレンには些末な事など気にしない浮世離れした寛容さに見えた。
長身に加えて細身であるが筋肉質であり、王国の職人ジオンドールとはまた違った風格を漂わせている。眼差しは鋭く、グレン達の突然の来訪に気分を害しているようにも思われた。
しかし、グレンはそれすらも評価する。
彼が思い描いていたアズラの人柄は、他者との関わりを嫌う孤独な刀鍛冶であったからだ。
刀を打つ事にのみ生涯を費やすような、そんな『匠』とも言うべき人物。それがグレンの中でのアズラ=アースランであった。
そして、今目にしている人物は正にそれと一致している。そのため、グレンは表現できない程の興奮を覚えており、エルフを初めて見た時以上の高揚感を抱いていた。
「あ、あの・・・」
まずは、突然の来訪を謝罪した方が良いと思ったグレンは口を開こうとする。しかし、昂ぶった精神は上手く言葉を紡いではくれず、なんと言おうか考えてしまった。
「アズラ!また、そんな汚くして!洗濯するのは私なのよ!」
そんな彼の躊躇を知らず、マキが客人のずぼらさを叱る。まるで子供を窘めるような言い方であり、グレンは大いに驚いた。
年齢的に上だから、という理由なのだろうが、それにしてももう少し相応しい言葉遣いをするべきだ。
アズラがどれだけ崇高な存在であるか、それを知らないのは仕方ない。人間と関わりをもたないエルフが、その中における彼の評価を知る事など出来ないからだ。
しかしアズラの風貌から、並外れた凄みを感じ取るくらいはするべきである。失礼や無礼とまでは言わないが、尊敬する人物が下に見られるような事態は、グレンとしても快くなかった。
だが、彼女がそんな態度を取った理由はすぐに判明する。
「申し訳ねえ、マキさん。ちょいと水を汲みに行ってただけんのう」
「だからって、草木を掻き分けて行く必要はないでしょう?この森にはしっかり道もあるんですからね。暮らしている場所の整備くらい、私達だってするのよ?」
「んだんだ。すんげえ整ってた。だもんで、そこを荒らさねえよう避けて通って来ただよ」
「もう・・・相変わらず変な考え方をするのね、貴方は・・・」
手に持つ水筒を揺らしながら近づいて来るアズラに向かって、呆れたように言うマキ。
2人の会話を聞き、グレンは開口したまま唖然としていた。
言うまでもなく、実際に会ったアズラ=アースランが彼の理想とかなりかけ離れていたからである。生まれがどこか知らないが、訛りがひどい。加えてマキの言葉通り、変わり者なようだ。
「がっかりしたでしょう、グレンさん?この人、貴方が尊敬するような人じゃないのよ」
それを見たマキが、グレンの傷心を慰めてくれる。
「あんだあ!?俺以外に人間がおるでねか!?まさか冥王国とか言う連中か!?」
「違うわよ。こちらは族長様の知り合いのお仲間さん。グレンさんって言うの」
「おお、おお!クロフェウが言ってた連中だか!『グレンサン』なんて可笑しな名前だ!『グレンサンさん』って呼べばいいだか!?」
冗談なのか本気なのか、そう言ってアズラは笑った。
外見の厳格さと異なり、内面はかなり愉快な人物なようだ。その点はヴァルジと似た様なものであったが、こちらはかなり子供っぽい。
グレンは己の中にある理想が崩壊していく音を聞いていた。
「ふざけないの。まったく、数十年でヴァルジは立派になったのに。アズラはほとんど変わらないわね」
「そりゃそうだべ!1人で刀打ってばっかりの奴が、立派な大人になんてなれんわいな!」
ひょっひょっひょっ、と特徴的なアズラの笑い声を聞きながら、グレンは自分を必死に立て直そうとする。
少し、理想が過ぎたのかもしれない。
絵に描いたような『匠』――そんな人物が実際にいると考えたのが間違いだったのだ。
寡黙で、孤独で、勤労。作業中に話し掛けたら怒鳴り散らされるような、会話を交わしても二言三言で終わらせてしまうような、誰もが思い描く職人として極まった人物像。
(そうだ・・・俺の理想が過ぎただけだ・・・)
そんな者はいない。
とりあえず自分の理想を引き下げる事で、その場を良しとするグレンであった。
「んで、俺に何か用だべ?」
「一応ね。でも、もう済んだかもしれないわ」
「ん?よぐ分がんねえな。まだ何もしでねえべよ」
「十分よ。それだけお茶らけてくれたら、グレンさんも考えを改めるでしょうから」
そう言って、マキはグレンの横顔を見る。
先程の思考によって、彼の表情もある程度は持ち直していた。
「い、いえ・・・。なんとか大丈夫です・・・」
「そう?グレンさんは見た目通りに逞しいのね」
見た目通りがどれ程重要か。
祖国では『英雄』として扱われる自分を、グレンは大切にしようと思うのであった。
「アズラ=アースラン殿・・・。お会いできて光栄です・・・。グレン=ウォースタインと言います・・・」
礼を失しないよう、グレンは僅かに頭を下げる。興奮は消え去っていたが、最低限の礼儀は示しておかなければいけなかった。
「おん!?その名前、もしかしで!フォートレス王国の英雄がい!?」
「え・・・?私の事を・・御存知で・・・?」
意外な事実だ、とでも言うようにグレンは問う。
しかし、別に不思議ではないだろう。高名な刀鍛冶の名が広まる様な文化圏ならば、強大な戦士の名が広まっていても違和感はなく、それをアズラが知っていても別段おかしい事ではない。
グレンは他国の者と接するのに消極的であるため、自分がいかに有名なのかを知らないのだ。
「当然だべ!聞く所によると、俺の刀を振るってるって話でねえか!いやいや、光栄なのはこっちの方だべ!」
アズラの言葉は、グレンの心にちくりと刺さった。
彼が打った『二刀一刃』を、すでにグレンは使っていないのだ。それどころか刀としての原型も留めておらず、鞘のみとなった姿で王都にある自宅に仕舞ったままである。
「も、申し訳ありません・・・アズラ殿・・・。貴殿の刀なんですが・・・その・・・」
「あん?ぶつくさ喋る奴だんな。もうちっとしゃきしゃきせいよ」
怒るというよりも注意といった感じにアズラは言う。
事実を告げるのが躊躇われたためにグレンは口籠っていたが、そうまで言われてしまっては真実を伝えるしかなかった。
「実は・・・貴殿の刀なんですが・・・折ってしまいまして・・・」
「はあ!?折ったあ!?」
アズラは目を見開いて驚いた。
自分の作品を台無しにされたのだから当然だ、とグレンは思い、続く叱責にも耐える覚悟をする。
「はあーー!おったまげたなあ!折っただけに、おったまげたなあ!」
しかし、アズラは冗談交じりに称賛とも取れる台詞を発した。
「一体、どうやったんだべ!?」
「え・・・思いっきり振り下ろしたら、ですが・・・」
「はあーーー!俺の打った刀を、普通に使っただけで折っただか!こりゃ、相当な馬鹿力の持ち主だな!英雄って言われるだけあんべ!」
自分の刀に自身があるのか、アズラは感心するように言った。
その行動に違和感を覚え、グレンは恐る恐る聞く。
「あの・・・怒ってはいらっしゃらないんですか・・・?」
「はあ?怒る?なして?」
「いえ・・・自分の打った刀を折られてしまったんですから・・・」
「そげな事、どうでも良いべ!むしろ、俺の方こそすまなかった!簡単に折れっちまうような物を世に出しちまって!」
「いえ!そんな!こちらこそ、もう少し丁重に扱うべきでした!」
双方それぞれの意見を述べつつ、謝罪の意味を込めて頭を下げ合う。
奇妙なやり取りだ、とエルフであるマキは思うのであった。
「そいで、ここには何しに来たと?折っちまった刀を直してもらいに来ただか?」
「いえ。一目、アズラ殿にお会いしたいと思いまして」
「俺にか?これまた珍しい奴だーのう!」
「そうですか?剣士ならば、稀代の刀匠と謳われる貴方に会いたいと思うのは当然だと思いますが」
「他の奴らは、そげな事を考えんでよ。俺の打った刀ば手に入れたら、それで満足よ。むしろ、そっちの方が俺も助かる」
「では、ご迷惑でしたか・・・?」
「今は平気だで。だどんも、刀打ってる間は集中したいがんな。なるべく邪魔されたくないんよ」
おお、とグレンは感嘆する。
少しばかり理想と違った人物ではあったが、職人としてアズラはしっかりと『匠』であった。
「流石はアズラ殿です」
「注意力散漫なだけだで。そのせいでエルフ達の武器、なんも作れてねんだからよ」
「え!?」
アズラの言葉に反応したのはマキである。
先程クロフェウから伝えられた情報では、アズラにはエルフ用の武器を作らせているとの話であったから当然の驚きであろう。
「アズラ!貴方、今までなにやってたの!?」
「ちいとばかし面白い物をクロフェウから渡されてよ。それをずっと調べとったんだわ」
「面白い物?」
グレンの呟きに対し、アズラは親指で後ろを指し示す。
彼の作業場に、その『面白い物』があるようだが、見ただけではよく分からない。
「どれでしょう?」
「あん?――ああ、そう言えんば仕舞ったんだっけが」
そう言うとアズラは作業場に向かって行き、手に持った水筒を地面に置くと、その場にしゃがみ込んだ。
そして、いきなり両手で地面を掘り始める。
「ちょっと、アズラ!何をやっているの!?」
老人の奇行にマキがたまらず大声を上げた。
グレンも同様の気持ちであったが、戸惑うばかりで何も口には出さない。
「ここに埋めたんだど」
「何を!?」
「『理弓』だで」
グレンには何の事だか分からなかったが、それを聞いた途端マキは怒りを露わにした。
「し、信じられない!何て事をしてるのよ!」
「誰かに盗まれちゃあ敵わんでよ」
「ここにはそんな事する人なんていないの!」
「万が一があんべ。無くしたら、クロフェウに怒られっちまうわな」
「地面に埋めても怒られるわよ!」
余程大事な物なのか、マキの怒り様にグレンは若干たじろぐ。
そして、埋められた物の正体を聞くため口を開こうとした瞬間、
「おお。あっだ、あっだ」
と、それよりも前にアズラが目的の物を掘り出したようだ。
ならば見た方が早いな、と判断したグレンは、それに視線を移す。振り向いたアズラの手には、1丁の弓が握られていた。
土塗れとなったそれは、比較的大きな木製の弓である。
しかし、奇妙な事に弦がない。光の加減で見えないだけかと思ったが、よく見ても糸は張られていなかった。
加えて、グレンはある事に気付く。
(この気配・・・!)
そう、アズラの持っている弓は魔法道具であったのだ。
しかも、並大抵の物ではない。
それからは、まるでグレンの持つ『英雄の咆哮』と同じくらいの力が感じられ、自然と心の中で戦慄を覚える。
「きゃー!土だらけじゃない!」
「そりゃ、土ん中に埋めてたらそうなるでよ」
「だったら始めから埋めないようにしなさい!」
「マキさん、相変わらず口うるさいだな。死んだおっ母さん思い出すでよ」
言われたマキは、アズラに向かって歩を進める。
『理弓』という名の弓に興味を持ったグレンも、その正体を探るべく後ろに続いた。
「貸しなさい!もう貴方には預けておけないわ!」
「待ってくんろ!まだ十分に調べ終わってねえだかんよ!汚れもほら――」
と言って水筒の蓋を開けると、中の水を弓に向かってかけた。だが量が少なく、水筒を空にしても汚れは残ったままである。むしろ水を吸い込んだ土が泥になり、余計汚く見えた。
「あ。しまっただ。俺が飲む分がなくなってしもた」
「貸しなさい!!私が綺麗にしておきます!」
もう見ていられなくなったマキは強引にでも弓を取り上げる。
多少不服そうな声を上げたアズラであったが、取り返そうとまではしなかった。
「すいません・・・。それは一体・・・?」
2人のやり取りが終わったと判断したグレンは、先程から気になっていた事を問い質す。
それに対しては、まずアズラが答えた。
「見れば分かんべ。弓だでよ」
「ただの弓ではないでしょ。――グレンさん。これはね、『豊穣の女神スース』が残してくださった物なのよ」
「女神・・・!?」
となると、やはり『英雄の咆哮』と同じ格を有している事になる。
一体どのような能力があるのか、グレンは非常に興味を持った。
「神様ん残した弓っちゅうても、使えるのはエルフだけだで」
「正確には、魔素を使える人だけ、よ」
「それの使用には魔素が必要なんですか?」
弓をまじまじと見ながら、グレンは問う。
「んだ。魔素を打ち出す弓なんだべ」
「実際にやってみた事は?」
「そう言えば、私が生まれてからの300年間、一度も使われたことがないわね」
「もったいな!これだけすんげえ物を持っといて、使わねえなんてもったいないべ!」
「そうは言っても、族長様がお許しにならないんだもの」
となると何かしらの条件があるのでは、とグレンは考えた。
自身の持つ『英雄の咆哮』も能力発動時、常人ならば生命力を吸い取られて死んでしまう程の危険があるため、そう考えるのは至って自然な流れである。
また、グレンは知らない事だが、ルクルティア帝国の皇帝アルカディアの持つ『聖庭』も、装備者がある一定の威力を有した――常人ならば致命傷となる程の――攻撃を受ける事を能力発動の条件としている。
これらがそのような制約を持っている理由は、かつて存在していた『八王神』の誰もが強大な存在であったが故に、凡人を基準に作られた魔法道具ではないからであった。つまり、それぞれの持ち主にとっては普通の魔法道具を使う感覚と変わらなかったのだ。
ならば、今マキが持つ『理弓』も同様である可能性が高い。
不戦主義とされる『豊穣の女神スース』が残した弓とは、どれ程の威力を誇るのだろうか、そしてどれ程の危険を孕んでいるのだろうか。
「使わなかったのは、懸命な判断かもしれませんね・・・」
触らぬ神に祟りなし。
どのような現象が起こるか分からないのならば、何もしない方が良いだろう。
「そうだか?ちょいと調べてみたが、山1つ分くらい枯れ果てちまうだけだけえの」
「だけ、じゃないでしょ?私達は自然と暮らすエルフなのよ。そんな事する訳ないじゃない。だからこそ、『女神スース』もこれを残していったに違いないわ」
「だもんで、冥王国なんかに苦しめられてるでねえか?それを使えば、一発で追い返せるだけんどなあ」
「あら、そうなの?今度、族長様に相談してみようかしら?」
と、マキが面白そうに言った時、誰かがこちらに向かって歩いて来る足音が聞こえた。
3人とも、そちらに目を向ける。
「おお、居ました。マキさん、探しましたよ」
それはヴァルジであった。
アズラとは異なり、体に木の葉を付けたりはしていない。
「あら、ヴァルジ。どうしたの?皆の避難は終わった?」
「ええ。マキさんとアズラ殿で最後になります」
そこで、ヴァルジは見慣れぬ男――アズラへと視線を向ける。
「貴方がアズラ殿ですか。初めまして。ヴァルジ=ボーダンと申します」
「こりゃあ御丁寧にどうも。俺がアズラ=アースランだべ」
アズラの訛りに面食らったようではあったが、ヴァルジは何とかそれを抑え込んだようだ。落ち着き払った仕草で頭を下げた後、アズラに向かってにこやかに微笑む。
「同じクロフェウの友人同士、私達も仲良くやって行きましょう」
「んだな。ちゅーても、俺は武器作る事くらいしか出来んでよ。一応、刀以外も作れるだどんも」
「それをさっきまで怠けていた訳ね」
そこで、マキから指摘が入る。
「怠けてなんかいないべ。ただ、休んでいただけだべ」
「何もしていない人の休憩は、怠けているって言うの」
「ほんに、マキさんはおっ母さんみてえだんな」
アズラの言葉に、ヴァルジは小さな笑い声を漏らす。
もしかしたら、彼もマキに対して同じように考えていたのかもしれない。
「もう!ヴァルジまで!そんな人達には御飯を作ってあげませんからね!」
「おやおや、これは困った事になりましたな」
「んだんだ。マキさんは怒らせるとおっかねえだ。おっ母さんだけに」
「くだらない事言わないの!さあ!もう行くわよ!皆を待たせてはいけませんからね!」
そう言って、マキは1人でそそくさと歩き出してしまう。
2人から揶揄われて、恥ずかしくなったのだろう。
他の3人もそれに付いて行くように歩き出す。ヴァルジとアズラは先程のやり取りで意気投合したのか、エルフの里に戻るまで楽しそうに会話に興じていた。
それと同様の時間、グレンはマキの持つ『豊穣の女神スース』が残したとされる弓に目をやる。
結局その詳細を知る事なく、彼らはエルフの森を出て行くのだった。




