幕間 女兵士、帰国する
フォートレス王国の王城には、城内の警護のため幾人もの騎士が常駐している。
その任務は新人騎士に割り当てられており、その理由として王城が存在する王都ナクーリアの安全が確保されているからであった。
未熟な新人に任せても平気だ、という事である。
一昔前は考えられなかった配置だが、平和な今となっては異議を唱える者はいない。また、新人と言えども一介の騎士であるため、その実力は確かであった。
強敵に出会えば勇んで挑み、剣を振るえば一刀両断、唱える魔法は強大で、放たれる矢は百発百中、戦場での姿は正に人馬一体――それが王国の騎士なのだ。
強く、優しく、誇らしい。そう表現すると堅物と思われがちではあるが、彼らの中には当然そうでない者もいる。
王城の警護中にも決して気を緩める事はないが、人目を忍んで会話に興じる事もするのだ。
「――なあ」
「なんでしょう、先輩?」
廊下を歩く2人組の騎士の1人が、周りに誰もいないのをいい事に相方の後輩に語り掛ける。こういった場合の話題は、決まってどうでもいい事であった。
「唐突ですまないが、君は王族の方々の中でどなたに一番好意を抱く?」
「え?なんですか、その質問?」
「気にせず答えてくれ。ああ、一応言っておくが、王妃様からは選んではいけないぞ。国王様の奥様を選ぶなど、恐れ多いからな」
「それを言ったら、我々が王族を選ぶという行為自体が恐れ多いですよ・・・」
「このくらいの戯れ、笑ってお許しくださるのが今の王族の方々だ。で、どなただ?」
「んんー・・・、そう・・・ですね・・・」
後輩騎士は真剣に考える。
思えば、王族の中で誰が一番好きか、など考えた事もなかった。それは当然、王族に属する全ての者達を敬っているからであり、その中で順位を付けるなど不要であるからだ。
それは問われた今も変わらず、故に後輩騎士はすぐに答えを出せなかった。
「悩むか?まあ、当然だろう。どなたも素晴らしい方達ばかりだからな」
「参考までに、先輩はどなたなんですか?」
「私か?私は言うまでもなく、ティリオン様だ」
「はあ・・・何と言うか・・・無難、て感じですね・・・」
「皆に言われるよ。しかし、真に思っているのだから仕方ない。ティリオン様は奔放を装ってはいるが、その内には力強い意思と全てを包み込む度量を宿す御方だ。騎士として、あの方に仕えられる事を光栄に思う」
先輩騎士は輝かしい瞳をしながら語る。
それは騎士であるならば誰もが言える事であり、後輩騎士も「当たり前だ」としか思わなかった。
しかし、そうなると自分も国王を選ぶ結果になる。それは少し会話としてつまらないと感じ、後輩騎士は他の王族についても考えてみた。
六大貴族であるヒュッツェンベルク家に嫁いだクノハを除き、上からカルナ、キセラ、ラグナ、ロロア、ミスリ、双子のフランとプラン、そして生まれたばかりのラムルである。
赤ん坊であるラムルは置いておくとして、他の王子や王女の魅力は何か。
色々あるだろうが、決定的な物が思い浮かばず、後輩騎士は先輩に向かって問い質す。
「先輩。他の方は、どのような理由で国王様以外の方を選んだんですか?」
先程の先輩騎士の言葉から、後輩は彼が他の者にも同様の問いをしている事を理解していた。
それ故、王子と王女の魅力について他の者の意見を参考にしようと思ったのだ。もしかしたら、自分の知らない事実を聞けるかもしれないという期待もあった。
「そうだな・・・。では、一番人気のラグナ様から教えよう」
「ああ、ラグナ様が人気なんですね。てっきり、ティリオン様が一番かと」
「ラグナ様は女性票が圧倒的でな。メイド――特に若い子らが軒並みラグナ様を選んだんだ」
「流石と申し上げるべきでしょうか。あの方の愛らしさは、時に少女と見紛う程ですからね」
「人気の理由もそれだな。『可愛い』『少年なのに少女のよう』『外見だけでなく、人柄も愛おしい』『ラグナ様が国王になられた暁には全てを捧げたい』などだ」
王族における唯一の王子であるラグナは人前に出る事を極端に嫌うため、王城に務める者以外にはその外見的特徴を知られていない。そのせいか、優越感を伴う独占欲を抱く者が多く、その人気を不動の物としていた。
その事実に関しては後輩騎士も特に異論なく、話を進める。
「他の方はどのような?」
「では、ここからは年齢順に言って行くぞ。まず、ティリオン様だが――」
「あ、国王様は結構です。理由など、考えなくとも分かりますから」
「そうか?では、カルナ様についてだが――」
国王の次女カルナは外見に特徴がある。それは、体がふくよかであるという事だ。
決して褒められる点ではないが、それ故に彼女はまるで母親のような雰囲気を纏っていた。そういった事を評価する者が、いるにはいるのだ。
「――『母性を感じる』『痩せたら美人に違いない』といった所だな」
「まあ、予想通りですね。あの方は良くも悪くも体型に特徴がありますから」
「会話をした事のある者が少ないというのも原因だな。そのせいで、外見でしか評価されていない」
「相手は王族ですから、気軽に話し掛けられるティリオン様が特別なんですよ」
「いや、そうでもないぞ。三女のキセラ様もティリオン様に似て気さくな御方だ」
三女キセラは国王の子供の中で唯一学院に通っており、性格の明るさもあってか国民との距離が近い少女であった。
そのため騎士や兵士や使用人、貴族達と会話に興じる姿が幾度となく見受けられ、ラグナに次ぐ人気を誇っている。
学院での訓練にもしっかりと参加しており、たまに王城の敷地内に作られている訓練場で騎士や兵士と組手を行う姿も見られた。
「――そのためか、『凛々しい』『話しやすい』『最近、剣の腕がさらに上達なさった』といった良い感想が多いな」
「私も、初めて言葉を交わした王族の方はキセラ様ですね。あの時は、天にも昇る心地でした」
「始めの内は自分から話し掛けづらいからな。そうそう、話し掛けづらいと言えば、四女のロロア様については――」
王子の次に生まれたロロアは、非常に臆病な性格である。兄であるラグナも似た様なものであるが、彼の場合は軽度の対人恐怖症であり、慣れた相手や環境では普通に接する事が出来た。
ロロアは単に小心者なだけだ。
発せられる言葉も震えている場合がほとんどで、ただ会話をしているだけでも怯えさせてしまっているのではないかと誤解してしまう。そのため逆に話し相手が委縮してしまい、少し接し辛い印象を持たれていた。
しかし、そういった少女は庇護欲を掻き立てられるもので、男達からの人気は高い。
「――『一番お姫様らしい』『守ってあげたい』『頭を撫でたい』『甘やかしたい』『たまの涙目が可愛らしい』『怯えた仕草が抱きしめたくなる』などがあったな」
「なんか・・・私欲に塗れた感想が増えましたね・・・」
「仕方がないだろう。騎士や兵士は少なからず『お姫様を護る事』に憧れるものだ。その点において、ロロア様は正に打って付け。それを語る上で興奮し、本心を曝け出したとしてもおかしくはあるまい」
「そんなものでしょうか・・・」
後輩騎士は、なんだか違うような気がした。
そんな彼に対し、「まだまだだな」とでも言いたげに先輩騎士は頭を振る。
「この程度で狼狽えていては、次のミスリ様に対する言葉は聞けたものではないぞ」
「ああ・・・容易に想像が出来ます・・・」
ミスリとは、ロロアの次に生まれた王女である。
彼女の性格を言い表すにおいて、最も的確なのが「口が悪い」というものだ。
父親であるティリオンも国王とは思えない言葉遣いをするが、それに影響されたのか、ミスリも歯に衣着せぬ物言いをする少女に育っていた。王女であるため誰も文句を言わず、両親の前では猫を被っているため、今後改められる事はないだろう。
「では、言うぞ。『髪が美しい』『瞳が綺麗』『将来、間違いなく絶世の美女になる』『命令してもらいたい』『罵って欲しい』『踏んで欲しい』『俺は、彼女の馬になる』『女王様って呼んでもいいですか?』などだな」
「ひどい・・・」
「ちなみに、後半は酒の席での台詞だ。あまり真に受けない方が良い」
「はあ・・・」
それにしても、といった感じではある。
騎士とは気高く、正しく、強くあるべきだ。
それを、王族に対しての下品な物言い。直接言った訳ではなくとも、無礼が過ぎるのではないかと思う。
「ミスリ様はお転婆であらせられるが、決して高飛車ではない。表現は悪いが、皆あの方を慕っているんだよ」
「慕っていますかね・・・?」
「何を言う。最も多種多様な印象を持たれているのがミスリ様だぞ。逆に、フラン様とプラン様は『無口なのが神秘的』というくらいで、あまり票が入らなかったな」
ミスリの次に生まれたのが、双子のフランとプランである。
彼女達は黒髪と黒い瞳だけでなく、姿形のありとあらゆる部分がそっくりであった。そのため、父親であるティリオンと実の母親くらいにしか見分けがつかなく、それ以外の者からは一緒くたにされる事が多い。
実際、ほとんどの時間を2人一緒に過ごしているため、それで支障はなかった。
そして、2人分を合わせても人気がない理由が、彼女達の性格である。
「フラン様とプラン様は、何故ああも無口でいらっしゃるんでしょうか?」
そう、フランとプランは父親以外と全く話さない程に無口なのだ。会話をした事のない者に親近感を抱く者はおらず、嫌われてはいないが好かれてもいないというのが実状であった。
「話に聞いただけなのだが、どうやらティリオン様が関係なさっているらしい」
「国王様が?」
「そうだ。なんでも、数年前にティリオン様がフラン様とプラン様の御声を褒められたのが発端との事だ。それ以来、ティリオン様以外には聞かせたくないとお考えになったのだとか」
「本当に王族の方は、ティリオン様を好いていらっしゃるんですね・・・」
ティリオンは『自分の子供は自分で育てる主義』であり、それによって家族仲はとても良好だった。むしろ良過ぎるくらいであり、子供達は彼を基準に物事を考える時が多々ある程だ。
ただ、それで問題が起きた事はなく、国民も王族間のいざこざを耳にする事がないため歓迎するべき事だと判断している。
「それで、お前はどなたが一番か決まったか?」
「え?――あ」
そう言えば、そういう話であった。
参考になったか分からない話を聞いた上で、後輩騎士は改めて考える。
王族の中で誰が一番好きか。
「そうですね・・・。やはり、ティリオン様ですかね・・・」
「お前も無難な選択をしたか。だが、理解はできる」
「そうだね。私も同じだよ」
突然、2人以外の者が会話に加わって来た。
その声は彼らのすぐ後ろから発せられ、2人は咄嗟に振り向くとともに剣を抜き放とうとする。あまりの驚きによる反射的行動であり、彼らが普段どれだけの鍛錬を積んでいるかが理解できた。
しかし、その行動は大げさであり、2人が未熟である事も物語っている。勿論、切りかかるつもりはなく、あくまで威嚇行為としての抜剣だ。
それでも、己の力を加減する技術を持っていないと言っているに等しい。
「おっと、危ない」
だが、彼らが剣を抜く事はなかった。
背後に立つ人物に、振り向きざまの柄頭を抑えられたのだ。
「くっ・・・!」
「む!貴女は・・・!?」
その者に心当たりがあるようで、先輩騎士は目を見張る。彼の視界には、左目の下に泣きぼくろのある美女の妖艶な笑みが映っていた。
「メリッサ=ウィンダー殿!?」
「メリッサ!?というと、あの!?」
先輩の言葉に、後輩騎士も驚愕する。
彼は今までメリッサに出会った事はないが、話には聞いていた。
曰く、女の身でありながら兵士達を完璧に率い、15年前のルクルティア帝国との戦争では大きな戦果を納めたとか。
その実績を含んだ評価は高く、そのため帝国における王国軍の指揮を任されている。言わば、彼らよりも優秀な戦士であるのだ。
「驚かせて悪かったね。面白い話をしていたもんだから、つい盗み聞きしちゃったよ」
魅力的な笑みを保ちながら、メリッサは2人の剣から手を放す。
騎士達も、慌てるように姿勢を正した。
「申し訳ありませんでした、メリッサ殿。貴女とは知らず、御無礼を」
「気にするな、とは言えないね。これがもし王族相手だったら『御無礼』じゃ済まないよ?」
その通りである。
故に2人の騎士は言い訳もせず、ただ黙って頭を下げた。
「まあ、真面目過ぎるってのも考えもんさね。何事も行き過ぎは良くないってね」
「仰る通りです・・・」
「返す言葉も御座いません・・・」
やはり真面目な騎士らしく、2人はメリッサの言葉を素直に聞き入れた。
そんな彼らを見て、メリッサは再度微笑む。
「でも、頼もしいのは確かだよ。私がいない間、王国を、王族の方々を宜しくね」
顔を上げた騎士達の目には、片目を瞑って優しく笑う彼女の顔が映った。その瞬間、2人の心臓が大きく脈打つ。
「それじゃあ、私は先を急ぐから。じゃあね」
ひらひらと手を振りながら彼らを追い越すメリッサの背中を、2人は黙って見送った。
彼女の香水の残り香が、まだ漂っている。
「美しい方ですね・・・」
後輩の呆けた声を聞きながら、先輩騎士はメリッサに関する情報を思い出していた。
「美しいだけではない。確か、体の方もすごいらしいぞ・・・」
「それはまあ・・・。外套で隠してはいましたが、膨らみが凄かったですから・・・」
「ちなみに、あれで三十路を超えているらしい」
「え!?本当ですか!?信じられない・・・」
すでにメリッサの姿はなく、後輩騎士は幻影を眺めるかのように廊下の先を見つめていた。
もう一度会いたい、という気持ちは胸の奥にしまって置くことにする。
「そう言えば・・・メリッサ殿に関して、とある噂を聞いた事がある・・・」
「噂・・・?」
メリッサの話と聞き、後輩騎士は少し興味あり気に先輩騎士へと顔を向ける。
「一体どのような・・・?」
「うむ・・・いいか、あくまで噂だぞ・・・。実はな――」
念を押す先輩の言葉に、さらに注意を向ける。
少し緊張していたのは、メリッサに関する悪評だったらどうしよう、と思ったからだろうか。
「メリッサ殿は、国王様の愛人らしい・・・」
「なっ!?」
後輩騎士は、驚きと怒りのあまり大声を出す。
その噂は、両者に対して失礼であったからだ。
「なんですか、そのくだらない噂は!?ティリオン様とメリッサ殿に対して、侮辱以外の何物でもない!誰ですか!?そんな噂を流した愚か者は!?」
「それがな・・・ティリオン様御自身との事だ・・・」
「あ・・・そうですか・・・」
先程まで感じていた怒りはどこへやら、後輩騎士は脱力したように頭を垂れる。
国王であるならば愛人の1人や2人いたとしてもおかしくはなく、それを咎める者など存在しない。
「しかし、メリッサ殿は何故ここにいらっしゃるんでしょうか・・・?」
今、彼女はルクルティア帝国で任務に当たっているはずであった。無論、帰国が許されていない訳ではないので、王国に戻っていたとしても不思議ではない。
それでも、その行為には何かしらの理由があるはずであり、後輩騎士は少しばかり考察してみる。
「それは君・・・・ティリオン様と・・・」
しかし、先輩騎士の言葉により、それをすぐに断念した。
なんだか変な雰囲気になった2人は、その後黙って城内を歩くのだった。
フォートレス王国の王城は地上6階地下2階からなり、その6階には王族の居住空間がある。そこから王都を見下ろす光景は、王族にのみ許された光景であった。
しかし、現国王であるティリオンは王族以外の者を招く事があり、一部の人間は許可を取らなくとも入る事が出来る。
女兵士メリッサは、その中の1人であった。
王城6階への階段を警護する騎士達に対しても顔を見せるだけ通してもらえ、すれ違いざまには大袈裟な敬礼をされもする。それを見たメリッサは、毎度の如く苦笑いを浮かべるのであった。
そして、階段を上りきると、見知った後ろ姿を目にする。
どうやら使用人と会話をしているらしく、こちらの存在に全く気付いていなかった。悪戯心の働いたメリッサは僅かに微笑むと、忍び足で知人に向かって近づいて行く。
その人物と会話をしている使用人は当然ながら彼女の接近に気付いたが、口元に指を当てて黙っているよう指示を出した。
続いて知人の真後ろに立つと、メリッサは相手の目を両手で隠し、
「だーれだ?」
と問う。
目隠しされた人物は唐突な出来事に少し驚いたように見えたが、すぐに気を持ち直すと、腕組みをして考え始める。
「うーん・・・この声、この香水の匂い、そして背中に当たる大きめの胸・・・これは間違いなく――くはは!メリッサだ!」
「正解~」
メリッサが手を放すと、目を隠されていた少女――キセラが笑顔で振り返る。ティリオンに似た少女の笑みが、メリッサは大好きであった。
「ひさしぶりだね、キセラ」
「ん。久しぶり。親父に会いに来たの?」
ティリオンの子供に対して、メリッサは敬称をつけない。公の場では流石にそうするが、彼女達の仲は深く、それに不忠を感じはしなかった。
「それもあるけど、皆の顔を見たくなってね。他の子達はいる?」
「いるよ。けど、果たして何人が会ってくれるかなー?」
そういうキセラの顔は、先程見せた笑顔よりも楽し気であった。その理由を知っているメリッサは、挑発的な言葉を受けても優雅に微笑む。
「そこは私の腕の見せ所さ。まあ、見ておきなって」
そう言うと、メリッサは先程までキセラと会話をしていた使用人に目を向ける。その使用人はメイドであり、王族に仕えるに相応しい上等な制服を着用していた。
「キセラの部屋、借りるよ」
「あー、そうくるか」
何やら察しが付いたキセラは面白そうに唸った。それを承諾と解釈したメリッサは使用人の腕を掴むと、キセラの部屋に入って行く。
その間、使用人は「え?え?え?」と状況が飲み込めないようであったが、有無を言わさず部屋の中に連れ込まれて行った。
そして、扉が閉められた直後、部屋の中から微かな悲鳴が聞こえ始める。
「きゃあああ!」
「お止めください、メリッサ様!」
「分かりました!分かりましたから!自分で脱ぎますから!」
などという使用人の声が、扉の近くに立つキセラの耳に届いた。王族の私室は内部の音が漏れにくい構造であるため、かなりの大声を出しているのが分かる。
比較的親しくしている使用人の災難に笑っていると、キセラの目の前で部屋の扉が再び開かれた。そこから姿を現したのは、使用人服を着込んだメリッサであった。
「どう?似合ってる?」
「胸とお尻がパンパンで、全然似合ってない」
キセラの言葉通り、メリッサの着ている使用人服は彼女の体に合っておらず、特に胸回りがはち切れんばかりに張っている。今にも留め具が外れ飛びそうであり、その様は使用人に必要な優雅さからは程遠く、いかがわしい雰囲気を帯びていた。
そう言った意味での『似合ってない』である。
「でも、親父は喜びそうかな?」
「本当かい?じゃあ、まずティリオン様の所へ行くとしようかな」
メリッサは年齢こそ30歳を超えていたが、その肌は瑞々しく、大人としての美しさを誇りながらも若さを維持していた。そのため、使用人服を違和感なく着こなしている。
男ならば、間違いなく興奮するような光景だ。
「うううう・・・。すぐに返してくださいね・・・」
楽しそうに話す2人とは対照的に、服を強奪された使用人が部屋の中から顔だけ出して悲しそうに主張する。今の彼女は下着姿であり、とても人前に出られる格好ではなかった。
「こんな姿、ティリオン様やラグナ様に見られたら・・・」
「ごめん、ごめん。すぐ返すよ」
「あ。なんだったら私の服、好きに着てていいよ。分かっているとは思うけど、親父がくれたやつは駄目だけどね」
「そ、そんな!キセラ様の御召し物を私ごときが!」
「じゃ、そのままで」
「えええええええ――」
使用人の叫び声が廊下に響く事を嫌ったメリッサが無慈悲にも扉を閉める。しかし、多少は耳にした者がいたのか、キセラの私室に隣接する部屋の扉が開かれた。
「なんです?騒々しい」
そこから出て来たのはミスリである。澄んだ青色の瞳と長い髪、そして辛辣な舌を持つ可愛らしい少女だ。
ミスリは廊下に立つキセラに不機嫌な目線をくれると、つかつかと近づいて来る。
少女でありながら王女としての資質を備えた歩き方をしており、メリッサはそれを興味深げに眺めていた。
しかし使用人服を着ているせいで、ミスリはメリッサに気付いていない。数多いる使用人の1人といった感じに、キセラのついでに視界に映す程度であった。
王族の部屋は1室ずつが広く、少し時間を掛けてミスリはキセラの下まで辿り着く。
「先程の大声はキセラお姉さまの物ですか?少し騒がしいですよ。王族として失格です」
「ごめんなー。ちょっと話が盛り上がっちゃって」
この時、メリッサはこっそりとミスリの後ろに移動していた。
王族を前にしての一礼から、その場を離れる動きを装った自然な移動のため、ミスリも目で追う事はしない。ちなみに、キセラはそれを援護するかのように妹との会話を続けるのだった。
「言い訳は聞きません。お姉さまも、私のようにもっと王女として相応しい振る舞いをなさるべきです」
「そうだなー。お前は、すごいもんなー」
「心がこもってません!いいですか、お姉さま!お父さまの娘として、お姉さまはもっと――あら?」
姉に対して説教を始めようとしたミスリが、ふいに鼻をくんくんさせる。それもそのはずで、辺りにはメリッサの香水の匂いが漂っていたのだ。
しかし、使用人服を着たメリッサに気付いていないミスリは、彼女が視界から消えた事にすら気付いておらず、キセラに向かって問い掛ける。
「お姉さまって、普段から香水を使っていらっしゃいましたか?」
「いいや。使ってないよ」
「でしたら、この香りは・・・?使用人の物でしょうか・・・?いえ・・・この香り、どこかで・・・」
悩む少女に対して答えを示すかのように、メリッサは先程キセラにした時と同じくミスリにも目隠しをする。ただ、姉と妹では身長に差があるため、メリッサは自身の胸をミスリの頭の上に乗っけるような態勢を取った。
「だーれだ?」
「ひっ!」
その瞬間、ミスリの体が強張る。
唐突に視界を奪われた恐怖だけでなく、耳に届いた妖艶な声に少女は戦慄していた。
「こ・・・この声と・・・・頭の上に乗る不快な感触・・・・・そして、この香水の匂い・・・・。ま、まさか・・・」
ミスリの声は震えており、背後に立つ人物を恐れているかのようである。
そして、一度喉を鳴らすと、彼女の名前を大きな声で叫んだ。
「メ、メリッサーーーー!!?」
「正解~!」
言うが早いか、メリッサは態勢を変え、ミスリに背後から腕を回す様に抱き付いた。そして自身の頬と少女の頬を合わせると、勢いよく擦り合わせる。
「う~ん!ミスリちゃんのほっぺ、スリスリ~!」
「うきゃああああ!ぶ、無礼者ーーーー!!」
慌てふためくミスリであったが、屈強な戦士であるメリッサから逃れられる術はなく、されるがままになるしかなかった。姉に助けを求めようとするも、キセラは楽しそうに笑っており、彼女も共犯である事を理解する。
「は、諮りましたね、お姉さま!可愛い妹を笑いの種にするなんて、ひど過ぎます!これは一度お父さまに――」
「ミスリ、少しは成長したかい?」
ミスリの怒りの声を妨げるように、メリッサは少女の体に手を巡らせる。
ぞわぞわとした嫌悪感が、ミスリの全身を走った。
「わきゃああああ!は、放しなさい!放せーーーー!!」
「だめだめ。逃がさないよ」
それでも一頻りミスリの体を調べると、メリッサは漸く少女を解放する。
ミスリは急いで距離を取り、涙目で狼藉者を睨み付けた。
「た、大罪よ!極刑よ!お、王女である私の体に触れるだなんて!今日という今日は許さないんだから!」
その言葉から、この行いが常日頃のものだという事が分かる。
それが原因でミスリはメリッサを恐れ、避けるようになっていたのだ。もし普通に近づいて行ったならば、全速力で逃げられた事だろう。
「ちょっとした触れ合いじゃないか。そう怒るもんじゃないよ」
「許さない!許さない!絶対に許さない!覚えてなさい!いつか絶対、グレンに成敗させてやるから!」
「グレン?どうしてあいつが出て来るんだい?」
その言葉を聞き、ミスリは勝ち誇ったかのように笑う。
「覚悟なさい。近いうちに、グレンは私の手駒になるんだから」
「グレンが?ミスリの?」
「な、なによ!王族に仕える事に不満のある民なんていないでしょ!?」
「まあ、どちらかと言えば、あいつは喜ぶ方だろうけどさ。でも、いつの間にそういう話になったんだい?」
グレンが王族――しかも、その中の1人の直属の部下となるならば話題にならない訳がない。しかし情報源の多いメリッサですら、そのような話を聞いた事がなく、ミスリの言葉に疑惑を抱く。
そして、それは正しいのであった。
「これから、そうなるのよ」
「これから?」
どうやら完全に少女の独断専行であるようだ。
しかも、必ず達成できると信じて疑っていない様子である。
「私のような存在に仕える事が出来るのよ。きっと、グレンも泣いて喜ぶに違いないわ」
ミスリはそう言うが、あのティリオンですらグレンを繋ぎ止められなかったのだ。まだ王女という以外に魅力のない彼女には到底出来そうになかった。
「嘘つけ。この前、グレンに断られてたろ?」
加えて、キセラからすでに失敗している事を教えられる。先程まで自信満々な笑みを浮かべていたミスリは、それにより表情を凍らせた。
「こ・・・断られては・・いません・・・」
「そうだっけ?そう言えば、あの時は有耶無耶になったんだっけか」
「そ、そうです!まだ結論が出た訳ではありません!きっとあの時は、グレンも恥ずかしかったんです!皆の前で私に忠誠を誓うのが恥ずかしかったんです!」
「そんな感じじゃなかったけどなー」
「うー・・・!と、とにかく!グレンは私の物なんです!そして、お父さまに褒めていただくんです!」
廊下に響き渡る程にミスリは叫んだ。
姉に対して注意した行為を自分が行った事に気付いていないようだ。いや、自分は良いと思っているのかもしれない。
それをキセラは特に気にせず、気になった事をメリッサに向かって問い掛ける。
「メリッサから見て、どう?ミスリはグレンを従えられそう?」
「うーん・・・そうだね・・・ちょっと難しいかな・・・」
「なっ、なんですって!?」
グレンを良く知るメリッサからの評価に、ミスリは驚愕の声を上げた。
「どうしてよ!?今すぐ理由を教えなさい!」
「いいかい、ミスリ?グレンだって男なんだ。どうせ仕えるなら、良い女に尽くしたいはずだろう?」
「私がそうじゃないとでも!?」
「将来的には有望だけど、今のミスリじゃ足りないね。女としての魅力が弱いんだよ」
まだ子供であるため仕方ないのだが、ミスリにはそれが衝撃的な事実として聞こえた。
あと何年待てば、その魅力が身に付くのか。
少女には待てるような時間はなかった。なぜならば、他にもグレンを狙っている者がいるのだ。
「あ、じゃあさ。私はどう?これでも結構自信あるんだよねー。テレちー程じゃないけど」
魅力的な体つきを有するテレサピスを引き合いに出しながらも、キセラは自身の肉体を誇示するような姿勢を取った。王女として規則的な生活を送っている彼女の肉体は健康的に育っており、同年代の少女と比べても出る所はしっかり出ている。
それを、メリッサはじっくりと観察した。
「まあ、ミスリよりかは可能性があるかな」
「お、本当?――悪いね、ミスリ。私の方が良い女みたいだ」
妹を揶揄うように、キセラは勝利宣言をする。
それが不服なミスリは、悔しそうに姉を睨み付けた。
「ぐっ・・・くっ・・・!み、見てなさい・・・!目一杯お洒落して、絶対グレンに忠誠を誓わせてみせるんだから・・・!」
そう言うと、ミスリは逃げるように自室に戻って行った。このすぐ後、彼女の命により数多くの衣服と装飾品が集められるのだが、それはまた別の話である。
「さて、ミスリを十分揶揄った事だし、他の子の所へ行こうかね」
「あ、じゃあ次はロロアにしようよ」
「なんだい?付いて来る気かい?」
「うん。だって、面白そうだし」
くはは、と笑うキセラ。
特に拒否する理由もなく、メリッサは同行を許可する。そして、2人揃ってロロアの部屋の前まで向かった。
「――あ」
その時、キセラが何かを思い出したのか、声を漏らす。
「どうしたんだい?」
「もしかしたら今、ロロア勉強中かも」
王族の子供時代における勉強は、基本的に自室で行われる。キセラのように学院に通う事を希望すれば他の子供と同じように通学させてもらえるが、大抵は特別講師を呼んでの個別指導であった。
ただ、ティリオンが王となってからは彼自身が子供達に勉強を教えている。『自分の子供は自分で面倒を見る』という彼の信条は、勉学にまで及ぶのだ。
「という事は、ティリオン様もいらっしゃるの?」
「どうだろ?親父も全部を教えられる訳じゃないから」
キセラの言葉通り、ティリオンとて全てに精通している訳ではなかった。王として身に付けなければならない知識や教養は万全だが、それ以上の専門的な事柄に関しては彼より優れた教師が何人もいる。
つまり、子供が幼い頃はティリオンが教えられる部分も多いが、成長していくにつれて彼の指導可能な範囲が狭くなっていくのだ。
特にロロアのような、学院で言えば中等部に属する年齢の子供には、やはり専門的な教師が必要であった。それ故、自分では力不足だと判断した場合にはティリオンも特別講師を呼び付けている。
「真面目に勉強している所を邪魔するのもなんだね」
「休憩って事で、いいんじゃない?」
「あはは。なるほどね」
キセラの提案に頷き、メリッサはロロアの部屋の扉を叩く。すると、「は~い~」という部屋の主とは異なる声が聞こえた。
扉が開けられると、そこから王国魔法研究会会長のポポルが姿を現す。
「何か~用~――まあ~!メリッサちゃん~!」
思わぬ所でメリッサと出会った事により、ポポルは驚きの声を出した。その時、部屋の中から何やら慌しい音が聞こえたが、廊下からでは詳細を窺い知る事はできない。
「どう~したの~?今~帝国にいるんじゃ~なかったっけ~?」
「お久しぶりですね、ポポルさん。今回ちょっとした用事があって、一時帰国しているんですよ」
流石のメリッサとて、年上であり目上である人物にはそれ相応の言葉遣いをするのであった。
「へえ~、そうなの~。でも~、その格好は~なあに~?」
「ちょっとしたお遊びですよ。それよりも、もしかしてポポルさん、ロロアに勉強教えてました?」
「あら~、よく分かったわね~。そうよ~。ロロアちゃんに~、魔法学をね~」
「魔法研究会会長って暇なの、ポポル?」
姿を見せるため、ひょこっと顔を出しながらキセラが聞いた。
その問いに、ポポルは頬を膨らませる。
「お口が悪いわよ~、キセラちゃん~。これは~、やんごとなき理由と~ロロアちゃんの才能を~伸ばすためなんだから~」
「やんごとなき理由?」
ロロアの才能も気になったが、それ以外の理由がある事にキセラは興味を持つ。そして、それはメリッサも同様であった。
「一体、どうしたっていうんです?」
「ほら~。グレンちゃんが~、国を斬っちゃったじゃない~?ずばあっと~」
「ああ、その話ですか」
「聞いた、聞いた!凄いよねー!私も出来るようにならないかなー?」
キセラは剣を振り下ろすような仕草をする。
彼女も剣の鍛錬をしており、同じ剣士であるグレンの活躍――と言っていいのか分からない人外の所業には胸を躍らせていた。
「出来なくていいの~、そんな事~!おかげで~ギノちゃんって子に~『それくらい、ポポル様も出来ますよね』って~、期待を込めた眼差しで~ず~~~~っと見つめられるんだから~!」
ギノとは、ポポルの部下の1人である。
彼女の魔法の才能に心酔しており、自分の力を向上させる事に熱心な青年であるのだが、いかんせん度が過ぎていた。ポポルをまるで万能であるかのように扱うのだ。
加えて、学生時代の経験からグレンに対して微妙な対抗意識を持っており、それを彼女で解消しようとしてきたりもする。
ポポルにしてみればいい迷惑であり、部下から逃げる意味もあって、ロロアに勉強を教えていた。
「もう~本当~、美しいって~罪だわ~」
「違いますって、ポポルさん。女の美しさは罪ではなくて、武器なんですよ」
「いや、メリッサ。ポポルが言いたいのは、そういう事じゃないと思うけど。大体、ポポルは美しいって柄じゃないでしょ」
「あら~、キセラちゃん~?それは~どういう意味かしら~?」
「もちろん良い意味で、だよ!?ほら、ポポルは綺麗って感じよりも可愛いって感じじゃん!その歳で、その若さを保ててるのは凄いよ!ねえ、メリッサ!?」
「慌てすぎ。でもまあ、確かにね。私も結構頑張ってる方だけど、ポポルさんには敵わないよ」
怒らせると怖いと噂のポポルの機嫌を損なわないようにキセラは世辞を言い、それにメリッサが同調する。3人の中で最も年を重ねているポポルであったが、見た目は一番子供っぽかった。
「あら~!まあまあまあ~!やっぱり女の子は~、お世辞が~お上手ね~!嬉しいわ~!」
そして、子供のように無邪気な笑顔でポポルは喜ぶ。
若さを褒められて嬉しくない女はいない、という事だ。
「と、ところで・・・!さっきからロロアの気配がしないんだけど!」
話題を変えるため、会話に一向に入ってこない妹についてキセラが言及する。ロロアは臆病ではあるが内気な性格ではなく、知人との会話には臆する事なく入ってくるはずであった。
どうしたんだろう、とキセラは妹の部屋の中に入る。
おそらくいると思われた机には誰も腰掛けておらず、部屋を見渡してもロロアの姿は見当たらない。しかし、ベッドの上に不自然に盛り上がった敷布の山が見え、そこに妹が隠れているのだと分かった。
その理由は、当然メリッサである。
先程のミスリに対する行いと同様の行動を、彼女はティリオンの娘達に行うのだ。過去にキセラも同じような目に遭ってはいたが、持ち前の性格から平然と受け止めていた。
それ故、つまらないと感じたメリッサはキセラに対しては早々に悪戯を止めている。加えて、もう大人になっているクノハやカルナを揶揄うような真似はしなかった。
ただ、幼い少女達は別である。
反応が大きく、抵抗も強い。これ程面白い獲物はおらず、メリッサは会う度にちょっかいを出していた。
そのため少女達はメリッサを避けるようになり、それはロロアも例外ではない。
そんな獲物の部屋の中に入ったメリッサは、ベッドの上の膨らみを確認し、にやりと笑う。
「おや~、ロロアはいないのかな~?」
「い、いないよぉ・・・」
ややくぐもった返事が聞こえる。
それは当然隠れているロロアの物であり、彼女らしく震えた怯え声であった。今回に限りは、本当にメリッサに怯えているのだが。
「そうかー。いないのかー。じゃあ、仕方ないねー」
「ないよぉ・・・」
「という事は、ここにいるのはロロアじゃないって事だね?」
「えぇ・・・?ど、どういうことぉ・・・?」
隠れたロロアの質問に答えず、メリッサは足早にベッドまで近づいて行く。
そして敷布をむんずと掴むと、力の限りに引き剥がし、
「つまり!何をしても、御咎めなしってことさ!」
と、少女の主張を逆手に取った宣言をした。
「あうううううぅ・・・!そ、そんなつもりじゃぁ・・・!」
「おや、ロロアじゃない子がベッドにいるね。これは曲者に違いない。じっくりと調べるとしようか」
メリッサの両手が、わきわきと蠢く。
「ひぃいいいん・・・!キセラお姉ちゃん、助けてぇ・・・!」
「メリッサって本当、私達に対しては性格変わるよね・・・」
「そうね~。やっぱり~、王様の子供ってのが~大きいのかしら~」
妹の救援要請を無視し、キセラはポポルと共にメリッサについて分析する。
普段の彼女であるならば、このような振る舞いは決して見せず、頼もしい姐御肌な態度に徹していた。
しかし、ティリオンの子供達に対しては無邪気とも取れる態度を示しており、それを初めて見た者は漏れなく違和感を覚える。人によって態度を変えるのは特別な事ではないが、その対象が王族であるならば、もっと慇懃なものであるべきだろう。
いかに大らかなティリオンと言えども、自分の子供に無礼な態度を取られて良しとするはずがない。いかに隔てのないメリッサと言えども、自国の王族に対して何の理由もなく馴れ馴れしく接するはずがない。
やはり、ティリオンとメリッサの間には特別な繋がりがあると見て間違いないのかもしれない。
そう、それは例えば男と女のような――。
「ふう。ロロアは順調に成長しているね」
「あううううぅ・・・。もうお嫁にいけないぃ・・・」
粗方ロロアを調べ尽したのか、メリッサは一息つく。
その下で、少女は悲しそうに枕に顔を沈めていた。
「そんな事ないよ、ロロア。これなら、引く手あまたさ。キセラといい、ティリオン様の娘なだけあるよ」
「あれ?ロロア、いつの間にそんなに育ったの?」
「あううううぅ・・・!」
「こら~、2人とも~。これくらいの~年頃の~女の子には~、自分の体の変化に~戸惑う子も~いるんだからね~。あんまり~揶揄わないの~」
年輩者として、ポポルが注意をする。その口振りから、ロロアの相談に乗った経験があるのかもしれなかった。
しかし、メリッサとキセラは納得したようには見えず、そこから2人は思春期特有の戸惑いなどなかった事が窺える。
「あううううぅ・・・ポポルぅ~・・・」
「はいはい~、災難だったわね~ロロアちゃん~。今日は~、もう~終わりに~しましょうか~」
しょげるロロアの傍まで行き、頭を撫でて慰めるポポル。
少女と同じベッドの上で、メリッサは珍しく申し訳なさそうな表情をしていた。
「悪かったね、ロロア・・・。少し、はしゃぎ過ぎたみたいだよ・・・」
「じゃあぁ・・・、もうぅ・・・しないぃ・・・?」
「それは約束出来ないねえ」
しかし、すぐに笑みを浮かべ、そう宣言する。
ロロアは「あううううぅ・・・!」と悲観し、ポポルに抱き付いた。
「メリッサちゃん~!めっ、でしょ~!」
「あはは!これ以上は本気でポポルさんに怒られそうだから、退散するとしますか!」
笑いながら軽やかな身のこなしでベッドから飛び降りると、メリッサはキセラと共に部屋を出る。着ている服に多少の皺が出来ていたが、そこは他人の物であるためお構いなしだ。
「よし。それじゃあ、次は双子の部屋に行くとしようかね」
「あの子達は厳しいんじゃない?多分、メリッサの気配を感じて、とっくに逃げた後だと思うよ?」
「ああ、そうか。忘れてたよ。あの2人は逃げるのと近づくのが上手いんだっけね」
双子のフランとプランは、どこで身に着けたのか、標的に接近する技術と対象から逃げる技術に長けていた。生まれつきの才能と言った方がいいのかもしれないが、その練度は凄まじく、英雄グレンですら接近を感知できない。
存在感がないのではなく、存在感を消すことが出来る。
若干8歳の少女達が身に着けられるような技ではなかった。
「本当、うちの連中に教えて欲しいくらいだよ。将来は立派な斥候だね、あれは」
「王族を斥候なんかに使わないでよ。もし使ってくれるんなら、私は最前線の指揮官でよろしくー」
笑顔で返すキセラを見て、メリッサは少女の中に国王と同じ器を見出す。
そう軽口混じりに語れる様は勇気がある証拠であり、正にティリオンの娘たる振る舞いであった。
(・・・もう2度と、大きな戦争なんて起こさせやしないけどね)
現在、メリッサ――いや、王国の全戦士が大規模戦闘が発生しないように他国に睨みを利かせている。すでに同盟国となったルクルティア帝国を除く3国に関して、王国の誇る強者が国境付近を絶えず監視していた。
先にあったアンバット国との戦闘を機に、他国への警戒度合いを強化したのだ。
今考えてみれば、少し油断していたに違いない。長い時間を掛けて漸く王国が手に入れた15年間の平和――それに誰もが浮かれていたのだ。
非戦闘員ならば問題なかった。しかし、騎士や兵士がそうであってはならない。
特に、守りたい存在がいる者ならば猶更である。
「あーーーー!」
その守りたい存在の1人の声を、メリッサは耳にする。
顔を向けると、王族における唯一の王子ラグナがいた。
「メリッサーーー!」
「ラグナ!」
少女達とは異なり、ラグナはメリッサに向かって駆け寄る。腕を大きく広げ、少年にしては長過ぎる髪をなびかせながら力の限り走った。
メリッサも少年を迎え入れるために腕を広げる。その顔は、少女達に向けた物よりも幾分か嬉しそうであった。
やはり女として、歳の差に関係なく男に対する態度は変わってしまうものなのだろう。
そして、そんな彼女の腕の中にラグナは飛び込む。
それがどれだけの羨望を生むか、少年はまだ理解していない。メリッサの胸に顔を埋めるような態勢も、彼女に対する親密感からくる行為であった。
「帰ってたんだ!?」
「ああ、そうだよ。ちょっとの間の帰国だけどね」
ラグナはメリッサが大好きである。異性として、という意味ではなく、引き籠っていた頃の彼を父親以外で初めて褒めてくれたからであった。
そう、ラグナが立ち直る切っ掛けを、メリッサは作り出したのだ。
手始めに、彼女はとにかく少年を褒めた。褒めて、褒めて、褒めちぎった。
その容姿、その地位、その将来性、そしてティリオンによって見出されたその才覚。
少年に必要なのは自分を受け入れられる自信だと判断したメリッサは、優しく耽美な言葉を使い、ラグナの心に力を満たしていった。
人前に出る事を恐怖する人間は、何よりもまず自信が欠けている。
容姿、能力等その理由には様々あるが、とにかく他人と比べて自分が劣っていると考えてしまい、馬鹿にされると考えるのだ。そこから恐怖心が生まれ、人目を恐れるのである。
しかし、お洒落なり努力なりで自分に実力が付くと、それが自信へと変わり、人前に出ても平気になる場合がある。ただ、それを客観的な評価でしか行えない者もおり、褒められるという段階が必要になる事もあった。
そして、それがラグナであり、全てを理解したメリッサは少年を褒め続けたのだ。
言うまでもなく、ラグナを愛するがためである。これも異性としてではなく、王子としてだ。
彼女に続くように、同様の愛情をラグナに注ぐ使用人達も少年を褒めるようになり、王子は自信を取り戻していった。
しかし最近はそれが行き過ぎてしまい、ラグナを甘やかすという状態になってしまってもいる。その行為が少年を増長させていないのは、ラグナが持つ生来の真面目さ故だろう。
「今日は何しに来たの!?」
「勿論、ラグナに会いに来たんだよ」
「本当!?えへへ!嬉しいな~!」
無邪気なラグナの笑みを見て、メリッサも笑う。その光景を見ていたキセラも、メリッサの都合の良い――けれども弟のための台詞を聞き、優しい笑みを作った。
「相変わらず良い顔しているね、ラグナ。いや、前より逞しくなったんじゃないかい?」
「メリッサが帝国に行く時に会ってから、そんなに経ってないんだよ?いくら子供の僕でも、すぐには成長できないよ」
「そんな事ないさ。『男子3日会わざれば刮目して見よ』って言葉があるだろ?毎日を頑張っているラグナに相応しい言葉さ」
「でも僕、武術に関しての訓練はあんまり得意じゃないんだ・・・。いっつも勉強ばかりで・・・」
「それでいいんだよ、王子なんだから。戦場で戦うのは私達の仕事。ラグナは国の未来のために知恵を絞ってくれれば良いのさ」
「そうかな・・・?」
「そうに決まってるさ。きっとグレンも、そう言うはずだよ。あいつ、頭悪いから」
ラグナがグレンに対して憧憬を抱いているのは周知の事実であった。そのため彼と親しいメリッサはよくグレンを話題に出し、少年を喜ばせている。
今回もグレンを馬鹿にするというよりは、ラグナを慰めるために引き合いに出していた。
「頭の良さなんて関係ないよ!グレンは、とっても強いんだから!そう言えば知ってる!?グレンに新しい技が出来たんだって!『無刀一文字』って言うらしいんだ!」
「へえ、初耳だね。どういう技なんだい?」
この時、メリッサはグレンが新しい技を開発した訳でも、それに名前を付けた訳でもない事を理解していた。
あの男のやっている事は単に刀を振っているだけであり、技術の介入が少ない。そのため、グレンも名前を付ける程ではないと判断している。もっとも、刀を力任せに振るうだけで様々な事象を起こす時点で、人間離れしているのは確実なのだが。
「鞘から刀を抜いただけでアダマンタイトを斬ったんだって!この前、騎士の皆が教えてくれたんだ!」
「ちょっと待った、ラグナ」
少年の発言に制止を掛けたのはキセラである。
今まで2人のやり取りを眺めているだけであったが、あまりにも理解できない発言には思わず声を出していた。
「鞘から抜いただけって、実際には刀で斬りつけてはいないってこと?」
「え?うん・・・。その話をしてくれた騎士達も、実際に見た訳じゃなくて、話に聞いただけって言ってたけど・・・」
弟の説明に、キセラは納得がいかないような表情をする。
「それは・・・どうなの?『真空斬り』や『崩山刀』、『国刀一閃』とかは攻撃の動作があるから納得できるけど、ただ鞘から抜いただけって・・・。メリッサは信じられる?」
キセラの語る『国刀一閃』とは、グレンの放ったユーグシード教国を両断した斬撃の名称である。『無刀一文字』もそうだが、自分が関与しない所で技が増えている事を彼はまだ知らない。
「信じられるも何も、実際にやってもらえばいい話じゃないか。あいつだったら、二つ返事で承諾してくれるよ」
「あ、それもそうか。じゃあ、誰かに呼んできてもらおうっと」
「でも、キセラ姉さん。グレンは今、国を出ているって父様が仰ってたよ?」
「え!?それ本当!?うわー!見れないとなると余計見たくなるやつだ!いつ頃、帰って来るんだろ!?」
キセラの問いには、事情を知っているメリッサが答える。
「当分は戻らないんじゃないかな。今あいつ、エルフの森に行っているから」
「「エルフの森!?」」
あまり詳しく聞いていなかったのか、グレンの現状に関してラグナも驚きの声を上げた。2人とも興味津々な表情をしており、目を輝かせている。
「ぼ、僕!一度、エルフに会ってみたいと思ってたんだ!」
「グレンの技も気になるけど、エルフも気になる!1人くらい、連れて帰って来てくれないかな!?」
「あいつが見た目通りの人間だったら、1人くらい物にしてくるんだろうけどね。あんまり期待しない方が良いよ」
それでも、2人は期待に胸を膨らませていた。
あの英雄ならば、きっと何かしらやってくれるだろうと考えたからだ。
「あ!じゃあ僕、エルフ語の勉強をもっとしておかなきゃ!これからエルフ族との交流があるかもしれないし!」
まだそうなると決まった訳ではないに加えて、会話をするだけならば同じ言葉を使うため学習など不要なのだが、ラグナはそう宣言する。
完全に先走りであり、無駄な労力になる可能性が高かった。
しかし、手紙でのやり取りくらいには発展する可能性もあり、それを加味すればラグナの発想は決して間違ってはいない。将来的に国を動かす者として、あらゆる状況に対応するために必要な機転である。
「またね、メリッサ!僕、部屋に戻るよ!」
そう言って、ラグナは今の今までずっと抱き付いていたメリッサの胸から離れる。その行動に一切の名残りがない所を見るに、やはり少年に邪な気持ちはないようだ。
「あ。ちょっと待ちな、ラグナ」
そして逆に、メリッサが名残り惜しそうにラグナを引き戻す。
再び少年を自分の胸に抱いた後、その頬に口づけをした。
「んう?」
「頑張れって事さ」
片目を瞑って微笑みながら、メリッサはラグナを放す。それ以上に眩しい笑みを返しながら、ラグナは「うん!」と頷いた。
そして、手を振りながら自分の部屋へと帰って行く。
少年が部屋に入って行くまで手を振り続けていたメリッサに向かって、キセラは言った。
「メリッサってさ。私達の中じゃラグナくらいだよね、あんな事するの」
それは頬への口づけの事を言っていた。
「なんだい?キセラもして欲しいの?」
「いやいや、いらないよ。――やっぱ、男限定みたいな?」
「それはそうさね。男だけの特別だよ」
「でもさ。自分の弟に言うのもなんだけど、ラグナって男に見えないよね」
「それは、あんたの目が肥えていないだけさ。あの子の中には立派な男が眠ってるよ。ティリオン様みたいな、ね」
「それって『女たらし』って事でしょ。確かに、ラグナも使用人に人気があるけどさ」
キセラは王城において、弟が何人もの使用人に囲まれている光景を幾度となく目撃している。
その際に贈り物を貰う所も目にしており、ラグナの女性人気が高い事を伺わせた。
「それがいいんじゃないか。女に興味のない男なんて、王として相応しくないよ」
「メリッサって、本当に親父のこと好きだよねー」
「好き、なんてもんじゃないさ。愛してるんだよ」
ティリオンの実の娘に対しての発言にしては、かなり大胆な暴露であった。しかし、キセラは始めから分かっていたとでも言うように狼狽える様子を見せない。
「父親としては私も好きだけど、そこまでは思えないなー。あんなおっさんのどこがいいんだか」
「分かってないね、キセラ。男は歳を重ねる程、色香が強くなるもんなのさ。まあ、ティリオン様はいつだって今が一番魅力的だけどね」
「分っかんないなー。メリッサなら、もっといい人いると思うのに」
「ティリオン様に敵う男なんていないよ。次点で、バルバロットの旦那かな?」
「バルバロット!?あっちもあっちで、ガタイの良い筋肉質なおっさんじゃん!メリッサ、趣味悪くない!?」
「人の好みは千差万別ってね。――ほら、次はカルナの部屋に行くよ」
自分が好きになる異性に他の女とは異なる傾向が見られる事を自覚しているのか、メリッサはそれ以上話を広げられたくないとばかりに会話を終わらせた。
キセラとしてはもう少し話をいじりたかったが、本人が嫌そうだったため諦める事にする。
そして、姉の部屋の前に辿り着くと、メリッサが扉を叩いた。
返事はなかったが、しばらくすると静かに扉が開かれる。そこから、ふくよかな体をした女性が姿を現した。
「久しぶり、カル――」
と、挨拶をしようとしたメリッサであったが、カルナが口元に指を当て、声を出さないよう指示を出した事で口を噤む。いきなりの行動には、メリッサも少し戸惑った。
「どうしたの、姉貴?」
同様に、その行動を不思議に思ったキセラが問い質す。
すると、カルナは体を横にずらし、彼女のベッドの上で寝ている者を指差した。
「ああ、ラムルか」
そこには赤ん坊が静かな寝息を立てており、キセラは自分の妹の名を口にした。
「そういう事なんです。ごめんなさいね、メリッサ。折角、会いに来てくれたのに」
「仕方ないさ。顔を見れただけ、良しとするよ」
ラムルを起こさないよう出来るだけ静かに会話をする2人。
赤ん坊を放っておいて会話に興じる訳にもいかず、かと言って眠りを妨げないように話すのも窮屈であるため、ここは大人しく部屋を後にする事にした。
開いた時と同じく、扉が静かに閉められる。
その時、誰かの手がメリッサの尻に触れた。それは偶然手が当たったというものではなく、明確に彼女の体に触れる事を目的とした触り方である。
不意打ちを食らったメリッサは、少しだけ驚きを覚えながら振り返った。
しかし、怒りは湧いてこない。
この階でそんな事をする人物は、唯一人しかいないからだ。
「お、なんだ。やけに良い尻した使用人がいると思ったら、メリッサじゃねえか。どうした、そんな格好して?」
そう、この城の主にして王国の頂点に君臨する者――ティリオンである。
「ティ、ティリオン様!?」
誰か分かっていたメリッサであったが、心の準備が出来ないまま国王と出会ったため声が上擦っていた。その様子は、彼女に相応しくない程に『女』である。
「ちょっと、親父。娘の前でそういう事しないでよ。いくら私でも気まずくなるじゃん」
「なんだ、キセラ。お前も触って欲しいのか?」
「そんな事したら、流石にぶん殴るけどね」
握り拳を作りながら言うキセラに対し、ティリオンは「くはははは!」と笑う。
その笑い声を聞けた事が嬉しく、メリッサは艶やかに微笑んだ。
「――それで、どうしたよ?帰国するのは聞いていたが、俺に何か用か?」
「え?あ、はい・・・。――あ、いえ!ティリオン様に会いに来たのは確かなんですけど、他にも用事がありまして・・・。もちろん、ティリオン様への用事が第一なんですけど・・・!」
彼女らしさの欠片もなく、メリッサは慌てる。
ティリオンに相対した時の彼女はいつもこうなので、他の2人は別に気にはしなかった。
「だったら、丁度良い。言ってみな。ここで聞くぜ」
場所は廊下ではあったが、そんな事を気に掛けるようなティリオンではなかった。メリッサも同様の考えではあったが、少しだけ間を置く。
そして、恥ずかしそうにしながらも彼女は口を開いた。
「あの・・・今夜なんですけど・・・もし、宜しかったら――」
言いかけた所で、ティリオンの指がメリッサの唇に触れる。
それは彼女の要求を理解した上での行動であり、断るためのものではなかった。
「女の口から、そんな事を言わせられるかよ。――いいぜ。今夜、俺の部屋に来な」
野性味溢れる笑みを向けられ、メリッサの瞳は歓喜に濡れる。
それとは異なり、目の前で父親が愛人との逢瀬を約束する現場を見せられたキセラは、凄まじくげんなりしていた。
「あのさ、親父・・・。別に、汚らわしいとか思わないけど・・・。もっと、隠すとかしないの・・・?娘の前なんだから・・・」
「なに言ってやがる。こういうのは隠れてやるから怪しまれるんだ。堂々としてれば呆れられるだけで、文句は言われねえんだよ」
「それはただ単に、言う気力すら湧かないだけじゃ・・・」
「だったら、それはそれで良し」
父親の女好きを理解していたキセラであったが、再確認した事により深い溜息を漏らす。それでも嫌いになれないのが、この父親の不思議な所であった。
「しかし、メリッサのその服・・・」
娘との会話を切り上げ、ティリオンはメリッサの体を上から下まで嘗め回すように眺める。それにメリッサは嫌悪ではなく、恥じらいを覚えた。
「やっぱり、可笑しいですか・・・?」
いつもは露出度の高い格好であるため、そちらの方を恥ずかしいと思うべきなのだが、着慣れない服装をティリオンに見られたせいで顔を赤くしていた。
今すぐに脱ぎ捨てたい衝動に駆られるが、はしたない真似は出来ない。
少し目線を外しつつ、メリッサは国王の視線に耐えた。
「可笑しいなんて事あるかよ。俺が言いてえのは、そうじゃねえ。むしろ、かなりそそるぞ」
「え・・・?」
「決めた。――おい、メリッサ。俺の部屋に来る時は、使用人服を着て来い。そんで、それを俺が脱がす」
国王の物とは思えない発言であったが、メリッサは嬉しそうに「はい・・・!」と返事をした。その表情は並の男であったならば、容易く魅了されそうな程に蕩けている。
そして彼女とは逆に、キセラはやはり怒りを覚えていた。
「親父、一発ぶん殴って良い?私は別にいいんだけど、3人のお袋がなんだか可哀想でさ」
「待て待て!こういうのは男の甲斐性ってやつだ!それに、あいつらに対しても俺はしっかりやっている!――っと、そうだ。メリッサ、折角だからあいつらに会って行けよ。きっと喜ぶと思うぜ」
その発言から、ティリオンとメリッサの関係は彼の妻にも容認されているという事が分かった。きっと、ティリオンに関する話で盛り上がる事もあるのだろう。
しかし、メリッサは首を横に振る。
「申し訳ありませんが、遠慮させていただきます。他にも行きたい場所がありますので」
「へえ。どこにだ?」
ティリオンの興味深げな問いにメリッサは微笑むと、
「ファセティア家の屋敷に行こうかと」
と、答えた。
「なるほど、バルバロットか。――いや、その顔は違うな。さては、エクセが目的か?」
「御存知でしたか」
「当たり前だ。あいつの娘ってだけでも興味が湧くのに、グレンの奴もお気に入りだって言うじゃねえか。女に興味をなくしたんじゃねえかって思っていたが、まさかああいうのが好みだったとはな」
「一時期、男色の噂が流れましたからね」
「あった、あった!危うく噂が国中に広がる所だったな!」
当時を思い出し、2人は楽しそうに笑う。
1人仲間外れのキセラは、その様子に不貞腐れるのであった。
「ちょっと、ちょっと。私もいるんだから、ついて行けない話題は止めてよねー」
「ん?そうか?だったら・・・メリッサ、帝国の方はどうだ?」
いきなりな話題転換であったが、メリッサは即座に答える。
「順調です。帝国に巣食っていた奴らも、粗方片付けてしまったと思います。後は、カディアの頑張り次第ですね」
「お?お前、まだアルカディアの事を渾名で呼んでんのか?とっくに名前で呼んでいるのかと思ったぜ」
メリッサは親しくなりたいと思った人物にまず最初に渾名を付ける。そして、十分に親しくなったと判断したら本名で呼ぶようになるのだ。
メリッサであるならば、すでにアルカディアとも親しくなっているに違いないと予想していただけに、ティリオンは「意外だ」と驚いた。
「はい。帝国が王国の助力なしでもやっていけるようになったら、名前で呼ぼうかと」
「けじめってやつか。お前らしいな」
「あの子は優秀ですから、すぐにでもやっていけそうですけど」
常日頃から国のために尽力するアルカディアの姿を知っているために出た言葉であった。
それを聞き、ティリオンも不敵に笑う。
「そいつは朗報だ。楽しみに待っているとするか」
そう言うと、ティリオンは笑い声を上げながら身を翻し、片手を上げてその場を去って行く。他に向かう所のあるメリッサを、これ以上足止めしないようにするためであった。
どうせ夜に再会するのだ。積もる話はベッドの上ですれば良い。
それをメリッサも察し、ファセティア家の屋敷へ向かおうと足を動かす。
早々に用事を済ませて、身を清めておきたかった。
「あ、メリッサ」
そんな彼女をキセラが呼び止める。
どうしたのか、と顔を向けるメリッサに対して王女は、
「服、メイドに返してからにしてくんない?」
と言うのであった。




