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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
冥王国の進軍
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幕間 『死神グレン』討伐

 フォートレス王国の南に位置するサリーメイア魔国。

 そこに広がる『死神グレン』の噂。


 『魔術が効かず、歯向かえば死あるのみ。逃れる事はできず、ただ彼の望みに従う他ない』。


 そんな悪評を広められて、王国の人間が黙っている訳がなかった。

 そのため、シャルメティエはグレンの名を騙る狼藉者の討伐を国王に打診する。ティリオンも快く承諾してくれ、『戦乙女(シャルメティエ)』率いる討伐隊はサリーメイア魔国へと進軍していた。

 その際に障害となるであろう魔国の上層部を説き伏せるため、チヅリツカも同行している。

 「『死神グレン』について、何故王国に知らせなかったんですか?」

 軍の入国を渋る魔国に対して、チヅリツカはまずそう言った。

 当然、相手は「知らなかった」と答える。

 「そのような嘘を信じるとでも?こちらで調べましたが、『死神グレン』の犯した事件の数は100を超えます。これはあくまで本物とは無関係な、我が国の英雄の名を騙った複数人または複数の集団によるものですが、それでも国を治める者達の耳に届いていないはずがありません」

 国民を脅かす大犯罪者の存在を国が知らないはずはない。加えて、それを野放しにする理由も本来ならばない。

 では何故、サリーメイア魔国は『死神グレン』に何の対処もしてこなかったのだろうか。

 「これは私の立てた仮説ですが、貴方方は『死神グレン』を利用して、王国への反感を民に植え付ける気ではないですか?いつの日か来る逆襲の日に備えて。そう、例えば――英雄グレンが亡くなった後ですとか」

 ルクルティア帝国のように王国と距離を近くする国もあれば、水面下で反撃の機会を伺っている国もある。

 その可能性を、チヅリツカは問うていた。

 それをすんなりと「はい、そうです」などと答える者もおらず、場には重苦しい沈黙が流れる。

 「もし違うのでしたら、申し訳ありません。ですが、私の仮説が国王のお耳に入る事もあるかと思います。それを考慮していただけると、そちら側としても助かるのではないでしょうか?」

 もし仮にフォートレス王国国王がそれを鵜呑みにしたら、どうなるか。

 それを理解できぬほどに魔国の上層部は愚かでもなければ、命知らずでもない。

 そして何より、彼女の予測は当たっていたのだ。自分達よりも幾分か若い女に完全に見透かされ、魔国の上層部は改めて王国の強大さを感じるのだった。

 仕方なく、討伐軍の入国を許可する。

 「ありがとうございます」

 そう感謝を述べたチヅリツカの笑顔が、彼らには自分達を飲み込む魔物のように映った。





 そして現在、討伐軍はある屋敷が見える位置にて待機している。

 屋敷とは言っても、山奥にある何十年も前に建てられたオンボロであり、所々に傷みが見えた。とても人が住んでいるようには見えないが、修繕されている箇所もあり、そこに誰かが住んでいる可能性を示唆している。

 無論、そういった情報を入手したがため、シャルメティエ達はここを訪れているのだ。

 「あそこにグレン殿の名を騙る愚か者がいるんだな?」

 「はい。チヅリツカの入手した情報によると、ここで間違いないかと」

 シャルメティエが問い掛けたのは、彼女の秘書ではない。

 チヅリツカは数いる『死神グレン』の情報を手に入れるため、情報を探し回っている最中なのだ。

 秘書の代わりとしてシャルメティエの傍には1人の騎士が仕えており、大事そうに彼女の兜を抱えている。つまりシャルメティエは今、彼女の基本装備である『鷲の目(イーグル・アイ)』を被っていないのだが、それには理由があった。

 シャルメティエは『解呪眼鏡(ティスペルグラス)』を身に着けているのだ。

 前回、ユーグシード教国への通り道として魔国を通った時には大して活躍しなかった魔法道具(マジックアイテム)である。それでも、今回は魔国の者が相手と言う事もあり、用心として装備していた。

 そして、それはとても似合っていた。

 チヅリツカも相当似合っていたが、シャルメティエも美女と言う点で引けを取らない。そういった女性に外見的知性が加えられると、斯様にも魅力が増すのだ。

 すぐ隣に立つ騎士などは、思わず崩れそうになる表情を必死に保たなくはいけない程であった。

しかしシャルメティエの視界に映らない場所に立つ者達は別で、彼女に聞こえない程度の声で会話をしている。

 「今日のシャルメティエ様は、一段とお美しいな・・・」

 「ああ。まさか眼鏡を掛けた御姿を見ることができるとは・・・」

 彼らは真面目な騎士である。そのため、知性を感じさせる女性が好みであった。

 勿論、顔が良いに越したことはなく、今のシャルメティエは彼らには女神に見えたことだろう。

 「チヅリツカの眼鏡姿も良かったですけど、シャルメティエ様も素晴らしいですね」

 「なに!?あいつも眼鏡を掛けたのか!?」

 「はい。彼女がシャルメティエ様と共に教国に出向く際に、見かけました」

 「それは惜しい事をした・・・。今度、頼めば見せてくれるかな・・・?」

 「多分、呆れられると思います」

 シャルメティエ隊の中では、シャルメティエとチヅリツカは憧れの的である。特に女性のいない騎兵部隊や歩兵部隊の騎士にとっては目の保養でもあった。

 他の隊から羨ましがられる事も多々あり、つらい訓練も彼女達と一緒ならば苦ではなくなる。そのため、シャルメティエ隊の騎士達は強者揃いであった。

 それ故か、今回の任務に対しても気を張る事なく、先ほどのような会話をする余裕も生まれている。

 「皆、聞いてくれ」

 そんな彼らの意識を、シャルメティエの声が引き寄せた。

 始めから姿勢を崩していなかったため、騎士達は即座に気持ちだけ正す。

 「これより我らは敵陣に乗り込む。まずは降伏勧告をするが、従わないようならば殲滅も止む無しだ。その覚悟だけはしておいてくれ」

 シャルメティエの言葉に、騎士達は揃って応答の声を出す。

 それを確認すると、部隊は動き始めた。





 シャルメティエ達が屋敷の前まで来ると、大勢の男達がそれを出迎えた。

 どこからどうみても真っ当な人種ではなく、ここが「当たり」である事を教えてくれている。

 「な、なんだあ!?てめえら!?」

 その中の1人が、先頭に立つシャルメティエに問う。

 充実した装備に、整った陣形。

 それらを目にして何の察しもつかない程に彼らも愚かではなかったが、とりあえず何か言っておかなければ舐められると考えた末の行動であった。

 「我らはフォートレス王国騎士団。貴様らを誅罰するため、今ここに推参した。大人しく降伏するならば、こちらとしても手荒な真似はしない」

 「は・・・はあ!?お、王国の騎士団・・・!?」

 それが何故ここに、とでも言いたげな表情で男は叫ぶ。

 そして、その男の心の声を代弁して他の者が聞いた。

 「な・・・なんで、こんな所に王国の連中が!?」

 「何故?それは貴様達が一番良く知っているだろう?」

 彼らとしても、自分達が捕らえられる立場の者である事は理解している。今まで散々悪事を働いて来たのだ。むしろ今まで国が放置してきたことの方がおかしい。

 それでも、他国の軍に攻め入れられるのは予想外であり、しかもそれが周辺諸国最強と名高いフォートレス王国の騎士団である。正直、応対できる相手ではなかった。

 慌てふためく『死神グレン』一味を見ながら、シャルメティエは相手の戦力を分析する。

 数は大体30人。荒くれ者の組織としては中規模と言った所か。

 山中という事もあり、歩兵部隊しか連れていない自軍と比べてほぼ同等。その事実に、シャルメティエはどのような展開になっても自分達の勝利が揺ぎ無い事を確信する。

 日々を向上のために生きる騎士と、弱者を虐げる事しか出来ない犯罪者では存在そのものの格が違うのだ。特に、相手を前に弱さを見せる者など取るに足らない。

 しかし、1つだけ気になる事があった。

 『死神グレン』――つまりはグレンの名を騙る事が出来るような人物がいないのだ。魔国の街で偶然出会ったガドの話では、グレンに似た体格の者が彼の名を騙り、犯罪に手を染めているという事であった。

 その際に魔術を使って姿を変えている可能性もあったが、それは『解呪眼鏡(ティスペルグラス)』によって看破可能であるため懸念材料にはならない。

 そして、視線を巡らせるシャルメティエの前に問題の人物が姿を現した。

 「ふわ~~~~~あ~~~・・・。どうした、お前ら・・・?騒がしいぞ・・・」

 大きな欠伸と共に屋敷の中から姿を現したのは、身の丈2m近い大男であった。顔や腕には小さな古傷が1つ2つ見られ、眠たそうに腹を掻いている。

 「お、親分!グレンの親分!」

 ある男が大男をそう呼んだことで確定する。この者が『死神グレン』の1人。

 「た、大変です!王国の騎士団が、攻めてきました」

 「騎士団だあ・・・?」

 犯罪者達を束ねている事もあり、大男は余裕のある返事をした。そして、ゆっくりと仲間達の元まで歩み寄ると、シャルメティエと対峙する。

 「へー・・・、ほー・・・」

 そう呟きつつ、大男はシャルメティエを上から下までじっくりと観察する。

 その失礼な態度にシャルメティエは動じなかったが、彼女の後ろに仕える騎士達は怒りを覚えていた。

 「良い女だな。昨日抱いた女よりも、かなり良い」

 後ろを振り返り、大男は手下達にそう言った。

 その余裕ある態度に違和感を覚えたようで、手下の1人が、

 「お、親分・・・。どうするんですか・・・?」

 と、恐る恐る聞く。

 その恐怖に彩られた顔を見て、大男は逆に笑みを作った。

 「なにビビってんだ、お前ら。数はそう変わらねえんだ。それに、こっちには俺がいる。もっとドンと構えとけ」

 手下達を安心させるように、大男は言う。

 それだけで、他の者達にも余裕が生まれた。

 「で、だ。騎士達よ。こんな所にまで一体何の用だ?この英雄グレンに話でもあるのか?」

 あまりにも愚かな発言を耳にし、騎士達は呆れよりも怒りよりも殺意を覚えた。自分達が本物のグレンと会ったことがある可能性を考慮しない間の抜け方、王国の者と出くわしても嘘を貫き通そうとする厚顔さ、どれもこれもが癇に障った。

 「その通りだ。貴様に用がある」

 しかし、シャルメティエは冷静に言葉を発する。

 そんな彼女を、大男は再度値踏みするように見下ろした。

 「そいつは光栄だ。日の出ている内は女を抱かない主義なんだが、今日ばかりは返上するとしよう。もう少し胸があった方が好みなんだが、お前ほどの美人、文句なんて言わねえよ」

 その言葉を聞き、騎士達の我慢は限界にまで達する。

 シャルメティエ本人は何を言われたのか分からなかったが、目の前の大男が素直に言う事を聞くような人物ではないと判断した。

 「何を言っているのか分からないな。私は貴様を捕らえに――」

 「誤魔化さなくてもいいって。憧れの英雄様に会いに来たんだろ?可愛がってやるから、こっちに来な」

 全く話を聞かない大男は、そう言ってシャルメティエに向かって手を伸ばした。その手は埃と罪に汚れており、彼女に嫌悪感を抱かせる。

 当然、シャルメティエは男の手を払おうとした。

 しかしそれよりも早く、彼女の後ろからグレンを騙る男の顔面に向かって、大きな拳が放たれる。

 「ぐべっ!」

 その拳は篭手に覆われており、強烈な衝撃を受けた大男は無様な声を上げて気絶した。

 大男が地に倒れ伏すのと同時に、突然の展開に驚いたシャルメティエは後ろを振り返る。そこには、彼女の部下でもある先輩騎士がいた。

 「マ、マグナス殿・・・?」

 「指示もなしの勝手な振る舞いを許してくれ、シャルメティエ。しかし、これ以上こいつの言葉をお前の耳に入れる訳にはいかん」

 マグナスという名の騎士は、シャルメティエよりも前に移動する。それに感化されたように、続々と騎士達が同じ行動を取った。

 「その通りだ、シャルメティエ殿」

 「アシュファー殿・・・?」

 「これ以上、下賤の輩がお前の姿を視界に収めるのも気に食わん。俺もそれに賛成だ」

 「フォドム殿まで・・・」

 「シャルメティエ様!ここは我らにお任せください!」

 「ヴィンスター・・・!?皆、一体どうしたというのだ・・・!?」

 部隊の中では、シャルメティエは若い部類に入る。

 そのため、部下のほとんどが年配者であるのだが、年齢を理由に彼女の指示を聞き入れない者は誰一人としていない。それ程までに彼女達は信頼関係を築いており、またシャルメティエの実力は認められていた。

 しかしどうしたことか、彼女の部下は「まずは降伏勧告」という指示を無視して行動している。これは重大な命令違反であり、本来ならば上官であるシャルメティエは厳しく律しなければならない。

 それでも、彼らの言葉から自身を想っての行動である事は明確であり、シャルメティエは小さく笑みを作った。

 「――分かりました。では、お願いします」

 「良し!ホービスとレイナハットは、我らが『戦乙女』をお守りしろ!いいな、1人も逃がすなよ!」

 シャルメティエが許可を出した瞬間、代表してマグナスが指示を出す。

 それを受け、雄叫びを上げた騎士達が目の前に群がる敵に向かって突進した。

 人数は同等でも、装備を含む戦力に圧倒的な差があるこの勝負。最早、勝利は確定していた。

 「しかし・・・、珍しいな・・・。皆が私に意見をしてくるとは・・・」

 それが嫌な訳ではない。

 ただ、いつもとは異なる事態に驚いてしまい、思わず感想が漏れ出ただけである。

 「皆、シャルメティエ様をお慕いしているのです」

 シャルメティエの護衛として残った騎士の1人が、それに答える。

 ありがたい事だ、と彼女も笑った。

 「時に2人とも。1つ、質問があるのだが」

 シャルメティエの護衛として残った2人の騎士は、どちらも彼女より若い。そのため、シャルメティエも年下に対する口調になっている。

 「なんでしょうか?」

 「どのような事でもお聞きください」

 2人の若騎士は即座にそう言った。

 「感謝する。では聞くが、男にとって女の胸とは何なのだ?」

 「「え゛!?」」

 予想外の問いに、2人は揃って驚きの声を上げた。

 シャルメティエの顔は相変わらず凛々しく、冗談を言っているようには思えない。

 「先程そこで転がっている男も言及していたが、実は教国で過ごしている時にも似た様な話題を耳にしてな。チヅの方が大きくて良い、という様な事を言われた。一体、この2つの膨らみに何の価値があるのだ?」

 それはもう無限大の価値が――と言いたい2人であったが、さすがにそれは出来なかった。と言うよりも、シャルメティエと比べてチヅリツカの方が優れているという事実に、騎士である2人も少しばかり興奮する。

 大きさが問題ではない。事実を知れた事が重要なのだ。

 「どうした、2人とも?分からないのか?」

 自軍の勝利を確信したシャルメティエは、すでに素に戻っている。

 戦闘開始前には自分達の緊張を解すため軽口を叩くこともあるが、この場はそう言った状況ではない。つまり彼女にとっては日常会話であり、自分達が何か言うまでこの会話は終わらないのだ。

 「も、申し訳ありません・・・。私の口からは何とも・・・」

 ホービスが、辛うじてそれだけ答える。

 「ふむ。では、レイナハット。お前はどうだ?確か、妹がいたはずだったな?」

 「え!?あ・・・えっと・・・・・み、未熟者故・・・お答え出来かねます・・・」

 「そうか・・・」

 レイナハットと呼ばれた青年は最後にぼそっと「私の妹は平坦ですし・・・」と付け加えた。

 その呟きはシャルメティエの耳に届くことはなく、

 「では、先輩方にでも聞くとしよう」

 と、結論付ける。

 そして、戦況が粗方決したのを見届けると、部下達に指示を出しに向かうのであった。




 その後も続くシャルメティエ隊の活躍は見事なもので、わずか数日で『死神グレン』を名乗る集団を全て壊滅させる。それにより、魔国での王国に対する評価が向上し、グレンに対する誤解も正された。

 しかし、シャルメティ隊の騎士達にとって新たな問題が立ち上がる。

 それはシャルメティエが若騎士にしたものと同様の質問をして回る、というものだ。

 あらゆる騎士がそれに口籠り、誰も明確な答えを出せないために被害は悪化。

 ついには王都にいる全ての騎士が知る事となる事態になってしまうが、恥をかいたのはチヅリツカだけだったと言う。

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