4-7 天守国の京
ロディアス天守国の一団と遭遇したグレン達は、彼らと共に一路『天示京』を目指していた。
『天示京』とは天守国の首都の名であり、国の象徴とされる『天子』が住む御殿が建てられている。
天守国の戦士ジェイクの話によると、貴人の家は外観だけで判別が付くように派手な色合いの建物が多く、天子の御殿はとても素晴らしい物であるとの事であった。
「天子様のおわす『悠久御殿』は正に圧巻の一言であるぞ!瑠璃色の屋根は美しく、雲のように白い外壁は穢れを知らぬ!まるで天子様の御心を表しているようである!」
興奮して語るジェイクの話を聞きながら、グレンはただ相槌を打っていた。
そう、今ジェイクと肩を並べて歩いているのはグレンなのである。
似た様な体格に加えて同じ剣士という事もあり、2人は意外にも容易く打ち解けていた。と言うよりも、ジェイクが非常に社交的な人間で、外見のせいで性別を問わず距離を置かれがちなグレンにも積極的に話し掛けてきたのだ。
その中の会話で最も驚いたのが、ジェイクが自分よりも年下だという事であった。
髭面のせいで大分年老いているように思えたが、つい最近25歳になったとの話だ。思わず驚きの声を上げそうになったグレンであったが、何とか堪える事に成功している。
ただ、後ろでその話を聞いていたヴァルジは小さく「え!?」という声を上げてはいたが。
「しかし、グレン殿。一体、どのような経緯でエルフ族に力を貸す様になったのであるか?」
ここまでの会話で親しくなったと判断したのだろう。ジェイクが踏み込んだ質問を口にした。
答えていいものか悩んだグレンは、ニノの顔色を窺おうと傍を歩く彼女の方へ視線を向ける。しかし、ニノは再び外套で顔を隠してしまっているため、口元くらいしか見えなかった。
周りにいる天守国の兵士達が、女エルフの顔を見ようと不自然な動きを見せているのが煩わしいに違いない。口元からだけでも、怒りの感情が伝わって来る。
「そうだな・・・成り行き上だ」
とりあえず、そう答えておいた。下手に話せば、不機嫌なニノに叱られてしまうかもしれないと思ったからである。
ちなみに、相手が年下であるため、グレンはジェイクに敬語を使っていない。
「なんと素晴らしい!単なる『成り行き』で、1つの種族を救うために動いているのであるか!グレン殿とヴァルジ殿は聖人であるな!」
やはりジェイクは顔に似合わず、純朴な善人であるようだ。
グレンの適当な言葉を最大限良い方向へ解釈し、2人に向かって賛美を送る。誤魔化し程度の返答をしたグレンの心が、ちくりと痛むくらいにジェイクは『良い奴』であった。
そのため、自分の心を癒す意味も込めて称賛を返しておく。
「君も似た様なものだろう。いきなり現れた我々を、即座に受け入れようとしてくれたんだからな。人によっては『愚か』と思う者もいるだろうが、事情も解さずに出来る事ではない。それこそ聖人と称えられてしかるべき行いだ」
「口が勝手に動いただけである。ですが全てを知った今、やはりあの時の判断は正しかったと思うばかりであるよ」
ここまでの道中で、グレンはすでにエルフ族の置かれている状況をジェイクに説明している。かと言って精々が『冥王国に狙われている』というくらいであり、それ以上の説明はしていない。
特に、殺されたエルフに関する話は今後一切口にするつもりはなかった。勿論、ニノを気遣っての事だ。
「まっこと憎きは冥王!彼奴を倒すという目的を同じくする者であるならば、我らが戦線に加わるのに何も躊躇いも無いのである!」
握り拳を作りながら、ジェイクはそう言った。
ロディアス天守国において、最初に出会ったのが彼であって良かったとグレンは思う。目的がすんなり達成できそうという事もあるが、天守国に対する印象が良いものとなったからだ。
これならば、安心してエルフ族を任せられる。
「素晴らしい心意気だ、ジェイク。君ならばきっと、この戦いを終わらせる事が出来るだろう」
「お褒めの言葉、感謝するのである。吾輩も、そうなる事を望んでいるのであるよ。しかし、冥王国は先程のような三下ばかりではないのであるからして、油断は出来ないのである」
ジェイクの言葉を聞いて、グレンは彼の戦いぶりを思い出す。
少しばかり、ジェイクの力について聞いてみたくなった。
地を割る程の剛剣を、一体どのようにして身に付けたのか。
「ジェイク。先程の戦いに関してなんだが、少し質問をしていいか?」
「構わないのである」
「君が最後に放った斬撃。あれは、君の力か?それとも、あの大剣の能力か?」
ジェイクの力を疑っている訳ではない。
後者はあくまで可能性の1つとして、選択肢に加えただけである。それだけでなく、グレンらしく装備にも興味があったのだ。
「『天上断罪剣』の事であるか?」
「え?あ・・・そ、そう・・・だと思う・・・」
ジェイクが恥ずかしげもなく技名を口走った事に、グレンは若干の戸惑いを覚えた。しかも、かなり仰々しい名前であり、聞いているこちらが顔を赤くしてしまいそうである。
これもまた、記録係の印象に残りやすくするための工夫なのだろう。
とりあえず、批判と取られかねない発言は慎んでおいて、ジェイクの言葉を待つ。
「そのどちらも、と言った方が正しいであるな。天子様より賜りし聖剣『正義をもたらす者』は、吾輩の正義の心に呼応して威力を増すのであるからして」
重ねて武器の名前を聞き、グレンはヴァルジが放った「面白い」という台詞を思い出した。
ここら一帯の国々に属する全ての戦士が武器にしろ技にしろ、やたら凝った名称を付けたがると言っていたが、こうまで自然に口から出るものなのか。
最早、文化として根付いているのだろう。
グレンが今まで聞いた中ではシャルメティエの装備が中々印象的な名前であったが、ジェイクの大剣程ではなかったと記憶している。
だが、それは決して批判されるような事柄ではない。むしろ戦意高揚の意味があるのではないか、とグレンは無理矢理にでも納得した。
「なるほどな・・・。正義の心か・・・」
「そうなのである。ですが、実はそれだけではないのであるよ。あの時、吾輩は地面に向かって『脆弱たる惰弱』を放っていたのである」
「な、なんだ・・・それは・・・?」
体の芯から滲み出てきそうな拒絶反応を、グレンは何とか抑え込みながら問う。
彼が悪い訳ではない。ジェイクが悪い訳ではない。
ただ文化が違うだけなのだ。
「御存知ないであるか?『脆弱たる惰弱』とは物体を脆くする魔法なのである。使い手は少ないでありますが、結構有名な魔法だと思っていたのであるが」
グレンは、そのような魔法を今まで聞いたことがなかった。ジェイクが独自開発した魔法という訳でもないようで、単純に自分の知識不足なのだと判断する。
「すまない、聞いたことがないな。魔法段位はどれくらいなんだ?」
「『まほうだんい』とは、なんであるか?」
魔法には10級~10段の20段階で習得難度が設定されているため、グレンはそこからジェイクが使用した魔法の程度を推し量ろうとした。
しかし、『魔法段位』という制度と言葉が通用するのはフォートレス王国内のみであり、ジェイクには疑問を返されてしまう。
「ああ、そうか・・・知らなくて当然だな・・・。そうだな・・・なんと言うべきか・・・。君達の国では、どれくらい凄い魔法なんだ?その『うぃーく・うぃーく・ぶれいかー』という魔法は?」
「『対軍魔法』に指定されているのである」
全然知らない言葉だった。
しかし、響きから何となく察しが付き、グレンは「なるほど・・・」と相槌を打っておく。
「――だが、なぜ地面に向かって魔法を掛けたんだ?」
「地を穿ってみせる事で、敵軍を撤退に追い込みたかったからである。敵兵とは言え、戦意を失いつつある者を斬るのは忍びないであるからな」
この台詞に関して、グレンは「優しい」ではなく「甘い」と捉えた。
敵は叩ける時に叩くのが最善。どうせ、必ず攻めに戻って来るのだから。
(まあ、そこまで言う権利が俺にはないか・・・)
彼らの戦争は、あくまで彼らが取り組む物。
例えそれが的確な助言であったとしても、ほとんど無関係なグレンが口出しして良い事ではない。
ましてや、それが1人の戦士の矜持あらば猶更だ。
「なるほどな。だからあの時、君の攻撃が敵に当たらなかったのか」
グレンとヴァルジがジェイクの『天上断罪剣』について驚きを覚えなかったのは、それが何の戦果も上げていなかったからである。
どれ程の破壊力を秘めた一撃であっても、当たらなければ意味がない。
そう考えたため、大した評価をしなかったのだ。
しかし事情を知れば、それも変わる。グレンは、隣を歩く男の実力を少しばかり見直した。
「横から――いえ、この状況ですと『後ろから』ですな――申し訳ありません」
その時、2人の後ろを歩くヴァルジが声を掛けてきた。
そしてそれは、ジェイクに向けられたものである。
「なんでありますか、ヴァルジ殿?」
「先程から話を聞いている限り、ジェイク殿は剣も魔法も中々に達者なようですな」
剣も使えるし、魔法も使える。
それは、つまり――。
「それはそうでなのである。何を隠そう、吾輩は『魔法剣士』なのでありまして」
その言葉に、グレンとヴァルジは今度こそ素直に驚愕した。
なぜならば、『魔法剣士』を名乗るというのは、そう容易いものではないからだ。
まず、名前の通り剣も魔法も使えなくてはならない。そして、ただ使えるだけでは駄目なのだ。
魔法使いに剣を持たせて出来上がりという訳でも、剣士が平凡な魔法を使えて完成という訳でもなく、剣術も魔法も深く身に付けて初めて『魔法剣士』を名乗れる。
無論、自称という可能性がない訳ではない。しかし、ジェイクのような性格の人間が、そのような事をするだろうか。
「ほほう。見事ですな。長い年月を生きていますが、今まで出会った者の中で魔法剣士はほんの数人くらいでしたぞ」
一先ず、ヴァルジは信じる事にしたようだ。
「これでも天守国のジェイク・マックスと言えば、それなりに有名でありますからな!」
自慢と言うよりかは誇るように、ジェイクは胸を叩く。
どん、という力強い音が彼の持つ自信に感じられた。
「そう言えば、ジェイク。君は自分の名前を叫びながら突撃していたが、あれには何か意味があるのか?」
ジェイクが名前を言った事により、グレンは彼を最初に見た時の事を思い出した。雄叫びを上げながらの突撃は珍しくないが、大声で名乗りを上げながらというのは聞いた事もない。
これといった利点も思い浮かばず、グレンは本人からの説明を望んだ。
それにジェイクは逡巡を見せず、声高らかに教えてくれる。
「勿論あるのである!我が名を叫ぶのは、『吾輩はここにいるぞ!掛かってこい!』という意思表示なのである!味方への意識を我が身に向けさせ、被害を少なくさせる意味があるのである!最近では、我が名を聞くだけで敵が後退してくれるようにもなったので、効果は覿面なのである!」
一応、理由らしい理由はあるようだ。
しかし、それでは自分に攻撃が集中するのでは――と聞こうとしたグレンであったが、その理由はすぐに推察する事が出来た。つまり、それでも平気な程ジェイクが強いのだ。
「流石は魔法剣士か。見事な実力を持っているようだ」
「恐縮なのである。天子様からも『天駆勇壮』の称号を頂戴しているので、その名に恥じぬ働きをせねばと日々邁進するばかりであるよ」
ジェイクと話していると、グレンは常に驚きを覚える。やはり異文化に触れるというのは、それ程の新鮮味を得るのだ。
(あまかけるゆうそう・・・)
ジェイクの自己紹介の時にも聞いたが、改めて耳にすると渋い顔をしそうになる。
グレンも母国では『英雄』という肩書で呼ばれる事があり、騎士団副団長のシャルメティエにも『戦乙女』という二つ名がある。しかし、最早どういう字を書くのか分からないような仰々しい二つ名――もとい称号には馴染みがなく、やはりどうしても気恥ずかしくなってしまっていた。
(いかんな・・・。自分を基準に考えてしまっては、相手に失礼だ・・・)
グレンは気を取り直すため、一度軽く頭を振った。
そして、もう少しこの辺りの文化について知ろうと、ジェイクに問い掛ける。
「その『称号』とやらは、一体どういう仕組みなんだ?」
「むむ。グレン殿は知らないのであるか?となると、余程遠く離れた国から参ったのであるな」
「ああ。ここより遠く東にあるフォートレス王国から来た」
「フォートレス王国でありますか・・・。申し訳ない。聞いた事がないのである・・・」
言葉通りに申し訳なさそうに、ジェイクは頭を下げて来た。謝る必要は皆無であるため、グレンも「気にするような事ではない」と言って、顔を上げさせる。
「それで、『称号』とは何なんだ?」
先程逸れてしまった話題を、もう一度問う。
「おお、そうだったのである。――『称号』とは、優れた功績を上げた者に対して国の最高権力者から与えられる呼び名の事である。これを持っているだけで一目置かれる程に名誉な物なのであるよ」
勲章みたいなものか、とグレンは判断した。
目の前の髭面の戦士も、その優れた功績を上げたに違いない。ならば今回ジェイクと出会ったのは、かなり幸運であっただろう。
エルフ族の同盟参加を拒まない姿勢なようであるし、それなりの立場である事も期待できる。少し狡い考えだが、ここで彼と友好的な関係を築いておく事はエルフ族のためになるはずだ。
「なるほど。君のような勇敢な戦士を評価するあたり、『天子』様とやらは慧眼をお持ちのようだ」
なので、グレンにしては過剰な賛美を送る。
要は、ご機嫌取りであった。自分だけでなく、自分が仕える主をも褒められて気分を良くしない者はいない。
「おお!よく分かっているのである、グレン殿!天子様こそは、正に我が国の秘宝!古来より受け継がれし神の血を宿す御方なのである!」
「確か、『破壊の女神シグラス』の子孫だったか?」
ここまでの道中、グレンはロディアス天守国や天子に関して、ある程度の事を教えてもらっている。その話の中で、ジェイクが最初に説明を始めたのが天子についてだ。
天子とはロディアス天守国の象徴であり、絶対的な上位者として位置づけられているらしい。
名をアメノミコト・ユラトフルベ・センリノーツと言い、男からは『天子様』、女からは『ミコト様』と呼ばれているという話だ。
何故男女で呼び方が違うのかと言うと、今の天子が女性であるからだそうだ。つまり、異性は名を呼ぶ事が許されておらず、同性であれば名を口にする事が出来る決まりなのだとか。
余程、神聖な存在として扱われているのだろう。
ジェイクがグレンに天子の名を告げる時も、とても恐れ多そうにしていた。
そして、その者は『破壊の女神シグラス』の血を宿しているのだと言う。生前『シグラス』が統治していた領地にロディアス天守国が含まれており、早い話が支配者の血を引く者を担ぎ上げて作られたのが、この国なのだ。
彼女が亡くなった後すぐに国が分裂するあたり、やはり強大な力を持っていたようである。
「我々は『宗主』様と呼んでいるのである。かつて、どの八王神よりも広い領地を持ち、強大な力を持っていた我らが最初の王であるからして」
どうやら、天守国では『破壊の女神シグラス』を崇めるのが一般的なようだ。
グレンの母国や周辺国家も、かつては八王神の1人によって統治されていたのにも関わらず、そのような習慣はなかった。これもまた、文化の違いなのだろう。
「なるほどな。そのような神の血を引いているんだ。さぞ立派な指導者なのだろう。拝謁する機会をいただきたいものだな」
これはグレン自身が望んでいるのではなく、当然ニノのためである。
国の最高権力者と会う事は同盟関係を結ぶ上で必須事項であり、出来なければ目的達成は不可能と言っていい。顔も合わせず作られた信頼関係に如何程の価値があるだろう、という事である。
ジェイクならば、その手引きもしてくれるはず。
そう思い、グレンは打診してみたのだ。
「むむ・・・!そうであるな・・・!あちらのエルフ殿は問題ないと思われますが、グレン殿とヴァルジ殿は・・・少し・・・難しいであるな・・・!」
それは別に構わなかったが、ジェイクの歯切れの悪さに少々違和感を覚える。グレンは、彼ならば即答に等しい承諾を出すと思っていたからだ。
「ニノが会えるのならば、問題ないが・・・何故だ?」
理由としては、性別か。
天子が女性であるのだから、男は会えない。それはそれで正当な理由と言えなくもないが、会う事すら叶わないとなると、かなり過剰な保護にも思われた。
女子校である聖マールーン学院みたいなものか、とグレンは類似例を思い付く。
「天子様は男が苦手であるからして・・・」
と、ジェイクは理由を説明してくれるが、単にそうであるという訳ではない言い方であった。
しかし、グレンにとっては詮索するような事柄ではなく、特に追究するような真似はしない。それでジェイクの機嫌を損ねてしまっては意味がないのだ。
「それならば、仕方ない。いや、無理な要求を言ってしまった私が悪いな。すまなかった」
あくまで相手の君主を立てる形でグレンは謝罪をした。
頭こそ下げなかったが、その誠意はジェイクにしっかりと伝わったようだ。
「あ!ですが!遠くから眺めるだけであるならば、大丈夫だと思うのである!それに、エルフ族との同盟の件は吾輩の方からしっかりと天子様に伝えておくので、安心して欲しいのである!」
慰めの中に、先程語った事情と矛盾した台詞をジェイクが口走る。
彼も男であるにも関わらず、天子と直接会話をすると言うのだ。指摘しようとも思ったが、グレンにとって不都合でもないため黙っておく事にした。
きっと、ジェイクは特別なのだろう。
「頼んだ」
それだけ伝えて、グレンは天子の話題について終わらせた。
これ以上触れても意味がないと考えたのもあるが、彼の視界の先に巨大な都市が見えたからでもである。
それこそが正に、一行の目指していた天守国の京『天示京』であった。
天示京の入り口に立って、まずグレンが思った事は「芸術性の高い街だ」というものだ。
真っ赤に染められた木製の大門が厳かに構えており、そこかしこに見事な紋章が彫り込まれている。屋根には瓦が隙間なくびっしりと積まれ、竜を象った精巧な銅像が左右に1体ずつ設置されていた。
しかしそれらよりも、装飾品として人気のある金をふんだんに使って『天示京』と書かれた扁額が目を引き、この街の格の高さを伺わせる。
そこから街を囲むように壁が続いている様は正に圧巻。人口が多いため人手には事欠かないだろうが、一体何年かけて作り上げたのだろうか。
また、遠くには大きな川が流れており、それが天示京の中にまで伸びていた。水源の近くに街を作るのは基本的な事であるため驚きはしないが、船がいくつも浮いているのが興味深い。
おそらく他の街と繋がっているくらいに長いのだろう。乗組員が少ない事から、動力には魔法道具を使っている可能性があった。
そこから、ほとんど船を使わないフォートレス王国とは違った発展が垣間見える。
「ほほう・・・。見事ですな・・・」
その光景に感動を覚えたのか、ヴァルジがぽつりと零した。
ニノも圧倒されているようであったが、顔が隠れているため表情の機微は分からない。
グレンはと言うと、ただ黙って閉ざされた門を見つめていた。
「開門!!開門んッッ!!!ジェイク隊!ただ今帰還であああある!!門を開けられよぉッ!!」
呆気に取られる3人とは異なり、堂々とした態度でジェイクは開門を促した。
すると、ゆっくりと門が開かれていく。その光景にも迫力があり、巨大な魔物が大きく口を開けているような錯覚を味わう。
「さあ!行くのである、御三方!!」
そう言ったジェイクがまず街に足を踏み入れる。それに続いて、グレン、ヴァルジ、ニノの順で天示京へと入って行った。
人間の街に入る事に緊張しているのか、ニノはすぐにグレンの後ろに付くように移動する。さらに深く顔を隠し、表情を悟られないよう努めていた。
それにグレンは気付かなかったが、後ろを歩くヴァルジはしっかりと目にしており、2人に向かって生温かい視線を向けている。少しだけ微笑んでいるのも、そのせいだ。
「まず、御三方を吾輩の屋敷に案内するのである。その後、吾輩は天子様に先勝報告をしに行くので、その時にエルフ族について伝えてみるのである。もし天子様の許可が下りたならば、三か国揃っての会議に参加させてもらえるはずなのである」
一番前を歩くジェイクが、少しだけ後ろに顔を向けながらグレンに言う。
「やはり、いきなりは会えないか・・・」
「そうであるな。天守国の民ですら会う事は難しいのであるから、ご理解いただきたいのである」
「無論だ。よろしく頼――」
「――待て」
グレンが無難に話を終わらせようとした瞬間、ニノから制止の声が掛けられる。それに嫌な予感を覚えたグレンであったが、無視するわけにもいかず、後ろを歩くエルフに振り返った。
「どうした、ニノ?」
「そのような悠長な事は言っていられない。今すぐ、天守国の長に会わせてもらいたい。エルフ族にとっては、種の存続が賭かっているのだ」
彼女の言う事も尤もであった。直接的な関係がないため軽く考えてしまっていたな、とグレンは自分を諫める。
だが、その要求が通るかは別の話であった。
「申し訳ないのである、エルフ殿。こればかりは吾輩にも、どうしようも出来ないのである。同族を想う貴女の心は大変美しいであるが、ここは我慢していただきたいのであるよ」
その言葉に、ニノは不服を覚えたようであった。しかし、ここが耐え所である事は分かっているようで、文句を言うような真似はしない。
彼女も、グレンがジェイクと信頼関係を築こうとしていたのは目にしているのだ。それを台無しにするような行動は慎みたかった。
「分かった。だが、なるべく急いで欲しい。最早、我らの里の場所は明らかにされてしまった。仲間を避難させる場所だけでも確保しておきたい」
「安心して欲しいのである。天子様はとても心広き御方。きっと、エルフ族を迎え入れてくれるはずなのである」
ジェイクの言葉に、ニノは軽く頭を下げた。
未だ憎しみの残る人間に対して、そのような行動を取るあたり、彼女の必死さが伝わってくる。後で称賛を送っておこう、とグレンは思うのであった。
「礼など要らぬのであるよ、エルフ殿。吾輩は、当然の行いをしているだけなのである」
「本当に君は素晴らしい人格者だな、ジェイク」
とりあえず、ジェイクにはその場で称賛を送っておいた。
しかし、その声は彼に届く前にかき消される事となる。なぜならば、大勢の若い女性達が嬌声を上げながら、こちらに向かって走って来ているからであった。
「きゃー!英雄様ー!」
「会いたかったですーー!」
「お帰りなさいーーーーーー!!」
英雄と言われ、始めグレンは自分について言われたのかと思った。
だが思い直すまでもなく、そうではないと結論付ける。では、この中で英雄と謳われるのは誰か。
それは、当然――。
「や、やめるのである、女子衆・・・!吾輩、客人を案内しなければならないのであるからして・・・!」
「いやーー!ジェイク様は、私達の物よーー!」
「今回も勝利を収めたんですよね!?そのお話、是非お聞きしたいわ!」
「英雄様!私の家にいらしてください!戦の疲れを癒して差し上げます!」
「ダメよ!そんな事言って、ジェイク様を誑かすつもりね!――ジェイク様!こんな子の所ではなくて、私の家にいらっしゃってください!美味しいお茶を手に入れたんです!」
ジェイクを囲み、騒ぎ立てる女達。
その中央で非常に困った顔をしながら慌てふためく髭面の大男、という光景は非常に違和感があった。
しかし事実、ジェイクは女性に人気があるらしい。
それが強さ故か、彼の優しさ故か。そのどちらでも構わなかったが、グレンは少しだけ釈然としない気分を味わう。
同じく英雄と呼ばれる身であるが、彼は一度もこのような経験をした事がないのだ。
別に、したい訳ではない。したい訳ではないが、何だか納得できなかった。
「羨ましそうですな、グレン殿?」
「え・・・!?」
その感情を敏感にも察知されたのか、ヴァルジが面白そうにグレンに声を掛ける。老人にしてみれば揶揄うための適当な発言であったが、グレンは図星であったかのように驚きの声を上げてしまった。
「おや?本当に羨ましかったのですか?これは意外な・・・」
「そ、そんな事あるはずありません・・・!少し、呆気に取られていただけです・・・!」
上手く誤魔化したつもりであったが、ニノから拳が飛んできた事から分かるように無理だったようだ。彼女に怒られた理由も分からず、グレンは唸るばかりであった。
「こ、ここまでにして欲しいのである・・・!今は、本当に急がなければならないので・・・!失礼・・・!」
大勢の女性の「あーん!」という惜しむ声を背中に浴びながら、ジェイクはグレン達の所まで来ると、
「失礼した!吾輩の屋敷は、こちらである!」
と言って、付いてくるよう指示を出す。
とりあえず、グレン達は黙って動き出すのであった。
そして、ジェイクの屋敷までの道すがら、先程の再現を何度も体験する事になる。
同じように女達に捕まる事もあれば、少年少女に群がられる事もあった。それだけでなく、老人にも親し気に話し掛けられていたり、すれ違う兵士達にも尊敬の眼差しを向けられる。
実に英雄らしい人気ぶりであった。
よく贈り物も貰うようで、彼の腕には今、酒やら食料などが大量に抱えられている。グレンは少し持つ事を申し出たが、それは申し訳ないと断られていた。
「客人に、そのような事はさせられないのである・・・!」
頑張って持ってはいるが、重さではなく彼の両腕で持てる量を超えており、今にも落としそうだ。
しかし、その前に――長い時間を掛けたが――彼の家に着いたようで、ジェイクの足が止まる。
「こ、ここが吾輩の家なのである・・・!申し訳ない、グレン殿・・・!扉を開けてはいただけないであるか・・・!?」
「あ、ああ・・・。勿論だとも・・・」
ジェイクの家に目を向けると、それは木造の住宅であった。
ここに来るまでに目にした他の家も全て木造であったことから、ロディアス天守国の建築物は木材で作られているようだ。
エルフと異なり戦争の歴史があるのにも関わらず建物に木材が使われている理由は、人口が多い事から採取しやすく加工しやすい建材が好まれたからである。この地も元は森林であり、伐採をする事で開拓し、長い年月をかけて都として出来上がったのだ。
ただ、それをグレンが知る必要はなく、特に気にせず戸を開けた。
天守国の住宅の出入り口は引き戸であり、がらっと音を立てて開かれる。
「ん・・・?」
言われてやった事だが、その結果にグレンは怪訝な声を出した。
何故、鍵が掛かっていないのか。もしかしたら婚約者がいるのかもしれなかったが、そうだとしたら女が群がるはずがない。他の可能性としては両親と暮らしているというものだが、風を通すための木戸が締め切られていたりと生活感がまるでなかった。
それ以外にも不審な気配があり、グレンは家主に報告をする。
「なあ、ジェイク・・・。鍵が掛かっていなかったんだが・・・」
「むむ!本当であるか!?おかしいであるな・・・!家を出る前にはしっかりと鍵は閉めてきたはず――はっ!まさか!」
「――その『まさか』よ」
4人揃って声のした方へ顔を向ける。
グレンとヴァルジは家の中に人の気配がある事は分かっていたため驚きはしなかったが、ジェイクは危うく手荷物を落っことしそうになるほど慌てた。
家の中には1人の女性がいたようだ。
年齢的にはジェイクと同じくらいであろうか。先程目にした女達よりも値の張りそうな服を身に着け、腰に手を当てて何やら怒っているようであった。
「――ランフィリカ・・・!」
どうやらジェイクの知り合いで、ランフィリカという名前らしい。
敬称がない所から、中々に親しい間柄なようだ。
ランフィリカは履物を荒々しく着用すると、グレンの横を通り過ぎ、真っ直ぐジェイクに向かって突き進む。そして、いきなり彼の髭を鷲掴みにし、力を込めて引っ張った。
「いだ、いだだだだだ!髭を引っ張らないで欲しいのである・・・!」
「記録を見たわよ!アンタ、また単騎で突っ込んだみたいね!それがどれ程ミコト様の御心を煩わせるか、前にみっちり説明してあげたでしょ!?」
なるほど記録係とはこういう時にも使えるのか、とジェイクの状況を他所にグレンは考えた。
口頭での報告ではなく、その場で纏めた報告書の提出によって結果を知らせる。
発言まで網羅しているのだ。それを専門にした役職の者を随伴させるのは意外と便利なのではないか、と特有の文化を評価し直した。
だがしかし、現状のように隠し事が出来ないという訳でもあるのだが。
「記録を呼んで差し上げるこっちの身にもなってよ!嘘を吐く訳にもいかないんだからね!?ミコト様の御顔が曇られる度、私の胸がどれだけ締め付けられるかアンタに分かる!?」
「すまなかったのである・・・!だから、髭を引っ張るのは止めて欲しいのである・・・!」
ジェイクの懇願に、ランフィリカは「ふん!」と言って、勢いよく手を離した。手荷物を両手で抱えるジェイクは、その部分を擦る事も出来ず、顔を苦痛に濁らせたままである。
「ジェイク殿、こちらのお嬢さんはどなたですかな?」
事が終わったのを見届けると、代表してヴァルジが声を掛ける。
問われたジェイクは老人に向かって軽く振り返ると、
「この者はランフィリカと言って、吾輩の幼馴染なのである。天子様の御傍付きの『宮女』なのであるよ」
と教えてくれた。
『宮女』という言葉に馴染みのない3人であったが、使用人みたいなものかと判断する。それでも、国の最高権力者の傍に仕える役職なのだ。きっと優れた人物に違いない。
「ジェイク。この人達が、記録に書かれていたエルフの?」
ニノと彼のやり取りまで記録されているため、ランフィリカは当たり前のようにグレン達の事を知っていた。本当に便利な風習である。
「そうなのである。で、あるからして、吾輩はこれから天子様にエルフ族との協力を願い出る所存なのである」
「はあー・・・。アンタって、本当他人に優しいわね・・・。一応、ミコト様もその事に関しては『一考の余地あり』と仰っていたけど・・・」
「おお!流石は天子様!」
その言葉はグレン達――とりわけニノには朗報であった。
ぴくり、と顔を僅かにランフィリカに向ける。
「――で、この人がエルフ?」
それを目にしたランフィリカは、少しばかり鋭い目付きでニノを見つめる。
「そうなのである。そして、こちらがヴァルジ殿。あちらが、グレン殿なのである」
顎で2人を指しながら、ジェイクはグレン達の紹介を済ませた。
まず荷物を家の中に仕舞えばいいのに、とそれを見たグレンは今更ながらに考える。
「アンタ、一族の命運がかかっているからって少し強引よ」
グレンの耳に、ランフィリカの強い言葉が聞こえる。
おそらく、ニノとジェイクの最初のやり取りについて言っているのだろう。あれに関してはグレンも同じ感想を持っており、ジェイクのような温厚篤実な人物でなければ、あの場で話を終わらされていたはずと思っている。
「こ、これ!ランフィリカ!」
「ジェイクは黙ってて。アンタが言えない事を、私が代わりに言ってあげてるんだから。――ねえ、エルフさん。世の中には『頼み方』ってものがあるの。下手に出ろとは言わないけど、それ相応の態度で臨まないと、受け入れてもらう事は難しいわよ?」
彼女の言っている事は正しかった。
そして、それは――きつい言い方ではあったが――ニノへの助言である。ランフィリカもまた、エルフ族に対して否定的な立場ではないようだ。
「あ、ああ・・・。善処する・・・」
強気な物言いに戸惑いながらも、ニノは素直に聞き入れる。
少しばかり怯えているように見えたのは、気のせいだろうか。
「さて。そうとなったら、さっさと行きましょう。ミコト様がお待ちだわ」
「む?ランフィリカよ。その言い方だとまるで――」
「ええ。心優しいミコト様は、エルフとお会いしてくださるそうよ。まあ、アンタの報告のついでだけどね」
「おお!良かったであるな、エルフ殿!」
正に吉報。
ジェイクが覚えた歓喜よりも強い喜びが、ニノの中に溢れてくる。
しかし、油断は出来ない。
あくまで会ってくれるだけなのだ。それがどの程度の接近なのかも分からない。
もしかしたら一目見ただけで終わりという事もある。不服を感じた結果、無礼な行動を取るなどは避けなければならなかった。
そのため、ランフィリカもニノに釘を刺したのだろう。
想定外の好機であるが、ここを逃せばロディアス天守国との関係が深まる事はない。これだけお膳立てされた上でしくじったとあっては、それ以上は望むべくもないからだ。
「ああ・・・」
その重圧が歓喜を上回り、ニノに重く圧し掛かる。
故に、一言しか返す事が出来なかった。
「では、行くのである!」
そんな彼女の様子に気付く事もなく、ジェイクは宣言する。
喜び勇んで、と言うのか。彼は両腕に荷物を抱えたまま歩き出そうとしていた。
その判断は嬉しかったが、そのままにはしておけず、
「ジェイク。まずは荷物を片付けてからにしてはどうだ?」
と、グレンは助言をする。
その言葉で自分の状態を思い出したジェイクは、くるりと向きを変えた。
「おお!そうであるな!では、皆の衆!しばし待たれよ!」
そう言って、そそくさと家の中に入って行く。
あれだけの大荷物だ、多少の時間が掛かっても文句は言うまい。
「――ねえ、アンタ」
ジェイクの姿が見えなくなってすぐ、グレンに向かってランフィリカが声を掛けて来た。しかも、その口調はどこか呆れているようであり、何か失態を犯したかと心配してしまう。
「な、何か・・・?」
ジェイクとのやり取りを見ているグレンにはランフィリカは接しづらく映り、少しばかり尻込みをしながら返事をした。
そんな彼に向かって、宮女は諭すように言う。
「多分、体付きが似ているせいで同格と勘違いしているんでしょうけど、ジェイクと対等みたいな話し方は止めた方が良いわよ?あいつ、別格だから」
この女性は、どうやらグレンのジェイクに対する話し方に文句があるようだ。
「伊達に『英雄』なんて呼ばれてないのよ。他にも『守護神』や『剣聖』だとか呼ばれてたりするけどね。まあ、あいつが気にしてないなら私がとやかく言うような事でもないんだけどさ。後で恥をかくのはアンタだから、一応忠告」
なるほど、とグレンは思う。
相手が年下であるため敬語は使わないでいたが、天守国の人間にとっては失礼に映るようだ。それ程ジェイクという存在が大きく、彼の実力が確かなのだろう。
しかし、本人が嫌がっている訳でもないため、グレンは態度を変えるつもりはなかった。ジェイクとは上下関係などなく、対等な立場で接するのを望んでいる。
もしかしたら、グレンの中にジェイクに対する友情のようなものでも生まれていたのかもしれない。いや、彼ほどの人格者に親しみを感じない者などいないだろう。
それが、出会って数時間のジェイクに対する印象であった。
「そうだな。気を付けよう」
とりあえず、そう言って誤魔化しておく。
納得してもらう必要はなく、してもらおうとも思っていないため、これで充分であった。そして、その意図はランフィリカにも伝わったようだ。
「はあ・・・、まあいいけど・・・」
と、今度は明確に呆れたように首を横に振る。その仕草は挑発的であったが、グレンが苛立つ事はなかった。
しかし、ニノは違った。
「待て。それに関しては、私にも異論がある。グレンとて実力者だ。甘く見ないでもらおう」
余程不服だったのか、彼女の言葉は力強い。天示京に入ってからというもの、積極的に口を開く事のなかったニノであったが、グレンの力を侮られた事に苛立ちを覚えたようだ。
「この者は素手で冥王国軍500人と渡り合った豪傑だ。その実力は私が保証する」
「冥王国軍って言ったって、どうせ『干民』が相手でしょ?ジェイクは1年前、『千手』を退けた程なんだから。冥王国の大将軍よ。格が違うわ」
「『かんみん』?『さうざんど』?何を言っているのか分からないが、グレンは決してあの男に劣ってはいない」
「それもやっぱり体格だけ見て言ってない?確かに立派な体をしているし、傷跡を見る限り戦闘経験も豊富なんでしょうけど、これくらいの戦士だったらどこにでもいるし、私ですら何人も見て来たわよ。あんまり特別だと思わない事ね」
なにやら妙な張り合いが始まった。
ただ、グレン本人にとっては力の優劣など、どうでもいい事である。
戦わなくてもいい相手との力比べなど無意味だし、戦わなければならない相手ならば優劣関係なく戦うからである。
そのため、グレンが言い合いに参加する事はなかった。
「これは・・・どうしたであるか・・・?」
そうこうしている内に、ジェイクが戻って来たようだ。
女性2人が繰り広げる口喧嘩にも等しい議論に、ただ茫然と立ち尽くしまっている。
「分からん。この辺りの女性は種族関係なく、妙な所に拘るんだな」
結局、ニノとランフィリカの言い合いは結論が出る事なく決着する。
見かねたグレンとジェイクが、双方を諫めたのだ。
その代償として、グレンはニノに腹を殴られ、ジェイクはランフィリカに髭を引っ張られる事となる。その光景を見て、唯一人我関せずであったヴァルジは誰か記録してくれる者がいないか探すのであった。




