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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
冥王国の進軍
56/86

4-6 冥王ドレッド

 大陸の西――破壊の女神シグラスが統治していた国は、彼女亡き後4つの国に分裂した。

 ロディアス天守国(てんしゅこく)、テュール律国(りっこく)、ブリアンダ光国(こうこく)、そしてシオン聖王国(せいおうこく)である。

 『天』『律』『光』『聖』の文字を冠する国々であるそれらは、自国こそが大陸の盟主であるとの主張をぶつけ合い、長年に渡り争ってきた。

 破壊の女神シグラスの血を引く、『天子』を頂とするロディアス天守国。

 かつての平民が集まり、選挙で代表者を選ぶテュール律国。

 『光の剣士』が率い、彼を慕う者達によって作られたブリアンダ光国。

 当時の富裕層が広大な領土を合併することで生まれたシオン聖王国。

 元から莫大な人口と土地を有していた国は、4つに分かれたとしても依然大国であった。そのため、起こる戦争は大規模で長期間。互いに協力関係を築かず、4か国全てが敵同士であった。

 しかし、それにも変化が生じる。

 シオン聖王国に生まれた1人の男が、軍事力を背景に聖王から王座を奪い取ったのだ。その時より、シオン聖王国は『シオン冥王国』へと名を変えた。

 当時、男の(よわい)は20代前半。本来ならば、そのような若者に従うほど軍は愚かではなく、奪われるほど王座は軽くない。

 つまり、彼が特別だったという訳だ。

 その男の名はドレッド・オーバーロード。かつてシオン聖王国の勇者と謳われ、現在はシオン冥王国の王として君臨する者である。

 では、彼の何が特別か。

 ドレッドの姿を見れば、その一端を垣間見ることができるだろう。

 彼が冥王を名乗り始めてから、すでに60年は経過しているはずであった。それにも関わらず、ドレッドは当時の若さを保ったまま玉座に腰掛けている。彼よりも後に生まれた臣下達の方が、もはや年老いて見える程だ。

 今も彼の傍にはそのような者達が仕えており、王の前で跪く1人の男に視線を向けていた。

 「それで、アスクラは死んだと言うのか?」

 ドレッドの声が玉座の間に響く。

 見た目通りの若々しい声であるが、重厚でもあり、聞く者に畏怖を感じさせた。

 「は、はい・・・!」

 冥王の問いに答えたのは、ダムタという名の男である。

 彼はかつて、アスクラという男の部下であった。ドレッドの配下であるアスクラは、勅命によりユーグシード教国で数年間活動を続けていたのである。

 その命とは、八王神話の崩落。

 大陸中に伝えられる八王神話を過去の物にするため、アスクラは信徒達の指導者とも言うべき大神官を腐敗させる事を計画した。そして時が来た暁にはその者の悪事を暴露し、「このような者が信じる神が正しいはずがない」などと言い触らして人々が八王神話を忌み嫌うよう扇動しようとしたのだ。

 では何故、ドレッドはそのような事を命じたのか。

 それは、彼の作り出そうとしている新世界において八王神という存在が邪魔だったからである。新世界においてドレッドは大陸の王として君臨するつもりであり、彼以上の存在を許しては統治に影響が出ると考えたからだ。

 文化から宗教に至る全てを――大陸全土を作り変える。

 それが、彼の野望であった。

 「奴には期待していたのだがな・・・」

 悲しみを表現するかのように、ドレッドは片手で顔を覆う。その仕草を目にした臣下達は、主の悲しみに神妙な面持ちになった。

 「・・・誰だ?」

 「へ・・・?」

 そのままの態勢で、ドレッドはダムタに問う。いきなりの質問を理解できなかったダムタは気の抜けた声を返してしまったが、すぐに「誰がアスクラを殺した?」という意味なのだと理解し、慌てて言葉を紡いだ。

 「お頭――アスクラ様の残した手紙には『顔と腕に古傷のある大男』と書かれていました!俺――私も顔を見ていますが、なにぶん気絶させられてしまったので、記憶が曖昧な所もありまして!あ、でも――ですが!もう一度顔を見れば、絶対分かると思います!」

 ダムタとて、修羅場を何度も潜り抜けて来た猛者である。そんな彼が恐怖に震えながらも弁明のために口を動かしたのは、ドレッドという王が無慈悲でありながら寛容な面を持ち合わせているからであった。

 失態を犯した手下をすぐさま罰するような真似はしないが、最終的に役立たずと判断すれば即座に処罰する。時にそれが死よりも苦痛を伴う生である場合があり、故にダムタは保身のため自分にまだ利用価値がある事を主張したのだ。

 「愚か者が!!」

 しかし、それを叱責する声が玉座の間に響く。

 ドレッドの物ではなく、彼の傍に仕える大男の物であった。

 「『顔と腕に古傷のある大男』だと!?そのような者、この国にいくらでもいる!!他国を合わせればその比ではない!それを貴様が探し出せると言うのか!?アスクラのいない貴様なぞ、単なるゴロツキでしかない!身の程を知れ!!」

 そう言う男の言葉通り、彼自身も顔と腕に無数の古傷が見られた。特に深い傷が彼の額に刻まれており、その風貌に圧倒的な重圧感を備えさせている。

 「静まれ、ガロウ」

 そんな彼に向かって、ドレッドは命じる。

 彼と大男の体格差は歴然であり、いかに主君と言えども恐れる必要はなさそうに思えるが、ガロウは畏まって頭を下げた。

 地位だけではない。深い谷のような隔たりが、2人の間には存在しているのだ。

 「お前の意見は的を射ている。しかし、俺は誰がアスクラを殺したのかを知りたい。こいつの話では、その者は国を両断する程の力を持っていると言うではないか。どこの国の者かは分からないが、ぜひ配下に欲しい」

 ダムタはユーグシード教国で暗躍していた者達の中で唯一の生き残りである。当然、仲間達の死因については調べ回っており、その時に何が起こったかをすでにドレッドに伝えている。

 しかし、事を為した人物の詳細に関しては冥王に伝えていない。

 これは突き止めきれなかったのではなく、全てを伝えてしまっては自分が用なしと判断される可能性があったからだ。最低でも、命を見逃してもらえるだけの汚名返上はしておきたいと考えていた。

 また、ダムタは冥王とアスクラの信頼関係を認識している。そのためアスクラが死んだと知らせれば、彼がどう動くかは容易に予想できた。間違いなく、アスクラを殺した人物を調べるよう命じてくるはずである。

 そして彼の予測通り、ドレッドはそうした。しかし予想外なのは、その者が行ったとされる『ユーグシード教国両断』の話を信じた事だ。彼自身その光景を実際に目にしてきたが、正直なところ地震が偶然発生したとしか思っていない。

 加えて、あの大男を仲間に引き入れたがったのも想定外であった。その任務はまず間違いなく自分に振られるに違いなく、困難と思われる仕事にダムタは心の中で顔を顰める。

 そんな彼とは対照的に、冥王の御前でありながら笑い声を上げる者がいた。

 「くっかっかっかっ!これこれ、ドレッド。そのような男の戯言を信じるでない。何でも手に入れたがるのは昔から変わらんのう」

 冥王の言葉に笑い声を上げたのは、深い皺の刻まれた老人であった。

 王に対する態度としては無礼に当たる言葉が発せられるが、それを諫める者はいない。彼と冥王の仲がそれ程であると理解しているからであり、ドレッドも親しい者に向ける笑みを浮かべている。

 「そうは言うが、アレスター。それがもし真実ならば、後々の脅威になる事は避けられまい。ならば、始めから仲間にする事を前提に動いた方が得策だとは思わないか?」

 「それはそうじゃ。しかし、『おれば』の話じゃろう?国を両断するなど、儂ですら無理な事。おそらく竜王とて出来はすまい。信じるに値せぬよ」

 「夢がないな。俺と共に世界を統一する未来を思い描いたお前はどこに行った?」

 「それは可能だと判断したから協力してきたまでの事。お前ならば出来る、とな。しかし、そろそろ急げよ。でないと、儂が寿命で死んじまうぞい」

 「ふっ。ならば、俺と同じ力を得るか?」

 その問いに対しても、アレスターは笑い声を上げる。

 「かっかっかっ!馬鹿を言え。人間に不相応な時間を生きるなどという拷問、儂には到底耐えられんよ」

 老人の言葉の意味を、ダムタだけが理解できなかった。

 しかし、数十年に渡って老いる事のない冥王の力について言及したことは間違いない。若者であるドレッドと老人であるアレスターが70年来の親友であるという、アスクラの話を今になって信じる気になったダムタであった。

 「ふははっ。やはりお前との会話は楽しい。自分が王である事を忘れさせる。――だが、確かにな。神話への干渉は失敗したが、それも新世界を築いた後に何とかすればいい。今はただ、急ぐとするか」

 言ってから、ドレッドはダムタに視線を戻す。

 先程まで親友との会話に興じていた冥王に見つめられても、男は恐怖を覚えた。

 いや、先程以上の恐怖を感じる。この者は人間を超えた何かだという考えが、ダムタの中に生まれていた。

 「お前、確かダムタと言ったな?とりあえず、アスクラを殺した者に関してはお前に任せる。俺の前に連れて来るでもいいし、殺して首を持って来るでもいい。好きなように動け」

 「は、はい!」

 目先の危機がないと判断したダムタは、力の限り了承の言葉を返した。そしてドレッドの「下がれ」という指示を受け、玉座の間から出て行く。

 扉が閉められた瞬間、警備兵がいながらも溜め息を洩らしたのは、決してダムタが小心者であったからではないだろう。

 そんな彼が去った後も、冥王達は会話を続けていた。

 「それで、首尾はどうなっている?」

 まず最初に口を開いたのは、当然ドレッドである。

 その問いはロディアス天守国、テュール律国、ブリアンダ光国との戦争に関するものであり、1人の女性が即座に答えた。

 「テュール律国に関しては順調です・・・。先日・・・、グンナガン将軍が小都市を落としたとの報告がありました・・・」

 その声は女性にしては低く、また暗くもあった。加えて体調が悪そうな顔色をしており、目には隈が出来ている。

 しかし同時に美しさも兼ね備えており、言うなれば薄幸の美女といった所であろう。

 「ふっ。あいつは相変わらず、弱い者いじめが得意だな」

 部下の1人であるグンナガンの戦果を、ドレッドは面白そうに評する。

 テュール律国は敵対する3国の中では弱小であり、力を蓄えてきた冥王国には取るに足らない相手であった。それでも、ドレッドの予想を上回る速度で侵攻を進めるグンナガンには称賛を贈るしかない。

 「ですが・・・ロディアス天守国とブリアンダ光国に関しては芳しくありません・・・。天守国のジェイク・マックス・・・光国の現『光の剣士』であるマリア・ロイヤルが・・・やはり大敵かと・・・」

 女の言葉に、ガロウは目つきを鋭くさせる。

 苦戦という事実に苛立ったのではない。天守国のジェイク・マックスは、彼にとって因縁深い相手であったからだ。額にある古傷もジェイクにつけられたものであり、いずれは借りを返すと心に決めている。

 「2人の加わらない戦場では・・・勝利を収める事もありますが・・・現状の戦略では・・・ゴホッ・・・これが限界かと・・・。戦力を分けた多方面同時侵攻では・・・決定打に欠けます・・・」

 女は最後に小さく咳ばらいをすると、説明を終わらせた。

 報告を聞き、頭の中で整理を始めたドレッドは理解したとばかりに頷いている。

 「なるほど、予定通りだな。『干民(かんみん)』の数はどうなっている?」

 彼の言う『干民(かんみん)』とは平民のことではなく、それよりも更に下の地位に位置する者達を指す。かと言って奴隷ではなく、搾取される事も虐げられる事もない。

 ただ、何も与えられないだけである。

 娯楽や快楽に触れる事を禁じられている身分であり、許可が下りない限り、ただ日々を労働と寝食だけで過ごす事を強制させられているのだ。人によっては何かの刑罰と錯覚しそうな境遇である。

 これはドレッドが王の位についた時に作り出した身分であり、『干民(かんみん)』となったのは当時捕虜として捕えた他国の者がほとんどである。それらに居住権を与え、強制的に冥王国の民としたのが始まりであった。

 拒否する者や自国へ逃亡しようとする者も出たが、そこは力で取り締まる。

 そして現在、その者達が生み出した多くの『干民(かんみん)』が冥王国には存在している。領土を圧迫しかねない数だが、冥王ドレッドは彼らを戦争に役立てるために増やしていたのだ。

 と言うのも、何も与えられない『干民(かんみん)』であったが、こと戦場においては全てが許された。略奪も強姦も殺人も、敵国の者であるならば何をやっても咎められることはない。

 これは相手が敵であるという理由だけでなく、ドレッドが人間の弱さを利用しようとした結果である。

 人が不服を感じた時、その怒りは自分よりも強者に向くことはない。自分よりも弱い立場の者に対し、理不尽な態度を取るのだ。

 そのため、彼らは戦場では優秀な戦士となる。

 奪うため、殺すため、犯すため、『干民(かんみん)』達は自分の命を顧みず敵地に攻め入ってくれた。自分達の渇きを他国の民を使って癒すため、勇者の如く突き進むのだ。

 しかし戦力としては心許なく、脆い存在である事は確かである。

 それでも他国の戦力を分散する程度には使え、同盟関係である3国の戦力を集結させない事に一役買っていた。絶えず攻め込まれるロディアス天守国とブリンダ光国は身動きが取り辛く、主力をテュール律国へ集中する事に成功している。

 そのため、彼らが敗れるのは問題ではない。

 「『干民(かんみん)』ですが・・・劣勢になったら・・・即座に撤退するよう命じているので・・・9割は残っています・・・。それでも・・・彼らの士気は下がりません・・・。次はいつ攻めるのか、と・・・ゴホッ・・・五月蝿いそうです・・・」

 「そうか。こうまで上手く出来上がるとはな。『干民(かんみん)』を率いるワジヤとビクタスには、悪い事をしたか」

 「ご安心を、ドレッド様。あの2人は私自らが鍛え上げました。そのような事で弱音を吐くような者達ではありません」

 ドレッドの気遣いに、ガロウが力強く返す。

 分かっている、と冥王は笑った。

 「ならば何も問題はないな。全てが俺の計画通りに進んでいる。後は別の勢力が介入して来るくらいだが――」

 「天守国が・・・隣国の『オトアキナ学術国』に・・・協力要請をしていますが・・・断られているそうです・・・ゴホッ・・・」

 女の言う『オトアキナ学術国』とは、学問の栄えた国である。小国ではあるが、そこそこの戦力を持っており、例え攻め落としたとしても被害と利益が割に合わないと考えられているため、長年他国に攻め込まれずに済んでいる国だ。

 「流石だな、ミシェーラ。そのような情報まで掴んでくるか。しかし、そうか・・・。理由は分からないが、それは重畳。奴らが渋っている間に、攻め進むとしよう」

 「では、ついに!?」

 ガロウが、期待に獰猛な笑みを作りながら問う。

 「待て。まずは、テュール律国を攻略してからだ。そこから光国、天守国と攻めていく。これは以前言った通りだ。変更はない」

 王の言葉を受け、ガロウは表情に出さない程度に意気消沈する。ドレッドにしてみれば年齢的に彼は子供であり、その感情も不思議と感じ取ることができた。

 「そう落ち込むな、ガロウ。いずれは必ず攻め入るんだ。それまで力を蓄えておけ」

 「――御意」

 自身の心情を見抜かれた事に驚きを感じつつも、流石は我が王と考え、ガロウは落ち着いた気持ちで肯定を返す。

 「それでは、今日はここまでで解散だ。各自、下がって良いぞ」

 「その前に御一つ、宜しいでしょうか?」

 王の解散の言葉を受け、今まで静観しているだけであった男がドレッドに向かって一歩近づいた。その者は肥え太っており、体には悪趣味な程に黄金の装飾品を身に着けている。

 成金、という言葉が相応しいような男であった。

 「なんだ、ギル?」

 「冥王様はエルフに関して、どのような対処をなさるおつもりでしょうか?それを最後にお聞かせください」

 「エルフ?」

 何の事だ、とでも言いたげにドレッドは顔を顰める。それが意外だったのか、ギルという成金男は戸惑いながらも媚びを売るような笑みを浮かべて説明した。

 「はい。グンナガン将軍が住処を突き止めたエルフで御座います。ワジヤ将軍とビクタス将軍は『干民(かんみん)』の息抜きに適当な指揮官を付けて襲わせているようですが、もしや全滅させるおつもりでしょうか?」

 「ああ。そう言えばいたな、そんな奴ら。2人には『不要だから好きにしろ』と伝えておいたが、そのような事に使っているのか。それについては特に何も考えてはいないな」

 そこで、ギルは強く手を叩く。

 「それでしたら数人で構いません!私にお譲りいただけないでしょうか!?」

 「ほう、耳長族が欲しいのか?エルフは美形揃いと聞くが、お前もその口か」

 ドレッドの揶揄うような言葉に、ギルは「いえいえ、そうではありません」と言いながら慌てて首を横に振った。顔の肉が醜く揺れる。

 「私が、ではありません。実は知り合いに、エルフが欲しいと言う者が複数名いるのです。その者達に売らせていただけたら、と」

 「そういう事か。構わないぞ。お前からは今まで多額の軍資金を都合してもらっている。そして、これからもな。それくらいの要求ならば応えてやろう。――ミシェーラ」

 「はい・・・」

 体調の悪そうな女は、手配しておきますというように頷いた。

 それを見たギルの顔は喜色に塗れる。

 「ありがとうございます、冥王様!これで私の面子が保てます!」

 そう言うと成金男は下がり、先程までいた位置に戻って行った。

 それを見届けると、ドレッドは再度配下を見渡し、

 「では、もういいな。下がれ」

 と言った。

 各自、冥王に向かって頭を下げると、扉へと歩を進める。その背中を見つめるドレッドの目には、彼らへの信頼が感じられた。

 まず、ドレッドが最も信頼しているのが『到達者(とうたつしゃ)』アレスター・テンペストである。アレスターとは幼い頃からの友人であり、唯一素の自分で話せる人物だ。年齢はすでに80歳を超えており、肉体的な頼もしさはないが、培ってきた魔法使いとしての実力がある。戦場に出れば一撃で何百人もの敵兵を薙ぎ払うことが出来る程の魔法を放ち、その力は冥王国内だけでなく他の3か国においても類を見ず、他国からは『破滅を呼ぶ男(コーラー)』と呼ばれ恐れられていた。後進の育成にも力を注いでおり、優秀な人材を何人も輩出している。

 そして、老人の隣を歩く大男。2mを優に超える巨躯を持つ、その男こそが冥王国最強の戦士――『国士無双(オンリーワン)』ガロウ・バルファージである。一撃での破壊力ではアレスターに劣るものの、彼には継続して戦えるだけの圧倒的な武力があった。それ故、ガロウは冥王から大将軍の地位を与えられている。あらゆる武器を使いこなし、その能力を生かすために開発された装備を身に着けていた。『その手に持(ラージ)たざる無数の刃(ナンバー)』と名付けられた腕輪を右腕に填めており、それが彼の望むままの姿を取るのだ。大剣、槍、斧、弓など、それら全てを駆使してガロウは遠中近距離の戦いを制する。その戦いぶりから、他国からは『千手(サウザンド)』と呼ばれていた。

 そんな戦士とは対照的な存在がミシェーラ・ウヅキという名の女だ。体は華奢で、顔からもあまり生気を感じない。長く伸びた黒髪も、彼女の美しさではなく不気味さを強調してしまう始末であった。しかしその才覚にはドレッドも一目置いており、事実彼女の情報収集能力は冥王国の戦略を支えていると言っても過言ではなかった。ミシェーラが独自に開発した『這い寄る影(ファントム)』と呼ばれる魔法は殺傷能力こそないが、彼女にしか見えない黒い影を国を超えて派遣することが出来る。その影が見聞きした事は、そのまま冥王国にいるミシェーラにも伝わるため、他国の機密情報は彼女にほとんど筒抜けであった。その能力から、冥王に『日陰花(ひかげばな)』の称号を与えられている。操れる影の数は最大で5体であるが、自身の体力も考慮して常時1体ずつ各国に派遣しているに留めていた。壁をすり抜けての侵入も可能であり、敵対者における最大の脅威と言っていい。

 最後に成金男ギル・ガレオンであるが、実を言うとこの男、冥王国の者ではない。加えて軍人でもなく、職業としては商人であった。しかし単なる商人ではなく、大陸西方に位置する国々に存在する全ての商人の頂点に立つ大商人である。取り扱う品物は食料から武器まで。つまりは戦争を利用して儲けているのであり、表向きは全ての国家に対して中立の姿勢を取っている。しかしその実、冥王国には多大な肩入れをしていて、ドレッドが世界を支配した暁には全ての流通を牛耳らせてもらう約束であった。勿論、それだけの実力が冥王にあると理解しているからであり、多額の投資も無駄ではないと考えている。冥王国の多大な戦力を支えている1人であり、彼なくしては食料や武器が全ての兵士に行き渡らなかったはずだ。その功績を称えて、冥王国内だけでしか通用しないが『大金(ビッグゴールド)』という称号も貰っている。

 そして、これら4人の他にも優秀な人材が冥王国にはいた。

 彼らの事を思う度、ドレッドは己の努力が無駄ではなかったことを痛感する。この数十年、血塗られた道を歩んできた。そしてこれからの数十年も、同様に過酷な道のりとなるであろう。

 彼に容赦はない。障害となる存在は叩き潰し、利用できる者は全て使う。その為の交渉は今も続けており、いずれは頼もしい戦力となって冥王国軍に加わるだろう。

 自軍の戦力が十二分に達した時、その時こそが総進撃開始の合図であった。今行っている他国への攻撃も、時間稼ぎ程度にしか考えていない。その過程で敵戦力を削れれば御の字であるし、現状それ以上の戦果を上げてもいる。

 彼自身、文句のつけようがない状況であった。

 (ここまでは順調だ。恐ろしいくらいに順調・・・)

 おそらく他国の者には自分が恐ろしく映るのだろうな、とドレッドは笑う。

 しかし、そうでなくてはならない。故に『冥王』を名乗ったのだ。

 (聖王よ。貴方が笑った理想を、俺は実現してみせる・・・)

 かつて仕えた主君の玉座から立ち上がると、ドレッドは自室へと戻って行った。

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