4-3 英雄、エルフに会う
広大な森林に足を踏み入れてから数刻、グレンとヴァルジは草木を掻き分け進んでいた。飛び交う虫を払い、転がる枝を踏みしめる。
疲労は感じなかったが、グレンは慣れない環境に不快感を覚えていた。木々の間から漏れる日の光も、この状況では賛美のしようがない。
また、彼に不快感を与えているのはそれだけではない。グレンは腹が減ってもいた。
王国を出てから――エクセと別れてから何も食べていないという訳ではなかったが、そのどれもが彼の舌を満足させることが出来ず、大きな体を動かすに足る食事量を摂取していないのだ。異国の料理は口に合わない場合が多く、それも空腹の一因である。
腹が絶えず鳴るような無様な状態を避けるため、最低限度の食料を無理矢理にでも腹に入れてはいるが、それが原因で気分が悪くなった事もあった。
平穏な旅路ではあったが、決して無事ではない。
グレンはこの数日、母国に残した少女の有難みを心の底から噛み締めている。
早く帰りたいという想いを込めて、前を歩くヴァルジに声を掛けた。
「エルフの森というのは、想像していたよりも住み辛そうな場所にあるんですね」
グレンが抱いていたエルフの森に対する印象は、それはそれは煌びやかな物であった。話に聞くエルフの特徴として『美しい』『賢い』『自然と共に生きる』とあるため、彼でなくともそのように考えるであろう。
人によっては、現状との差に落胆を覚えるかもしれない。
「いえ、ここはまだエルフの森ではないんですよ」
しかし、期待を裏切らないような事実をヴァルジが告げる。
ここまでの道中において、老人が一度も「ここがエルフの森だ」と言わなかった事をグレンは思い出した。
「では、あとどれくらい歩くんですか?」
「もうそろそろです。まあ、私の記憶が確かならば、ですが」
ヴァルジがエルフの森を訪れたのは、今から40年も前の話らしい。
しかも、その時は偶然入り込んだため、記憶が曖昧な部分もあった。それに不安を覚えたグレンであったが、彼に付いて行くしかないため、大人しく従っている。
ただ、このまま遭難したとなったら笑い話にもならないが。
「――む!」
そんな事を考えているグレンの耳に、突如ヴァルジの緊迫感を含んだ声が聞こえた。足も止まっており、何かが彼の身に起こった事を予測させる。
ここでいきなり「遭難しました」と言われないか、グレンは心配した。
「どうしました、ヴァルジ殿?」
グレンに問い掛けられ、振り返ったヴァルジの手には1本の矢が握られていた。しかも、その鏃には不透明な液体が付着しており、少しばかりの刺激臭を放っている。
「これは・・・毒?一体、どこから?」
「おそらく、罠ですな。先程、不注意にも足を引っ掛けてしまいました」
見れば、ヴァルジの足には細い縄が掛かっており、それが罠を作動させたのだと察せられる。
森の中というだけあって草木が生い茂っており、足元の視界が悪い。ヴァルジ程の実力者であっても、注視しなければ、そこに罠があると見抜けなかった程だ。
そして、それはグレンも同様である。
しかし、罠が発動した後であれば対応ができるため、2人ともそこまで脅威とは思っていなかった。
「森の奥に、このような仕掛けが・・・。ヴァルジ殿、これはエルフが作った物なんですか?」
「そうだとは思いますが・・・。変ですな・・・」
ヴァルジの訝しむような声に、グレンは理解を示せなかった。
人間であっても、自分達の領域に他人が侵入してくるのを嫌うものだ。そのために監視を設けたり、罠を設置するのに何の不思議があると言うのだろう。
「どうかしたんですか?」
「いえ、以前はこのような罠がなかったものですからな。それに、これではこの先に何かあると言っているようなもの」
「ですから、エルフの森があるのでは?」
グレンの問いに、ヴァルジは少し考え込むような仕草を見せた。
「そうですな・・・、何と申しましょうか・・・。――グレン殿、以前私が『エルフの森に関する事は話せない』と申し上げたのを覚えていますかな?」
「ええ。確か『友人から口止めされている』、と」
グレンは頷きながら答える。
「そうです。つまり、エルフの森の場所は秘匿されているという訳ですな。それにも関わらず、何もない森の中に対侵入者用の罠を張り巡らせては、返って何かあると教えている事になります。賢いエルフ達が、このような愚を犯すとは考えられないのですが・・・」
「なるほど、確かに」
ヴァルジの説明を受け、グレンも理解したとばかりに頷いた。
自分達はエルフの森を目指して進んでいたため罠の存在に違和感を覚えなかったが、全く知らない人間がそれに出会えば、この先に何かあると閃くのは自明の理である。
ただ、その時に命があるかどうかは別の話だ。
「あれこれ考えても仕方ないですな。とりあえず、先に進むといたしましょう。この先も罠があると思いますが、問題ありませんな?」
「ええ、行きましょう」
そう結論付け、2人は移動を再開する。
それからというもの、いくつもの罠が彼らを襲った。
先程のような毒矢が飛んでくる仕掛けもあれば、落とし穴や落石が作動するような罠にも掛かる。2人はそれらを時に躱し、時に捕らえた。罠を避けた先にまた別の罠がある場合もあったが、被害なく前進して行く。
そして森の奥の奥、罠の数も質も高まって来た頃、ヴァルジの足が止まった。
「おお、ありました。私の記憶力もまだまだ捨てたものではありませんな」
そう言うヴァルジの前には、依然森が広がっている。今までとほとんど変わらない光景に、この先がエルフの森とでも言うつもりか、とグレンは疑問に思った。
「グレン殿、あそこにある2本の大樹が見えますな?」
ヴァルジが指差す先には、確かに2本の巨木がある。人ひとりが辛うじて通れるくらいの間隔を空けて立っており、他のどの樹と比べても太い。
「ええ。あれが、どうかしましたか?」
「エルフの森へは、あの間を通る事で行けます」
ヴァルジの言葉の意味を、グレンはすぐには理解できない。
今回の発言に関しては、彼の理解力が足りないという話ではないだろう。老執事のあまりにも奇天烈な言葉には、誰であろうと首を傾げるはずだ。
「どういう事ですか?」
そのため、素直に問い質す。
それはヴァルジも予測していた質問であり、すぐさま答えを返した。
「エルフ達は独自の術法を用いて、人間には不可能な事象を引き起こす事が出来ます。それによって、エルフの森を別の空間に作り出しているのです。そして、あそこが入口という訳ですな」
再度巨木の間を指差しながら、ヴァルジが説明をしてくれる。
納得するには突拍子もない話過ぎたが、
「な、なるほど・・・」
と、グレンは頷いておいた。
異論を唱えようにも分からない事だらけであるため、彼にしてみれば当然の判断である。
「ほっほっほっ。まあ、入ってみれば分かります。私も魔物の大群に追われて偶々入り込んだ時は、度肝を抜かされましたからな」
なるほど、そうやって迷い込んだのか。
一体どうやって辿り着いたのか気になっていたグレンは、回答を貰った事で腑に落ちた様な気分になった。
「――さて、グレン殿」
気ままに会話していた2人であったが、ふいにヴァルジが声の調子を落としたため、グレンも少しだけ気を引き締める。
老執事は小さな声で、彼に語り掛けた。
「お気付きとは思いますが、今我々は囲まれています」
「ああ、その事ですか。前方の木の上に2人、左右に1人ずつ、後ろに3人いますね」
「おお、さすがはグレン殿。数と位置まで分かりますか。私も、その域まで達したいものです」
ヴァルジからの賛辞に礼を述べるよりも、グレンは気になった事を聞く。
「彼らはエルフですか?」
「でしょうな。しかし、やはりおかしい・・・。見張りを立てなければならない程の事態が彼らに起こっている、という事ですかな・・・?」
過去との相違が度重なり、ヴァルジは考え込むような仕草を取る。眉間に皺を作っている辺り、真剣に考えているようだ。
グレンも一応考えてみたが、やはり無理だと判断し、すぐに止めた。
そんな彼と同様に、ヴァルジも首を横に振って思考を止める。
「考えても仕方ないですな・・・。グレン殿、向こうから仕掛けて来ない所を見ると、未だ彼らは警戒している様子。出来れば刺激したくないので、気付いていない振りをして進みましょう」
「分かりました」
グレンの了承の返事を聞くと、ヴァルジは2本の巨木に向かって歩き出す。グレンもそれに続いた。
瞬間、周りにいる者達の緊張が一気に高まる。おそらく、2人が自分達の住処に向かって行くのを見て、彼らが迷い込んだのではなく、迷いなくエルフの森を目指しているのだと判断したのだろう。
侵入者――すなわち敵だ、と認識したに違いない。
それでもグレンとヴァルジは気にせず進む。
ぎりり、と弓を引き絞る音が聞こえた。
「――ヴァルジ殿」
「そのままでお願いいたします」
どうするのかというグレンの言葉に、ヴァルジは落ち着いた様子で答える。ならば仕方ないと、グレンも矢を躱す心構えだけはして前進した。
そして、ヴァルジの足が巨木の間に踏み入ろうとした瞬間――。
「待てっ!!」
と、声が掛けられる。
それは女の声。シャルメティエを思わせる力強い女性の声が、2人に向かって制止を掛けた。
グレンとヴァルジは、声のした後方に振り返る。
(おお・・・、エルフだ・・・)
そこにはやはり、1人の女エルフがいた。人間にして、20歳くらいの年齢層であろうか。
薄緑色の長い髪をしており、肌は白い。そして何より事前知識の通り耳が長く尖っていた。
物語の登場人物に会えたかのような高揚感に、グレンは珍しく笑みを作りそうになる。それでも、それが失礼であることは間違いないため、なんとか我慢した。
「答えろ!!我らの森に何用だ!?」
弓を構えながら問い掛ける女エルフの服装は比較的軽装であった。上半身は腹部が僅かに露出する形状の服を着ており、へそがちらりと見えている。上質な布を使ったであろう肩掛けも身に着けており、衣服に留め具で固定されていた。
草木が邪魔をしているため2人には見え辛かったが、下半身には膝上までを覆う筒状の衣服を履いている。さらにその上から、前面の開いた足首まで伸びる大きな腰巻を巻いていた。
特に何かを期待した訳ではなかったが、「そこまで人間と変わらないんだな」という感想をグレンは持つ。
弓で狙われているのにも関わらず、そこまでじっくりと観察できたのは彼にそれだけの余裕があったからであろう。後ろに立つヴァルジも似た様なものであり、2人の精神的強さを垣間見ることが出来た。
逆に、恐怖に駆られているのは女エルフの方だ。
彼女はグレンとヴァルジが罠を容易く突破するのを目にしており、彼らが尋常ならざる実力を有しているのを理解している。そのため、エルフの森へ踏み込む直前まで何も出来ずにいたのだ。
構える弓も通用しない事は分かっており、握る手には汗が滲む。
その恐怖心に気付いていたため、ヴァルジは先程グレンに刺激しないようにと指示を出し、今もまた笑顔で女エルフに話し掛けた。
「ご安心ください、エルフのお嬢さん。私どもは、貴女方の敵ではありません。エルフ族の長、クロフェウの友人です」
ヴァルジがそう言った瞬間、他のエルフ達が一斉に姿を現す。それだけ族長の名前が効果的だったという事なのだが、それよりも気になる事がグレンにはあった。
それは、全てのエルフの髪が薄緑色だという事だ。
長さこそ――当たり前だが――個人差はあったが、多少の濃い薄いを無視すれば全員が同じ色である。フォートレス王国にも黒髪や金髪などに偏りはあったが、エルフ達は薄緑色が絶対なように見受けられた。
加えて、最初に姿を現した女エルフと同様の肩掛けや腰巻も身に着けている。どうやら共通の服装なようだ。
「爺様の?証拠はあるのか!?」
最初に姿を現した女エルフが構えを解き、ヴァルジに向かって問う。少しだけ警戒が薄れたように感じられた。
「勿論です。こちらの手紙を確かめれば、信じていただけるかと」
ヴァルジは小鳥が運んできた手紙を懐から取り出し、女エルフに向かって見せる。無論、距離があるため判断できず、女エルフは仲間に手紙を持ってくるよう指示を出した。
この中では彼女が最上位者なようだ。
命令を受けた男エルフが恐る恐るヴァルジに近づいて行き、素早く手紙を受け取る。そして、それを女エルフにまで届けると、彼女はさっと中身に目を通した。
「確かに爺様の字だ。貴様、これをどこで手に入れた?」
「鳥が運んで来ました。遠く離れた私にまで届ける事が出来るとは、エルフの長が遣うだけはありますな。返事を書いて寄越したのですが、届いてはいませんか?」
『鳥が運んだ』という言葉を受け、女エルフはヴァルジの言葉を信じたように思えた。彼を見つめる瞳には、最早敵意はなくなっている。
その証拠とでも言えばいいのか、女エルフが2人に向かって歩み寄って来た。
他のエルフが慌てるのを意に介さず、グレンとヴァルジの目の前にまで来ると、その女エルフは口を開く。
「という事は、貴方がヴァルジか。爺様から聞いていた外見と違うな。人間とはたった40年で、そこまで姿を変えるものなのか」
「その通りで御座います。どうやら私の手紙は届いていたようですな。しかし、なぜ返事を送ってくださらなかったのです?」
ヴァルジの質問に、女エルフはまず頭を下げた。
それは謝罪を意味しており、エルフにもそういった文化があるのだなとグレンは思う。
「それについては誠に申し訳ない。貴方に送った手紙鳥は疲労が溜まっているため休ませている所だ。他の鳥も、爺様の友人を探して大陸中を飛び回っているようで手元にいなくてな。返事を送ることが出来なかったんだ」
「そうですか。それならば仕方ありませんな」
ヴァルジと会話を繰り広げる女エルフの姿を、グレンはまじまじと見てしまう。周りにいる他のエルフも含め、男女問わず彫刻のように美しい顔立ちをしていたが、特に尖った耳に目が行った。
他にも見るべき所――例えば、高い鼻や長い睫毛など――があったが、とにかくそこに興味を持つ。
彼が意外と美男美女を見慣れているからであろうか。
「では、早速クロフェウに話を聞きに行きたいのですが、入ってもよろしいですかな?」
そんな彼を他所に、ヴァルジは淡々と話を進めて行く。
グレンも2人の会話に意識を戻した。
「是非もない。爺様の客を止める権利など、我々にはないからな」
「感謝します。――それでは、グレン殿。参りましょう」
ヴァルジの言葉にグレンが頷くと、2人は揃って歩を進める。
「――待て」
しかし、一歩目を踏み出した辺りで女エルフが制止の声を掛けてきた。最初に発せられたものよりかは幾分か穏やかであったが、そこには明確な意思がある。
「ヴァルジ、貴方が入る事は許可しよう。しかし、そちらの男は駄目だ」
それは、グレンを睨み付けながら発せられた。
つまりは彼の事を言っているのだが、一体どうしてなのだろうか。
「何故でしょうか?こちらの御仁は私の仲間です。言わば、クロフェウの客と同じではないですかな?」
「それは通用しない。爺様の直接の友人である貴方は信用できるが、こっちの大男は何をするか分かったものではないからな」
「何を、とは?」
「こういった人間の男は、エルフの女を襲う」
女エルフの言葉に、グレンは耳を疑った。
かつて後輩であるレナリアからも『すれ違う女を手当たり次第に襲いそう』と評された彼であったが、初対面の他種族にまで、見た目からそのように判断されるのは心外でしかない。
それと同等の感想をヴァルジも持ったのか、顔を顰めていた。
「それはあまりにも礼を欠いた発言ですな。これまでの会話から、貴女は族長であるクロフェウの孫とお見受けします。そのような立場の方が、他者を貶すような物言いを平然と行っては、エルフ族全体の品位を下げる事になりますぞ」
ヴァルジの厳しめの批判にも、女エルフは眉一つ動かさない。発言を撤回するつもりも、意見を変えるつもりもないようだ。
「何と言われようが、駄目なものは駄目だ。仲間の危険を未然に防ぐのが、族長の孫である私の務め。そちらの大男は、ここで待っていてもらおうか」
女エルフがそう言った事で、グレンのみならず、他のエルフ達も狼狽する。
それはつまり、何をするのか分からない強者の監視をしなければならないという事であったからだ。もし暴れられたらどうしよう、と内心びくびくとさせる。
それが女となれば猶更で、グレンの事を青ざめた顔で見つめている者もいた。
その中の1人が、おずおずと族長の孫に近づいて行く。
「ねえ、ニノ・・・」
「・・・何?」
「私達だけじゃ、あの人を止められないよ・・・」
その言葉はニノという名のエルフにしか聞こえていなかったが、怯えている女エルフがちらちらとグレンの方に視線をやるため、会話の内容は何となく予想付いた。
「怖いの?」
「怖いに決まってるでしょ!どうせ、ニノは族長様の御友人と一緒に森に入るんでしょうけど!」
その訴えは、グレン達にも微かに聞こえた。
「当然だ。人間だけだと皆が混乱する。爺様の所にまで、案内もしなければならないし」
「残された私達は心配じゃないの!?戻ってきたら全滅、なんて事もあるかもよ!?」
「それは・・・確かに、そうだな」
「自分で言っといてなんだけど、納得しないでー!」
仲間の悲痛な叫びを聞き、ニノは考える。
自分達の住処に入れたくないという想いは依然変わらないが、ここに残していくのも危険だという意見にも頷けた。むしろ、ここにいる者達を蹂躙した後、森へ侵入し、蛮行を働く可能性の方が高い気がする。
ならば、始めから監視を徹底し、動きを制限するのが得策なのではないか。
それがどれ程あの大男に有効なのかは分からなかったが、何もせず放置するよりかは安全だ。
「分かった。ならば、あの男も連れて行こう。――フビノ、リクオ、付いて来てくれ」
ニノは2人の男エルフを呼び付けると、グレンに向き直る。
「不本意だが、貴様も連れて行く。ただし、武器はこちらに渡してもらおうか」
そう言うと、ニノは手を出した。
グレンの持つ大太刀を警戒しての行動であろうが、それに彼は不快感を覚えた。
信用されていないのが気に食わないのではない。自分の装備を他人に預けるのが嫌なのだ。
しかも、大太刀『雪月花』はつい先日手に入れた物であり、彼としても大事にしたいと考えている。盗まれる事はないだろうが、ぞんざいに扱われる可能性はあり、ニノに『雪月花』を渡すのを躊躇った。
「どうした?早くしろ」
しかし、少しだけ警戒感を強くしたニノにそう言われ、グレンは仕方なく大太刀を手渡す。いざこざを起こしたくはなかったし、エルフ達の自分への印象を変えるために必要な行動だと判断した。
それでも、最後に大太刀から手を離す時には、少しだけ時間を掛ける。
「よし。フビノ、リクオ。この男の手を縛れ」
指示された2人の男エルフは揃って「え!?」と声を上げた。グレンも口にはしなかったが、驚きを胸の内に宿す。そこまでやるか、と。
「無礼千万ですな。これ以上グレン殿に失礼を働くというのならば、我々は帰らせてもらいます」
武器を取り上げられる事に関しては黙認していたヴァルジであったが、流石に拘束となると黙ってはいられなかった。怒りの感情を露わにし、ニノに向かって主張する。
言われた女エルフは、軽く舌打ちをしたように聞こえた。端正な顔立ちが不満気に歪んだ所を見るに、不快感を隠そうとする気はないようだ。
「これだから人間は・・・!」
という愚痴も聞こえたが、過剰なまでの反応を見せる彼女にグレンもヴァルジも戸惑いしか覚えない。
おそらく過去に人間と何かあったのだろうが、それを気安く聞けるような関係ではないため、触れずにおいた。
「――まあいい。だが、心しておけ。少しでも妙な動きを見せたら、この者達が貴様を捕らえる」
先程呼び寄せた2人を指差しながら、ニノはグレンに向かって忠告をする。彼らは「自分達には無理だ」とでも言うように焦った顔を見合わせていたが、グレンは静かに頷いた。
「では、行くぞ」
そう言うと、ニノは巨木の隙間に向かって歩き出す。その時に『雪月花』の鞘が地面に擦れそうになり、グレンは肝を冷やした。
彼にはどうという事はないが、『雪月花』は大太刀の中でも大きく重いため、エルフの細腕で持つのは困難なはずである。それを態度に出さないあたり、彼女の性格が窺い知れた。
そして、そのまま巨木の間に足を踏み入れたニノは、忽然とその姿を消した。
「――!」
その光景にグレンは驚いたが、ヴァルジは至って平然としたまま後を追う。
そして、同様に彼も姿を消した。
他に動く者がいない所を見ると、次はグレンの番であるようだ。恐る恐ると言った感じに進み、巨木の間に足を踏み入れる。
すると、その部分だけが切断されたかのようになくなっていた。
(どういう仕組みだ、これは・・・?)
痛みがない事から、実際になくなった訳ではない事は分かる。見えなくなった足が地面を踏みしめる感触もあるため、この先に大地がある事も理解できた。
しかし、それ以上の事――特に仕組みなどが彼に解明できるはずもないため、あれこれ考えずにグレンは前進した。
瞬間、景色が一変する。
いや、一変と言うと語弊があるかもしれない。結果的には森から森へ移動しただけなのだ。
しかし、先程までいた森とは異なり、今いる場所には清潔感がある。飛び回る虫もおらず、枯れ木や枯れ葉が無秩序に散乱している訳でもない。
地面には綺麗な花が咲き誇っており、遠くには日の光で水面を輝かせる湖まであった。直立する木々や揺れる木の葉からも不思議な気品が伝わって来る。
(なるほど、ここがエルフの森か・・・!)
やはりどのような仕組みかは分からなかったが、グレンはそう結論付けた。
「何をしている?早くこちらに来い」
ぼうっとしたまま動かないグレンに対して、ニノが不機嫌な声を掛ける。少し離れた位置にヴァルジと共におり、彼を待っていた。老執事の顔には笑みが見え、初めてエルフの森を訪れたグレンの驚きを理解してくれているようである。
そんな彼の背中に、何かが当たる。
振り返って見れば、グレンの監視を任された男エルフの1人であった。どうやら、移動した先に彼が突っ立っているとは思わず、追突してしまったようだ。
グレンに見下ろされた男エルフの顔は青褪めている。
「ああ、すまない」
無用な恐怖を植え付けないよう、グレンは落ち着いた口調で目の前のエルフに謝罪をした。それで少しは心証が良くなったのか、男エルフもぎこちない笑顔を見せてくれる。
「貴様、少しは頭を働かせたらどうだ?そのような事態になる事くらい、子供でも分かるぞ」
皮肉たっぷりにニノが言う。
やけに嫌われているようだが、理由の検討がつかないグレンには謝罪するしかなかった。
「す、すまない・・・」
確かもう1人いたはずであったので、急いでヴァルジのもとまで移動する。
老執事も先程のニノの態度に苦笑いを浮かべていたが、
「どうです、グレン殿?初めて訪れた『エルフの森』は?」
と、気分を変えるための質問をしてくれた。
「素晴らしいの一言ですね。これほど美しい自然を、私は今まで見たことがない」
これはグレンの素直な感想であったが、一応エルフ達の御機嫌伺いの意味も込めて、彼なりに興奮したような声を出した。その甲斐あってか、彼の後ろにいる2人の男エルフは誇らしげな表情を浮かべている。
しかし、やはりニノは毛嫌いする態度を崩さなかった。
「そんな言葉が何になる。貴様がこの森に足を踏み入れた事で、その美しい自然が汚れないよう気を付けるんだな」
とげとげしい。
あまりにも批判的な言葉に、グレンは説明を求めるようにヴァルジを見る。老執事も、分からないと首を横に振った。
「さあ、行くぞ。我らの里はすぐそこだ」
どうやら『エルフの森』と呼ばれる森林の中に、彼らの里があるようだ。
森の中でどのように暮らしているのか不思議だったグレンであったが、この調子だと普通に家を建てて暮らしていそうである。
里までの道中、そのような事をヴァルジと話した。
「ええ、その通りです。木材で作られた家で暮らしておりますぞ。外敵に晒される危険がないため、木造の家でも十分なようですな」
グレンの母国であるフォートレス王国だけでなく、その周辺国家においても家は石造りが基本だ。木造が皆無という訳ではないが、とても珍しい。争いの歴史が長いため、より頑丈な建物を作り出す技術が発達したのだ。
だが、エルフの森は別である。
辿り着くには労力の必要な深い森の奥に隠されているため、攻め込まれる可能性が限りなく低いのだ。ヴァルジのように偶然入り込む事もあろうが、道なき道を数刻は歩かなければならない場所を訪れるような変わり者が多いはずもない。
しかし、だからこそ疑問に思う点もある。
それは、ヴァルジが訝しんだ罠と見張りについてだ。
侵略者がいないのであれば、罠や見張りを置く必要はない。武器に関しては狩りに用いるという理由で納得できるが、対人用の罠やエルフの森への入り口を監視する理由は何か。
「もしや、敵対者がいるのでは?」
グレンの考えを肯定するように、ヴァルジは頷く。
その会話はエルフ達にも聞こえており、3人に緊張が走ったような気がした。
「そうかもしれませんな。私が去った後の40年間で、エルフを取り巻く環境に変化が起こったようです」
「私が警戒されているのも、それが理由でしょうか?」
そのグレンの問いは、ヴァルジにだけ聞こえるように呟いた。彼とて、あのような態度を理由も分からず取られ続けて、心を痛めていない訳ではないのだ。
「その可能性が高いと思われます。ですが、ご安心くだされ。彼女も、真に貴方を嫌悪している訳ではないようです」
ヴァルジの慰めとも取れる発言を、グレンは信じなかった。あれだけの態度を取られて嫌われていないなど、誰が鵜呑みに出来るだろうか。
「それは・・・どうでしょうか・・・」
「ほっほっほっ。信じられない、といった感じですな」
面白そうに笑いながら、ヴァルジはニノの背中を指差した。髪を揺らしながら歩く彼女の後ろ姿は毅然としており、美しさと共に強さも伝わって来る。
「今、彼女は我らに背中を向けている。それが証拠です」
「・・・どういう事です?」
「エルフと言うのは人間に対して警戒心が強く、容易に背後を取らせようとはしません。先程まで彼女はグレン殿が視界に必ず入るよう立ち回っていましたが、今ではそれも不要と考えたのでしょう。貴方は見た目に威圧感がありますが、性根はお優しい方ですからな」
老執事の解釈に、グレンも僅かながらに安心感を覚える。このままいけば、いずれは態度を軟化してくれるだろうと期待感を持った。
続いて、話題の女エルフに目を移すと、丁度彼女もこちらに振り返っている所であった。しかし、その瞳には相変わらず厳しいものがある。
「勘違いをするな。私が貴様に背中を見せているのは、私が強いからだ。いざとなったらお前如き、どうとでも出来ると判断しただけだ」
言い終わると、ニノは再び前を向く。
どうやら聞こえていたらしい。
「ああ、そうでした。エルフは耳が良いんでしたね」
という事は、今までの会話は全て聞かれていたのか。
変な事を口走らなく良かった、とグレンは思った。これ以上、自分の印象を悪くしたくない。
そんな事を考えている彼の耳に、ふいに声が聞こえた。
「これは・・・子供の声か?」
それはこの場にいる誰の物でもない声。おそらく、エルフの里が近いのだろう。王都でも聞けるような子供達のはしゃぎ声が、ここまで届いていた。
「おお、思い出してきましたぞ。確か、もう少し行くと――」
ヴァルジの言葉通り、1分としない内に森を抜ける。そして、そこには確かにエルフ達が暮らしている里があった。
視界に映る全ての種族がエルフ。
子供から大人に至るまで全てが美形で、直視するのも照れてしまう程に輝かしい。彼らが住んでいると思われる家々は、ヴァルジが話した通り木造で、脆そうではあるが住みやすそうである。
その周りには花壇が設置されており、グレンが持っていた『自然と共に暮らすエルフ』という印象に当て嵌まっていた。
グレンはその光景を珍し気に見回したが、同じ轍を踏まないよう立ち止まりはしない。そして、そんな彼に――もとい彼らに気付いたのか、エルフ達が一斉に視線を寄越した。
まずヴァルジを見て、「なんで人間が?」という表情をし、続いてグレンを見た事で恐怖を露わにする。しかし、周りにニノを含む仲間がいるため危険はないと判断し、騒ぎ立てはしなかった。
それでもグレンの心は地味に傷つき、自分の見た目を少しばかり悔いる。顔や腕にある古傷が、彼らの恐怖を刺激するのだろうと微妙な言い訳を心の中でした。
「グレン殿。ここは笑顔で手を振ってみるのは、どうですかな?」
本気なのか冗談なのか、ヴァルジが楽しそうに提案して来る。それは名案だと思ったグレンであったが、上手く笑顔が作れる自信がなかったため、手を振るだけに留めておいた。
数人の子供が手を振り返してくれる。
「貴様、何をやっている?そのような行為で、我らを懐柔できると思ったのか?」
目敏いニノに批判され、グレンは仕方なく手を振るのを止めた。耳の良いエルフならば、それがヴァルジの指示である事に気付いているはずなのにも関わらず、グレンに対して苦言を呈するあたり、やはり未だ嫌われてはいるようだ。
何故、彼女はそこまで自分を嫌うのか。
問い質したくもあったが、それは今ここですべき事ではないため、グレンは口を閉ざす。最も、人見知りの彼が親交のない者に易々と話し掛けられる訳はないのだが。
「おお!ここはまさしく、クロフェウの家!」
そうこうしていると目的地に達したようで、ヴァルジの感嘆を含んだ声が聞こえた。
そこは今まで通り過ぎて来たどの家よりも大きく立派であり、エルフ族の長が住むに相応しい場所である事が見て取れる。
ただ、それ故にグレンは気付いた。そう、エルフの家には窓や扉がなかったのだ。
一応、風を通すための開口部や出入り口と思しき場所はある。しかし、それら全てには大きな布が吊り下がっているだけで、防犯や防雨といった備えにはなっていない。
エルフの里では犯罪が起こらないのだろうか。また、ここでは雨が降らないのだろうか。
色々と疑問に思ったが、やはり聞いてみたりはしない。
「入るぞ。フビノとリクオは、外で待機しておいて」
ニノがそう言ったため、ヴァルジとグレンは彼女に続いて族長の家に入る。中央が割れている垂れ幕をくぐると、別の女エルフが彼らを出迎えた。
「お帰りなさい、ニノお嬢様」
使用人なのだろうか。
ニノに頭を下げた女エルフは彼女の事を『お嬢様』と呼んだ。そのせいでグレンはエクセの事を思い出し、不意打ち気味の郷愁に駆られてしまう。
ちなみに、グレンとヴァルジはこの時初めてニノの呼び名を知った。
「ええ、ただいま。爺様に客が来たと伝えてくれる?」
「族長にお客様ですか?――え!?人間!?」
グレンとヴァルジを認識した女エルフが叫ぶようにして驚いた。そんな彼女に、ヴァルジが微笑みながら声を掛ける。
「お久しぶりですな、マキさん」
「え・・・!?も、もしかして・・・ヴァルジ!?」
「そうです。40年振りですな」
彼女もまた、ヴァルジが過去に出会った事のあるエルフであった。マキは老執事に駆け寄ると、いきなりその顔を両手で挟み込む。
「嘘!?嘘でしょ!?40年前は、もっと若々しかったじゃない!?それが、こんな!髪も白くなって!お爺ちゃんじゃない!」
「え、ええ・・・。まあ、年寄りですからな・・・。マキさんは、お変わりなく・・・」
「やだ!年を取ると、口調まで変わるの!?昔はもっと生意気だったでしょ!?」
「マキさん、その辺にしておいてもらえませんか・・・」
何年も会っていなかった親類のような対応をされ、ヴァルジも頬を赤く染める。年を重ねれば重ねる程、昔の自分に関する話題は恥ずかしいものであった。
「あら!御免なさい!旧友の変わり様に、年甲斐もなく燥いじゃったわ!もうとっくに300歳を越してるっていうのに!」
ほほほ、と笑うマキにヴァルジも力なく笑い掛ける。
グレンはおよそ30~40代にしか見えない女エルフが、すでに300年を生きているという事実に驚愕した。エクセの母親であるユフィリアムも若々しかったが、流石はエルフと言った所か。
「マキさん。再会の喜びを分かち合うのは、そこまでにしておいて」
ニノからも注意が入り、マキは慌てたように態度を正す。
「御免なさいね、お嬢様・・・!」
そんな彼女に向かって、ニノは唐突にグレンの大太刀『雪月花』を突き出した。その行動に、一体何をする気なのかとグレンは心配をする。
「これ、預かっておいて。人間の武器なんだけど、重――邪魔だから」
「え?ああ、はいはい」
ニノが片手で持つ大太刀を、マキは両手で受け取った。その瞬間、ずしりとした重みが両腕に伝わり、鞘に納まった大太刀の先端を床に激突させてしまう。
ごちん、という嫌な音がグレンの耳に届いた。
「がっ――!」
持ち主であるグレンは、まるで自分が叩きつけられたかのような声を出す。幸い、鞘には傷一つなかったが、それでも彼の精神は一瞬にして傷を負った。
「す、すいません・・・お嬢様・・・!」
「別にいいわ。気にしないで」
いや、気にしてくれ。
先程まで大太刀を持っていた方の手を解す様に振るニノに向かって、グレンはそう叫んでやりたかったが、ここはぐっと堪えた。それでも、非難の目で彼女を見つめる。
それに気づいたニノは、
「何だ?そんなに武器が大事か?争いの道具を有り難がるとは、人間とはつくづく愚かなんだな」
と言ってきた。
逆に非難されてしまったと同時に、グレンはある事に気付く。
どうやらニノは、相手によって言葉使いを変えているようだ。きつい口調は相手を威圧するためなのだろうか。
ただ、それについて言及するよりも、流石に一言物申しておきたかった。
大太刀『雪月花』は、エクセが薦めてくれた王国一の職人ジオンドールの最高傑作である。それを雑に扱われて黙っていては、2人に対して申し訳がない。
グレンは、なるべく事を荒立てないように、優しめの口調を心掛けて口を開いた。
「しかしだな・・・ニノ・・・。大事な物とは、人によって違うものだ・・・。それを理解するのも、時には重要だと思うぞ・・・」
頑張った。グレンにしては、頑張った。
親しくない者との間に起こった問題について、基本的に事なかれ主義である彼にしては、言いたい事を言ってやった。そこから生まれる充実感と達成感がグレンの中に満ち、彼に一矢報いてやった感を抱かせる。
だが――。
「気安く私を略称で呼ぶな、人間!!私の名前は、ニンフィノフィロフェルフィン!私の事を『ニノ』と呼んでいいのは、親しい者だけだ!!」
ニノの怒号を浴びせられ、グレンは明確に怯んだ。
(ニンフィ――なんだって・・・?)
1回聞いただけでは覚えきれない名前を言われ、グレンは心の中で疑問の声を出す。ニノの怒りの形相から目を逸らす意味も込めて、どういう事だとヴァルジの背中に視線を移した。
「そう言えば、言っておりませんでしたな。エルフは個人名が長いため、親しい者同士では短くした呼び名を用いるんですよ。マキさんは確か・・・」
「――マキアンドモーマよ」
「でしたな。それで、クロフェウが――」
「――クロナッドフェウグスタスよ」
「ありがとうございます、マキさん」
マキの手助けに感謝を述べるヴァルジ。
そんな2人のやり取りを、グレンは呆然と聞いていた。
何故、教えておいてくれなかったのか――それだけが頭の中を支配していたが、最早手遅れである。ただでさえ心証の悪いニノに対して、グレンは無礼を働いてしまった。
果たして、弁明を聞き入れてくれるのだろうか。
「――チッ!」
明確な舌打ちを聞こえよがしにされ、グレンは冷や汗を流しそうなほどに戸惑う。親しくない者に怒りをぶつけられる事に慣れていない彼には非常につらい状況であった。
そして、黙るグレンの事を見ようともしなくなったニノは肩掛けの留め具に手を掛ける。それを乱暴に外すと、彼女の肩が露わになった。
続いて、大太刀を体で支えているマキに向かって、外した肩掛けを差し出す。使用人が何も言わず受け取った所を見るに、家の中では外すのが普通なようだ。
さらに、腰巻も外していく。
どちらも帽子のような物か、と慌てる頭の中でグレンは判断した。
(・・・ん?)
その時、彼の視界に妙な物が映りこんだ。
それは背を向けるニノの尻――もっと正確に言えば尻と腰の境目の部分であろうか、そこにエルフの髪と同じ色をした物体がぶら下がっていた。
いや、ぶら下がっているのではない。生えているのだ。
全体的に房のように毛が盛り上がっているそれを、的確に言い表せる言葉をグレンは知っていた。
「・・・尻尾?」
そう、それはどう見ても尻尾である。
動物のような尻尾がニノの尻から生えていた。
「――っ!」
グレンの呟きを聞いたニノは、ばっと彼に向かって振り返る。その顔は羞恥に染まり、その瞳は怒りで燃えていた。
そこから、グレンは失言した事を知る。
「何だ・・・!?エルフに尾があるのが、そんなに可笑しいか・・・!?」
「い、いや・・・!そういう事ではない・・・!ただ、エルフに尻尾があるなど聞いた事がなかったもので・・・!」
グレンの必死の弁解も、ニノは聞き入れてくれたようには見えなかった。
「チッ!これだから、人間は!自分の知っている事柄だけで、世界が構成されていると思っている!貴様の知識など関係ない!これがエルフだ!」
度重なる失態に、グレンは完全に困り果てる。ここから立て直す術を彼は知らなかったし、思いつきもしなかった。
「不快だ!全くもって不快だ!マキさん!後はよろしく!」
激怒したニノは尻尾を怒りで揺らしながら家の奥へと進んで行く。
グレンは、その背中に何も声を掛ける事が出来なかった。
「なるほど・・・。グレン殿は、エルフについてあまり詳しくないようですな・・・」
まるで慰めるように、ヴァルジがそう言って来る。
「申し訳ありません、ヴァルジ殿・・・。旧友のお孫さんを、怒らせてしまいました・・・」
「気にしないで、えっと・・・グレンさん。私達エルフは人間に尾をあまり見せないから、知らなくても仕方ないわよ」
「しかし、それにしても異常なまでにグレン殿を嫌いますな。マキさん、一体彼女はどうしたと言うのです?」
グレンもぜひ知りたいとマキに視線を向ける。
しかし、それについては詳しく話せないのか、彼女は首を横に振った。
「御免なさいね、ヴァルジ。お嬢様がああなってしまった理由は、この家の者しか話してはいけないと思うの。きっと、それが貴方がここに呼ばれた理由だと思うし」
「なるほど・・・。では、早々にクロフェウから話を聞くとしましょう。マキさん、案内していただけますかな?」
「ええ」
ヴァルジの言葉に頷くと、マキは歩を進める。彼女の後をグレンとヴァルジも付いて行った。
そして、ある部屋の前まで来ると、マキは中に向かって声を掛ける。
「族長様。ヴァルジが来てくれましたよ。入ってもよろしいですか?」
「おお、来たか!入ってくれ!」
家の外観と同じく扉代わりの布を通して聞こえた男の声は、多分な歓喜を含んでいた。
それにより、グレンとヴァルジはエルフ達の置かれた状況が切羽詰まったものだと察する。
「では、どうぞ」
マキに促され、グレンとヴァルジは大きな垂れ幕を通って部屋の中に入った。
そして、今まで出会ったエルフの中でも一番年老いた男が彼らを迎える。床に敷いた調度品の上に座っており、足の短い机の上で手を組んでいた。
「んん・・・!?お前、本当にヴァルジか・・・!?」
先程のマキと同じ反応を、エルフ族の長であるクロフェウも取る。それ程、人間の老いる速度に慣れていないのだ。
「ええ、そうですよ。久しぶりですね、クロフェウ」
「待て。ヴァルジは、そのような口振りではなかったぞ。友の名を騙った偽物か?」
「ならば、今一度お見せしましょうか?貴方の目の前で大樹をなぎ倒した、この拳を」
「おお!正しくヴァルジ!よくぞ来た、我が友よ!」
興奮したように立ち上がったクロフェウは、そのままの勢いでヴァルジと抱き合った。老執事の背中を嬉しそうに叩く族長の笑顔を、グレンだけが目にする。
そして、ひとしきり再会を喜び合うと、クロフェウはヴァルジから離れた。
「どうしたと言うのだ、ヴァルジよ!?昔のお前は、もう少し乱暴な話し方だったではないか!」
「またそれですか。貴方方エルフと違い、人間は40年もあれば姿も心も変わるものなんですよ」
「しかし、折角の再会!かつてを懐かしみ、昔のように語り合いたいとは思わんのか!?」
「申し訳ないですが、それは出来ません。今の私はルクルティア帝国の皇帝に仕える執事。私の行動が、あの方の品位を下げるような事になってはいけないのです」
ヴァルジの近況を聞き、クロフェウは面白そうに噴き出した。
「お前が皇帝の執事とはな!その強さ故、国の支配者に仕えても不思議ではないが、執事と言う柄ではなかろう!」
笑顔でヴァルジの肩を叩くクロフェウは、心底嬉しそうであった。
老執事はやはり恥ずかしそうにしていたが、急に真面目な顔つきになると、はしゃぐ友人に語り掛ける。
「クロフェウ。おふざけはここまでにして、そろそろ本題に入ってください」
族長もそれで思い出したのか、顔つきを真面目なものへと変えた。
「いや、済まないな・・・。お前が来てくれて嬉しかった――もとい、安心したせいで興奮してしまったようだ」
落ち着いた族長は、自分の机に戻るとゆっくりと床に座る。あの尻尾は座る時どうしているのだろう、とグレンは何となく考えてしまった。
そんな彼に漸く気付いたのか、クロフェウが、
「ヴァルジよ。そちらの御仁はどなたかな?」
と友人に問い質す。
「私の仲間です。グレン殿と言います。きっと、貴方方の力になってくれると思いますよ」
「それは有り難い。今は1人でも協力者が必要なのだ」
「それで、貴方の言う『エルフ族全滅の危機』とは何ですか?」
そこで、ついに本題に入る。
グレンとヴァルジは、その詳細を知るために遥々ここまでやって来たのだ。
「うむ。心して聞いてくれ。実は今、エルフは人間の国と敵対している」
やはりか。
グレンとヴァルジは然程驚いた様子も見せず、その事実を受け入れた。
「その様子だと、薄々感づいてはいたようだな?」
「ええ。張り巡らされた罠、入口に配置された見張り。どう考えても、敵対者のいる者の行動ですから」
「流石はヴァルジだ」
「しかし、罠については事前に説明があっても良かったのでは?私とグレン殿であったから問題なく対処出来ましたが、少々手荒い歓迎でしたぞ?」
それについて、クロフェウは頭を下げて謝罪をした。
「済まなかった。それに関しては、完全に私の落ち度と言わざるを得ない。救援要請を急ぐあまり、最低限度の事しか書いていなかった」
その言葉を受け、ヴァルジは受け取った手紙の内容を思い返す。確かに、一大事というのが伝わるくらいの文章であった。
「まあ、今更咎めはしませんが」
「感謝する。――では、話を戻すぞ。我々エルフは今、シオン冥王国と敵対している。いや、敵対と言うのは適切ではないな。脅威に晒されていると言った方が正しいか」
それはつまり、一方的な戦いを強いられているという事であった。エルフ側が不利なのは、それだけで理解できる。
「一体何故そのような事に?今まで隠し続けてきたエルフの里が、どうして見つかったのです?」
「む・・・」
クロフェウは何故か口籠る。
先程のマキの物言いから、この家の者に関係している事は明白であったが、それは族長の口からも言いにくい事柄なようだ。
ヴァルジは急かさず、ただ友の決心を待つ。
それを理解したのか、クロフェウは一度だけ弱々しい笑顔を浮かべると、重い口を開いて話し始めた。
「長くなるが、聞いてくれ。――あれは、今より10年程前の事だった」
10年前と言うと、ヴァルジがエルフの里を訪れた時から30年後の出来事である。
「ある日、ここより外の森に人間の男が1人倒れておった。どうやら魔物に襲われたようで出血がひどく、放っておけば絶命は免れられない状態だった。そこに、偶然にも1人の女エルフが通りかかる。その者は優しく、例え相手が人間であっても見捨てる事が出来なかった。それ故、禁忌と知りながらも男をエルフの森にまで連れて行ったのだ。その男は、ヴァルジが去ってから初めての訪問者であった」
という事は30年の間、エルフの森に近づいた者はいないと言う事であった。それが長いのか短いのか、グレンには判断できない。
「始めは誰もが警戒した。しかし、私が人間を友とした事で、その警戒もすぐに薄れていったのだ。――案ずるな、ヴァルジ。お前のせいではない」
友人の表情に変化が起こった事で、クロフェウはそう付け足した。
「実際、その男は素晴らしい人格者であった。助けられた恩を忘れず、我々のために一所懸命それに報いようとした。それが1年程続き、我々の中に男を悪く思う者はいなくなった。男を助けた女エルフとも恋仲になり、誰もが2人の幸福を疑わなかった。――そんな折だ」
そこで、クロフェウの声の調子が落ちる。
「ある日、男が『里帰りをしたい』と言い出した。無論、誰も止める者はいない。しかし、私はエルフの森に関して他言無用である事だけは厳命した。誠実な男の事だ。守ってくれるだろうと信じたのだ。男を見送るため、女も外の森へと共に出る。エルフは人里へ降りてはいけない決まりとなっているため、少しばかりの見送りのはずであった。しかし、いくら待っても女が帰って来ない。不穏に思った私は、急いで女を探しに外へ出た。そして、探し回って見つけたよ。――姉の死体の上で泣く、ニノの姿をな」
それは様々な情報を2人にもたらした。
つまり、人間の男を招き入れたエルフとはクロフェウの孫であり、ニノの姉である女性であったのだ。そして、その者は男の裏切りに遭い、すでに命を落としている。男が国に戻り、エルフの森の場所を暴露したのは最早考えるまでもないだろう。
それ以来エルフ達は外敵に怯えなければいけなくなった、という事である。
「女の名前は、アラカシアノートリアナ。皆からは『ノト』と呼ばれていた。ニノはとても懐いていたよ。実に仲の良い姉妹だった」
かつてを懐かしむようなクロフェウの言葉も、事情を知ってしまえば悲痛を禁じ得ない。話を聞く2人には、彼を慰める都合の良い言葉は思い浮かばなかった。
「姉を失ったニノの心は、失意の底にあった。しかし、更なる苦境が彼女を襲ったのだ。ノトの家族――つまりはニノとその両親が、他のエルフから『責任を取れ』と糾弾されるようになった。辛い日々だったよ。私がいくら『今は、同族間で争っている場合ではない』と言っても止まらなかった。そして、遂にニノの両親は決断し、『責任を取る』と言って自ら命を絶ったのだ」
父親か母親か、クロフェウも実子を失っているという事になる。しかも、それが自殺となれば、彼の悲しみは容易に推察できた。
「以来、ニノは1人で暮らすようになった。それを私が引き取って、今に至る。いや、これでは結論を急ぎ過ぎか。だが、許して欲しい。ニノの中にある人間に対する憎悪を私が語らなければならない程、あの子は弱くはない。実際、グレン殿に対する態度は酷い物であっただろう?」
沈鬱な雰囲気を打破しようとしたのか、クロフェウは最後に無理矢理にでも笑みを作って、そう聞いた。グレンはただ頷き、ヴァルジは一度大きく息を吐く。
「クロフェウ、貴方は大丈夫なのですか?」
友人とて、ニノと同様の悲しみを背負っているだろう。
そう考えたヴァルジは、友として当然の気遣いを見せる。
「心配ない。伊達に族長をやってはいないさ」
弱々しく微笑むクロフェウに対して、ヴァルジも笑い掛ける。
それだけで、彼らの間に理解が生まれた。
「それで、私達は何をすれば?」
ここで、初めてグレンが口を開く。
大体の予想はついたが、それでも確認しておきたかった。
「ああ、そうだな。2人には是非、冥王国との戦いに協力してもらいたい――と言いたい所だが、そこまで都合の良い事は言わん。実は、彼の国と争っているのは我らエルフだけではないのだ。君達には、その国々とエルフの協力関係を取り持ってもらいたい」
クロフェウのこの言葉を、グレンとヴァルジは評価する。
彼らの状況に同情はするが、戦争に参加するかどうかは別問題であったからだ。
争いに加わると言う事は、多くの命を奪うという事になる。自国と全く関係のない戦争に首を突っ込み、死体を作り出すのが果たして正義か。
加えて、命を奪われる側に回る事も考慮しなくてはならない。自国を守るためでもなく、仕える君主のためでもなく、遠く離れた大地で倒れ伏す行為のどこに名誉があるだろう。
それが例え友であるとしても、アルカディアを差しおいて協力するには値しないとヴァルジは考える。
だが、そうでないならば話は別だ。
人間とエルフの同盟関係の確立――それくらいならば頼まれても良い、と彼も考えた。ここまで訪れたのも、それくらいの助力をしようとしての事だ。
「なるほど。分かりました。それくらいならば、力を貸しましょう」
「おお、そう言ってくれるか。感謝する」
クロフェウは再度、深々と頭を下げる。
そんな彼に、グレンは疑問を投げ掛けた。
「しかし、何故エルフだけで戦わないのですか?それだけではない。何故、自分達で交渉しようとしないのですか?」
それは決して「人任せだな」と言っている訳ではない。単純に疑問に思ったがために出た言葉であり、糾弾する意図など全くなかった。
しかし、クロフェウは困ったとばかりに苦しい表情を作り出す。
グレンも、なんだか申し訳ない気分になった。
「痛い所を突かれてしまったな。とは言え、その疑問も尤もだ。まず、1つ目の問いに答えよう。それは、我らの戦力が冥王国に比べて遥か劣るからだ」
「どれ程の戦力差があるのですか?」
「圧倒的と言っていい。何せ、我らエルフは精々が300。冥王国軍は20万を超えると聞いている」
「20万・・・!?」
さしものグレンも、その数には驚愕を露わにする。そのような大規模戦力を有している国があるなど、寡聞にして知らなかったからだ。全盛期のルクルティア帝国とて、5万程だったと記憶している。
しかし、ヴァルジはそこまで驚いていない。
「この辺りは人口が多いですからな。戦争も大規模なものになり易いのです。しかし、20万ですか・・・。それはまた随分と多いですな・・・」
加えて、エルフの戦力がたった300だと言うのも問題である。
「エルフ側とは大分差がありますね・・・」
「それは仕方ありません。エルフは長命であるため、子孫を残すという行為に関心が薄いのです。この森にいるエルフで、ほとんど全てとなります」
ヴァルジの説明に、グレンはまたもや驚かされる。
それでは非戦闘員を含めても1000人にも満たないではないか、と。
「それが、我らエルフが隠れて暮らしている理由でもある。か細い力しか持たない我らは、人間に見つからない様に天寿を全うするしかないのだ」
そこにはもはや悲観はない。ただただ受け入れるという覚悟しかなかった。
「なるほど。それで敵国と争う国々と同盟を結ぼう、と。敵の敵は味方、と言う事ですか」
「その通りだ。そこで、先程グレン殿が聞いた2つ目の疑問に答えよう。協力関係を築こうにも、我らと彼らには接点がまるでない。もしエルフだけで人間の街に赴けば、間違いなく捕らえられるであろう」
「それは何故です?」
「自分で言うのもどうかと思うが、エルフとは皆美形だ。加えて、種族を異ならせる。となれば、人間達の歪んだ欲望の捌け口にするには打って付けの存在だ。攫われ、売られ、嬲られるであろう。それも男女関係なくな」
確かに、ここまでの道中で見た全てのエルフが魅力的であった。事前知識としてグレンも心得ていたが、それでも惹かれるくらいに彼らは美しい。薄汚れた心を持つ者がエルフを見たら、金か快楽しか頭に思い浮かばないはずだ。
「また、それだけではない。我らが交渉に赴こうとしている国々は、長年冥王国と争っている所ばかりだ。彼の国々はすでに自分達で同盟関係を築いている。そこに『我らエルフも加わらせてくれ』と言って、彼らは歓迎してくれるだろうか?彼らが苦しんでいる間、不干渉を貫いて来た我らを」
それはないな、とグレンも思う。
自分達が生死を賭けて戦っている間、傍観を決め込んでいた連中をどうやって迎え入れると言うのか。しかも、エルフの戦力はたった300人しかいない。返って、自軍の統率を乱す可能性すらあるだろう。
「だから、2人には人間とエルフの間を取り持ってもらいたい。それ以上の事を要求するつもりはないし、それが済めば我らの事は忘れてくれて構わない。後は、自力で解決してみせよう」
称賛を送りたくなるほどの覚悟であった。
弱い立場にいる者は、ほとんどが縋りつくように助けを求める。しかし、このエルフの族長はあくまで最低限度の助力を請うに留まっていた。
これならばグレンもヴァルジも快く受け入れる気になるというものである。
「安心してくだされ、クロフェウ。その願い、必ずや叶えて見せましょう」
「ええ、それくらいならば別に」
2人の言葉を聞き、クロフェウは歓喜に立ち上がる。
その瞳は、潤んでいるかのようにも見られた。
「すまない・・・!感謝する・・・!ヴァルジ、グレン殿・・・!」
深々と頭を下げるクロフェウ。
彼が再び頭を上げ、安心したように座り直した後、3人はこれからの計画を話し合った。
「すべき事は分かりました。しかし、人間である我らがエルフの代表として行って、信用されますかな?」
「それについては問題ない。ニノを同行させるつもりだ」
その言葉に、グレンは耳を疑った。あの人間嫌いの彼女を人間との交渉に向かわせるとは、どういった了見なのだろうか。
それはヴァルジも思ったのか、グレンの代わりに聞いてくれる。
「大丈夫なのですか?」
「確かに、あの子は人間を憎んでいる。姉を殺し、両親が死ぬ原因になったからな。私も忘れろと言うつもりはない。しかし、その憎しみは裏切り者にのみ向くべきだ。全ての人間が悪い訳ではない。ニノも薄々分かっているとは思うのだが、今回の事でそれに確信を持ってくれればと思っている」
彼の言う通り、ニノは族長の友人であるヴァルジには厳しい態度を取らない。その事から全ての人間を恨むような真似はしないが、無関係な人間はどうしても嫌悪してしまうのであろう。
復讐――その炎が、彼女の中に燻ぶり続ける限り。
「しかし、彼女が私と行動を共にするとは思えませんが・・・」
見知らぬ人間というだけでなく、グレンは先程ニノに対して無礼を2度ほど繰り返してしまっている。その事から彼への心証を悪くしているのは明白であり、同行に納得してくれるとは考えにくかった。
「それについては私が説得しておこう。なに、あの子も根は優しい。きっと理解を示してくれるはずだ」
今はただ、その言葉に従うしかなかった。
とは言っても、ほとんど無関係なグレンが抜けても問題はないため、彼自身どちらでも構わないと考えてはいたが。
「ふーむ・・・。何か、グレン殿の事を見直すような切っ掛けがあれば良いのですが・・・」
ヴァルジのその言葉に、クロフェウも頭を悩ませる。
そこまで悩まなくても、とグレンだけは呆れていた。
そんな黙り込んだ3人の耳に、どたどたと慌しい足音が聞こえる。その足音の主は、彼らのいる部屋に挨拶も無しに入って来た。
それは、この家の前で待機させられていたはずの男エルフであった。
「た、大変です、族長様!冥王国の奴らが攻めてきました!しかも、今回は凄い数です!今までの比じゃない!すぐに迎撃の準備を!」
捲し立てられた報告を耳にし、クロフェウは「なに!?」と大声を上げて立ち上がる。その額には、一瞬にして大粒の冷や汗が溢れ出ていた。
そんな彼を他所に唯一人だけ、
「おお、丁度良い」
と笑うヴァルジの声を、グレンはやはり呆れたように聞いていた。




