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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
英雄の咆哮
5/86

1-5 アンバット国

 グレン達は再び宿屋で一泊した後、来た時と同じように勇士管理局の馬車で王都ナクーリアへ帰還した。使用しなかった道具は、ガドの店に無料で返品してある。それがこっそり『英雄グレンの所持品』として高値で売られていることを、グレンは知らない。

 ナクーリアに着いた後、とりあえず依頼完遂の報告をするため、グレン達は勇士管理局へと足を運んだ。先日と同じようにグレンが扉を開け、エクセとリィスを先に中へ入れる。

 「エクセお嬢様!」

 途端、歓喜に湧くメーアの声が響いた。

 「ただいま帰りました、メーアさん」

 エクセはメーアにお辞儀をしようとしたが、それよりも先に強く抱きしめられてしまう。

 「よくぞご無事で!いいえ、無事なわけがありません!どこか怪我をなさった所はございませんか!?回復薬ならば、特上のものをご用意してありますので!」

 言いながら、エクセの体を調べていくメーアであった。

 「だ、大丈夫です、メーアさん・・・!」

 そんな彼女の手から逃れるように、エクセは後ろに下がる。

 「グレン様のおかげで(わたくし)は傷一つ負っていません。回復薬を使う必要もないです」

 「そうですか・・・・!それは本当によかった・・・!」

 心底安堵したような顔を浮かべた後、メーアはグレンに顔を向けた。

 「お疲れ様です、グレン様。無事、私との約束を果たしてくださったようで、感謝の言葉もありません」

 先ほどの態度から一変、いつもの落ち着いた受付嬢としての対応をし出したメーアにグレンは戸惑う。

 (こんな性格だったか・・・)

 と思いながらも、「ああ」とだけ答えた。

 「それでは、依頼完遂の手続きをいたしますので、こちらへ――あら?」

 今更ながらリィスの存在に気がついたメーアが、頭の上に疑問符を浮かべる。

 彼女に見つめられた少女は、エクセの後ろにさっと身を隠した。ここまでの道中で、随分と仲良くなっているのだ。

 「グレン様、こちらの少――方は?」

 「実は想定外の事態があったんだ。この娘は、それに関わっている」

 グレン達と同様、メーアもリィスが少年か少女か判別がつかなかったらしく、言葉を濁して問い質す。

 グレンはさりげなくリィスが女性であることを伝えながら、続けてアマタイ山での出来事をメーアに報告した。

 「――サ、サ、サイクロプスですって!」

 メーアの驚愕した声が管理局中に響く。変に注目を集めたくなかったので、他の勇士の姿が見えないのが救いだった。

 「なんという・・・!まさか、それと戦ったというんですか!?エクセお嬢様と!?」

 「あ、いえ、戦ったのはグレン様だけです」

 信じられないとグレンに非難の眼差しを向けるメーアであったが、エクセが訂正したことで即座に表情を元に戻した。

 (なんか面白いな)

 ここまで頻繁に表情を変える彼女を見たことがないグレンとしては、戸惑いよりも先に面白さが立ってしまう。かと言って笑い声を上げるわけでもなく、メーアの続く言葉に耳を傾けた。

 「しかし、そうなると・・・これは難しいですね。オーガの巣を発見したとのことですので、報酬は出ますが・・・。一応、上に掛けあってサイクロプス討伐の追加報酬が出るかどうか聞いてみましょうか?」

 証拠を何も持ち合わせていないのにそう言ってくれるメーアであったが、グレンは首を横に振る。

 「いや、今は他に行きたい場所がある。通常報酬の手続きだけ済ませてくれ」

 「分かりました。では、そのようにいたします」

 依頼達成者が気にしないのであればと、受付嬢としての彼女は言われた通りに仕事をこなす。そして最後に、金貨の入った袋を持ってきた。

 「こちらが今回の報酬でございます」

 それをグレンに手渡すと、メーアは小さく溜息を吐く。

 「しかし、これでエクセお嬢様の実習も終了という事になりますね」

 「ふふ、そうですね。わずか3日とは言え、名残惜しいです」

 事の始まりであった少女の課題が無事に達成されたことで、2人はその喜びを分かち合う。けれどもこの時、傍に立つグレンは違うことを考えていた。

 (ああ、そうだったな。今回はエクセ君の実習という名目での遠出だったんだ)

 色々あったために、すっかり忘れてしまっていたようだ。

 またそれだけでなく、彼女達の会話からある事に気が付く。

 (ん?待てよ・・・。今「これで終わり」と言ったよな・・・・。つまり・・・実習は1回だけでよかったということなのか・・?)

 自分だけが失念していた衝撃の事実に、グレンは戦慄した。そして自身の所業を思い出し、罪悪感から鼓動を速くさせる。

 (ということは、別に簡単な依頼をさくっとこなしてお終いということで良かったのか・・・!なんといことだ・・・!俺は一体どこで勘違いをした・・・!?なぜ実習が長期間続くと思っていたんだ・・・!?これでは何の意味もない危険にエクセ君を巻きこんだだけではないか・・・!!)

 「どうかなさいましたか、グレン様?顔色が優れないようですが・・・?」

 顔中に汗をかき始めたグレンを心配して、エクセがそう声を掛けてきた。素直に謝罪しようかとも思ったが、罪の意識が強過ぎるせいで思わず誤魔化してしまう。

 「ああ、いや・・・今更ながら、あそこまで難易度の高い依頼を受ける必要はなかったのかもな、と思ってしまってな」

 その言葉を聞いたメーアは「だからあの時、お止めしましたのに・・・」と少々ご立腹な感じではあった。

 しかし当のエクセは異なり、

 「いいえ、グレン様。あのような出来事、おそらく普通に生活していたならば絶対に体験することはできなかったと思います。グレン様の勇ましいお姿を拝見することもできましたし、それに――」

 と言って、自身の背後に隠れているリィスの後ろに回り、その両肩に手を置いた。

 「――リィスさんと出会うことができました」

 壁がなくなり皆の視線にさらされたリィスはおどおどとしていたが、満面の笑顔のエクセががっちり抑えているせいか身動きが取れずにいるようだ。

 そんな2人を目にし、グレンは己の中の罪悪感が少しだけ薄らいだような気がした。

 「ああ、そうだ。リィスのことで寄る所があったんだ。メーア君、今日はこれで失礼させてもらうよ」

 初めてグレンに名前を呼ばれて少し驚いたメーアだったが、すぐに気を持ち直して頭を下げる。

 「ええ、いってらっしゃいませ」

 彼女のその言葉にエクセもお辞儀を返し、それに倣ってリィスも一礼した。

 その後、グレンが開けた扉に2人を通し、続いて自身も勇士管理局を後にする。

 そして、リィスに掛かった呪いを解くことができる人物に会うため、王城へと向かった。





 フォートレス王国の王城は、王都ナクーリアの中央に位置している。それはナクーリア内であるならば、どこからでも見ることができる程に巨大であった。

 白く美しい外壁は日の光を浴びてさらに白く輝き、見る者全てに国王の威光があまねく国民に届きうるだろうという気さえ起こさせた。その城門前に、グレン達3人は立っている。

 「ここも久しぶりだな」

 かつて兵士だった頃のことを思い出し、グレンは呟いた。

 「(わたくし)もなんだか久しぶりな気がします」

 アマタイ山での冒険がエクセにそう思わせたのか、2人して城門前でしみじみとしてしまう。そんな彼らに向かって、リィスがおずおずと声を掛けた。

 「あ・・・・あの・・・」

 2人が同時に振り向くと、少女は怯えたように肩を震わせる。それでも、自分の意思を伝えるくらいの親しみはすでに築かれていた。

 「いいん・・・でしょうか・・・?」

 「何がですか?」

 2人ともその質問の意図が分からず、代表してエクセが尋ねる。

 「こんな・・・綺麗なお城に・・・私・・・汚いから・・・」

 どうやら、荘厳華麗な城の中に自分のような人間が入っていいのか、と尋ねているようだ。

 リィスは自身のことを汚いと評したが、服はすでに変わっており、髪や肌も宿屋で綺麗にしていた。少し痩せすぎな点を除けば、王都に住む一般人とそう変わらない外見をしている。

 「もう、リィスさん。そういう風に自分を卑下しては駄目ですよ」

 そんな彼女の頬を両手で挟みこみながら、エクセが窘める。なんだか姉妹といった感じだな、とグレンは思った。

 「さ、行きましょうか。グレン様、リィスさん」

 エクセの言葉を受け、3人は城門に向かって歩き始める。

 フォートレス王国の王城は一般市民でも許可を取れば或る程度まで中に入ることができるため、城門前には人気(ひとけ)が多い。そこには騎士が6人おり、城の中へ入ろうとする者の許可証を確認していた。

 「すまない」

 その中の1人に、グレンは声を掛ける。

 「む、何だ――って、グレン様!?」

 グレンの顔を知らぬ騎士はいないため、呼び止められた騎士だけでなく、その声に反応した他の騎士まで姿勢を正す。周りの市民も、英雄の登場と聞いてざわついていた。

 「城の中に用があるんだが、入っても構わないか?」

 「はっ、もちろんであります!!」

 本来ならば許可証が必要なのだが、グレンほどの有名人の身元確認を一々取る者はいない。まして、その王国の英雄の入城を妨げることなど誰ができるだろうか。

 この騎士の決断は、その場にいる者たちの総意であった。

 「ついでに彼女たちも連れて行くが、構わないか?」

 「はっ、もちろんで――って、ファセティア家のご令嬢!?」

 グレンに示された2人組の少女のうち、エクセを見てその騎士は再び声を上げる。グレンとまではいかないが、その美貌と体型と家柄によって彼女も中々に有名人であった。

 そして必然、残ったリィスにも視線が集まるのだが、当然ながら誰も彼女の顔には覚えがない。

 「申し訳ありません、グレン様。あちらのお供の方は、どなたでしょうか?」

 「君が気にすることはない。こちらとしても急いでいるんだ。入城の許可だけ出してくれればいい」

 別にそこまで急いではいなかったが、こう言うことで相手を納得させようとした。自分の職務に忠実な騎士は少しだけ悩んだ素振りを見せたが、最終的に彼の意見を聞き入れる。

 「分かりました。他でもないグレン様のお連れ様、疑う余地もありません」

 すると騎士は「お通りください」と言って、城門を少しだけ開けた。本来ならばその場にいる者たち全ての許可証を確認してから門を開くのだが、今回は特例ということだ。

 「感謝する」

 そう言い、グレンは門の中へと入っていく。エクセとリィスも、感謝を述べながら続いた。

 「わぁ・・・」

 城の中へ入ったリィスが、感嘆の声を漏らす。

 外から見た城も十分美しかったが、中はさらに美しかった。天井から垂れ下がる明りの細工は見事なもので、温かく城の中を照らしている。床に敷き詰められた石は美しく、まるで鏡のようであった。

 そこを歩く人々も、見学目的の一般市民を除けば、豪華な衣装に身を包んでおり、決して城の華麗さに負けてはいない。

 ふと、リィスは自分の服を見る。今まで自分が着てきたものに比べればかなり上等な服ではあるのだが、やはりこの中にいるのは分不相応な感じがして居たたまれない気分になった。見れば他の一般市民の反応も似たようなもので、質素な格好をしつつ堂々としているのは、その中ではグレンだけであった。

 そんな彼に向かって、ある人物が歩み寄る。

 「おお、我が友よ!珍しい所で会うな!」

 それは、グレンの友人アルベルト=カルディアム=オデッセイであった。

 アルベルトはグレンと同い年でありながら20代前半でも通用しそうなほどに若々しく、金色の髪をなびかせながら颯爽と歩いてくる。

 彼はグレンとは間逆――女性に人気があり、男性に不人気そうな顔立ちをしていた。その身は王国騎士団団長の制服に包まれており、歩くたびに煌めく胸の紋章が美しい。

 目の前まで来たアルベルトが右手を差し出してきたため、グレンはそれを握り返す。

 「エクセリュート嬢の件、承諾してくれて感謝している。近いうちに礼を言いに行こうと思っていたんだが、君の方から来てくれるとはね」

 そこでアルベルトは手を離し、エクセの方へ顔を向けた。

 「エクセリュート嬢もお久しぶりですね。実習の方は、もう終わったんですか?」

 「はい、アルベルト様。グレン様には、とても良い経験をさせていただきました」

 「ほう。人見知りの君が随分と上手くやったようだな。珍しいこともあるものだ」

 はっはっはっ、とアルベルトが笑う。

 それを聞き、グレンと笑い方が似ているな、とエクセは思った。

 「ところで、ここには何をしに?」

 笑うのを止め、アルベルトがグレンに問う。その目は先程までとは違い、真剣そのものであった。

 普段王城を訪れないグレンがいるのだ。何かただならぬことが起きたと考えてもおかしくはない。

 「ウェスキス殿にお会いしたい」

 グレンは過程や理由を省いて、目的の人物の名を告げた。友人ならばこれで全て察してくれると思ってのことだ。

 アルベルトはちらりとリィスの方を見た後、こう答える。

 「了解した、我が友よ。すぐにお連れするから、それまで僕の部屋で待っていてくれ。どうやらその時に、その子についても紹介してもらえるようだしね」







 地上6階地下2階の王城において、騎士団団長専用の部屋は3階に存在する。

 カルディアム家としての屋敷も王城に近い位置に存在しているのだが、団長としての仕事が激務であるため住み込みで働いているのだ。

 能力のある者はそれ相応の仕事をしなくてはならない、とはアルベルトの言である。

 彼が遣わせたメイドに案内され、3人は目的の部屋の前まで辿り着いた。扉の前には2人の騎士が警護として立っており、アルベルトの部屋に侵入者がないように監視をしている。

 身動き一つしない事から、その仕事に誇りを持って臨んでいることが窺える彼らであったが、グレンの姿を確認すると一変して慌て出した。

 しかし、メイドに詳細を告げられると再び姿勢を正し、グレンに対して敬礼をする。そんな彼らの間を通るようにして、グレン達はアルベルトの部屋への扉を開けた。

 すると、椅子に腰掛けた先客の姿を目にする。

 「やっと来たましたか、アルベルト殿。いつまで待つのか――む、グレン殿?」

 「――シャルメティエか」

 「え!?シャルメティエ様!?」

 部屋の中央に置かれた机に腰掛けていたのは、六大貴族でもあるフォートレス王国騎士団副団長シャルメティエ=ホーラル=セイクリットであった。

 シャルメティエは読んでいた報告書を机に置くと、優雅に立ち上がる。

 すらりとした体型に、背中にまで伸びた金髪は美しく、騎士団副団長の制服を着たその姿は見た者全てを魅了するようであった。身長はエクセよりも少し高いくらいだが、その美しい顔立ちは大人の女性の魅力を十分に備えている。

 「グレン殿が何故ここに?」

 突然の訪問者に近づきつつ、シャルメティエが興味深げに尋ねる。

 「ウェスキス殿に会いに来たんだが、アルベルトにここで待つよう言われてな。あと、いるのは私1人ではない」

 そう言って、グレンは体を横にずらす。シャルメティエの視界に、エクセとリィスの姿がようやく映った。

 「これは失礼した。そちらはファセティア家のご息女と・・・申し訳ない、存じ上げないようだ」

 相手が貴族であるならばともかく、一般市民然としたリィスのことを知らなくても不思議はないのだが、シャルメティエは軽く頭を下げて謝罪をする。

 「シャルメティエ様は、(わたくし)のことをご存知なのですか!?」

 そんな彼女に対して、エクセはやや興奮したように話し掛けた。先程のシャルメティエの言葉から顔見知りかと思ったが、どうやら初対面のようだ。

 「ああ。話だけでしか聞いたことはないが、どうやら当たっていたようだ。しかし、バルバロット殿が『王都一の美女』と謳っていただけあって、確かに愛らしい」

 シャルメティエのそんな言葉に、少女は顔を真っ赤にしながらも「もう、お父様ったら・・!」と言いつつも喜びを感じていた。エクセにとって憧れの男性がグレンであるならば、憧れの女性はシャルメティエであったのだ。

 「して、そちらのお嬢さんは?」

 エクセの後ろに隠れたリィスを見ながら、グレンに問う。彼女のことを女性だと初見で見抜けたのは、シャルメティエが初めてであった。

 「彼女の名前はリィスと言う。どのような人物かは、これから聞く所だ」

 「・・・ふむ、どうやら訳ありのようですね」

 グレンの言葉に、シャルメティエは顎に手を当てながら考える。

 「ウェスキス殿に会いに来たということは、余程のこととお見受けします。ならば王国騎士団副団長として、私も彼女の話を聞きましょう。私の部屋ではないですが、どうぞ掛けてください」

 そう言って、シャルメティエは机の方へ手を差し向けた。机には椅子が6つ備えられており、これから来る2人と合わせて丁度良い数だなとグレンは思う。

 開けたままであった扉をエクセが閉めると、4人は机に向かって歩き出した。

 しかし数歩進んだくらいで、再び扉が勢いよく開かれる。

 「はいは~~い!グレンちゃん、お待たせ~~~!」

 扉を乱暴に開けて現れた彼女こそが、フォートレス王国の魔力の英知と謳われ、王国魔法研究会の会長を長年に渡って務めているポポル=ヴィレッド=ウェスキスであった。外見は身長と相まって幼く見えるが、ここにいる誰よりも歳を重ねている。ちなみに既婚で、二児の母でもあった。

 「私に用ってことは~、怪我でもしたの~?見せて見せて~~」

 間延びした話し方ではあるがやや早口に語りつつ、ポポルは一直線にグレンに向かって突き進む。

 「お久しぶりです、ウェスキス殿。今回ご足労願ったのは、私のことではなく――」

 「や~ん!ポポルちゃん~って呼んでぇ~」

 可愛らしい姿勢を取りながらそんなことを言ってくるポポルに対して、グレンは真剣な顔をして言った。

 「・・・・ウェスキス殿、今回は真面目な話をしに来たのです。ふざけるのは遠慮願いたい」

 グレンのその言葉に、ポポルは少々不満げながらも佇まいを直す。

 「あら~、そうなの~、ごめんねぇ~。グレンちゃんと~久しぶりに会えるって~、ちょっ~とはしゃぎ過ぎちゃった~」

 そう謝罪しながらも、今度はエクセとリィスの存在に気付き、2人の顔を観察し始める。じいっと見つめられた少女達は、少しばかり戸惑っているようであった。

 「あら~~~~!なに~この可愛い~女の子たちは~!?もしかして~グレンちゃんの子供――じゃないわよね~、独身だし~」

 そう言いながら、より身近にいたエクセに抱きついた。

 「は、初めましてポポル様・・・!(わたくし)はエクセリュート=ファセティア=ローランドと申します・・・!」

 抱きついてくるポポルに視線を落としながら、少女はなんとか自己紹介をした。

 「ええ~~~!ってことは~、バルさんの~子供ってこと~~!?そういえば~『俺の娘は王国一の美女だ』~って言ってたけど~。う~ん、確かにかわい~わ~~!」

 『バルさん』とは、おそらくバルバロットのことであろう。

 再び容姿を褒められたエクセは、顔を赤くしながら「お父様・・・!」と呟く。

 そんな光景を見ながら、このままだとエクセの美しさは世界一にまでなるのではないか、とグレンは思った。

 「僕の時は『世界一の美女だ』って言ってたけどね」

 すでになっていたことを、いつの間にか隣にいたアルベルトに教えられる。その存在に、グレンだけは気付いていたが。

 「ウェスキス殿!いい加減にしていただきたい!」

 その時、エクセを弄って楽しむポポルに対して、シャルメティエが声を荒げた。

 「先ほどグレン殿も言っていたでしょう!?『真面目な話がある』と!ならば、ここはいつまでもふざけていないで、神妙に話を聞くべきです!」

 「や~ん、シャルちゃんが怒った~~~~」

 ポポルはそう言いながら、エクセの後ろに隠れる。

 「ぐっ!い、いい加減その『シャルちゃん』というのを止めていただきたい!私ももう21になるのですよ!」

 「21歳なんて~私の半分も~いってないじゃない~。だったら~『シャルちゃん』でいいのよ~」

 そして、今度はシャルメティエを揶揄い始めた。これは収拾がつかなくなりそうだとグレンが思ったその時、アルベルトが手を叩く。

 「はいはい、お嬢さん方。仲良きことは素晴らしきことだと思いますが、そこまでにしておいてください。今この場は、グレンの話を聞くためにあるんですから」

 そう言われたポポルは「や~ん、お嬢さんですって~~」と言いながら喜び、シャルメティエは「くっ、私としたことが・・・!」と言って顔を赤くした。

 とりあえず場が鎮まったことを確認すると、アルベルトは友人に話をするよう促す。

 それに頷き、グレンはエクセを連れてアマタイ山へ向かった辺りから、リィスに呪術が掛かっていることまでを掻い摘んで説明した。

 時折、シャルメティエがどのようにモンスターを倒したのかを聞いてくるが、それらは全てエクセが事細かに答える。その度にシャルメティエは感嘆の声を上げるが、サイクロプス戦の話はすぐには信じようとしてくれず、リィスまでもが証言しなければならなかった。

 「ですので、リィスに掛かっている呪術をウェスキス殿に解いていただきたいのです」

 そこまでが自分の話したい全てだと示すため、ポポルの方を向く。

 「もちろん~、いいわよ~。私に~任せなさ~い」

 ポポルはありもしない力こぶを見せつけるように腕を曲げ、小さな体に宿した自信を表現してくる。それについて、彼女の実力を知る者達は違和感を覚えなかった。

 「普通は~、お代を~頂かないとなんだけど~。特別に~無料(タダ)でいいわよ~」

 ポポルは解呪系の魔法だけでなく――攻撃魔法は言わずもがな――回復や探索系の魔法まで多種多様に使用することができる。さらには彼女が新しい魔法もいくつか開発しており、気に入らないものができた場合は世に公表していた。

 この新たな魔法を作るという作業は決して容易いことではなく、並の魔法使いならば一生に一個作れるかどうかという所業である。

 それは、己の中の魔力をどのような形にすれば望んだ効果が発揮できるのか、という無限とも言える選択肢の中から答えを見つけなければいけないからであった。そのため、そのような事に時間を費やす者はほとんどいない。

 度重なる試行を繰り返せるだけの膨大な魔力量と壁を突破するための天才的な閃き、これらを持ち合わせている者こそがポポル=ヴィレッド=ウェスキスという人物であった。

 「感謝します」

 グレンはそう言うと、リィスを呼ぶ。

 少女はおどおどしながらもポポルの前まで歩み寄り、彼に呪術印を見せるよう指示されるまま、服をずらして右肩を露出させた。

 そこにはつい先日見た物と同じ、禍々しいまでの紋章が刻まれている。皆の視線が、自然とそこに集まった。

 「あら~、これは~なかなか~立派な呪術印ね~。私の知る限り~、ここまでのものを~刻める人なんて~、ルクルティア帝国に1人と~アンバット国に1人くらいだわ~」

 『アンバット国』――ポポルの口からこの言葉が発せられた瞬間、リィスの体が強張ったのをエクセ以外の全員が気付いた。

 「解呪できるでしょうか?」

 リィスの身を案じたエクセが、心配そうにポポルに問う。それに対し、王国最高の魔法使いは軽やかに応えた。

 「でも~、私ほどでは~ないわね~。こんなの簡単、簡単~」

 その言葉にほっと胸を撫で下ろすエクセであったが、ポポルの顔は言葉と裏腹に芳しくない。なにやら不安要素があるといった様子であった。

 「でもでも~、本当に~解呪しちゃって大丈夫~?これ~、『警報(アラーム)』も~組み込まれてるんだけど~」

 『警報(アラーム)』とは10級魔法であり、簡単であるが故に使用範囲が幅広いものであった。例えば、物体に使用することで誰かがそれに触れた瞬間に術者は気付くことができるし、今回のように他の術法と組み合わせることでその術法の発動や解呪を知ることもできる。

 「それがなにか問題なのですか?」

 これを聞いたのはシャルメティエである。これにはグレンも同意であり、術者に解呪を知られた所でどうこうできまいと思っていた。

 その疑問には、ポポルの代わりにアルベルトが答える。

 「つまりウェスキス殿はこう仰りたいんだ。この呪いを掛けた術者は、リィス嬢を使ってサイクロプスを操る実験をしていたのではないか。そしてそれは、このフォートレス王国に攻め込むための準備なのではないか、とね。さらにサイクロプスを操れる者はリィス嬢以外にも大勢いて、解呪が知られた相手は、対策を講じられる前に計画を前倒ししてこちらに攻め込んでくるんじゃないかな」

 アルベルトの解説に、ポポルはぱちぱちと手を叩いて称賛を送った。

 「さ~すが、アルベルトちゃん~。分からないシャルちゃんは~、おばかさ~ん」

 ポポルに指を差されながら笑われたシャルメティエは、少しだけ悔しそうな表情を浮かべる。けれども反論しないあたり、自覚はあるようであった。

 「もちろん~可能性の1つ~ってことでは~あるんだけどね~」

 散々シャルメティエをからかった後、ポポルは言う。そして、ここに来てから今まで一度も見せたことのない真剣な眼差しをすると、グレンを見つめながら尋ねた。

 「どうするの~、グレンちゃん~?」

 彼はほとんど間を置かず、

 「解呪をお願いします」

 と言った。

 それに対してポポルは、先程アルベルトにしたように拍手を送る。

 「さ~すが、グレンちゃん~。可愛い女の子を~これ以上このままにしておくなんて~できないわよね~。もし~攻め込まれても~なんとかすればいいんだし~」

 言いながらも早速リィスの右肩に手を当て、

 「――『大解呪(マスディスぺル)』~」

 と唱えた。

 白い光が少女を包み、ポポルが手を離すと、最早そこには何もなくなっていた。

 「えええええええ!!!?」

 部屋中に響くほどの大声を上げたのはエクセである。

 「どうした、エクセ君?」

 皆の視線を集める中、少女はグレンに詰め寄った。

 「だ、だって、グレン様!今、ポポル様は、杖も!時間もかけず!『大解呪(マスディスぺル)』と言ったら6段魔法ですよ!!」

 魔法使いとして信じられないものを見たといった感じにエクセは言った。

 グレンやアルベルト、シャルメティエにとっては見慣れた光景であるため驚きはしないが、ポポルの行為はそれほどのものだったのだ。

 エクセは自分の常識が覆ったかのような感覚に陥る。驚きの表情のままポポルを見ると、満面の笑みを浮かべながら自慢げに指を2本立てていた。

 さらに興奮して何か言おうとしたエクセであったが、ふいにリィスの泣き声が聞こえたため、瞬時に落ち着きを取り戻す。

 「リィスさん・・・・」

 己に掛けられた呪いが解かれた喜びに打ち震え、少女は泣いていた。グレンはリィスの肩に手を置き、あくまで優しく聞く。

 「リィス、酷かもしれないが我々には時間がないかもしれないんだ。話してくれないか?君の知っている全てを」

 「グレン殿、いきなりそれは――」

 シャルメティエがグレンを止めようとするが、それをアルベルトが制した。首を横に振るアルベルトに、シャルメティエは何とも言えない表情を見せる。

 「分か・・・ました・・」

 グレンの言葉に、リィスは途切れ途切れに了解の意を示した。

 そして気持ちを落ち着かせた後、語り出す。





 アンバット国。

 フォートレス王国の西に隣接する小国であり、未だ奴隷制を敷く唯一の国である。そのことで多くの国から非難を受けるが、その(ことごと)くを無視。他国との外交や交易を行わないため、一部の上流階級を除き非常に貧しい国であった。

 そんな国にリィスは生まれた。そう、奴隷として。

 アンバット国は強大なモンスターも多く、人の住める場所も少ない。そのため豊かな領土を得ようと、度々フォートレス王国に侵略を繰り返しては撃退されていた。

 しかし、15年前の戦争でルクルティア帝国がフォートレス王国に大敗してからは1度も侵略を行っていない。実はアンバット国がフォートレス王国を攻撃する際に、ルクルティア帝国から資金や物資が提供されていたのだが、壊滅的打撃を受けたためそれもなくなったのだ。

 それでも、フォートレス王国への侵略を諦めたわけではなかった。

 むしろ「自分たちが貧しいのはフォートレス王国のせい」と逆恨みも甚だしい復讐の炎を燃やすまでになっていたのである。しかし、アンバット国には少ない兵士と多くの奴隷しかおらず、戦力としてはないも同然だった。

 そこで考えられたのが、モンスターを操って戦わせることである。

 幸か不幸か、アンバット国には地上最強のモンスターと名高いサイクロプスが比較的多く存在していた。それらを操って戦えばフォートレス王国などすぐにでも蹴散らせると、アンバット国の上層部は考えたのだ。

 多くの奴隷の命と引き換えに、なんとか1体のサイクロプスを捕獲することには成功した。

 しかし、意のままに操ることが難しかった。呪術を用いても駄目、調教しようとするものならたちまち殺されてしまう。折角捕まえたサイクロプスを殺すこともできないため、無理な実験もできずにいた。

 そんな日が続いていたある日、計画開始からすでに5年の月日が経っていたが、ある魔法道具(マジックアイテム)が開発された。

 それは、人とモンスターの意識を結合させるものであった。

 最初の実験はもちろん奴隷を使い、モンスターも小さな獣を使った。しかし、実験を開始すると、その奴隷はまるでモンスターのように人間を襲い始めたのである。

 これはモンスターの意識が奴隷の意識よりも勝った結果であった。上層部はそこから度重なる改良を加え、なんとかモンスターよりも人間の意識が勝るよう調整を施す。それでもまだ、サイクロプスを操ることまではできなかった。

 そこからさらに8年の月日が流れたある日、気の狂い始めた上層部の1人が言った。

 「サイクロプスの目は1つ。ならば、人間の目も1つにすれば上手くいくのではないか」、と。

 本来ならば一笑に付せられる案だったのだが、アンバット国には冗談半分にそれを試せるだけの奴隷(モルモット)が大量にいた。

 誰も異論を挟まず実験は執り行われ、そして無事に成功した。成功してしまった。

 眼球を摘出した何も見えない目にサイクロプスの視界を投影することで結合の度合いを上昇。始めは発狂する者も出たが、装置をさらに改良することでこれを解決した。無論、発狂しないだけで負担は増すばかりであったが。

 けれども、そこから計画は急加速していった。

 操れるようになったサイクロプスと奴隷を使って、新しいサイクロプスを順調に捕獲して行ったのである。計画開始から14年目のことであった。奴隷に反逆されないよう、呪術を用いて従わせることもこの時に決まった。

 そして計画の最終段階として、奴隷の中で最もサイクロプスの扱いに長けたリィスが、フォートレス王国内で戦力を隠せそうな場所を確保している所に、グレンとエクセが出くわしたのだ。

 これが、少女が知るアンバット国の計画の全てであった。






 机を殴打する音が部屋に響く。

 「なんという外道・・・!許せん・・・!」

 怒りを露わにしたのはシャルメティエであった。

 「じゃあ、リィスさんのその眼帯は・・・」

 続いて声を震わせながら、エクセがリィスに聞く。

 「そう・・・サイクロプスを・・操るための・・・道具・・・。この下も・・・見てみる・・?何もないけど・・・」

 悲観的に言葉を紡ぐ少女を、ポポルが優しく抱きしめた。

 「いいのよ~!無理しないでぇ~!辛かったでしょうね~、怖かったでしょうね~!」

 そう言って顔をくしゃくしゃにしながら涙を流す彼女の腕の中で、リィスも泣いた。

 話し終わるまで耐えていたのだろうか、それは今まで少女が見せたものの中で一番大きな涙の粒であった。

 アルベルトの姿はすでにない。リィスが話し終わったと思うや否や、すぐに部屋を飛び出していったのだ。

 おそらく騎士団の隊長格を集めて会議を開くつもりなのだと、グレンは思い至る。また、彼がアンバット国との戦争になると考えている、とも。

 では、グレンはどうであろうか。今この瞬間、何を感じているのか。

 怒りか、驚きか、悲しみかそれとも危機か。

 そのどれもをグレンは感じていた。それ故、感情がごちゃごちゃになってしまい、逆に平静になっているのだ。

 (アンバット国か・・・・)

 グレンは来たるべき戦争を思い浮かべ、ただただ不敵に笑った。

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