3-14 それぞれの思惑
教国での一夜が明けた翌日の朝、グレン達はある部屋へと集まった。
そこは、戦いの神殿にある一室。昨日、ジェウェラが話し合いのためにと手配してくれた場所である。
大きな机が用意されており、椅子も当然複数あった。しかし、今そこに腰掛けているのはシャルメティエのみであり、チヅリツカとグレンは彼女の後ろに立って控えている。エクセに関しては昨日のリットーとの件もあり、グレンが部屋にいるよう指示した。レナリアはその付き添いだ。
その3人だけで会話もなくしばらく待っていると、ジェウェラが部屋の中に入って来る。いや、ジェウェラだけではない。その後ろにも彼と似た様な服に身を包んだ者達が続いており、その中にはエビタイもいた。
まず間違いなく、この者達全員が大神官なのだ。
「ん・・・?」
最後の者が部屋に入った瞬間、グレンは怪訝な声を上げる。八王神に仕えていると言うからには、大神官の数は全部で8人のはずだ。しかし、椅子に座った男の数は5人で、昨日出会ったリットーの姿も見えない。それと同様の懸念をシャルメティエも抱いたようで、大神官達に向かってあくまで上の立場に立つ者として問い質す。
「数が少ないようだが?」
それは大神官全員への質問であった。まずは誰が答えるかで、彼らの序列を確認しようとしたのだ。
「申し訳ありません、使者様・・・。他の大神官達は、体調が優れないようでして・・・」
そしてエビタイが申し訳なさそうに答える。これはシャルメティエには少々予想外な事態であった。
彼はシャルメティエ達が教都を訪れた際に、唯一出迎えてくれた人物である。そこから察するに、序列的には一番下だと判断していた。可能性として、今回も使者である自分たちに対応させられているだけなのかもしれないが、他の大神官の表情を見るにどうやらそうではなさそうだ。
「――シャルメティエ様」
その様子を見たチヅリツカがシャルメティエに囁く。
「教国の者達の様子が何やら変です。それに、教王の姿もありません」
その事に関してはシャルメティエも気になっていた。ユーグシード王国の頂点である教王がこの場に来なければ、王国への謝罪としては力弱いものとなってしまう。使者である自分達の心証が良くなることは絶対にない。
(もしや、白を切るつもりか・・・?)
教国がそのような行動を取る可能性がある事も、シャルメティエとチヅリツカは一応考えていた。
しかしその危険は大きく、王国側の人間に敵対行動と判断されてもおかしくはない。それ以前に、すでに教国側は国王誘拐を企て、実行したのだ。これ以上自分達の非を増やし、首を絞めようと言うのか。
それでも構わないが、シャルメティエは牽制としてこう言って聞かせた。
「まず始めに言っておく。我らの王は優しくはあるが、甘くはない。貴方方がどのような対応をするかで教国の未来が決まると心してもらおう。この場に来るのが貴方方だけであるのならば、それで結構。その両肩に一国を背負う覚悟があると判断させてもらう」
シャルメティエのその言葉に、大神官達は怯んだ様子を見せた。
(大したものだ。おそらく他国との交渉など経験がないだろうに)
相手国の首脳陣を前に毅然とした態度を取れる年下の上官の頼もしい後ろ姿に、グレンは称賛の眼差しを送る。将来アルベルトは団長の座を奪われてしまうかもな、と思わずにやけそうになっていた。
しかし、この場でそれは相応しくなく、シャルメティエの品位を貶めてしまうかもしれないため、ぐっと堪える。気を紛らわせるようと部屋を見渡すグレンの視界に、ジェウェラの軽く上げられた手が映った。
「シャルメティエ殿、正直に申し上げましょう」
唐突な彼の言葉に、他の大神官は色めき立つ。唯一人エビタイだけが平静である所を見ると、彼だけにはそう発言することを伝えてあったようだ。
ジェウェラに対し、シャルメティエは黙ることで続きを促している。それを察した彼も、応じる形で言葉を紡いだ。
「教王は今、ご病気で臥せっておられる。そのため、この場には参られません。加えて他の大神官ですが、彼らは知識の大神官に同調し、この話し合いを欠席しました」
その言葉が真実ならば、王国側としては平然としていられない。教王の件は仕方ないとして、この場に参加することを拒否した大神官達には自然と疑いの目が向く。特に欠席組が同調したという知識の大神官が最優先で警戒対象になるだろう。
王国で捕らえた男達から得た情報では、『彼らに指示を与えたのは神官』という事しか分かっていない。彼らがそれ以上口を割らず、尋問官もそれが男達の知る全てだと判断していた。だが、思わぬところで相手が情報を漏らしてくれ、シャルメティエはこの事件の解決が近い事を悟った。
しかし、それもすぐに無用のものとなる。なぜならば、これ以降ジェウェラが事の真相を全て暴露したからだ。
「お恥ずかしい話ですが、今の教国は知識の大神官リットーにほぼ全権を握られております。教王が臥せられる直前、親交のあった彼に全てを任せたのです。今思えば、彼はそのために教王に近づいたのかもしれません。――いえ、その話はいいでしょう。とにかく、それ故リットーに従う神官の数も多いのです。それは大神官も例外ではありません。しかしご安心を。この場に来ている者は、言わばその勢力外の人間。ここでの話が漏れることはないはずです。そして、だからこそ申し上げます。王国に刺客を放ったのは、間違いなくリットー大神官です」
ジェウェラが話し終わると、部屋の中に静寂が訪れる。
これは彼の推測ではなく、部下であるハルト――彼らの間ではハルマンと呼んでいる――が入手した情報であったのだが、そこは当然伏せておいた。
また先ほどの発言が、王国には協力しないという昨日までのジェウェラの考えと異なることも注目すべき点である。これは、王国の使者にグレンがいたからであった。
彼にしてみれば、グレンは神に等しい存在。ならば、そのような存在に嘘を吐くことを彼の信仰が認めず、それゆえ己の知る全てを曝け出したのだ。
ただ、色々と説明してくれたが、グレンにとって重要なのは最後の一言である。
犯人はリットー。
グレンは昨日覚えたあの男の顔を思い出し、そうであってもおかしくはないなと考えた。同時にあの時蹴り飛ばしていても何の問題もなかったのだなと思い、惜しい事をしたと悔やむ。
「ジェウェラ大神官・・・!そんな・・・何の根拠もなく、そんな事を言って・・・!大丈夫なんですか・・・!?」
そう言ったのは名前の知らない大神官であった。やたら慌てている所を見ると、リットーと同じ大神官であっても差は大きいようだ。
「根拠ならばあります。皆さんならばご存知のことですが、リットーは『神々の遺産』に異常なまでに執着しています。加えて、彼ほどの権力者であるならば刺客を放つことなど容易いはず。それ以前に今この場にいないことが何よりの証拠ではないですか」
「それはそうですが・・・。しかし、口は慎んだ方がいいのではないですか・・・?もしこれが――」
「無論、先ほどの発言がリットーに知られれば何かしらの対応はされるでしょう。しかし、知られなければ良い。その間に証拠を集め、彼を王国に引き渡そうと私は考えます。皆さん、それに協力してはいただけませんか?」
ジェウェラの台詞は「仲間を売る」と言っているに等しかった。しかし余所者であるグレン達であっても、その言葉からは「厄介者を排除したい」という気持ちが伝わり、教国の現状が複雑なものであることを感じさせる。
(まあ、関係ないがな)
他国の事について、グレンは兎角無頓着であった。そうでなければ敵国を完膚なきまでに叩きのめす事は出来ず、自国を守る事も出来ないと考えているからだ。ただ、最近はティリオンの意向もあり、帝国に関する事柄には少しだけ注意を払うようにはしている。それでも、最優先はフォートレス王国だが。
「リットー大神官が犯人かはともかく。私は、我々で事の真相を解明するというジェウェラ大神官の考えに賛成です」
その言葉に引っ張られるように、グレンは会議に意識を戻す。またもや知らない大神官が意見をしたようだ。
「ありがとうございます、セフォン大神官。さすがは信仰の神ボルビシャス様に仕えるお方です。正しき信仰を存じていらっしゃる」
セフォンと呼ばれた大神官は、他の者と比べて少し若いように見える。それでもグレンよりは年老いており、その顔からは大神官としての貫禄が感じられた。
そして他の大神官達も彼に追随するようにジェウェラの意見に賛成し出し、この場にいる全ての大神官が王国側に協力するという結果となる。
(なんだ、本当に何事もなく解決しそうだな)
と、グレンは王国での自分の予想が当たりそうだと気楽に考えた。
しかし、その事態にシャルメティエは戸惑う。勿論、犯人確保に協力してくれると言うのであれば、それは望ましい事である。しかし、あまりにもこちら側に利となる話であるため、逆に罠ではないかと訝しんでいた。昨日のジェウェラのグレンに対する反応も全ては自分達を謀るためではないか、と思ってさえしまう。
「チヅ、どう思う?」
そのため、大神官達に聞こえない声でチヅリツカに意見を請う。彼女はシャルメティエよりも冷静に物事を捉え、適確に分析することが出来た。故に、こういう場での彼女は誰よりも頼もしい。
「少々、都合が良すぎると思われます。ですが、ジェウェラ大神官は信じていいでしょう。グレン様に対する彼の反応を考察するに、こちらの味方ではないかと思います」
「それが演技である、という可能性は?」
「グレン様が教国を訪れることは知らされていないはず。それにも関わらず、即座に昨日のような対応をして見せることが出来るとは思えません。彼が一流の役者であるというのならば、話は別ですが」
「ふむ・・・」
そんな事あるはずがない、というのはシャルメティエにも分かった。
「ならば、他の大神官はどうだ?」
「エビタイ大神官も味方と思っていいでしょう。彼はジェウェラ大神官と親交がある上に、マーベル先生にも恩義があります。王国と敵対するような立場に立つとは考えられません。ですが――」
そこでチヅリツカは言葉を区切り、ちらりとセフォンを見る。
「ですが、セフォン大神官には気を付けた方がいいでしょう。ジェウェラ大神官の提案にいち早く賛同しましたが、あれはどう考えても別の思惑があります」
「やはりか」
「はい。リットーなる者を庇うつもりかは分かりませんが、一応気を付けた方がよろしいかと」
「ふむ・・・そうか」
チヅリツカの言葉を受け、シャルメティエは次の一手を決める。続いて大神官達に目を向けると、彼らはリットーの悪事に関する証拠をどのように入手するかを相談し合っていた。そんな彼らにシャルメティエは声を掛ける。
「――大神官の方々」
シャルメティエの呼び掛けに、大神官達は一斉に顔を彼女に向けた。
「これは申し訳ありません、シャルメティエ殿。我らとしたことが、つい話し込んでしまいました」
それを不満と判断したジェウェラがシャルメティエに謝罪する。エビタイも「やや!申し訳ない!」と言って来たが、他の者は何も言葉を発しはしない。その対応も何かしらの判断材料になるかもしれないと、シャルメティエは記憶に留めておく。
「気にしないで欲しい。それよりもリットーだったか。我らも、その者の悪事を暴く手助けをしよう」
この言葉に直接的な意味はない。シャルメティエは続く彼らの反応を知りたかった。
「おお!それは素晴らしい!ぜひ――」
「いえ、結構です」
エビタイの歓迎の台詞を、セフォンが遮る。
「どうしてですか、セフォン大神官?使者の方々にも協力してもらえれば、より早く解決すると思いますが?」
エビタイと同様にシャルメティエの提案を受け入れるつもりであったジェウェラが問う。セフォンは彼に対し、表情を変えずに答えた。
「ジェウェラ大神官、自国の汚点を他国の方に見せるのはあまり宜しくありません。また、我々だけでこの問題を解決して見せることで、自浄作用を有している事を王国の方に理解していただかなくては。その方が、使者殿も安心して自国に帰ることができるかと」
その言葉に、ジェウェラは考える仕草を見せた。
彼が何を考えているのかグレンには予測がつかなかったが、続くジェウェラの承諾の言葉にそれも不要と切り捨てる。
「使者殿も、それでよろしいか?」
自分たちの考えは纏まったとばかりに、セフォンはシャルメティエに聞いた。
そこで今度は、シャルメティエが思考を巡らせる。
(我々の介入を嫌っている?だとしたら、セフォンはリットー側の人間か?――いや、先ほどの言葉に不自然な点はない。自国の弱みを握らせず、今回の件を穏便に解決するためには当然の判断だ)
大神官とて、教国という1つの国を導く存在なのだ。どの国の指導者もそうであるように、自国を第一に考えるのは至極当然のこと。例え今回のことで自国の民に非があるとしても、それを理由に他国の者に詮索を許すほど彼らも素直ではない。シャルメティエはそう判断した。
だからと言って、こちらが引き下がる理由もないが。
「申し訳ないが、それは受け入れられない。我らは、この国に事の真相と主犯格を突き止めるよう命じに来た。しかし、それは傍観するということではない。貴方方がその調査に誠心誠意取り組むかどうかを見定めるため、我らもそこに加わらせてもらう」
その言葉に、セフォンは初めて不快感を含んだ表情をしたようにシャルメティエには見えた。
おそらくリットーではない適当な人物を主犯格として王国に差し出す算段でも立てていたのだろう。大神官が不祥事を引き起こしたとあっては信徒達に示しがつかないため、彼らにして見ればそれもまた当然の行いだ。地位の高い人物の犯罪をもみ消すなど、大抵の国で行われている事である。
「そうは申されますが、使者殿。仮にジェウェラ大神官の言う通り、リットー大神官が王国に刺客を放った張本人だったらどうします?あの者は今やこの国の最高権力者。そんな人物の身辺調査を他国の者がして、目立たないはずがありません。先ほどジェウェラ大神官が申し上げたように、神官や信徒にも彼の味方は多い。どのような妨害に遭うか分からないのですよ?」
それは最悪の場合、王国の使者全員が消される結果になる。セフォンはそれを危惧していた。
そしてそうなった場合、もはや一刻の猶予もなく王国と教国は戦争に突入するだろう。強力な軍事力を抱えるフォートレス王国と争ったとあっては教国には敗北しか待っておらず、その最悪の結果を避けるためセフォンはこの場に臨んでいた。無論、リットーを差し出せば何事もなく終わるのだが、彼が犯人かどうかをセフォンは知らないのだ。ジェウェラの発言も、根拠はあるが証拠がないと考えており、可能性の1つとしてしか捉えていない。
三者三様の立場により、場は少し複雑な様相を呈していた。
「その『どのような妨害』にも対処できるように我々が来た。心配は無用だ」
「使者殿はまだお若い。そのため、そのようなお考えを持つのでしょうが、油断は禁物です。聞くところによると、そこにいる御仁以外は皆女性だと言うではないですか。中には、まだ幼さの残る者もいるとか。心配するな、と言われても信じることはできません」
「見くびらないでもらおう。私や後ろにいる秘書は騎士だ。戦闘に関してならば、この国の誰にも後れを取ることはない。さらにグレン殿は、我が国の英雄。他の者を守り切る事など造作もない事だ」
これが、シャルメティエやティリオンがエクセの同行に大した難色を示さなかった理由である。グレンならば、どのような事態であっても少女を守り切ってくれる絶対の確信があったからこそ、ここまで連れてきたのだ。それはバルバロットも同様で、グレンも理解していることであった。
ジェウェラも同じ考えを持っているという訳ではなったが、シャルメティエの言葉に同意を示す様にセフォンに語る。
「そうですよ、セフォン大神官。グレン様のご活躍でしたら、前に私が語って聞かせたでしょう?あれ程の力をお持ちなのですから、その心配はやはり無用です」
「確かに、貴方からはそのような話を伺いました。しかし、その時には王国の英雄殿は全身を鎧で覆っていたとおっしゃっていたではないですか。おそらくは何らかの魔法道具だとは思いますが、どうやら今回はそれをお持ちではない御様子。ならば、過度な信用はなさらない方がよろしいかと」
「何をおっしゃるんですか、セフォン大神官。そのような発言、グレン様に対して失礼ですよ」
「貴方こそ。彼をクライトゥース様の生まれ変わりだと信じているようですが、それがどれだけ神を侮辱しているのか理解しているのですか?大神官という立場だからこそ許されていますが、あまり人前で話さない方が宜しいと思いますよ」
「それは貴方が私の話でしか、グレン様を知らないからです。あの戦いぶりを見た者ならば、自然とグレン様がクライトゥース様の生まれ変わりだと考えるでしょう」
「だとしても、今は慎むべきです。この場にいるのは、教国の大神官と王国の使者。それ以上でもそれ以下でもない。下手な思い入れは止めていただきましょう」
何やら変な方向に話が進み始めた。
これにはシャルメティエも困惑しているようで、何と言って割り込もうか悩んでいるようだ。
話題の中心であるグレンは我関せずで通そうとしたが、先ほどのセフォンの危惧からエクセ――ついでにレナリアも――の事が気に掛かり、この会議をなるべく早く終わらせたかった。そのため、彼らを納得させるだけの材料を見せつけることにした。
「すまない」
その声に大神官達だけでなく、シャルメティエとチヅリツカも顔を向ける。
「先ほどセフォン大神官が言っていた鎧なんだが、実は今持って来ている」
「グレン様!いけません!」
馬車での会話を忘れたのか、とチヅリツカがグレンの行動を諫めてきた。
「いいんだ、チヅリツカ君。こうでもしないと、セフォン大神官は認めてはくれないらしい」
「ですが・・・」
「これも国のためだ。なに、首飾りの1つくらい守り切って見せる」
言いながら、シャルメティエを見る。彼女はグレンの行動に関して、特に異論を持ってはいないようだ。おそらく、これもグレンの事を信頼しているからだろう。
それを確認した後、グレンは首に掛けた魔法道具を服の下から取り出す。
それは、細い銀の鎖に結ばれた赤い石。これこそが、グレンに更なる昇華をもたらす魔法道具――戦いの神クライトゥースが作りし『英雄の咆哮』であった。
「これがそうだ」
グレンはその言葉を聞き、大神官達は誰もが呆けた顔をしている。それも当然で、鎧を持ってきたと言われたのにも関わらず、首飾りを見せられたのだ。何を言われたのか、まったく理解できなかっただろう。
しかし、グレンの続く言葉に、その表情は別のものへと変わった。
「確か、教国では『神々の遺産』と呼ばれているんだったか。先ほど話題に出たクライトゥースなる神が作ったものらしい。どのような仕組みかは分からないが、この石の中に鎧が封じ込められているようだ」
『神々の遺産』――その言葉を聞き、ある者は目を見開き、またある者は先ほど以上に呆けた顔を見せた。中には口を大きく開けている者までおり、大神官としての風格はどこへやらと言った様子である。
そして、ジェウェラはと言うと、
「は・・・ははは・・・・ははははは・・・」
笑っていた。
「聞きっ、聞きましたかっ、皆さん!!王国に存在すると言われる『神々の遺産』の1つが今!ここにあるんです!しかもそれはクライトゥース様の物!しかもそれをグレン様がお持ちになっている!どうですか、セフォン大神官!これでもまだ、グレン様がクライトゥース様の生まれ変わりではないと疑うんですか!!?」
自身の揺ぎ無き信仰に、更なる確証がもたらされた事によってジェウェラは大いに興奮した。彼の信徒にも見せたことのないような無邪気な笑顔で語る姿に、グレンは王国の少年少女の笑顔を思い出す。ジェウェラのグレンに対する敬意は、それほど純粋なものであった。
「し・・・しかし・・・それが本物であるという証拠はないでしょう・・・」
自身の興奮を隠す様に、声を力ずくで抑えたセフォンが言う。それでも、逆にそれが本物ではないという証拠もなく、不思議な期待感に彼の心臓は激しく鼓動していた。
王国の者には理解できない事だが、教国の人間にとって『神々の遺産』とはそれほどの物なのである。
それは、神がいたという証明。それは、神が絶対的な存在だったという証明。
グレンの戦う姿をその目で見たジェウェラにしてみれば、もはや疑うことはない。
遥か昔から続く彼らの信仰は今、はっきりとした形を成したのだ。文献でしか知る事の出来なかった存在の痕跡を、その目で見ることができたのだから。
「ありがとうございます、グレン様!ありがとうございます、クライトゥース様!ああ、こうしてはいられない!この事を皆にも伝えなければ!」
「待っていただきたい、ジェウェラ殿」
ジェウェラの興奮とは異なる、落ち着いたシャルメティエの声が掛けられた。
「この事については他言無用でお願いしたい。貴方方には納得してもらうためにグレン殿に許可を出したが、これが不要な危険を引き寄せる可能性は非常に高い。それは貴方が一番良く分かっているはずだ」
その言葉に、はしゃいだ様子を見せていたジェウェラも我を取り戻したように気を落ち着かせる。
「これは失礼いたしました、シャルメティエ殿・・・。私としたことが、なんとお恥ずかしい所を・・・」
「気にしないでくれ。それよりも、他の大神官の方にも理解しておいてもらいたい。グレン殿の持つそれが、ここにある事はぐれぐれも他言しないように」
セフォンを除く大神官の全てが頷いてみせる。彼だけは「本物なのか・・・?」と未だに疑っていた。
「セフォン殿、よろしいか?」
「え・・・!?――あ、ああ・・・そうですね・・・分かりました・・・」
それは渋々といった感じの返答である。ただ、秘匿するのに渋っている訳ではなく、グレンの持つ首飾りを『神々の遺産』だと認めるのを渋っているだけであった。
「よろしい。ならば、今回はここまでとする。また後日、この場所で落ち合う事としよう」
シャルメティエがそう告げると、この場はお開きとなった。
「よろしかったのですか、シャルメティエ様?」
全ての大神官が部屋を出た後、チヅリツカがシャルメティエにそう問い質した。
「グレン殿の首飾りを見せたことか?確かに、危険な賭けかもしれないな」
「賭け?」
その問いは、グレンの物だ。
「はい。もしあの中にリットーなる大神官の内通者がいれば、即座にその情報は伝わるでしょう。そして、おそらく高い確率でそれを奪いに来るはずです」
シャルメティエは『英雄の咆哮』を見つめながら言う。次いで、グレンと視線を合わせるとこう言った。
「そこで、グレン殿には奪いに来たリットーの手下を捕らえてもらいたいのです。教国にいる間、少々緊張を強いることとなりますが、グレン殿であるならば問題ないでしょう?」
「別に構わないが、それだと私の力に頼っている事にならないか?お前は、そういうのが気に食わないんだろう?」
「気に食わない、という程ではありません。私もそこまで意固地ではないのです。ただ、それが一番早いと思ったので」
シャルメティエは拙速を尊ぶ。それは戦闘しかり、今回のような交渉事でもそうであった。さすがに拙すぎては問題なので、修正役としてチヅリツカが控えている。
「今回の件は色々な思惑が交錯しているようです。特に厄介なのが、セフォン大神官でしょう。彼は罪を認めるつもりでも、リットーを庇おうとしている節があります。おそらく代わりの人間を犯人として用意するつもりでしょうが、そうはさせません。しかし、こちらから動いても妨害されることは確実です。ですので、向こうから動いてもらおうと考えました」
「なるほどな。そして捕らえた者に自白させ、それを証拠に首謀者を断罪するということか」
「その通りです。もしあの中に内通者がいないのであれば、それはそれで構いません。少し遅くなりますが、彼らと協力して犯人確保に動きます」
「問題は彼らがどれだけ協力的か、という点ですね」
チヅリツカの言葉に、シャルメティエは頷く。
「ジェウェラ、エビタイの両大神官は素直に協力してくれるはず。後は、セフォンを除く2名の大神官がどう動くかだ。先ほどの会議中も、あまり発言が見られなかったからな」
「そうですね。一応観察はしていましたが、息を潜めているといった感じでした。リットーに情報を漏らすとしたらあの2名のどちらかでしょう。おそらく今日中にでも、彼の者と会うのではないでしょうか」
「だとしたら、誰かにリットーを見張らせる必要があるな」
「私が行こうか?」
グレンの申し出に、シャルメティエは首を横に振る。
「いえ、グレン殿では目立ちすぎます。余所者というだけでなく、その背丈では身を潜める場所もないでしょう。かと言って、顔の割れている我ら2人でも同じ事。勿論、エクセやレナにはやらせません。後ほど、ジェウェラ大神官に人を貸してもらうよう頼んでみるとします」
「教国の者を使うのか?」
「はい。それが最も怪しまれず、かつこの地にも慣れているでしょうから。そのような協力者が1人でもいれば良いと思っていたので、ジェウェラ大神官は適した存在と言えます。陛下のおっしゃる通り、グレン殿を連れて来て良かったです」
しかしそれは――囮役になることも含めると――グレンに頼り過ぎではないのかと思い至り、シャルメティエは少しだけ眉を顰める。それに気づいたグレンは、彼女にこう言って聞かせた。
「シャルメティエ、お前の言いたいことは分かる。だがこういう場合は、使えるモノは何でも使えばいい。それが国王のためになる」
「そうですね・・・。この際、手段は問わない事としましょう・・・」
国のため王のため、シャルメティエは自分の信念を曲げて頷く。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「では、私とチヅはこれからジェウェラ大神官のもとへ向かいます。グレン殿は・・・必要もないでしょうが、なるべく気を付けて過ごしてください」
シャルメティエの言葉に他の2人はそれぞれの言葉で了承する。
それを結論として、3人は部屋を後にした。




