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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
神を継ぐ者
40/86

幕間 呼び方

 「そういえば、ずっと気になっていたんすけど」

 グレンが出て行って早々、ベッドに座ったレナリアが他の3人に向かって声を掛ける。宿屋の調理場を借りようと扉に手を掛けていたエクセも振り返り、レナリアに向き直った。

 「どうしたんだ、レナ?」

 「旦那っちって、なんでアタシとシャルメティエ様は呼び捨てにして、お嬢とチヅっちは君付けなんすかね?」

 言われてみれば確かに、と皆もその気持ちを表情に現す。

 「アタシみたいにあだ名で呼んだりするんなら、分かるんすけど」

 レナリアのこういった行動にも一応意味があった。彼女が姐と慕うメリッサが「親交の深くない者と仲良くなるには呼び方を特徴的なものにすればいい。そうすれば印象も強まって、親近感も沸くはずだ」という考えを持っているからである。しかし同時に「ただし、どうするかは相手を見てから判断しな」とも言われたため、シャルメティエに対してはあだ名を付けてはいない。さすがのレナリアも年上の貴族相手に馴れ馴れしい態度は取れなかった。

 「グレン殿のことだ。ご息女を差しおいて、私とレナに対して親しみを感じている訳もないからな。と言うよりも、私は始めから呼び捨てだったな」

 「あ。アタシもっす」

 こればかりはグレン本人に聞かなければ分からない問いであり、この程度であるならば彼も気楽に答えてくれるであろう。ただその答えは「なんとなく」といった曖昧なものであるが。

 「それともう一つ。どうしてシャルメティエ様はお嬢の事を『ファセティア家のご息女』って呼ぶんすか?」

 「ん?」

 「呼びにくくないっすか。チヅっちやアタシみたいに名前で呼べばいいと思うっす」

 それはエクセも思っていたようで、

 「そうです。私の事は、エクセと呼んでください」

 と言った。

 「確かにな。何故だろう・・・。やはり、あの方の娘だからだろうか・・・」

 エクセはバルバロットの娘である。そしてバルバロットはシャルメティエの実力に目をつけ、彼女に『王国騎士団副団長』という地位を授けた人物でもあった。そういった恩義からシャルメティエはエクセに対しても畏まってしまい、名前で呼ぶことを避けていた。

 「バルバロットの大旦那っすね。姐御もそうっすけど、皆やたらと大旦那を上に見るんすね」

 「それはそうだろう。グレン殿が現れるまで、王国最強の称号はバルバロット殿のものだったんだぞ」

 「ええ!?そうだったんですか!?」

 自分の父親の実力を知らないエクセが驚きの声を上げる。少女もバルバロットがかつての戦争において総指揮官を務めたり、軍を退いてからも王国内において存在感を発揮しているという話は聞いたことがあるが、そこまでの戦士だったとは初耳であった。

 「なんだ、知らなかったのか。とは言え、私も伝え聞いただけだがな」

 シャルメティエが騎士になったのは、およそ3年前。それまでは当然学生として過ごしており、他国との戦闘には参加したことがない。と言うよりも、彼女が学院に入る頃にはすでに王国は平和になっており、大規模戦争に関する事柄も幼い時分の曖昧な記憶としてしか残っていなかった。

 しかし、それでも覚えているのがバルバロットとグレンの話だ。

 グレンが戦争に参加する以前、40歳近い年齢であったにも関わらず、バルバロットは王国最強の名を欲しいままにしていた。屈強な体つきに加え、六大貴族の装備容量(キャパシティ)、そして何者をも恐れぬ圧倒的な精神力。そこに王国の技術力の粋を集めた魔法道具(マジックアイテム)が揃うことで、バルバロットは唯一無二の戦士と化す。15年前のルクルティア帝国との戦争において総指揮官に任ぜられたのも、(ひとえ)に彼がそれだけの実力を有していたからであった。最前線を退いてもなおその実力は顕在であり、グレンがいなければ今でも国防に精を出していた事だろう。

 ただ、そんな彼が軍から身を引いた理由はグレンだけではない。最愛の娘エクセの誕生もその1つであった。戦場に出ると言う事は常に死が付き纏い、勇敢な戦士であるバルバロットも娘に2度と会えなくなるという可能性に恐怖したのだ。加えて、妻であるユフィリアムの心労を和らげたいという思いもあった。

 そういった理由でバルバロットは今、騎士や兵士達の御目付け役をティリオンから任されている。基本的には口出しをしないが、シャルメティエを副団長に推薦した時のように、国のためになることならば積極的に意見を出していた。

 それゆえ、シャルメティエはバルバロットを王族に次ぐ存在だと認識している。

 「グレン殿以前の王国の英雄。それが君の父親であるバルバロット殿だ」

 「そう・・・だったんですか・・・。あの優しいお父様が・・・」

 衝撃の事実とでも言いたげにエクセは呟く。屋敷でのバルバロットは家族にも使用人にも優しく、そのような勇壮な過去があるとは信じられない紳士であった。何故黙っていたのかという疑問は残るが、おそらく今の自分にそのような過去は必要なく、娘にも戦争を深く知らぬまま育って欲しいと願ったのだろう。

 「う~ん、ますます会ってみたくなったっすねえ~」

 ただ、レナリアのその言葉にだけはシャルメティエとチヅリツカは「止めておいた方が良い」と言いたくなった。

 「それでしたら、今回の任務が終わった後、屋敷にいらっしゃってください」

 「え!?いいんすか!?アタシみたいな平民が六大貴族の家に上がっちゃって、いいんすか!?」

 「も、もちろんです・・・。そこまで卑下なさらなくても・・・」

 「そう言う訳にはいかないっす!六大貴族って言ったら、うちら平民にしてみれば格上の存在なんすから!」

 「それは違うぞ、レナ」

 レナリアの言葉に、シャルメティエが異論を挟む。

 「平民と異なり、我々貴族は誇りと義務をその身に帯びている。しかし、だからといって無条件で他の者より優れていると言う事ではないのだ」

 「でも、装備容量(キャパシティ)とかあるじゃないっすか?」

 「確かに、その差はある。だが、それとて単なる才能だ。決して、貴族と平民に差を作るものではない。要は、その者の実力次第という訳だな」

 「ふむふむ・・・。その年で副団長にまで上り詰めたシャルメティエ様が言うと説得力あるっすねー」

 レナリアはそう言ってシャルメティエを称賛したが、言われた本人はかぶりを振った。

 「とは言っても、私もバルバロット殿に才能を買われたに過ぎない。未だ精進中の身だ」

 「そんなことはありません、シャルメティエ様。剣の腕でもシャルメティエ様に匹敵する騎士は、そうはいません」

 上官の謙遜に今度はチヅリツカが異議を唱えた。それに対し、シャルメティエは苦笑いを浮かべる。

 「チヅは私を過剰に評価する傾向があるな。騎士でなくとも、メリッサ殿などは私より剣の腕が立つよ」

 「おお!さっきも言ってたっすけど、姐御ってそんなに強いんすね!」

 「ああ、強い。そう言えば、彼女は初対面の時でも私に気さくに話し掛けてきたな。だからレナも相手の生まれなど気にせず、気楽に接すればいい」

 「じゃあ、シャルメティエ様のことも好きなように呼んでいいんすか!?」

 「む・・・?」

 喜々とした表情のレナリアの問いに、シャルメティエは若干の戸惑いを覚える。

 「いやー、さすがに年上の貴族に渾名を付けるのはどうかと思ってたんすよ。でも、そうした方がより親密になれるんじゃないかと思ってたんす。シャルメティエ様さえ良かったら、そうさせてもらいたんすけど」

 レナリアの申し出に関して、シャルメティエは少し考える。他の3名への呼び方から察するに、少し変わった呼び方をされることは明白であった。しかし、拒否するほどの事でもないため、一応承諾をする。

 「そうだな・・・。まあ、いいいだろう・・・」

 「やったっす!」

 シャルメティエの渋々といった了承にレナリアは喜々とした声を上げた。

 そして、腕を組むと「う~ん・・・」と唸って、考え込む。

 「ちなみになんすけど・・・姐御はなんて呼んでたんす?」

 メリッサであるならば、必ずシャルメティエにも特別な呼び方を付けていたはずだ。そう思い至ったレナリアは参考にしようと本人に聞いてみる。

 しかし、シャルメティエは即答することなく、口籠って黙り込んでしまう。

 そのため、代わりにチヅリツカが答えた。

 「確か、『シャルるん』ではなかったでしょうか?」

 「なっ、チヅ!?」

 「ぷは!姐御も良い渾名を付けるっす!」

 声に出して笑ったのはレナリアだけであったが、その会話を聞いていたエクセも頬をピクピクとさせて笑いを堪えていた。

 「じゃあ、アタシも『シャルるん』って呼ぶっす!――あ、さすがに呼び捨ては失礼っすね。『シャルるん様』って呼ぶっす!」

 それはさすがに嫌だった。

 「ま、待て・・・!ウェスキス殿の『シャルちゃん』でも恥ずかしいのだ・・・!もう少し私の年齢に合った呼び方にしてくれ・・・!」

 「そうっすか?シャルメティエ様の厳格さとかけ離れた面白い渾名だと思うんすけど」

 「頼むから、止めてくれ・・・」

 そう言われ、レナリアは再び考え込む。

 そして、

 「じゃあ、『シャル様』にするっす!」

 と言った。

 それならば比較的まともだと判断したシャルメティエも、

 「まあ・・・いいだろう・・・」

 と受け入れる。

 「じゃあ、今度はシャル様がお嬢の呼び方を決める番すね」

 そしてそこでレナリアは話を戻す。

 ここまでの会話は全てそれが発端であったのだ。

 「ふむ・・・そうだな・・・。ならば、ご息女の言う通り『エクセ』と呼ばせてもらう事としよう」

 「ふふ、はい」

 シャルメティエの宣言にエクセも笑顔で答える。

 「よーーし!これでもっと楽しい旅になるっすね!」

 ベッドの上に立ち上がり、レナリアが声高らかに宣言した。皆、何事かと彼女に視線を集める。

 「旦那っちから言われてたっす!アタシの役目は、場の空気を変えることだって!そして見抜いていたっすよ!お嬢とシャル様の微妙な関係を!」

 言われた2人は互いに顔を見合わせた。

 実を言うと、エクセとシャルエティエはそこまで親しい間柄ではなく、ここまでの道中もこれと言った会話をしていなかったのだ。それを目ざとく見出していたレナリアは、なんとか2人の仲を取り持とうと今回の話を持ち出していた。そういった仲間意識に気を遣うあたり、やはり彼女も勇士という横の繋がりを重んじる職業に就いていることが分かる。

 「あ、グレン様で思い出しました。お食事を作りに行かないといけません」

 少し長く話過ぎた、とエクセは急いでドアの取っ手に手を伸ばす。

 「これはすまなかったっす、お嬢。旦那っちのために腕を振るって来て欲しいっす」

 レナリアからの声援を受け、エクセは「はい!」と元気な返事をすると部屋を出て行った。

 「・・・・・・で、なんでお嬢が旦那っちのご飯を作るっす?」

 今更な問いにシャルメティエとチヅリツカは苦笑いを浮かべる。

 それでも簡単な説明をしてやり、レナリアも「旦那っち、お嬢に依存しそう」という感想を述べていた。

 そしてしばらくするとエクセも部屋に戻り、4人はこの部隊での初めての夜を共に過ごすのであった。

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