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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
英雄の咆哮
4/86

1-4 オーガの巣

 それから1時間ほど経ったが、戦闘の数は増す一方であった。

 アマタイ山にはオーガだけでなく他にも多種多様なモンスターが生息しているため、少し歩いては戦闘を繰り返す事態となっているのだ。

 とは言っても、それら全てをグレンが一撃で片付けてしまうので、厳しい道のりとは言えなかった。むしろエクセにとっては丁度良い小休止となっており、序盤のように疲れた様子も見られない。

 それどころか元気が有り余っているようで、グレンが戦闘を終える度に「今のはなんと言う技なのでしょうか!?」といちいち聞いてくる始末であった。

 今もまた、エクセ目掛けて飛びかかってきた獣型モンスターを、グレンの右拳が殴り飛ばす。

 「ありがとうございます、グレン様」

 既に何度もこのような事が起こっているため、少女に動揺の色はない。しかし、戦闘後何やら思案しているグレンを見て、小首を傾げる。

 「どうかしましたか?」

 「ん?いや、モンスターたちがやけに好戦的だと思ってね。私たちを捕食しようとしているのではなく、ただ単に殺そうとしているような・・・。殺気立っているというか、何かに脅えている気がするんだ」

 「・・・あのオーガもですか?」

 他の小さなモンスターであるならば、恐怖する存在などこの広大で深遠な山の中では、それこそ山ほどいるであろう。しかし、あの巨大なオーガが怯える相手などそうそういるものではない。

 エクセは、グレンの危惧が杞憂であるものと考えた。

 「考えすぎです。それにもしそのような存在が現れたとしても、グレン様ならばすぐにやっつけてしまいます」

 彼の実力を直接見たエクセは、まるで当たり前の事実であるかのように語る。グレンとしても、その点について心配はしていない。

 万が一があったとしても、エクセが逃げ切れるだけの時間稼ぎはできると踏んでいた。

 「ふむ、それならばいいん――」

 エクセに言葉を返そうとした最中、グレンの口が唐突に止まる。そして、辺りの臭いを探るように鼻を鳴らした。

 「エクセ君、何か臭わないか?」

 「え、臭い・・・ですか?」

 エクセも同様に鼻を鳴らす。しかし、何も臭わなかった。

 「(わたくし)には何も・・・」

 エクセはそう言うが、グレンにはどうしても気になる臭いであった。

 (どこかで・・・どこかで嗅いだ事があるような・・・)

 グレンは微かだが臭いのする方角へと歩を進める。それにエクセは不思議そうに付いて行くが、グレンの足並みは確信を滲ませていた。

 しばらくすると、臭いが徐々に強くなっていく。

 そこで、グレンはその臭いが何なのかを思い出した。

 「そうか、これはオーガの血の臭いだ」

 生物を斬れば血の臭いがするのは当然であり、あまり気にしたことはなかったためすぐには気付かなかったが、それは確かに道中倒してきたオーガの血と同じ臭いであった。

 「それでしたら、グレン様が倒されたオーガの物ではないですか?」

 エクセが可能性の1つとして進言する。

 「いや、こちらは風上だ。それにこの臭い、やけに濃い」

 周りに死体が見られないにもかかわらず、血の臭いが届くことにグレンは緊張感を高める。森の中には視界を遮るものが多々あるため、もしかしたら視認できない位置にあるだけなのかもしれないが、そうでないとしたら――。

 「こっちだ」

 臭いのする方へと足早に向かう。その後を、エクセは慌てて追いかけて行った。

 そして進めば進むほど、臭いの強さは増していく。始めは分からなかったが、今でははっきり感じ取ることができ、エクセは鼻を手で覆った。

 「ひどい臭い・・・。グレン様、これは確かにオーガの血の臭いかもしれません」

 エクセとしてもうろ覚えであったため、確証はなかった。しかし、それは確かに道中嗅いだことのあるものだと思える。

 前を歩くグレンは少女の言葉に何も返すことなく、ただ進み続ける。そんな彼の背中を見て、エクセは嫌な予感を覚えた。

 臭いの発生源を目指し歩き始めて十数分、2人は遂にその場所へ辿り着く。

 「ひっ・・・!」

 エクセの息を飲む声が聞こえた。

 目の前に広がる光景、やや開けた場所にあるそれは、2人が目指したオーガの巣に他ならない。巨大な体が入れるほどの洞穴(ほらあな)がいくつも並んでおり、その入り口付近には大小様々な動物の骨が捨てられている。

 しかし、住んでいたと思しきオーガ達のものであろうか、辺り一面に(おびただ)しい量の肉塊が散らばっていた。

 頭を潰されたもの、腹をえぐられたもの、千切れた腕や足がそこかしこに転がっている。それらはオーガ約40体分はあるのではないかと思われる程の量と数であった。

 あまりの惨状にエクセは気分が悪くなり、その場へ座り込んでしまう。

 そんな少女にグレンは声を掛けない。彼はすでに戦闘態勢に入っているのだ。

 オーガを蹂躙することができるほどの相手がまだ近くにいるかもしれないこの状況で、エクセを守り切るためにどのような事態にも対応できるよう集中力を高める。

 そして2人の視界に間もなく、この惨劇を引き起こした犯人が現れた。

 オーガの巣、その洞穴(ほらあな)からオーガと比べても一段と大きい手が入口付近を掴むように出てきたのだ。続いて、グレンとエクセはその全貌を目にした。

 オーガよりもさらに大きな巨人。全身は灰色の分厚い皮で覆われ、体中にオーガの返り血が付着している。爪、牙、手、腕、足、そのどれもが凶器となりうるほどの迫力を有していたが、最も特徴的なのは眼であった。

 その生物は、眼が1つだけだったのである。

 「サイクロ・・・プス・・・?」

 エクセの口から信じられないといった声が零れる。それと同時に学院の教科書に書かれたサイクロプスについての一文を思い出していた。

 サイクロプスは一軍に匹敵する――これまでその文言に実感が湧かなかったが、今この光景を、あの姿を見てしまえば分かる。数多のオーガを蹂躙するサイクロプスは、モンスターの中でも最強の一角なのだと。

 「なんで・・・?」

 通常、フォートレス王国でサイクロプスに出会うことはない。

 サイクロプスはどの環境にでも適応できる強靭な肉体を有していたが、もともと王国内には生息していなかったのだ。学院の教師も「我が王国が他国に先んじて発展してこられたのは、サイクロプスを含む強大なモンスターが生息していなかったから」と言っていた。

 ただ、今いるアマタイ山は王国においても端に位置し、その最寄りの国であるアンバット国にはサイクロプスが生息しているという話は聞いたことがある。

 しかし、それでも距離があった。サイクロプスがこの場にいることなど、エクセには全くの予想外であり、とても受け入れられない。

 そして、さらに少女は考える。もしかしたらサイクロプスはあの1体だけではないのかも知れない。そうだとしたら、この山の中はすでに地獄と化しているのではないか。

 道中、襲いかかってきたモンスター達について怯えているようだったとグレンが言っていた。

 そう、あのモンスター達は、サイクロプスという存在に怯えていたのだ。そのため気が昂ぶり、より好戦的になっていたに違いない。

 ならば、この山の中にはあと何体のサイクロプスがいるのだろう。ここまで来るのに出会わなかったのは、あの1体だけだからだろうか。

 もし今後ろを振り向いて2体目のサイクロプスがいたとしたら、それがすでに自分達の存在に気付いていたとしたら。

 そう考えるだけでエクセは震え、身動きが取れなくなっていた。横に立つグレンの方を向くこともできない。

 もし、王国の英雄でさえ恐怖の色をその顔に浮かべていたとしたら、もはや寄る辺がなくなってしまう。エクセは恐慌状態に陥りそうになるのを必死でこらえていた。

 幸運にも、茂みでこちらの姿は隠されている。今はどれだけ静かにここを立ち去るかだけに神経を集中させなければならない。

 一切の音も出してはならないのだ。激しく脈打つ心臓でさえ恨めしく、止めてしまいたいとも思った。

 しかし、そう考えるエクセの耳に、淡々とした声が聞こえてくる。

 「どうやら、サイクロプス1体だけみたいだな」

 グレンのそのいつもと変わらぬ声を聞いた途端、エクセは己の体の自由が戻った気がした。あれほど脈打っていた心臓も、今や正常時のものとなっている。

 まだ立ち上がることはできないが、横に立つグレンの顔を見ることはできた。その顔は、いつもと変わらず平静そのものであった。

 「グレン様・・・・」

 震える声を絞り出して、なんとか彼の名を呼ぶ。

 「ん?エクセ君、なぜ座り込んでいるんだ?」

 名を呼ばれたことで少女の方へ顔を向けたグレンは、そう言って手を差し出してくる。

 エクセは縋りつくようにその手を掴んだ。すると強靭な力で引っ張り上げられ、すんなりと立つことができる。グレンの手を握っているだけで、全身に力が湧いてくるような気がした。

 「グレン様・・・・どういたしましょう・・・?」

 すでに壊滅していたが、オーガの巣を発見することはできた。ならば依頼達成なのではないか、という意味でエクセは聞いている。

 「そうだな・・・。オーガの巣を発見できたのだから、もうここに用はないんだが・・・」

 そう言いながら、サイクロプスを見つめる。1つ目の巨人はオーガの生き残りがいないか探すためだろうか、別の洞穴(ほらあな)へ入って行くところであった。

 「さすがにあれを放置することは出来ないな」

 グレンのその言葉に、エクセは息を飲む。王国の英雄は、あの巨人と戦う気なのだ。

 「時にエクセ君、サイクロプスの中にも剣を使う個体がいるのか?」

 「え?」

 グレンの質問の意図が分からなかったが、洞穴(ほらあな)から出てきたサイクロプスを見て、エクセはすぐに理解した。恐怖のせいで今まで視界にすら入っていなかったが、サイクロプスの右手には鉄でできた巨大な剣が握られていたのだ。

 「いえ・・・・サイクロプスが武器を持つなど、聞いたことがありません・・・」

 サイクロプスはオーガ並みの知能を持っており、中にはより高い知能を持った個体が生まれることもあるのだろう。

 しかし、もともと強大な力を持ったサイクロプスは武器を必要としないくらいに強い。

 加えて、視界の先にいる個体が持つ右手の武器。それはまるで人が作ったかのようにしっかりとした剣であった。

 決して、オーガやサイクロプスが作れるような代物ではない。

 「なるほど・・・。色々とありそうだが、とりあえずあいつを殺――倒しておこう」

 少女に配慮してそう言うと、グレンは歩き出す。

 「グレン様!?なにも近寄らなくても!」

 「いや、あいつの分厚い皮膚には、し・・・『真空斬り』が通じないんだ」

 グレンは技名を言うのが恥ずかしいようであった。

 「大丈夫だ、エクセ君はそこでじっとしていてくれ。今回ばかりは危ないからな」

 そう言いながら、グレンは茂みから姿を現す。そんな彼を、サイクロプスは即座に捉えた。

 その瞬間、どこかから「なんで・・・!?」と言う声が聞こえた気がした。

 (エクセ君のものではないな・・・)

 思いながらも足を止めず、サイクロプスの目の前まで辿り着く。

 すでにサイクロプスの攻撃範囲に入っているのだが、巨人は未だ動く気配がなかった。

 しかし、近づけば分かる圧倒的な体格の差。人間としては大柄なグレンのさらに2~3倍はある身長だけでなく、腕の太さも彼の腰くらいはあるのではないだろうか。遠方から覗くエクセの目には、あのグレンですら儚く見えた。

 少女は祈るように手を握る。グレンに勝利が舞い降りるように。

 そして互いに何も動きがないまま数分が過ぎようとしたその時、唐突にサイクロプスが剣を振り上げ、グレンに向かって一気に振り下ろしてきた。あまりの力に、風を切る音も轟音となってエクセの耳に届く。

全てを両断しかねない一撃は、少女が恐怖で眼を閉じるよりも早くグレンのもとまで達し、結果としてあっさりとその左手に捕えられてしまったのだった。

 「「―――!!」」

 驚愕する気配が2つ。エクセのものと、先ほど声を発した人物の者であった。

 それを確認すると、グレンは右手で大太刀を抜き放ち、そのままの流れでサイクロプスの右手首を切断する。

 「ゴガァアアアアアアアア!!!」

 遭遇してから初めて声を上げたサイクロプスは、あまりの激痛に左手で右腕を抑えながら後ろにのけ反った。

 グレンは捕えた巨大な剣を放ると、駆けるようにサイクロプスの股の間を潜り抜ける。そのついでに、巨大な左足首と右足首を切断していた。

 足という支えを無くしたサイクロプスはもはや後ろに倒れこむしかなくなり、その巨体を僅かに浮かばせる。直後に背中から倒れこむように落下してくる首筋に向かって、グレンは大太刀を振り上げた。

 音もなく切断されたサイクロプスの首が、不快な音を立てて転がる。誰が見ても絶命しているのは明らかであった。

 それは、ものの数秒の出来事である。

 「―――――っ!!」

 今見た光景が信じられないと、エクセは息を呑んだ。

 捉えられた動きはわずかであったが、それでもグレンが圧倒的な強さでサイクロプスを倒したことは分かる。あの巨人が一軍に匹敵するというのならば、グレンはどれほどの戦力となるのだろうかと、エクセは教科書の著者に聞いてみたくなった。

 そんなことを考えている少女の意識を、グレンの大太刀を納める音が引き戻す。我に返ったエクセは、急いで彼のもとへと駆け寄った。

 「グ、グレン様・・・!お怪我はありませんか!?」

 見れば分かるようなことを聞いてしまったのは、エクセがまだ先程の光景に衝撃を受けていたからである。

 「ああ、エクセ君。大丈夫だ――と言いたいところだが、武器を持ったサイクロプスが珍しくて少々遊んでしまった報いだな。左手を傷つけてしまった」

 見ればグレンの左手の平にかすかな切り傷ができており、そこから少しだけ血が出ていた。

 「まあ、毒もなさそうだから放っておいても大丈夫だろう。これくらいの傷に回復薬を使うのも勿体ないしな」

 言いながら笑顔を受かべるグレンに向かって、ある事を閃いたエクセが一歩前に踏み出した。

 「そ、それでしたら!(わたくし)に治させていただけませんか!?」

 なぜか興奮気味に聞いてくるエクセに戸惑いながらも、グレンは「それじゃあ、頼もうかな」と言って左手を差し出す。

 エクセは夢にまで見た状況に破顔しそうになるのを必死で堪えながら、グレンの左手の傷に杖の先端を向け、意識を集中させた。

 「――『回復(ヒール)』」

 使用したい魔法の名前を呟き、己の中の魔力をそれに相応しい形に変えていく。そしてそれを、杖を通して体外へ放出した。

 エクセの握る杖の先端から、淡い緑色の光がグレンの傷口へと注がれていく。彼は手の平に柔らかな温もりを感じるとともに、傷が治っていくのを実感していた。

 十数秒後、傷が完全に塞がる。

 「ありがとう、エクセ君」

 「いえ、(わたくし)にはこれくらいしかできませんので」

 左手を開閉しながら言うグレンに対して、エクセは満足気に笑った。

 「やはり便利なものだな、魔法というものは」

 「発現するのに少し時間が掛かるのが、玉に瑕ですけどね」

 魔法は使い手次第でどのような事象も起こすことができる。

 しかし、強大な魔法になるほど発動までに掛かる時間が大きくなる事が欠点であった。

 ゆえに接近戦に弱く、遠距離戦に強い。もし魔法発動までの時間が短かったのならば、戦士は誰もが剣士などではなく魔法使いになっていただろう。

 今回エクセが使用した2級魔法『回復(ヒール)』も、魔力放出量を向上させる『白兎の杖』と右耳につけた『月光の耳飾り』による魔力変換速度上昇の効果などを以ってして、傷が治り始めるまでに十秒以上かかっている。

 一旦効果が現れ始めればあとは早いのだが、その間は無防備となってしまうため、魔法使いは護衛兵とともに行動することを基本としていた。

 今回の冒険に限っては護衛兵としての立場にあったグレンが全ての戦闘を終わらせていたため、エクセの活躍する場面が見られなかったが、最後の最後で彼の役に立てたことで少女は十分な満足感を得ていた。

 「それにしても流石はグレン様です!あのサイクロプスを圧倒してしまうとは!」

 その満足感から少々興奮気味になってしまっているエクセが、声高くグレンを称える。

 「特別な魔法道具(マジックアイテム)などは身につけていらっしゃらないようなのですが、もしかしてその刀に何かしらの力があるのでしょうか!?大変な業物のように思われます!」

 エクセとしても、なにもグレンの実力を疑っているわけではない。

 むしろサイクロプスを倒せるようになれる魔法道具(マジックアイテム)を使用できることこそ、その者の実力であると考えていた。しかし、今回のことはあまりにも非現実的過ぎたため、納得できる落とし所が欲しかったのだ。

 「お、分かるかい?この刀は、かの有名な刀匠アズラ=アースランによって打たれた一品でね。軽いのに丈夫、何より良く切れる。見てくれ、この刀身を。日の光に当たり輝く姿は、芸術品と言われても何ら遜色はない。私はこの刀の刀身を見た瞬間一目ぼれしてしまって、アルベルトに金を借りてでも手に入れ――」

 そこまで言って、自分も興奮気味になっている事に気が付いたグレンは、咳払いを1つして気を静めた。

 「――まあ、そんな話は置いておくとして。とりあえず、この刀は大した能力がある訳ではないよ」

 装備のこととなると熱くなってしまうのは自分の悪い癖だな、と思いながらもそう説明した。

 「ということはサイクロプスを倒したのは全てグレン様の実力と言うわけですね。――あぁ、グレン様、貴方様はやはり我が王国の英雄、いいえ宝です・・・」

 うっとりとした眼でグレンを見つめながら、少女は語る。

 「さあ、グレン様、急いで帰りましょう。(わたくし)、今日あった出来事を誰かに伝えたくてうずうずしてきてしまいました」

 本来ならば今この場で大はしゃぎしたい気分であったが、グレンの前でそのような振る舞いはできない。ならば一刻も早く帰って、この喜びを誰かに伝えたいと思うエクセであった。

 「それなんだが、エクセ君。少し気になることがあってな」

 「?――どうかしましたか?」

 まだここでやり残したことがあるだろうかと思案するエクセをよそに、グレンは大きく息を吸った。そして木々が生い茂っているある一点を睨みつけながら、大声で叫ぶ。

 「そこに隠れている者!出て来い!」

 突然の行為に戸惑いながらも、エクセは同じ場所を見つめる。しかし、誰かが出てくる気配はない。

 「姿を見せないということは、未だ交戦の意志があると受け取るが!」

 これはグレンの最終通告であった。自身に言われたわけではないが、その迫力にエクセは少し怯える。

 そして、それ以上の恐怖を感じたのか、森の中から姿を見せる者がいた。

 「え!?」

 驚きの声を上げたのはエクセである。

 遠目からでは詳しく分からないが、おそらくエクセと同い年くらいと思われる子供が出て来たのだ。

 このような子供が何故こんな場所に、と2人は疑問に思う。

 「君と話がしたい!そちらに行ってもいいか!?」

 グレンの問い掛けにその子供は、おどおどしながら逡巡した後、一度だけ頷いた。

 それを受けてグレンは歩き出し、エクセもその後に続いた。

 近付くにつれて、その子供の全容がはっきりと分かってくる。

 まず目が行くのは、小柄な体と異様なまでに細い手足であった。おそらくまともな食事をしていないのであろう。ボロボロの服に身を包んだその体は、風が吹いただけで飛ばされてしまいそうであった。

 加えて、ぐしゃぐしゃになった髪に、頬のこけた顔。グレンとエクセには、少年か少女かも判断できない。

 子供の眼には隈ができていたが、それを確認できたのは左目だけである。右目がある部分には、なぜか服よりも遥かに立派そうな眼帯がしてあったのだ。

 「君、名前は?」

 子供の前まで来るとグレンはそう聞いた。

 「・・・・です」

 掠れる様な声で答えられるが、全く聞こえない。

 「すまない。もう少し大きな声で話してくれ」

 「・・・・リィス・・・です・・・」

 その声と名前から、おそらく少女なのであろうと思われた。

 「リィスか。ではリィス、君はここで何をしていたんだ?」

 そう聞かれた瞬間、リィスは肩を震わせながら挙動不審に辺りをきょろきょろと見渡す。

 そしてそのまま俯いてしまい、何も答えてはくれなかった。

 「君が、あのサイクロプスを操っていたんだろう?」

 「え!?」

 グレンのその言葉にエクセは驚きの声を上げ、リィスはさらに身を震わせた。

 「どういうことですか!?このリィスさんが、あのサイクロプスを操っていただなんて!」

 エクセの問いかけに、グレンは眉間に皺を作りながら答えた。

 「私も詳しい原理は分からない。しかし、リィスのこの反応。どうやら正解みたいだな」

 グレンがそう言うと、突然リィスは頭を地面に付け、涙を流し始めた。

 「ごめ・・・なさい・・!ごめん・・・なさい・・・!許して・・・!殺さ・・ないで・・・!」

 リィスのその姿にエクセは戸惑ったが、グレンは膝を突き、少女の小さな肩に優しく手を置くと、穏やかな声で語り掛ける。

 「誤解しないでほしい、リィス。私は何も君を殺そうなんて思ってはいない。ただ、君から詳しい話を聞きたいだけなんだ」

 「・・・でも・・・・私・・・あなたを、殺そうと・・・しました・・」

 リィスが顔を上げる。その顔は、涙でくしゃくしゃであった。

 「確かにそうだ。しかし、本当は殺したくなかったんだろう?でなければ、あんなに悩んだりはしない」

 その台詞を聞き、エクセはグレンとサイクロプスが長い間対峙していたのを思い出した。あの時間は、リィスが作り出したものだったのだ。

 「その一点において私は君を許す。だから聞かせてくれ。どうして私を殺さなければいけなかったのかを」

 彼の質問に答えず、リィスは再び顔をふせてしまう。答えたくないのではなく、答えられないような様子であった。

 「ふむ、どうやら詳しく話せない理由があるらしいな」

 その言葉を聞いたリィスが、ちらりと自身の右肩に視線を向けたのをグレンは見逃さなかった。

 「右肩に何かあるらしいな。少し見せてもらおう」

 グレンがリィスの服をずらそうとするが、少女はか弱い力でそれに抵抗してきた。グレンはそれを無視し、無理矢理リィスの右肩を覗かせる。

 「グ、グレン様!」

 何やら如何わしい雰囲気を感じたエクセが窘めるが、グレンは応じずリィスの右肩をじっと見つめていた。

 「これは・・・刺青か?」

 見ればリィスの右肩には、黒色の紋様が刻まれていた。

 「グレン様・・・!この刺青から大きな魔力を感じます!」

 グレンと同じように刺青に視線を移したエクセが声を上げる。

 「となれば、『呪術』か」

 『呪術』とは、魔法と同じく体内の魔力を用いて行う術法である。

 魔法よりもさらに長い時間を掛けて発現されるそれは、対象に紋章となって刻まれる事で完成となった。刻まれた紋章か掛けた術者が存在する限り効果が持続するため、今回のように口封じのために使われることも多い。

 「これのせいで自由に話せないようだな」

 下手な事を話せば死ぬ、そういう呪術が掛かっているのだろう。

 「(わたくし)が、『解呪(ディスぺル)』を使えればよかったんですけど」

 『解呪(ディスぺル)』とは2段魔法で、対象に掛けられた一定水準の魔力的付与を消し去る効果がある。若いエクセが使用できなくても仕方ないくらいに、難しい魔法であった。

 「それならば私に当てがある。とりあえずは、リィスとともに王都へ帰るとしよう」

 「――え?」

 グレンの言葉に、リィスは戸惑いの声を上げる。

 「なん・・で・・・?」

 「話が聞きたいと言っただろ。そのためには、まず邪魔なそれを取らなくてはな」

 「そうですよ、リィスさん。女の子の体に、そのような物がいつまでもあってはいけないと思います」

 エクセはしゃがみ、未だ地に伏せるリィスの手を取った。

 「だから、一緒に行きましょう」

 彼女の眩しいまでの笑顔を見せられ、リィスの左目からは自然と涙が溢れ出てくる。なぜか泣かせてしまったことに慌てるエクセと泣き崩れるリィスを見ながら、グレンは優しい声で出発を合図した。

 「では、行こうか」

 その言葉に軽く頷くと、エクセはゆっくりと立ち上がり、それに引っ張られる形でリィスも立ち上がる。

 それと同時にリィスの体から空腹を知らせる音が聞こえ、グレンとエクセは互いに顔を見合わせた。

 「ふっ・・・そうだな。帰る前に食事をとっておこう。しかし、ここではなんだ。場所を移すとしようか」

 彼の提案にエクセは頷き、リィスは黙って従う。

 場所を変え、食事を始める頃には彼女も泣きやんでいたが、保存食を口にするとそのあまりの美味さに感動し、また泣いた。

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