3-2 編入生
フォートレス王国の王都ナクーリアにある学び舎の1つ、聖マールーン学院。そこでは今、学院として当然の如く授業が行われていた。
その高等部校舎3階、そこでは大人の階段を登り始めた少女達が教師の話を熱心に聞き、真面目に勉学に励んでいる。今行われている授業は『教学』であり、丁度八王神話の件であった。
「――では、戦いの神が後世に残したと言われる言葉はなんでしょうか?え~っと・・・リィスさん。答えられますか?」
名前を呼ばれ、教師の目の前に座る少女が立ち上がる。
その少女は17歳という年齢の割に身長がかなり小さかった。座っていた時も小さく見えたが、立ち上がるとそれがより強調される。
これほど発育の悪い子供は王都においては珍しく、加えて奇妙な事に少女の右目には眼帯がしてあった。幼い外見の少女には不釣り合いに見えるそれは、決してお洒落で身に着けられているものではない。かと言ってお洒落を意識していない訳ではないのか、可愛らしい装飾のされた薄桃色の眼帯であった。
「は・・い・・・。『戦いこそが・・・文化の発達を導く・・・。ゆえに者どもよ・・・、戦え・・・』・・・です」
その言葉のたどたどしさは答えを思い出しているのではなく、少女元来の喋り方であった。
そのため、教師もはっきり喋るよう注意はしない。というか、注意をした瞬間に恐ろしい目に合うのだ。
「そうです、合っていますよ。では、その言葉はどういった解釈がなされているのかも答えてください」
続く教師の問い掛けに、最初の問いに答えられた事で安心しきっていた少女は小さく慌て出してしまう。
そして、しばらく考えた末に、
「わか・・りません・・」
と答えた。
その瞬間、顔を俯かせたその少女――リィスともう1人を除き、一斉に他の学生達の手が上がる。
(ひえ~・・・!)
顔を俯かせているため、リィスの目にその光景が映る事はない。せいぜいが横に座る学生の様子を目の端で捉えるくらいだ。
しかし、教師の目にはそれがしっかりと映っている。本来ならば学び舎の一室として正しい姿であるその光景も、今や教師にとって恐怖の対象でしかなかった。なぜならば、手を上げる少女たちの目からは怒りの感情が見て取れたからだ。
「で・・・では・・・、キセラさん・・・。代わりに答えてください・・・」
若干声を震わせながらも、教師は他の生徒を指名する。
呼ばれたキセラという名の少女はすぐに立ち上がり、答えた。
「はい。――困難に立ち向かい、乗り越える事こそが命ある者としてのあるべき姿。そのため何事も諦めることなく、常に前進する事を忘れることなかれ。――です」
キセラはすらすらと答えて見せる。
しかし、その言葉にはどこか刺々しいものが感じられた。
「そ、そうですね・・・正解です。ではリィスさん、キセラさん、着席してください」
言われた2人は静かに席に座り直した。
生徒達から発せられる教師への苛立ちも、次第に弛緩していく。
「さて、今日の所はここまでと致しましょう。それでは皆さん、今日も1日お疲れ様でした」
今行われている授業が本日最後の授業であった。教師は荷物を纏めると、逃げるようにして教室を出て行ってしまう。
そして、扉が閉まったと同時に手を上げた全ての生徒達がリィスのもとへと集まった。
「よく頑張ったよ、リィス!」
その中の1人がリィスに向かって称賛の言葉を投げ掛ける。
「そうです、そうです!リィスさんはよくやりました!」
続いて、その言葉に賛同する声も聞こえてきた。
「あり・・・がとう・・」
学友の慰めの言葉に、リィスは弱々しく感謝の意を伝える。
その姿に皆、痛々しいまでの表情を浮かべた。
「気にする事はありませんよ、リィスさん!貴方はこの学院に来てまだ日が浅いじゃないですか!」
「そうだよ!私たちも昔は似たようなもんだったって!」
「というか、なんで先生方は授業の終わり際になると必ずリィスさんに当てるんだろ?」
リィスはつい2週間ほど前にこの学院に編入生として入学していた。
王都にある学院で編入生というのはとても珍しい。そのため、同じ学年の多くの学生から注目を集めることとなった。リィスは外見に関しても特徴的であり、加えて貴族の養女という事情から、そう言った事に関しても質問攻めに遭っている。
本当に同い年なのか、何故この時期に編入してきたのか、今まで何をしていたのか、どういう経緯でヴィレッド家の養子になったのか、その眼帯は何故着けているのか。
少女たちの質問の雨は、人によっては失礼にあたると感じる行為だったかもしれない。しかし、リィスはその質問に対して全てを包み隠さず答えた。
奴隷としての性分がまだ抜けきっていないのか、聞かれた事には正直に答えるよう体に染みついていたせいである。
ただ、そうでなくとも彼女は何の引け目も感じず、それに答えただろう。例え真実を知って嫌悪感を抱かれようとも、そのような感情などリィスにしてみれば慣れ親しんだものであったからだ。
しかしリィスの予想と反して、話を聞いた少女達は然したる嫌悪を見せてこなかった。
むしろリィスの話を聞き、彼女の人生が安穏と暮らす自分達のものとは比較にならないほどの苦痛に満ち、そしてそれが今や救済されたという事実に涙を流すほどであった。
この話はリィスが所属する教室だけでなく、学年全体に瞬く間に広がった。そしてその話を聞いた他の学生も同様の感情を抱き、今ではリィスの出自を知らぬ同級生はいない。
それ以降だろうか。彼女の出自と幼く見える外見、そしてオドオドとした性格から、リィスは同級生の少女達の中で成長と共に肥大してきた母性本能の恰好の標的となった。
ゆえに皆、彼女に甘い。甘過ぎると言っても良いほどであった。先程の授業も、リィスの答えられない質問をした教師に怒りをぶつけていたのだ。
教師もこの学年の生徒がそのような感情を持っている事を知っていたが、それを問題視する事もなかった。ただ、自分たちの授業がやり辛くなったとは思っているようだ。
と言うのも、リィスの学習能力を向上させる意味も込めて、どの教師も必ず彼女に問題を出していたのだが、リィスが答えられなかった時の他の学生の反応が凄まじく、それ以降重苦しい雰囲気で授業を進行しなければならなかったからだ。
そのため、リィスへの質問を最後にすることで、その時間を短くするという工夫が生まれもした。
「おそらく何か考えがあるのでしょうけど・・・。でも、続けて2つ目の質問をしなくてもいいと思います」
「それは確かにそうだよね。1つの質問を答えられたら、安心してすぐには頭が働くなるもの」
少女たちの口から発せられる慰めの言葉も、全てはリィスを思ってのこと。
彼女を悪く言う者は、この教室には誰もいなかった。
「ちょっと、皆さん!少々リィスさんを甘やかしすぎではなくって!?」
と思われたその時、1人の学生が声を荒げる。
その学生は先程も手を上げず、今もまたリィスのもとに集ることのない唯一の存在であった。
燃えるような長い赤髪を右肩に流している女学生――彼女の名は、テレサピス=ヒュッツェンベルク=フェムコット。六大貴族の1つ、ヒュッツェンベルク家の生まれである。
「リィスさんもリィスさんですわ!あの程度の問題、王国の人間ならば答えられて当然でしてよ!?もう少し勉学に励んだらどうです!?」
それは、まるでリィスを王国の人間として扱っていないかのような発言であった。先程教師に向かって怒りの目を向けた生徒達も、テレサピスに対しては何も言わない。
彼女が六大貴族という王族に次ぐ地位に君臨しているからだろうか。
「ごめん・・・なさい・・・」
リィスもしゅんとなって謝るしかなかった。少女がこのような仕草を見せても、誰も彼女を庇おうとはしない。
それは、続くテレサピスの台詞が関係していた。
「ま、まあ・・・どうしてもと仰るのならば・・・私が勉強を見て差し上げないこともないですが・・・!」
六大貴族の少女テレサピスは、相手がどのような人物であっても言いたい事をはっきりと言う。
しかし大抵の場合、すぐにそれを補うかのような優しい言葉を投げ掛けるのだ。さらに言えば、最初のきつい態度も、その後の対応が恥ずかしいがために取られていた。
彼女の学友はそれについて「素直じゃない」と評している。そしてそれを理解しているため、先程のテレサピスの言動に対して何の反論もしなかったのだ。
「もー、本っ当にテレちーは素直じゃないんだからー」
『テレちー』、そう呼ばれたテレサピスは顔を赤くする。
「キ、キセラさん!私、いつまでそのあだ名で呼ばれなければいけませんの!?」
正直、テレサピスにその呼び名は不似合いであった。
彼女の見た目は同年代の少女と比べても大人っぽく、さすがは六大貴族と言っていい程に気品に溢れている。ただ、この慌てる様子など色々と可愛らしい所もある事から、『テレちー』という可愛らしいあだ名が付けられていた。
「もう初等部からずっとなんだから、いい加減諦めればいいのに」
「そうはいきませんわ!私は栄えある六大貴族の一角、ヒュッツェンベルクの娘!厳格かつ優雅でなければいけませんの!」
力強い声で発せられるテレサピスの物言いに対して、キセラは手を振って見せた。
「はいはい、ベルク家ベルク家」
「ちょっと、キセラさん!我が家の名前を略さないでいただけます!?」
「だって、ヒュッツェンベルクって言い難いんだもん」
このやり取りは高等部2年に属する生徒であれば、誰もが見たことのある光景である。
しかし、つい数週間前に入学したばかりのリィスにとっては馴染みのないものであり、キセラの発言が少し気になっていた。
「言い難いって・・・しっかり言えてるではないですか!」
「私は言い慣れてるだけー」
基本的に、テレサピスとこのように愉快な会話をするのはキセラだけである。
他の生徒も彼女の事を嫌ってはいないし、苦手とも思っていない。むしろ好いていると言っても良かったが、単純にそこまでいじる気がないだけであった。
つまりはキセラが特例なのだ。他の生徒も、帰りの連絡会が始まる頃には終わるだろうと止めることもしない。
「ヒュ・・・ッチェ・・・。シュ・・・ッツェ・・・」
その中において、2人の会話を縫うように小さな声が聞こえた。
皆、その声の発生源であるリィスを見つめる。
「ヒュッ・・・チェ・・・ンベルク・・・・。ヒュッ・・・ツェンベルク・・・あ、言えた・・・」
どうやら先程のキセラの発言を受けて、練習をしていたようだ。
その光景を目にした女学生たちは思わず、
『かわいいーーー!』
と声を上げる。
テレサピスも、思わずにやけそうになるのを堪えていた。
「も、もう・・・仕方ないですわね、リィスさん・・・!こうなったら我が家についても、教えて差し上げなければいけませんわ・・・!ヒュッツェンベルク家の屋敷にいらっしゃってくださいな・・・!」
若干興奮気味に言われたその言葉に、リィスはきょとんとした顔を返す。
「いい・・・の・・・?」
勉強を見てくれると言ってくれただけでなく、今度は家に招待してくれるとも言うのだ。リィスにとってこれがどれほど希少な経験であるか、他の者には分かるまい。
「も、もちろんですわ!さあ!そうと決まれば、早速向かうといたしましょう!」
そう言って、テレサピスは自分とリィスの荷物を素早く整理すると、2つの鞄を右手に持ち、リィスの右手を左手で掴むとそそくさと教室の扉へと向かっていく。
「それでは皆さん、御機嫌よう」
あまりの速度で展開される光景に呆然としている他の生徒に向かって、テレサピスは優雅にお辞儀をして見せた。それに倣って、リィスも頭を――彼女なりに――優雅に下げる。
「あ・・・ああーーーーー!テレちーがリィスを攫って行くーーー!」
なんとか驚きの声を上げたキセラに向かって、テレサピスはにやりと笑って見せた。
「お~ほっほっほっ!ヒュッツェンベルク家の家訓は『先手必勝』!キセラさん、貴方は蔑ろにした我が家に負けたのですわ!」
そう勝利宣言をして、ぴしゃりと扉を閉める。
テレサピスの「お~ほっほっほっ!」と繰り返される喜びの声が、次第に遠ざかって行くのが教室の中からでも分かった。
しかし、すぐに扉が開けられ、2人が教室の中に再び戻って来る。
「そういえば・・・帰りの連絡会がまだでしたわ・・・」
自身の髪の色のように、顔を真っ赤にしながらそう言うテレサピスについても、
(この子も、こういう所が可愛いんだよな~)
と一同は思うのであった。
その後、帰りの連絡会を終えたリィスとテレサピスは2人揃って校舎を出る。
他の学生も今回限りはリィスをテレサピスに譲る気なようで、特に文句は言って来なかった。ただ、2人が教室を去った後、次は誰がリィスを家に誘うか話し合いを始めてはいたが。
「リィスさん、今から我が家にいらっしゃいます?それとも、一度そちらの家に戻ってからにします?」
テレサピスは隣を歩くリィスにこれからの予定を聞く。しかし、そのどちらに対しても頷く事はなく、リィスは頭を振った。
「いつも・・一緒に帰っている子が・・・いるから・・・。まずは・・その子の家に・・・行ってから・・・」
「まあ、そうでしたの。何という方なんですの?」
リィスはその質問に言葉で答えず、前方を指し示す事で答えとした。
テレサピスもその先を見つめる。
そこには3人の少女がいた。
「あら?あの子は・・・」
その中の1人に心当たりがあるのか、テレサピスは小さく呟いた。リィスもその声を聞き、不思議そうにテレサピスを見たが、何も言って来ないため再び前を向く。
そして、待ち合わせていた人物のもとへと辿り着いた。
「あれ、珍しいですね。リィス先輩が友達を連れているなんて」
そう言ったのはトモエであった。
その言葉が失礼に当たると判断したミミットが、彼女の脇腹を肘で小突く。
「ぐはっ・・・!」
結構な痛みだったのか、トモエは苦悶の表情を浮かべた。
その光景にリィスと3人目の少女――エクセが小さな笑い声を上げる。
「やはりあなたでしたの、エクセリュートさん」
呼ばれたエクセはテレサピスに顔を向けた。
「お久しぶりです、テレサピスさん。あ、今はテレサピス先輩とお呼びした方が良いでしょうか?」
「どちらでも良くってよ」
エクセとテレサピスは互いに六大貴族という事もあってか面識があった。とは言っても、貴族の開いたパーティに参加した際に数回顔合わせをした事がある程度だ。
「テレサピスさんも、リィスさんとお友達だったんですね」
エクセの問いにテレサピスは笑顔で答える。
「ええ、そうですわよ。今日はこれから、リィスさんを我が家にお連れするんですの」
「わあ!本当ですか!?」
テレサピスの言葉にエクセは過剰とも取れる喜び方を見せる。
その声に、テレサピスも少し戸惑った様子を見せた。
「どういたしましたの・・・?」
その質問の意味をしっかりと理解したエクセは、はっとした表情を浮かべる。
「す、すいません!リィスさんが家に招待をしてくれる程のお友達を作ってくれて、嬉しくなってしまいまして・・・!」
先程のトモエと似たような事をエクセは言う。
しかし、この少女に限りその発言は許されるものとなった。それは、エクセとの出会いがリィスを歪んだ環境から救い出した切っ掛けであると言っても過言ではないからである。
その事についても、当然リィスは同級生に伝えていた。
「うふふ。貴方、それではまるで母親のようですわよ」
笑いながら言う彼女の同級生もそうだが、どうやらリィスという少女は女性のそういった部分を刺激する何かを持っているようだ。
溢れ出る魅力とでも言えばいいのか。もしかしたらそれが原因で今の家に引き取られたのかもしれない、などとテレサピスは考える。
リィスに母性本能をくすぐられている訳ではない彼女であったが、その気持ちが分からなくはないと思っていた。
「そうですか・・・?ポポル様に怒られてしまうかもしれませんね」
「あの方ならば、そうなさるでしょうね・・・」
テレサピスは、リィスの義母ポポル=ヴィレッド=ウェスキスとも面識があった。そしてどこから聞きつけたのか知らないが、ポポルもまた彼女のことを『テレちーちゃん』と呼んで来る。
かつて、貴族達の集まりがあった際に大声でそう呼ばれた時は、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうであった。
「ちょっと、エクセ・・・」
「なに、ミミットさん?」
裾を軽く引っ張ってくるミミットに向かって、エクセは問う。
「いい加減、こちらの先輩を紹介してよ」
「あ、そうだね」
そう言ったエクセは、テレサピスについて紹介をする。
名前を教えた瞬間、六大貴族である事を知ったミミットとトモエは軽い驚きを顔に浮かべた。
「よろしくお願いしますわ」
社交界で慣らした笑顔を浮かべ、テレサピスは言う。続いて、エクセは彼女に向かって友人2人の紹介をした。それが終わると、ミミットとトモエは先輩に向かって頭を下げる。
初顔合わせ同士の紹介が終わると、5人は歩き出した。
それぞれの家への道中、テレサピスとリィスの高等部生は基本聞き役に回りながら歩を進めて行く。と言うよりも、エクセが会話の主導権を握って離さないのだ。
「聞いて、ミミットさん、トモエさん!昨日グレン様にお出ししたスープなんだけど、とても美味しいって褒められちゃった!」
「グレン様はあんたの料理について『美味い』『絶品だ』『これ程のものは食べたことがない』しか言わないじゃない。もう1か月間同じ事聞かされてるこっちの身にもなってよ」
「でもでも、昨日のグレン様は今までで一番嬉しそうだったよ?」
「グレン先生は基本無表情じゃん。ほんとに違いが分かったの?」
「私には分かるの。分かるようになったの」
自慢げに語るエクセを、テレサピスは珍しいものを見るように眺める。
そして、隣を歩くリィスに声を掛けた。
「先程からそうですが・・・エクセリュートさんって、お友達に対しては敬語ではないんですのね・・・」
リィスは小さく頷く。
「前に・・2人に・・・禁止・・されたみたい・・」
この言葉に、テレサピスはある考えを持った。
「私もそうした方がよろしいのかしら・・・?」
テレサピスも両親からの教育により、誰に対しても丁寧な言葉遣いをする。それを欠点だと思ったことはないし、学友達も違和感なく接してくれている。
しかし、対等な立場で会話をしたい者にとっては不快に感じるのかもしれないと考え付いたのだ。
「ううん・・・テレサピス・・は・・・それでいいと・・・思うよ・・」
リィスは幼い見た目とオドオドとした態度とは裏腹に、同級生以下を呼び捨てにする。これに特に深い意味はなく、またそれが理由で彼女に不快感を抱く者はいなかった。
「そうですの。それは、よかったですわ」
テレサピスも満足気にそう言う。
「そう言えば、剣の練習の方はどうなの?」
中等部の3人の方では会話の内容が変わったらしく、トモエがエクセに問い掛けていた。
「もちろん順調だよ。すぐにトモエさんに追いついちゃうんだからね」
「お、言ったなー。後で吠え面掻くなよー」
2人してにこやかな笑顔を浮かべながら、楽しそうに言い合う。
「あら?エクセさんは魔法使いではなかったかしら?」
それを耳にしたテレサピスが疑問を口にした。
先輩からの質問には、ミミットが答える。
「あ、今グレン様がこの子の家に泊まっているんですよ。それで、ついでに剣の指導もしてもらっているみたいで」
「グレン様と言うと、あの王国の英雄の・・・?」
「はい」
テレサピスの頭の上に疑問符が浮かんだ。
何故、グレンがファセティア家の屋敷に寝泊まりしているのか。
その理由はこうだ。エクセの誤解を解こうと彼女の家を訪れたグレンに対して、エクセの父であるバルバロットが「今日は泊まっていけ」と言ったのが発端である。
そこからずるずる1か月間、エクセとバルバロットから帰宅の許可が下りず、グレンは強制的にファセティア家に滞在する事となっていた。
そしてその間、エクセは彼女の家族とグレンの夕食を自分が作ると宣言し、その成果を今まで友人に語って聞かせている。加えて、以前約束していたこともあり、グレンに剣の稽古をつけてもらってもいた。
「それで先程からグレン様の話題を・・・」
説明を受けたテレサピスが納得したように呟く。
「あ、それだけじゃないんですよ」
何やら悪巧みを思いついたようなトモエが言った。
「この子、グレン様のことが好きなんです」
「まあ!」
「ト、トモエさん!」
エクセは慌ててトモエの口を塞ごうとする。もはや言ってしまった後のため無意味な行動であったが、トモエはそれを軽やかに躱して見せた。
「よろしいではないですか、エクセリュートさん。人を好きになる。とても素晴らしいことですわ」
逃げるトモエを追いかけているエクセに向かって、テレサピスは言って聞かせる。それで納得したのか、エクセは渋々3人のもとに戻って来た。
それに続いてトモエも戻り、テレサピスに質問をする。
「その口ぶりだと、テレサピス先輩にも好きな方がいらっしゃるんですか?」
出会って間もない年上の女性に対して、トモエは不躾な質問をした。そして、当然の如くミミットに肘で小突かれる。
エクセの攻撃は躱せてもミミットのものは無理なようだ。
「ええ、おりますわ」
「どなたなんですか?」
いきなりな質問にも落ち着いた様子で答えるテレサピスに向かって、脇腹を抑えつつトモエは再度質問をする。まだやめないか、とミミットがトモエに向かって手を振り上げるが、それが振り下ろされるよりも先にテレサピスが答えた。
「秘密ですわ。きっと、私の片想いですもの・・・」
切なそうにそう言う先輩から、中等部の3人は大人の魅力を感じ取った。
そんな少女達を他所に、テレサピスはリィスの方へと顔を向ける。
「リィスさんには、そういう方はいらっしゃいますの?」
「うん・・・」
「え!?」
何気なく聞いた質問であったが、リィスが小さく頷いた事で他の4人は驚きの表情をした。
「だ・・・誰ですの・・・?」
その中でテレサピスが何とか声を絞り出す。
「ポポルお母さん・・・ライアンお父さん・・・タッ君・・・アー君・・・あと、皆も・・」
要は、家族と友人と言う事であった。そういった意味で聞いた訳ではないが、リィスの無垢な言葉に皆も心をほんわかとさせる。
「もう、リィスさんったら、驚かさないでくださいな・・・」
「――?」
テレサピスの安心したような言葉にリィスは首を傾げた。
「ごめん・・なさい・・・?」
そして、とりあえず謝っておく。
これもかつての生活から生まれた習慣だったのだが、そこに気付けた者はいなかった。ただ、テレサピスは指でリィスの額をつんと突く。
「謝る必要なんてなくってよ」
「・・・うん・・」
わずか2週間の付き合いであったが、テレサピスとリィスの仲の良さは疑いようがない。
エクセはその光景を見ながら、喜びと共にそう思うのであった。




