3-1 八王神話の信奉者
様々な国が存在する大陸があった。
未だ海を隔てた他の大陸の存在を知らないため、区別するための名前は存在しない。そこでは異なる思想を持った種族、そしてそれらが束ねる国々が活動をしているが、そのどれにおいても伝えられる1つの神話があった。
その名を『八王神話』と言う。
読んで字の如く、『八人の王』に関する神話であった。それは遥か昔に存在したといわれる者達。彼らの活躍が歴史になり、伝説になり、ついには神話となったのだ。
生前の彼らについて、今や詳しく知る者はいない。
しかし、そのどれについても共通して伝えられている事があった。それは、様々な意味で彼らが強大な力を持っていたという事である。
曰く、常人ならば生命力を全て吸い取られるような装備を難なく用いる戦士がいた。
曰く、常人ならば致命傷となる一撃を受けても掠り傷にもならない詩人がいた。
曰く、常人ならば1000人揃っても倒す事のできない巨大な竜を容易く屠る狩人がいた。
などなど、その力は大陸をわずか8つに分ける程であった。
また彼らの中には強大な魔法道具を作ることができる者がおり、各地に眠る遺跡からそれらが発見されてもいた。
王国に存在する『英雄の咆哮』、帝国が所有する『聖庭』などがそれである。その中には、今や失われた魔法が封じ込められていると言う話だ。
そのような超常的存在である彼らが神話の神々と崇められるようになった際、それぞれの得意とする分野を司るものとして位置付けられた。
『戦いの神クライトゥース』、『慈愛の女神イコアス』、『商いの神ゼニス』、『信仰の神ボルビシャス』、『知識の神アセンテンス』、『豊穣の女神スース』、『癒しの神ニミレス』そして『破壊の女神シグラス』。
それらが八王神の名前である。
八王神話が至る所に伝えられる大陸全土において、彼ら全てを崇めている者は意外な事に多くはない。それでも戦士ならば戦いの神を、詩人ならば慈愛の女神を、商人ならば商いの神を信仰する事は決して珍しい行いではなかった。
かと言って特別な儀式を行ったり、毎日のように祈りを捧げるようなことはせず、戦士ならば勝利に、詩人ならば新しい恋に、商人ならば利益に対して各々の信仰する神に感謝を捧げるくらいしかしない。
それでも八王神全てに信仰を捧げる者たちも当然の如く存在しており、そのような者達が集まってできた国が『ユーグシード教国』である。
かの国には、それぞれの神を祀る神殿が1つずつ建てられており、巡礼者は自身がより重きを置く神から順に祈りを捧げに行く事を習わしとしていた。
本来敬虔な人物である彼らは皆平等であるべきなのだが、ユーグシード教国にも他国同様階級が存在している。上から順に教王、大神官、一般神官、そして信徒である。
現在の教国には1人の教王、8人の大神官、数百人の一般神官、そして数万人の信徒が暮らしており、日々神々に祈りを捧げている。
八王神教とでも言うべきその宗教において制限される事柄は少ない。
争いも、男女の愛も、金儲けも全て許容されるものとして定められていた。これは、それらを司る神々を祀っている事から、神の教えに反していないと考えられているためである。
ただ、そのどれに対しても正しく行わなければならないという誓約はあった。正々堂々と戦い、裏表なく愛し、真面目に働く、という事などが教国における一般的な感覚だ。
それでも、長い歴史による変化のせいか、独自の信仰を持つ者たちも存在してしまっていた。それが正しいか否かは分からない。唯一つ言える確かな事は、その者達にとって、それこそが自分達を支える掟であるという事であった。
今もまた暗闇の中、とある神殿において、そのような者達の集会が開かれている。
「久しぶりですね、レメジスト」
「お久しぶりです、サフィーアさん」
2人の男女が互いの名を呼び合い、挨拶をした。
深々と下げた頭には外套の覆いが被さっており、2人の顔を確認することはできない。それでも互いの名を言い当てることができたのは、その身を包む黒装束の胸の部分に付けられた石の色から判断したからであった。
レメジストと呼ばれた女の胸には紫色の石が、サフィーアと呼ばれた男の胸には青色の石が、それぞれ身に付けられている。また姿を隠しているという事は、当然名前も隠しており、先程の呼び名はどちらも偽名であった。
「遅いですよ、2人とも」
「すいません、トープスさん」
「申し訳ない」
黄色の石を胸に付けた男が、到着の遅れた男女を叱る。見れば、トープスと呼ばれた男を除いて、黒装束を着た者達がすでに10人以上集まっていた。
「どうしたんですか?サフィーアさんはともかく、レメジストさんまで遅れるなんて」
「ちょっと、エメランドさん!言って良い事と悪い事がありますよ!」
「でも、事実ですよね?」
「・・・はい」
2人の会話に他の者たちは小さな笑い声を上げる。
「それでどうしたんだ、レメジスト?なぜ、遅れたんだ?」
「それは・・・」
遅れて来た女――レメジストは言い辛そうに呟いた。
皆、急かすことなく次の言葉を待つ。
「それは私の方から説明しましょう」
その時、暗闇から煌びやかな衣装に身を包んだ男が姿を現した。年は60代前半といったところだろうか。
その男は顔を隠すことなく、堂々とした出で立ちで皆の前に進み出る。男女同様遅れて登場したのにも関わらず誰からも叱責の声が飛ばないことから、その男が最も上の立場にいるのだという事が見て取れた。黒装束の集団は、彼に仕える信徒達なのだ。
「ジェウェラ様!ですが――!」
レメジストの言葉をジェウェラは手で制する。
「いいのです、レメジスト。悲しい事実を告げるには、あなたはまだ若い。ここは私に任せてください」
そう言われ、レメジストはそれ以上口を開かなかった。会話の内容が理解できない他の者は、何事かと互いに見えない顔を見合わせている。
「皆さん、お気付きの事とは思いますが、今ここにはモンドがいません」
理解しているとばかりに、多くの者が頷いた。
「・・・彼は亡くなりました」
予想だにしない事実を告げられた瞬間、その場にいる黒装束の者達すべてに動揺が走る。
「どういうことですか!?」
「モンドさん程の方が、何故・・・!?」
「間違いはないのですか!?」
特に若い者達なのだろう、声から分かる心の揺らぎが初々しさを感じさせた。
そしてその言葉に対してもジェウェラは何も言わず、ただ手で制する。
それだけで再び場は静まり返った。
「先日のことです。彼はルクルティア帝国皇帝の命を奪おうと、フォートレス王国にて彼女を襲いました」
そこでジェウェラは一端大きく息を吸い、吐く。
皆、続く言葉を待っていた。
「準備は万端。いつものように『人除け』の秘術を使い、無関係な人間を巻き込まないようにしました。彼らしい配慮だと言えるでしょう。なんの妨害もなく、彼の刃は皇帝に確かに突き立てられました。しかし思わぬ事に、皇帝のお召し物が魔法道具だったのです。そしてモンドは返り討ちに遭い、捕らわれの身に・・・」
黒装束の者たちの誰かが息を飲む。
「そして昨日、王国における不法入国罪と帝国における国家反逆罪を言い渡され、彼は処刑されました。レメジストにはその事実確認をお願いしていたのです。そして、私は先程その報告を聞きました・・・」
皆気を落とすが、ジェウェラの話を聞いてもこの場にいる誰一人として涙を流さなかった。
仲間の死が悲しくないのではない。ただ、この中の誰もがそうなる覚悟で行動しており、仲間の死に対しても受け入れる心の準備をしていたからだ。
「彼の発想は素晴らしかった・・・。王国で皇帝を殺めることにより、皇帝の弟君に王国を恨むよう仕向ける計画だったのです。そして数年後には再び2国間の戦争を、と」
ジェウェラは目を瞑り、皆に言い聞かせる。
「思えば、彼は帝国に対して本当に色々と働きかけてくれました。民を扇動して皇族と争うように仕向けたり、大臣の不正を暴いて民の怒りを再燃させたり・・・。おかげで、多くの変化が生まれました・・・」
「だが、死んでしまっては意味がありません・・・」
青年と思しき男が声を発する。
それは心の声が思わず漏れたといった感じであった。
「それは少し違います、アレキサンダー。確かに彼ほどの人材を失う事は、とても大きな損失です。しかし、何の意味もないという訳ではありません。彼は我々に信仰のあるべき姿を見せてくれたのですから」
その言葉に信徒達はジェウェラの顔を見つめる。
「それは・・・それはどういうことですか、ジェウェラ様?」
レメジストが真剣な面持ちでジェウェラに問う。
仲間の死が無駄ではなかった、その理由を彼の口から聞きたかったのだ。
「モンドが王国に捕まり、牢に入れられた後、私は彼と『念話』で言葉を交わしました。彼の方から連絡があったのです。私はすぐ助けに向かうと言いましたが、彼はこう返しました。『私は皇帝に敗北し、逃げる事もできずに捕らえられた。それは純粋な戦いの結果。ならば、ここから逃げることは我らの神に背くことになります』、と」
集まった者の誰かが「素晴らしい・・・」と小さく呟く。
「そして死にゆく身になってもなお、彼は我々の教えを貫こうとしました。さらなる戦いを起こさせるため、ある盗賊ギルドの隠れ家を密告したのです。その者たちの名は『国落とし』。帝国を奪おうと考えていた浅ましい存在でしたが、彼らという共通の敵を倒したおかげで、王国と帝国は『永世友好条約』を結ぶにまで至りました。全ては彼の言葉が切っ掛けなのです」
「それは・・・つまり・・・」
レメジストの言葉にジェウェラはにこりと笑うと、
「そう、彼は自分の命を犠牲にしてでも、この世の変化を生み出そうとしたのです」
と言った。
「なんと信心深い・・・!」
「ああ、神よ。モンドさんの魂を安らかな眠りにつかせ給え」
「まさに模範となるべき方だ」
自分達の仲間に対して、信徒達は称賛の声を次々に口にする。
彼らの中では、モンドと呼ばれる男が取った行動はそれほどのものだったのだ。
「ジェウェラ様!モンドさんのため、すぐにでも追悼の儀を行いたいのですが・・・!」
そう言ったのはレメジストであった。
「いいでしょう。では、彼にこの3本の剣を捧げましょう」
ジェウェラはそう言って、懐から鞘に納められた3本の短剣を取り出した。3本の短剣はそれぞれが黒、青、赤色の鞘に納められている。
非常に繊細な装飾がなされており、高価な物であることが伺えた。
「では、皆さん。モンドのために祈りましょう。さあ、我らが神の前へ」
そう言うとジェウェラは後ろを振り返り、己が信仰する神を象った像に向かって歩き始めた。彼らの死に対して、墓は作られない。強いて言うならば、戦場が墓場であった。
ジェウェラの言葉を聞いた者たちは彼に続いて歩を進める。そして神像の前に来ると跪いて手を組み、祈りの姿勢を取った。
それを見届けた後、ジェウェラはゆっくりと口を開く。
「親愛なる友人モンドよ、汝の魂を今我らが見送る。共に行けぬ我らの代わりに、この3本の剣を持っていって欲しい。まず1本目――」
ジェウェラは黒色の鞘に納められた短剣を神の前に供えた。
「これは汝の敵を討つために。汝の信仰を成し遂げるために使ってください。そして2本目――」
続いて、青色の鞘に納められた短剣を供える。
「これは汝の身を守るために。これ以上あなたの身に傷がつかないように・・・。そして3本目――」
最後に赤色の鞘に納められた短剣を置いた。
「これは剣を持たぬ者に与えるために。人々の争いを、この世の発展を、導いてください」
そう言うと、ジェウェラも手を組んだ。
「では皆さん、モンドのために心からの祈りを。そして、これを最後に彼の死を悲しむのを終わりにしましょう」
皆に語り掛けたジェウェラはしばらくの間祈り続けた。
長い沈黙の後、それを終わらせる。
「では皆さん、姿勢を正してください」
ジェウェラの声掛けにより、黒装束の信徒達は一斉に立ち上がった。
「これにより、モンドの魂は我らの神のもとへと向かいました。死は悲しむものではありますが、恐れるものではありません。皆、それを忘れないように」
黒装束を着た者達は力強く頷いた。
「よろしい。それでは皆さん、今一度我々『戦刃』の行動理念について思い返しておきましょう」
ジェウェラは一度咳ばらいをすると、信徒達を見渡す。
「では、トープス。我らが崇める神の名は?」
「戦いの神クライトゥース様です」
「では、アレキサンダー。クライトゥース様は我々後の人間になんという言葉を残されましたか?」
「はい。『戦いこそが文化の発達を導く。ゆえに者どもよ、戦え』と」
「そうです。今まで、文化を持つ種族は争いによって技術を向上させてきました。時に武器、時に魔法、時に魔法道具と、その変化は計り知れません。それを見抜いていたが故に、クライトゥース様はそう我らに言い残してくださったのです」
それは信徒たちにも承知のことであった。
「では、メパーロ。我々はそのお言葉に従い、何をするべきだと思いますか?」
「国や種族を問わず、命ある者達に争いをさせることです。それによって、文化の発達を促すといった方が正確でしょうか?」
その問いにジェウェラは大きく頷く。
「そうですね。我々は何も無暗矢鱈に争い事を起こさせようとしているわけではありません。そこから何も生まれない争いは、むしろ未然に防ぐ事も視野に入れて行動するべきでしょう」
「はい!」
メパーロと呼ばれた少年は元気に返事をした。
「ああ、それで思い出しました。ガーネ、冥王国の様子はどうですか?」
ガーネと呼ばれた少女が答える。
「あまり芳しくありません。今すぐ動くという事はないでしょうが、着々と準備は進めているようです」
少女のもたらした情報を聞き、ジェウェラは考え込むように指を顎に当てた。
「そうですか。それは快くないですね・・・。貴方の身に危険が及ばない程度で構いません。できるだけ妨害するようお願いします。あの国が行おうとしていることは対等な戦いではなく、単なる虐殺ですから・・・」
「分かりました。ですが、私1人というのは少々心許ないかと・・・」
基本的に若い信徒は偵察を任されている。戦闘訓練も勿論しているが、それでも熟練の信徒と比べれば武術も秘術も実力的にはるかに劣っていた。
そのため、ガーネは助力を請う。
「それもそうですね。では、クリスとモルガン。ガーネに協力してあげてください」
言われた2人は、軽く頷いた。クリスと呼ばれた男は体格がよく、また経験豊富なため戦力としては申し分ない。モルガンと呼ばれた女も実力者で、何より服の上からでも分かるほどに色気があった。この色香で、少女や男には不可能な手段を取る事が出来るだろう。
「え!クリスさんとモルガンさんですか!?すごい!頼もしいです!」
ガーネのその言葉にクリスは何も答えなかったが、モルガンは手をひらひらと振って見せた。ガーネもモルガンに手を振り返す。
その光景に、先程までの悲哀に満ちた雰囲気が弛緩されたように感じられた。
ジェウェラも優しい笑みを浮かべている。
「頼みましたよ、二人とも」
「「はい」」
ジェウェラの言葉に2人は揃って返した。
「さて、話を戻しましょう。では、マリン――」
ジェウェラが続いて仲間の名を口にしようとすると、ふいに足音が聞こえた。その瞬間、信徒たちは音も立てず一斉に姿を消す。
ただ1人残ったジェウェラは逃げも隠れもせず、足音の主を待ち構えた。
そしてその人物が姿を現す。それは、夜間巡回中の警備兵であった。
「誰だ!?」
ジェウェラの姿を捉えた警備兵は驚きの声と共に、手に持った槍を向ける。しかし、ジェウェラの顔を見ると慌てて姿勢を正した。
「これはジェウェラ様!申し訳ございません、貴方のような方を不審者と見間違うとは・・・」
ジェウェラはにこやかに笑う。
「構わないですよ。ところで、どうしてここに?この神殿の巡回はもう終わっているはずでは?」
「はい、その通りです。ですが仕事の終わりにクライトゥース様に本日最後の祈りを、と思いまして」
その言い様から、彼は特に戦いの神を信奉しているのだろう。自分達と同様の神に重きを置く警備兵に対して、ジェウェラは先程の信徒たちと同じような態度で接した。
「それは素晴らしい!貴方のような敬虔な信徒が、この国を守っていると言っても過言ではありません。今後も精進なさってください」
そう言われた警備兵は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとうございます!ではクライトゥース様に祈りを捧げた後、再度神殿を見回りたいと思います」
これにジェウェラは小さく声を上げて笑った。
「それはやり過ぎですよ。今日はもう宿舎に帰って、ゆっくりと体を休めてください。また明日、その日一日を戦い抜けるように」
その言葉に警備兵は大きく頷く。
「分かりました。では、そう致します」
警備兵はそうジェウェラに告げると、彼の後ろにある戦いの神を模した石像に近づいていく。
「これは?」
そして、先程ジェウェラが置いた短剣を目にした。
「ジェウェラ様、もしやどなたかを弔っておいででしたか・・・?」
「・・・・ええ」
警備兵の問いにジェウェラは弱々しく答える。
「とても親しい友人でした・・・。家族と言ってもいいくらいです・・・」
「その方も戦いの神を?」
「はい。彼ほど、クライトゥース様の教えに忠実な人はいませんでしたよ・・・」
「それは・・・惜しい人を亡くされましたね・・・」
警備兵の言葉には、真意が込められていた。
「ジェウェラ様、この方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
ジェウェラはにこりと笑うと、
「モウネ=ロンド。仲間内では、彼のことをモンドと呼んでいました」
と答えた。
「ジェウェラ様・・・私はその方の事を知りません。ですが、私もモンドさんのために祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
「ええ・・・。お願いします・・・」
傍にいるジェウェラだけではない。
姿の見えない信徒達も同様の気持ちであった。
「では・・・」
警備兵は手を組み、長い間祈りを捧げる。
それを終えると振り返り、ジェウェラを見据えた。
「それでは私はこれで。ジェウェラ様は如何いたしますか?よろしければ、ご寝所までお供いたしますが」
警備兵の提案にジェウェラは首を横に振る。
「いえ、私はもう少しここで祈りを捧げるので結構ですよ」
「分かりました。さすがは大神官様ですね」
そして警備兵は「失礼します」と言って、神殿の出口へと向かって行った。警備兵の姿が見えなくなると、黒装束の信徒達が再び音も立てず姿を現す。
「素晴らしい心の持ち主でしたね」
その中の一人が、ジェウェラにそう声を掛けた。彼らの中で同じ神を崇拝する者が邪魔者として扱われることはない。
ましてや仲間ために祈ってもくれたのだ。本来ならば、総出で歓迎したいところであった。
「羨ましいですか、リティック?」
「え・・・!?」
ジェウェラのその問いに、リティックだけでなく他の信徒達も動揺する。
「同じ神を崇める者であっても、貴方達と彼とでは決定的に違います。彼らは・・・そう・・・一般的な言葉で言うならば、汚い仕事はせず清らかな信仰を捧げています。そんな彼らと自分達を比べて、貴方達は羨ましいと思いますか?」
再び問われたその言葉に、1人の男がジェウェラに向かって答える。
「そのようなことはありません、ジェウェラ様。我らは貴方様に拾っていただいて、初めて生きる価値を手に入れました。貴方様に与えられた世界の争いを管理するという大業。それは先程の信徒が持つ信仰に引けを取らないと思っております」
男の言葉はその場にいる信徒たちの総意であった。そして、それはジェウェラも十分に理解していることである。ただ、彼らから感じた微細な心の痛みを癒してあげたかったのだ。
そして、その成果はあった。
外から見えはしないが、皆一様に力強い眼差しをしている。
「そうです。その通りです、ヴァイト。さすがは最年長者ですね」
本来はモンドが最年長であったのだが、彼がいなくなった今ヴァイトと呼ばれる男が信徒達の中で最も年を重ねていた。それはつまり、彼が『戦刃』の活動部隊における長ということである。
そのためジェウェラは先ほどのような台詞を発し、他の者にそれを意識させるようにした。
「それでは皆、話はここまでとしましょう。各自、各々の任務に戻ってください。それと、くれぐれも危険な行為は避けるようにしてください」
最後の言葉はいつもならば言うことはない。
しかし、仲間を失ったことからジェウェラも無意識にそう言っていた。
「帝国の方は如何いたしましょう?」
帝国を担当していたモンドがいなくなったことから、ヴァイトは聞く。
「あの国はもう大丈夫でしょう。王国との間に結ばれる条約により、より一層の発展をして行くはずです。王国はもとより、恒常的な発展を心掛けていますからね」
王国――その言葉を聞いた瞬間、信徒達は何とも言えない高揚感を覚えていた。
「他に確認しておきたい事はありませんか?」
その問いに誰も口を開かなかった。
「よろしい。では、別れる前に我らの神に祈りを捧げましょう」
そう言ったジェウェラは、戦いの神の石像に向かって振り向く。他の者達もその石像に真っ直ぐ向き直り、先程と同様に手を組み、跪いた。
「我々の行いによって、更なる戦いがあらんことを。そして、それにより多くの国々や種族の発展が導かれんことを。さあ皆、我らの神クライトゥース様、ならびにその生まれ変わりであらせられるグレン=ウォースタイン様に万感の祈りを」
異なった信仰は異なった解釈を生み出し、それに疑問を抱く者はその場には誰もいなかった。
夜も更けた神殿内部、そこにある静寂がそれを証明していた。




