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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
帝国の姫皇帝
27/86

おまけ-1 戦乙女、給仕する

 フォートレス王国騎士団副団長であるシャルメティエ=ホーラル=セイクリットは今、王都ナクーリアの巡回警備に当たっていた。これは本来ならば部下の仕事であり、副団長という身分である彼女がそういった雑務をこなす必要はない。

 しかし先日、彼女が副団長に就任する切っ掛けを与えてくれた人物から、きつめの言葉を頂いた事もあって、気を引き締め直すため自ら進んでその任に就いていた。

 ちなみに、副団長としての通常の仕事は、全て秘書であるチヅリツカに任せてきている。

 『シャルメティエ様のお覚悟、このチヅリツカ深く感銘を受けました。私の事はお気になさらず、どうぞお好きなようになさってください』

 彼女はそう言って、快く引き受けてくれた。

 「ふむ・・・」

 チヅリツカの好意を無駄にしないよう、シャルメティエは街を見回す。

 20年以上この王都に住んでいるということもあり、街並みは見慣れたものであったが、知らない店がいくつか見て取れた。副団長になってからというもの時間の流れが速く、その変化にシャルメティエは何だか取り残されたような感覚を覚える。

 「あれ!?シャルメティエ様ではないですか!?」

 その者達もまた巡回に当たっていたのだろう。

 2人組の騎士が、彼女の方へ向かって歩いて来ていた。

 「どうされたんです?このような場所を歩いているとは珍しい」

 その者はシャルメティエよりも長い間、騎士という階級についているように見えた。

 「いえ。私もたまには初心に戻って、街の見回りをしようかと思っただけです」

 シャルメティエは例え目下の者であろうとも、年上相手には敬語を使う。心が昂ぶった時などにはそれを忘れてしまうこともあるが、基本的にはそれが礼儀だと考えていた。

 それ故、騎士達の間でシャルメティエの人気は高い。

 美人で強く、それに加えて礼儀正しい。余程嫉妬深くない限り、彼女のことを悪く言う者などいないだろう。

 「素晴らしい心掛けですね。我々も気が引き締まるというものです」

 「では、任務の続きがありますので、これで失礼させていただきます」

 例え相手が上司であっても、任務中の世間話は最小限に抑えるべき。そう考えたのか、少しばかりの会話をしただけで騎士達は去って行った。

 そんな2人の背中を見ながら、シャルメティエは思う。

 (あの2人ならば、アルカディア様の危機に気付けただろうか・・・?)

 シャルメティエは、帝国の皇帝であるアルカディアの危機に気付く事ができなかった。またそれだけでなく、王都内にアルカディアの命を狙う暗殺者を侵入させてしまってもいたのだ。

 その事は当然騎士団に所属する者だけでなく、兵士にも伝わっており、王都における監視の目はより強化されていた。

 おそらく、これからはこれが平常になっていくのだろう。

 「いや、考えても仕方ない。今は任務に集中するとしよう」

 今更悔やんで何になる。バルバロットにも言われた台詞を頭の中で自分に言い聞かせ、シャルメティエは巡回を再開した。

 「ん・・・?」

 その時、自分の周りに人が集まり出したことに気づく。どうやら彼女が街中にいることが物珍しいらしく、市民たちが騒いでいるようであった。

 シャルメティエはその容姿と年齢にそぐわない地位についていることから、市民からの人気も非情に高い。それゆえ、顔も広く知られているのだ。

 老若男女問わず、誰もが口々にシャルメティエのことを称えている。特に女性からの称賛が多く、彼女の歩く姿に見惚れている者も多い。

 いささか居辛くなったシャルメティエは急いで角を曲がり、その姿を横道へと消した。名残惜しそうな声が聞こえてくるが、追い掛けて来るような者はいないようだ。

 「ふう・・・」

 比較的人通りの少ない場所に出たことから、シャルメティエは一息吐く。

 そしてその時、すぐ隣から声が聞こえて来た。

 「う~ん・・・困ったなあ~・・・」

 見れば、料理人の恰好をした男性が1人、腕を組んで何やら悩んでいる。

 シャルメティエは騎士として、その男にすかさず声を掛けた。

 「どうかしましたか?」

 「うわ!」

 男はシャルメティエの存在に気付いてなかったのか、驚きの声を上げて軽く飛び跳ねた。その感情を表情に出したまま、彼女の方へ顔を向ける。

 「騎士様ではないですか・・・!びっくりした・・・!」

 「それは申し訳ありませんでした」

 シャルメティエは驚かせた事を素直に謝罪する。

 それで冷静さを取り戻したのか、男はシャルメティエの顔をじろじろと見始めた。失礼な反応であったが、怒る程のことではないと注意はしない。

 「何か?」

 「ああ!すいません!私、つい先日王都に来たんですけど、騎士様が珍しくて・・・。それにあなたのような美しい方も騎士団にはいるんだな、と・・・」

 シャルメティエは、その賛美に特別な感想を持たなかった。言われ慣れているとかではなく、外見から判断された評価など無意味と考えているからである。

 しかし、男がシャルメティエのことを知らないというのには思わず、王都で珍しい事もあるものだ、と考えた。直前に男が王都に来て日が浅いことを告げていたため、納得はしたが。

 「それで、どうしたのですか?」

 「え・・・?」

 「何やらお悩みのようでしたが。私で良ければ力をお貸ししますよ」

 その言葉に、男は満面の笑顔を浮かべる。

 「ほ、本当ですか!?」

 「民の力になるのも、騎士たる者の務めですから」

 加えて、シャルメティエは貴族でもある。それもその頂点と言える六大貴族だ。ならば困っている民を放っておくなど、その誇りが許さない。

 シャルメティエの誠意が表情から伝わったのか、男は話を始めた。

 「実は私、晴れて今日から王都で店を開くことになったんです。あ、手料理をお出しする店なんですけども。それで3日前から準備を始めていたんですけど、重要なことを忘れていまして・・・」

 「それで悩んでいた、と」

 他の街から来た者が、慣れない王都で右往左往しているようだ。

 料理人としての悩みとは一体なんなのだろうと、シャルメティエは考えを巡らせる。

 「まさか、食材の調達を忘れたとかですか?」

 もしそうであったならば自分に出来る事は何もない。力を貸すと言った手前、何とかしてあげたかったが、無理なものは諦めてもらうしかなかった。

 「いえ、それはさすがに大丈夫です」

 しかし、男の言葉はその考えを否定してきた。

 「では、どうしたと言うのです?」

 食材の調達に悩んでいない事に安心し、シャルメティエは男に問う。というか、始めからそうするべきであったと反省した。

 「実は・・・給仕をしてくれる人を探すのを忘れていまして・・・」

 「給仕?」

 要は食事を直接客の所まで届ける仕事をしてくれる人手が欲しい、との事であった。

 「はい。私1人で回そうかとも考えたんですけど、そんな事をしたら調理に割く時間が少なくなるじゃないですか・・・?料理人としてそれだけはしたくないな、と思いまして・・・」

 その心掛けを聞き、シャルメティエはいたく感心した。

 それゆえ、問題解決のためにすぐさま行動を起こそうとする。

 「なるほど、分かりました。では、誰か手伝ってくれる者がいないか探してきます」

 と言って、先ほど多くの人がいた通りに戻ろうとした。

 「あ!待ってください、騎士様!」

 しかし、それを男が止めてくる。シャルメティエは言われた通りに立ち止まり、男に用件を伺った。

 「なんですか?」

 彼女の問いに、男は言いづらそうにしながらも口を開く。

 「出来れば、騎士様にお願いしたいんですが・・・」

 「私に・・・!?」

 突然の申し出に、シャルメティエは驚きの声を上げた。その反応に、男はさらに申し訳なさそうにしながらも理由を話す。

 「はい・・・。恐れ多い頼みだとは思うんですが、騎士様ほどの美しい方でしたら、来てくださったお客様も喜ぶと思いまして・・・」

 男の言葉に、シャルメティエは顎に指を当てて、考える仕草を取る。

 給仕――つまりはメイドなのだが、そのような仕事を一度としてやったことのない自分が果たして役に立てるのだろうか、という疑問が残った。

 王城やホーラル家の屋敷にも多くのメイドがおり、それゆえシャルメティエもその仕事ぶりを観察した事があるが、決して容易くこなせるなものではないと思っている。

 主人のために塵一つ残すことなく掃除をし、物音立てずに食器を運ぶ。さらには自分の雇い主である者の恥にならぬように、その動きにも優雅さを求められるのだ。

 「嫌、とは申しませんが・・・。そのような経験がないもので、お役に立てるかどうか・・・」

 「大丈夫です!大丈夫!騎士様ほどの器量良しでしたら、立ってくれているだけでも絵になりますから!」

 男は必死にシャルメティエを説得してきた。

 「どれくらいの間、手伝いをすれば良いのですか・・・?」

 しょうがない、と思ったシャルメティエは、一応詳細を聞いてみる。もし長期間働かなければいけないような場合は、きっぱり断るつもりでいた。

 「今日明日だけで構いません!仕事内容もお客様の注文を伺って、私の作った料理を運ぶくらいで良いですから!あ、できれば食器を片付けるのも手伝っていただければ・・・!」

 男の要求は、とても簡単なものに聞こえた。

 それならば問題はないかと考えたシャルメティエは、

 「分かりました。今日と明日だけで良いのならば、貴方の店で働きましょう」

 と、了承の言葉を返す。

 「本当ですか!よかった~・・・!」

 男は安心したのか、脱力したようにその場にへたり込んだ。

 (そこまでの事か?)

 とシャルメティエは思ったが、おそらく男は小心者なのだろうと結論付けた。もしかしたら心細いために、頼もしい騎士として彼女にこのような話を持ち掛けたのかもしれない。

 「それではよろしくお願いします、騎士様!――あ、そう言えば名乗っていませんでしたね。私はユッテン=ウィップロッシュ。食事処『浪漫』の店長兼料理人です」

 そう言って、男――ユッテンは手を差し出してくる。

 「よろしくお願いします、ユッテン殿。私はフォートレス王国騎士団――の騎士、シャルメティエ・・・です」

 騎士団副団長と六大貴族であるという事は伏せておいた。

 それを知ったユッテンに態度を急変されても困る、と考えたからだ。

 「あ、私のことは『店長』と呼んでください。夢だったんですよ、そう呼ばれるの」

 何やら楽し気にユッテンはそう要求してくる。

 シャルメティエは苦笑いを浮かべながらも、

 「ならば、店長。よろしくお願いします」

 と言って、ユッテンの手を握った。

 これがどれほど名誉なことであるか理解していないユッテンは、すぐに手を離す。

 「それでは早速準備に取り掛かりましょう、シャルメティエさん!ささ、店の中に入ってください!」

 ユッテンに促されるまま、シャルメティエはすぐ近くにあった食事処『浪漫』へと足を運んだ。外見は一般的な家屋とそう大差ないが、店名の書かれた看板が設置されている。

 木製の扉を開けて中に入ると、食卓(テーブル)が5つ置かれているのが目に入った。それほど大勢の客を相手に商売をする訳ではないようだ。

 「ではシャルメティエさん、あちらに更衣室があるので給仕用の服に着替えてきてもらってもいいですか?」

 シャルメティエは今、鎧を身に着けてはいないとは言っても副団長の制服を着ていた。さすがにこのまま接客をするわけにはいかないと言うのは彼女も気づいていたので、拒否することもなく頷く。

 「分かりました。では、少し待っていてください」

 「開店にはまだ少し時間があるのでゆっくりでいいですよ。あと、鍵も掛けられるので、何かの間違いで開かないようにしておいてください」

 ユッテンの紳士的な発言に頷くと、シャルメティエは更衣室だと教えられた部屋への扉を開く。そこには机と小物入れ、それに姿見があった。

 扉を閉め、鍵を掛け、給仕用の衣装を探す。

 そして、それはすぐに見つかった。どうやらいくつかのサイズがあるようで、同じ柄のメイド服が3着ほど掛けられている。黒いワンピースに白いフリルの付いた、「メイド服と言ったらこれ」とでも言うようなものが用意されていた。

 「メイド服か・・・さすがに着たことはないな・・・」

 そう呟くシャルメティエであったが、いそいそと制服を脱ぎ始める。そして、手間取ることなく一番サイズの小さいメイド服を身に着けた。

 変なところはないかと、姿見で自分自身を観察する。

 「これは・・・少しスカートの丈が短いのではないか・・・?」

 彼女の記憶では、王城やホーラル家の屋敷で見掛けるメイドの服は地面すれすれまでスカートの丈が伸ばされていた。

 しかし今着用しているものは、膝上までしか丈がない。あまり肌を露出する服装をしたことがないため、何とも言えない違和感を覚える。

 そんな彼女の耳に、扉を叩く音が聞こえた。

 「どうですか、シャルメティエさん?サイズの合う物はありましたか?」

 「え、ええ・・・サイズは大丈夫なんですが・・・趣味に合わないと申しますか・・・」

 「ですよね・・・。すいません、予算の都合上そういう部分を削らなければいけなくなりまして・・・」

 そういう理由ならば仕方ないと、シャルメティエは諦めて扉を開ける。

 「うわあ・・・!」

 途端、ユッテンが感嘆の声を発した。

 「どうしました?」

 「あ、いえ・・・さっきのびしっとした格好から、そういう格好になった予想以上の変わり様にびっくりしまして・・・。失礼かもしれませんが・・・とても似合っていますよ!」

 確かに、貴族である者に向かって使用人の服が似合うというのは失礼な発言に当たるかもしれない。

 けれども目の前の男性はそれを知らないため、仕方ないとシャルメティエは考えた。

 「ありがとうございます。それで、まずはどういった仕事をすればいいのですか?」

 ユッテンの賛美を軽く受け止め、シャルメティエは仕事内容について問う。未だ彼女の給仕姿に見惚れていたユッテンは、はっとして(かぶり)を振った。

 「ああ、すいません!先程も言った通り、本当に簡単な仕事だけやっていただければ・・・!お客様の注文を取って、それを私に伝えて、作った料理を運んで、空いた食器を片付けてくれれば大丈夫です。お客様の見える所で調理をするので、案内や会計、食器洗いは私がしますから」

 そう言われて、シャルメティエは店内を見回してみる。入った時にも数えた食卓(テーブル)が5つ、それらに椅子が4つずつ備えられており、カウンターを挟んで調理場があった。

 珍しい構造だな、とシャルメティエは考える。ゆったりとした雰囲気にしたいのか、そこかしこに植物も置かれていた。

 「なるほど、理解した」

 戦士にとって戦場の地理を把握しておく事は必要不可欠。シャルメティエは給仕として、職場という戦場に出る自分の気を引き締めた。

 「あ、あと1つお願いがあるんですけども・・・」

 「何だ?」

 臨戦態勢に入ったことで顔と言葉が険しくなったシャルメティエに、ユッテンは恐る恐る声を掛ける。

 「出来れば、もっと可愛らしい笑顔でお願いします・・・。出会ってからそうなんですけど、シャルメティエさん・・・あまり優しく笑わないもので・・・」

 「笑顔・・・?」

 その言葉に、シャルメティエは首を傾げる。

 「それがそんなに重要なのか?」

 「それはもちろん!『お客様は神様』と言いますからね!そのような方たちをお迎えするのに、そんな怖い顔をしていたら失礼に当たりますよ!」

 『お客様は神様』、この言葉を彼女はどこかで聞いた覚えがあった。

 (そういえば、ムムル村のガドという商人が同じ事を言っていたな)

 かつてアンバット国との争いのために赴いた村での会話を、シャルメティエは頭の中で思い返す。

 (確かあの青年は、グレン殿のことをまるで神のように捉えていたな・・・)

 その言葉を思い出し、シャルメティエは自然と笑顔を作った。

 「そう!それです、シャルメティエさん!その笑顔ですよ!」

 それを見たユッテンが興奮気味に話す。

 シャルメティエは考えるのを止め、ユッテンに意識を戻した。

 「なるほど、分かりました。できるだけやってみましょう」

 「お願いします。それでは、私は調理の準備をしますので。シャルメティエさんは椅子に座って休んでいてください。開店までもうしばらく掛かりますので、飲み物でもお出ししますよ」

 「いえ、お構いなく」

 ユッテンの気遣いを断ると、シャルメティエは手近にあった椅子に腰かけた。

 (笑顔か・・・。接客というものは大変なのだな・・・)

 楽しくもないのに笑わなければいけないという状況に、シャルメティエは理解に苦しむといった顔をする。貴族として社交界に出たことはあるが、そういった場でも彼女は無理に笑う事はしなかった。

 (いや、それでも『お客様は神様』なのだ。それ相応の対応をしなければ、店長に恥をかかせてしまう。あの商人も、グレン殿のことを神のように慕っていた事だしな)

 その瞬間、シャルメティエの中にある方程式が生まれた。

 (待てよ・・・!グレン殿は神のように扱われる・・・そして『お客様は神様』・・・!という事は、これから来る客は全てグレン殿と同格に扱わなければいけないという事か・・・!?)

 それは、『グレン=神』かつ『客=神』つまりは『客=グレン』というとんでも方程式であった。

 「なんということだ・・・!」

 「どうしました、シャルメティエさん!?」

 シャルメティエの驚愕の声に、ユッテンも驚いて声を上げる。

 「あ、いえ、なんでもありません・・・」

 「そうですか・・・」

 そう言われ、ユッテンは自分の作業に戻った。

 (落ち着け・・・!私にとって今はここが戦場・・・!冷静さを欠けば即、死に――言うならば失敗か――に繋がりかねん・・・!)

 シャルメティエは目を瞑る。

 そして深呼吸をし、思考を整えた。

 (簡単なことだ。グレン殿が戦場に駆け付けてくれたら、私ならばどうする?それを考えればいい)

 目を瞑ったまま、腕と足を組み、シャルメティエはしばらくの間じっくりと考える。そしてある1つの結論を導き出すと、大きく頷いた。

 「よし」

 そう呟いたシャルメティエに向かって、ユッテンが声を掛ける。

 「シャルメティエさん。そろそろお店を開けるので、準備をお願いします」





 食事処『浪漫』、本日開店の新店だ。

 あまり人通りの多くない道沿いにあるため人目にはつかないが、それでも美味しそうな匂いは道行く人の興味を引く。

 そしてついに、初めての客が来店した。それは2人組の男であった。

 「いらっしゃいませ!」

 調理場から店主と思しき男の元気な声が飛んでくる。

 「お好きな席へどうぞ!」

 そう促されたため、男たちは出口に一番近い食卓(テーブル)に腰掛けることにした。

 「こんな店あったっけ?」

 「いや、知らんと思う。でも、当たりみたいだぜ」

 料理を味わってもいない男がそう言ったのには訳があった。

 男達は視線は、奥に待機している給仕に向いている。

 「うわ・・・!何あの子!?めちゃくちゃ美人じゃん!」

 「だろ!?こりゃいい店見つけちまったな!」

 興奮気味に話す男達は、給仕の姿をまじまじと見つめる。

 そして、ある人物のことを思い出した。

 「でもあの子、シャルメティエ様に似てなくね?」

 「やっぱそう思う?俺もなんとなくそう思ってたんだよ」

 「もしかして本物とか?」

 その言葉に、男たちは2人揃って苦笑した。

 「ないない。あの高貴な御方がこんな所で働いている訳がねえよ。もしあるとしたら理由を聞きたいね」

 「確かに。まあ、あるとしたら、困ってるようだから助けに、って感じか。それにしてもないけどな」

 男たちは互いに一頻(ひとしき)り笑いあうと、メニューを手に取った。

 「とりあえず、何か頼むか」

 「そうだな。じゃ、あそこにいるメイドさんに頼むか。――あ、すいませーん」

 そう言って男は、給仕――シャルメティエに向かって手を挙げた。彼女は軽く頷くと、男達の座る食卓(テーブル)に向かって歩いて行く。

 そしてその傍で腕を組み、仁王立ちの姿勢を取ると、こう言った。

 「なぜ来た?」

 「「・・・・・・・・・は?」」

 シャルメティエの突然の発言に、男たちは目を点にする。

 「貴方達が来てくれなくてもこの店はやっていける。むしろそうでなくてはならない。貴方たち抜きでもやっていけるようでなければ、ある意味がないのだ」

 突然説教を始めたシャルメティエに対して、ユッテンは慌てて声を掛ける。

 「ちょ、ちょっとシャルメ――」

 「店長は黙っていていただきたい」

 そういって睨み付けてくる彼女の眼力に押され、ユッテンは口を閉ざしてしまった。

 「ご理解いただけたか、グレ――お客人。我々をあまり甘やかさないでもらいたい」

 もし戦場にグレンが来たならば、自分ならこういった対応をするだろう。シャルメティエは自分の考えを見事に実践していた。

 ただ、それが接客として適しているかと言われれば――。

 「ふ、ふざけんな!なんだその態度!顔が良いからって、図に乗りやがって!」

 当然、こうなる。

 「おい!もう出ようぜ!」

 「あ、ああ・・・」

 そう言って、男達は席を立った。

 ユッテンは青ざめた顔をしながらそれを見つめるだけで、何も出来ないようだ。

 「なんだ、帰るのか?」

 「そうだよ!お望み通り帰ってやるよ!二度と来ねえからな、こんな店!」

 荒ぶる男はシャルメティエに向かって怒号を飛ばした。しかしその程度で彼女が怯むことはなく、今度は逆に優しく微笑みながら、こう言い返す。

 「そうか。貴方達がこの店を訪れてくれたことで、店の者の士気も上がったことだろう。その事に関してだけは、心から礼を言わせてもらう」

 「うっ・・・!?」

 先程までとは打って変わったシャルメティエの優しい言葉と笑顔は、的確に男たちの心を射止めた。彼らはしばらく身動き一つせず、その笑顔を見つめてしまう。

 「どうした?」

 そのため、不思議に思ったシャルメティエが2人に尋ねた。

 「あ、いえ・・・!なんでもない・・・です」

 先程まで激昂していた男が礼儀正しくなったことに、シャルメティエは不思議そうに首を傾げた。その仕草も魅力的で、男達は顔を赤くしてしまう。

 「お、おい・・・」

 「あ、ああ・・・」

 互いに言葉足らずな会話であったが心で通じ合ったのか、2人そろって再び席に着いた。

 そして、メニューを手に取ると、

 「あ、注文いいですか・・・?」

 と聞いてくる。

 「なんだ、結局残るのか。まあいい。そんなに居たいと言うならば、もはや何も言うまい。――店長!客が2人だ!」

 そう声を掛けると、ユッテンは安心したように大きく息を吐いた。

 「それで?何を頼むのだ?」

 再び男たちに顔を向けると、シャルメティエは注文を伺う。

 「全部・・・」

 「・・・なに?」

 「ここに乗ってるやつ、全部でお願いします・・・。あと、笑顔を1つ・・・」

 予想外の注文には流石のシャルメティエも慌ててしまい、ユッテンのもとまで向かった。

 「店長、メニューに載っている物全て寄越せと言ってきているが」

 「ええ!?全部!?別にいいですけど・・・。時間が掛かるから、それでも大丈夫かだけ聞いてきてください」

 男達もそれが目的だった。

 できるだけ長くこの店にいたい。そしてシャルメティエと一緒の空間にいたいと考えていたのだ。

 「分かった。あと、笑うよう注文されたのだが、それも代金をもらったほうがいいのか?」

 「ええ・・・!?」

 笑顔を頼む客なんて聞いたことがない。ユッテンは驚きの声を上げて、しばらく考え込んだ。

 そして考えをまとめると、こう告げる。

 「流石に、それでお代をいただく訳にはいかないですね・・・。シャルメティエさん、無償の奉仕になってしまいますが、お客様に笑顔を頼まれてもお金は要求しなくて結構です」

 「了解した」

 そう言って、シャルメティエは男達のもとまで戻っていく。

 「すまない、待たせたな。店長が時間を掛けてもいいのならば、その注文承ったと言っている。構わないか?」

 「はい、もちろんです!それで・・・笑顔の方は・・・」

 男は恐る恐るといった感じに聞く。

 しょうがないと溜息を吐いた後、少しの間を取り、シャルメティエはにこりと極上の笑顔を浮かべて見せた。普段笑顔を見せない彼女であったが、何も笑顔を作るのが苦手という訳ではないのだ。

 そして、それを見た男達は、

 (この店には毎日通おう・・・!)

 と心に誓うのであった。

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