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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
帝国の姫皇帝
22/86

2-11 討伐

 王城の4階には、アルカディア達に用意された来賓用の客室があった。

 天井に吊るされたいくつもの照明が部屋中を照らし、ふかふかの寝台(ベッド)はそこに泊まる者に充実した睡眠を約束してくれるだろう。

 しかし今、その部屋の中は明るさとは対照的な雰囲気に覆われ、寝台(ベッド)に眠る者は安息とは違った表情を浮かべていた。

 「大丈夫か、爺?」

 寝台(ベッド)に横たわる執事に向かって、椅子に座ったアルカディアが優しく語り掛ける。

 他国の暗殺者に襲われ負傷したヴァルジであったが、すでに王国の魔法使いによって治癒はされていた。しかし、大事を取ってもらいたいがため、アルカディアは彼を寝台(ベッド)に寝かせている。

 「申し訳ありません、陛下・・・」

 弱々しい笑みを浮かべながらヴァルジが謝罪した。

 それに対して、アルカディアは首を横に振る。

 「何を言うか。全てはお前を1人にした余の責任じゃ。気にすることはない」

 その言葉は彼女の本音であった。

 「そう言っていただけると、助かります・・・」

 ヴァルジは安堵したように笑うと、体を起こす。

 「駄目じゃ、爺。もう少し横になっていよ」

 それを止めようとアルカディアは執事に手を伸ばすが、それは静かに払い除けられてしまった。その対応に、彼女は少しばかり動揺する。

 「陛下・・・帝国に戻りましょう」

 そんな主に対し、ヴァルジは真剣な眼差しで主張した。

 「な、何故じゃ・・・?」

 先ほどの動揺を引き摺っていたため、アルカディアの声は少し震えている。その様子を気に留めるでもなく、執事は言葉を返した。

 「暗殺者の襲撃があったのです・・・!これ以上陛下の身を危険に晒すわけにはいきません・・・!一刻も早く帝国に戻って、安全を確保するべきです・・・!」

 ヴァルジの口調は力強い。それだけ彼女の身を案じているということなのだろうが、すぐに承諾する訳にはいかなかった。

 「だが、まだ余の計画が・・・」

 「陛下・・・!その計画とご自分の命、どちらが大事なのですか!?」

 言うことを聞かない子供を叱るように、ヴァルジは問い掛ける。

 その声に、アルカディアは怯えた様子を見せた。

 「よ、よせ・・・爺・・・!声を荒げるでない・・・!」

 アルカディアは怒号や殺気に弱い。

 それは幼い頃、皇族に反感を持った多くの国民から幾度となく罵声を浴びせられたことが精神的外傷(トラウマ)となっているからであった。玉座の間で、自身に向けられたわけではないのにも関わらず、グレンの殺気に過剰に怯えたのもこれが原因である。

 「も、申し訳ありません・・・!ですが、このままここに居れば陛下の命が危ういのではないかと、気が気ではなくて・・・」

 執事が慌てて発した弁明に、アルカディアは疑問を抱く。その言葉は、彼女の認識と大きく離れたものだったのだ。

 「どういうことじゃ・・・?警護の厳重さならば、王国の方が上であろう?」

 悔しいが、実際その通りであるとアルカディアは考えている。

 多くの兵士、立派な騎士団、さらには英雄までいる。帝国に帰るよりも、ここに居た方が安全である可能性は非常に高い。

 「王国が陛下の命を狙っていなければ、ですが・・・」

 ヴァルジの言葉に、アルカディアは思わず立ち上がっていた。

 「な、何を言うか!?王国が余の命を狙っているだと!?そのような事、あるわけがなかろう!」

 彼女の声は大きく、部屋の外まで聞こえているのではないかと思えるほど。そのためヴァルジは口に指を当て、「静かに」という意を示す。

 アルカディアは椅子に座り直し、再び執事の意見を否定した。

 「馬鹿を言うな、爺。我らがどれほど丁重にもてなされたか、忘れたのか?」

 声を落としたアルカディアであったが、その言葉は否定を明確に宿していた。それに対し、ヴァルジは少し間を置いてから答える。

 「確かにそうです。ですが、全ての者がそうであるとは限りません」

 アルカディアのものよりもさらにはっきりと、ヴァルジは語った。

 「お忘れですか、陛下?帝国は15年前まで、王国と争っていたのですよ?その恨みを抱えている者がいないはずないではないですか」

 執事の無慈悲な言葉に、アルカディアは動揺する。

 けれども、その通りだと納得もできた。

 王都における歓迎を受けて、王国にとって戦争などとうに忘れ去られた事だと思っていたが、そのような事あるわけがない。

 多くの者が死に、多くの者が悲しんだのだ。その恨みをアルカディアに向けようと考える者が生まれても、おかしくはなかった。

 「で、では・・・あの暗殺者は・・・?」

 「あの時は王国の者がいたため言葉を濁しましたが、おそらく・・・この国の人間かと・・・」

 アルカディアは脱力したように項垂れる。自分がいかに楽観的に物事を捉えていたか、思い知ってしまったのだ。

 「なんという・・・なんということじゃ・・・余は・・・余は・・・」

 愚か者だ、と自嘲するよりも先に、執事が声を掛ける。

 「帰りましょう、陛下。今すぐに・・・」

 すぐには決断を出せず黙り込んでしまうアルカディアであったが、ややあって小さく頷いた。それを確認してから、ヴァルジは寝台(ベッド)から立ち上がる。

 「それではその旨、伝えて参ります」

 そう言って、老人は部屋から出て行った。残されたアルカディアはただ1人、自国の犯した罪の重さに胸を痛めるのだった。





 ヴァルジを王城に運んでからしばらくした後、グレンはアルベルトの部屋にまで呼ばれていた。非常事態であったため、王城に待機していた彼はすぐに駆け付ける。

 一応の礼儀として戸を叩きはしたが、返事は待たず、友人の部屋の扉を開けた。

 「やあ、グレン。よく来てくれた。君には今から皇帝陛下を襲った賊の隠れ家に向かってもらう」

 部屋に入ったと同時に、アルベルトが唐突な指示を出してくる。

 その不躾な対応に、グレンは友人の状態を察した。

 「珍しいな。お前がそこまで苛立っているとは」

 そう言われ、アルベルトは驚いたような表情をした後、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

 「あ・・・すまない・・・。いや、さすがはグレンだ。確かに僕は今、少々機嫌が悪い」

 グレンは友人に近づきつつ、その表情を窺った。

 アルベルトは彼とは違った意味で感情を表に出さない。笑顔を浮かべることは多々あるが、怒りや悲しみなどの激しい感情は隠すことを常としていた。

 それが王国騎士団団長としてなのか、それとも彼の性分なのかは分からないが、グレンは評価に値することだと考えている。

 しかし今、それが覆っていた。

 表情こそ冷静さを保ってはいたが、先程の発言の中でアルベルトは怒りを露わにしている。他の誰にも分らない、長年の付き合いだからこそ理解できる事であった。

 「どうした?」

 その理由を、グレンは問い質す。

 「そうだね・・・君には、愚痴を零してもいいかな・・・」

 聞かれたアルベルトの表情が、次第に悲しいものへと変わっていった。友人のこのような顔を見た覚えがグレンにはなく、話を聞く姿勢にも力が入る。

 「グレン、僕はね・・・王都だからと油断して街中の監視を強化しなかったこと。それによってアルカディア皇帝陛下を危険にさらしてしまったこと。それ以前に、賊を王国内に入れてしまったこと。そして何より、それに気付けなかった自分自身に腹が立って仕方がないんだ・・・」

 どうやら、王国騎士団団長としての責任を感じているようであった。

 それ自体は素晴らしい心構えであったが、グレンは否定するように(かぶり)を振る。

 「それは背負いすぎだ、アルベルト。お前とて万能ではない。全てを見通すことなど、できるわけがないだろう」

 その慰めの言葉に、アルベルトは軽く微笑む。

 「ありがとう、グレン。君が親友で、本当に良かった」

 感謝の念とともに、自身の中にある怒りが収束していくのを感じられた。

 しかし、今度はグレンの中に怒りの火が灯る。友の怒りに当てられたのだろうか。

 「それで、皇帝陛下を襲った奴の隠れ家はどこだ?」

 血生臭い依頼はあまり受けたくないグレンであったが、その怒りから今回ばかりは積極的になれた。彼の催促を受けて、アルベルトは机の上に地図を広げる。

 グレンも、それを覗き込んだ。

 「先ほど捕らえた者の証言によると、ここにあるようだ」

 アルカディアが打ち倒し、兵士によって牢に入れられた暗殺者はすぐに尋問を受けたようであった。その尋問には当然暴力が伴っていたのだろうな、とグレンは考える。

 王国にだって、綺麗ではない部分はあるということだ。

 可哀想だとは微塵も思わなかったが。

 「近いな」

 アルベルトが指差した位置を確認し、グレンが呟く。

 その場所は王都からそれほど離れていない山の中であった。

 「大体2、30人程度の組織ということだ。アルカディア皇帝陛下に注意が集中するのを見計らって、ここに隠れ家を作ったらしい」

 倒すべき相手の位置と戦力を聞き、これならば今日中に片が付きそうだとグレンは考える。その意思が伝わったのか、アルベルトが満足気な笑みを浮かべた。

 「頼んだよ」

 「ああ、行ってくる」

 友人の言葉にそう返すと、グレンは扉へと向きを変えた。

 その直後、視界に収めたそれが勢いよく開かれる。

 「アルベルト殿!」

 声を荒げて部屋に入って来たのはシャルメティエであった。後ろにはチヅリツカも仕えている。

 「アルカディア様が賊に襲われたというのは本当ですか!?」

 アルカディア襲撃の件を聞き、ここに駆け付けたようであった。

 「その通りだよ、シャルメティエ嬢」

 「ご無事なのですか!?」

 アルベルトの肯定に、今度は慌てた様子のチヅリツカが問う。

 それには、現場にいたグレンが答えた。

 「無事だ。賊ならば皇帝陛下が無傷で倒した」

 「ア、アルカディア様が・・・?」

 アルカディアの強さや装備について知らないチヅリツカは、当然ながら戸惑いの声を漏らす。同様にシャルメティエも疑問を覚えたようだが、そう言われては納得するしかないと異論を口にしなかった。

 「グレン殿がいたならば大事ないだろうとは思いましたが、まさかアルカディア様ご自身で退治なされたとは・・・」

 「中々にいい拳を放っていた。身に着けた装備も、並大抵の魔法道具(マジックアイテム)ではなかったな」

 「そう言えば・・・グレン様とアルベルト様はアルカディア様のお召し物を魔法道具(マジックアイテム)と見抜いていらっしゃいましたが、お二人は何故そうだとお気付きになったのですか?」

 グレンとアルカディアが初めて会った時の会話を思い出し、チヅリツカが尋ねる。

 魔法道具(マジックアイテム)は通常、見た目だけでそれと判断することはできない。しかし、目の肥えた者ならば可能であるという噂もあった。

 彼女は今までそのような者に出会ったことはなかったが、熟練の職人ならば一目で見抜くことができると言う。ならば、この2人はそれほどの鑑定眼を持っているということなのだろうか。

 「いや、僕はグレンに便乗しただけだよ」

 しかし、アルベルトは自身の発言について何の根拠もなかったことを白状した。ではグレンは、と皆の視線が集まる。

 「俺の場合は・・・皇帝陛下にも言ったんだが、趣味が高じてという感じだな。何となくだが、それが魔法道具(マジックアイテム)かどうかが気配で分かるようになった。効果も強弱くらいは判断できる。もちろん詳細は分からないが」

 彼の知られざる特技に、その場にいる者は感心しているようであった。

 「まあ、そんな事はどうでもいいだろう。今は、皇帝陛下を襲った賊の隠れ家に向かわなければ」

 「――はっ!そ、その通りです!おそらくそのような話になるだろうと思い、我々はここに来たのでした!」

 アルカディアの無事を知って弛緩した気持ちを締め直し、シャルメティエは言う。

 「アルベルト殿!賊の討伐に、我々も参加させていただきたい!」

 騎士団団長に向けられた彼女の目には力がある。それを見て、拒否しても付いてくるのだろうな、とグレンは思った。

 しかし、アルベルトは首を横に振る。

 「シャルメティエ嬢、君には別の任務がある。アルカディア皇帝陛下を帝国まで送り届けてほしい」

 「ということは・・・アルカディア様はお帰りになられるということですか!?確か、滞在予定期間は2週間ほどだったはずでは・・・!?」

 言いながらも、シャルメティエはその理由を理解していた。それでも、折角親交の深まった人物が去ってしまうというのは寂しいものである。

 その原因が自分たちの不手際だとしたら、尚更つらいだろう。それ故、このような発言をしてしまった。

 チヅリツカも同様の気持ちであるため、2人そろってアルベルトを見つめる。

 「聡明な君達が理解していない訳はないだろうけど、敢えて言わせてもらうよ。アルカディア皇帝陛下は、王国における御自身の身の危険を感じて御帰還なさる」

 それは、2人が予想していた答えであった。

 しかしだからと言って、その事実に何も感じないわけはなく、彼女達は悲し気に顔を伏せる。

 「何という恥さらし・・・!フォートレス王国騎士団の名が廃る・・・!」

 シャルメティエは歯を噛み締め、拳を強く握って悔しさを露わにした。

 「起こってしまったことを悔いても仕方がないよ、シャルメティエ副団長。今は少しでも汚名を雪ぐよう行動しなければ」

 先ほど自身も悔しさを口にしていたアルベルトであったが、今は騎士団団長として冷静に部下に接しなければならなかった。そのためシャルメティエを『副団長』と呼び、気を持ち直させようとする。

 彼女が部下であるチヅリツカの前で感情を露わにしたのは、その若さと性格ゆえか。

 「そうですね・・・アルベルト殿の言う通りです。――了解しました。我が部隊はこれよりアルカディア様の護衛に付き、無事帝国まで送り届けて参ります」

 それでも、すぐに副団長としての振る舞いを取り戻す。そして言うが早いか、シャルメティエは頭を下げると颯爽と部屋を出て行った。

 チヅリツカも同様に頭を下げてから、静かに部屋を後にする。

 「それではアルベルト、俺も行ってくる」

 「あ。そうだ、グレン。言い忘れていたよ。国王から言伝があるんだった」

 扉に向かおうとしたグレンに対して、アルベルトが声を掛ける。

 国王からの言葉であるため聞かなければならないのだが、アルカディア襲撃の際に何もしなかった自分に対する揶揄(からか)いの言葉なのではないかと、グレンは少しばかり身構えた。

 「ただ一言――『潰せ』、だそうだ」

 その言葉を聞いた瞬間、彼はふっと笑みを零す。

 それもまた、あの国王らしい台詞だと言えた。

 「了解した。では、行ってくる」

 「よ~し、行きましょう~」

 ふいに、別の人物が会話に入ってきた。2人して声のした方へ顔を向けると、部屋の入口にポポルが立っているのを目にする。

 「ウェスキス殿ではないですか。まさか貴女も討伐に向かってくださるんですか?」

 「当然よ~。アルちゃんに~悪さした連中を~懲らしめちゃうんだから~」

 アルベルトの問いに、ポポルは依然見せたように力こぶを作りながら満面の笑みで答える。

 「さ~行くわよ~、グレンちゃん~」

 そう言って、ポポルはそそくさと歩き始める。突然の展開に戸惑いつつも、グレンは彼女の後を足早に付いて行った。

 その光景を見ながら、アルベルトは思わず呟く。

 「これは・・・恐ろしい二人組だな」

 王国最強の英雄グレンと王国最高の魔法使いポポル。ポポルが戦場に出ることがなかったため、叶うことのなかった2人の共闘が今ここに実現した。

 アルベルトはちらりと地図に目を移す。

 もしかしたらこの地図を書き換える必要が出てくるかもしれないと、本来ならばする必要のない心配をしながら。







 王都ナクーリアの大門を通って、グレンとポポルは外へと至る。

 「ウェスキス殿はここで待っていてください。馬車を呼んで来ます」

 自分1人だけならば走って目的地に向かうつもりだったのだが、ポポルにそのような事ができるわけがないため、グレンは馬車で移動しようと言っていた。

 「あら~、別にいいわよ~。グレンちゃんに~運んでもらうから~」

 「運ぶ、とは・・・?担いで行けと・・・?」

 ポポルの提案にグレンは疑問の声を漏らす。流石に女性に対してそのような真似はできなかったし、したくなかった。

 「違うわよ~。グレンちゃん~、ちょっとしゃがんでみて~」

 言われたグレンは不思議そうに片膝をつく。

 すると、ポポルが彼の背中をよじ登り始めた。

 「ウェ、ウェスキス殿・・・!?」

 戸惑うグレンに構わず、ポポルは山頂にまで登り詰めると、その首に跨るように座る。

 要は肩車であった。

 「さあ~行くのよ~、グレンちゃん~。風の如くよ~」

 目的地とは全く違う方向を指差す彼女に呆れてしまうが、グレンは指示通りにするため立ち上がる。

 「きゃ~!高~~~い!」

 「ウェスキス殿、これは遊びではないんですよ」

 その苦言に、ポポルは頬を膨らませた。

 「そんなこと~分かってるわよ~。さあさ~、行って行って~グレンちゃん~」

 耳を引っ張りながらの言葉であったため、本当に理解しているかは謎であった。けれども立ち止まっているわけにもいかず、グレンは小さな溜め息を吐くと、ポポルの足を優しく掴む。

 「落ちないように気を付けてください」

 「は~~~い」

 その返事を聞いた瞬間、グレンは全速力で駆け出した。

 あまりの速度に「きゃ~!速~~~い!」と騒ぐポポルの声を聞きながら、一直線に目的地を目指す。





 30分後、グレンとポポルは賊の隠れ家と思われる場所に辿り着いていた。

 隠れ家とは言っても洞穴を改造して作ったような住処であり、防衛力はないに等しい。しかし、隠れるには打って付けの場所ではあった。

 見張りが立っているため、すぐにそれだと分かってしまったが。

 「あそこですね。では、行きましょう」

 「ちょっと~待って~、グレンちゃん~。その前に~準備をしなきゃ~」

 大太刀を抜き放とうとするグレンに向かって、ポポルが声を掛ける。

 一体何をするのかと不思議に思ったが、大太刀の柄から手を放し、彼女の行動を見守った。

 「――『探査(スキャン)』~」

 ポポルは賊の隠れ家に手の平を向けると、3段魔法『探査(スキャン)』を発動させた。

 『探査(スキャン)』は対象の構造を把握するために用いられる魔法であり、錬度が高くなればなるほど調べられる対象の大きさも増加する。

 しかし、本来は建物などの大き過ぎる物質を対象にした魔法ではない。それでも、ポポルならばそれが可能であった。

 もし、魔法錬度の設定に「6以上」があったならば、彼女のそれは「10」を超えていただろう。他にそのような魔法使いがいないため、実装されることはないが。

 「ふ~ん~、なるほどね~」

 洞穴内部を全て見渡したポポルが呟く。

 「結構~出口が多いみたい~」

 「なるほど・・・逃げられたくはありませんね」

 「よね~。でも~、そこは~ど~んと~私に~任せなさ~い。グレンちゃんは~あそこから~中に攻め入ってくれれば~いいわ~」

 「分かりました。よろしくお願いします」

 ポポルを信頼しているグレンは詳細を聞かずに立ち上がる。

 そして、見張りの立つ入口へと向かって行った。

 「ああん!なんだ、てめえ!?」

 彼の姿を見て取った見張りが、即座に威嚇の声を上げる。それと同時に、腰に差した剣を抜き放っていた。

 「痛い目みたくなかったら、消え――」

 しかし、見張りの言葉はそこで終わる。一気に接近したグレンによって、首を刎ねられたのだ。

 ぱちぱち、と遠くでポポルが拍手をする音が聞こえる。戦場に出ることのない彼女であったが、こういった場面には幾度となく出くわしているため慣れていた。

 軽く一礼を返すと、グレンは大太刀を鞘に納め、賊の隠れ家に入っていく。それを見届けたポポルは、自身も動き出すことにした。

 「さて~、始めると~しますか~」

 先ほど調べた隠れ家の構造はしっかりと記憶している。目の前にある大きな入り口を除けば、他の逃げ道は9本だ。

 まずは、それを全て潰す必要がある。

 「――『光の雨(ライトレイン)』~」

 魔法を唱え、ポポルは手の平の上に小さな光の塊を形成した。

 5段魔法『光の雨(ライトレイン)』は、まずこういった手順を踏む。続いて、ポポルはそれを頭上へと放り上げた。

 小さな光の塊はゆっくりと上昇していき、頂点まで達したと思われた瞬間、爆音を轟かせて弾ける。

 弾けた光球は9つの流星となり、洞穴の周りに着弾。流星の数と同様の爆音が順に鳴り響き、そこにあった隠れ家の逃げ道全てを破壊しつくした。

 あとは、グレンが中にいる連中を倒すだけだ。仮に討ち漏らしたとしても、出入り口は1つ。その時は自らが相手をすればいい。

 「さあ~、どうなるかしら~?」

 ポポルは近くにあった大きめの石にちょこんと腰を掛けると、じっと出入り口を見つめた。





 グレンは振り下ろされた剣を躱すと、即座にその持ち主を切り伏せる。

 「がは・・・・っ!」

 どさっ、と音を立てて倒れ伏した男は、それ以降動かなくなってしまった。

 そのような状態の者たちが、グレンの後ろには何人も転がっている。洞穴内ということもあり、気分を害するほどの血の匂いが充満していたが、彼は一向に気にしなかった。

 ただ無言で、奥へ奥へと進んで行く。

 先ほど爆音が響いたことはグレンも当然気づいており、そこからポポルが賊の逃げ道を完全に塞いだことも理解していた。

 それ故、彼は焦らない。

 もともと戦場で焦るような性格ではなかったが、今回ばかりは誰一人として逃がしたくないという思いから迅速に行動せねばと考えていた。しかし、ポポルの援護によってその考えも変わり、今はなるべく標的を見逃さないようにゆっくりと移動をしている。

 仮に逃したとしても対処してくれるだろうという確信はあったが、それでもあまり彼女の手を煩わせたくはなかった。後で揶揄われるかもしれないのだ。

 「な、なにもんだ、てめえ!?」

 また1人、賊がグレンと相対する。

 聞かれた問いには答えるつもりなどなかった。ただ、呆れてはいた。

 先程から会う者会う者、全てがまずこういった質問をしてくるのだ。そんなことをする暇があったら攻撃して来い、とグレンは思わず説教してやりたくなっていた。

 (む、いかんな・・・。トモエ君を指導したせいか、そういった癖がついてしまったか・・・?)

 などと思いながらも、賊を斬る。

 また1つ、死体が増えた。

 (それにしてもなんて歯応えのない。本当に王都に侵入し、皇帝陛下を襲った奴の仲間か・・・?)

 油断していたとは言え、あのアルベルトが敷いた警戒網がそう易々と破られるわけがない。

 ならば相当な手練れが揃った組織がアルカディアを狙ったのだろうなと考えていたのだが、そのような者は誰一人としていなかった。

 不思議に思いながら更に進むと、少し広い場所に出る。そこには椅子や食卓(テーブル)が置かれており、先程まで飲んでいたのか酒瓶が大量に空けられていた。

 酔っていたせいで弱体化していたのかとグレンは考えたが、手練れならばそのような状態になることをまず避けるはずだ。

 (では――ん?)

 思考を巡らせようとしたその矢先、ふいに視界の端に人影を捉える。その者は隠れるように、食卓(テーブル)の陰に座り込んでいた。

 賊か、と思い大太刀を振ろうとするグレン。しかしその人物の顔を見た瞬間、思わず両目を見開いた。

 「あなたは――!」

 洞穴の中で、彼の驚きの声が反響する。




 グレンが攻め込んだ洞穴には今、賊の生き残りが3人いた。その者たちは仲間が殺されていく中、唯一残った出口へと我先に向かった者たちである。

 息を切らせ、後ろを振り返ることもなく、ついに日の光を目にする。

 しかし、走る速度を緩めない。安心できるのは、あの化け物から完全に逃げ切ったと確信できた時だけであった。

 それは3人に共通した決意であり、会話をせずとも理解し合っている。

 だがそれにも関わらず、先頭を走っていた者の動きが急に止まった。

 「おい、何してんだ!死にてえのか!?」

 そのすぐ後ろを走っていた男が、止まった男の肩を力強く押す。しかし、先頭の男はそれ以上前へ進まなかった。

 「壁だ・・・」

 「はあ!?」

 「壁があるんだ・・・」

 先頭の男は何もない空間に手を当て、一心不乱に探っている。しかしその手はある所で止まってしまい、それより先には行かなかった。

 不思議に思った他の2人も同様の行動を取るが、これまた同じくそれ以上前へ進まない。

 「なん・・・だ・・・これ・・・!?」

 隠れ家の出入り口からわずか1mの所で、男達は何もない空間に阻まれていた。

 後ろからあの化け物が今にも這い出てくるかもしれない。その恐怖に、男たちは騒ぎ出す。

 「おい・・・!おい!なんだよこりゃ!?どういうことだ!?」

 「俺に聞かれても分かるわけねえだろうが!」

 「やべえ、やべえよ・・・!」

 「あら~、結構逃がしちゃったのね~」

 そんな慌てふためく男たちとは対照的な声が、彼らの耳に届く。

 錯乱のあまり視界に収められなかったのか、男たちの目の前には、いつの間にか1人の少女が立っていた。

 「なんだ・・・!?このガキ・・・!?」

 その言葉に、少女は頬を膨らませる。

 「まあ~、口の悪いこと~。これでも~3人の子供が~いるのよ~」

 少女のその言葉を男たちは信じなかった。というよりも、聞いていなかった。

 「おい、ガキ・・・。この見えない壁は・・・お前の仕業か・・・?」

 その言葉に、少女は満面の笑みで答える。

 「そうよ~」

 少女――いや、ポポルが隠れ家の出入り口に仕掛けた魔法は、『わくわくシャッター』という名前であった。これは彼女が独自開発した未公表の魔法であり、そのため魔法段位が設定されていない。

 その魔法の効果は「術者以外を通さない壁を発生させる」というものであった。その形も自由に変えることができ、今は洞穴の出入り口をすっぽりと覆うように形作っている。

 そのため、ポポルに質問をしてきた男以外の他の2人がどこかに抜け穴がないか探しているが、一向に見つかる気配がなかった。

 「悪いことは言わねえ・・・。今すぐ、ここを通しやがれ・・・!!」

 凄みを利かせて言われたが、それでポポルが怯むわけもなく、男を平然と見つめ返す。

 「人に~ものを頼むときに~そんな汚い言葉を~使っちゃ~ダメでしょ~」

 まるで子供に言い聞かせるような口調で、ポポルは大の大人を諭した。

 それが気に食わなかったのか、男の形相が憤怒に染まっていく。

 「このくそガキ!!いいから出しやがれっ!!ぶち殺され――」

 「ば~ん」

 男の言葉を遮るように、ポポルが声を発する。

 それと同時に向けられた彼女の右手は、親指と人差し指が伸ばされ、それ以外の指は曲げられている形になっていた。何かを模しているわけではないが、それには明らかな攻撃の意思が宿っている。

 その結果、男は爆発した。

 音を立てて倒れた彼の体には上半身がなく、残された下半身も真っ黒に焦げている。傷口が焼け爛れているため出血はしていないようだが、人肉の焼けた不快な臭いが見えない壁の内側に充満した。

 しかし、それを他の2人が知覚することはない。

 「ああああああああああ!」

 「熱いいいいい!あづいいいいい!」

 今、他の2人はその全身を炎に包まれていた。

 先ほど放たれた魔法の余波を浴びたせいである。

 「あらあら~、ごめんなさいね~。今~、治してあげるからね~」

 そう言って、ポポルは地面を転がり回る2人の男に『大回復(ハイヒール)』を唱える。たちまち男たちに纏わりついていた火が消え、傷も完全に癒えていった。

 「はあ~、相変わらず~ダメみたいね~・・・」

 溜め息と愚痴を零しつつ、ポポルは落ち込む。

 実を言うと、彼女は魔力放出量の調整が苦手であった。そのため――精一杯抑えたとしても――過剰な威力を伴った魔法を放ってしまい、戦場では敵だけでなく仲間も巻き込んでしまうのだ。

 しかも段位の低い魔法になればなるほど、その傾向は顕著に現れる。

 それをポポルも自覚してはいたが、周りには「なぜかそうなってしまう」と言っていた。得意分野における欠点というものは、得てして教えたくないものなのだ。

 「一応~『火の玉(ファイアーボール)』の~つもりだったんだけど~」

 誰に言うともなく、ポポルは言い訳をした。

 本来、8級魔法である『火の玉(ファイアーボール)』に人体を損壊させるほどの威力はない。せいぜいがひどい火傷を負わせられる程度なのだが、ポポルが唱えれば威力は桁違いのものとなるのだ。

 また、彼女は先ほど魔法名を唱えず『火の玉(ファイアーボール)』を発動させた。

 基本的に魔法は魔法名を唱えることで発動精度が上昇する。これは、魔法名を口にすることでその魔法の姿を頭に思い浮かびやすくさせ、発動の手助けをしているからであった。

 魔法に『玉』や『槍』など、何かを模した物が多いこともそれに関連している。

 魔法は『魔と名の結晶』と言われるほど、魔法名との繋がりが重要視された。

 しかし、今回ポポルはその繋がりを完全に無視してでさえも『火の玉(ファイアーボール)』を放っている。王国最高の魔法使いにとって低級魔法とは、わざわざその姿を頭の中に思い描く必要がないほど自然に扱えるものなのだ。

 しかも、彼女の中で低級魔法とは1級以下を指す。もしこのことを他の魔法使いが知ったら、己との才能の差に憧憬か絶望を抱くことだろう。

 それに気付いたわけではないが、残された2人の男はポポルに恐怖の眼差しを向けていた。

 「これでも~、ご近所さんでは~『優しくて可愛い奥さん』で~通ってるんだけどね~」

 男たちの恐怖に気付いたポポルが、優しい笑みを浮かべながら語り掛ける。

 「でも~、優しいだけじゃ~母親は務まらないわ~。時には~、悪い子を~叱らなきゃいけないのよ~」

 男達には目の前の少女が何を言いたいのか理解できなかった。いや、理解しようと頭を働かせる余裕もない、と言ったほうが正しいか。

 「あなたたちは~良い子~?それとも~悪い子~?」

 しかし、ポポルのその一言で男たちは理解する。

 つまり、先ほど殺された仲間は彼女に『悪い子』と判断されたため、お仕置きされたのだ。それが多少行き過ぎた結果、死に繋がっただけなのだ。

 ならば、どうするか。

 答えは簡単だ。ポポルに『良い子』だと思ってもらえば良い。

 「良い子・・・です・・!」

 「そうです・・・!良い子です・・・!」

 涙目になりながらも、男たちは懸命になって答えた。

 言外に「殺さないでください」という想いを込めながら。

 「そう~、よかったわ~」

 ポポルは人を殺めることがあまり得意ではなかった。

 それでも必要と判断したときは容赦なく行動に移すし、それを後悔したこともない。ただ、殺さなくて済むならばそれでいいと考えていた。

 そのため満足気な笑みを浮かべると、再び石の上に腰掛ける。

 そしてその時、洞穴の中からグレンの声が聞こえてきた。

 「ウェスキス殿、こちらに来ていただけますか!?」

 その声に男たちはびくっと身を震わせる。

 目の前の女性に気を取られていたが、隠れ家の中にはもう1人怪物がいたのだった。男達はそれから逃げるためにここまで走ってきたのだ。

 しかし、進行方向は別の怪物に塞がれている。絶対に敵わない相手から絶対に逃げられないこの状況。

 それでも男たちは泣き崩れない。下手に行動を起こせば、ポポルに『悪い子』と判断されかねないからだ。

 「はいは~い、今行くわ~」

 グレンの呼びかけに答えたポポルはぴょんと立ち上がると、見えない壁を抜けて男たちの間を素通りして行く。今まで手が出せなかった相手がすぐ間近に来ていたが、男たちは身動き一つ取らなかった。

 そんな事をしても殺されると、2人とも理解していたのだ。

 「あ~、そうそう~」

 洞穴の中に入ろうとしたポポルが足を止め、満足げな笑みとともに振り返る。

 「あなた達には~色々と~聞きたいことがあるから~、そのまま~良い子で~待っててね~」

 ひらひらと手を振る彼女に向かって、男たちは辛うじて頷いて見せた。

 そして、ポポルの姿が見えなくなった瞬間、2人そろって正座をする。これが、彼女の帰りを待つに相応しい姿勢だと思ったのだ。

 男達はすでに成人していたが、その姿はまるで、恐怖という揺り籠に入れられた赤子のようであった。

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