2-2 学院の乙女たち
フォートレス王国の首都ナクーリアには、一般層向けの学院が1校、富裕層向けの学院が2校存在している。
前者はアセット学院と言い、後者はエスタブ学院と聖マールーン学院という名であった。
富裕層向けの学院が2つある理由として、王都ナクーリアに貴族や富豪が多く住んでいるという点と、聖マールーン学院が女子校であるという点が挙げられる。
学院の生徒数は大体が1学年300人程度であるが、聖マールーン学院に関してはその約1/3の120人程度であった。これも、聖マールーン学院が女子校であるためだ。
聖マールーン学院は、娘に悪い虫がつくのを嫌った親のために用意された、と言っても過言ではない学び舎であった。
その管理は徹底されていて、まず教職には女性か既婚の男性しか就くことが許されていない。もし仮に男性教師と女子生徒の恋愛が発覚した場合には、即座に解雇と退学が言い渡される手筈となっている。男性教師には、離婚というおまけも付いてきた。
また、部外者が学院の敷地内に入るには許可証が必要で、その許可証を手に入れるのにも一苦労である。
誓約書への署名、度重なる質疑に素行調査。特に部外者が男性の場合には、厳重にそれらが執り行われた。
いざ学院内に入れたとしても、すぐそばには監視の目。お手洗いなどの私的な場所を除いて、最低でも2人の教師が、男性の場合には3人の教師が常にその目を光らせている。
そんな学院に在籍する生徒達は正に乙女であった。
紺色の制服に身を包んだ姿は麗しく、整えられた髪を揺らしながら歩く姿は風に揺れる花のよう。学院からは優雅でたおやかな笑い声が聞こえ、彼女らには「姦しい」という言葉は無縁であるように思われた。
そんな乙女の園の中等部に、エクセリュート=ファセティア=ローランドは在籍している。1組20人という教室において、エクセは自分の席に座っていた。
今は全ての授業が終わり、あとは教師からの連絡事項を待つという状態である。
「はあ・・・・」
そのような、学生にとって退屈な時間の終わりと至福の時間の始まりを待つだけの段階において、エクセは深い溜息を吐いた。
「どうしちゃったの、エクセ?最近ずっと溜め息ばかりじゃない?授業の時も上の空だったし」
そう聞いてきたのは左後ろの席に座るエクセの友人、ミミット=クリシュプ=リンベールであった。
波打つ長い金髪がふわふわとしており、碧い瞳が高貴な印象を与えてくる。ミミットはこの学年において1位の学力を誇っている才女であり、エクセとは学院に入ってからの付き合いだ。
体力に関しては少々難ありではあったが、魔法使いであるために大した欠点ではなかった。
「実習が終わってからずっとだよね。なんかあったの?」
次にそう聞いてきたのは、後ろの席に座るトモエ=カリクライムである。
トモエは学力こそ大した成績ではないが、体力順位は堂々の1位であった。短刀2本を主武器として用いる剣士である。
黒髪を短くまとめており、機動力に自信のありそうな体格をしていた。
「ミミットさん・・・トモエさん・・・」
そんな2人の気遣いに対して、エクセはそう返すことしかできなかった。
「やっぱり駄目っぽいわね」
「でも、さっきの授業で教師に当てられた時はこの状態で答えてたしな~。私なんて教科書見ても分かんなかったのに」
「あんたの方が駄目じゃない、それ」
すぐ傍でそう囁く2人の会話も、エクセには届いていなかった。少女の頭の中は、ある人物のことで一杯だったのだ。
(グレン様・・・)
そう、グレンのことである。
エクセはアンバット国戦の戦勝パーティを抜け出した後に彼と出会って以来、一週間も再会がないことに気を沈めていた。
何故そのような事態になったのかと言うと、グレンが勇士としての依頼を次々に受けてしまうため、王都にいる時間が限りなく少ないからである。勇士管理局の受付嬢であるメーアに頼んで知らせてもらおうにも、その時に限って学院で授業を受けていることばかりで、エクセは悔しい思いをこの一週間何度もしてきた。
「あ、そうそう。実習と言えば、エクセの実習の教官ってあの英雄グレンだったんでしょ?それと何か関係があるの?」
ミミットから発せられた『グレン』という言葉に、エクセはぴくっと反応した。
「そうそう、同じ剣士としては私もぜひご同行願いたかったな~。武器は違うんだけどさ」
エクセは、グレンとの実習について父親以外に話をしていない。
実習中はあれだけ人に話したいと思っていたのにも関わらず、だ。
これは、エクセが実習での出来事を自分とグレンだけの思い出にしたかったからである。本当は父であるバルバロットにも話したくはなかったのだ。
実習の場にはリィスもいたが、最後の最後であったため例外とした。
「で、実際はどうだったの?」
ミミットにそう尋ねられるが、エクセは口を閉ざしたままである。そんな状態の友人が珍しく、2人は顔を見合わせた。
「ちょっとこれどうしようもないじゃん。どうしたらいい、プリンちゃん?」
「私にも分からない――って、プリンちゃんって何よ!?」
「ミミット=クリシュ『プ=リン』ベールだから、プリンちゃん。可愛くない?さっき思い付いたんだけど」
「それじゃあ、うちの家族みんな『プリンちゃん』じゃない!だいたい『プリン』って何よ!?」
「さあ?でも響きが可愛いでしょ」
2人がここまで騒ぐのはとても珍しいことであった。それもこれもエクセを元気づけようとしてやっていることなのだが、効果は現れないようだ。
「ねえ、エクセもそう思うでしょ?『プリン』って言葉、可愛いと思わない?」
これでは効果が薄いと思ったトモエは、無理矢理にでもエクセを会話に引きずり込もうとする。
「そう・・・だね・・・」
しかし、エクセは未だ上の空。
困り果てた2人であったが、ここにきてエクセがこんな状態になった理由に関して、興味ではなく不安が込み上げてくる。
「ねえ・・・エクセ・・・」
ミミットが恐る恐るといった感じに声を掛けた。
「もしかしてなんだけどさ・・・実習の時に・・・グレンに襲われた、とか・・・?」
ミミットもトモエも、エクセの魅力的な体型については重々承知していた。むしろ同性ということもあってか、世の男どもが見れない部分までしっかりと確認済みである。
だからこそ、エクセが男と2人きりで遠出をしたと知った時は戦慄もした。
特に騒ぎにはならなかったため事件は起こっていないと思っていたが、もしかしたら口止めをされているだけかもしれない。そう思い至ったのだ。
しかし、この言葉にエクセは顔を上げた。
「グ、グレン様はそのような方ではありません!」
決して大声ではなかったが、最近聞いた中で一番力の込められた声であった。2人は心の中でにやりと笑い、ここを好機とばかりにエクセを揶揄い始める。
「あ、敬語が出た」
「はい、罰金5000レイズ~」
エクセは基本的に2人に対しては敬語を使わない。
始めは敬語で会話をしていたのだが、それに不満を感じた2人から禁止されたのだ。
ただし、敬語を使ったからと言って本当に罰則金が発生するわけではない。これは親が商人であることから、冗談を言う時によく金を絡めた発言をするトモエの癖である。
「あ・・・う・・・ごめん」
「別に謝ってもらうほどのことではないけどさ~。少しは友人の身を案じてる私たちの気持ちも汲んで欲しいもんだよ。ねえ、プリンちゃん?」
「あんた、それ気に入ったわね・・・。でもまあ、確かにトモエの言う通りよ。エクセがそんな状態じゃ、こっちまで調子狂っちゃうもの」
「ごめん・・・」
「で、やっぱり実習のことなの?ここ最近おかしい理由はさ。そこだけ教えて!後は私たちの方で勝手に妄想するから!」
トモエは両手を合わせて懇願した。
そんな友人に対して、エクセは軽く頷きながら答える。
「・・・・うん」
「ほうほう、そうですかそうですか。ん~~~~、何があったと思います、ミミットさん?」
「そこは『プリンちゃん』じゃないんだ・・・。まあ、どう考えても英雄グレン絡みなのは、確かだと思うのよね」
エクセは再び『グレン』という言葉に反応した。
「で、エクセのさっきの反応を見るに、どうやらグレンに一目置いているらしいのよ。前々から憧れだと言っていたのは知っていたけど、別にここまでの反応は見せなかったわ。つまりは実習で何かがあって、それによってエクセの中でグレンという存在が大きくなったという訳ね」
ミミットの推理に、トモエは「うんうん」と頷く。
「つまりは、惚れちゃったってこと?」
そのいきなりな発言に、ミミットはくすくすと笑った。
「流石にそれはないでしょう?ねえ、エクセ?」
笑いながら視線を向けると、エクセの顔が耳まで真っ赤になっているのを目にする。
しばらくそれを黙って見ていた2人であったが、ゆっくりと視線を動かし、互いの顔を見合わせた。
そして、次第に意地の悪い笑顔になっていき、
「え~~~~!嘘!?本当に!?本気!?本気なの!?」
「確かグレンって30歳超えていたよね!ってことは倍!?ないわーーー!」
と騒ぎ立てた。
言葉では否定的な2人ではあったが、それは本心ではなく、単にエクセを揶揄いたくてそう言っているだけである。
しかし、その言葉にエクセは2人の方を向き、声を上げた。
「愛に歳の差なんて関係ありません!」
叫んだエクセは友人達がにやにやと笑みを浮かべているのを目にすることで、自分が失言をしたことを察する。そして、ゆっくりと居住まいを正すと、さらに顔を赤くして俯いてしまった。
「また敬語が出たわね~」
「はい、罰金合計10000レイズになります」
そう揶揄う2人であったが、再び黙ってしまったエクセを見て、ミミットだけは真剣な面持ちに戻る。
「でもまあ、何もなくて良かったわ。本気で心配しちゃったもの」
「いや、何もないわけではないでしょ。エクセが惚れた理由がそこにはあるんだから。という訳で、そこんとこちょっと教えてくれない~?」
「ちょっと、トモエ!これ以上は止めときなさい!」
「ええ~いいじゃん、いいじゃん。友達に好きな人の話くらいしてくれたっていいじゃん~」
トモエにそう言われ、エクセは微かだが2人を見るように振り向いた。
その顔は変わらず赤く、そして瞳は涙で潤んでいる。2人は、そんな友人に思わずときめいてしまった。
そして理解する、これが恋する乙女の顔なのだと。
そんなエクセであったが、トモエの言葉を受けて決心したのか、実習で起こったことについて話を始めた。とは言っても全てではなく、グレンの紳士的な所作と圧倒的な強さについて、掻い摘んで話した程度ではあるが。
「――え・・・嘘?『真空斬り』って、本当にできるの?」
「いやいや、私も同じ剣士だから小さいころ試しにやってみたけど、無理だよそんなの。今だって、魔法で強化されたとしても絶対無理。てか、サイクロプスを秒殺って・・・。確かサイクロプスって一軍に匹敵するんだよね?」
これに、ミミットはこくりと頷く。
「教科書にはそう書いてあるわ。この前のアンバット国との戦争にもサイクロプスが投入されて、死にかけたってうちの兄も言っていたけど・・・。え、じゃあ、兄が言っていたグレンの活躍も本当なの・・・?」
グレンは、先のアンバット国との戦争において10体以上のサイクロプスを瞬く間に倒している。
興奮冷めやらぬといった感じの兄からその話を聞いた時、ミミットは全く信じようともしなかった。おそらく頭を打って、記憶が曖昧なのだろうと考えたのだ。
しかし、エクセからもそれを裏付けるような証言が出てきたとあっては話は別である。この友人が嘘や不確定な話を、こんなに真面目に話す訳がない。
「う~ん・・・で、そのあまりの強さと紳士っぷりに惚れこんじゃったと?」
事の真偽はさておいて、トモエは今一番重要だと思えることを聞いた。
エクセはこの質問に小さく頭に振る。
「え?違うの?」
「強いから・・・じゃないの・・・。頼もしいから・・・なの」
違いの良く分からないトモエは首を傾げる。
「グレン様といると・・・ほっとする、っていうのかな?グレン様だったらどんな困難にも打ち勝つような・・・そんな頼もしさが――」
好き、とは言えなかった。
友人とは言え、さすがに言いづらかった。
「好き、だと」
代わりにミミットが言ってくれる。
「大人の包容力ってやつなのかね~」
そして、トモエがそれを分かりやすい言葉で表してくれた。
「にしたって、出会って数日でそこまで想えるってすごいわね」
「だって・・・憧れの英雄様が・・・予想以上で理想通りの方だったんだもん・・・」
「理想通りね~・・・。エクセの趣味にケチを付けるわけじゃないんだけど、私はあの顔が苦手かな~。ちょっと怖いもん」
「私は話にしか聞いたことないけど、顔とか腕とか傷だらけなんだっけ?まるで山賊みたいな外見だって聞かされたわよ」
その言葉に、エクセは2人をきっと睨む。
「グレン様の傷はこの国を守った証なの!それに外見が怖くても、心はとても紳士なんです!」
珍しくエクセが怒っているのが分かったため、2人は慌てて謝罪をした。
「ごめんごめん、悪かったって」
「ごめんね、エクセ。悪ふざけが過ぎたわ」
2人にそう言われたエクセは、はっと我に帰る。
そして、途端に申し訳なさそうな表情をした。
「あ・・・私の方こそ、ごめんなさい・・・」
3人して気まずい雰囲気に黙っていると、丁度良く教師が教室に入ってくる。先程まで立ち話をしていた他の生徒達も、全員席に着く。
「それでは皆さん。今から帰りの連絡会を始めます」
教卓についた女教師がそう言って、1枚の紙を取り出した。
「皆さんも御存知の通り、今年はエスタブ学院との合同実習があります。必修科目ですので、特に理由がない限りはちゃんと参加してください」
教師のこの言葉に、教室中の全生徒が嫌な顔をした。エクセもあまり良い顔をしていない。
その理由は、エスタブ学院が共学であり、その7割ほどが男子生徒で構成されているからだ。
普段親交のない同い年の男子と一緒に授業を受けると言うだけでも快くないが、なにより嫌なのはエスタブ学院の男子生徒が言い寄ってくることであった。
これは先輩たちから話を聞いているため、例年のことであると中等部の生徒は皆知っていた。
エスタブ学院の男子生徒にしてみれば、今まで出会えなかった女子とお近づきになれるということで積極的に恋仲になろうと考えるのだ。特に聖マールーン学院に所属する女学生は美人揃いだと噂されているため、そのやる気も一入である。
加えて、今年はそのやる気にさらに拍車を掛ける存在がいた。
六大貴族の一人娘であり、類まれなる美貌を持つエクセである。
もし上手いこと彼女と恋仲になれたのならば、将来は逆玉の輿になる可能性が高い。それ以前に、エクセほどの少女ならば自分のものにしたいと望むのが普通だろう。
彼女にその自覚はないが、ミミットとトモエは何としてでも友人を魔の手から護ろうとひそかに誓い合っていたりもする。
「実習開催日もつい先ほど決まりました。3日後ですので、学院の恥にならぬようそれまでの鍛錬を怠らないようにしてくださいね」
そう言って、教師はその書類を教卓の上に置いた。これを連絡会終了の合図だと生徒は思ったが、どうやら違うようだ。
「そしてもう1つ。合同実習に関する話なんですが、実はそれまでの間に御指導していただく特別講師の方をお招きしています」
この言葉に、生徒たちはざわめき出す。
「はい、静かにしてください。と言いますのも、エスタブ学院と比べ、我が学院は魔法使いや弓使いの成績に関しては勝っているのですが、どうしても剣士などの近接専攻に関しては劣ってしまいます。あ、気を悪くしないでね、トモエさん。向こうは男子が多い分、仕方のないことだから」
トモエは、この教室にいる生徒の中で唯一の近接専攻である。やはり学生の全てが女子であるため、剣士などの体力が必要な分野は避けられる傾向にあった。
「――ですので、学院長が近接専攻の全体的な向上を図りたいと仰いまして、この度外部から腕の立つ方を1人、臨時にお招きしたという次第なんです」
教師が言い終わると、トモエが素早く手を上げる。
「先生!どなたがいらっしゃるんですか?」
自分を指導してくれる人物なのだから、その詳細を知りたくなるのは自然であった。その代わり、他の生徒はあまり関心がないようである。
「騎士団副団長シャルメティエ様――」
「ええええ!?あのシャルメティエ様!?」
エクセもそうであったが、シャルメティエは基本的にどの女子生徒にとっても憧れの対象であった。同じ近接専攻の者ならば尚更である。
ちなみに、シャルメティエも聖マールーン学院を卒業している。
「――だったんですけど、急遽予定が入ったとのことで別の方に来ていただきました」
「えーーーーーーーー!!」
声を上げたのはトモエだけであったが、教室中に失望の念が充満していた。
「こら、トモエさん、失礼な事を言ってはいけませんよ。代わりと言っても、あのシャルメティエ様がご推薦なさった方なんですから」
「じゃあ~、どなたなんですかあ~?」
完全に意気消沈してしまい、机に突っ伏してしまっているトモエが聞く。そんな生徒に対し、教師は何やら意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「聞いて驚くより、見て驚いてもらった方がいいですね。ちょうど学院内を案内していた所だったんですけど、先生、帰りの連絡会のことをすっかり忘れてしまってて。今、廊下でお待ちいただいているんですよ」
教室の生徒全員が「道理で遅いと思った」と心の中で呟いた。
教師は先ほど入ってきた扉を開けると、廊下へと出て行く。扉が閉められたため会話を聞き取ることは出来ないが、臨時の講師が渋っているのか少し手間取っているようであった。
それでも話はついたらしく、教師が再び教室に戻ってくる。
「はい。では、皆さん。こちらが合同実習までの間、近接専攻を受け持ってくださる特別講師の方ですよ」
教師にそう紹介されて入ってきたのは、身の丈2mほどもある大男であった。
鍛え抜かれた屈強な体つきは、生徒達からすれば恐怖すら感じる程。優雅な学院内に似つかわしくない軽装をしており、露出した顔や腕には無数の古傷が見える。決して長くない黒髪もぼさぼさで、その顔はまるで山賊か盗賊といった所であった。
その男が姿を見せた瞬間、何人かの生徒が小さな悲鳴を上げる。
だがその中で1人、その人物を親愛の情を持って見つめる者がいた。
「ちょっとエクセ、あれって――」
トモエがその人物について聞こうと声を掛けるよりも前に、エクセは席を立って駆け出していた。
「グレン様!!」
グレンと呼ばれた人物は、エクセの存在に気付くと少々驚いた様子を見せる。
しかしエクセは構わず、そのままの勢いでグレンに抱きついた。彼の腹のあたりに、かつて感じたことのある柔らかい感触が伝わってくる。
「ああ、グレン様・・・!お久しぶりです・・・!ずっとお会いしたいと思っておりました・・・!」
言いながら、少女はグレンの体に頬を寄せた。
「私、1週間という時間がこれほど長いものだとは思いもしませんでした・・・。何故、もっと早く会えなかったのでしょう・・・?これからはもっとお会いすることができますか、グレン様・・・?」
エクセはそのままの姿勢でグレンを見上げる。
しかし、彼は固まったまま動く気配がない。
「グレン様?」
普段ならば何かしらの対応をしてくれるはずなのだが、と。グレンの微動だにしない姿を見て、エクセは不安を覚えた。
もしかしたら自分のことを忘れてしまったのかもしれないなどと、不吉なことまで考えてしまう。
けれどもそんな少女に向かって、グレンはゆっくりと口を開いた。
「エクセ君・・・とりあえず、席に戻ろうか・・・」
「席?」
グレンにそう言われ、エクセは思い出す。そうだ、ここは教室だった、と。
「こほん」
教師のわざとらしい咳払いに、エクセはゆっくりとそちらに顔を向けた。
「エクセさん、あなたが実習を通してグレン様と親しくなったことは十分に分かりました。でも、ここは学院内です。そのような行動は慎んでくれると、先生としても助かります」
そして次に、ゆっくりと他の生徒の方へ顔を向ける。
生徒たちの表情は様々で、驚いている者、顔を赤くしている者、にやにやと笑っている者などがいた。ミミットとトモエは、にやにやどころではない笑みを浮かべている。
「あ・・・!あ・・・!あ・・・!」
エクセの口から声にならない声が発せられる。
おそらく今までグレンが見た中で一番顔を赤くした少女は、そのまま身動きを取ろうともしなくなってしまった。
仕方がないといった感じの反応を見せた教師が、エクセの背中を押してなんとか席に座らせることに成功する。そして再び教卓にまで戻ってくると、グレンの方へ腕を広げた。
「こちらはかの有名な英雄、グレン=ウォースタイン様です。グレン様には明日から合同実習までの間、近接専攻の臨時顧問として指導していただきます。グレン様、何か仰っておきたいことはありますか?」
急にそう振られるが、何も考えていなかったため、
「よ、よろしく・・・」
とだけ言った。




