1-10 計画
後日、グレンはアルベルトに呼び出された。
何やら話したいことがあるらしいとの事だったので、急いで王城まで出向く。
メイドに案内されたアルベルトの部屋の前では、警護の騎士たちがより一層気合いの入った礼を見せてきた。おそらく、先日のグレンの活躍を聞いたのだろう。
彼らの間を通り、扉を開けて部屋に入る。
そこにはアルベルトともう1人、エクセの父――バルバロットの姿があった。
「バルバロット公・・・!?どういうことだ、アルベルト?」
机に座ったままのアルベルトに問う。バルバロットはその隣に座っていた。
「まあまあ。とりあえず座ってくれ、友よ」
この間見たときは6つあった椅子が、何故か3つになっている。
あちらに2つ、こちらに1つ。自然、グレンは2人と対面するように座ることとなる。
(まるで面接だな・・・)
かつて兵士になるために受けた試験について、グレンは思い出した。あのときは上手く話せなかったが、この2人ならば問題はないだろう。
グレンが椅子に腰かけると、アルベルトが口を開く。
「まずは先日のアンバット国との戦争における君の活躍に対して、騎士団団長として感謝を述べたい。グレン=ウォースタイン殿、誠に感謝いたす」
そう言いながら頭を下げてくるアルベルトに、グレンは苦笑いを浮かべた。
他の者が居るならば分かるが、ここには旧知の間柄しかいない。そのような場で改まるような男ではないことを、グレンは知っていた。
「どうした・・・?」
「続いてこちらが――」
グレンの動揺を無視して、アルベルトは続ける。
椅子の傍に置いてあったのか、今度は大きな金貨袋を取り出した。それを机に置くと、中の金貨が大きな音を立てる。
「国からの報奨金だ」
一体いくら入っているのか。
グレンだけならば、これだけで何年も暮らしていけそうな金額がそこには入っているように思えた。しかし、彼はそれの受け取りを拒否する。
「いらん。あれはエクセ君に依頼されてやったことだ。報酬ならば、彼女からすでに貰っている」
その時の勇士管理局待合室におけるやり取りを思い出し、グレンは顔が赤くなりそうになったが、なんとか耐えた。
「そうか」
そう言って、アルベルトはあっさりとその金貨袋を下げる。
一体何がしたいのか、グレンは友人の行動に疑問を持った。
加えて、先程から一言も話さないバルバロットも奇妙であった。普段の彼であるならば、戦争の話が出た段階で猛烈な勢いで疑問をぶつけてくるからである。
敵の数は、場所は、戦術は、お前はどのような戦いぶりを見せたのだ、と。
しかし、バルバロットは未だ腕を組んだまま黙っているだけであった。自分が知っているいつもの2人と違うことに、グレンはやや尻ごみをする。
「それでは次に。グレン、君に質問をしたい」
金貨袋を下に降ろしたアルベルトが、今度はそう切り出してくる。グレンは更に身構えた。
「この国にとって君がどのような存在であるのか、それをどう捉えているのか教えてくれ」
良く分からない質問ではあったが、グレンは一応考えてみる。
そしてやっとのことで出した答えがこれだ。
「勇士・・・」
この台詞に、2人は深い深いため息を吐いた。
何故馬鹿にされているのか分からず、グレンは戸惑ってしまう。
「グレン、君はこの国にとって自分がどれほど重要な存在か分かっていない。君のおかげでこの国が護られていると言っても過言ではないんだよ」
アルベルトのその言葉に、グレンは疑問をぶつける。
「この前の会議の時もそのような事を言っていたが、俺には全く身に覚えがない。確かに15年前の戦争では、俺もそれなりに活躍はした。しかし、15年前だ。もはや過去の栄光と言ってもいい。それがなぜ今も国を護っていることになる?」
その言葉に、アルベルトは待ってましたとばかりに続けた。
「いいかい、グレン。15年前の戦争が終わるまで、我がフォートレス王国は度重なる戦争を他国と繰り広げてきた。大体2年に1度だ。1回の戦争に最低でも2カ月掛かっていたことを考えると、これは大変な負担だった。それが今やこの15年間1度もない。これは何故だと思う?」
自分の疑問には答えてもらえなかったが、それに結びつけるための質問なのだろうと思い、グレンは答える。
「平和条約が締結されたからだろう?」
15年前のルクルティア帝国との戦争終結後、フォートレス王国は周りに存在する多くの国々と平和条約を締結してきた。例外として、奴隷制度のあるアンバット国があったが。
「では、君は平和条約の中身を見たことがあるかい?」
「いや、ないが?」
グレンは素直に答える。そんなもの、上の人間が知っていればいい。
「実はね、結ばれた条約は平和条約とは名ばかりの、王国側にとって都合がいいことしか書かれていないんだよ。普通ならば絶対に承諾しないくらいのね。今回のアンバット国にしてもそうだ」
戦争終結後、王国はアンバット国に多額の戦争賠償と奴隷制の廃止、さらに平和条約締結を求めた。始めは白を切っていたアンバット国ではあったが、その後なぜか全てを承諾したのだ。
「これはね、君のおかげなんだよ」
「なに・・?」
確かにグレンは先の戦争で、王国側に勝利をもたらす呼び水となった。しかし、アンバット国との交渉には一切関わっていない。
何を言われているのか、彼には全く理解できなかった。
「どういうことだ、アルベルト?」
グレンのその疑問に、アルベルトは誇らしげに答える。
「渋るアンバット国側に対して僕らが言ったのはたった一言。『これ以上白を切るようならば、英雄グレンをそちらに向かわせる』、とね」
つまりは自分を脅しの種に使ったのか、とグレンは納得した。国のためになるのならば、どのような扱いをされても構わないと思っていたためそれでも良いのだが、まだ分からない。
「それがどうすれば俺が今も国を護っていることと繋がるんだ?」
平和条約締結のきっかけになったことは分かった。
しかし、他国が王国に侵攻してこないのはその平和条約があるからであろう。ならば、今王国を護っているのはその条約のはずだ。
グレンはそう考えた。
「グレン。先程も言ったけど、この条約は王国側にとって都合のいいことばかりなんだ。それも、すぐにでも破ってしまいたいくらいのね。でも出来ない。何故だと思う?」
グレンは眉間に皺を寄せて考える。
「王国に非難されるからか・・・?」
その答えに対し、2人は再び深い深いため息を吐いた。
「グレン、それならば始めから侵略行為なんてしないよ」
アルベルトのやや呆れた声に、グレンは少々むっとしながら言う。
「ならば、はっきりと言ってくれ。俺が考えることを苦手としていることくらい、知っているだろう?」
その言葉に、仕方がないといった風にアルベルトが答えた。
「どの国も君が怖いんだよ」
「・・・なに?」
アルベルトのその言葉にバルバロットは大きく頷き、グレンは首を傾げる。本人が不可解といている光景は、可笑しなものがあった。
「どの国も君が怖い。だから条約を護るしかない。単純な話さ」
アルベルトはあっさりと言ってのけるが、グレンはまだ納得していなかった。
「いや、だが、何もそこまで恐れることはないだろう?俺とて、ただの人間だ」
この台詞には2人とも、本気で言ってるのかこいつ、といった風に顔を見合わせた。
「そこまで言うともはや謙遜ではなくて嫌味だよ、グレン。ただでさえ人間離れした強さを持つ君があの鎧を纏うようになってから、帝国側はどうなった?壊滅的な打撃を何度も浴びて、ついには国が崩壊する一歩手前まで行ったじゃないか」
確かにそんな事を、当時のアルベルトやバルバロットは言っていた。けれどもすんなりと受け入れるには、突拍子もない事に聞こえてしまう。
「う・・・む・・・だが・・・・しかし・・・」
「分かった分かった。君は納得しなくていい。だが、これだけは覚えておいてくれ。君という英雄がいるからこそ、王国は平和を保てているのだということを」
そう言うとアルベルトは手を叩く。
「さて、そこで本題だ」
「まだ何かあるのか?」
いい加減頭が回らなくなってきたグレンであったが、構わずアルベルトは問い質す。
「グレン、この平和を長い間維持するにはどうすればいいと思う?」
今までのアルベルトの言動を踏まえて、彼は答える。
「俺が・・・長く生き続ける・・とかか・・・?」
この答えに、アルベルトは指を鳴らした。
「間違いではない!だが、君の先程の言葉を借りれば、君とて人間だ。いつまでも生きていられるわけではない。さらに言えば、他国の脅威と認識される時間も、持ってせいぜいがあと20年って所だろう」
グレンは50代になった自分を思い浮かべようとしたが、疲れた頭では無理だったので諦めた。
「そこで君には、次世代のためになる事をしてもらいたい!!」
「・・・・・・・・・なに?」
友人の言葉が抽象的すぎて、グレンには何をすればいいのか分からなかった。それを理解しているとでも言わんばかりに、アルベルトは流暢に語り出す。
「会議でシャルメティエ嬢も言っていたが、我々はいつまでも君に護られてばかりではいけないと考えている。できれば、今後君には国同士の諍いには参加して欲しくない。まさか斯様な事で彼女と意見が一致しているとは、思いもしなかったよ」
シャルメティエに言われた時も辛かったが、アルベルトにそう言われると一層辛かった。
「しかし、諍いに参加しないからと言って君のすることがないわけではない。君は自分のことを、戦うことしかできない、みたいに考えているようだが、それは違う。君ならばできる――いや!君にしかできないことがあるんだ!」
しかし続く言葉でそう言われ、グレンは嬉しくなる。
確かに、彼は自分を戦う以外価値のない人間だと思っていた。しかし、この友人は違ったのだ。
こんな自分に対して、別の価値を見出してくれている。流石はアルベルト。
グレンは心の中でそう賛美した。
「やってくれるか!?」
「ああ・・・・国のためになるのならば、何でもやってやる」
この言葉に、アルベルトは満面の笑みを返す。
強大なモンスターの討伐か、貴重な魔法道具の探索か、はたまた要人暗殺か。結局戦うことしか考えられなかったが、とりあえず血生臭いことならば断わろうとグレンは考える。
ああ言っといてなんだが、『何でも』とは言葉のあやなのだ。
「そうか、そう言ってくれるか。ならば――」
グレンの承諾を受け、アルベルトは考え抜いた妙案を発表する。彼の声が発せられた時、グレンにはそれ以外の音が消え去ったように感じられた。
なぜならば――
「――子作りに励んでくれ」
――と、言われたからである。
そしてその直後、グレンの顔面の全ての身体機能が停止した。
目を動かすことも、瞼を動かすこともしない。辛うじて呼吸はしているようであったが、それでも固まったままである。
「君のことだ、おそらく思考を停止させてしまっているだろう。だからこそ都合がいいので続けさせてもらうが、君にはぜひ次世代の戦力となる子供を作ってもらいたい。それもたくさん」
(こいつは・・・何を・・・?)
「分からないかい?つまりは君の能力を受け継いだ優秀な人材を大量に確保したいってことなのさ。そうすれば、君がいなくなったとしても他国の脅威は王国に残り続けることになるからね。もちろん、君の子の母親となる人物も優秀な人物であれば文句なしだ。一応何人かには目星を付けているから、ぜひその方たち全てと関係を結んでほしい」
(だが・・・王国では・・・一夫多妻は・・・)
「その点については大丈夫!国王に今回の計画をお伝えした所、『俺以外の男が複数の女をはべらかすのは気に食わねえ。だが、グレンならば別だ』と仰ってくださった」
(なん・・・だと・・・)
「ちなみに君のことだ、すぐには手を出すことはないだろうと思い、若めの女性を選ばせてもらった。若ければそれだけ子供を産む機会も増えるしね。一応、君に依頼した実習の件もそれに関係している」
(まさか・・・エクセ君も・・・?)
「あ、言っておくけど、エクセリュート嬢はこの話を一切知らないから。純粋に君との実習を勧めた所、喜んで受けると言ってくれたんだ。いや、君に若い女性に慣れてもらおうと思ってね。ただ、聞くところによると、それ以上の成果が出たようだが」
そう言って、アルベルトは横に座るバルバロットを見る。
「うむ。お前との実習後、かつてのお前の活躍についてしつこく聞いてくるようになった。まるで幼い頃のようにな。まったく、我が娘ながら仕方のない奴よ」
そう言ったバルバロットの顔は、嬉しくてたまらないと言った感じの笑顔であった。
「少々若すぎるきらいもあったため、エクセリュート嬢は君との婚約候補には入れていなかったが、彼女も優秀な人物であることに変わりはない。ウェスキス殿からは、君がエクセリュート嬢に対し並々ならぬ想いを抱いているという報告も受けている。そこでバルバロット公にお伺いした所、快く承諾してくださったのさ」
「エクセを第一夫人として扱うのならば良かろう。もしお前がそうしないのであれば、あいつは一生誰にも嫁がせん」
何やら不穏なことを言い出した。
「なぜ今こんな話を切り出したかというと、今回のアンバット国との戦争で君の重要性が再確認できたからなんだ。ならば君が将来の伴侶を見つけるのを気長に待つよりも、君自身に計画を打ち明け、協力してもらおうと思ってね」
そこでアルベルトは少々頭を巡らせ、その後大きく「うん」と頷いた。
「さて!言いたいことはこれで全部だ。もうそろそろ君の思考回路も動き出す頃だろう」
言いながら、アルベルトは意地の悪い笑みを浮かべ、バルバロットを見る。
「ところでバルバロット公、グレンはまずなんと言ってくると思いますか?」
「そうだな・・・さしずめ『馬鹿を言うな!』と言った所か」
「なるほど、いい線だと思います。ならば僕は『ふざけるな!』にしておきますか」
楽しそうに話す2人は、これまた楽しそうにグレンを見る。
「さあ、グレン。好きなだけ叫んでくれ。あ、ただし窓ガラスは割らない程度で頼むよ。ここは3階だし、何より高いんだ、あれ。――さ、バルバロット公」
「うむ」
そう言って、2人は揃って耳を塞ぐ。
瞬間、グレンの『ふざけるな!』と『馬鹿を言うな!』が混ざり合った怒号と、窓ガラスの割れる音が城中に響き渡った。
後にその雄叫びが『英雄の咆哮』と呼ばれたとか、呼ばれなかったとか――。




