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「殿下とローズマリー様の婚約解消手続きが本日受理されました」


 執事からの事務的な報告を受けた午後、さっそくマリアンヌのもとへ顔を出した。最近やたらと思い悩むことが多く精神的にまいっていた。だからこそ早く婚約して落ち着きたい。俺が選んだ道は間違いではなかったと実感したかった。


「マリアンヌ!やっと婚約出来るぞ!」


 マリアンヌが使っている城の一室に入るや否や彼女を抱き締めそう告げた。マリアンヌだって待ち望んでいたはずだ。正式な婚約者になれば城内をもっと自由に動ける。これで彼女の悩みも少しは軽くなるはずだ。


「あの、殿下…」


「ん?どうしたマリアンヌ?」


 腕を離して彼女の顔を除きこむ。マリアンヌは眉を下げ、泣きそうな瞳で俺めを見た。


「私、やっぱり婚約出来ません!」


「…へ?」


「この一週間、王妃指導を受けていて思ったんです。やっぱり私には王妃なんて荷が重すぎます!もちろん殿下のことはお慕いしておりますけれど、結婚となると話は別と言うか、かと言って愛人は嫌ですし、とにかく、私は王妃になれるような器ではないのです!他にもっと相応しい方がいらっしゃると思います。例えば、ローズマリー様とか…」


 その後マリアンヌが何を話していたのかは覚えていない。何もかもが想定外過ぎて、呆然としている間にマリアンヌは足下の大きな荷物を持って出て行っていた。

 取り残された部屋で一人がけのソファに倒れこむように座る。振られたのか俺は。人生で初めての失恋、というより、誰かを好きになったこと自体初めてだった。辛い。胸にぽっかりと穴があいたような気分だ。ぼんやりと天井を見上げながら、昔からよく知る一人の少女の姿を思い浮かべる。ローズマリーもこんな気持ちだったのだろうか。いや、彼女は婚約解消を告げた時、とても清々しい笑顔だったか。俺はもうとっくに愛想を尽かされていたのだ。




 事の次第を伝えると陛下は額に手をつき大きく息を吐いた。言葉には出さないが、俺に失望していることだけはよくわかる。失望されて当然だ。懇意にしていたレンベルト公爵の娘と勝手に婚約解消し、その上恋人には逃げられる。部下からの信頼はないし、王子としてあるまじき身勝手な行動。今まで息子の俺に甘かった父ではあるが、こうなると罰則は免れないだろう。

 頭を下げたまま陛下のお言葉を待つ。しばらくして、陛下は重々しく口を開いた。


「お前の王位継承権をしばらく降格させる。そして先日我が領地となったアルカナへ行き、開拓の指揮を取れ。成果が出るまで継承権の復活も王都に戻ることも許さん」


 覚悟はしていたが、罰則の重みにゴクリと唾を飲む。アルカナは先の戦で勝利した際に占領した領地だが、小さな村があるだけのど田舎だ。しかし山に囲まれた地形は敵に攻められにくい為、東の防衛の拠点にする案が出ていた。そこの開拓を俺が指揮する。成果が出るのに一体どのくらいかかるのか想像も出来なかった。


「…謹んで、お受け致します」


 全て自分の未熟が招いたことだ。何年かかってもいい。アルカナの地で、一からやり直そう。





 アルカナへの出立は1ヶ月後だった。その前夜、王室が催しているとは思えないほどひっそりと、身内だけの夜会が行われた。


「王都のことは任せなさい。アルカナでの君の活躍を願っているよ」


「ありがとうございます」


「寂しくなるわね。どのくらいで帰ってこられるの?」


「さあ、私の頑張り次第ですね」


 まわりが明らかに核心を避けて話しているのがわかる。俺の継承権が降格され、アルカナなんて辺境の地に派遣される理由も皆知っているはずだ。現に一ヶ月たった今じゃ国中に「婚約者にも恋人にも逃げられた王子」なんて肩書きが出回っている。しかも面白可笑しく脚色が加えられ今度芝居まで行われるらしい。本人にチケットを贈るとはどういうつもりなんだろうか。

 しばらく色々な人と喋ったり踊ったりを繰り返し、夜会も終盤になった頃、扉が開き一組の来場者が訪れた。


「大変遅くなり申し訳ございません」


 聞き慣れた、お手本のような綺麗な発音が響く。そこにはルークにエスコートされた一ヶ月ぶりに会うローズマリーの姿があった。皆がゆっくりと俺のもとに来る彼女を見つめて感嘆のため息をはく。ロイヤルブルーのシンプルなドレスに華やかなアクセサリーで着飾る彼女は誰よりも輝いていた。


「殿下、この度はアルカナ領での指揮官任命、おめでとうございます。ご活躍を期待しております」


「ああ、ありがとう。よければ一曲踊ってもらえないかな」


「喜んで」


 ローズマリーの手を取りダンスホールに向かう。話題の二人に皆が興味深々で私達を見ていたが、全く気にならなかった。きっとしばらく彼女と会うことはないだろう。もしかしたら最後の可能性だってある。だからこそ、今日のラストダンスは彼女にすると最初から決めていた。

 俺達がダンスホールに着くとゆったりとした音楽が流れ始める。目を合わせれば自然とタイミングが合うほど彼女とは何百回も踊った。


「ルークと婚約するんだってな」


 ローズマリーにだけ聞こえる声で話しかける。先日、ルークがそう報告してきた。


「君には今まで苦労をかけた。幸せになってくれ」


 それが伝えたかった。彼女の好意を無視し続けた俺に、それでも尽くしてくれたローズマリー。今の俺には幸せを願うことしか出来ない。

 ローズマリーは黙って聞いていた。表情は見えない。


「いつも、私が貴方を追いかけてばかりでしたわね。貴方は私が居なくなっても、追いかけて下さらないの?」


 ローズマリーの言葉に心臓が止まるような気がした。まるで、まだ俺を好きでいてくれているような言い方だ。そんなわけない。俺は彼女に酷いことをしてしまった。それに彼女にはこれから、今以上に素晴らしい未来が訪れるのだ。


「君を追いかけるなんて、俺には許されないことだ」


 音楽がまだ続くなか、手を離す。ローズマリーが口をギュッと閉じて強い瞳で俺を見つめる。気が強かった幼い頃の彼女を思い出した。本当に、いつの間にこんなに綺麗になっていたんだろう。

 最後は明るく、昔のように笑ってお別れだ。


「ローザ、幸せになれよ」

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