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兄より優れた弟の存在を俺は絶対に認めない  作者: 酒井彼方
嘘よりも不安定な笑顔の存在を俺は絶対に認めない
38/40

解散<再会


「頑張れー!」

「凛ちゃん! そのままそのまま、息継ぎ気をつけてね!」

 今は凛がクロール二十五メートルに挑戦しているところだ。

 サイダーの覚えが早かったのか、怒って蘭さんが凛を連れていった後、そのまま凛のクロールも指導していた。

 その指導の結果はご覧の通り。完璧な出来だった訳だ。

 俺達が、何度言ってもできなかった息継ぎを蘭さんは、軽々と教えることが出来ていた。

「蘭さん、教える才能あるよな」

「いや、蘭さんはすべてにおいて天才なんだよ」

 俺は拓夢に話を振るが直ぐに振る相手を間違えたと後悔する。

「だったら手料理でもご馳走になれば? 今度招待してやるぞ?」

「まじで! 流石親友! 心の知よ!」

「重いよ……」


 まぁお前はその親友に裏切られ蘭さんの飯を食べることになっちまうんだけどな。

その後、泳ぎきった凛とサイダーにしっかり見てなかったことを怒られてサウナに入れられたのは言うまでもないのである。


「いやぁぁ、最高だったなぁ」

 拓夢は両手を挙げ、駒のようにくるくると回りながら言った。

 あいつには何か他の理由もありそうだがそれは別にいいだろう。

 ニーナも拓夢の後を追うようにくるくると回り。

「えっへん、ニーナのお手柄というやつですよ!」

 手を腰にあてて立ち止まると自慢げに言った。

「ふふ、拓夢はニーナちゃんに感謝しないとね」

「その通りですね、ニーナさんありがとうございます」

 前田に続くようにして凛もニーナに感謝の意を示す。

「フォッフォッフォッ、皆のもの図が高いぞよ!」

 どこからともなく取り出したヒゲを自分の顔にあて自慢げに声を上げる。

「お前は何様だ!」

「あ、痛て!」

 俺はニーナの頭めがけて軽くチョップした。

「ははは、また今度こんな時間が取れるといいね」

「それならば次の球技大会はみんなで打ち上げしようよ!」

 ニーナはダメージなんてもの最初から無かったかのように皆に提案する。

「あれ? でもニーナってクラス別だけど打ち上げとかクラスでないの?」

「いいのいいの、それとは別で皆と遊べばそれでおっけー!」

 翔也の問にニーナは自由で明るい答えを返す。

「詳しいことは家で話せばいいだろ、道端にたむろしていると迷惑になるからな」

 蘭さんが言うとそれもそうかと皆歩き始める。

「それはそうと蘭さんちゃっかり家に招いてますよね?」

「私達の家だ別に構わないだろう? ほら、サイダーも行くぞ」

「……うん」

 俺達がプールの出入口から離れようとした時だった。


「あの……」

「ん? 何か用ですか?」

 声をかけられた俺は振り返って尋ねる。そこにはどこかで見覚えのある女性が立っていた。

「私のこと……覚えてますか?」

 そう声をかけた女性は俺の方をじっくりと見つめる。俺は頭の中で自分の記憶を大急ぎで漁り始める。その成果は案外早く出てくる。

「あ、さっきサウナで一緒だった人……ですか?」

「……うーん、当たってるけれど」

 そう言って少しもどかしそうにその女性はその場で考え込むとおもむろに肩に掛かるぐらいの髪の毛をおもむろに束ねて再び俺の顔を見る。

「覚えてない?……大輝君」

「……もしかして……華ちゃん?」

 その女性はその場でニッコリと笑う。

「久しぶりだね……大輝君」


 俺は蘭さん達と分かれ、公園で懐かしい人物と会話することにした。

「それにしても偶然だね、まさか大輝もプールに来ていたなんてね」

「ああ、確かに、こんな事もあるんだな」

 この女性は二階堂にかいどうはな。俺がまだ幼かった頃近所に住んでいた一つ上の幼なじみ。子供の頃は髪を一つに束ね、元気ハツラツ! というふうにハキハキとした彼女だったが、今では髪は肩まで伸ばし大人びた雰囲気で今では何にでも真面目に取り組むような委員長タイプだと見て取れる様に容貌が変わっていた。自分を擁護するわけじゃないが、これだけ見た目が変わっていたらきっと翔也でも気がつかかないんじゃないだろうか。

 俺達の母親が死んで、引っ越すことになってお互い離れ離れになってしまった。その頃は携帯等も無かったからろくに連絡先の交換も出来ていなかったため音信不通となってしまっていたのに……。


「大輝君は変わらないね」

 不意に華から声をかけられる。

「そうか?お前もだいぶ変わったけどな」

「私は元から曲がったこととか正しくないことが嫌いだっただけだから、あんまり変わってないと思うよ? それより翔也君はすごい変わってたよね」

「ん? そうか? あいつは昔からあんな感じだったろ」

 俺は昔のあいつを思い出そうと試みるがなかなか思い出せない、思い出そうにもムカつくようないつもの翔也を思い出しムカムカする。

「何言ってるの? 今の翔也君は昔の大輝君みたいじゃない」

「は? 何の冗談だよそれ」

 ないないないない、ありえない。

 今の翔也が昔の俺みたいだって?そんなわけない、俺は昔からこんな僻みったらしい性格だったし、翔也は翔也で昔から猫かぶりで上辺だけの性格だったと思う……多分。

「冗談じゃないよ? 昔の翔也君は大輝君の後ろから一歩下がって歩いていたような感じだったじゃない」

「そうだっけか?……あんまり昔のこと思い出したくないんだよな……」

「ごめん……私、何も考えずに余計なことを」

 俺の言葉を聞いて何を思ったのか深く考え込んだ後彼女は言った。

「別に……気にして……ないこともないけどさ、吹っ切らなきゃならないことだし」


 中学二年の頃。唯一の身内だった母親が死んだ。交通事故だった。

 あまり思い出したくない思い出。あの頃の俺は母親無しでも頑張っていこうと躍起になっていたことだけは覚えている。

 そして、そんな頑張る俺を尻目に俺よりは優れた弟の存在に深い絶望を覚えたのも記憶にある。


「なんか気分重くなっちまったな……なんか別の話しようぜ」

「ごめんね……そろそろ用事があるから行かなきゃ」

「そうなのか……」

 久しぶりの再会の所為なのか俺は華と分かれることに少し暗い気分になっていた。

「良かったらこれ、私の連絡先、そんな顔しないでよ、また今度会えると思うよ」

「……ああ、ありがとうな」

 そういって連絡先を受け取る。

「じゃあ……また球技大会でね」

「ああ……また……ん?」

 また……球技大会?

「ちょ、ちょっと待って……華って高校どこなの?」

 俺は唾をゴクリと飲み込み華の返答を待つ。

「あれ? もしかして知らなかった? 私は大輝君達と同じ高校の三年生だよ」

 知らなかった……。

 知らなかったとはいえ今のちょっとした分かれの悲しみを返して欲しいものだ。

「そっか……じゃあ華ちゃんじゃなくて華先輩ですね」

 俺は恥しさと安堵の思いを隠すように普段と変わらず言葉を交わす。

「ふふ、別に改まらなくても構わないよ、後輩君」

 華ちゃんは優しい笑顔で俺にそう言って、俺達は人のいない公園で二人で笑った。


 俺が華ちゃんと分かれ、家に戻った時もう既に話は終わっていたようで家にはいつもの家族しか残っていなかった。

 家に着いてからは蘭さんにどういう関係なのかしつこく聞かれたりしたが特に変わったことも無かった。

 拓夢からもあの美女は誰なんだ! といった旨趣の連絡が来ていたが全部既読無視しておいた。

 それともう一つ、サイダーからも連絡が来ていた。

 愚痴か、拓夢と同じ件かどちらかだろうと腹をくくって連絡を見た。

 その内容は一言で言えばどちらでもなかった。


「あのさ、さっきのプールでニーナちゃんが水着着てたじゃない」

「私、偶然見ちゃったんだけどさ」

「ニーナちゃんの水着の下、痣だらけだった」


 痣? あいつそんなこと一言も言ってなかったような。

 丁度、その時サイダーからもう一言連絡が届く。


「ねぇ、私どうすればいいかな?」


 恐らくサイダーは見てしまった以上なんとかしないといけないと思ったのだろう。それで気軽に相談できる俺に聞いてきたということだろう……。


「本人が何も言ってこない以上、ただ転んで怪我しただけだったりするんじゃないか?」

「ニーナが助けを求めた時に助けてあげる」

「それだけでいいんじゃないか?」


 既読がついて数分たち、返信が来る。


「分かった、何かあったら一緒に話聞いてあげよう」

「おやすみ」


 おやすみ……か会話を早く終わらせる為の最強の四文字だよな。


 俺はその場ではぁとため息をつきスマホを机に置く。


「転んで……怪我しただけかもしれない……か」


 俺は心に残るモヤモヤとした不安感に嘘をつき、リビングへと向かう。

 この時に、何か行動を起こせていたら……何かが変わっていたのだろうか。

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